ザ・グレート・展開予測ショー

知人のI(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:UG
投稿日時:(06/ 2/26)

 その少女は今週だけで3回花屋を訪れた。
 短めのフレアスカートに白のカーデガン、大きめのリボンは何処から見ても今時の女子高生に見える。
 何処か気品を感じさせる仕草で並んだ花を見回すと、少女は近寄ってきた店員に花束の注文をした。

 ―――何処の高校の生徒だろうか?

 花屋の跡継ぎ息子は、そんな事を考えながら少女が指定するままに花束を作り上げていく。
 地元の高校を出たばかりの彼であったが、その少女が頭に乗せているベレー帽に見覚えはなかった。
 花束と言っても細口の花瓶に活けるのだろう。
 そう派手でなく、香りの良い花を数本まとめただけのささやかな花束が出来上がる。
 お見舞いの花だとすればかなりのセンスだった。

 「入院している人へのお見舞いですか?」

 男からの急な問いかけに、少女はガラスケースから視線をはずす。
 そして、小さな声で「ええ・・」と、呟いた。
 好きな花なのか、少女は最初に訪れたときも花束を待つ間チューリップを眺めていた。
 男は自分の推測が当たったことに満足し、ケースの中から先程まで少女が眺めていた花を数本取り出す。
 既に花が開いているものに商品価値はない。
 彼は少女を元気づけようと手早くそれで花束を作った。

 「はい、コレはサービス。花が開いちゃったヤツだから気にしないで貰ってください」

 「ありがとうございます」

 花束を渡された少女は、花が霞んでしまう程の笑顔を浮かべた。
 男はその笑顔を向けられるであろう入院患者に若干の嫉妬を覚える。
 サービスの花束には正直、かなりの下心が含まれていた。

 「こんな頻繁にお見舞いするなんて、余程親しい人なんですね」

 花束の代金を受け取る際、男はカマをかけるように話しかける。
 彼氏の有無を知るための質問だったが、豹変した少女の表情に店員は迂闊な質問をしてしまった事を後悔する。
 少女の表情は一瞬で凍り付き、まるでつまらないモノを見るように手に持った花束に視線を移す。
 しかし、その表情は長続きせず、自分の気持ちを推し量りかねる何処か困ったような表情へと変化していった。

 「・・・ただの、知人です」

 こう言い残し少女は店を後にする。
 そして、少女がこの店を訪れることは二度と無かった。







 ――――― 知人のI ―――――










 私はこれから、あまりバベルに類例がないだろうと思われる私たちチームの間柄に就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いてみようと思います。
 考えてみると、私たちチームは既にその成り立ちから変わっていました。
 私が初めてパートナーであるナオミと出会ったのは、丁度4年前のこととなります。
 尤も何月の何日だったか、委しいことは覚えていませんが、ともかく彼女は小学校の卒業を控えており、彼女が貴重なレベル6のサイコキノであったことから普通の教育プログラムを外れるかどうかの判断をしている時期でした。
 そんな子供を、何故当時32歳だった私が理想の女性に育てようとしたのか。
 あらぬ誤解を避ける為に少し私のことを説明する必要があるでしょう。

 私は所謂、非の打ち所のない部類に入る人間でした。
 日本橋に古くからある名家の次男として生まれ、幼き頃よりエリートとして育って来ました。
 真性ロリータコンプレックスの同僚と比べると若干見劣りするものの、十分胸を張れる大学を卒業してますし、その年の一種採用試験を余裕でパスし、内務省のエリートとして出世コースを歩いていました。
 家柄と能力、それと生まれ持った並以上の容姿のおかげで女性にはそれなりにもて、若い頃から女性に不自由したことはありません。
 その点において、私は童貞臭丸出しの同僚とは一線を画す人生を歩んでいたといってよいでしょう。
 ただ、私にとって唯一といえる不幸は、身の回りの女性に燃え上がるような恋愛感情を一度として持ったことがないということでした。

