※あとがきコメントに過去の投稿作へのリンクがあります。
一話から読まれてない方、既に忘れてしまった方はご利用下さい。
こんな話を知っているかい?
生物は種ごとにそれぞれの個体が、さまざまなやり取りを外界との間に持つ。
イメージしやすい例えだと被食や捕食といった、食う食われるの関係が代表格かな?
個人的には自然選択の圧力と表現したいところではあるが・・・
まあ、そんな事はどうでもいい。
同種であれば個体が異なっても外界との関わり方は同じようなものだからね。
同じようなエサを捕り、同じような天敵に襲われ、同じ種の繁殖相手を求める。
だから同種の個体間には種社会を支えるような関係が生じるんだ。
その最たるものが群れという構造なんだね。
群れ―――集団で暮らすことで被食のリスクを分散し、捕食の効率をあげ、繁殖のチャンスを増やす。
もちろん群れの内側で起こる個体間の争いや、エサ不足、密集して暮らすことによる感染症の蔓延など、群れることのデメリットも存在する。
しかし、それ以上のメリットがあるから多くの生き物は群れを作るんだろうね。
そしてこのような問題を引き起こす・・・・・・
その個体は大きな群れに所属していた。
違う大陸の群れに所属していた小さなグループが、次々に海を渡り作り上げたフロンティア精神に溢れる大きな群れ。
群れを率いるアルファ個体を投票で決める、自由で平等でチャンスに恵まれた力強い群れ。
その個体は自分の所属する群れを誇りに思っていた。
だから彼は、ハイスクールを卒業してすぐに群れを守る職につくことにする。
群れを取り巻く経済状況の低迷や、大学へのスカラシップを受けられなかったという幾つかの要因もあったが、彼は自分の選んだ職に満足していた。
自分が群れを守っているという使命感と群れの持つ力への心酔。
やがて彼は空を飛ぶ役割と大きな力を群れから与えられる。
そして、その力を使う機会はすぐに訪れることになった。
敵対する群れとの戦闘は終盤にさしかかっていた。
彼は役割である高高度爆撃による空襲で、どこか現実感を伴わない破壊を足下に振りまいていた。
ノルデン照準器の指し示すまま、彼は無差別な死を遙か下方に見える都市に投下していく。
彼は足下に蔓延する、自分の手によって成された死を想像していない。
その行為を、彼は己の群れと正義を守るものだと考えていた。
だが彼の行為は、彼と同じく自分の群れを守ろうとする相手側の個体によって終わりを迎える。
ヒュパッ!
制空権をとった筈の空域に、その個体は突如として現れていた。
噂に聞いていた超常の力を持つ特殊な個体。
その攻撃によって彼の乗っていた爆撃機は大破し、彼は頭部に大怪我を負った。
「・・・・・・・・・・・・」
グリシャムが語り出した話に足を止めたナオミは、薫と皆本から視線を外すと冷ややかな眼差しをグリシャムに向ける。
クリスマスパーティの始まりを待つ人々は、不二子とグリシャムを除き彼女の正体に気付いていない。
彼女が放つ冷ややかな視線を正面から受け止めつつ、グリシャムは静かな口調で話を続けた。
奇跡的に・・・
本当に奇跡としか思えない偶然によって彼は一命を取り留めた。
頭部の傷によって目覚めた超常の力。
その力が発露するときに見せる、持ち得る力の可能性の一つが、高々度で大破した機体を辛うじて安定させていた。
疼くように痛む頭部を押さえ、驚いたように周囲を見回すが、彼は自分のおかれた状況を正確には理解できない。
そして突如として、彼の全身は焼け付くような痛みに覆われる。
痛みと共に感じる死の恐怖。
―――死にたくない、生きて帰って家庭を・・・・・・家庭?
