こんな話を知っているかい?
なわばりを持つ動物は数多くいるが、そのなわばりの目的は大きく二つに分けられることを。
一つは・・・そう、食料の確保を目的としたものなんだ。
君たちがあの美味そうなターキーに狙いを定めているようにね。
コレにはオス・メスはあまり関係なくてね。
アユという魚はなわばり内の食料を独占するため、その内に入ってきた全てのアユに対して防衛行動をとるんだ。
この性質を利用したのがアユの友釣り・・・
なに? 私たちはそんなにいやしくない?
これは失礼。
しかし、アユもなわばりの防衛が忙しく、割が合わないと感じるとなわばりを解消してしまうんだよ。
ターキーの分け前は少なくなるが、みんなで楽しんだ方がいいだろう?
もう一つは・・・っと、これは君たちには早すぎるか・・・
ほう、大丈夫だから続けろと?
いいだろう。もう一つは、繁殖の相手を確保するためのなわばりでね。
これを防衛するためにオスはかなりエネルギーを使うんだよ。
こんな風に・・・
「この流れ、いただきます!」
唐突に口にした俺のかけ声に、皆本はほっとしたような表情を浮かべた。
今の台詞は事前に決めた符丁。
合コンの相手がスパイでは無いというサインだった。
俺の名は賢木修二。レベル6のサイコメトラーにして天才医師。
親友の皆本に頼まれ、俺はバベルの情報漏洩を阻止すべく合コンをセッティングしていた。
捜査線上に浮かんだ人物を酔わせ内面を読む。
高レベルエスパー用に考えついた作戦だったが、今夜の相手はノーマル。
少々拍子抜けするほど簡単にことは済んだ。
―――ハメをはずしすぎるなよ。
隣りに座っている皆本が目で語りかけてくる。
嫌なこったい!
相手がシロで美人だった場合、後は普通の飲みにしていい約束だったろ!
今日の対象は三名。
しかも一名はとびっきりの美人・・・あとの二人は好感度が心配なので触れずにおこう。
そして彼女が現在フリーなのはさっき握手したときに読んでいる。
俺は能力を解放し、合コンの支配に移る。
賢木ゾーン
合コンの席は俺のなわばりと化した。
アルコールも手伝い場の雰囲気は終始和やかだった。
相手の嗜好を読み、好みの酒や料理を勧め、盛り上がる話題を提供する。
朴念仁の皆本や、数あわせに連れてきた医局の連中にもさりげなく話題を振ってやることは忘れない。
///島直美の本で仕入れた、ワインの蘊蓄など披露されたら場が凍り付いてしまうからだ。
「こんな楽しい合コン初めて・・・面白い人ですね。賢木さんて」
そりゃそうでしょ!
本命の君が褒めて貰いたい所を褒め、だけど他のみんなを置いていくことはせず、絶妙のバランスで場の流れを支配しているのよ俺が。
ナニ、醒めた顔してんだよ皆本!
お前は良い男だが、ソレとコレとは話は別。
こっちの点じゃお前はてんで努力が足りないんだよ!
さっきから俺の努力見てただろ・・・なわばりの維持もなかなか大変なんだぜ!
場を盛り上げ、うざがられない程度に給仕し、酒を勧め、だんだんと酔わしていく。
うーっ、アルコールに上気した顔もいいなあ・・・
「賢木さんの彼女が羨ましい・・・」
「え、そんなのいないよ!」
「またーっ! 嘘でしょ? 信じられませんよ」
「いつもいい人で終わっちゃって全然モテないんだよね・・・」
俺は情けなさそうな笑顔を浮かべ、彼女の目をじっと見つめる。
密かにザ・ルックと呼んでいる必殺の視線だった。
ちなみにソーマは必要としない。
「そっか・・・そうなんだ」
彼女は照れたように俯くと微かに口元を緩めた。
―――この女陥落たっ!
期待は裏切らないよ。
君がして欲しいことは全てお見通しなんだから。
俺はお持ち帰りの期待に、テーブルの下で軽く握り拳を作った。
で、ここまでが普通にみられる正直な戦略ってヤツでね。
角の大きさ、体の大きさ、声の大きさ、なわばりを作るオスたちは、それぞれの武器でなわばりを維持し繁殖相手を手に入れる。
え? 普通でない戦略があるのかって?
もちろん!
サテライトという存在がまさにそれで・・・
会計を済ます賢木の顔にいやらしい笑みが浮かんでいる。
彼の頭の中には、本命の彼女と姿を消す算段が出来上がっていた。
微妙な二人は皆本と同僚に押しつけ、自分は更なる楽しみに邁進する。
なわばりを維持したオスの権利として、それは至極当然のことだと賢木は考えていた。
「ご馳走サン!」
クレジットカードを受け取ると、賢木はそそくさと店を後にする。
彼の心は既にシーツの海原へと飛んでいた。
「おまたせ! それじゃ後は各自・・・へっ?」
店の外に出た賢木の目が点になる。
会計を済ませている僅かな間に一体何が起こったのか?
彼の本命の隣には、先程から求愛行動ひとつとらなかった皆本の姿があった。
いや、皆本の隣りに彼女の姿があったと言ったほうがいい。
「少し飲み過ぎちゃったんでこれで帰りますね。今日は本当に楽しかったです」
ぺこりと頭をさげる彼女がふらついたのを、隣の皆本がすかさず支えた。
その一連の動作で計らずしも二人は腕を組む姿勢になっている。
「あ、ああそう。じゃあ、俺が送ってくよ」
「やだぁ! 賢木さんじゃ、危ないデスよう」
ころころと笑う彼女の声に、賢木はひきつった笑いを浮かべた。
本当のことだけに何も言い返せない。
「その辺、皆本さんなら安心だし・・・」
「ははっ・・・名誉なんだか不名誉なんだか分からないけど、とにかく彼女は責任を持って家まで送っていくよ」
「・・・本当に今日は楽しかった。賢木さん、また誘ってくださいね」
「じゃあ、おやすみ。賢木」
呆然と立ちつくす賢木に別れの挨拶をすませ、二人はタクシー乗り場まで歩き出す。
賢木は微かに振り返った皆本の口元に微笑みを認める。
それは彼が初めて目にする邪悪な微笑みだった。
と、いうわけで
いわゆる正直でない戦略といってね。
サテライトは自分ではなわばりを作らず、メスに対しての求愛もせず、ただ他のオスのなわばり周辺でひっそりと暮らす。
そしてなわばりのオスが油断した隙を狙って・・・
「皆本はん不潔―――っ!」
葵の能力が皆本を壁に埋め込む。
ツリーを飾り付け中だった皆本は、文字通り壁の花と化していた。
「余罪を追及した方がいいようね・・・」
「ちょっ! 一体、何のことだーッ!!」
身動き出来ない皆本の体に、青筋をたてた紫穂がその手を伸ばしていった。
「あくまでも例え話なんだが・・・まあ、いいか。ん?」
グリシャムは薫が騒動に参加していないことに怪訝な表情をうかべる。
本来ならば彼女は真っ先に皆本を壁にめり込ませるはずだった。
「皆本君と何かあったのかな?」
「別に・・・」
明らかに何かあった表情。
先程までは気付かなかったが、グリシャムは薫と皆本に流れる微妙なよそよそしさを感じていた。
彼は多少思案めいた仕草を浮かべると、冤罪に気付いた二人が合流するの待ってから次の話を話し始める。
――― こんな話を知っているかい? ―――
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