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ベターハーフ! 第一話



21世紀、エスパーは増え続けていた。
彼らは軍事・外交・経済とあらゆる場で活躍し、国際競争の鍵を握っていた。

ESPを制する国が世界を制す!
だが、その才能は貴重で超度4以上の者は全体の3%以下。
かつて、日本政府と契約している超度7はわずか1名のみであった。
その双肩には、多くの期待と幾許かの不安とが掛けられていた。
未来という名の、可能性でしかない場所へと向けられる数多の感情。
期待も不安も、想いの正負という面でしかなく
そのどちらも輝かしい先をこそ求めていたろう。

そして、時は巡り・・・・・・・・・





☆☆☆





幻視痛、という言葉がある。
喪った四肢や臓器が、まるで有った時と同じような感覚をみせ、時に痛みさえ伴うことを示す。
脳の認識の齟齬から生まれてしまうとされる医学的、科学的なものであり、当然ながらオカルトとは無関係だ。
僕が感じる『痛み』も、これに似ている。失ったはずの何かが、まるであるかのように感じられてしまう。
現実との齟齬が痛みとなって、僕に襲い来るのだ。さながら幻視痛のように。
けれども、僕の感じる痛みと他の幻視痛とは一つだけ、けれど決定的な違いがある。
僕が嘗て喪ったものは、腕や足や、ましてや臓器などではなく。
人が――――――普通の人が、本来持ち得なかった能力だということだ。






「――皆本! おい、皆本!」

「……どうしたんだよ、佐藤」


参考書をめくっていた手を止め、僕は話し掛けてきたクラスメイトへと視線を向ける。
そんな淡白な反応に、友人の佐藤はこれ見よがしな溜息をついた。


「はぁ〜、お前、聞いてなかったのか?」

「何が?」

「進路のことだよ。
 朝のホームルームでセンセーから進路希望の最終確認用紙渡されただろ?
 あと半年と少しもすれば卒業だし、改めて真剣に将来の事を考えないといけないなって話をしてたんだ」

「へぇ」

「――で、お前はどうなんだ? 秀才クン」


椅子からずい、と身を乗り出し、佐藤が尋ねてきた。
話に参加していたのだろう、彼の周りにいた他のクラスメイト達も一様に僕へと視線を集中させる。
しかし、僕は慌てず騒がず驚きもせず。実に淡々とした感じに、当たり前のように


「国公立大学。
 受かるかどうかはわからないけど、東都大が第一志望。
 将来は官公庁かな。安定しているし」


口篭もりもせずあっさりと、言い放った。
僕の進路希望を知ってはいたものの『もしかしたら変わってるかも』と
期待でもしていたのだろうクラスメイト達は一気に脱力し、机にもたれかかる。
期待に答えられず、悪いね。でも、嘘をついても仕方が無い。


「……お前、本気でつまらん奴だな」

「つまらんってなんだよ。
 真面目に人生設計を考えていると言ってくれ」

「まあ、堅実なのは否定しないけどなぁ。
 ……実際お前の成績なら『あの』東都大でも十分いけそうだし」


クラスメイトの一人が頭をかきながらそう答える。
僕の回答や態度は、下手をすれば嫌味に取られるかもしれない。
けれど、取り繕えるほど器用ではないし、無視できるほど不器用でもない。
ならば素直に自分の思うところを口にするべきだろう。
それに甘えかもしれないが、クラスの皆は僕がどんな人間か解ってくれてると思う。
ひょっとすると、面白い奴として珍重されてたりするかもしれないな。
……いや、流石にそれは気のせいだろう。そう思いたい。思わせろ。


「…ま、皆本の超!現実論はさて置き。
 俺達もある程度そっちの方向に落ち着くことになるんだろうなー。
 俺、今の時期でも特になりたい職業とかねえし」

「あー、小さい頃は『宇宙飛行士!』とか言ってたっけ。
 ……俺の脳みそだとぜってー無理だけど」

「お前らはまだいいよ。
 卒業後は俺なんて実家の酒屋継ぐの決定だぜ? 夢も希望もありゃしねー」

「安定した進路決まってるだけいいだろーが。
 俺の場合、成績考えると碌な道に進めそうも……」


クラスメイト達の会話は、次第に恒例の愚痴めいたものへと変わっていく。
相変わらずのそれに嘆息しつつ、再び参考書へ視線を戻したところで、佐藤の声が耳に入った。


「あー、俺もエスパーだったらなぁ」

「っ!?」

「…? どうしたんだよ、皆本」


突然真剣な表情を向けた僕に、きょとんとする佐藤や他のクラスメイト達。
怪訝な顔での問いかけに、ハッと気がついた僕は誤魔化すようにして言った。


「い、いや、何でもない。
 …しかし佐藤、なんでそんな発言が飛び出すんだ?」

「ん? いやな、エスパーの連中はいいよなぁ、と。
 俺、小学校の頃の同級生に結構超度が高い奴がいてさぁ。
 念動能力者サイコキノだったんだけど、荷物運ぶのとか大人が持てないよーなやつもちょちょいのちょいー、だったんだよなぁ。
 俺、羨ましくて羨ましくて。それに最近聞いた話じゃ能力を買われて役所勤め決まってるって話だし、やっぱり得だなあと思ってよ」

「あー、そりゃ俺も思うわ。
 あんな力があればやりたい放題だぜ?」

「うんうん」


佐藤の言葉に頷くクラスメイト達。
しかしそんな彼らの話を聞いていた僕はぽつり、と呟いた。


「―――そんないいものじゃないさ」

「……あ?」

「現行の法律じゃ、超能力の私的使用は厳しく禁じられてる。
 多分、その子は子供だったから多少許されたんだろうが
 今じゃ仕事とか以外だと、殆ど力を振るえないだろうな」

「そうなのか?」

「ああ」

「けどよ、それでも力がある方が無いよりいいじゃねーか。
 さっきの就職の例とかあるし」



頷く僕に、他のクラスメイトがそう問いかける。
しかし、そんな言葉にも僕は首を振って答えた。



「逆だよ。彼は力があったが故に、進路が規制されたんだ。
 力があるから役所に勤めになったって言えば綺麗に聞こえるが
 要するに有能なエスパーが海外に流出する前に囲い込みをされたのさ。
 これから彼は転属や昇進こそあっても仕事を辞める事は出来ないし、私生活もある程度監視されるだろうね。
 それに何より、『力があっても振るえない』ってのは当人にとって凄いストレスなんだ。
 君達がもし『これから左腕を使っちゃいけない』って言われたらどう思う?」

「そりゃまあ…困るよな」

「似たようなものだよ。
 エスパーにとって能力は自分の体の一部みたいなものなのに
 法律やら何やらで使ってはならないってされている。
 それは『手で物を持つな』とか『足で歩くな』って言われてるみたいなものさ。
 勿論、超度の違いによって感じ方に差があるだろうけど
 エスパーは皆、大なり小なりそんなジレンマを感じているだろうね」

「………」


…………あ。
はっと気がついた僕が周囲を見回してみると、これまで会話をしていた面々のみならず
教室にいたクラスメイト全員の唖然とした顔がこちらに向いていた。
クソ、しまった。どれだけ馬鹿なんだ僕は。
今更になってそんな後悔をしても、時既に遅し。
クラスメイト達を代弁するかのように佐藤が口を開き――


「お前、もしかして…」

「い、いや、その」

「エスパー信奉者だったのかっ!?」


ゴッ、と参考書を介して、僕は机に額を打ち付けた。
本日の新発見、参考書も厚いと痛い。うん、どうでもいいな。
しかし、クラスの面々は『おお!』と納得した顔をしている。


「そっかー。まあ世間にゃエスパー排斥論者もいるからなぁ。
 逆に信奉者がいてもおかしくないわな。
 だがまあそれもほどほどにしとけよ?
 勢い余って『普通の人々』みたいな物騒な連中の仲間入りしたら流石に引くぞー」


うんうんと頷く佐藤とクラスメイト達。
時々思うが、どうもここの連中は心が広いらしい。
あるいは、頭が緩いのか。
賭けの対象とするなら、僕は後者に賭ける。
だがまあ、わざわざ否定して真実を言うこともない、か。
立ち上がりつつ、僕はそう納得することにした。


「まあ、別に君達がどう思おうと構わないけどな…」

「うんうん、俺達はお前がどうであろうが気にしないからな。
 ……しっかし、実際問題エスパー、とまではいかないけど
 なんか面白い、特別なこと無いのかねえ」

「特別って…。というか、さっきと話の内容がズレてきてるぞ」


さきほどの衝撃で、ずれていた眼鏡をかけ直しつつ言ったが
そんな僕のツッコミに構わず佐藤は続ける。


「例えばだな、そう!
 突然、俺の目の前に美少女が現れて愛の告白を!
 そこから始まる一大ラブロマンスとか、どーよ!!?」

「アホか君は」



受験の山と言われる夏場を乗り越えて、なおのんびりとしたクラスメイト達の冗談に
聞くだけの価値を感じられず、けれど参考書に視線を戻す気にもならず。
座り直してから頬杖をついて、僕は乾いた視線を窓の外に向けた。
秋の空は広く、そして蒼く。何処までも続くようで。
空の色は、昔と変わらず。何時までも続くようで。
振り切るようにして、僕は参考書へと顔を戻す。
視界に入る数式と文章。耳に届く喧騒とチャイムの音。

それが今の、僕の現実。
過去において、自由に飛び回った空は
今の僕にとっては、見詰めるだけでも遠過ぎる。





☆☆☆





それは毎日の事といえ、特筆すべきこともなく放課後となり
幾分鰯雲が散った爽やな晴空の下、僕は帰途についた。
季節は巡り、夏は徐々に姿を潜め辺りは次第に秋めいて、僕をじんわり暖める。


「あ〜あ……帰ってなにしよう」


こんな事をうかつにクラスで言えば、佐藤以下クラスメイトに袋だたきにされるだろう。
実のところ受験勉強はルーチンワークと化しており、成績は十分合格圏内なので特別焦る必要もなかった。


「ふぁ〜ぁぁぁぁぁぁぁ……」


あくびという物は、疲れている時や緊張している時、あるいは眠たい時や退屈している時に脳を覚醒させるために出るそうだが
このぽかぽかした陽気では、いくら抑えようとしても次から次にあくびが出てくる。
それなら脳みその為にも、無理に我慢しないと決めた。
どうせ誰も見ていないし、別に彼女がいるわけで無し、どうという事も無い。
心の中での言い訳を終えてから
恥ずかしげもなく大口を開け、家路を辿る。
気持ちよさそうにそよぐ風が頬を撫でて、軽やかに空へ帰っていく。
風が通りすぎた道筋を振り返り
幾分か高さが増し色も和らいだ空を見上げ、手をかざす。
あの高い空にも、この手は届いていたんだ。


「昔は、昔さ」


陽光にかざした手を何度か握りしめ、僕は幻視痛を閉じこめる。
エスパー時代なら、こんな風に歩いて帰るなんてきっと考えもしなかったろう。
けれど、今の僕には必要なのだ。
自分の足で歩く、という当たり前のことが。

力のサイコキノ、速さのテレポーター、情報のサイコメトラー。
三種の複合能力者にして、日本で唯一の超度7のエスパー。
そんな肩書きも、もはや昔話でしかない。

ふと、落ち葉が鼻の頭を掠めた。
道に落ちた葉を拾い上げ、見れば側にある街路樹の根元には、同じような落葉が積もり重なっていた。
周りの街路樹はさほど散ってもいないのに
この木は少し気が早いのかもしれない。


「あまり急いでも、良い事ないぞ……と」


夏の間に降り注ぐ日の光を享受して、秋になれば役目を終えた彼らはいそいそ土に帰る。
始まりは終わりへ、終わりは始まりへと。
一つの循環が其処には在る。
風の運ぶ仄かな香りが、僕の鼻腔をくすぐった。
葉が静かに朽ちた後、かつて在った自らを示す残り香。
むしろ心地よい香りに郷愁に似た想いを感じさせられ
しゃがんだ僕はさっき落ちた葉を根元にそうっと置いて
すぅと大きく深呼吸する。
吸い込まれた香りは、僕を爽快な気分にさせた。


カツカツカツ、ザッ。


不意に響いた足音に、つと視線を合わせる。
大柄で厳つい顔をした男性と、妙齢の美しい女性が僕を見下ろしていた。


「あ……」


見覚えのある男性は、僕にとってなじみ深い―――いや深かったと言うべきだろうか。
だから僕は微笑を返して、その場にかがみ込んだまま
内心の驚きを隠しながらでは、まともな挨拶も出来なかったけれど。


「……お久しぶりです。なにか僕にご用ですか、桐壺次官。いや、今は局長でしたか」


局長と呼んだその人は、にこやかに笑う。
桐壺帝三。
内務省特務機関超能力支援研究局(通称B.A.B.E.L. バベル)の局長だ。
僕がまだバベル所属の特務エスパーであった頃、直接の担当をしてくれていた。
現在は海外赴任の両親に代り、僕の保護者を買って出てくれている。
だけども、それだけと言えばそれだけのつながりになってしまっているのも、また事実だった。


「ああ。君も元気そうで何よりだ。なにより、大きくなったな」


局長はゆっくり立ち上がった僕の両肩を手で叩き、朗らかに告げる。
思いがけない久しぶりの再会が嬉しくもあり、逆にまた訝しくもあった。
なぜなら、バベルを辞めた後、僕の学校生活において
局長が保護者面談や運動会などに参加することは、ついぞ無かったからだ。
なにしろ国の特務機関の局長であり
特に超能力が国際情勢をすら左右する時代においてバベルの重要度は上がることはあっても下がることは無い。
そんな立場にいる桐壺局長が姿を見せられないのは当たり前だし、僕に直接関係することで別に不都合は無かったから気にとめた事は無かったと言っていい。
だからこそ、こんな風に待ち伏せをされていた事が余計疑問に感じられる。


「君に頼みたい事があってね」

「頼みたいこと、ですか?」

「そう、君にしか出来ない事を、ね」


決意を込めた表情で口にする、僕にしか出来ないと言う頼み事。
わざわざ忙しい局長が出向く?
しかも僕が受験を控えたこの時期に。
僕にしかできないという、その根拠はなんだろうか。
様々な可能性に考えがいたり没頭していると、ふと小さな手のひらが視界に入った。
局長の隣に佇んでいた女性が、僕に握手を求めて手を差し出していた。
その人は柔らかなそうな頬を朱に染めて、にこっと口元をゆるませて笑う。
また秋を思わせる柔らかな風が吹き、肩まで垂らした髪がなびいた。
淡く感じた、ほんの少し甘みのある、すがすがしい爽やかな香り。
シトラスだろうか。
同級生の女の子達とも、秋の香りとも違う香りに、胸が高鳴った。
顔にだけは出ていないことを、こっそりと願う。


「局長付秘書官の朧です。お噂はかねがね」

「初めまして、皆本光一と申します。ええと……僕の噂、ですか」

「ええ、それはもう」


どんな噂をと抗議の意味で見やれば、局長は笑みをたたえたまま。
その顔に、七年前よりも深くなったしわが張り付いているのに気づく。
現場で駆け回っていた時から、もうそんなに時間が立ったのか、と。
感じる違和感は互いにすれ違った時間故か、それとも昔の関係性に戸惑っているだけか。
まとまらない思考を覆い隠そうと
朧と名乗った女性に手を差しだして、声が重なった。


「お会いできて光栄ですわ。ザ・チャイルド」


告げられた名前に遮られるように差し出した右手は行き場を無くし、無意識に髪をかき上げる。
現れただろう額の傷に、局長が、心なし強ばっているようにも見えた。


「・・・・・・よしてください。
 その名前は、もう七年も前に捨てました。
 今の僕は、何の取り得も無いただの子供ですよ」

「そんな事ありませんっ!」


ぐい、と近付かれて
まばたきする間にはもう、朧さんの顔が目の前にあった。
照れくさくて視線を外し、それがかえって僕を困らせた。
しっとりした肌、肉感的な唇、豊かな胸、華奢な体。
女性的な部分全てが、僕を際限なくドキドキさせる。


「皆本君の活躍は、局内では伝説になっていますわ。
 たしかに事故が起きたという現実は変わらないのかもしれません。
 それでも、活躍した事実が消えるわけではないでしょう?」


ね、と微笑むその顔は
夏の日差しみたいに、とてもまぶしくて。


「……そうでしょうか」

「そうとも。
 当時の活躍を見込んで、君にお願いをしにきたのだヨ」

「僕に、ですか? 」

「改めて言うが、君にしか出来ないことだ。
 元エスパー、現ノーマルの君にしかね」


そこまでの頼み事とは、一体どういう事なんだろう。


「じゃあ、とりあえずお話しだけでも。
 ええと・・・・・・立ち話じゃ落ち着きませんから、どこか喫茶店でも入りませんか」

「あ、いいですね。実は待ってる間にちょっと疲れちゃったかなって思ってた所です」

「じゃ、行きましょうか。局長、朧さん」


下校時によく寄る喫茶店が、近くにある。
シックスタイルの、まあ有り体に言えば昭和っぽい店だ。
だけど、その適度な重苦しさが、僕は好きだ。
一人カウンターに立つマスターの髪はいつも整っていて
堅めのドア、物静かな店内、深めのソファー、そして苦めのコーヒーも
僕にはとても心地良かった。
きっと、二人も気に入ってくれるだろう。





☆☆☆





「七年ぶりか……君も変わっとらんな」

「褒め言葉なんですか、それ」


十八歳の僕には、七年はとても長い時間だ。
変わっていないと言われても、素直には受け取れない。


「はっはっは。褒め言葉だよ、安心したまえ」


眼前の局長は、にこやかに大きく笑う。
僕の隣には、朧さん。
朧さんが身にまとう香りが近くて、さっきみたいにドキドキしてた。



「だが、こんな旨いコーヒーを嗜むようにもなったのなら
 変わっとらんとも言い切れんのかナ」

「局長は、昔からコーヒーがお好きでしたよね」

「ああ。コーヒーの香りは激務の中で、私の心を和らげてくれた。
 もっとも、君が事件ばかり起こしてくれるものだから
 医者からは胃のためにコーヒーを控えろと言われておったがネ」

「あらまあ」

「……随分と年季の入った仕返しですね」



昔の自分は、思い出すだけでも恥ずかしい。
局長にも迷惑どころでない負担をかけていたのも確かだが
朧さんの前で言うこともないだろうにと、口を尖らせた。



「はははは。まあ、気分を悪くしないでくれたまえ。
 ……と、早速で悪いが、依頼の内容なんだがね」

「そうでしたね。
 わざわざ僕を引っ張り出すなんて、何があったんです? 」


腐ってもバベルはあの内務省所属機関、無駄な事なんかするはずがない。
僕に声がかかったのは、言うとおり僕にしか出来ない、という事だ。


「この写真を見て欲しい」


差し出された一枚の写真に映る全身像。
ウチの中等部の制服を着た、ツインテールの女の子。
充分に可愛いと言える顔立ちだけど、少し目付きがキツイかな。
腰に手を当ててふんぞり返った、いかにもかしましく強気そうな娘だ。


「この子がどうしたんです?」


ひとまず局長を見て、僕はまた写真に視線を落とす。
こまっしゃくれた女の子、それ以上の事は僕には感じられない。
局長が紹介する以上は、この子はエスパーなのだろうけれど。


「この子の名は、花宴(はなのえん)澪(みお)
 超度6のエスパーにして、3種の複合能力者」

「え?」


一瞬、視界がくらむ。
強いデジャブ。
襲いかかる痛み。
僕を幻視痛が包み込む。


「……まさか」

「そう。力のサイコキノ、速さのテレポーター、情報のサイコメトラー。
 超度こそ君と違え、その能力は全く同じ」

「この子の面倒を見てあげて欲しいのです。
 同年代の友人として、そして、バベルの担当官として」


朧さんの言葉は全く真摯な響きを伴っていたが、今の僕には本当に遠く聞える。
なんだ、二人はいったい何を言ってるのだろう。
元エスパーの、それも同じ能力を持っていた僕に、現役特務エスパーの面倒を見てくれ、だって?
それは、無理だ。
僕だからこそ身にしみて分かる。
あの圧倒的な力を持っているのなら、他人の言うことなど聞くはずも無い。
聞く必要もない。
今はただの役立たずな僕の言うことに、従うはずもない。
ましてや、かつて僕も振るっていた力にねじ伏せられるなんて、耐えられるはずもない。


「……やらなければいけませんか」

「すまん」


局長がテーブルに両手をつき頭を下げる。
額をこすりつけんばかりに深く下げられた頭を見て、実感した。
本当に、文字通り、僕にしかできない『状態』なのだ。
そんな事態を招いたのは、恐らくこの子自身の、持てる力故の傲慢さ。


「大事な時期だと言うことはもちろん分かっている。
 だが、この娘にとっても同じようにかけがえのない大事な時期なのだ。
 言いたいこともあるだろうが、曲げてお願いしたい」

「……そうですか」


考え込み沈黙した僕に、局長は力を込めて言った。


「ああ、先に言っておくと手を出すのはNGだヨ?
 彼女自身が許せば、その限りではないが」

「いや聞いてませんから!!! 
 朧さんも頬に手を当てて、まぁ、とか言わないで下さいよっ! 」


いきなり何を言ってくれてるのか、この中年オヤジは。
しかし大声を出したおかげか、何時の間にかさっきの目眩は消えていた。
もしかして局長、気を遣ってくれたのかもしれない。
でも、感謝する気になれないのは何故だろーか。
その理由は、自分の頬が赤くなっているのを自覚したからか。
あるいは微笑ましくこちらを見ている、朧さんの笑顔のせいか。





☆☆☆





ただいま、と口にしても意味なんて無い。
たった一人で暮らす家での、形だけの挨拶。
そのまま自分の部屋に入って荷物を放り出し、上着を掛け、僕はベッドに横になると
無機質な天井が見詰め返してくる。
視界は地味な白色に埋め尽くされながら、頭では別の事を考えていた。
久しぶりに会ったあの人は、変わっているようでいてまるで変わっちゃいなかった。
立場に関係も見境も無くエスパー偏愛狂だけれど
僕を見る瞳は、昔のように優しさと力強さを帯びていて
だから懐かしさを感じ、だからこそ気まずさを感じた。
今の僕はもう、昔の僕じゃないから。
エスパーだった僕。エスパーじゃなくなった僕。
持っていた筈の力を失って、手に入れられたものが在るだろうか。
無くしてしまった力に見合うだけの何かを手に入れられたのだろうか。


「……もう一度バベルに戻る」


明るい青の敷き布をかぶせたテーブル。
埃をかぶった参考書がいくつか平積みになった机。
下着以外は取り出すこともあまりない箪笥。
半年前にワックスを塗り替えたフローリング。
代わり映えもしない部屋は、今を移す鏡に思えてならない。


「よろしく頼むよ、か」


考えさせて下さい、と返事をした。
受験を考えれば、断って当然かもしれない。
だけど僕は敢えて間をおいた。
朧さんの言葉にほだされでもしたんだろうか
それが逃げ口上に過ぎなかった事を、今になってようやく感じる。


「僕に・・・出来るのか」


答えはない。
自分の外からも、内からも。
言葉にした事で、心が痛む以上に息苦しさを感じる。
染みるように沸いてくるのは、自分勝手な孤独感。
姿勢を変えると、蛍光灯の白い光に目が眩んだ。
腕で視界を遮りながら瞳を閉じれば、瞼の裏に映るのは昔の景色。
セピア色を帯びた風景が、消えた筈の音を連れて来る。










成長した今よりも、少しだけ高めの声が青空に響く。


『一々うっさいなぁ・・・・・・・・・・・・現場の判断を信じろよっ!』


そう叫んだ自分自身の表情を見る事は叶わない。
でもきっと、得意満面な表情を浮かべているに違いない。
何時もそんな風に、我侭全開で空を飛び回っていた。
何時も一人きりで。誰も傍に寄せ付けずに。


『ノーマル程度が偉そうにすんな!!!
 文句あるんなら、何時だって相手になってやる!』


気に入らない相手は、叩き潰し。
目の前に障害が在れば、叩き壊し。
ただ、自分がやりたいからやってるんだと思っていた。
褒めてくれるから。認めてくれるから。優しくしてくれるから。
そんなことのためじゃないと、思い込もうとしていた。
結果として、人を遠ざけてしまう仕草が身に付いていく。
偉そうな態度、蔑みの視線、絶え間ない罵倒。
何処に出しても恥かしい、そんな可愛くないガキの頭を
任務が終わるたびに、局長は撫でてくれた。


『よーしよし。
 よくやったぞー、光一クン!』

『だーっ、名前で呼ぶなっつったろーがっ!
 あと勝手に頭撫でんな髭オヤジッ!
 いや違うちょっと待て抱き締めろとゆー意味じゃなぎゃぁぁぁぁっ!!!!』


そう、あの頃。エスパーだった、あの頃。
子供だった僕は、根拠もなく信じていた。
やろうと思ったなら、僕は何でも出来ると。
何にでもなれるし、何処にだって行けるって。



『皆・・・クン・・・・・・今す・・・其処を離れ・・・・・・ダッ!!!
 ・・・・・・・・・・・・危け・・・・・・・・・』

『んー、電波障害かな?
 そんな心配しなくても、大丈夫だって。
 すーぐ帰ってくるからさ』



そんな僕の世界は―――――――――酷くあっさりと、崩れ落ちた。




『ぁ・・・・・・きょく、ちょ・・・・・・・・・・・・?
 ゴメ・・・まだ、任務が・・・・・・・・・』

『喋らないでいいッ!!!
 緊急搬送だッ! 急げッ!!!』




それはまるで、神の怒りに触れたバベルの塔のように。













顔を伝う滴の感触に、過去に囚われていた意識が覚まされた。
かちこち針の回る音が、静かな部屋に響いている。
普段気にもしないその音が、やけにうるさい。
昔の僕が見ていた未来、どこにでも行けると思っていた頃の未来に
今の僕は居るのだろうか。
望んでいた形とは、きっと違う。
それでも、更にこの先を望むのなら、歩き出す事を願うなら
顔を上げる事から始めなければ、何もかもが中途半端なままだと
それだけは、分かった。
事故で負った傷の残る額をさすり
ベッドの棚に置いてある、ひびの入ったコンパスを手に取った。
エスパーだった頃、とあるエスパーから貰ったものだ。


『例えコンパスが壊れても、迷った道で出会う人もいる。これからのお守りに、持っていたまえ……』


もうその人の顔すら良く覚えていない。
だけど超能力を失い、ノーマルになってから
立ち止まったとき、迷ったとき、くじけそうになったとき
このコンパスを握りしめると不思議と落ち着いて、その度、道は開いた。


「まあ、朧さんにも会えるわけだし。
 あの子も会ってみないとどういう子か分からない。
 今度もきっと道は開ける……かな」


口にしながらも正直なところ、迷いはまだ残っている。
或いは、戸惑いと言った方が正しいのかもしれない。
僕の人生で再びバベルと、エスパーと関わるなんて考えもしなかったから。
局長から受けとった写真を胸ポケットから取りだし、もう一度まじまじ見た。
小さな顔、大きな目、栗色の髪、長い足、制服の上からでも分かる細身の体。
日本人離れした体型はどこかのハーフだろうか。
胸のサイズは……まあスレンダーだと言っておこう。中学生だし、未来があるってことで。
だけどやっぱり、可愛らしい娘だ。
僕の好みは年上だけれど、同年代ならきっと頬が赤くなっていただろう。
意識せずに苦笑が浮かび、そして感じていた迷いが少しだけ薄れた。
とにかく一度、会ってみないことには。
そして、会えさえすればなんとかなるか。
根拠もなく漠然と、僕は写真の彼女に語りかける。
声にするのは流石に恥かしいから、心の中だけでこっそりと。
感じた不安も、少しずつ和らいでくる。
それは僕の中で、彼女が急に
そう、カメラの露出を合わせるように
姿を形取ってきたからだろうか。
改めて時計を確認すると、随分と時間が経過していた。
それでようやく僕はベッドから身を起こし、ためらいがちに、でもしっかりと携帯を手に取った。
少しばかり遅れてしまった返事をするために。


「……もしもし、局長ですか。
 あのお話、詳しく聞かせて貰えませんか。
 はい、自分にどれだけのことが出来るかは解りませんけど」


過去を振り切れないからなのか。
未来に進もうとするが故なのか。
どちらにせよ、僕はもう一度バベルに入る事を決めた。
犯した間違いを、間違いのままで終わらさない為に。





☆☆☆





そして、夜が明けて次の日。
写真でしか知らなかった彼女との邂逅は、自分で思っていたよりも早く訪れた。
……決して、望んだカタチではなかったが。


「おーい皆本、お客さんだぞー」


放課後にバベルを訪れる予定がある以外は、普段と何も変わりない一日だった。
変わりない学園生活の一コマ。何ということもない日常風景。
四限も終わり、さて昼飯でも食べようかと鞄から弁当を取り出したとき、級友から声がかかった。
そう交友関係が広いわけでもない僕に、わざわざ名前を尋ねてまで教室に来るような物好きはいない。
なんだろうか。
目線をドアに向けるとそこにいたのは背の低い、まだ未成熟な、それでいて将来を感じさせる女の子。
中等部の制服に身をまとった、特務エスパー。
花宴澪。


「えっ?!」


あれ、ちょっと待って。
会うのは今日の夕方、バベル施設内の予定だったはず。
なんで彼女が、今ここに。わざわざ僕を訪ねに。
とっさに混乱する頭を整理しようとしたが、もう遅かった。
案内してくれた級友に礼も言わず、彼女はずかずかクラスに入り込んできて
機を逸した僕は机に釘付けになり、動き出す事も立ち上がる事も出来ないまま。
なんだなんだと、クラスメイトも動きを止めて、ついに彼女と僕が相対する。
弁当を抱えた僕と、腕を組んだ彼女の間に重い沈黙が横たわる。
遠巻きにするクラスの連中も、立ったり座ったり、はたまた横から覗いたり、思い思いに成り行きを見守っている。
彼女は僕をなめるように上から下まで見渡して、最後に目を見た。
交わしたままに見返してみれば、ただでさえツリ目気味なのが余計つり上がっている。
彼女は一体どうしたいんだろう。
挨拶か、喧嘩か、それとも場所を変えるのか。
ため息をついたかと思えば、あの写真よろしく。
腰に手を当て眼鏡に付きそうな勢いで右腕を振りかざす。
すわ、と身構えても拳が頭をたたくなどと言った事はなく、眼前にあったのは手紙。
僕の頭がどういう事か認識して少し経ってから、彼女の手からそれを受け取ろうとして
しかし、僕の手は虚しく空を切り
代わりに、彼女は手紙を勢いよく机に叩き付けた。
そして、ただ一言。



「渡したからね」


それだけ言うと、彼女は元来た道をずかずか帰っていった。
あっけに取られて机の上の手紙に視線を落としてみると、一転騒ぎ出したのはクラスメイト達。
周りは既に痺れるような沈黙から、クラス中蜂の巣をつついたような大騒ぎへと変貌していた。
はやし立てる声に負けず、爆弾解体業者の心持ちで、右手で持ってみた手紙をまじまじと見詰める。
やっぱり女の子だからかハートマークの封をされた可愛らしい、でもありふれた何処でも売ってそうなモノだった。
しかし、僕の第六感は警鐘を鳴らしまくっていた。もうエスパーではないというのに。
勇気を振り絞ってそっと封を開て、中から現れた紙に目を通す。
そこにはとても短い、しかし心情を端的に表す一文が記されていた。
それだけで良かったと言うべきか、悪かったと思うべきか。
安堵感と疲労感とが、同時に溜息として零れる。


「皆本ー、内容は何だった?
 やっぱラブレターか? ラブなのか!?」

「何故強調する。単なるイタズラだよ。
 あるいは罰ゲームか何かだろうさ」


見せろ見せろと詰め寄るクラスメートに、抵抗もせず内容を見せてやる。
予想通り、それを見た相手は何とも言いにくそうな怪訝な表情を浮かべた。
そんな顔付きになるのも当然だろう。
何だか解らない、ということを示すように
僕も苦笑いを見せながら、再度その手紙に視線を落とした。
やっぱりそこにあったのは酷く端的で、とても感情的で、激しく攻撃的な一文だけ。


『あんたなんか認めない!』





「……ちょっと早まったかな?」

「ん、何がだ?」

「こっちの話さ」


あるいは、色々と遅過ぎたのかもしれないけどね。
続く言葉を喉もとで飲み込み、数日前と同様、窓から空を見上げる。
やはりここから見る空は遠く、その距離に見ているだけで気が滅入ってくる。
けれど今なら、手を伸ばせばあるいは届きそうな、そんな気がした。





とおり・豪・咆牙紫苑による合作です。
さてさて、突然の投稿でびっくりされたでしょうか。
単行本第五巻末、没ネタとして紹介された「ツインテールヒロイン」などで持って再構成した、絶対可憐チルドレンの幕開けでございます。
ひょんな事から三人での合作となりました。
この先どうなっていくのか、作者陣も楽しみにしている物語でございます。
月一回、全十二話予定ではございますが、予定は未定ですので、どうぞ首を長くして次回作をお待ちくださいませ。
ではでは。

※08年06月挿絵追加しました
※09年1月改訂実施
※10年6月改訂実施





http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9866 第一話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9899 第二話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9931 第三話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9994 第四話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10047 第五話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10048 第五話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10079 第六話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10080 第六話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10119 第七話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10243 第八話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10374 第九話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10375 第九話中編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10380 第九話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10383 ショートストーリーズ1はこちら

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