彼は自分の頭に響き渡ったイメージに愕然とする。
微笑みかける金髪の女性。
しかし彼には結婚を約束した女などない。
更に激しくなる痛みと、胸を焦がすような苦しみ。
それが不意に止んだとき、彼は今のイメージが操縦士の断末魔だったことを理解する。
戦いが終わったら幼馴染みと式を挙げる。
その操縦士は嬉しそうにそのことを彼に語っていた。
彼は怒りを込めて、足下に広がる敵対する群れに意識を向ける。
しかし、それは彼に自分の行っていた行為を目の当たりにさせる事となった。
―――怖い、助けて・・・・・・痛い・・・熱い。何故こんな目に・・・憎い。殺してやる。殺してやる。殺して・・・
足下から叩きつけられる、死にゆく人々が感じている恐怖と痛み。
そして生き残った者たちが向ける、理不尽な運命を振りまいた自分たちへの焼け付くような怒り。
彼は恐怖の叫びを上げつつ出来るだけその場から離れようとする。
既に推進力を失いつつあった機体が、最後の力を振り絞るように速度を増していった。
―――墜ちろ! 死ね! 死んでしまえ・・・
焼き払った都市が徐々に遠ざかっていっても、彼の耳には人々の怨嗟が聞こえ続ける。
耳を塞いでもその声は一向に止む兆しを見せない。
彼の能力は程なくして精神感応に落ち着いていった。
「下らない昔話だ、やったらやり返される・・・当然だろう?」
「ゲッ! その声はっ!!」
グリシャムが口にした、クリスマスパーティには相応しくない話題。
それを遮ったナオミの声に桐壺は驚きの声をあげた。
ナオミが発した声に、彼の全細胞が警戒信号を発している。
片時も忘れたことがないその声は犯罪者エスパー団体の長―――兵部京介のものだった。
「貴様ッ! よくもぬけぬけとッ!!」
ヒュプノを解き、ナオミの姿から本来の学生服姿に戻った兵部に桐壺が銃を向けようとする。
「桐壺君、ここは彼に任せて!!」
既に彼女の正体に気付いていた不二子は、素早く桐壺の腕を押さえ銃を抜くのを静止した。
不二子が騒然とするパーティ会場に視線を巡らせると、皆本が肩から薫を下ろし背後に庇う姿勢をとっている。
懐に手を入れかけ静止する様は、彼が未だに熱線銃の使用を躊躇っていることを物語っていた。
「そう、至極当然の話だ。拡大した群れは、その規模を維持するために他の群れと生活空間を争う・・・」
兵部との対決を見守る視線の中、グリシャムはゆっくりと周囲に語りかける。
彼が語った内容に、薫たちは嫌悪の表情を浮かべた。
こんな話を知っているかい?
ネオテニーの時に話したチンパンジーというサル。
TVでよく見る、顔の皮膚が肌色のチンパンジーはまだほんの子供なんだ。
そして、顔が黒くなった大人のチンパンジーがTVに出ることはあまりない。
何故かって? 彼らはTVには実に不向きな一面を持っていてね・・・
ヒトに最も近いと言われるチンパンジーは、特筆すべき習性として子殺しを行う。
子殺しはライオンやハヌマンラングールというサルの一種でも確認されている行動で、新たなリーダーとなったオスは前のリーダーの子供を次々に殺していく・・・
これは自分の子孫を残そうとするリーダーが、群れ内のメスの発情を促すための適応的な―――得をする行動と考えられているんだ。
しかし、チンパンジーの子殺しには更に続きが存在する。
この行動にはライオンやハヌマンラングールで説明されるような、適応的な説明がついていないんだ。
チンパンジーの子殺しは他の動物に比べ多彩でね。
オスたちは他の群れの赤ん坊や、同じ群れの赤ん坊を殺す行動をとることがある。
そしてメスまでもが同じ集団の赤ん坊を殺すことが・・・・・・そして、その全ての行為が他の動物が見せない共通の結末を迎えるんだ。
特筆すべき共通の結末―――チンパンジーは殺した赤ん坊を食べてしまうのだよ。
さらに、野生のチンパンジーは子殺しよりも多く、他の群れの大人のオスを殺すことが報告されている。
集団から離れて一匹でいるところを数匹で狙い・・・
「フン、ノーマルと大差ないじゃないか。単なるエサ場の奪い合いに、とって付けたような大儀を語らない分だけ、まだマシだと思うがね」
