灼熱の太陽が砂浜に容赦なく降り注ぐ。
焼け付くような日差しを浴びながら、横島は手に持ったカキ氷をまじまじと見つめていた。
涼やかな容器にこんもりと盛られたカキ氷には、イチゴのシロップがたっぷりとかけられキラキラと太陽の光を反射させている。
無遠慮とも言える動作でシャクシャクとスプーンを差し込むと、横島は一気にソレをかき込む。
ズキズキと痛む頭は夏の風物詩みたいなものだろう。
「センセーッ!!」
沖合から聞こえてきたシロの声に、横島は視線を海に向けた。
痛む頭に顔をしかめながら、サーフィンに興じるシロタマに手をふり返す。
オフショアの風に、良い形の波が立っている海岸。
ローカルが一人もいないのが不思議なほどコンディションに恵まれた海に、二人はサーフィン初体験とは思えない程乗れていた。
「あいつら、よくアイスくわえたままアウトに出れたよな・・・」
軽快にバランスをとる二人の口には棒アイス。
横島は呆れた様子で呟くと、少し意地の悪い笑顔を浮かべる。
何故か横島は二人に対して悪戯を思いついていた。
「お前ら、気分はどうだ―――っ!!」
横島は手を口元に当てると大きな声で二人に呼びかける。
初めて乗れた波に妙にハイテンションな二人は、つられてその声に応えようとした。
「サ、あ、うぉ、とと・・・・・・・うわっ!!」
「サ、ワッ、ア、ッと・・・・・・キャッ!!」
―――最高!
そう答えようとしたシロとタマモは、くわえたアイスが落ちたのに慌てバランスを崩してしまう。
必死の努力も空しく、彼女たちとアイスは派手に海へと落ちていった。
波に巻かれた二人の姿に腹を抱え笑う横島。
そんな横島の様子に、ビーチパラソルの下で眺めていた愛子が呆れたような声をだす。
「酷いことするわねー」
「いーんだって! これで・・・あれ? なんだっけ?」
横島は少し首を捻ったが、新たに生じた疑問が微かな違和感を洗い流す。
「そういや、何でお前は海まで来て制服なんだ?」
本体に腰掛けた愛子はいつもと変わらぬ制服姿だった。
外したスカーフを本体に巻き付け、裸足の足をぶらぶらさせている点はラフと言えばラフだが、水着を期待した横島は露骨に失望の表情を浮かべる。
「・・・・・・スケベ」
「いや、その辺は敢えて否定はせんが、折角海に来たんだから水着の一つくらい着ても罰はあたらんだろう!」
横島は愛子の隣に腰掛けると、本体に腰掛けた愛子を見上げる。
海から上がり西瓜割りの準備を始めたシロたちを、愛子は眩しげに眺めていた。
「いいのよ・・・海に入ると釘が錆びちゃうし。それに私はみんなを見ているだけで幸せ―――」
―――このままずっと、夏が続けばいいのに。
それは心からの言葉だったのだろう。
愛子は満ち足りた笑顔を浮かべていた。
「それにね・・・あの人と比べられる自信はないというのも本音かな」
クスリと笑った愛子の視線に、横島も数メートル隣に視線を移す。
そこには敷物の上に寝そべり、背中に跡を残さないようビキニの紐をほどいた美神の姿があった。
「うおっ! 何故俺は今までこんなおいしい風景に気がつかなかったんだ!!」
横島は一瞬で美神の側に移動すると、揉み手をしながら脇乳の辺りに話しかける。
「美神さん! サンオイル塗りましょうか!! みか・・・」
美神からはスースーという寝息。
横島は美神を起こさないよう、それ以上話しかけるのを止めた。
何故止めたかというと・・・
サクッ・・・・・・サクッ・・・・・・サクッ・・・・・・
極力音を抑えながら、横島は美神の脇を掘り始める。
静かなくせにビックリするほどスピーディにどかされる砂。
産卵時のウミガメが秘訣を聞きに来そうな程の手つきで、横島は敷物の下から黙々と砂を排除していた。
それに伴って徐々に敷物が沈下していく。
結果、美神は片側のバストトップを露出させられそうになっていた。
「おお、もう少し、もう少しだ俺!!」
「ナニがもう少しですって・・・」
刺すような美神の視線に晒され流れる冷や汗。
横島は一瞬で覚悟を完了させる。
「ヨコシマン・ダッシュ6!!」
「せめて読み手の1割が分かるネタにしろっ!!」
決死の覚悟で決行した最後の一掻き。
蹴り飛ばされた以上のものは確保した。
脳に焼き付いた桜色のイメージに横島は満足の笑みを浮かべる。
蹴り飛ばされた先にある西瓜の姿を見るまでは・・・
ゴスッ!!
脳天を突き抜ける途轍もない衝撃に、横島の意識が暗転する。
自分が殴ったモノを西瓜と信じているシロは、得意げに胸をはり目隠しに手をかけた。
「手応えアリ! タマモ、ナイスナビでござった!!」
「生きて・・・るよね?」
「へ?」
目隠しを外したシロの口元がヒク付く。
西瓜割りの現場に蹴り飛ばされた横島は、見事身を挺して西瓜を守ることに成功していた。
「ああっ! センセー」
何かの冗談みたいに膨らんだ横島の頭頂部のたんこぶ。
シロの必死のヒーリングのおかげで、何とか大事にはならなかったらしい。
水着で抱きかかえられたことで治癒力が異常に高まったことは、本人も認めたくない事実だろう。
白いセパレートの水着は健康的な魅力に溢れていた。
「いてて、死ぬかと思った・・・」
「っていうか、普通は死ぬわよね」
不気味なモノでも見るように、タマモが横島を見つめる。
「全く・・・ナニやってるんですか! ちょっと買い出し行っている間に!!」
「あ、おキヌちゃん・・・」
買ってきたカキ氷を手に、おキヌは横島の側にしゃがみ込むとそっとその頭部に指先を近づける。
「私とシロは悪くないわよ! 横島が急に飛んできて・・・まあ、大方の予想はつくけど」
タマモの視線の先にはフテ寝を再開した美神の姿。
おキヌは指先を引っ込めると、口元を引きつらせながらカキ氷を横島に差し出す。
「頭を冷やすのに使って下さい。はい、カキ氷!」
おキヌは横島の手にレモン味のカキ氷を握らせた。
―――――――――――― 【夏企画】ビューティフル・ドリーマー ――――――――――――
灼熱の太陽が砂浜に容赦なく降り注ぐ。
焼け付くような日差しを浴びながら、横島は手に持ったカキ氷をまじまじと見つめていた。
涼やかな容器にこんもりと盛られたカキ氷には、レモンのシロップがたっぷりとかけられキラキラと太陽の光を反射させている。
無遠慮とも言える動作でシャクシャクとスプーンを差し込むと、横島は半分ほどを一気に平らげた。
ズキズキと痛む頭は夏の風物詩みたいなものだろう。
「センセーッ!!」
沖合から聞こえてきたシロの声に、横島は視線を海に向けた。
痛む頭に顔をしかめながら、サーフィンに興じるシロタマに手をふり返す。
オフショアの風に、良い形の波が立っている海岸。
ローカルが一人もいないのが不思議なほどコンディションに恵まれた海に、二人はサーフィン初体験とは思えない程乗れていた。
「あいつら、よくアイスくわえたままアウトに出れたよな・・・」
軽快にバランスをとる二人の口には棒アイス。
横島は呆れた様子で呟くと、少し意地の悪い笑顔を浮かべる。
何故か横島は二人に対して悪戯を思いついていた。
「お前ら、気分はどうだ―――っ!!」
横島は手を口元に当てると大きな声で二人に呼びかける。
初めて乗れた波に妙にハイテンションな二人は、つられてその声に応えようとした。
「サイコーでござる!!」
「サ、ワッ、ア、ッと・・・・・・キャッ!!」
―――最高!
