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それなら

 それなら―――

 人生にレールのようなモノがあるとして。
 俺は黙ってその上を進んで行くのだろうか。
 学校に通い、進学して、就職して。日常があって。
 平凡だけど、安定。安定しているようで、不確か。そんな毎日。
 ひとつだけ確信を持てることは、どんな進路をとっても俺は同じものを求めているだろうってこと。
 他のものに執着している自分なんて、まったく想像できないから。
 けれど、もしも。もしも俺の求めるものがずっと同じであるならば。

 それなら―――
 いつも一緒にいて欲しい人が共にいてくれるとしたら。
 俺はどんな辛い生活にも、耐えていけることだろう。

 何もかもが高嶺の花だったあの頃。
 望んだモノは何ひとつ手にいれられずに。
 願えば願うほど、時給を下げられるだけで。
 煩悩を隠すことなどできず、まだ知らぬ恋愛を待ち焦がれた。
 二枚目なんかじゃないのは分かってたし、スカして誤魔化すのも嫌だったから。
 俺は愛する人が欲しかった。
 お互いを思い、お互いを支え。ずっと一緒に同じ景色を見ていたかった。
 そしてあの時。
 俺はアイツを失った。
 初めはどこか現実感のない孤独、次第にそれが実感を持ってきて。
 騒がしいけど空虚。本当に願うものは、そこには無くて。
 だけれども、俺の日常は完璧なまでに揺らがないでいられた。
 仲間に感謝を。そして今は、その優しさに包まれるとしよう。
 変な同情も哀れみもない、完全無欠で少し危険な日常。
 この世に癒しは数あれど、生きてる実感には叶わない。
 幾度も死線をくぐり抜け、時には水中大脱出なんかもやらかしたりして。
 つま先から頭のてっぺんまで、じわ〜っと嫌な汗が流れていく。
 これは決して自暴自棄ではない。
 無意味な危険を背負っているんじゃない。
 安定と癒しを与えてくれる人生は、手を伸ばせばすぐそこで両手を広げ待ちかまえていてくれる。
 けれどもそれは違う。そうじゃない。これは俺の求める生き方。アイツが命を燃やして守ってくれた生き方。
 求めるものが仕事だったり、収入だったり、優しい奥さんとの安寧な生活だったりする人もいる。
 俺はその形がたまたまこうだった、というだけ。
 だから一度失敗したからといって。きっと。永遠に。こればっかりはやめられない。

 思えばあの日。偶然とは思えないあの出会い。
 ボディコンの色香に飛びかかったあの瞬間から。
 冗談としか思えない時給に頷いて、どこまでもその尻を追いかけた日々。
 それから色々なことがあって―――本当に、色々なことがあって。
 アイツを失ってから、自分が許せなくなりそうだったことが何度あったことか。
 そんな時でもまるで変わらず、俺をコキ使うその態度で揺るぎない日常に―――アイツが守ってくれた日常に俺をつなぎ止めてくれていた。
 一緒にいるのが当たり前。
 おかげで身の危険を何度も味わっているけど、原因の何割かは俺なので良しとしておく。
 けれど、もし。もしもこの人と出会わなかったら俺は―――
 いや、やめておこう。
 人生にもしもはない。アイツを失ったとき俺はそれを嫌と言うほど味わったはずだ。
 治りかけた傷がシクシクとそれを拒む。
 こんな風に思えるようになったのも、この人と過ごした日常のおかげなのだろう。
 誘っているとしか思えない服装に包んだチチ、シリ、フトモモ。男なんて鼻にもかけないゴーマンな立ち居振る舞い。
 金に目が無く、年中、金のこと考えてて素直さの欠片もなく我が儘で。
 人使いが荒く何度も死ぬような目に合わせるクセに、いざという時には助けてくれたり。
 自己中心的で、放っておくと神様にまで喧嘩売りかねない。全くもってめんどくさい人。
 目の前の彼女が口にした言葉―――永久就職という言葉を俺は何度も反芻する。すぐに答えには辿り着いていた。
 この人は歪なんだ。マトモじゃない。はっきり言ってクソ女。
 普通の男ならとっくに逃げ出している。俺が普通の男なら、とっくにそうしている。
 だけど自分で言うのもアレだけど、俺もかなり歪んでいるし。
 その歪みはこの人のソレとぴったり重なって。この人は俺がいないとダメなんだ。
 あきれるくらいに。
 めんどくさい女。
 だから、そろそろいいよな―――もう一度女の人を好きになっても。
 俺の中で眠るアイツに、俺はそっと許しを請う。


 それなら―――
 一生ついていきますって言ったでしょ!

ちくわぶさんの電波が飛び火したので、即興で書かせていただきました。
完全な後出しですが、合作に興味がある私は楽しく書くことができました。
相乗効果があればいいなぁ・・・
ご意見・アドバイスいただければ幸いです。

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