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Happy Birthday to ・・・

 「ねえ、令子。今度の月曜日空けてあるわよね?」

 美神事務所
 ご満悦な表情で札束を数えていた美神は、急に話しかけてきた美智恵の言葉に銀行員もかくやという指の動きを止めた。

 「月曜?・・・」

 何のことか分からない様子の娘に、美智恵は呆れたような顔をすると腕に抱いたひのめに話しかける。
 その口元に意地の悪い笑みが浮かんでいるところから、それほど深刻な事態ではないらしい。

 「薄情なお姉ちゃんを持っちゃったわねー。アナタの誕生日をすっかり忘れてお金を数えるのに夢中なんて・・・」

 「なっ、ひのめの誕生日ならちゃんと覚えてるわよ! 曜日で言われたから咄嗟に思いつかなかっただけじゃない!!」

 「良かったわねーひのめ。お姉ちゃんにも人の心が残ってたみたいよ! プレゼントなにかしらねー!?」

 美智恵は抱いていたひのめの手を取り、美神にプラプラと振ってみせる。
 ぽちゃぽちゃした腕に苦笑とは言えない笑みを浮かべながら、美神は手にしていた札束をデスクの上に置いた。

 「全く、ヒトをオニみたいに・・・ちゃんと手配は終わらせてあるわよ!!」

 「んじゃ、とーぜんお誕生会には顔を出すわよね」

 「当たり前でしょ! あっ」

 売り言葉に買い言葉。
 自分がうまく乗せられたことに美神はようやく気付く。
 普通の夕食に招待するくらいでは、美智恵はここまで策を弄しない。
 ひのめの誕生日には何かあるのだ。それも自分が逃げ出すような何かが・・・
 その何かを容易く想像した美神が前言をひるがえそうとする前に、美智恵はしてやったりとばかりに笑顔を浮かべると止めの一言を口にした。

 「良かったわねーひのめ。その日はお父さんも来るし、初めての親子水入らずね。ホラ、ひのめからも招待しなきゃ、お姉ちゃん待ってるからねーっ!! って」

 「だーっ!!」

 美智恵に手を振られるのを遊びと思ったらしく、ひのめが上機嫌に美神に笑いかける。
 自分に向けて振られたぽちゃぽちゃした手と天使のような笑顔。
 ソレに返そうとおもわずあげた右手は、バタリと閉じた事務所のドアに向かい空しく振られることとなる。

 「やられた・・・」

 力なく俯くと美神は途方に暮れたように頭を抱える。
 しかし、その口元が何処か緩んでいたのを、おたま片手に夕食の支度中だったおキヌは見逃さなかった。







 ――――――― Happy Birthday to・・・ ―――――――






 珍しく仕事がオフな日曜日
 氷室キヌは久しぶりにお菓子でも作ろうと、レシピ片手にキッチンへと向かって行く。
 しかし、使おうと思っていたオーブン前には、既に先客が陣取っていた。

 「アラ、シロちゃんもお料理?」

 じっとオーブンを覗いていたシロは、頃合いは十分とばかりにその蓋を開いた。

 「見事でござろう? 肉屋のご主人が特別に調理してくれたでござるよ! 後は軽く温めればOKだと・・・」

 シロは満面の笑顔でオーブンから調理した肉の塊を取り出す。
 ドコに出しても恥ずかしくない、見事なまでのマンガ肉だった。
 これに匹敵する肉は、はじめ人間が食べるバームクーヘンの様なマンモス肉くらいだろう。

 「まだある故、おキヌ殿の分も温めるござる!」

 「あ、これからオーブン使いたいから私の分はいいわよ」

 思いっきりカロリーが高そうな肉の塊を慌てて辞退したおキヌは、オーブンから天板を取り出すとクレンザーで念入りに洗い始める。
 これから作るお菓子に肉の匂いを移らせない為だったが、いつも以上に丁寧なのは今回のレシピが極力香料を抑えた素朴なものだからだった。
 一人で食べるのに気が引けているらしきシロにクスリと笑うと、おキヌは気にせず食べるようにとシロに話しかける。

 「私はお昼食べたばかりだから気にしないで。シロちゃんは散歩帰りでお腹すいてるでしょ! ソレにそのお肉はやっぱり丸かじりじゃないと・・・ねっ!」

 「そ、そうでござるか!? それならば遠慮無く・・・」

 シロの鋭い犬歯がゾブリと骨付きの肉をかみ切っていく。
 食いちぎる行為自体に特別な意味があるのか、シロは恍惚とも言える笑みを浮かべ、かみ切ったマンガ肉をじっくり味わうように咀嚼した。

 「うまい! やはり肉はこの形が一番でござるなぁ・・・」

 「ふふ、良かったわね。肉屋のおじさん、シロちゃんのその顔が見たかったんでしょうね」

 おキヌはシロのことを気に入っている肉屋の主人に共感を覚える。
 自分の作ったものを、これだけおいしそうに食べて貰えれば気分がいい。
 惜しむらくは今のシロの表情を、肉屋の主人が見れないことだった。

 「さて、私もひのめちゃんの笑顔のために頑張りますか」

 おキヌはそう言って袖まくりをすると、卵、薄力粉、片栗粉、砂糖、牛乳、サラダオイルを慎重に計量し始める。
 お菓子作りは如何に正確に材料を計るかで成功の確率が変わってくる。
 この手間を惜しむ訳にはいかなかった。

 「ひのめ殿? ソレはひのめ殿の為に作るでござるか!?」

 「うん、卵ボーロのレシピを手に入れたから・・・丁度ひのめちゃんくらいの歳の子向けのおやつだし、誕生日っぽくはないけどクッキーなんかよりいいかなって」

 「誕生日! いつでござるか!!」

 「そっか、シロちゃんたちは、ひのめちゃんが生まれてからココに来たんだっけ・・・明日。月曜日がひのめちゃんの誕生日なの」

 おキヌはシロにそう答えながら卵黄に砂糖を加え混ぜはじめる。
 非力なおキヌには不向きな作業だったが、シロに手伝わそうという気にはならなかった。

 「明日でござるな! それなら拙者も何かプレゼントを・・・」

 シロは大急ぎでマンガ肉を平らげると、咀嚼しながらキッチンを後にする。
 おキヌはそんなシロを笑顔で見送りつつ、混ぜ合わせた材料を丁寧に手でこねていく。
 ひのめが幸せになれるように心を込めて丁寧に。






 「へい、お嬢ちゃんお待ち!」

 如何にも江戸っ子という主人が窓際に腰掛けた少女の元に丼を運んでくる。
 ほかほかと湯気をたてるソレの中身はキツネうどん。
 別にメニューにあるのだから問題はないが、彼女が来る度そば屋としてのプライドをすこしばかり傷つけられていることは内緒だった。
 一見クールで、あと数年もすれば溜息がでるような美人になるであろう美少女が、自分の作ったきつねうどんを食べるときに浮かべる幸せそうな表情。
 それが一番力を入れている蕎麦でないのがもの悲しい主人であった。

 「いただきます・・・」

 少女はまず出汁の香りを味わう様にゆっくりを息を吸い込む。
 そして、おもむろに箸でつまんだ麺に息を吹きかけてから慎重に啜っていく。
 麺の歯ごたえを楽しんでからつゆを一口。
 つゆの味を確かめ、満足そうにその味に肯くとお揚げを箸でつゆの中に浸す。
 まだ、お揚げは口に運ばない。
 店主は気づかれないようにそっと彼女に視線を飛ばす。
 彼はいつも楽しみにしているのだ、お揚げを口にした瞬間の彼女が浮かべる幸せそうな表情を。
 いつものタイミングでは、彼女はあと数本麺を啜ってからお揚げに箸を伸ばす。
 今、箸につままれた麺が彼女の口に消えたとき、主人の最も待ち望んだ光景が現れる・・・・・・はずだった。

 ブハッ!!

 突如急展開した光景に店主の目が大きく見開かれる。
 ネギの欠片でも気管に入ったのか、注目していた美少女は激しく咽せると慌てたようにテーブルに突っ伏していた。
 何事かとテーブルに歩み寄った店主は少女が咽せ込んだ原因を理解する。
 窓の外には、赤い前髪をガラスに貼り付け、まるでトランペットに憬れるように店内を覗き込んでいる少女の姿があった。
 呆然とする店主の背後ではティッシュで鼻をかむ音。
 その音の持つ意味を想像し店主は戦慄する。

 「すぐに出ていく故、気遣いは無用でござる」

 大股歩きで店内に入ってきた少女は、立ちつくす店主の脇をすり抜けテーブルに着く。
 ようやく咽せ込んだ後の処理が終わったのか、外見のイメージとは打って変わった手厳しい声が訪れた友人を出迎えた。

 「この馬鹿犬! アンタのせいで優雅な休日の午後が台無しじゃない!!」

 「犬ではござらん・・・と一応返しておくが急いでいてな。タマモ、買い物に付き合って欲しい」

 初めて常連の名を知った店主は、テーブルの上に丸められたティッシュを極力見ないようにお冷やを置く。
 見たら最後、この店のメニューからうどんを撤廃する衝動と戦わなければならないからだ。

 「へえ、シロが買い物なんて珍しいわね。で、ナニを買うつもり?」

 「ひのめ殿の誕生日プレゼントでござる!」

 シロの発言に、お揚げを持ち上げたタマモの箸が止まる。
 彼女自身、殺生石から生まれ出てもうすぐ一年が経とうとしていた。
 自分の誕生日は誰かに祝って貰えるのだろうか?
 そんな事を考えながらタマモはお揚げを口に運ぶ。
 何故か横島の部屋で食べたお揚げをタマモは思い出していた。

 「で、拙者達からも何か送ろうと思ってな」

 「へえ、良い思いつきね―――」

 「そうでござろう!?」

 タマモに思いつきを誉められシロは思い切り胸を張った。
 その顔には上機嫌な笑みが浮かぶ―――続くタマモの台詞を聞くまでは。

 「―――アンタ、そういう贈り物のセンス0だから」

 「ナニ?」

 自分のセンスを否定されシロの額に青筋が浮かぶ。
 実はプレゼントの目星は既に付けていた。

 「拙者のセンスの何処が!」

 「フリスビー・・・」

 黙り込んだシロにタマモは勝ち誇ったような顔をする。
 微かに気分が刺々しいのは、自分と無縁であろう誕生日にはしゃぐシロが眩しく感じたからだった。

 「図星だったようね・・・自分が欲しいモノと、相手が欲しいモノの区別くらいつけなさい」

 「グッ・・・それなら勝負でござるっ!!」

 「へ?」

 自分でも思っていなかった展開にタマモの目が再び丸くなる。
 シロは席から立ち上がると、完全に勝負モードとなった目でタマモを睨み付けていた。

 「明日、どちらのプレゼントがひのめ殿を喜ばすかッ! 予算は1000円まで、正々堂々と勝負するでござるっ!!」

 シロはそう言い捨てると、タマモの意志を確認しないまま来たときと同じような大股で店を出て行く。
 その後ろ姿をタマモは苦笑混じりで見送っていた。

 「全く、退屈だけはしないわよね・・・アンタが相棒だと」

 タマモは浮かんだ笑みを苦笑から微笑みに切り替えると、卓上に置かれた伝票に手を伸ばした。











 「という訳で、シロにアドバイス禁止だからね」

 横島のアパート
 卵を落としたラーメンを啜っている横島の元を、唐突に訪れたタマモはそう宣言する。
 多少驚いた表情を浮かべたものの、タマモの説明を聞いた横島は、残った麺を一気に啜ってから丼を流しに運んでいった。

 「そっか、もう一年経つんだ・・・」

 タマモに背を向けたまま丼を軽く洗い流す横島。
 その呟きに含まれる不思議な感慨にタマモは僅かに首をかしげた。

 「了解! シロにアドバイスしなけりゃいいんだな? んで、予算は1000円以内と」

 振り返った横島の、いつも通りの不敵な笑いにタマモの中から違和感が消えていく。
 どうやら最も注意すべきはシロよりもこの男なのかも知れない。

 「アンタも参加する気? 大丈夫なの・・・予算?」

 「コラ、あんまナメんな! 最近、飯をご馳走になる機会が増えたんでそんくらい訳ないっちゅーねん!!」

 「だって、アンタ年中金欠って・・・」

 「ソレに、ここだけの話だが時給もアップしてるんだよ! だから―――」


 ―――お前ん時も期待しとけ


 タマモはその言葉の意味を理解するまでに数秒の時間を要した。
 どうやら目の前の男は、無縁と思っていた誕生日を気にかけてくれているらしい。

 「何で私の誕生日を・・・」

 そう言いかけてタマモは口を噤む。
 自分の誕生日は、発生日時として自衛隊からの情報で知られていたのだろう。
 美神事務所との最初の出会いは狩る者と狩られる者との出会いでもあった。

 「んー。最初の出会いがどうだったかなんて気にしない方がいいぞ」

 タマモの沈黙の意味がわかったのだろう。
 自分自身に言い聞かすような口調で、横島は取りなすような言葉を続けた。

 「肝心なのはその後の付き合い方だし・・・ホラ、美神さんってああみえて身内には優しいから」

 「鈍感・・・」

 雇い主を優しくしている男の無頓着ぶりに呆れたような声をだすと、タマモはそそくさと横島のアパートを後にする。
 誕生日を祝うという横島の言葉は、堪らないむず痒さをタマモに感じさせていた。

 「ひのめちゃんも一歳、タマモも一歳か・・・みんな簡単に歳をとっていくぞ」

 横島の言葉に応える者は誰もいない。
 タマモは既に遠くアパートを離れていた。








 「アラ、横島君! こんな所でどうしたの?」

 背後から声をかけられた横島は、後ろを振り返ると慌てたように手に持った包みを体の後ろに隠す。
 目の前にはベビーカーでひのめを連れた美智恵が立っていた。

 「っと! 隊長さん。買い物ですか?」

 「他に何に見えるのよ?」

 買った荷物をベビーカーに収納し歩く様は、どう見ても買い物帰りの母娘だろう。
 しかし、多くの者は彼女の背後に「子を貸し腕貸しつかまつる」と書かれた旗の幻を見てしまうのだが、怖くて誰もそのことを口に出来ないでいた。
 横島もその例にもれず慌ててフォローを入れると、すぐに話す相手をひのめに切り替える。

 「いや、一部の隙もない買い物姿で・・・ひのめちゃん! 明日で一歳なんだってーっ」

 「だぁ!」

 「あ、だめだよ今は」

 上機嫌でベビーカーから身を乗り出し、背後の荷物に手を伸ばしてきたひのめに横島は困ったような顔をする。
 その仕草で美智恵は隠された包みの中身を察していた。

 「大丈夫よ。まだ自分の誕生日なんて分かってないから・・・ソレ、ひのめへのプレゼントなんでしょ! ありがとうね」

 「はは、内緒にしてるのは別な意味もあるんスけどね」

 照れたように頭を掻いた横島の姿に、美智恵の表情が僅かに強張る。
 彼女は横島の手にもう一つの包みを発見していた。
 僅かにざわついた美智恵の胸。
 ソレを軽くしたのは続く横島の言葉だった。

 「実はシロ、タマモと誰のプレゼントが一番喜ばれるか勝負してまして・・・おキヌちゃんの手作り卵ボーロが一番の強敵かな」

 「みんながこの子の誕生日を・・・」

 長年放っておいた娘の周囲に集まった優しい者たちに、美智恵の胸が熱くなる。
 明日立ち寄る公彦に、この者たちを見せたいと美智恵は心からそう思っていた。

 「みんなに伝えて頂戴。明日、令子の事務所にご馳走持ってくから、楽しみにしておいてって・・・そして横島君、約束よ! 絶対に来てね」

 「了解です。タンパク質の取り溜めをさせてもらいますね。それじゃ・・・」

 「約束よ!」

 軽く手を振って立ち去る横島に、美智恵はもう一度声をかける。
 その顔にはどこか祈るような必死さがあった。

 「約束よ・・・・・・横島君」

 美智恵は歩み去る横島の背を見えなくなるまで見送ってから、不思議そうに自分を見つめている娘に視線を向ける。

 「あなたが生まれる前に大きな戦いがあったの・・・・・・そして、あなたはその戦いの後に生まれた。あれからもう一年以上たって、そして、みんなあなたの誕生日をお祝いしてくれるって。ひのめ、これってとっても素敵なことだと思わない?」

 美智恵はそういうと再び元来た方へと歩き出す。
 大所帯でのパーティには、まだまだ食材を買い足す必要があった。

 「ママはこれからもずっと、あのお兄ちゃんがあなたの誕生日を祝ってくれると嬉しいんだけど、お姉ちゃんは意気地無しだからね・・・」

 美智恵は頼りなげな表情を浮かべると、振る舞うメニューを考えはじめる。
 そして、賑やかな誕生日を想像した彼女は、いつしか楽しげな笑みを浮かべていた。





 ――――――― Happy Birthday to ・・・ ―――――――



            終
GTY+一周年おめでとうございます。
六条さんのイラストに合わせて、またもや微妙な話を書いてしまいました(ノ∀`)
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/imgf/0044-img20070926014218.jpg
これもまた、どさくさ紛れの賑やかしと言うことで平にご容赦下さい。
本当は即興で書く予定だったのですが、グダグダしていたら二日かかってしまったorz
ご意見・アドバイスいただければ幸いです。

[mente]

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