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こんな話を知っているかい?

 こんな話を知っているかい?

 ガガンボモドキという小さな蜂の一種なのだが、小さいクセになんと肉食!
 弱肉強食の自然界で、苦労に苦労を重ねながら日々の糧を得ている涙ぐましい存在なんだ。
 特に繁殖期のオスの健気さと言ったら・・・

 ガガンボモドキのオスが繁殖相手を確保するため、最も重要な要素は何だと思う?
 答えは簡単!
 魅力的なエサをメスにプレゼントできるかどうかなんだ!!

 ガガンボモドキのメスは繁殖期にエサを捕らない。
 美味くて大きい魅力的なエサを、オスが運んで来るのをただじっと待つだけ・・・
 もう分かるだろう?
 メスが満足するエサを手に入れられるオスだけが、交尾をする権利を与えられる。
 だからオスは必死に魅力的なエサをプレゼントしようとするんだ。

 そう、こんな風に・・・









 オーブン内に鎮座する3キロ以上はある七面鳥。
 コレが一人の少女の胃に収まるとは誰も想像できないだろう。
 俺、宿木明はオーブン内で美味そうに仕上がった、ローストターキーの出来上がりに軽く口元を緩めた。

 「ごーはーん、まーだー?」

 「もう少し我慢しろ! 肉汁が落ち着くまでの間、特製のグレイビーソースを作るんだから」

 待ちきれない様子の初音の催促を軽くいなし、俺はオーブンからターキーを取り出す。
 表面の皮はパリッと、中はジューシー・・・我ながら改心の出来だ。
 天板に溜まった肉汁をソースパンに移し、俺は最後の作業に取りかかる。
 初音は珍しく、テーブルの上に並べられた他の料理にも手を付けていない。
 急かしはするものの、俺がテーブルに着くまで待ってくれているのだろう。

 今夜はクリスマスイブ
 チルドレン主催のパーティーを断り、初音と二人っきりで特別な夜を過ごす。
 俺はソースパンを火にかけながら今年一年を振り返る。


 カプッ!

 「はうっ!」

 腹を空かした初音が暴走する度に生きながら食われる俺。
 今年は何度食われたのだろうか?
 頸部を圧迫される窒息の苦しみ、生きながら肝臓に牙を立てられる痛み。
 たまに即死できる時はラッキー・・・いや、そうでも無いかも知れない。
 文字通りの死の苦しみ。
 ソレを紛らわす脳内物質は神様の慈悲なのだろう。
 皆本さんの受け売りだが、断末魔に分泌される大量のエンドルフィンやドーパミンに、俺は死の瞬間に訪れる恍惚とやらを何度も味わっている。
 事実、俺の精通は初音に食われた時に訪れていた。



 フィードバックしそうになった感覚に、俺は慌てて頭を振った。
 ソースパンの中のグレイビーソースは既に煮詰まり、絶妙なとろみを見せている。
 危ない・・・焦がしていたら台無しになる所だった。


 好きな女に食われその血肉になる・・・
 食われる動物たちには悪いが、その経験が一度きりでない安心が食われることへの抵抗を薄めていた。
 最近、俺はその辺に焦りを感じている。
 俺は本当にノーマルなのか?
 それとも食われることに快感を感じる変態なのか?
 俺の切羽詰まった気持ちを初音はこれっぽっちも理解していない。



 「あ、チョウチョ!」

 キスの決意を固め、肩を引き寄せようとする俺の手をアイツは何度すり抜けたか。
 チョウチョ、野ねずみ、小鳥・・・
 追いかけるものはその都度変わるが、空振りした俺の気持ちはいつも同じ・・・この気持ちは男にしか分からないだろう。
 飯をねだり抱きつかれることはあっても、俺が初音に抱きつくことは無かった。



 「ねー、おーなーかーすーいーたー! ごーはーん、まーだー?」

 初音の催促がどんどん間隔を狭めていく。
 ああ、いいだろう・・・今夜はご馳走を腹一杯食わしてやる。
 俺は仕上げのバターをほんの一欠片、火から下ろしたソースパンに放り込む。
 これで風味が相当変わる、自慢のグレイビーソースの完成だった。
 沢山食べろよ初音。
 今夜は特別な夜。お前の好きな物ばかり気合いを入れて作ったんだぜ。
 冷蔵庫には大きなブッシュドノエルも入っている。
 これだけ食わせれば、お前の胃袋も満足するだろう?

 だから・・・だから今夜は・・・

 お願いだから、俺に食われてくれ!!

 俺は祈りにも似た心境で、自慢のターキーを初音の元へと運んでいった。








 さて、ここまでが普通のガガンボモドキの行動なんだが・・・

 え? 普通でないガガンボモドキがいるのかって?
 そう、ガガンボモドキの行動はそれだけじゃなくてね。
 大きなエサが取れないオスはどうするかと言うと・・・











 「さあ、初音! 今夜は特別な夜だ! 二人っきりで楽しもうぜ!!」

 「すごい!! ソレ本当に食べていいの? 貰っちゃっていいの?」

 「ああ、全部お前のために作ったやつだからな。遠慮無く全部食え!!」

 下心バリバリの笑顔で明がターキーを運ぶ。
 初音は満面の笑顔でその皿を受け取ると、胸一杯にその香りを吸い込んだ。

 「イイ匂い・・・それにこのソースの味。明! アナタ天才ね!!」

 指先でソースの味を見た初音は、明に微笑みを向けた。
 その笑顔にいつもの天真爛漫さは窺えない。
 どこか計算高い笑みを浮かべながら、初音はターキーとソースの皿を手に席を立ち上がる。

 「これはプロの・・・いや、それ以上の出来! 何か切羽詰まったもの凄いエネルギーを感じる味・・・女王が欲しがるのも分かるわ!!」

 「コラ、初音! 立ち食いはお行儀が悪いぞ!! 切り分けてやるから席に・・・ん? 女王??」

 初音が口にした女王という言葉に、明はようやく異変に気づく。

 「お、お前は!!」

 ヒュパッ!!

 しかし、その時には既に時遅し。

 「女王のパーティーへの手みやげにね・・・ありがたく頂戴しよう! それじゃ!!」

 明の目の前で初音は学生服姿の少年に姿を変えると、ターキーを持ったまま何処かへとテレポートしていく。
 その場に残された明は、ただ呆然と虚空を見上げるしか無かった。









 と、いうわけで・・・
 大きなエサを手に入れられないオスは、メスのふりをしてエサを手に入れるんだよ。
 分かったかね? 
 お嬢さん・・・



 チルドレン主催のパーティー会場
 パーティーの開始までにはまだだいぶ時間がある。
 準備に勤しむ皆本たちを他所に、時間つぶしの話題を口にしていたグリシャムが一つめの話を終わらせた。
 手持ち無沙汰だったのか、熱心に聞いていた少女は感心したように口を開く。

 「ふーん。オスって大変だねーっ。私、メスで良かったよ」

 「プレゼントを貰えるからかい?」

 「いや、エサを盗られたドジなオスでも選んであげられるからね・・・あ、もうこんな時間! それじゃ姐さん!!」

 「帰んのかよ初音! 明も連れてくればいいじゃんかよ!!」

 準備にだけ顔を出した初音は、引き留める薫に軽く手を挙げるとパーティー会場を後にする。
 その口元に浮かんだ微笑みの意味を、薫が理解するにはもう少し時間が必要だった。




 「さて、パーティまでにはもう少し時間があるね・・・」

 グリシャムは咳払いを一つすると、手持ちぶさたな者たちをゆっくりと見渡す。


 ――― こんな話を知っているかい? ―――
 


        

広場メインで活動していますUGという者です。
今回から何回かこの様な形態で投稿させて貰おうかと思っております。
ご意見・アドバイスいただければ幸いです。

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