 【谷崎 一郎・・・超能力支援研究局への出向を命ずる】

 私にとって唯一の不幸が原因である左遷の辞令。それは、内務省事務次官のお嬢さんとの縁談を断った事への報復人事でした。
 美人で、教養もあり、清楚で上品。そのような非の打ち所のない相手の女性にでさえ、私はどうしても恋愛感情を持つことは出来なかったのです。
 人事権を笠に着た嫌がらせは十分予想出来ていましたが、私はどうしてもその縁談を受けたくありませんでした。
 世の中に自分を燃え上がらすような理想の女性などいない。何もかも馬鹿らしくなった私は、内務省を辞すつもりでした。
 ですから、超能力支援研究局に出向き管理対象であるナオミと面会したのは、最後に高レベルのエスパーを一目見てやろうという好奇心からでした。

 「はじめまして・・・梅枝ナオミです」

 桐壺局長の後ろに隠れるように、おずおずと私を見上げるナオミに私は不思議な感情を覚えました。
 ここで再度断っておきますが、私は同僚のような小児性愛者では決してありません。
 しかし、正にこの時、私はナオミを自分の理想通りの女性に育てようと思い付いたのです。
 もしかしたら、ナオミの瞳に含まれる周囲から浮き始めた孤独や不安の光に同情していたのかも知れません。

 「はじめまして・・・谷崎一郎です。キミを世の中の汚いものから守り、立派な女性にするために来ました」

 私は彼女の前にかがみ込むと、今までどの女性に対してもやったことのない真摯さでナオミの手をとりました。
 この時から私は、朝夕彼女の発育のさまを眺めながら、明るく、晴れやかに、いわば遊びのような気分でナオミの教育を始めたのでした。





 そして4年の月日が流れ、ナオミは私の理想通りの成長をとげました・・・あの日が来るまでは。





 「死ね! エロオヤジ!! 中年は中年とつきあえ!!」

 「ぐはっ!!」

 小児性愛者の担当を持つ下品な高レベルエスパーに汚染され、私のナオミは粗暴きわまりない言葉を私にぶつけるようになりました。
 しかし、不思議なことにナオミの持つ魅力は些かも衰えず、それどころか尚一層の輝きを増したのです。
 いや、正直に言いましょう。私が思い抱いていた浅薄な理想の女性像を、ナオミはいとも簡単に上回りました。
 ナオミを失う恐怖に私はひどく狼狽しつつ、彼女から浴びせられる痛切な面罵に、今まで全く感じたことのない気分を味わっていたのでした。



 それからの私の生活は、非常に緊張感のあるものになりました。
 先ず、私はすっぱりと煙草を止めました。
 一日3箱以上吸うヘビースモーカーだった私がです。
 禁煙してしばらくは、禁断症状による苦痛が耐え難いほどの強さで私を襲いましたが、この苦痛に耐えることがナオミへの愛の証明と思うと、何とも言えぬ充実感を得ることができました。
 それだけでなく一時間に一回はマウスウォッシュをし、手を洗い、今までは気にしなかった加齢臭対策を念入りに行う。
 日常における私の全ての行動は、ナオミの歓心を得るためのものとなっていました。
 しかし、そのような努力の甲斐もなく、今年のバレンタインは我が人生最悪の時となったのでした。



 「ナオミ!今までくれてたのに何で今年は・・・」

 「”さん”をつけろ! ”さん”を!!」

 ナオミのPKに飛ばされ壁にめり込んだ私の目前で、ナオミは昔は私にも向けられていた笑顔を浮かべつつ、通りがかった男性職員にチョコを渡して行きます。

 「ナオミさん。私にチョコは・・・」

 「おめえにだけはない!!」

 私は浅ましいまでにナオミに追いすがり、そして壁にめり込むことを繰り返しながらバベル男性職員最後の一人、桐壺局長のいる局長室まで追いかけて行きました。
 途中、ナオミと合流した下品な3人組のうち、サイコメトラーの少女が私に触れましたがどうと言うことはありません。
 私はナオミを理想の女性に育て上げたいという気持ちを、ナオミが12歳の時から公然と本人の目の前ですら口にしていたのですから。
 だからこそ私は、今までナオミの素晴らしさを人前でも気にすることなく高らかに宣言して来たのです。
 担当エスパーへの情念を、暗く胸の内に押し込んでいる真性の変態とは違います。
 それに10歳の少女を女王と呼ぶロリコンエスパーとも・・・ヤツは本当に分かってはいません。
 本当に女王と呼ぶにふさわしいのは私のナオミだというのに。
 そして、とうとう最後の一個が局長の手に渡ったのを確認すると私はその場に力なく崩れ落ちたのです。
 事件予知部からの緊急連絡が入ったのはそんな時でした。


 『事件予知部より連絡。多摩川上流にて釣り人同士の諍いによる殺人事件を予知』


 局長室に入った緊急連絡を聴き、正直私はなんだというという感想を禁じ得ませんでした。
 計画性の高い強盗などと違い、突発的な争いならば周囲に目撃者がいるだけで抑止効果があるはずでした。
 そんな事件ならば、エスパーでなくともその辺の駐在を派遣すればよい。多分、ナオミもそのように考えていたのでしょう。
 だからこそ局長から下された出動命令に、ナオミは私が知る限りにおいて初めて任務に不満そうな顔を浮かべたのでした。

 「不満かね?人の命がかかっている事件だよ・・・それに、先日からの君の申し出を検討するには良い機会だと思うのだが」

 「それじゃぁ・・・・・」

 ナオミは局長に何かを言いかけて口を噤みました。
 無理もありません。3人組から手渡されたチョコレートによって局長の思考はたった今停止したのですから。






 予知された時間まで余裕があったので、私たちのチームにヘリでの出動許可は下りませんでした。
 ナオミは憮然とした態度で私が運転する車の後部座席に収まり、こちらまで音漏れが聞こえる程の音量で携帯プレイヤーを聞いています。
 あの日以来、ナオミが助手席に座ることはなくなり、今のように大音量で音楽を聴くようになりました。
 それも、私が彼女に勧めたクラッシックではなく、私にはやかましいとしか思えないハードロックをです。
 完全に私との会話を拒絶する態度でしたが、私はそのナオミの態度にすら魅力を感じていました。
 そして微かな喜びさえも。
 「愛情の反対は憎しみではなく無関心」これは誰がいった言葉だったでしょうか。
 ナオミが聞いているプレイヤーは私がプレゼントした物でしたし、ナオミから受ける反発や嫌いと言う感情は、少なくとも私がナオミ以外の女性に向けている無関心ではなかったのですから。

 ガチャッ、バタン!

 現場に着いた事に気付いたのか、ナオミは携帯プレイヤーを止めると無言で車を降り河原へと向かおうとします。
 先日の雨で増水した河原で、4人の釣り客が大声で言い争いをしていました。

 「ナオミ、待つんだ!」

 「”さん”をつけろっていってんだろ!!」

 「ぐはっ!!・・・どうも様子が変だ。増水した川はどう見ても釣りには向かない、それに4人ともこの曇天にサングラスをかけている・・・」

 ナオミのPKによって小石だらけの河原にめり込みながら、私は感じ取った違和感をナオミに伝えようと必死に顔を上げました。
 そして、完全な不可抗力としてナオミの長くしなやかな足を、その付け根まで下から見上げる事になったのです。

 「どこ見てんだエロオヤジ!! 脂ぎった目で見んじゃねえっ!!」

 「ぐっ・・・ナオミ、いや、ナオミさん、誤解・・・じゃ無いかもしれないが、兎に角、私の話を聞くんだ」

 私は更に圧力を高めたPKに抗いながらナオミを何とか冷静にさせようとしました。
 しかし、私の視線はナオミの足に魅入られたように動かせず、より冷静さを失ったナオミは一層PKを強めたのでした。

 「指図されるのはうんざりなんだよ・・・局長に担当者の変更をお願いしてるんだ。この仕事をさっさと終わらせて私は自由になるんだっ!」

 衝撃の事実と共に不意に止んだPK。
 私の制止を振り切ったナオミは、宙を飛び釣り客の諍いを収めにいってしまいました。





 「止めないでくれスーさん!!俺はこのガキに釣り場のマナーを・・・・・・」

 「それはオラの台詞だぁー」

 河原では太った釣り人と麦わら帽子の釣り人の言い争いを、お互いの仲間であろうやせた老人と目の傷をサングラスで隠した男が仲裁していました。

 「いい年した大人がいい加減にしなさい!!」

 上空に姿を現したナオミの旁らには巨大な岩が浮いていました。
 ナオミはどうやら巨大な岩を全力で河原にぶつけ、その際に生じる衝撃波で4人を失神させるつもりのようです。
 ガッチンなど非常にマイナーなネタを選択したナオミを愛しく思いながら、私はナオミの元へと全速力で走り出しました。
 私の耳は、草むらから聞こえる独特な起動音を捉えていたのです。
 聞き覚えのあるその音は、ECM(超能力妨害装置)の起動音でした。

 「サイキック・衝撃失・・・キャッ!」

 念動を妨害され落下したナオミを、私は間一髪で受け止める事に成功しました。
 同じく落下してきた岩石は、すぐ近くの川に落ち大きな水柱を上げます。
 増水の影響か、かなり水深が深くなっているようでした。

 「動くな!バベルの犬と特務エスパー!!」

 「貴様ら・・・普通の人々かっ!!」

 ナオミを腕に抱いたまま振り返った私は、おとり役の4人の他に、6名の武装した構成員の姿を確認しました。
 ショットガン2、自動小銃2、後は普通のピストル・・・一瞬で敵の武装を確認し、草むらの中に偽装されていたECMの正確な位置を割り出したものの、私の腕はナオミを受け止めた衝撃にすっかり痺れていました。

 「いつまで抱いてんだよ!! このエロオヤジっ!!」

 「いいじゃないか・・・こうして君を抱くのは鎌倉以来だ。覚えているかい?」

 「・・・ECCMは機能しないの?」

 「残念ながら・・・」

 腕の中で暴れていたナオミは私の一言で落ち着きを取り戻し、お姫様だっこの状態のまま大人しくなりました。
 私は聡明に育ったナオミが、意図を察してくれた事に満足すると差別主義の異常者を睨み付け、

 「相変わらず姑息な手を使うな・・・しかもこの前と同じ手とは。普通以下のオリジナリティについ引っかかってしまったよ」

 と、皮肉たっぷりに嘲笑しました。
 コイツらは普通というのがアイデンティティらしく、この手の時間稼ぎの挑発に奴らは容易く引っかかります。

 「俺たちは普通だっ!化け物とそれに与する犬が偉そうにっ!!」

 「差別主義者が・・・私たちをどうするつもりかね?」

 「情報を全て吐かした上で処刑する」

 「この子は情報は持っていない。開放してくれれば私の知っている情報は全て伝えよう」

 私の提案に、リーダらしき男は耳につく笑い声を上げました。
 本人は余裕を見せているつもりでしょうが、腕の痺れがとれるのをまっている私には大変ありがたい勿体付けでした。

 「馬鹿を言うな!我々はエスパーを人とは思っていない。異形の力をもつ怪物・・・人類の天敵を生かして帰す訳ないだろう」

 しかし、この男が吐いた言葉は私にとって誤算でした。
 コイツらのエスパーに対する憎悪は、犯罪者が自分を捉えに来たエスパーにぶつけるモノとはベクトルが異なります。
 エスパーに対するむき出しの敵意を浴びせられ、私の腕の中で身を固くしたナオミは、出会った日のような孤独と不安の入り交じった目をしたのです。
 嗚呼、ナオミ、君にそんな顔は似合わない。私は君にそんな顔をさせないために、反エスパーの差別主義者や、ギラついた思春期のガキどもの薄汚い視線から君を遠ざけ続けてきたと言うのに・・・私は、私の今までの努力を無駄にした普通の人々に殺意さえ覚えました。

 「バカはお前たちだッ!」

 私の怒鳴り声に、ナオミは驚いたように目を丸くしました。
 そういえばナオミの前で怒鳴ったのは初めてです。

 「いや、バカでキチ(ピー)だッ!!こんなに美しい女性をつかまえて化け物だと!美人にエスパーもノーマルも関係ない、見ろ、このしなやかな足を!」

 私はその場で一回転し、馬鹿な差別主義者にナオミの全身を見せつけてやりました。
 予想外の行動に、引き金を引く者は誰もいませんでした。

 「美人でスタイルも良く清楚で理知的。そして、この手に感じる温かさや柔らかさ・・・この素晴らしさを理解できない愚物が人類を語るなっ!!」

 既に私の腕は感覚を完全に取り戻し、腕の中に抱いたナオミの瞳からも孤独や不安の光は消え去っていました。

 「このエロオヤジ・・・」

 その調子、君に弱気な顔は似合わない・・・。
 ナオミの蔑んだような視線を受け、私の背筋に電気が走りました。

 「エロオヤジで悪いか・・・・・・・ナオミ・・・君のためなら死ねる」

 私はこう言うと、振り向きざまナオミを川に投げ込みました。
 水面との距離は先程回転したときに計ってあります。
 そして、振り向いた動作のまま脇のホルスターから愛用のワルサーP38を抜き、ナオミを撃とうとする不届き者に鉄槌を下し始めます。
 まず自動小銃を持った二人、次いでショットガンの二人の利き腕を打ち抜き無力化するまで1秒とかかりませんでした。

 「動くなっ!!」

 すかさずリーダーの元に駆け寄った私は、その頭部に銃口を押しつけナオミの追撃に移ろうとした構成員の足を止めました。
 計算では水に潜ったナオミは二度の息継ぎで、ECMの有効圏内から逃げ出すことが出来るでしょう。
 私の役割はその間、ナオミを攻撃させなければよいだけ、それ以降の彼女はPKで自分の周囲に空気の層を作り出し安全な場所まで水中を移動するはずです。
 以前、泳ぎの練習に連れて行った鎌倉の海で私はナオミにそう教えたのですから。

 「どうやら無事に逃げられた様だな・・・」

 ナオミの二度目の息継ぎを見届け、三度目の息継ぎが行われ無いことを確認してから、私はゆっくりと両手を挙げ降伏の姿勢をとりました。

 「ふざけたマネしやがって!」

 「待て、殺すのは情報を引き出してからだ!」

 案の定、コイツらは私をすぐには殺さないつもりです。
 自分を拘束させることで敵の戦力を割き、ナオミの生存確立を上げるのが私の目的でした。
 そして、自動小銃の台座による力任せの一撃を受け私は意識を失いました。

















 バシャッ!!

 「勝手に気を失うな・・・」

 バケツの水をかけられ、意識を回復した私は何処かの倉庫内に拘束されている状況を思い出しました。
 椅子に座らされ、両手は後ろ手に縛られたまま行われた尋問に意識を失っていたのでしょう。
 殴られ熱を持った顔に、かけられた水の冷たさを心地よく感じたのも一瞬、冬の冷気に晒された濡れた体からは体温がみるみる奪われていきます。

 「最後にもう一度だけ聞く。君が把握しているだけで構わない・・・特務エスパーの人員と能力を教えて貰おう」

 「断る・・・・」

 「そう言うと思ったよ」

 リーダー格の男は、私から奪ったワルサーP38を弄びながらゆっくり私に近づいてきました。

 「なんでこんな旧式の銃を使っているのか・・・先程見せた射撃の腕、装弾数の多い新型やブラスターなら我々を倒せたかも知れないのに」

 ワルサーP38の装弾数は8発。あの場で全員を倒すのは不可能でした。
 いや、最初から撃退することを考えなかったからこそ、私はナオミを逃がすことができたのでしょう。

 「アニメ映画に影響されてね」

 「悪いが、そう言う冗談は嫌いなんだ」

 そう言うと男は撃鉄を起こし私に銃口を向けました。

 「冗談ではないよ。あの子がそのアニメ映画をいたく気に入ってね。主人公と同じ銃を見せたら喜んだんだ・・・私が主人公にあやかろうとしたのは内緒だが」

 「・・・そう言う気持ち悪い現実はもっと嫌いだ」

 パン!

 時間稼ぎの意図に気付かれたのか、男は躊躇いもせず私の腿めがけ引き金を引きました。

 「グッ・・・」

 9ミリパラベラム弾が、私の大腿部の筋組織を突き抜けた痛みに私は堪えました。
 この苦痛に耐える事がナオミの為になると思えば、どうと言うことのない痛みでした。

 「苦痛に対する訓練もしているのか・・・」

 男は何か激しい誤解をしているようでした。
 確かに私はロリコンの同僚とは違い、研究畑でなく諜報畑出身です。
 持ち前の才能から射撃の腕はオリンピッククラスになってますが、あくまでもキャリアとしての採用であってたたき上げではありません。
 対拷問用の訓練など当然受けている筈もなく、私が今まで苦痛に耐えていたのは全てはナオミの為なのでした。
 不思議なことにナオミの為と思うことによって、私は与えられる苦痛に性的興奮にも似た高揚感を感じていました。

 「いいか、同じ人間としてアンタの我慢強さは認めてやる。この出血と寒さにアンタならあと20分は耐えるだろう。いや、ひょっとしたら30分は耐えられるかも知れない・・・しかし、40分は無理なんだ。悲しいが人間は奴らと違ってそんな便利には出来ていない・・・情報を吐け、そうすれば手当をしてやろう」

 男はそういうと、私の前に持ってきた椅子に腰掛け煙草に火をつけようとしました。

 「頼みがあるんだが・・・」

 「話す気になったか?」

 自分の台詞が私の心を砕いたと思ったらしく、男はライターをしまうと、口元にいやらしい笑みを浮かべながら椅子から立ち上がりました。

 「煙草は止めてくれないか。服に匂いがつくとあの子に嫌われてしまう」

 「ふざけるなっ!」

 男にはり倒され、私は椅子に縛られたまま横倒しに倒れました。
 もちろんふざけてはいません。煙草の匂いも、今の体勢になるのもすべてこれから為に必要なことでした。
 私の耳は先程からオオカミの遠吠えに気づいていましたし、足下をうろつくネズミが敵の動向を探っている事にも気付いてました。

 「ふざけてはいない。実に重要な問題なんだ。私の付けている香水は日本では手に入らなくてね・・・」

 「何が言いたい!?」

 「バベルにはその匂いを追えるエスパーがいると言うことだ」

 男が私の言った言葉を理解した時には既に時遅し、窓を突き破って突入してきたオオカミやテレポートしてきた特務エスパーによって男たちは一瞬で制圧されたのです。
 その中にナオミの姿を認め、私は冬の川に投げ込んでしまったナオミが無事だった事に心底ホッとしていました。

 「皆本サン。オヤジ臭かったが一生懸命臭いを辿ったゾ」

 「良くやった初音。葵、谷崎さんを急いで外へ!」

 「ちょっと待て!オヤジ臭いとはどういう意味だっ!それに私を抱き起こすのはナオミの役ウッ・・・・」

 出血の影響か、縄を解かれ姿勢を起こされた私は急激な目眩に襲われました。

 「まー、谷崎はん、そう興奮せんと・・・・これ何本に見える?」

 「6本・・・・」

 手の指の数を聞いてきたテレポーターにこう答え、私は再び意識を失いました。










 あれから一週間が経ちました。
 バベル付属の医療施設で治療を受けた私は、そのまま特別病室で入院生活を送る事になっていました。

 「もう少しで退院ですって?」

 「ああ、リハビリの経過次第だがおかげさまでね・・・・・」

 お見舞いに来てくれた同僚に素っ気ない返事を返すと、私はふて腐れたように窓の外へと視線を向けました。
 見舞いの品を略奪に来たとしか思えない3人の子供たちが、今の私には眩しすぎたのかもしれません。
 子供たちは同僚にまとわりつきながら、見舞いの果物に・・・特に高額な物から手を伸ばして行きました。

 「コラ、少しは遠慮しろ!」

 「構わんよ、それに君たちは命の恩人だ・・・見舞いの品を綺麗サッパリ全て持って行って貰いたいくらいだ」

 私はナオミの様子を尋ねたい欲求を無理にねじ伏せ、感謝の気持ちを同僚と3人の子供たちに伝えました。
 面会謝絶が解除されてからも、ナオミは私の見舞いに来ることはありませんでした。
 ナオミ以外から送られる数々の見舞いの品は、より一層私を落ち込ませていたのです。

 「この花は残しておいた方がいいんじゃない?」

 気付くとサイコメトラーの少女が、花瓶に活けられた花を手にとっていました。

 「検査で部屋を開けると新しいのに変わってるからね。大方ルームサービスの一環さ、さっきの検査中に交換されてたから数日は持つだろう。気に入ったら遠慮無く持って行くがいい」

 「いらないわ・・・」

 少女が含んだような返事をしたとき、私の担当看護師が車椅子を押しながら姿を現しました。

 「谷崎さん、今日は天気もいいし表に出てみませんか?」

 若く魅力的な女性でしたが、困った事に彼女は私の事を少し誤解しているらしく、何かにつけて私の世話を焼こうとしてくれます。
 彼女の中では、私は身を挺して担当エスパーを救った英雄に変貌しているようでした。

 「すまんがそんな気分じゃないんだ・・・」

 担当エスパーを守り抜いたという点では、私は目の前にいる同僚と同じことをしたに過ぎません。
 いや、担当エスパーを囚われの身にしなかった結果だけをみれば、私のとった行動は彼よりも賞賛されるのかも知れません。
 しかし、それはあくまでも一般論であり、現実は彼には子供たちが寄り添い、私の病室にはナオミは姿を現しませんでした。
 私は自分がナオミに対して行っていた教育が、間違いであったことを思い知らされていたのです。

 「いいじゃない・・・中庭なんか日当たりが良くって気持ちよさそうよ。薫ちゃん!」

 「OK、オッサン!美人のナースに優しくされるなんて今のうちだけだぜ!金払わなきゃみたいな」

 サイコメトラーの少女が口にした合図に、3人の中で尤もがさつな少女がPKで私の体を車椅子へと移動させます。
 看護師は慌てた様子で私に防寒用の上着を渡すと、用意した毛布を私の膝にかけました。

 「じゃあ、なるべく治りが遅い方がお得やな」

 「葵、冗談にも言って良いものと悪いものがあるんだぞ!」

 「いや、急いで職場復帰する必要もなさそうだし、その子の言う通りしばらくのんびりするのも悪くはないな」

 私は車椅子の背もたれに体重を預けると、同僚の注意を受けたテレポーターの少女に助け船を出しました。
 恐らくナオミとのチームは解散でしょう。私はこれを機にバベルを離れ、何処か遠くの地で静かに暮らすつもりでした。
 そう決心した途端、同僚と子供たちの関係は私の目に微笑ましく映ったのでした。

 「いい天気だ、本当にのんびり体を休めたくなってきた」

 看護師に車椅子を押されながら中庭に出ると、私は温かな日差しに迎えられました。
 眩しい日差しに目を細めながら押されるがままに中庭を進むと、中庭を仕切る薔薇の生け垣が切れ、ベンチの端が目に入りました。

 「休めればいいけどね・・・」

 何か含むような様子の言葉に、私はサイコメトラーの少女に視線を向けようとしました。
 しかし、私の目は別な光景に釘付けになってしまったのです。
 中庭のベンチにはナオミが座っていました。それも、その手にチューリップの花束を持って・・・
 それは出会った頃の彼女が教えてくれた、彼女が一番好きな花でした。
 ナオミは浮かべた驚きの表情をすぐに鎮め、ベンチから立ち上がるとこちらに歩いてきます。
 予想もしなかった再会に、私の心臓は早鐘のように拍動し、塞がったばかりの腿の傷口が鈍く疼きました。

 「読んだの?」

 「読まなくてもわかるわ・・・」

 ナオミはサイコメトラーの少女と言葉を交わすと、手に持ったチューリップの花束をベンチ脇のゴミ箱に放り込んでから、私を一瞥もせずに歩き出しました。
 置いて行かれた失意に、私は胸が締め付けられる痛みを感じながらナオミの後ろ姿を見送っていました。

 「行くわよみんな」

 落ち込む私の姿を見たくないのか、サイコメトラーの少女は仲間を促し何処かにテレポートしていきました。
 後に残されたのは失意のどん底にいる私と、状況がよく飲み込めていない看護師、この場を離れようとしているナオミだけ。
 20メートル程離れたでしょうか?ナオミは急に振り向くと、私を真っ直ぐ見つめ大きく息をすう仕草をしました。

 「イチロー!」

 ナオミに名を呼ばれ、私の体に歓喜が走りました。

 「おいで!!」

 「ぶぁい!」

 ハイ!と返事をしたかったのですが無理でした。
 私の顔は涙でクシャクシャになっていたことでしょう。

 「急には無理です!!」

 「いいんでふっ!」

 私が車椅子から立ち上がろうとするのを看護師が慌てて止めようとしましたが、私は恥じも外聞もかなぐり捨て彼女の手を払いのけながら一歩、また一歩とナオミの下へ歩いていきました。
 情けない私の姿に、看護師は幻滅したような顔を浮かべましたがそんな事はどうでも良いことでした。
 一歩足を踏み出す毎に腿の銃創が激痛を生み出しましたが、それに耐えることで私はナオミへの愛を証明しようとしていました。
 全身に鳥肌が立ち、一層激しくなる激痛に脂汗が吹き出します。
 ナオミの下に辿り着いた時には、私は自分の感じている感覚が、痛みかどうなのかすら分からなくなるほど高揚していました。

 「私のことを呼び捨てにしないで ”ナオミさん”て呼ぶかっ!」

 「呼びますっ!」

 「私に好きなことをさせるか、一々干渉なんかしないかっ!」

 「しないっ!」

 「私を理想の女に育てるなんて、気持ち悪いことを二度と言わないかっ!」

 「言いませんっ!」

 「きっとかっ!」

 「きっと!」

 私がこう宣言した途端、傷ついた足にかかる体重が消滅しました。
 ナオミがPKで私の体重を支えてくれたのだと、私はすぐに気付きました。

 「それじゃぁ、エロオヤジじゃなく知人のイチローにしてあげる・・・・可哀想だから」

 こうして私とナオミさんは再びチームとして動き出すことになりました。
 私は我が儘となった彼女に振り回されながら、前以上の幸せを感じつつ日々の任務をこなしてます。
 彼女は私の事を”イチロー”と呼ぶようになりました。




 これで私たちチームの記録は終わりとします。
 これを読んで、馬鹿馬鹿しいと思う人は笑って下さい。
 教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。
 私自身は、ナオミさんに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません。
 ナオミさんは今年で十六で私は三十六になります。

 終

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa