人生には3度、モテ期が訪れるというのは本当らしい。
何故そんな事を考えているかというと、今の俺は正にその時期に差し掛かった様だった・・・
俺―――横島忠夫は、俺に向けられた二人の熱い視線に気づいていた。
夏の海。
眩しい太陽に照らされ、開放的になった人々は容易く恋に落ちて行く。
青い海、白い砂浜、そして水着姿の若者たち・・・
此所には人が恋に落ちるのに必要なものが満ち溢れていた。
―――――― 【夏企画】Strange Fruit ――――――
焼け付く様な日差しが、海に背を向けた俺の背中をじりじりと焼いている。
持ち込んだクーラーボックスに腰かけた俺は、レジャーシートの上に座る二人の視線に気づかないふりをしていた。
ビーチパラソルが作り出す日陰の下、水着姿の美神さんとおキヌちゃんは何度も俺の方に視線を飛ばしている。
そのくせ俺が視線を返すと、慌てたように目をそらしてしまう二人。
なんだ、美神さんも意外と可愛いところあるじゃないか。
「除霊・・・朝のうちに済んで良かったですね。美神さん」
そんな美神さんに、俺は勤めて爽やか話しかける。
美神さんは俺と目を合わせないように俯いた。
水着の面積しか隠されていない白い肌と比べ、美神さんの顔が赤らんでいるのがわかる。
ひょっとして、さっきの事を思い出しているのかな?
朝方行った除霊―――毎度お馴染みのコンプレックス退治は俺の独壇場だった。
―――危ない! 美神さん!!
ピンチに陥りそうになった美神さんを咄嗟に助けた俺。
俺の腕に抱きかかえられながら、美神さんは霊波刀で切り裂かれたコンプレックスを信じられないという風に見つめていた。
あの時、俺の胸板が厚くなったことに気付いたのかな?
夏に備え腕立てと腹筋やってたから・・・結構逞しくなったでしょ? 俺。
トランクス型の海パンから覗く、クッキリ割れた腹筋がセクシーかな? なんてね・・・
いつまでも情けない丁稚のまんまじゃないんですよ。
もっと頼って下さい。
俺、もっと、もっと、強くなりますから・・・・・・
最近の俺、少しは頼れるようになったでしょ!
本当に俺、逞しくなったんですから。
ねっ! さっきからじっと俺を見つめてるおキヌちゃん!
フェイントの様に飛ばした視線に、おキヌちゃんは慌てたように顔をそらす。
フッ、耳まで真っ赤になっちゃて。
そんなに取り乱すと、折角作ったお弁当が台無しになっちゃうよ。
俺はお弁当が入ったバスケットで、顔を隠したおキヌちゃんに優しく笑いかける。
「よ、横島クン! あ、あのね・・・」
真っ赤な顔で何かを訴えようとする美神さん。
よしてください! 感謝の言葉なんていりませんよ。
俺が美神さんを助けるのは当然のことじゃないですか。
だから、俺がおキヌちゃんに笑いかけたくらいで心配しないで・・・
「分かってます。最後まで言わないで下さい」
俺はそう言ってクーラーボックスから立ち上がると、キンキンに冷えたビールを取り出し美神さんに投げ渡す。
帰るのはまだ先、赤い顔の言い訳にはいいでしょう?
此所にはおキヌちゃんもいますし、もう少ししたら遊び疲れたシロタマも戻ってくる。
もし、感謝してくれるのなら二人っきりで・・・ね。
「あ、ありがとう」
俺の思いが伝わったのか、美神さんはホッとした表情を浮かべてプルトップに爪をかけた。
白くしなやかな指先が僅かに動くと、軽快な炭酸の音とともにホップの香りが辺りにひろがっていく。
俺にはまだ早い、でも決して嫌いではない香りを感じていると、こちらに歩いてくるシロタマの姿が目に入った。
「あ、シロタマも帰ってくるみたいですね。じゃあ、そろそろ飯かな?」
俺は立ったついでに人数分のペットボトルをクーラーボックスから取り出す。
美神さんが呑み込んだ言葉に、おキヌちゃんもほっとした表情を浮かべていた。
「おキヌちゃんの作った弁当、楽しみだな」
俺はそう言って笑うと、再びクーラーボックスに腰掛ける。
ブハッ!
突然、美神さんが飲んでいたビールを吹き出した。
気管に入ったのか、激しく咽せ込む美神さん。
その鼻先についた泡が可愛らしく、俺はつい口元を緩めてしまった。
あーあ、そんなに慌てて飲むからだよ・・・
そんなに咽せちゃって、あわてんぼさんだなぁ、令子は。
俺に笑いかけられた令子は更に顔を赤らめる。
そして、すぐに恥ずかしそうに顔を俯かせた。
令子、気にしなくていいよ。
俺はそんな君も大好きだから・・・
「あ、おキヌちゃん。お茶受け取ってくれるかな?」
俺は視線を背けていたおキヌちゃんに優しく声をかける。
分かってくれよ令子。
おキヌちゃんの前で二人だけの世界は作れないだろう?
「え! わ、私がですか!?」
両手にペットボトルを抱えている俺に、おキヌちゃんは慌てたような声を出す。
何を照れてるんだいおキヌちゃん?
痩せマッチョとなった俺を直視できないのかな?
おキヌちゃんは耳まで真っ赤になった顔を背けながら、敷物の上にバスケットを置き俺の方へ手を伸ばす。
「ホラ、ちゃんとコッチを見て! お茶が落ちちゃうよ」
「は、はい!」
俺はワザと意地悪に、顔を背けたまま伸ばした手のすぐそばで、抱えたペットボトルぶらぶらさせる。
おキヌちゃんは驚いたように俺を見つめると、差し出したソレをしっかりと手に掴んだ。
「あ、センセー拙者にも!」
「おキヌちゃん! 頼んでおいたの作ってくれた!!」
全く・・・この二人が来ると途端に騒がしくなる。
カラカラの喉を潤そうと俺が持ったお茶を欲しがるシロと、バスケットのお弁当に無遠慮に手を伸ばすタマモ。
色気より食い気。
痛いほど感じる令子とおキヌちゃんの視線を、この二人が俺に向けることはないだろう。
少なくとも今暫くは・・・
俺はクスリと笑うと、おキヌちゃんにお茶を渡し終え、自由になった右手でシロにペットボトルを放り投げる。
「サンキューでござ・・・」
ドサ・・・
何故かペットボトルを取り損なったシロ。
砂浜に落ちたソレはたちまち砂にまみれてしまう。
おい、シロ、お前もかよ・・・
頬を赤く染めたシロに、俺は苦笑を浮かべてしまう。
悪い気はしないが流石にお前とはまずいだろう。
俺は気まずい気分を隠しきれず、救いを求めるようにタマモに視線をむける。
「やた! いなり寿司! いただきまーす・・・」
無邪気にソレを手に取ったタマモに、俺は何処か安心していた。
みんなの好意は嬉しいが、俺は親父のように器用な恋愛を出来はしない。
自分に向けられる熱い視線を受け止めきれない不器用な俺にとって、ソレを向けないタマモの存在は貴重だった。
大きな口をあけ、いなり寿司にかぶりつこうとするタマモに俺は穏やかな微笑みを向けていた。
「!・・・・・・やっぱりいらない」
いなり寿司をバスケットに戻したタマモに俺は驚きの表情を浮かべた。
俺の視線に気付いたタマモは、みるみる顔を赤らめると俺から顔を背け一言呟く。
「バカ横島・・・・・・食欲無くなっちゃったじゃない」
嗚呼、タマモ、お前もか!
大好物のいなり寿司が喉を通らないほど、俺を思ってくれているとは・・・
罪な自分に俺は天を仰ぐ。
このままでは全女性キャラから熱い視線を浴びるのも時間の問題だろう。
自分のモテ期の凄まじさを、俺は恐ろしいとさえ思い始めていた。
此所から走り去ったタマモの捨て台詞を耳にするまでは・・・
―――変なモノ見せるな! バカ横島―――ッ!!
「へ?」
タマモの口にした台詞に、天を仰いでいた横島の表情が固まる。
―――へんなモノ? いなり寿司? ま、まさか・・・
彼は涼やかな風を股間に感じていた。
横島は恐る恐る視線を下に向ける。
目の前にいた三人は、大慌てで横島から視線をそらした。
そして数秒後―――
横島の上げた絶叫が夏の海辺に響き渡る。
彼が覗かせていた奇妙な果実は、ほんの少しだけ縮んだように見えた。
―――――― ω ――――――
終
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