「大儀・・・そうだね。過去に語られたどんな大儀も、生活空間の占有を正当化する為の言い訳に過ぎないだろう。同種の生物を殺す後ろめたさを誤魔化すために、大脳の新皮質が考えた実にうまい方法だと思うよ。過去に行われたどんな争いにも、争う双方に大儀は存在した・・・そして争いに勝った方がその正当性を後の世に語り継ぐ」
噛み合いすぎる会話に兵部は怪訝な表情を浮かべた。
ノーマルを嫌悪する自分の言葉に、グリシャムは更に肉付けを行っている。
その突き放すような視線は自分以上に醒めているように感じられた。
だが、意外そうに緩んだ彼の口元は、続くグリシャムの言葉を聞き怒りに歪むこととなる。
「しかし、ソレはノーマルだけに言える事ではないんじゃないかな? 君らも似たようなものだよ」
「なに・・・?」
兵部は怖い目でグリシャムを睨む。
気の弱いものなら気を失いそうな視線を、グリシャムはどこ吹く風といった具合で受け流した。
「君の作った群れが安定していられるのは、君の群れがエスパーだけだからではなく、まだ最適密度を超えていないからに過ぎないのではないのかな?」
「ノーマルのように愚かな争いを繰り返すと言いたいのかい? 新たな種とも言うべきエスパーたちが・・・」
「エスパーは次々に生まれてくる。だから、もしも君がエスパーだけを引きつれ、人類との住み分けを考えているのだとしたら・・・・・・」
グリシャムが視線を飛ばした先にある景色に、兵部は一瞬だけ顔色を変える。
彼が見つめた窓の外には見事な満月が浮かんでいた。
「貴様、どこまで・・・・・・」
ヒュパッ!
「少佐! この男は危険です」
何かを言いかけた兵部を遮るように、数名の人影がパーティ会場に姿を表した。
澪のテレポートによって出現した、真木をはじめとするパンドラの精鋭に会場は新たな緊張に包まれる。
だが、グリシャムは急に現れた真木たちにも動じること無く、淡々と話を続けていく。
「増え続けたエスパーはやがてその環境を埋め尽くす。そして、再びエサ場を巡る争いが起こるとは思わないかい? サイコキノとテレポーター、テレパスやサイコメトラーがそれぞれ大儀をかかげ争わないとどうして言い切れる?」
「黙れっ!!」
兵部の怒鳴り声に会場の空気が震えた。
グリシャムの語る言葉に顔を見合わせていた薫と葵、いや、会場のエスパーたちがそろって首をすくめる。
「気に入らないね。その高みから見下ろすような視点は」
兵部は怒りを紛らすように首を大きく一回りさせると、自分の怒鳴り声に反応し、熱線銃を構えた皆本の姿に気付く。
彼の口元にいつもの冷たい笑みが浮かび始めた。
「僕を撃つと言うのかい? 過去に殺人を犯したという理由で・・・」
「・・・・・・・・・」
兵部の冷笑に皆本は応えようとしない。
皆本の反応を楽しむように兵部は話を続ける。
「それならば優先順位が違うね。そっちの爺さんが殺した人間の方が確実に1桁ほど大きい・・・」
「そ、それは・・・」
「戦争だったから仕方が無かったとは言わさないよ。僕のコレも戦争なんだ、憎むべきノーマルに対してのね・・・・・・それに、東西冷戦時代、その爺さんがどれだけ多くの人間を―――ノーマルとエスパーを闇に葬ってきたか君は知らないだろう?」
兵部の言葉に皆本は固唾を飲む。
銃口を兵部に向けたまま視界の端に捉えたグリシャムの姿は、どこか禍々しい空気を纏っているように感じられた。
「さあ、撃つならあの爺から撃てよ偽善者。未だ軍に籍を置くその男は、命令次第でまだまだ沢山殺すよ・・・・・・それとも、まだ僕に銃口を向けるのは、何か別な理由でもあるからなのかい?」
自分の言葉が皆本を揺す振ったことで、兵部は冷たい笑みを更に深める。
もとより皆本がグリシャムを撃つとは思っていない。
彼の狙いは、一人高みから見下ろすようなグリシャムを引きずり下ろすことにあった。
そしてその狙いは効果的にパーティ会場に広がっていく。
人々は恐れにも似た視線をグリシャムに向け始めていた。
しかし、グリシャムは周囲の視線に動じることもなく、不思議と良く通る声で、ゆっくりと静かに語り始めた。
こんな話を知っているかい?
昔、ある所に一匹のサルがいた。
そうだね・・・さっき話したチンパンジーと同じように、どう考えても適応的とは思えない規模で、同種のサルを殺す性質を持ったサルだ。
そのサルはエサ場をめぐる争いで大怪我を負ってしまってね、敵の群れのまっただ中に取り残されてしまった。
自分がやってしまったことに気づいたサルは大層怯えた・・・今度は自分の番だと。
絶対に自分は許される訳がないと、見つかって八つ裂きにされるのだと、そのサルは発狂する寸前だった。
クリスマスパーティに参加した人々の脳裏に、山道を彷徨うイメージが展開する。
過去に体験した事のない程の焦燥は、そのイメージの持ち主が感じていたものか。
背後から追われるような感覚と、激しく疼く頭部。
人々は己の背に嫌な汗が流れるのを感じていた。
自分は許されるはずがない―――そのサルは己の運命に絶望していた。
敵の群れにそのサルが行った行為は、そのサル一匹の命であがなえるものではない。
しかし、そのサルが傷つけた群れは代償を求めるだろう。
この世界に蔓延する、終わらない憎しみの連鎖をそのサルは実感する。
そして、その渦中にあっても、なお生に執着する己の罪深さも。
助けて下さい・・・
そのサルは救いを求めていた。
誰に?
それはそのサルにも分からない。
そのサルが信じる神でさえ、彼を救えるとは思えなかった。
ただそのサルには祈るしかなかった。
助けて下さい。
私を救って下さい・・・
底なしの沼に嵌っていくような感覚が会場を包む。
堪らない哀しさに嗚咽を漏らすものまで現れていた。
彼の運命が哀しいのではない。
自分もまた、この救われない種であることが堪らなく哀しかった。
「決して逃げられない、狂わんばかりの恐怖と絶望・・・・・・だが、幸運にもそのサルは救われたのだよ!」
人々の胸に去来した言いようのない絶望を吹き飛ばすように、一際大きくグリシャムの声が響き渡った。
それとともに伝播する少女のイメージ。
彼女が差し出した一杯の水、僅かな食料に、会場の者たちは言いようのない安堵を覚える。
それは宗教的とも言える体験だった。
「あの瞬間、そのサルは救われたのだ・・・」
グリシャムは皆本の背後に庇われた薫に視線を向ける。
その視線に含まれる羨望と期待。
彼は薫に何かを伝えようとしていた。
「もしかしたら、あの経験は目覚めたサルの能力が起こしただけなのかも知れない・・・しかし、そんなことはどうでも良いんだ! 確かにあの瞬間、そのサルは救われた・・・そして、サルは自分に、自分の種に絶望せずにすんだ・・・・・・」
グリシャムは己の手の平に視線を落とす。
彼の目に、その手の色はどの様に映っているのだろうか。
薫は黙って話の続きを待った。
そのサルは一つの確信を持った。
この種はいつかきっと変われる。
あの日の経験は、そのサルにそう確信させるだけの衝撃を与えていた。
だからそのサルはこう思うようになる―――その時までこの種を守ろうと。
この種の持った業として、争いは絶対に無くならない。
そして大きななわばりを持つサルの群れたちは、この星を何度も滅ぼすだけの力を持ってしまった。
ならばその力を使わせない為に、自分は敢えて無慈悲な力となろう。
その手を血で汚し、傷つけた者の恨みを一身に浴びながらも。
一向に終わらない負の連鎖も、そのサルには何の痛痒も与えてはいない。
許されようとは思っていない。
何故ならそのサルは既に救われているのだから・・・・・・
「さて、すっかり話が横道にそれてしまった・・・・・・群れの話に戻そう」
グリシャムは自分の手の平から視線を外すと、ゆっくりと周囲を見回す。
その視線は忌々しげな表情を浮かべた兵部を素通りし、皆本の後ろで庇われている薫の所で停止した。
彼が話しかける対象は、いつの間にか兵部から薫へと変わっている。
遠い昔、森を追われた我々の祖先が、厳しい生存競争を生き残って来れたのは群れを作ってきたおかげだろう。
トラの様に群れる必要のない動物とは異なり、脆弱な我々の祖先は群れることによって自然選択に抗い続けた。
あまり認めたくはないが、群れどうしの争いも自然選択に抗う上での適応的な行動なのかも知れない。
群れることによって種として生き残り、更にその群れの中で個体として生き残る為に様々な戦略をとる・・・
知ってるかい?
