ザ・グレート・展開予測ショー

BABELの中心でIがさけぶ(絶チル)


投稿者名:UG
投稿日時:(06/ 8/10)

 朝、目が覚めると泣いていた。いつものことだ。
 涙と一緒に、感情はどこかに流れていった。
 しばらくベッドのなかでぼんやりしていると、同僚がやってきて「休暇は今日までですよ」とインターホン越しに笑った。

 夏は過ぎ去っていたが、外の空気はまだ秋と呼ぶには相応しくない温度を有していた。
 私は同僚の運転する自動車の助手席に座り窓の外を眺めている。
 ナオミとの思い出を燃やした灰が入った小さな袋を抱えて。


 接近する台風による強風が、時折道行く女学生のスカートを持ち上げるが何も感じなかった。
 そういうことだ、ナオミを失うということは。私には、見るものが何もなくなってしまった。
 どんな光景も私を楽しませない。見ること、知ること、感じること・・・生きることに動機を与えてくれる人がいなくなってしまった。
 彼女はもう、私と一緒には生きてくれないから。

 ほんの一月前、夏の間の出来事だった。
 あっけなく一人の少女が、私以外の男の手で女になったのは。
 六十億の人類から見れば、きっと些細なことだ。
 でも、六十億の人類という場所に私はいない。
 私がいるのは、たった一人の少女の経験が、あらゆる感情を洗い流してしまうような場所だ。
 そういう場所に私はいた。









 ナオミとは私が32歳の時に初めてチームを組んだ。
 その時のナオミは12歳。
 最初の訓練は、施設の案内もかねて周囲を散歩した。
 その時は二人とも、運用主任とエスパーとして節度ある距離を保ちながら歩いていた。
 にもかかわらずナオミの髪からは、シャンプーというかリンスというか、ほんのり甘い匂いが漂ってきた。

 「アジサイだ・・・」

 施設周囲に自生するアジサイの花がナオミの目を引いたようだった。

 「好きな花なのかな?」

 私の問いかけにナオミは天使の様な笑顔を見せた。
 いや、この頃の彼女は本当の天使だった。

 「私、アジサイが好きなんです・・・でもバベルのアジサイって小学校にあるアジサイと違って花が青なんですね。種類が違うのかな・・・」

 ナオミは青い花をつけたアジサイを珍しそうに手にする。

 「いや、君の学校にあるアジサイと多分同じ種類だよ。違うとすればコレのせいさ」

 私はポケットの中から小銭をとりだす。

 「一円玉?」

 「そう、コレが何で出来ているか知っているかね?」

 彼女はしばし考えた後、「アルミニウム?」と自信なさげに答えた。

 「そう、アジサイはアルミニウムによって色を変えているに過ぎない。アルミニウムはpH・・・これは君が中学で習うことだが、酸性か、アルカリ性かで土の中での有り様が変化するんだ」

 「酸性って酸性雨の酸性ですか?」

 「賢いな君は・・・アジサイの色の元であるアントシアンはアルミニウムと結びつくと青に、そうでないと赤になるんだ。そして、酸性だと土の中で色々な物質と結合しているアルミニウムが溶け出しアジサイに吸収される。アルカリ性だと溶け出さず吸収されない・・・わかるかな?」

 「難しいけどなんとか・・・それだと、ここの土は酸性なんですね」

 ナオミは手を広げその場で周囲を見回す。
 周囲に群生しているアジサイは全て青色の花を咲かせていた。

 「そのとおり、酸性雨の影響かどうかは知らんが、この辺のアジサイが青い花をつけるのはそういうことだからなんだよ」

 「でも、何で学校のアジサイは・・・」

 真剣に考えるナオミの姿が可愛らしく、私はしばらく様子を見ていた。
 なかなか答えが出せないようなので、少し驚かそうと推理ドラマを気取ってみる。

 「そのアジサイの生えている所は運動場の近くじゃないのかね?」

 「なんでわかるんですか!」

 私がアジサイの生育場所を言い当てたことに、ナオミは目を丸くして驚いていた。

 「簡単な推理だよ。運動場に線を引く石灰はアルカリ性、それがアジサイの植えてある場所に溶け込んだんだろう・・・わかったかね?」

 「はい、良くわかりました。主任って物知りなんですね・・・これからも色々教えてください。よろしくお願いします」

 お辞儀をした前髪が垂れて、形のいい鼻梁を覆っている。私は半ば髪に隠れた彼女の耳を見た。また、小さくめくれた唇を見た。
 どれもこれも、決して人間の手では引くことのできない微妙な線によって形づくられており、じっと眺めていると、それらがすべてナオミという一人の少女に収斂していくことが、つくづく不思議な出来事に思えてくる。
 その美しい少女が、私に色々なことを教わりたいと思ってくれている。
 天使の笑顔を見せたナオミに、私はナオミを育て上げ理想の女性にすることを決意した。








 4年の月日が経っても私たちは同じチームだった。
 その頃にはナオミに対する恋愛感情は偽りようもないものになっていた。
 思春期を迎えた彼女が私との関係を照れるようになったという、ほんの些細な変化は起こりはしたが私は所謂ツンデレというやつだと思っていた。
 この世界を作り出した造物主はソレが持ち味だったからだ。


 『今日の造物主占いカウントダウン!! 今日一番ラッキーな星座は○○座のあなた! あなたの恋愛を後押しする年上の女性が出現!』

 出勤中の自動車の中
 カーラジオから女子アナの脳天気な声が聞こえる。
 私は大した期待をせずにラジオのボリュームをあげる。別に大した期待はしていない。この局の占いは私の星座が嫌いらしかった。
 次々に読み上げられる星座の順位。私の星座はまだ姿を現していない。とうとう、定位置ともいえる順位となった。

 『ごめんなさーい! 一番アンラッキーなのは××座のアナタ! 断言してしまいますが、意中の子といい感じになったりすることはないと思います。そらもー絶対に!仮にバトル超展開になったとして、仲間の危地を救うため、かっこよく捨て石になったとしても、その子がアナタに惹かれることはありえません! ま、どーでもいいで・・・』

 プツン

 私はラジオのスイッチを止め先を急ぐ。
 今日はザ・チルドレンとの合同訓練の日だった。





 作戦は単純なものだった。
 立てこもったテロリストという設定に油断させ戦力を分断・・・ガミラスと同程度の戦略だが間違いなく成功するだろう。
 ○○座の同僚は造物主に愛されているらしい。私は、戦闘ヘリで待機し出撃のタイミングを計っていた。

 『それでは、今日のリクエストです・・・』

 待機中の暇つぶしに聞いていたラジオが私のお気に入りのコーナーになった。
 仕事中不謹慎とは思わない。造物主だってどーでもいいことだと思っているだろう。

 『バベルの塔に住んでいる・・・』

 私は無線のスイッチを入れた。

 「主任! 任務中にラジオなんて・・・!」

 DJが読み上げるはがきの内容にナオミが沈黙した。

 『バベルの塔に住んでいる超能力少女のしもべIさんからのお葉書・・・僕とペアを組んでいる女の子を紹介します。彼女は髪の長い清楚な女の子で僕の理想そのものです。最近、悪い同僚に影響され少し変わってしまった彼女のために、尾崎豊のOH MY LITTLE GIRLをお願いします』

 ラジオからリクエストした曲が流れる。
 私のカラオケのレパートリーの一つだった。
 仕事の付き合いで行くキャバクラでは評判がいいのだが、バベルの親睦カラオケでこの曲を歌うとナオミは照れてすぐにお手洗いに行ってしまう。
 別にベッドを軋ませたりしない歌なので照れることはないのに。

 「暖まったかね? ナオミ・・・」

 「思いっきり凍り付いたわ・・・お願いだからちゃんと仕事しましょう」

 ナオミにお願いされたのではしょうがない。
 私は操縦桿を握り同僚からの合図を待った。







 案の定作戦は成功した。
 同僚はしたり顔で担当のエスパーたちに状況把握の重要性を説く。
 その割には彼女たちに言わんでいいことを伝え、毎度の暴走を引き起こしたのだが・・・

 「行ってきたまえ皆本クン!! 我々のことは気にするな!」

 訓練をさぼる口実を作ろうと、重要機密に近づこうとする3人。
 それを追いかける同僚を私はサポートする。
 ナオミと二人きりになるために。

 1分後
 照れたナオミも彼らの後を追うので、私も仕方なくナオミの後を追う。
 それまでに行われた会話はどーでもいいことだった。


 今回の暴走は本格的なものらしい。
 重要機密が隠されていた施設が爆発しその破片が周囲に吹き飛ばされる。
 私はナオミに向って飛んできたドアに今朝の占いを思い出す。

 「お前は私が守ってみせーるッ!!」

 「大丈夫ですか、主任?」

 「お前が無事なら、腕や足の一本や二本・・・!! 失ってもかまわんよ!!」

 ナオミのためなら死ねる覚悟を示した私に、彼女は感動しているようだった。
 私の愛に後押しされ、ナオミは同僚たちを救出に向かう。
 占いなんて出鱈目だとこの時の私は思っていた。
 もし、この後おこる惨劇を予想できたのなら、私はどんなことをしてもナオミを止めただろう。
 後を追った私の目に悪夢としか言いようのない光景が飛び込んできた。


 ズキューン


 そこには悪魔がいた。
 私が最初に奪うべきナオミの唇をいとも簡単に奪った憎むべき巨乳の悪魔が。

 「ナオミ!」

 駆け寄った時にはすでにナオミは解放されていた。
 呼びかけても返事がない。ナオミは純潔を失ったショックからかぐったりと床に倒れている。
 間に合わなかった、と私は思った。
 ナオミと結婚することも、二人の子供をつくることも。そして最後の、たった一つ残された夢も、あと少しのところで手遅れになってしまった。

 「助けてください」

 ナオミを抱きかかえ、取り囲んでいる同僚や局長に向かって言った。

 「お願いです、助けて下さい」

 バベルの係員がやってきた。誰かが救急車の手配をしているようだった。
 けれど、そんなものでナオミを元に戻せはしない。

 「お願いです、助けて下さい」

 私が語りかけていたのは、ナオミでもなければ、まわりの人々でもなかった。
 もっと巨きなものに向かって、自分にだけ聞こえる声で、繰り返し訴えつづけていた。
 助けて下さい、ナオミを元に戻して下さい、私たちをここから救い出して下さい・・・
 でも声は届かなかった。










 「着きましたよ」

 同僚の声に私は目を覚ました。
 どうやら助手席で寝てしまっていたらしい。
 バベル本部に向かう前に、私はナオミとの思い出の場所に立ち寄って貰った。
 事情を話すと同僚は快く引き受けてくれた。
 私とナオミが最初に散歩した訓練施設の周辺、アジサイの群生地に思い出の灰を撒くことで私は自分の心に決着をつけるつもりだった。

 「でも、チームを解散することはなかったんじゃ・・・」

 「今でもナオミがいるような気がするんだ」

 「いや、だからいますって・・・」

 この造物主に愛された同僚は何もわかっていない。
 管理官とのキスは女性という事で私の中ではノーカウントにすることができた。
 しかし、今年の夏休みにナオミは死んだのだ、私の理想だった可憐で純潔なナオミは。
 先輩という、どこにでもいるような十把一絡げの輩の手にかかってあっさりと。
 夏の魔法というものは時として残酷な結果を周囲にもたらす。

 「ナオミは死んだ・・・少なくとも私の中で。知っているかい? かって私がナオミのブラジャーにまで嫉妬していたのを」

 「いや全然・・・・・・」

 「私は今のナオミを見て何も感じない。いや、かって可憐だったナオミが下らない若造のものになったと知った途端にかっての愛情は冷めてしまった・・・にもかかわらず彼女はいるんだ。いるとしか思えない、どうしようもない感覚なんだ。私を尊敬し、純潔だった頃の彼女がいることを否定できない。たとえ証明できなくっても彼女がいると感じていることは事実なんだ。だが、それは今のナオミじゃない」

 話し終えると、同僚は痛ましげにこっちを見ていた。
 私は持ってきた袋を握りしめる。
 ナオミとの思い出の品を燃やした灰を撒くことで、この気持ちに決着をつけるつもりだった。でも・・・

 「何故か踏ん切りがつかないんだ・・・」

 「そう言うときは持っていた方がいいですよ。気持ちの整理がついて撒きたくなった時にまたくれば・・・」

 取りなすような同僚の言葉に私は決心が揺らいでいた。

 「・・・やっぱり、これは持っていることにするよ」

 私の躊躇に同僚は安心したような笑顔を見せた。
 その笑顔と、先程からこちらに殺気だった視線を向けている施設清掃の職員とは関連はないと思う。

 「それじゃ、行きましょうか。新人のエスパーが待ってます」

 私はその言葉に促され思い出の場所を後にした。










 私は新たに担当するエスパーの少女と施設周辺を散歩していた。

 「キレイなアジサイですね」と彼女はいった。

 アジサイは今年も咲き誇っている。
 ナオミとこの道を歩いたのはもう10年以上昔のことだ。
 私は懐から思い出の灰が詰まった袋を取り出す。

 「なんですソレ?」

 「前に担当していたエスパーとの思い出を燃やしたものだよ。君を立派な淑女に育てるには無用のものだ・・・」

 私はそういって隣を歩く可憐な少女に笑いかける。
 気持ちの整理はとうについていた。
 ゆっくりと袋をあける。腕をいっぱいに伸ばして大きな弧を描いた。
 白っぽい灰が、淡雪のようにアジサイの群生地に舞い散る。
 真っ赤な花を咲かせたアジサイの群落に散らばり、思い出の灰はすぐに見えなくなった。


                        UG作「BABELの中心でIがさけぶ」より



問1:作者の言いたいことを以下の選択肢の中から一つ選び記号で答えよ(10点)

(ア)造物主には逆らえない。

(イ)尾崎の歌はフラグが立っていないと引かれるので危険である。

(ウ)何回も灰を撒かれた土壌はアルカリ性となる。

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