ザ・グレート・展開予測ショー

恩返し(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:UG
投稿日時:(06/ 5/14)


深夜、老朽化が進む旧市街地のマンション。
有事の際の隠れ家として密かに用意した物件の、カップ麺の空き容器が散乱した室内で皆本光一は焦燥したようにノートパソコンを操作していた。

「クソッ! 情報が完全に操作されている!!薫たちは一体何処にいるんだっ!!」

皆本は苛ついた様に、この晩、何杯目かのインスタント珈琲を胃に流し込む。
すっかり冷めたソレは何の香りもないただの苦い水でしか無かった。

「局長は更迭、頼みの綱の朧さんからの連絡はない・・・バベルが事実上機能しなくなった今では、僕しかチルドレンを守ってやれないというのに・・・一体何をやっている

んだ僕はっ!!ここ数日、隠れて情報を漁るだけじゃないか・・・」

皆本は焦燥したように自分の頭をかきむしった。
油でべとついた髪が指先に不快な感覚を残したが、皆本はさして気にした様子も見せず再びノートパソコンに向う。
ゆっくりと湯船に浸かったのは何日前の事か。
その顔は無精髭で覆われ、髪に至っては以前の清潔感の欠片すら見あたらなかった。

「とにかく、薫たちが何をしようとしているのか・・・何処かに手がかりがあるはずだ・・・何処かに・・・くっ」

猛烈な睡魔が皆本を襲う。
ここ数日、彼はロクに睡眠をとっていない。
眠りに落ちまいとコーヒーカップに手を伸ばすが、既に空になったソレは彼自身の手によって弾かれ床に転がり落ちる。
カップを拾おうと身をかがめた皆本は目眩を感じ床に両手をついてしまった。

「寝てる暇などないんだ、こうしている間にも・・・薫たちは・・・・」

ゆっくりとその場に崩れ落ちると頬に床の冷たさを感じる。
決して清潔な床では無かったが、疲れ果てた皆本はその冷たさを心地よく感じていた。

「寝てる暇なんか・・・・・・」

必死の抵抗も空しく、皆本は意識を失うように眠りへと落ちていった。











トントンと包丁とまな板が立てる軽快なリズムに皆本は意識を覚醒させた。
開いた瞼にはさわやかな朝の日差しがさしこみ、鼻腔には食欲をそそる香りが流れ込む。

「薫?・・・・」

おそらくは料理中の人物がかけてくれたのだろう。
キッチンで動く人影を見ようと起きあがろうとした皆本の体から毛布が滑り落ちる。

「誰だ・・・・?」

キッチンに立つ人影は薫では無かった。
もちろん紫穂でも葵でもない。
しかし、皆本にはこちらに背を向けるロングヘアー少女に何処か見覚えがあった。

「あら、目が覚めたようね」

ロングヘアーの少女が振り向いた瞬間、半覚醒状態だった皆本の意識に衝撃が走る。
少女は皆本が最も情報を掴みたい組織【パンドラ】の高レベルエスパーだった。
最初の出会いから8年、澪は魅力あふれる健康的な少女へと成長を遂げていた。

「澪!教えてくれ!!薫たちは・・・・・!」

「ストップ!」

今にも掴みかからん勢いで澪に近づく皆本の顔におたまが突きつけられる。
その有無を言わさぬ口調に皆本は完全に動きを止められていた。

「なーに、その酷い格好!今、悲鳴あげたらあんた一発で犯罪者よ!」

台詞の内容とは裏腹に、その口調には嫌悪感はこもっていなかった。
皆本はおたまに反射した自分の顔を見てここ数日の不摂生な生活を思い返す。

「という訳で、風呂沸かしといたから・・・・」

目の前に立つ澪の両手が姿を消す。
それと同時に皆本は背後から羽交い締めにされ風呂場に引きずられていった。

「コラ!澪!一人で脱げる!いや、ソコは違う!!」

「見えてないから安心しなさい!!大人しくしてないとバラしてから洗うわよ!!」

五体をバラバラにされて洗われる自分の姿を皆本は想像する。
空間を切り離すだけで実体は繋がっているのだが、決して気分のよい光景ではなかった。
ため息を一つつき無駄な抵抗は諦めるが、僅かな矜持として下着だけは自分の手で脱ぐ。

「湯加減はどお?」

湯船に浸かった皆本にキッチンから声がかけられる。

「良い湯加減だ・・・生き返るよ」

心からの感想だった。
ここ数日の汚れと倦怠感が湯に溶け出していくように皆本は感じていた。

「よかった・・・・」

澪の返事と同時にひんやりとした液体が皆本の頭にかけられる。
驚いた皆本が振り返ると、壁から突き出た澪の両手がワシワシとした動きを見せていた。

「かゆいトコあったら言ってね」

皆本は力なく笑うと、泡が入らないよう目をつぶり湯船にもたれ掛かる。
澪の手に髪の毛をゆだねるのは不思議と心地よかった。


「じゃあ、タオルと着替えココに置いておくから・・・」

「あ、ありがとう」

何かと世話を焼きたがる澪から必死に体の前面を死守し皆本は入浴を終了させていた。
壁から突き出た手に背中を流されたり、その手が持つ鏡を見ながらのひげ剃りはなかなかにシュールな光景だった。

「・・・・・・・この匂いは」

バスタオルから漂う洗剤の残り香に皆本は澪との出会いを思い出す。
澪はわざわざあの時と同じ洗剤で洗濯したタオルを用意した様だった。






着替えをすませバスルームを後にした皆本は澪と向かい合うようにテーブルにつく。
さっきまでカップ麺の容器が散乱していたテーブルはきれいに片付けられ、鍋とお椀がまるでままごとのように並んでいた。
皆本が座るのを待って、澪は鍋の蓋を開けその中身をお椀へよそる。
大量の湯気と野菜スープの香りが立ちこめた。

「澪・・・教えてくれ。薫たちは・・・」

「今は栄養補給が先、先ずは取りすぎた塩分を出さなきゃね・・・・あ、ネギは残しちゃだめよ!」

にっこりと笑う澪にそれ以上なにも言えず皆本は渡された椀を一口すする。
出汁のきいた優しい味だった。

「けっこう苦労したのよ、あの時の味を再現するのに・・・」

「あれからも時々食べに来ただろ・・・薫たちとニアミスしないか僕は冷や冷やもんだった」

「迷惑だった?」

「全然・・・3人よりも君の方が美味しそうに食べてくれたからね」

「そう!よかった!!」

澪はこう言うと自分の椀にも野菜スープをよそり始めた。

「でも、不思議なのよね・・・材料や作り方は全く同じに再現したつもり。味も殆ど同じでしょ!でも、何か違うのよね・・・」

澪は自分の料理に満足しながらも何処か不満げに首をかしげる。

「実は皆本もエスパーなんじゃないの?料理や洗濯に特化した・・・・いや、アレは超能力じゃなく魔法ね。今だから言うけどハッキリ言って感動モンだったわ」

澪は遠くを見つめるような目をした。
彼女にとって皆本との出会いは、初めてとも言える家庭的な温かさとの出会いでもあった。

「・・・・おかわりは?」

どうするか考え中の皆本から澪は半ば強引に椀を受け取る。

「だめよ! ちゃんと野菜を取らなきゃ! 王子様が肌も髪もがさがさ、腸内が悪玉菌だらけじゃうまくいくものもうまくいかなくなるわよ・・・・・・止めたいんでしょ。女王を」

「教えてくれるのか! 薫の居場所をっ!」

立ち上がった皆本の前に椀を置いてから、澪は小さな包みをテーブルに置いた。

「多分皆本が知りたい情報だと思う・・・それと、護身用に必要と思って・・・すぐに本格的な戦いが始まる。出来るならば何処かに逃げて欲しいけど、そんなこと出来る人じゃないものね・・・女王・・・アイツは自分じゃ抱えきれないものを背負わされ苦しんでいる。王子様の助けが必要なのよ・・・さよなら、アイツの王子様・・・私の魔法使いさん」

「待つんだ澪、君こそ戦いに行くことは無いじゃないか!」

テレポートを始めようとする澪の手を皆本は慌てて捕まえる。
そして、彼女の体がほんの僅かの質量しか持ち合わせていないことに気がついた。

「引き留めてくれてありがとう。引き留められたとき断る自信がなかったからここに来たのは最初から一部分なのよ・・・」

澪は嬉しさと悲しさが同居した微笑みを浮かべた。

「私を暗闇から救ってくれた王子様は少佐なの。少佐は私に日の当たる世界をくれた・・・あなたはその世界で優しい魔法を見せてくれた魔法使い。今日来たのはその魔法へのささやかな恩返しなの・・・」

「そんな! そんな義理に縛られること無いじゃないか!」

皆本の叫びに澪は悲しそうな表情を浮かべる。

「さよなら皆本・・・なんで、少佐より先に私を見つけてくれなかったの?」

その言葉に絶句した皆本を残し澪は姿を消していく。
別れ際に見せた涙は皆本の脳裏に深く刻まれていた。






手に残る澪の軽さがやりきれなく、皆本は近くの壁に拳を打ち付ける。

「エスパーもノーマルも関係ない!みんな大馬鹿野郎だっ!!」

鈍く疼く拳の痛みを無視し皆本は澪が残していった包みを開封する。

「!」

皆本の目が、書き殴ったようなメモの下にあるモノを見て大きく見開かれた。

「そうか・・・そういうことか・・・」

メモの下には何度も夢で見た熱線銃が包まれていた。
バベル支給品であるところをみると、パンドラはバベル中枢にまで深くその根を伸ばしていたらしい。
皆本は多少はマシな字になった澪のメモに目を通す。
それは予知で何度も見た地域周辺での作戦行動について書かれたものだった。

「来るんだなあの瞬間が、まってろよ薫! 絶対に悲劇的な未来なんかにさせやしない・・・紫穂、葵、そして澪も・・・未来は幸せに輝くべきなんだ」




――― 約束だよ・・・!!




どこかで薫の声がしたような気がした。
それが遠い昔に交わした約束であることに皆本は気付いていない。
しかし、予知で見た光景以外の様々な出来事が皆本に勇気を与えていた。
エスパーの中にも戦いを避けたい者がいることを澪は教えてくれた。
そして、重すぎる役割を背負わされた薫が苦しんでいることも。

「澪、おかげで元気がでたよ。ありがとう・・・・」

皆本は既に姿を消している少女に礼を言うと、彼女が作ってくれたスープを一息で飲み干す。
既に冷め始めていたスープだったが、皆本は体の中から熱いものが沸き上がって来るのを感じていた。
皆本は気力をみなぎらせ部屋を後にする。
行き先とすべきことは8年前から決めていた。

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