そう答えようとしたタマモは、くわえたアイスが落ちたのに慌てバランスを崩してしまう。
必死の努力も空しく、彼女とアイスは派手に海へと落ちていった。
「ゲッ! タマモ!! うわっ!!」
進行方向で起こったタマモの転落にシロが驚いたような声を出す。
自分はアイスを手に持っていた為に無事だった。
回避しようとしたシロであったが、跳ね上がったタマモのボードに煽られ彼女と運命を共にする。
波に巻かれた二人の姿に腹を抱え笑う横島。
そんな横島の様子に、ビーチパラソルの下で眺めていた愛子が呆れたような声をだす。
「酷いことするわねー」
「いーんだって! これで・・・あれ? なんだっけ?」
横島は少し首を捻ったが、新たに生じた疑問が微かな違和感を洗い流す。
「そういや、何でお前は海まで来て制服なんだ?」
本体に腰掛けた愛子はいつもと変わらぬ制服姿だった。
外したスカーフを本体に巻き付け、裸足の足をぶらぶらさせている点はラフと言えばラフだが、水着を期待した横島は露骨に失望の表情を浮かべる。
「・・・・・・スケベ」
「いや、その辺は敢えて否定はせんが、折角海に来たんだから水着の一つくらい着ても罰はあたらんだろう!」
横島は愛子の隣に腰掛けると、本体に腰掛けた愛子を見上げる。
海から上がり西瓜割りの準備を始めたシロたちを、愛子は眩しげに眺めていた。
「いいのよ・・・海に入ると釘が錆びちゃうし。それに私はみんなを見ているだけで幸せ―――」
―――このままずっと、夏が続けばいいのに。
それは心からの言葉だったのだろう。
愛子は満ち足りた笑顔を浮かべていた。
「それにね・・・あの人と比べられる自信はないというのも本音かな」
クスリと笑った愛子の視線に、横島も数メートル後ろに視線を移す。
そこには護岸用のコンクリの上に敷いた敷物に寝そべり、背中に跡を残さないようビキニの紐をほどいた美神の姿があった。
「うおっ! あざといまでにお約束な風景! 美神さん、ナイステコ入れ!!」
横島は一瞬で美神の側に移動すると、揉み手をしながら脇乳の辺りに話しかける。
「美神さん! サンオイル塗りましょうか!! みか・・・」
美神からはスースーという寝息。
横島は美神を起こさないよう、それ以上話しかけるのを止めた。
何故止めたかというと・・・
シャリ・・・
横島は食べ残したカキ氷のうち、シロップに浸っていない部分をスプーンにすくい取る。
そしてソレをおもむろに美神の背中に振りかけた。
「ヒャッ!!」
「・・・ダルコ!」
ビックリして飛び起きる美神に、横島は謎の掛け声をかけると至福の表情を浮かべる。
「DQネタは飽きられたコトにそろそろ気付けッ!!」
思いっきり蹴飛ばされ宙に舞う横島。
しかし、蹴り飛ばされた以上のものは確保した。
真っ正面から堪能した美神の胸に横島は満足の笑みを浮かべる。
蹴り飛ばされた先にある西瓜の姿を見るまでは・・・
ゴスッ!!
脳天を突き抜ける途轍もない衝撃に、横島の意識が暗転する。
自分が殴ったモノを西瓜と信じているシロは、得意げに胸をはり目隠しに手をかけた。
「手応えアリ! タマモ、ナイスナビでござった!!」
「生きて・・・るよね?」
「へ?」
目隠しを外したシロの口元がヒク付く。
西瓜割りの現場に蹴り飛ばされた横島は、見事身を挺して西瓜を守ることに成功していた。
「ああっ! センセー」
何かの冗談みたいに膨らんだ横島の頭頂部のたんこぶ。
シロの必死のヒーリングのおかげで、何とか大事にはならなかったらしい。
水着で抱きかかえられたことで治癒力が異常に高まったことは、本人も認めたくない事実だろう。
白いセパレートの水着は健康的な魅力に溢れていた。
「いてて、死ぬかと思った・・・」
「毎度のことながら、普通は死ぬわよね」
呆れかえった様にタマモが横島を見つめる。
丁度買い出しから帰ってきたばかりのおキヌも、呆れたようにタマモに同調した。
「全く・・・いいかげん美神さんへのセクハラを止めないと、そのうち本当に死んじゃいますよ! あれ?・・・・・・」
自分が口にした言葉におキヌは首を傾げたが、何かいいモノを見たかのような横島の表情にその疑問は姿を消していく。
少しふくれた様子のおキヌは、買ってきたカキ氷を手に取る。
「色々な意味で頭を冷やして下さい! はい、カキ氷!!」
おキヌは横島の手にメロン味のカキ氷を握らせた。
灼熱の太陽が砂浜に容赦なく降り注ぐ。
焼け付くような日差しを浴びながら、横島は手に持ったカキ氷をまじまじと見つめていた。
涼やかな容器にこんもりと盛られたカキ氷には、メロンのシロップがたっぷりとかけられキラキラと太陽の光を反射させている。
惰性とも言える動作でシャクシャクとスプーンを差し込むと、横島は一口それを含んだ。
ズキズキと痛む頭は夏の風物詩みたいなものだろう。
「センセーッ!!」
沖合から聞こえてきたシロの声に、横島は視線を海に向けた。
痛む頭に顔をしかめながら、サーフィンに興じるシロタマに手をふり返す。
オフショアの風に、良い形の波が立っている海岸。
ローカルが一人もいないのが不思議なほどコンディションに恵まれた海に、二人はサーフィン初体験とは思えない程乗れていた。
「あいつら、よくアイスくわえたままアウトに出れたよな・・・」
軽快にバランスをとる二人の口には棒アイス。
横島は呆れた様子で呟くと、少し意地の悪い笑顔を浮かべる。
何故か横島は二人に対して悪戯を思いついていた。
「お前ら、気分はどうだ―――っ!!」
横島は手を口元に当てると大きな声で二人に呼びかける。
二人は口にしたアイスを手に持ち直すと、してやったりとばかりに横島の呼びかけに応える。
「サイコーでござる!!」
「サイコーよ!!」
アンタの考えているコトなんてお見通しとばかりに、タマモは悪戯っぽくアカンベーをする。
意図した結果が起こらなかったことに、横島は軽く舌打ちした。
そんな横島の様子に、ビーチパラソルの下で眺めていた愛子が呆れたような声をだす。
「酷いことするわねー」
「上手くいかなかったんだからいーじゃないかよ! それにアイツらの方が・・・あれ?」
横島は少し首を捻ったが、新たに生じた疑問が微かな違和感を洗い流す。
「そういや、何でお前は海まで来て制服なんだ?」
本体に腰掛けた愛子はいつもと変わらぬ制服姿だった。
外したスカーフを本体に巻き付け、裸足の足をぶらぶらさせている点はラフと言えばラフだが、水着を期待した横島は露骨に失望の表情を浮かべる。
「・・・・・・スケベ」
「いや、その辺は敢えて否定はせんが、折角海に来たんだから水着の一つくらい着ても罰はあたらんだろう!」
横島は愛子の隣に腰掛けると、本体に腰掛けた愛子を見上げる。
海から上がり西瓜割りの準備を始めたシロたちを、愛子は眩しげに眺めていた。
「いいのよ・・・海に入ると釘が錆びちゃうし。それに私はみんなを見ているだけで幸せ―――」
―――このままずっと、夏が続けばいいのに。
それは心からの言葉だったのだろう。
愛子は満ち足りた笑顔を浮かべていた。
「それにね・・・あの人と比べられる自信はないというのも本音かな」
クスリと笑った愛子の視線に、横島も数メートル後ろに視線を移す。
そこには護岸用のコンクリの上に敷いた敷物に寝そべり、スースーと寝息をたてる美神の姿があった。
「ダメッスよ、美神さん! 自分の役割を理解して下さい!!」
横島は一瞬で美神の側に移動すると、サンオイルの容器を手にとる。
「美神さん! サンオイル塗ってあげます!! ついでに紐もほどきますよ・・・お色気担当のクセに最近露出が足りないんだから!!」
「メタとネタの区別をつけろッ!!」
躊躇せずビキニの紐に手をかけた横島を、美神は見事な巴投げで投げ飛ばす。
投げ飛ばされた先にある西瓜の姿に、横島は絶望の表情を浮かべた・・・
ゴスッ!!
脳天を突き抜ける途轍もない衝撃に、横島の意識が暗転する。
自分が殴ったモノを西瓜と信じているシロは、得意げに胸をはり目隠しに手をかけた。
「手応えアリ! パピリオ殿、タマモ、ナイスナビでござった!!」
「手応えあったんでちゅか・・・」
「生きて・・・るよね?」
「へ?」
目隠しを外したシロの口元がヒク付く。
西瓜割りの現場に投げ飛ばされた横島は、見事身を挺して西瓜を守ることに成功していた。
「ああっ! センセー」
何かの冗談みたいに膨らんだ横島の頭頂部のたんこぶ。
シロの必死のヒーリングのおかげで、何とか大事にはならなかったらしい。
水着で抱きかかえられたことで治癒力が異常に高まったことは、本人も認めたくない事実だろう。
黒いセパレートの水着は、普段感じさせない大人っぽさを感じさせた。
「いてて、死ぬかと思った・・・」
「っていうか、普通は死ぬわよね」
「何でちゅか! そんな人ごとみたいに!!」
横島に同情的でないタマモを、パピリオが睨み付ける。
「自業自得よ! 毎回、毎回、あれ?・・・とにかく、最近、私たちを見る目も少し変なんだから!! アンタみたいなお子様は無関係だろうけどね」
タマモはビキニ姿で腕を組み、パピリオに対してアドバンテージを主張する。
寄せて上げているのは気付かないであげて欲しい。
「コラ、俺にとっちゃお前も範囲・・・・・・うわっ!」
俺にとっちゃお前も範囲外。
にらみ合うパピリオとタマモに割って入ろうとした横島だったが、シロの持った浮き輪に引っかけられ海へと引きずられていく。
口にしていたら打撲に加え火傷も負ったであろうから、ある意味ラッキーといえた。
「センセー、そういうコトだったら、ラブリーな拙者と海に入るでござるよ! 海で冷やしながら、いちゃい・・・イヤ、ヒーリングを・・・」
「だーっ! お前までナニいってるんだ!! 冷やすのはおキヌちゃんのカキ氷で・・・あれ?」
横島は不思議そうに周囲を見回す。
何故か横島は、おキヌがカキ氷を持ってこの場に現れると思いこんでいた。
「おキヌ殿の姿など、どこにも見えぬでござるが?」
横島の言っている意味がわからず、シロが怪訝な顔をする。
更に首をかしげる横島。
足を止めた二人に、美神が寝そべったまま声をかけた。
「シロ! 横島君を離して、これからサンオイル塗って貰うんだから・・・」
「よろこんで!!」
シロが動くよりも早く、横島は浮き輪の紐を外すと一目散に美神の元へと走り出す。
そして、サンオイルの容器を手に取るとその軽さに意外な顔をした。
「あれ? カラですよ」
「じゃあ、一緒に買いに行きましょう!」
ポーチを手に立ち上がった美神は、横島と腕を組むとテトラの先にある海の家に向かい砂浜を後にする。
辺りには濃密なサンオイルの匂いが漂っていた。
「ああ・・・美神さんが自分から」
二の腕に当たる胸の感触に横島は感激の声をあげる。
夢じゃないかと頬に指先を持って行きかける彼だったが、美神はそれより早く彼に現実を突きつけていた。
―――文珠だせる?
二人にしか通じないブロックサインを、美神は体の影で行っていた。
夢から覚めたような緊張が横島に奔る。
さりげなく後ろに視線を流すと視界の端に白い猫の姿が見えた。
横島は美神の意図を察し、その白猫から見えないようにサインを返す。
―――無理です! 何で! なんかあったんスか!?
文珠を生成できない自分に初めて気付き、彼は動揺を抑えるのにかなりの努力を必要としていた。
美神が体を密着させていなければ、見苦しく取り乱したことだろう。
側らに感じる美神の感触は、横島に官能だけでなく安心も与えていた。
―――やっぱり・・・煩悩を刺激すればひょっとしてと思ったけど。でも思い出さない? 前にもこんなことがあったって。
―――愛子っスか!? 愛子がなんかしたんですか?
―――関係していることはたしかね・・・・・・私が認識できただけでアンタたちは3回、同じような行動を繰り返した。
特に愛子は寸分たがわずにね。
―――マジっスか? 時間がループしてるってことですよね?
―――私も確信したのはついさっきだけどね。パピリオが来てからシロタマの水着が変わった・・・
―――あ!
横島の脳裏に白いセパレートの水着をつけたシロと、黄色いワンピースの水着を着たタマモの姿が浮かぶ。
しかし、先ほどはたしか黒のセパレートと金色っぽいビキニ・・・
つい振り返りそうになった横島を、美神は強く引っ張った。
「ニャァ・・・」
異変を感じ取った白猫がゆっくりと二人に近寄っていく。
―――ナニ、迂闊なコトやってんのよ! あの白猫が後をついて行ってから、おキヌちゃんは戻らなくなったんだからね!!
―――おキヌちゃんが戻らない! やっぱりおキヌちゃんはいたんスね!!
クソッ、何でもっと早くに気がつかなかったんだッ!!
―――アンタが毎回毎回しょうもないセクハラをしなければもう少し早く・・・いや、そのおかげで差異に気づいた訳だし、
とにかく、おキヌちゃんが向かった海の家。まずはそこを目指すわよ!!
美神はいっそう強く横島の腕を抱きかかえると、足早におキヌが向かった海の家の方に向かって行く。
だが、辿り着いた海の家におキヌの姿はなく、ただ無人の店内が二人を迎えるのみだった。
「すみませーん。誰かいませんかー」
「無用心ねー、これじゃ店の物をご自由にお取り下さい状態だわ」
美神は横島の腕を開放すると、無遠慮に店頭に置かれた商品に手を伸ばす。
サンオイルを物色するふりをしながら、カキ氷機に視線を向けるとつい今しがた氷をかいた形跡が見つかった。
かける寸前だったのか、ブルーハワイのシロップの蓋があけられたままになっている。
「横島クン、このサンオイルいくらだっけ?」
美神は店の奥を覗き込んでいる横島に視線を向ける。
事前の打ち合わせでは、商品を物色する美神の背後に白猫が迫った場合、横島はある行動をとることになっていた。
横島の姿を見た美神の手の中で、サンオイルの容器がピシリと悲鳴をあげた。
「ごく自然に女子シャワー室に入ろうとするなボケッ!!」
横島に投じられたサンオイルの容器が、彼の頭に激突しキャップを弾き飛ばす。
辺りには濃密なココナツ臭が撒き散らされた。
「仕方なかったんやーッ! シャワー室の魔力がワイをそそのかしたんやーッ!!」
美神は涙を浮かべる横島の様子に、呆れたように溜息をつくとポーチから千円札を一枚とりだす。
そしてソレを棚の上に置くと、風で飛ばないように他のサンオイルを重しに置いた。
「全く、おかげで余計な出費よ!」
「え、だって、元からサンオイルは買う予定だったんじゃ・・・」
「塗ってくれる人がいなきゃ必要ないわ・・・アンタ、私よりシャワー室にいるかも知れない人の方がいいんでしょ」
美神はふて腐れたようにプイと視線を横に向ける。
白猫は軒先の下にちょこんと座り、じっと美神の方を見つめていた。
「違ッ! 俺はそんなつもりじゃ・・・」
憐れな程狼狽した横島に美神はクスリと笑いかける。
そして踵を返すと、海岸線をなぞるように笑いながら走り出す。
「じゃあ、私しか見てないことを証明して! 私をつかまえられたら許して・あ・げ・る・!」
「まてーれいこー」
「ホホホ、つかまえてごらーん」
何か悪いモノでも食べたかのようなテンションで走りだした二人。
実際にこんなカップルを独り者が目撃したら、憎しみでその二人を殺せることだろう。
二人を観察していた白猫も、呆然とその姿を見送っている。
その二人が全力疾走をしていることに気付くまでは・・・
どれくらい走ったのだろうか。
切り立った断崖の上に美神は辿り着いていた。
海岸線をほぼ一周し、この場所が閉じた空間―――島であることを確認した美神はようやく走るのを止めている。
後ろを振り返ると少し体を前傾させた横島が、やっとという調子でついてきていた。
島の形状は三日月型。
へこんだ部分には砂浜の海岸線が、そして突き出した外周部は切り立った断崖となっている。
美神は足下の小石を拾うと、何かを確かめるように崖下に放り投げた。
「やっぱりね・・・」
そう呟くと、美神は崖下を覗き込みながら、海の家にたどり着くまでに行った横島とのやりとりを思い出す。
―――いい、ここは誰かにとって都合の良い、夢の世界である可能性が高い。
そして、私たちはその世界で登場人物としての働きを求められている。
―――愛子の時みたいッスね。
―――そうね。あの時と同じとすれば、私たちをこの場に招いた何者かは、
私たちが夢の登場人物である限り危害を加えるつもりはないでしょう・・・
だけどおキヌちゃんはソレに気付き、それを何者かに知られた。
―――おキヌちゃんは無事っスよね? もちろん・・・
―――大丈夫でしょう・・・見ていた限りではアンタたちも何回か違和感を感じていたから、
気付いた人間を完全に排除するコトはないと思う。
そんなコトしてたら登場人物がいくらいても足りなくなるから・・・
多分、記憶を消されて何食わぬ顔でこの場に戻ってくるんでしょうね。
―――そういう意味では俺たちも初めて気付いたって訳じゃ無いかも・・・
だって、この海までどうやって来たか覚えてませんからね。
―――だからと言って、みすみすこの機会を無駄にする気はないけどね。
私たちが気づいたコトをあの白猫に知られないためには・・・
―――誰かが好きそうなお約束って訳っスね!
―――そう、海の家で私が怪しまれたら、アンタとりあえず女子シャワー室にでも忍びこみなさい。
―――俺のお約束って・・・
―――なによ! めちゃくちゃリアルじゃない! で、白猫が様子見しているようならそのままお約束。
ダメならフォローするから、そのまま全力で逃げなさい!
―――なんスかソレ! そんなの美神さんらしくないじゃないじゃないッか!!
―――単に可能性の問題よ。私よりアンタの方が現状を打破しやすいと思っただけ。
―――何で俺が! 俺なんかより美神さんの方が・・・
―――鈍感・・・
「ホント、鈍感なんだから・・・」
崖下を覗き込んだ状態から立ち上がると美神は複雑な笑みを浮かべ、後ろに立っているであろう男に思いを馳せる。
今回の登場人物に横島以外の男はいない。
そのことで最初は横島のことを疑った美神だったが、今では別な考えに至っている。
これが誰かの夢である場合、夢の主は横島のことが好きなのだろう。
しかも、奔放に身の回りの女に接するあけすけな横島が。
「まあ、でもそこが・・・!!」
しゅる・・・
ビキニの紐がほどかれる感覚に、美神は胸を押さえ慌てて振り返る。
やっとのことで追いついた横島が、いやらしい笑顔を浮かべながら両手をワキワキしているのが目に入った。
「アンタ! 一体ナニする気よ!!」
「いやだなぁ、ハニー・・・追いついたらサンオイルを塗ってあげる約束だろう?」
横島の言葉を聞き、美神の額に青筋が浮かぶ。
いつからなのかは想像したく無かったが、横島は敵を欺く芝居だということを完全に失念しているらしかった。
「この神話級大馬鹿野郎ッ! ホントにお約束通りの行動するなんて!!」
いつも通りの折檻も、片手がふさがっているために切れが無い。
何とかローキックで踏みつけ姿勢を作ったものの、横島は未だにワキワキを止めなかった。
「いい加減、正気に・・・」
「ニャァ・・・」
茂みから現れた白猫に美神の動きが止まる。
気づいたな―――美神を見つめる白猫の目はそう訴えているように見えた。
美神はため息を一つつくと、覚悟を決めたように穏やかな笑みをうかべる。
「全く・・・でも、そこもアンタの魅力なんだろうしね」
そのまま白猫から視線を外さないよう、右手でビキニの上を脱ぐ。
肝心の部分を隠した左腕は絶妙なブラインド機能を発揮している。
そして、脱いだビキニを横島の鼻先で二三度揺らすと、美神は大空に向かってそれを放り投げた。
「横島クンッ! コレとったら前も塗らしてあげる!!」
「よっしゃ!・・・って、わああぁぁぁぁッ!!」
反射的とも言える速度で空中キャッチした横島は、そのまま崖下へとまっ逆さまに落ちていく。
美神はそうなったことに何故か安堵の表情を浮かべていた。
「こんな所から飛び込む人間がいるはず無いって顔ね! だからこの下の作り込みも甘くなっている」
美神はしてやったりとばかりに目の前の白猫をにらみつける。
白猫にとっても予想外のアクシデントだったのか、出方に困っているようだった。
「いいかげん正体を現したらどう? 丁度ここは崖の上だし、真相の告白にはもってこいのシチュエーションよ!」
「こうまで管理が難しいとは、君たちの脳は私が知っている人間よりもアバウトな様だな・・・」
美神の目の前で白猫がだんだんとその姿を変貌させていく。
その姿に言いようの無い違和感を感じた美神だったが、横島の逃走時間を稼ぐためありったけの闘志を振り絞る。
「へえ、正体が女ならば両手が使えるわね・・・」
美神は左腕のガードを解くと、姿を現した敵に挑みかかる。
しかし、捨て身の一撃も目の前の敵には届かなかった。
「無駄だよ、君はすでに私の手に落ちている」
この言葉を聞いた途端、美神の意識は暗い闇に落ちていった。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ビキニに目が眩んでの落下。
見る見る近づいてくる海面に横島声の限り絶叫する。
水面を突き破るかすかな衝撃。だが落下はまだまだ終わる様子を見せない。
すさまじい水の抵抗を予想していた横島の目が大きく見開かれる。
彼の目の前にはそれ以上に驚くべき光景が展開していた。
「亀ッ! 象ッ! しかもデカッ!!」
薄い皮膜でしかなかった海を突き抜けた横島は、今までいた場所を支えているモノに素っ頓狂な声をあげる。
島を支えていたのは一匹の巨大な亀。
更にその下にはソレを支えるように数頭の象が寄り添っている。
何処かで見たような構成。
しかし、横島はそれ以上に驚くべきものを見てしまう。
周囲を埋め尽くす星空を落ち続ける横島は、眠った様にうなだれながら象の足元を支えている人々の姿を目撃していた。
「小竜姫様! おキヌちゃん! 魔理ちゃん!・・・ということは」
それは夢のループから外れた者たちなのだろう。
その中に新たに加わりつつある輪郭の正体に気づき、横島は怒りにも似た叫び声をあげる。
「美神さん!!」
新たに加わった美神の姿に、横島の意識は一気に覚醒していった。
「美神さん!」
そう叫んだ横島は、自分の動きを戒めていたカプセルの蓋を思い切り蹴り飛ばしていた。
慌てて起き上がると、彼はようやく自分が小さなカプセルに寝かされていることに気づく。
「なんじゃ! こりゃぁぁぁぁぁッ!!」
横島は油断なく周囲を見回す。
周囲に放射状に配置されたカプセルの中には、美神やおキヌ、今回夢の中にいた者たちの姿があった。
「俺はたしか皆と夏祭りに・・・・・・そうだ! まず、愛子がいなくなって、アイツを探しているうちに、一人、また一人と・・・」
横島の脳裏に少女の姿が浮かぶ。
美神に助けを求めた後、その少女に声をかけられたところで横島の記憶は途切れていた。
横島はカプセル内で眠る美神に視線を向ける。
そしてその隣のカプセルに小竜姫の角が置かれているのを見つけ、横島は自分が拉致された後、妙神山の介入があったことを理解した。
「美神さん・・・助けてくれようとしたんスね。それに小竜姫様もそんな姿になってまで・・・」
「そのカプセルを蹴破ったのは、君で二人目だ・・・彼に負けないアバウトな脳だな」
声をかけられた方向に慌てて視線を向けると、少女のような人影が空中に浮かんでいた。
見覚のあるその姿に横島の目が驚きに見開かれる。
「お前はあの時の! 誰だお前は!! 夏祭りに来ただけの俺たちを、こんな茶番に巻き込んでどうするつもりだッ!!」
「私? 私は終わらない物語を求めている者。たまたま立ち寄ったこの世界で、偶然同じ思いに引かれただけだったのだが・・・この星を取り巻く思念は非常に興味深い」
少女が指先を鳴らすと、周囲を覆っていた壁が急に透明になる。
地球を足元に望む宇宙空間にいるとは、流石の横島にも予想がつかなかった。
霊力が極端に薄い所での活動は、小竜姫やパピリオにかなりの負担となるだろう。
この二人が易々と囚われている理由を横島は理解した。
「君たちは不思議だ。なぜ君たちは物語の終わりを恐れない・・・君たちの中で不変を願ったのは彼女だけだった」
「愛子・・・」
少女が見上げた先には一際大きなカプセルに入れられた愛子の姿があった。
カプセルの中で本体に腰掛けた愛子は、心地よい眠りのなかにいるようだった。
「そして、君たちの思念はなぜそんなにも強い。仮想空間を可能な限りシンプルに、可能な限りループを短く設定しても、君たちは夢の中からすぐに抜け出そうとする・・・その角に姿を変えた女性の様に、深層の世界に閉じ込めなくてはならない存在が複数いるとは、何故だ」
「そんな戯言に付き合う時間はない! 愛子を・・・美神さんたちを返して貰うぞッ!!」
「無駄だよ。君たちがあまり暴れるから、彼女には作られた夢の中に移って貰った。彼女が望んだ終わらない夏がそこにあるかぎり彼女が目覚めることはない」
「じゃあ、一つ賭けをしようか・・・」
「賭け?」
右手のひらに視線を落とした男に少女は怪訝な顔をする。
目の前の男は今の状況を知った上で、なおその打破が可能と信じているようだった。
「ああ、賭けだ! 愛子が目覚めたら俺たちを全員解放しろッ!!」
「何を無駄なことを・・・何っ!!」
横島の右手に集中した霊力に、少女は驚きの表情をうかべた。
自分に終わらない夏を望んだ愛子という名の少し変わった生命体。
彼は愛子の友人として、一緒に転送した何の変哲も無い人間だったはずだ。
その後、異変に気づき挑んできた亜麻色の髪の女や、愛子と同カテゴリの生命体の方が余程手ごわかった。
それが今、自分の演算をはるかに超える出力で夢の世界に干渉を仕掛けようとしている。
彼の手に生じた珠には(覚)の文字が浮かびあがっていた。
「ば、馬鹿な! 私の催眠誘導を13倍上回る出力の干渉波なんて・・・だが、一人で何ができる。彼女の夢にたどり付くまで、そのエネルギー体がもつと思っているのか!」
少女の言葉に横島は不敵な笑みを浮かべる。
彼の最終手段は文珠だけでは無かったのだ。
土壇場になってその存在に気づいた最強の助っ人。
横島は大声でその男の名を叫んだ。
「タイガー! 逆転のチャンスだ! 姿を現して手を貸せッ!!」
「何を世迷い言を、船内に転送した者は全て・・・・・・!!」
突如姿を現した大男に、少女は驚きの表情を隠せない。
船内に転送した質量の中に、自分のセンサーを完全に無効化できる存在がいたらしい。
そしてその男は、逆転の機会を窺いただじっとこの場で仲間の帰りを待ち続ける・・・
自分の方が悪い夢を見ている気分だった。
「横島さん、よく帰って来れたノー。ワッシは魔理さんを守るんで精一杯じゃった」
「俺もソレでお前がいることに気付いたんだけどな・・・」
戻る途中で見た夢のループから外された存在。
それは本来、精神攻撃に耐性を持つものへの対処だった筈だ。
そこに魔理の姿があると言うことは、精神攻撃に耐性のある存在が彼女を守り続けていることを意味する。
横島はそのことからタイガーの存在を確信していた。
「目覚めのイメージをみんなに伝える。できるか?」
「もちろんジャー」
タイガーの精神感応が辺りの空間を満たしていく。
眩い文珠の輝きと共に、タイガーのかけ声が響き渡った。
―――タイガー・タイガー・目立ちタイガー
灼熱の太陽が砂浜に容赦なく降り注ぐ。
焼け付くような日差しを浴びながら、横島は側らに置かれたカキ氷の容器をげんなりと見つめていた。
夏の日差しに長時間晒されたそれは既に氷ではなく、単に薄まったメロンシロップでしかない。
横島は不愉快さを隠そうともせず、その中身を砂浜にぶちまける。
指先に残った糖分のべた付きが堪らなく不快だった。
「酷いことするわねー。ゴミはゴミ箱に捨てるのが最低限のルールでしょ!」
不意にかけられた声に振り向くと愛子が立っていた。
相変わらずの制服姿。
裸足で砂浜を歩いてきたのだろう。
彼女の足跡が転々と砂浜の彼方に続いている。
本体に結んだスカーフがオフショアの風にはためいていた。
横島は愛子の足下にすり寄る白猫の存在に、彼女が本物の愛子である確信を持つ。
「ゴミ? 何のこと?」
横島はとぼけたように周囲を見回す。
周囲には空の容器はもちろんのこと、砂に撒いたシロップまでもその姿を消滅させていた。
「あれ? えーっと何だっけ? いやだ、私、日射病かしら?」
愛子は誤魔化すような笑い声をあげる。
彼女は自分が認識していたゴミを消したのが横島であることに気付いていない。
―――これは夢だ
そう強く念じることで、横島はこの世界に干渉していた。
「クソ暑いのに制服なんか着てるからだよ・・・でも、今は分かる気がする」
ここで一旦話を止めると、横島は愛子に背を向け砂浜を歩き始めた。
そんな横島の様子に何かを感じたのか、愛子は話を反らすように周囲の景色に話題を求める。
それは目覚めを避けようとする必死の抵抗にも感じられた。
「あ、横島君、シロちゃんがサーフィンを・・・」
「え? 何処に?」
視線を向けた先には、ただ崩れた波が打ち寄せているだけだった。
風もいつの間にかオンショアに変わっている。
「変ね? 確かにいたと思ったんだけど。あ、あそこ、あそこで西瓜割りして・・・やだ、ケンカかしら」
「うーん、よく見えないな・・・気のせいじゃないか?」
「・・・・・・・・・」
堪らない不安に愛子は周囲を見回す。
砂浜には自分と横島の姿しか無かった。
そんな愛子の不安は、横島が自分を振り返った時に最高潮に達する。
―――言わないで
愛子は横島の言うことがある程度予想できている。
そしてソレは愛子が最も聞きたくない言葉でもあった。
「そう言えば、今年、高校最後の夏休みなんだよな・・・もうすぐ卒業かー」
その言葉は一気に愛子を現実に引き戻した。
「どうしてッ! どうしてそんなに簡単に、最後なんて言えちゃうの!!」
感情的とも言える口調で愛子は横島を問いつめる。
もう二度と来ない高校最後の夏休み。
学校妖怪である自分を置いて卒業してしまう横島たち。
愛子はその現実を受け入れることが出来なかった。
「ニャァ・・・・・・」
涙を見せた愛子の足下に白猫がすり寄る。
大丈夫、ずっと夏は続く。君は安らかに眠っていればいい。
白猫は愛子にそう訴えていた。
「どうしてって、終わっても無くならないって知ってるから・・・・・・」
「!」
横島が呟いた一言に、愛子だけでなく白猫も息を呑んだ。
「卒業しても・・・夏が過ぎ去っても・・・俺たちが今、こうして生きていた事実は無くならない。俺はそれを知っているから」
「それだから前に進めるっていうの? 卒業したらみんなから忘れられちゃうかも知れないのに・・・横島君はそれが怖くないの? 私は・・・」
愛子はイヤイヤをするように一層激しく泣き叫ぶ。
彼女にとって横島たちの卒業は、自分の存在が消えるに等しい出来事に思えていた。
「だからって同じことを繰り返す訳にもいかないだろう? お前の中で送った生活みたいに・・・」
「そ、それは・・・」
過去の過ちを出され愛子は口ごもる。
横島の口調に非難のニュアンスは無かったが、それだけにその言葉は愛子の胸をえぐる。
今の状態はあの過ちを繰り返しているに過ぎない。
ただ自分で行っているか、人の手にゆだねているかの違いだった。
「一瞬しかないから美しい・・・・・・人からの受けうりだけどな。俺たちとの生活を名残惜しく思ってくれたのは、それが二度と無いものだからじゃないのかな・・・・・・」
「二度と無いから・・・」
「そう、お前にとって俺たちとの生活は、何度もチャラにして、何度も味わうそんな簡単なものだったのか?」
「違う! 私はそんなつもりじゃ! ただ、私はみんなと・・・」
「分かってるって! お前は昔のお前じゃないってさ」
横島の笑顔に愛子は言葉を失う。
自分は彼らとの生活で確かに成長した筈だった。
しかし、その生活があまりにも素晴らしすぎて、自分にとって宝物すぎて、自分はまた同じ過ちをしようとしている。
新たな一歩を踏み出そうとする勇気を愛子はまだ持てないでいた。
「忘れたり忘れられちゃうのは悲しいけど、前に進んでいれば夏はまた来るから・・・・・・愛子、怖がらずに次に進もうぜ!」
不敵に笑った横島の顔に、愛子はつられたように笑みを浮かべた。
そして、しばし目を閉じた後、意を決したように横島に話しかける。
「不思議ね・・・横島君に言われると勇気が出る。次に進まなきゃって気持ちになる・・・・・・だから」
愛子はにっこり笑うと目覚める前に最後の一言を口にした。
「責任・・・とってね!」
その呟きと共に愛子の姿は虚空に消え去ってしまう。
それと同時に起こる夢の崩壊。
急激に崩れる砂浜、虚空に吸い込まれる海と空、横島は再び星空の中を落下する。
「うおっ! またコレか!!」
落下を続ける横島は、先程見た光景が崩壊する様を見つめていた。
亀の甲羅に奔る無数の亀裂。
手足の末端は既に崩れ落ちている。
ソレを支えていた象の体にも崩壊の兆しが窺えた。
しかし、そんな光景にも横島は何処か安堵の表情を浮かべる。
文珠の目覚め効果は無事みんなに伝播したのだろう。
夢の深層に囚われていた者たちの姿は何処にも無かった。
「横島君! コレはいったい何なの!? 気がついたらいきなりココに放り出されて!!」
声の方を振り向くと自分と同じように落下する美神の姿が見える。
残念なことにトップレスのビキニ姿ではなく、この世界に捕らわれたときのいつもの格好だった。
「今までいた世界が崩れているんです。愛子の目覚めと共に! 美神さん、他のメンバーは?」
「あそこにいるわ。最後まで夢の世界に気付かずパピリオと遊んでたなんて全く・・・」
呆れたような表情で美神が指出した方を確認し、横島はほっとため息をつく。
美神が指さした先には、オロオロするおキヌと、最後まで夢の世界と気付かなかったことを責め合うシロ、タマモの姿があった。
「コラ、タマモ! お主、幻術使いのクセに簡単に夢に囚われて、恥ずかしいと思わんでござるか!」
「う、うるさい! 美神さんが今年1回も海に連れてってくれないからいけないのよ! アンタなんか起こされるまで、何回もバットで横島を殴ったんでしょ! ソレで弟子とか言って、アンタの方が恥ずかしいわよ!!」
「二人とも落ち着いて・・・いや、落ちているんだから少しぐらい慌てましょう!」
「おキヌ殿は夢に気付いたからそういう事を言えるでござる!」
「そうよ! 第一、カキ氷のメニューに宇治金時が無いから夢に気付くってどーゆー切っ掛けよ! 味覚が若者らしくないのよ!!」
「あ、宇治金時を馬鹿にする気! イチゴやレモンなら我慢できるけど、ブルーハワイなんて我慢できないでしょ!!」
何故かカキ氷談義を始めたおキヌに横島も呆れたような顔をする。
美神事務所に長くいると、こう言うときに危険不感症になってしまう様だった。
「うわーっ! 飛べまちぇーん!!」
「パピリオ、こういう時ほど平常心です! 修行が足りませんよ!!」
反対側から聞こえて来た声に振り返ると、小竜姫に抱きついたパピリオの姿が見えた。
初めて味わう落下の感覚に、パニックに陥りそうなパピリオを小竜姫は毅然と諫めている。
それが彼女の狙いだったのか分からないが、パピリオはふくれっ面でいつものような憎まれ口を叩いた。
「修行が足りないのは小竜姫の方でちゅ! 偉そうに言っても結局捕まったじゃ無いでちゅか!!」
「ほー、この口がいいますか? 簡単に敵の夢に囚えられ、私の活動時間を無駄にしたこの口が!!」
パピリオの頬を掴みぎゅーっと引っ張る小竜姫の姿に、横島は何処か安堵の表情をうかべる。
かって姉妹と共に過ごしていた頃の表情をパピリオは浮かべていた。
横島はその姿に心からの笑みを浮かべると、残った者の姿を探しに周囲に視線を奔らせる。
「それじゃ、後はタイガーたちだけか・・・」
「いー加減に気づいて欲しいノー」
「うわっ!」
自分のすぐ側にいたタイガーに横島は驚きの声をあげる。
タイガーは彼のすぐ側で、魔理を肩に担ぎ複雑な笑顔を浮かべていた。
「はは、今回はその能力に救われたってことで・・・それより魔理ちゃんは怖くないの?」
満点の星空を落下する魔理は、不思議なほど穏やかな表情だった。
「ん、なんかね。タイガーといると安心するのかな。怖いと言うより綺麗、ホラ星が手に掴めそう・・・」
「あー、ソレはようございましたな―――っ!!」
どうやら此処にも危機不感症がいるようだった。
なんか急に馬鹿らしくなった横島の背中に、いつの間に近寄ったのか美神が取り付いた。
「横島クン! ラスボスのお出ましよ」
美神に導かれ前方に向けた横島の視線が、星空の中で待ちかまえる白猫の姿をとらえる。
肩に置かれた美神の手から、戦いに向けた緊張が伝わってきた。
「どうやら黙って帰しては貰えなそうよ」
「賭には勝ったはずなんスけどね」
落下に合わせ白猫との距離はどんどん縮まっていく。
周囲を見回すと、今回巻き込まれた者たち全てが白猫に挑むような視線を向けていた。
この場にいる者は全て終わらない夢の世界を求めていない。
それを白猫も理解したのだろう。
「ニャァ」
彼女が一声鳴いた瞬間、世界は光に包まれた。
