ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】楽園の中心で愛をさけぶ―後編―(絶チル)


投稿者名:UG
投稿日時:(06/ 8/ 7)

 その日の病棟は年に一度の天文ショーに賑わっていた。
 深夜にかけて降り注ぐ流星群を見ようと、夜更かしに自信のある患者は海辺にあつまり夜空を見上げている。
 さして星に興味のない孝夫は、担当の看護師が流星群観察に誘うのを断り部屋で燻っていた。
 あの日から花枝は孝夫の前に姿を見せていない。
 ふて寝を決め込もうと部屋の電気を消したとき、薄く開いたドアから廊下の光が差し込んできた。

 「他の患者さんたちは流星群を見に行ってるけど?」

 二日ぶりに聞く花枝の声だった。 

 「ウチ門限が厳しいんだ」

 「あっそ」

 勝負は一瞬でついていた。
 孝夫は背を向けた花枝を全速力で追いかけ、この二日間考え抜いた謝罪の言葉を口にする。
 謝罪の成果は優しく支えてくれる肩と、用意されていた車椅子だった。

 「みんなは海辺に向かったけど?」

 逆方向に車椅子を押され孝夫は慌てた様な声を出す。
 月明かりに照らされ前方に白く浮き出てた舗装道路は、なだらかではあるが傾斜を有していた。

 「少し上がった所に見晴らしの良いところがあるのよ・・・」

 モーターによるサポートのおかげで花枝は殆ど負荷を感じず緩やかな坂を上り続ける。
 15分も歩くと、高台に作られた展望台が見えた。

 「なんの取り柄もない・・・」
  
 「え?」

 目的地が近づいた頃、唐突に話しかけられた言葉に孝夫は自分の耳を疑った。
  
 「何の取り柄もない・・・小学校、中学校で私はこう評されていたの」

 「なんでいきなり・・・」

 「ヒュプノの話を聞きたいんでしょ!」

 会えなかった二日間で花枝にも心境の変化があったらしい。

 「だから、ずっと地味で目立たない子でね・・・本ばかり読んでた。高校に入ってもそれは同じ」

 花枝は昔の自分を思い出す。
 通学電車の中でも常に本を手にしていた自分。
 当然制服のスカートも巻いたりはしなかった。
 小綺麗な紫陽花柄のブックカバーの中身は漫画かライトノベルだったが、花枝は見栄をはって本としか言っていない。

 「運動部には入っていなかったし、学級委員や生徒会なんかの目立った活動もしたことがない。仕事はいつも・・・」

 「保健委員」

 「やっぱりわかっちゃう? 好きな仕事ではあったけど、図書委員以上に地味な保健委員が私の定位置だったのよ」

 本好きの生徒には図書委員は意外と人気がある。
 花枝は無用の軋轢をさけ保健委員を歴任していた。

 「でもね、夏休み直前、16歳になったばかりの私は自分を変えるために勇気を振り絞ったの・・・読んでいた本が映画化、ヒロイン役を16歳以上の女子から募集するって話にね!」

 車椅子は展望台に着いていた。
 今にも落ちてきそうな満天の星が輝く夜空を背景に、花枝は車椅子を止めると孝夫の前に回り込む。

 「思い切ってオーディションに参加したの・・・私、女優になりたいんです!!って」

 花枝が叫んだ瞬間、満天の夜空を稲妻が走り抜けた。
 孝夫はそれが花枝のヒュプノによるものと理解している。

 「結果は大絶賛! 天才少女現るって!! 私はうれしさに舞い上がったわ・・・」

 「まさか、それが・・・」

 「そう、ヒュプノ能力の目覚め。笑っちゃうでしょ! 私は16歳になるまで自分がエスパーだと気づいていなかった」

 「そこまで気づかないなんて」

 「いや、ひょっとしたらそれより前にも発現していたかも。小学校の劇で木の役をやった時には、実の両親にも見つけられないほどの迷彩っぷりだったしね」

 ここまで言って、花枝は孝夫の顔をのぞき込んだ。

 「・・・今の、笑うとこなんだけど」

 「いや、木の役が実在したことに驚いたけど笑いはしないよ。それでどうなったの?」

 「次々と審査を勝ち抜き、幻の舞台なんて所まで話がエスカレートしてから、ようやく何かおかしいって周りが気付いてね・・・」

 苦笑を浮かべつつ花枝はやれやれといったポーズをとる。

 「調べてみたらヒュプノだったってわけ。ヒュプノはフィルムには影響しないから、リミッターをつけてオーディションをやり直したんだけど結果は散々。結局、自分は何の取り柄もないって事を再認識しただけだった」

 「ヒュプノは立派な取り柄だと思うけど?」
 
 「そうよ、ヒュプノが発現してから私の暮らしは一変したの。ヒュプノの研究をしたいバベルは熱心に私をスカウトしてね・・・私は2学期を待たずバベルに移籍。そして研究センターで知り合った月影婦長に見いだされ催眠介護の・・・仮面をかぶり患者さんの心のケアをする仕事についた」

 花枝は夜空を見上げ、丁度流れ落ちた流れ星に願いをかける。
 目を閉じ何かを念じ続ける横顔を、孝夫はだまって見つめていた。

 「さあ、私の秘密は話したわよ。今度は森山君の番ね」

 数個の流れ星が花枝に勇気を与えていた。
 彼女は孝夫の望みを叶えたいと心から思っている。

 「私の能力は森山君の役に立たないの? もし、本人じゃなきゃダメというのならその子に来てもらっても・・・」

 「絶対にそれだけは言わない」

 優しく、しかしはっきりとした拒絶だった。

 「情けないけど、その子への思いは片思いだからね・・・以前、君が言っていたような夏の出会いは僕には訪れなかった」

 何か言いかけようとした花枝は、目の前に差し出された孝夫の手の平に言葉を失う。 

 「君の能力が仮面をかぶることとするならば、僕の能力は仮面をはがすことなんだよ。僕はその子に手を握られるのが恐ろしい・・・遠くから見つめ絵を描くぐらいで丁度いいのさ」

 孝夫の気分はいつになくとがっていた。
 しかし、今にも泣き出しそうな花江の顔をみると急にやりきれないほどの罪悪感に包まれる。
 花枝が自分のためを思ってくれていることは理解できていた。

 「さて、今の話は相当恥ずかしい秘密だからね。末摘さんにも恥ずかしい思いをしてもらわないと割にあわないな」

 深刻な雰囲気を打ち消すように孝夫は必要以上に明るく振る舞った。
 孝夫の意図を察したのか花枝も無理に笑顔を浮かべる。
 仮面をかぶるのには慣れていた。









 翌日
 孝夫の病室に紺色のフレアスカートが翻る。

 「ホラっ! コレでいいんでしょ!!」

 半ば自棄気味に部屋に飛び込んできた花枝は高校の夏服を身につけていた。
 孝夫の思い出を聞き出すのを焦ったばかりに、再びやってしまった失言の埋め合わせだった。

 「よくないよ。地味だった頃の姿って約束じゃない」

 孝夫は花枝のウエストを指さす。
 二回ほど巻いたらしくその部分は少し盛り上がっていた。
 花枝はそれがどうしたとばかりに胸を張る。

 「十分地味よ、本当だったらあと二回は巻きたいところ。これ以上は譲れない・・・さあ、散歩にいくわよ」

 花枝は孝夫を車椅子に移すために肩を貸そうとする。
 屈んだ胸元から見えた下着に、孝夫は慌てたように飛び退った。

 「今日は体調がいいから自分で歩くよ・・・」

 孝夫は赤くなった顔を見られないよう、花枝より先に部屋を出て行くが長時間の歩行には無理があった。 
 5分後、二人は中庭のベンチに腰掛けている。

 「だけどわからないよなー」

 木陰が作り出す涼を感じながら孝夫は心底不思議そうに呟く。

 「何が?」

 「スカート丈ってそんなに重要? やっぱり地味だった時と気持ち的に大違いなわけ?」

 「私も年頃の娘さんですからね。お洒落もしたいし、お化粧も覚えた・・・それも一種の仮面なのよ」

 「じゃあ、地味だった末摘さんは仮面をかぶっていないってことなの?」

 孝夫の言葉に、花枝は自虐的な笑みを浮かべる。

 「そうかもね。患者さんが求めるのも末摘花枝ではなく、末摘花枝がかぶる仮面だし・・・仮面がはがれた私はあの頃と同じなんの取り柄も・・・」

 「どっちも同じ末摘さんだろ! それに、末摘さんにも取り柄があるじゃないか!!」

 思わず声を荒げた孝夫に、花枝の表情に亀裂が走る。
 今の花枝はヒュプノ能力者末摘花枝の仮面をかぶっていた。

 「あなたは私の能力を必要としなかったでしょ。仮面をかぶらない私は・・・」

 「そんなこと!」

 立ち上がろうとした孝夫は、立ちくらみのような症状を起こしよろけてしまう。
 運の悪いことに手をつこうとした先には竜舌蘭の棘があった。

 「痛っ!!」

 「大丈夫!?」

 「大丈夫、でも棘で傷つけちゃった・・・」

 孝夫の指先に血の玉が浮かんでいた。

 「棘も抜けてるし、絆創膏はっとけば平気ね」

 慌てて駆け寄った花枝は、棘で傷ついた孝夫の傷を確認するとポケットから取り出した絆創膏をはってやる。
 サンリオのキャラクターがプリントされた可愛らしい絆創膏だった。

 「変わらないなぁ・・・」

 孝夫はその絆創膏をながめ懐かしそうに呟く。
 
 「え、何か言った?」

 「そろそろ夏が終わりそうだ・・・」

 孝夫の言葉に花枝は空を見上げる。
 真夏の太陽がぎらぎらと輝き、秋はその気配すら感じさせていない。
 
 「何言ってんのよ! 夏はまだ・・・森山クン? 森山クン!!   誰か!」

 花枝の助けを呼ぶ声が中庭に響き渡る。
 孝夫は意識を失っていた。












 「急がなきゃ、何か、何かヒントがあるはず」

 花枝は今まで記録した孝夫の介護記録を読み直していた。
 患者の苦痛を和らげ、幸せな最後を迎えさせるこの島では無理な延命治療は行わない。
 医師の見立てでは今晩孝夫は逝く。
 花枝はなんとかして孝夫を思い人に会わせてやりたかった。

 「こんな所で何をしているんです! 彼に残された時間はもう残り僅かなんですよ」

 楽屋にこもる花枝の元に月影婦長が駆けつけた。
 その目は不甲斐ない弟子への憤りが込められている。
 
 「だから急いで思い出が誰なのかを・・・」

 頬を張る平手の音が響いた。
 月影は左頬を押さえる花枝の目を真っ直ぐ見つめる。

 「何を勘違いしているの! ヒュプノ以外にもあなたには出来ることがあるはずです・・・いや、ヒュプノ能力者には出来なくても末摘花枝に出来ることが」

 ハッとした表情を浮かべた花枝に微笑みかけると、月影は力強くドアを指さす。

 「わかったようですね・・・私はヒュプノ能力だけであなたを後継者に選んだのではありません! 行くのです! 末摘花枝」 

 その声に後押しされるように、花枝は楽屋を飛び出し孝夫の元へと向う。
 やることは一つだった。

 透視プロテクターの電源を切り、彼の手を握り念じ続ける。   

 ―――逝かないで、逝かないで、逝かないで・・・

 彼女は末摘花枝として森山孝夫を看取ろうとしていた。















 展望台から見る海は青く輝きどこか現実離れした透明感を有していた。
 島から離れる高速船を見送りながら、花枝は自分の視界がぼやけるのを感じる。
 気がついたら泣いていた。いつものことだった。
 花枝には自分が悲しいかどうかさえわからない。
 この仕事を始めてから流し続けた涙と一緒に、感情は何処かに流れてしまっている。
 彼女は自分が看取った患者が船で運ばれるのをいつもここから見送っていた。 


 
 「森山君の御両親がもう一度挨拶したいようだったけど、見送りはすんだようね・・・」

 背後から声をかけられ、花枝はようやく月影の接近に気付く。
 遠ざかりそろそろ姿が見えなくなる高速艇には、孝夫と彼の両親が乗っていた。
 知らせを受け駆けつけた両親と供に花枝は彼を看取っている。 

 「あれで、本当によかったんでしょうか?」

 花枝は涙を拭うと月影を振り返る。 




 昨夜
 駆けつけた花枝に手を握られ、孝夫は一瞬だけ意識を取り戻した。
 その時、自分に向けられた言葉の意味は未だにわからない。 

 ―――絆創膏ありがとう
  
 意識を失う直前、傷ついた指先に巻いた絆創膏。
 聞き返したが返事はなかった。
 彼は続けて両親に感謝の言葉を述べてから再び意識を失い、二度と花枝の呼びかけに応えることは無かった。

 「私は結局、彼の思いが理解できなかった・・・」

 「でも、彼は笑顔を浮かべ逝った。最後の言葉を聞けた御両親はとても感謝していたわ・・・あなたに貰って欲しいそうよ」

 月影はそういうと花枝に両親から預かったスケッチブックを手渡した。
 花枝は最後に描かれたページを開く。 
 そこには高校の制服を着た自分が描かれているはずだった。


 花枝の予想通り、最後のページには高校の制服を着て佇む自分の姿があった。
 その姿に花枝は微かな違和感を覚える。
 短く巻き上げた筈のスカートがその絵の中では長く描かれていた。
 高校時代の自分の姿のままに。
 花枝は次々にページを遡る。それは時を遡る行為に似ていた。
 
 花瓶の水を取り替える自分

 食事の配膳をする自分

 車椅子を押す自分

 右手を差し出し微笑む自分は出会いの瞬間だろう。
 彼との時はここで終わる筈だった。
 しかし、次のページをめくった花枝は紫陽花柄のブックカバーを手にした自分の姿を目撃する。
 夏服を地味に着こなした高校時代の末摘花枝がそこにいた。
 

 ―――まさか・・・


 花枝は次々とページをめくる。
 そこには以前の自分が描かれていた。
 やがて描かれている花枝の制服が冬服に切り替わり、スケッチブックは最初のページに辿り着く。
 サンリオキャラクターの絆創膏を手にした花枝がその中で微笑んでいた。
 花枝の脳裏に忘れ去っていた過去の記憶が蘇る。





 「うわっ!」

 入学したばかりのある日
 通学電車に乗ろうとした花江の目の前で降車した高校生が派手に転んだ。
 よほど急いでいるのか、周囲にいた人々は彼を気にかける視線を向けるものの、誰も手を差し伸べようとせず先を急ぐ。
 ようやく立ち上がった彼は何ヶ所かすりむいているようだった。
 花枝は不器用な転び方をしたその高校生に近寄り、無言で絆創膏をさしだす。
 サンリオのキャラクターがプリントされた可愛らしい絆創膏だった。

 「あ、ありがとう・・・」

 感謝の視線で自分を見つめる少年に花枝は俯いてしまう。
 異性から感謝の言葉をかけられる経験は彼女には無かった。

 「私、保健委員だから・・・」

 やっとそれだけ言い、発車のベルが鳴った普通列車に花枝は飛び乗った。






 「森山君はあの時の・・・」

 彼は自分に会いにこの島までやってきたのだった。
 それも、仮面をかぶる前の末摘花枝に。
 スケッチブックに大粒の涙が落ちた。
 悲しくて張り裂けそうなのに、不思議と胸は温かい何かで満たされている。
 花枝は手すりに走り寄り海に視線を向ける。
 高速艇は既に見えないところまで遠ざかっていた。
  



――― 楽園の中心で愛をさけぶ ―――


      終

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa