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こんな話を知っているかい?(4)

 ※殆どの方がお忘れでしょうが、一年前に投稿していたシリーズの続編です。
  お手数ですが、あとがきから読んでいただけると助かります。









 こんな話を知っているかい?

 ホタルの光はルシフェリンというタンパク質が、ルシフェラーゼという酵素により酸化されることで発するんだ。
 ・・・ん? 少し唐突過ぎたかな? 
 いや、君がパーティ会場ではなく窓の外を眺めていたからね・・・何があるのかと気になってしまって。
 点滅する町のイルミネーションを見て、ついホタルの光を思い出してしまった。


 なに?
 ホタルの光をそんな風に言うと風情がない?
 ふむ、私もそう思う。生物の行動を考える視点にはいくつかあってね。
 いま言ったのは、ホタルがどんなしくみで光るのかを説明したに過ぎない。
 難しい言葉では至近要因と言うんだが・・・まあ、これは置いておこう。
 私が一番興味深く思うのは、究極要因といってね。
 何のためにホタルが光っているかと言うことなんだ。

 ホタルは何のために光っていると思う?
 ほとんどの種に対しては一言で済む。
 オスとメスが同じ種類の相手と巡り会うための信号なんだ。
 そう、こんな風に・・・










 「どうでした? 今日のランチ」

 休憩時間
 最近よく食べに来るランチのおいしい喫茶店。
 その店のマスターが食後の珈琲を運んでくる。
 ふと感じるいつもと違う緊張。
 マズイ・・・デートに誘われるみたい。
 申し訳ないけど私にその気はない。
 だけどこのお店に来づらくなるのは困るな・・・
 自意識過剰という訳ではない。
 私の名は野分ほたる。レベル5のテレパス。
 自分に向けられた好意の信号を、私はその能力で感じ取っていた。

 「野分さんて映画なんかお好きですか?」

 うわ、やっぱり・・・
 私は相棒の奈津子に視線を向ける。
 密かに頼んだのは透視の依頼。
 すぐに彼のポケットにあるチケットの存在が伝えられた。

 「そうですね。恋愛モノは嫌いかな、ホラーとかスプラッタならたまに見るんですけど・・・」

 それとなく口にした映画の好みは本当ではない。
 彼の持っているチケット・・・恋愛映画の招待券の逆をいくためのものだ。
 微かに伝わってくる失望の思考。
 私はたたみ掛けるように、別な信号を送りはじめる。

 無闇に入れたコーヒーシュガーとミルク。
 ブレンドにこだわる彼にとっては冒涜とも言える行為。
 失望が幻滅に変わるのにはそう時間はかからなかった。

 「あ、私、恋愛映画大好き!」

 助け船のような奈津子の言葉に苦笑を浮かべると、彼はエプロンのポケットに手を入れる。

 「丁度良かった、仕入れ先から貰いまして・・・お得意さんへのサービスです。良かったら使ってください」

 彼は伝票と共にソレを置くと、それっきり振り返らずキッチンの奥に姿を消していった。








 ―――相変わらず黒いわね

 奈津子の呆れたような思念が伝わってくる。
 私は相手が求めない信号を送ることで、無用な軋轢を避けるのが習慣になっていた。
 徐々にお互いのことを知っていくような恋愛は、テレパスの私には無理な相談・・・
 それに、私が好意の信号を送りたい人は決まっている。

 ―――黒じゃないわよ、策略家なだけよ

 私はそう返してから、好みでなくなった珈琲を口に運ぶ。
 甘い・・・
 今日はおやつ抜きにしたほうが良さそうだ。

 「あ、・・・」

 持て余し気味に珈琲カップを眺めていると、奈津子が何かに気付いたような声をあげた。

 「何かあったの?」

 目を瞑り意識を集中した奈津子に声をかける。
 意識の集中を妨げないようにテレパスは使わない。

 「今、店の前通ったの皆本さんだった・・・それも一人で」

 「ごめん! お勘定しといて!!」 

 お釣りがないように代金を置くと、私は急いで店を飛び出す。
 余計な邪魔が入らない今がチャンスだった。
 季節はクリスマス
 私は精一杯彼に信号を送ろうとする。

 「皆本さんっ!」

 背後から走り寄り声をかける私。
 振り返った彼の左腕に手を触れたのは、走った勢いを止めるだけでは無い。

 「ああ、野分さん。珍しいね一人なんて」

 「奈津子は何か用事があるって・・・皆本さんこそ独りなんて珍しいですね。お買い物?」

 デパートの紙袋を覗き込むと、ラッピングされた包みが3つ。
 多分、あの子たちへのクリスマスプレゼントだろう。

 「何です? この可愛らしい包みは?」

 「3人へのクリスマスプレゼントにね・・・こればっかりは内緒で買わないと」

 「あ、そう言えばそろそろクリスマスですものね・・・すっかり忘れてました」

 密かにフリーであることをアピール。
 でも、こんな弱い信号じゃ伝わらないことは百も承知している。

 「私は特に予定が無いですから・・・皆本さんはイブのご予定は無いんですか?」

 これだけストレートな信号なら気付くでしょう?

 「ん、あいつらがクリスマスパーティを企画していてね。変かも知れないけど僕も結構楽しみなんだ」

 甘かった・・・彼の頭にはイブの夜に誰かと過ごす発想自体無い。
 皆本さんのあの子たちへの思いが伝わってくる。
 嫉妬してしまうほどの温かな思い。

 「僕は特別プログラムに参加してから、こういうイベントには縁がなかったからね・・・」

 彼の発した信号が私の胸を打つ。
 少年時代に味わった天才故の疎外感。
 その信号は私の思いとシンクロし、彼を特別な存在として認識させる。
 レベル7のサイコメトラーとも握手できる彼の精神は、私にとって堪らなく心地よい信号を発していた。

 「そろそろ、野分さんたちも招待されるんじゃないかな。あいつら大人の予定なんかお構い無しなんだから・・・賢木や明君たちなんか―――」

 相変わらずの心地よい信号。
 しかし、それは私に発されてはいない。

 「たしかに賢木先生はお忙しそうですね」

 「相当バッティングしているみたいだからね。あ、もうこんな時間だ! あいつらに見つからないうちに急いで隠さなきゃ・・・」

 腕時計を確認する仕草に、彼の左腕に触れていた手が離される。

 「それじゃ、野分さんも予定が無いのならパーティに来てやってよ」

 「あ、待って皆本さん!」

 咄嗟にあげた声に、彼が走りかけた足を止める。

 「さっき映画の招待券貰ったんですけど、皆本さんってどんな映画がお好きですか?」

 「好きな映画・・・・・・最近のお気に入りはホラーかな。あいつら、あんな作り物に本気で怖がるんだ」

 彼の心に温かいものが満ちる。
 私にとっては絶望的なまでの、あの子たちに対する愛情。
 皆本さんの信号は、常にあの子たちに向けられているらしい。

 「残念! 貰ったの恋愛映画のチケットなんですよ」

 私は笑顔を浮かべ、再び走り去る皆本さんを見送る。
 泣きそうな程の悲しさを伝えない様にするのは、かなりの努力を必要とした。











 ホタルでは相手に送る信号が種毎に異なっていてね。
 お互いの信号がうまくシンクロしないと、なかなかオス・メスの出会いはうまくいかないんだ。
 点滅するホタルの光が、お互いを求め合う呼びかけと思えば美しさも際だつと思わないかい?

 と、ここで止めておけば美しい話と思うのだがね・・・
 さっき私が、ほとんどの種でといったのを覚えているかい?
 ホタルの中には点滅の信号をこの様に使う種もいるんだ。


 北米に生息する「フォツリス」というホタルの仲間。
 そのメスは『フォティヌス』と言う別なホタルのオスが求める信号・・・そう、そのホタルのメスが発する求愛信号を真似するんだ。
 こんな風に・・・







 「災難でしたね。皆本さん」

 ツリーの飾り付け作業中に行われた、いわれ無き尋問。
 ようやく壁から解放された皆本に、野分ほたるは哀れむような視線を向けた。

 「全く、一体何があったって言うんだアイツらは・・・」

 いつもとは異なる苛立ちを見せながら皆本が作業を再開する。
 ほたるは彼に近寄りその作業を手伝い始めた。

 「薫ちゃんが加わってませんでしたね・・・」

 モールをいじりながら、何気ない様子でほたるが口を開く。
 その一言に皆本の手が止まった。

 「でも、わかるなー・・・私にもそういう時があったから」

 「え! 野分さん、アイツの気持ちが分かるんですか!?」

 藁にもすがるような皆本の視線に、ほたるは優しく微笑む。

 「何か悩み事があるみたいですね。私で良ければ相談に乗りますけど・・・そうだ、この後あいてます?」

 自分が最も求める信号を提示された皆本は、誘われるまま夜の街に繰り出すこととなった。 






 「でね、アイツの言うことも分かるんです。でも、僕の言うことも分かってくれても・・・」

 大分ろれつが回らない様子で呟くと、皆本はカクテルを一気にあおる。
 カウンターに腰掛けてからずっと、かなりのハイペースで皆本は杯を重ねていた。
 日頃堪っていたストレスに加え、ほたるの巧みな誘導により皆本は愚痴ともとれる会話を延々と続けている。

 「大丈夫ですよ! 薫ちゃんもいつか分かってくれます。それまでは・・・」

 ほたるは隣りに腰掛ける皆本の膝の上にそっと手を置く。

 「それまでは私がいつでも相談に乗りますから・・・ねっ、今日は思いっきり飲んで憂さを晴らしましょう!」

 そう言って笑うと、ほたるは自分もカクテルを飲み干し皆本の分と合わせオーダーする。
 彼女の頼んだカクテルはシンデレラ。
 オレンジジュース、レモンジュース、パイナップルジュースを等量シェイクして作るノンアルコールカクテルだった。





 「すみません、少し飲み過ぎちゃって・・・」

 帰り道、タクシー乗り場に向かう道。
 覚束ない足取りの皆本は、ほたるに支えられながら家路へと向かっていた。

 「いいんですよ私は。でも、イブの晩だからタクシーがすぐにつかまるかどうか・・・それに」

 「それに何です?」

 大量に摂取したアルコールが皆本から思考力を奪っていた。
 彼はまるで吸い寄せられるようにほたるに疑問を発している。

 「そんなに酔って帰ったら、あの子たちに嫌われちゃいますよ」

 ほたるは優しく微笑みながら皆本を支える。
 86のEが皆本の肘に密着し、その形を僅かに変えていた。

 「少し休んでいきません? 私のマンションすぐソコですから・・・」

 そう言うと、ほたるは誘導するように皆本の腕を抱え込む。
 彼女の胸がひしゃげるのと同時に、皆本の理性もその形を失った。











 と、まあ・・・「フォツリス」のメスは『フォティヌス』のメスの求愛信号を真似てそのオスを呼び寄せ・・・

 むしゃむしゃと食べてしまうんだよ!

 憐れニセの信号に騙されたオスは、おいしく食べられ天国へと旅立っていくということなんだ。




 グリシャムの話に薫の顔色が変わる。
 ツリーの前では、作業を再開した皆本にほたるが接近中だった。
 焦りの表情を浮かべても、なお動こうとしない薫にグリシャムは続けて話しかける。

 「ホタルの信号には相手を騙すモノがあってね、人以外の動物が嘘をつかないとうのは幻想なんだ・・・「フォツリス」のオスは被害者のホタルの信号を真似してメスを呼び寄せ交尾を迫るし、被害者の『フォティヌス』は怖いメス「フォツリス」の信号を真似してライバルのオスを追い払い、交尾相手を手に入れようとする・・・ああっ!もう何がなんだか!!」

 グリシャムはオーバーなアクションで頭を掻きむしる。
 そしてキョトンとした薫に、これ以上はない優しい笑顔を向けた。

 「こんな風に偽の信号が飛び交い何が本当だかわからない。自分に向けられている信号は正しいのか? そして自分が出している信号を相手が正しく理解してくれているのか? でもね・・・それでも北米のホタルたちは自分の信号が相手に伝わることを信じて一生懸命に光を出し続けるんだ。そうすることだけが唯一、求めるものを手に入れる方法なんだからね」

 「相手に伝わることを信じて・・・」

 薫はグリシャムの視線を真っ向から受け止めていた。


 ―――君ならどうする?


 そう訴えかける視線に応えるように、薫はグリシャムに背を向けると皆本の元へと向かっていった。








 「災難でしたね。皆本さん」

 ツリーの飾り付け作業中に行われた、いわれ無き尋問。
 ようやく壁から解放された皆本に、野分ほたるが哀れむような視線を向けた。

 「全く、一体何があったって言うんだアイツらは・・・」

 いつもとは異なる苛立ちを見せながら皆本が作業を再開する。
 ほたるは彼に近寄りその作業を手伝・・・・・・えなかった。



 「皆本! そんなちんたらやってたら日が暮れるぞ!!」

 皆本とほたるの間に割り込むようにして、薫が皆本の手からモールをひったくる。
 そして、彼女は超能力を使おうとせずにモールの先についた星をたぐり寄せた。

 「ホラ、星を付けるんだから早く支えて!」

 薫は呆気にとられている皆本によじ登るようにして肩車の体勢をとろうとする。
 急な薫の変化に戸惑いながらも、皆本は彼女の要求通りにその体を支える体勢となった。

 「しっかり支えててくれよな、危なっかしくグラつくのは無しにしてくれよ」

 「ああ、そうだな・・・」

 皆本に支えられるようにして、薫はツリーの頂点に星を飾り付ける。
 伝わってくる二人からの信号を感じ取ったほたるは、寂しげな笑みを浮かべると無言で振り返りその場を後にしようとする。
 そして、険しい表情を浮かべ、二人の方へ向かって来るナオミの姿に彼女は戦慄する。
 ほたるはナオミの姿に禍々しい何かを感じ取っていた。

 「さて、そろそろパーティも始まる。最後の話をしようじゃないか・・・君も聞いていくだろう?」

 二人に近づこうとするナオミを遮るように、グリシャムが立ちはだかる。
 パーティの開始は近い。


 ―――――― こんな話を知っているかい? ――――――


あとがき

この話はグリシャムを語り部に、生物ネタを味付けに使用した短編連作として書かれたものです。
個人的な都合で半年ほど投稿を控えていましたが、実はこの話を書き上げたのは約一年前でして(ノ∀`)
その間に薫と皆本のギクシャクは解消しちゃいましたが、コレを書いていた当時はまさに桃太郎編が終わったばかり。
ある意味、自分なりの展開予想でもありました。いや、本当にある意味ですがw
最終話となる次話は既に粗方書き上げておりますので、来週末の投稿を予定しています。


投稿にあたって過去に投稿した話の紹介と、その話へのリンクを以下に付けておきます。
一話からお読みいただければ助かります。


一話
ガガンボモドキの生態をネタにした、明と初音の話です。
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9834
二話
なわばりをネタにした、賢木と皆本の話です。
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9843
三話
ネオテニーをネタにした、谷崎とナオミの話です。
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9852


ご意見・アドバイスいただければ幸いです。

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