――――――生物はどう生きても構わないんだよ
グリシャムの放った言葉が、薫の心に小さな波紋を起こす。
皆本の裾を握っていた薫の手が僅かにその力を強めた。
その生き方が適応的であれば生き残り、そうでなければ滅ぶだけ・・・
そして、生物を取り巻く環境は常に変化し続ける。
以前は適応的だった行動が、常にそうだとは限らない。
もちろん群れのあり方もね。
我々の群れは力を持ちすぎてしまった。
地上を何度も焦土に出来るだけの力を持った幾つもの群れが、お互いのなわばりを牽制する。
この悪い冗談のようなバランスゲームはいつか破綻するだろう。
そんな時代に、エスパーが生まれ始めたのは何か意味があるのだろうか?
トラ程に力を持った人類が生まれた意味が・・・
トラという言葉に、皆本の裾を掴んだ薫の手が強張る。
薫にはグリシャムが語ろうとする内容がある程度予想がついていた。
そして彼はその通りの言葉を口にする。
――――――トラは群れを作らない
薫は彼の言葉を否定しようとした。私たちはトラじゃないと。
しかし、その言葉は自分に向けられたグリシャムの微笑みに止められてしまう。
彼の語る言葉にはまだ続きがあった。
もちろん、繁殖の時期には多少の交流は持つわけだがね。
だが、それだけではあまりにも寂しいじゃないか。
我々はトラじゃない。やはり群れの中で暮らしたいのだよ。
しかし、それには今のままの群れではうまく行かないだろう、もっと新しい群れの形が必要と思うんだ。
そして、もしも自分がそれを作り出せるのなら―――
―――君はどんな群れを作る?
「・・・・・・・・・」
グリシャムの問いかけを薫は真っ向から受け止めた。
しかし、それに対する答えがすぐに出るはずもない。
それは薫だけでない。会場にいる全ての人間が自分なりの群れを考え始めていた。
ある者はノーマルとエスパーの共存する群れを、ある者はエスパーだけの、またある者はノーマルだけの群れを想像している。
そして、そのどれもが儚い夢物語であることを人々は感じ取っていた。
兵部ですら彼の問いかけに答えることは出来ない。
「決まっている。ノーマルのいないエスパーだけの群れだ!」
しばしの沈黙を打ち破ったのは真木だった。
その口調には普段の冷静さはない。
兵部の片腕を自認する彼は、グリシャムの問いかけに即答しない兵部に不安を募らせていた。
彼は今後エスパーが進むべき道を、兵部が指し示していくと信じている。
それは崇拝にも近い感情だった。
「その為の布石が月ステーションかい? 残念ながら、コメリカも同じ事を考えていてね。次の計画で月に送る人員にはエスパーが含まれている」
グリシャムの言葉に真木の表情が凍り付く。
先程感じた懸念―――パンドラ内部でもごく少数しか知らない計画に、目の前の老兵は感づいているらしい。
彼の動揺を見透かしたように、グリシャムは皮肉な笑みを浮かべた。
「アニメじゃあるまいし、重力を無くしただけでは人類の革新は訪れんよ。地上の問題を棚上げしたまま宇宙に上がっても、同じ事を繰り返すだけだ。君らのボスは、そんなことにも気付かない愚か者なのかな・・・」
「貴様に少佐の何が分かるッ!!」
兵部を嘲笑するようなグリシャムの口調に、真木の髪の毛が怒りに逆立つ。
いや、真木だけではなく、この場に現れていたパンドラの幹部全てがグリシャムに殺気を放っていた。
そして、その殺気に反応したようにバベル職員が次々と携帯した武器に手を伸ばす。
パーティ会場に禍々しい気が蔓延した。
「止めるんだッ!」
彼らの暴走を止めるため、皆本と兵部が奇しくも同じ台詞を吐いていた。
一触即発の事態を回避しようとする二人の声は、周囲の面々には届いていない。
最悪の事態を想像した皆本は、熱線銃を握る手に力を込める。
その動きを止めたのは、背後で囁かれた少女の声だった。
―――大丈夫、何も心配いらない
その声を聞いた瞬間、皆本は温かな何かに包まれたような気がした。
全身を優しく包む込む力に、張りつめた緊張が解けていく。
母鳥の翼に包まれた雛はこの様な安堵を味わうのだろうか?
自分と同様の表情を浮かべた周囲のエスパーたちに皆本は視線を漂わす。
「この場はアタシが預かるッ!」
不思議な程、静寂に包まれた会場に薫の声が響いた。
その声を聞いた周囲の人々は、自分を包んだ力の正体にようやく気づく。
「な、僕の言っていた事が分かっただろ?」
兵部は苦笑を浮かべながら真木の肩を軽く叩くと、既に戦いの意志を失っているパンドラの幹部たちに声をかける。
すっかり毒気を抜かれた真木たちは、兵部の言葉に呆然と肯くだけだった。
部下たちを焚きつけたグリシャムの意図は未だ不明だが、彼らに薫の力を認めさせた事はラッキーと思うほか無い。
これ以上の長居は逆効果と判断した兵部は、いつものように薫に笑いかけると退散の挨拶を口にする。
「すまなかったね、女王。今日は早々に退散することにするよ」
「ダメだね、このまま帰るのは許さないよ!」
いつになく横暴な薫の物言いに、成り行きを見守っていた葵と紫穂は顔を見合わせた。
皆本が相手ならまだしも、兵部に対してここまで横暴な薫は見たことがない。
しかし、続く薫の言葉に、二人は彼女がやりたいことを理解した。
「折角来たんだ、最後までアタシたちが仕切るパーティーを楽しんでいって貰うよ!!」
「そうね、雰囲気をぶちこわされたままでは帰せないわね・・・」
「まさか、ウチらレベル7の招待を断る度胸はないやろなー」
楽しそうに笑う三人に、周囲の人々がざわめき始める。
人知れず壁際に下がったグリシャムは堪らない笑みを浮かべていた。
「そりゃないよ女王。こんな眼鏡のボンクラと楽しめる訳ないじゃないか・・・」
「ソレはこっちの台詞だエロジジイ。薫、一体お前は・・・」
お互いを意識した兵部と皆本が不平を口にする。
ノーマルとエスパー、それぞれの代表のような立ち位置の二人に同調するように、ざわめきはどんどんその大きさを強めていく。
薫はまるで聞く耳を持たないというように耳を塞ぐと、二人の不平と共に起こった周囲のざわめきを一括した。
「うるさいッ!! 女王と呼ぶなら黙ってアタシたちに従えッ!! グダグダ言うとアタシたちが将来作る群れに入れてやらないぞッ!!」
不思議な事に、この言葉に逆らえる者はノーマル、エスパー共に皆無だった。
―――――― エピローグ ――――――
「ご苦労様、おかげで助かったわ」
グラス片手の不二子が、壁際に引っ込んだグリシャムに飲み物を運んでくる。
話し疲れたのか、グリシャムは壁際に並べられた椅子に腰掛けたまま、彼女が差し出したグラスに手を伸ばした。
「いや、礼には及ばんよ。ボノボに憬れるチンパンジーとしては当然のことをしたまでだ・・・」
「ボノボ? なによソレ・・・」
飲み物のお礼なのか、それとも質問への回答なのか、グリシャムが差し出した皿に不二子は怪訝な顔をした。
その皿には切り分けられ、ソースをかけられたローストターキーが二切れ盛りつけられてる。
「あら、おいしい! だけどコレがなんなの?」
恐る恐る箸を伸ばした不二子は、出来合いの料理とは思えない味に顔を輝かす。
しかし、彼女にとってそのターキーは単においしい鳥料理でしか無かった。
そんな不二子の様子に、グリシャムは力なく笑うと最後の一切れを自分の口に放り込む。
彼の口の中に切羽詰まったもの凄いエネルギーを感じさせる味が広がった。
「やっぱり君もボノボだったか・・・この切羽詰まったもの凄いエネルギーを感じる味を、理解出来ない君には話したくないな」
グリシャムは何かを懐かしむように、口にしたターキーを味わっていた。
「なによソレ、じゃあ直接読むからお皿貸して!」
ソースに手を伸ばそうとする不二子からグリシャムは皿を遠ざける。
不二子の行為を許すことは、これを作った料理人への冒涜の様な気がしていた。
その料理を食べること自体が冒涜のような気がするが、その辺は特に気にしないようにしている。
グリシャムは心の中で、若き料理人へ大いなるエールを送っていた。
「ボノボ・・・チンパンジーとは違い、メスを中心に群れが構成されているサルでね・・・ある意味とても平和的な群れを作る。進化の過程で人類がチンパンジーと枝分かれした後、更にチンパンジーから枝分かれした種だとだけ言っておくよ。悪いが後は自分で調べてくれ」
「まあ、いいわ。今日の働きに免じて許してあげましょう・・・と、言ってもこの光景は完全に予想外だったけどね」
不二子は奇妙な顔でパーティ会場を見回す。
そこには、ギクシャクした空気を漂わせながら、料理をパクつくパンドラとバベル両陣営の姿があった。
澪やチルドレンなど年齢が近い者は多少の交流をしていたが、殆どの者たちがお互いの仲間同士でかたまりモソモソと口を動かしている。
決して楽しそうに見えないのに両陣営とも会場から姿を消さないのは、先程薫が言った一言のせいだろう。
会場にいる全ての人々が、薫に女王とも言うべき威厳を感じてしまっていた。
「進展と言えば進展なんだろうけどね。でも、この状況がノーマルとエスパーの融和というには無理が有りすぎるわ・・・」
不二子は情けない顔で皆本と兵部を眺める。
破滅の未来に関わる二人は、お互い一度も目を合わせようとはせず仏頂面でコップを傾けていた。
「薫ちゃんの女王としての力ってヤツに少しは期待してたんだけどなー」
兵部と皆本の心が一つになるなど、期待した自分が甘かった。
この様子では明日からまた皆本を鍛えなければならない。
深い溜息をつきながら不二子はヤレヤレと首を振る。
そんな不二子を力づけるように、グリシャムは司会者用にセットされたお立ち台を指さした。
「いや、彼女はまだ女王としての力を発揮していないよ。お楽しみはこれからだろう・・・」
グリシャムが指さした先には、ビンゴのルーレットを手にした薫の姿。
ソレを目にした不二子は、目を覆うようにして天を仰ぐ。
「ナニ言ってんのよ! あの子たちビンゴの準備してるだけじゃない! このまま、寒いビンゴ大会やってお開きなんか・・・」
バキッ!
不二子の嘆きを打ち消すように、空中で四散したルーレットの破砕音が会場に響いた。
そして薫の念動によって一斉に飛び散ったボールが、ほぼ同時にパーティー参加者の手に吸い込まれる。
それは不二子やグリシャムでさえ例外では無かった。
「ま、まさか・・・」
不二子は呆然と己の手に吸い込まれたボールを見下ろす。
当然の事ではあったが、その表面にはビンゴ用の数字がしっかりと刻まれていた。
「そのまさかだろう。後の歴史家は今日のこの日こそが、女王誕生の瞬間だと評するかもしれないね・・・」
そのボールを手にしたグリシャムの笑顔に、不二子は自分の想像が当たっていることを確信する。
そして数秒後。
「最初はアタシが王様、いや、女王様だーッ!」
高らかに宣言する薫の声に、参加者全員のずっこける音が木霊する。
しかしこれを切っ掛けに、会場を包んだギクシャクした空気は何処かに霧散してしまっていた。
そして・・・・・・・・・
「7番と、13番がキス!!」
「ゲ!」
「うわ・・・」
この瞬間、兵部と皆本の・・・
いや、会場の心は確かに一つになった。
―――――― こんな話を知っているかい? ――――――
終
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