夜の境内に祭り囃子が届いている。
その一種独特な旋律に、愛子は祈りを中断させた。
長く夢を見ていたような覚束ない現実感。
「どうかしましたか?」
不意に声をかけられ、愛子は振り向く。
そこには蒼い浴衣を着込んだ少女の姿があった。
手に持った金魚をみると、彼女も縁日で遊ぶウチ仲間とはぐれここに迷い込んだのだろう。
どこか儚げな表情が彼女に対しそんな想像をさせていた。
「いや、ずっと長い間、夢を見ていた気がして・・・」
そう言いながら愛子は周囲を見回す。
森に囲まれた小さな境内に社がポツンと建っている。
祭り囃子は古びた石段の向こうから流れてきていた。
「ああ、この神社でお祈りすると、たまにそういう風になるって聞いたことが。この神社―――星龍神社って言うんですが・・・」
「星の龍・・・素敵な名前」
―――ありがとう
そう言われた気がして愛子は少女に再び注目する。
彼女は微かな笑顔を浮かべていた。
「何を願ってたんです?」
彼女の問いに、愛子は戸惑いの表情を浮かべる。
さっきまで心の底から願っていたことは、何故か今の自分には色あせて感じられていた。
「え? 何をって・・・・・・」
「愛子―――ッ!」
言いづらそうに口ごもった愛子の耳に、横島の声が届いた。
石段の方から聞こえてくる彼の声に続くように、一緒に来ていた者たちの声も混ざる。
愛子はその声に何故か胸が熱くなるのを感じた。
「お友達ですか?」
「そう、みんなとこの夏を精一杯楽しむのが私の願い。いつかみんなと離ればなれになっても時々思い出せるように・・・それに貰った勇気で次の生活に進めるように」
愛子は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、名も知らぬ少女ににっこりと笑いかける。
「青春でしょ!」
その笑みを見た少女も同じ表情を浮かべていた。
「素敵な友達なんでしょうね・・・」
「もちろん! それじゃ、みんなが探してくれてるみたいだから行きますね」
愛子は少女に手を振ると、そのまま石段を駆け下りる。
彼女は二度とその歩みを止めることはないだろう。
駆け下りる先には、彼女を捜す横島たちの姿があった。
―――私も次に進むとしよう
石段を全て駆け下りた愛子は、少女の声を感じ境内を振り返る。
そこには境内から天に昇る光の龍の姿があった。
縁日に来た人々が驚きの表情で見上げる中、その光の龍は一際明るく輝くとその姿を消していく。
その光の記憶のみを人々の心に残して・・・
―――――― エピローグ ――――――
川のせせらぎに小鳥の声が混じる。
宿木明は鉄串に思い思いの材料を突き刺しながら、その声に耳を傾けていた。
「安心しろ、こんだけ量があればお前の出番は無いはずだから」
目の前には大量の肉の山。
鉄串に野菜と共に刺すのは、栄養のバランスを考えた苦肉の策だった。
彼の幼馴染は、放っておけば肉にしか手を伸ばそうとしない。
「ニャァ・・・」
いつの間に現れたのか、明の足元に白猫が擦り寄ってくる。
「悪いな、アイツ以外のヤツに餌やると嫉妬が凄いんだ」
その動作を餌の催促と思ったらしく、明は言い訳がましい口調で白猫に話しかける。
彼の言っている言葉が分かるのか、白猫はちょこんとお座りすると彼の目をじっと見上げていた。
「ニャァ」
――― アナタは今、幸せ?
そう問いかけられた気がして、明は自分の手元に視線を落とす。
普通じゃ考えられない量の食材がそこには用意されていた。
「すげえ量だろ。コレ、キャンプだからたまたまって訳じゃないんだぜ、本当に毎回、毎回・・・」
明の口元に苦笑が浮かぶ。
TVでありがちな大家族の食卓を遥かに凌駕する量を、彼はほぼ毎日料理していた。
「でも、アイツ、その度に凄く美味そうに食ってくれるんだ・・・少しも残さずに。料理人を喜ばす天才なんだぜ! アイツは」
自分の言葉に照れたように、明はエプロンで手の汚れを拭うとBBQソースの出来を確認する。
各種の調味料と数種類のスパイスが奏でるハーモニーに、彼は幸せそうな笑顔を浮かべた。
それを浮かばせたのは決して味に対する満足ではない。
彼は想像したのだ、これを食べた者が浮かべる笑顔を・・・
「ニャァ」
――― ずっと今のままでいたい?
明は熾した炭火が安定したのを確かめてから、目の前の川で魚を捕まえている幼なじみに声をかける。
「初音―――ッ! そろそろ焼き始めるからなーッ!!」
「明―――ッ! ホラ、見てーッ! こんなに捕ったよ―――ッ!!」
無邪気な笑顔で走ってくる初音の姿に、明は顔を赤らめる。
自分の思いがどれだけ伝わっているか空しく思うこともあるのだが、それを帳消しにしてなお余りある笑顔だった。
「今のまま? とんでもない! アイツにはもう少し成長して貰いたいからな―――色々な意味で」
「ん? 色々な意味って・・・?」
明の言葉尻をとらえた初音が覗き込むように明を見上げる。
ストライプのビキニの上に、日焼け防止に着込んだTシャツの透けは素肌以上に彼の動悸を速めていた。
「ゴホッ! まあ、そりゃ色々とな!! 良かったなニャン公、魚のお裾分けならして貰えるかもしれないぞ」
誤魔化すように足下を見回した明だったが、そこに白猫の姿はなかった。
「何もいないよ。 どうしちゃったの一体?」
「いや、いまここに白い猫が・・・」
ザワッ
―――気に入ったよ。君たちのことをもっと知りたくなった。
不思議そうに首を傾げる二人の側を、爽やかな風が駆け抜ける。
頬を撫でるその風が、二人には励ましの挨拶のように感じられていた。
「風・・・か、今晩、晴れるといいな」
「七夕だから? 明って意外と乙女よね。料理も上手いし・・・私と逆だった方が良かったんじゃない」
―――じゃぁ、今すぐ獣になってやろうか?
明はぐっとこの言葉を呑み込む。
東京に向かって吹いた風に、笑われそうな気がしたからだった。
夏はまだ始まったばかり、そして、自分たちにはまだまだ時間が必要だった。
明は初音の言葉には答えず、食材を刺した鉄串を炭火の上に並べ始める。
―――とりあえず今はこの笑顔で十分。今はね。
やがて来る未来への期待に、明は微かに顔を赤らめる。
そんな彼の表情を初音は不思議そうに見つめていた。
―――――――――――― 【夏企画】ビューティフル・ドリーマー ――――――――――――
一応終わりつつも、【夏企画】Forget-me-not へ
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