☆☆☆
このショートストーリーズでは、本編の幕間にあったお話を綴っていきます。
本編の補完的な意味合いも持たせていますが、時系列が前後する場合もございますので、一体いつ頃の時期なのか?ということは明記いたします。
読者様には、本編とはまたちょっとだけ違った「ベターハーフ!」をお楽しみいただければ幸いです。
今回は、プラント襲撃事件(9話終了時点)も終わった後、年明けのお話となります。
またはっかい。様には挿絵の使用許可いただき、誠にありがとうございました。
では、お楽しみくださいませ。
☆☆☆
二十一世紀。エスパーは増え続けていた。軍事、外交、経済……エスパーはあらゆる場で活躍し、国際競争の鍵を握っていた。当事者からしたらそんな重圧なんて鬱陶しいもの以外のなんでもなかったけれど。ESPを制する国が世界を制す? 一体どこの誰がそんな傍迷惑なこと言い出したのよ。ちょっと出て来なさいぶっ飛ばすから。
まあともかく。現在となっても高レベルエスパーってのは少ない。何しろ超度レベル4以上の高能力エスパーは全体の3%以下。それ以上になると更に減り、最高レベルとされる超度7持ちなんて言わずもがな。今の日本には一人もいやしない。
けど、嘗ては居た。たった一人。それも三種の能力持ちの上その全部が超度7、なんてとんでもない奴が。そいつは滅茶苦茶なパワーと破天荒な性格で色々と伝説を作った挙句、ある事故で消えていった。傍迷惑な話だ。そいつがやりたい放題やってたせいで、その双肩にかかってた期待と不安をぜーんぶこっちが引っ被る羽目になったんだから。しかもエスパーへの 期待と不安を思う存分高めてくれたっていうおみやげ付きで。残された側からすりゃめんどくさいことこの上ない。
いつか会ったならそいつに文句の一つでも言ってやる。出来るなら十くらいは。叶うわけないだろうと思いつつも、あの頃はよくそう思ったもんだ。
しかして。何の因果だか、時は巡り。私は、その時言えなかった文句を思う存分、
熨斗をつけて言えるようになっていた。
そう。
「あけましておめでとーございます。ことしもよろしくおねがいします」
「……少しは愛想ってモノを身につけたらどうなんだ、まったく」
――このムッツリエロ馬鹿眼鏡に。
ベターハーフ! ショートストーリーズ1
「そりゃあんた、見せる必要がある相手じゃないもん」
「……一応僕は君より年上で先輩でかつ今は担当主任なんだが」
「だってメガネだし」
「理由になるかっ!?」
叫ぶバカ。おーおー肩で息しちゃって。見てるこっちとしては結構楽しいけど。そんな風にイチイチ物事気にしてるとハゲるわよ? ただでさえデコ広いんだし
「額が広めなのは昔の傷のせいだ。心配しなくてもハゲる予定は無い」
小声で言ってたの聞こえてたか。ち。予定は未定って言葉を知らないのかしら。頭悪いわ。そういやこいつの額の辺り、結構大きな傷があったっけ。眼鏡かけてるのもその傷の後遺症で視力が落ちたからだとかなんとか。まあ今のあたしには関係の無い話だけど。
それにしても、だ。
「あー、まったく。なんで正月も一日からあんたの顔なんて見なきゃいけないのよ」
「仕方ないだろう、バベルの恒例行事なんだから」
「恒例行事って……あたしは一回も参加したことなかったわよ」
「そりゃサボってたんだろう、君が」
「えー、と」
言われてみりゃそうだったかもしれない。毎年毎年、正月はコタツに篭ってごろごろするのがならわしだったし。おせちはあんまり好きじゃないから代わりに年末買いだめしておいたお菓子を主食にしてたし。初詣とかまともに参った記憶なんてないし。そもそも誘う友達もいなかったし、ね。
……まあ確かに、人から見ればあんまり誉められたもんでもなかったかもしれない。
「い、いいじゃない。人にはそれぞれお正月の過ごし方ってもんがあるのよ」
「どうせ君のことだ、怠惰な正月だったんだろう。休むなとは言わないが、もう少し節度を持った過ごし方をした方が――」
「だー! うっさい! あんたはあたしの保護者か!」
「一応、君の担当主任だからな。強ち間違ってないさ」
「ふん」
しれっとした顔で言うバカ。
そうなのだ。口惜しいがこいつ、皆本光一は。一応あたし、
花宴澪の上司で担当主任なのだ。って言っても年はそんな離れてなくて、あっちも未成年。なにしろ制服着て任務に行くような奴だ。……いやまああたしもおんなじだけど。エロ本机の中に隠してるような変態だし? 朧さんに微笑まれて真っ赤になってるよーなバカだし? ナオミにデレデレしてるよーな奴だし!
あー、なんか知らないけどムカついてきた。
「なんだ澪、さっきから変な顔して。百面相の練習か?」
「うっさい!」
一瞬念動力サイコキネシスでこのムッツリメガネをぶっ飛ばそうと思ったけど、自粛する。少し前までのあたしなら問答無用でやっていただろう。あたしも心が広くなったもんだ。持ってきたポッキーをかじりつつ思う。
……それにしても。
「見事なまでに人、いないわね」
「そりゃ、バベル専属というか、専用の神社だからな」
こいつの答えに、あたしは改めて周囲を見渡した。
いない。そりゃあもう、見事なまでに。いや、正確にはいるけど、ポツポツという程度。今日は一応元旦だってのに。毎年今日辺りテレビに映ってる、満員になった寺やら神社などとは別世界だ。そりゃ出来ればあんなの味わいたくないけどさ。
ついでに言えば、そのポツポツといる少ない面子だって大体は知った人達。あっちで物食いまくってる獣女とか、その横で財布の中身を見て溜息ついてるその相方とか。
あ、ナオミが変態オヤジをぶっ飛ばした。
「おー、見事に飛んでるわねー」
「ああ、ナオミちゃんさらに腕を上げたみたいだな。おちおちしてられないぞ、澪」
「とか何とか言って。注目してたのは超能力そっちの方じゃなく、服装のことなんじゃないの? 綺麗だもんねー、ナオミの晴れ着姿」
「……そんなわけあるか」
とか何とか言ってこのムッツリスケベは否定するが、それだけで超度レベル6の接触感応能力者サイコメトラーでもあるあたしを誤魔化せると思ったら大間違いだ。ほら、やっぱりちょっと動揺してる。直接触らなくてもわかるわよ。このエロ眼鏡。
「ま、『赤を基調にした振袖、確かにナオミちゃんに似合ってる』とか思ってるのはさておいて」
「……お前な」
「さて置いてあげるとして。
思ったんだけど、この神社、一体何の為にあるのよ」
あたしはこのことを一つ貸しにし(帰りにでも菓子の詰め合わせ辺り買わせてやるつもりだ)、ここに来た時からの疑問をぶつけてみた。
そりゃウチ――BABELは内務省の直属とか言う話で、細かいところはわかんないけど、予算が潤沢にあるらしい。だから専用のヘリやらなにやらあるし、設備も最新のモノが色々と揃っていると聞いた。…その割には人のお菓子代ケチるのはどーかと思ったけど。エスパーのメンタルケアの為なんだから、専用の予算くらい組みなさいよ。億単位でばーっと。
……あ、いやまあそれはともかく。
確かにこういう神社を建てるくらいのお金はあると思うけど、それがBABELに必要なものかと言えばあたしは「?」だ。だって神社よ? 超能力だとなんだの研究してるトコが。幾らまだ解析できてないからって神仏に頼ってどーする。
てなわけで、割と内部事情を色々知ってるこの眼鏡に聞いてみたわけだけど――。
「え、ええと……それはな。これまで色々な理由で亡くなったエスパー達の鎮魂の為だ、ってことで出来たんだよ」
「鎮魂?」
眼鏡の言葉。理由はご立派だけど、その言い方がなーんか引っかかる。
「ほ、ほら、東京にも戦死者の慰霊を司る神社があるだろう? あれと同じさ。過去の戦争で国の為に戦ったエスパー。BABELの特務エスパーとして任務に就き、惜しくも殉職してしまったエスパー。他にも色々と、ね。特に最初のはノーマルの戦死者と一緒に奉ったりすると『あいつら』が五月蝿かったりするっていうから別個に奉ることにしたんだよ。
まあ、それでも不平の声はあるんだけれどね」
「――ああ」
あいつら、とは『普通の人々』のことだろう。エスパー排斥主義者、その中でもかなり酷い思想を持った奴らの集まりだ。幸運というか、つい最近まであたしは係わり合いになったことはなかったが、あの文化祭とプラントでの出来事は記憶の底に染み付いている。なるほど、あいつらなら『エスパーなんぞを奉るなー!』とか言って神社丸ごと爆破しかねないわね。傍迷惑極まりない話だけど。
「他にもエスパーがそういった危険を感じさせず参拝できるようにするためだとか、色々な理由はあるんだけどな。まあ主だったのはそういうもんだ」
「ふーん」
おかしいわね。やっぱりなんか隠してる。ここはあれだ、全部暴いてやらねばなるまい。
そう思ってあたしは、なんか慌ててちょっと注意力が薄れている皆本の手に触ろうと――
「ふむ。それだけじゃないだろウ? 皆本クン?」
「きょ、局長ッ!?」
聞きなれた声にあたしが上を向くと、そこには桐壺局長がいた。彼の後ろに立ち、肩をぽんぽんと叩いている。マジか。一体いつのまに近づいてきたんだこのヒゲオヤジ。
さらにその横を見てみると、秘書官の朧さんまでいる。この人もこの人で時々神出鬼没だ。
「さっきから少し聞いていたが、またとってつけた理由だネ? 皆本クン」
「あ、いや、でもここが建立された理由としては間違ってないと思うんですけど」
「確かに嘘はついていらっしゃいませんけど、でも話していないこともあるんじゃないですか?」
「そ、それは……」
二人に言われるこいつ。あたしに問われた時と違い、あからさまに慌てている。一体どういうことだ。
「えーと、なに? なんとなーく気付いてたけど、やっぱりさっき話した理由だけじゃないの?」
「うむ。そうなのダヨ澪クン。実はね、この神社の建立された、その目的は――」
「ちょ、ちょっと待って下さいきょくちょ――ごふうっ!!」
何とか止めようとするバカをサイコキノで黙らせる。ふふ、この三人が密集してる状態で対象だけに重圧かけるなんて成長したものよねあたし。今だけはあんな訓練を毎日やらせてたこいつに感謝しよう。
でもって止める相手が居なくなった局長は当然のごとく言葉を続ける。
「――皆本クンのせいなのだよ」
「へ?」
こいつの? それってどーいうこと?
「いやネ? 昔、彼の情操教育の一環の為にとある年の正月、初詣に誘ったことがあったのダヨ。けれど彼は
『人が多くてめんどい。それに超能力使っちゃいけねーなんてかったるくてやってられねーよ。こんなもん、ぽーんとテレポートしてぽーんと上から賽銭投げて、ぽーんと帰ってくりゃ終わりじゃねーか。あ、そうだ、いっそ賽銭だけ飛ばしてテレビの前で手を合わせよーか? あ、そうだ。それがいい。それにきーめた♪』
とか言ってネ? 行ってくれなかったんだヨ。かと言って、彼の言うとおりにさせるわけにもいかなかったからネ」
「それで以前から検案していた『エスパーを鎮魂するための神社仏閣』の建立に着手したという話です。以前は中々予算が下りなかったそうですが、『ザ・チャイルドのため』という名目の下で新たな計画書を提出したらすんなり通ったそうですよ?」
「……マジ?」
あたしの問いに、うんと頷く局長。
つまりアレか。この豪華絢爛な神社は、この頭抱えて震えてるこいつの我儘で出来たってことか。
いやまあ、以前から―そう、それこそ半年前、本人と出会う前から何度も話は聞いていた。
ザ・チャイルド。あたしと同じ、念動力サイコキネシス ・瞬間移動能力テレポート・接触感応能力サイコメトリー の三種の複合能力者であり、しかもその全てがあたしを上回る超度七を記録したという脅威のエスパー。あの事件の後、互いを知るため、とかいう理由で見た(当人はすんごい嫌がってたけど最終的に局長や朧さんの説得に折れた)過去の映像の中に、それは居た。
あたしより年下の、まだ10歳にもなるかならないかっていう年頃の少年が、座礁した石油タンカーをそのこぼれた重油ごと持ち上げ、汚染を食い止める。公式世界記録なんぞ鼻で笑えるほどの連続・かつ長距離テレポートで音速超えの戦闘機をもぶっちぎる。たった一回のサイコメトリーで逮捕不可能とも言われていた凶悪連続殺人犯の正体から手口まで、その全てを突き止める。
それはまさに、あたしが噂で聞いていた、BABELの『伝説』に相応しい力だった。
……んでもって、もう一つの『伝説』も。
天上天下唯我独尊。能力も高いがそれに比例するよーに性格も捻じ曲がってて、障害物は問答無用でぶっ飛ばす。敵対したエスパー犯罪者はサイコメトリーで恥ずかしい過去を洗いざらいバラした上、サイコキネシスとテレポートを使い無限フリーフォール。「ゲームがクリア出来なかったから」とそのやっていたパズルゲームがよろしくBABELの機材をぽんぽん上から積み上げ、一列揃ったら「消した!」と叫びその列丸ごと押し潰す。襲い来る「普通の人々」が片っ端からボロぞーきんのようになるまで人間お手玉にされているのを見たときは、あんな目に遭わされた後にも関わらず、彼らに対して同情の念を抱いたくらいだ。
そんな映像の少年とあたしの隣で顔を青ざめさせながらふるふる頭を横に振り続けるメガネの姿がどーしても一致せず『こいつがマジでこのムッツリスケベ頭でっかちなのか。実はこいつの生き別れた弟とかただのそっくりさんじゃないんだろーか』そう一瞬本気で思ったくらい、二人は別人だった。
ちなみに。映像を見終わったあと画面の中の奴の勝手気侭ぶりについて今の本人に色々言ってみたら『ほれ』と鏡を向けられ、直後このメガネを本気でぶっ飛ばしたことを追記しておく。
……あたしはあんな無茶苦茶じゃないわよ。
「あの訓練室といい、この神社といい……あんた無茶苦茶やってたのね」
「言うな。いやホントに言わないでください」
もう重圧とかかけてないってのにその場に這いつくばったままのバカ。当時の行動は今のこいつにとってトラウマっぽい。まーありゃ確かにこっ恥ずかしいかもね。
「だからここには来なかったのに…あの頃のこと思い出すから」
「あーら、それじゃあの頃が悪いことばっかりだったみたいじゃない? ねえ奈津子」
「そうそう。皆本君と私達との愛の日々はそんなに嫌な出来事だったの?」
「愛の日々とかはさて置くとしてそういうわけじゃないんだけど…ってちょ、離れて二人ともー!?」
叫ぶ眼鏡に「「いやー♪」」とハモりながらさらに抱きつく『ダブルフェイス』の二人。三人してうにゃうにゃ絡み合っている。そういや二人もこいつが特務エスパーだった頃からの知り合いだったっけか。何か前にも色々言ってたような気が。
「そういえば皆本君、昔膝枕したことあったよねー。折角のお正月だし、大サービスでやってあげよっか?」
「え? ちょっと、それは」
「ダメよほたる。彼ももう大人なんだから膝枕なんて。ここはアダルティに胸枕といきましょう?」
「ってもっと酷い案が出てるー!?」
「あらいいわね。その意見賛成ー♪」
「待ってぇぇぇ!」
「…………」
あたしはそのまま無言で回れ右。そこに立っていた局長と朧さんにぺこりと一礼。
「どーにもこーにもなりそうにないんで、あのバカほっぽってあたし、ちょっとこの神社を散策してますね。ここ、来るの初めてなんで」
「え、ええ…」
「そ、それは構わないが……神社からは出ないようにしてくれヨ? さっき言った建立理由もあって、特に今の時期はエスパー排斥派の介入が懸念されるからネ。警備には万全を期しているガ、万が一の可能性は否めないカラ」
「ええ、くれぐれもわかってます。
――それではまたのちほど♪」
あたしの顔を見た途端、かちんと固まっている二人に一礼。私は本殿の反対側へと歩く。散策したい―というのは嘘ではない。嘘ではなかったが、暫くの間、あのバカから離れていたかったのだ。
決して『ダブルフェイス』に抱えられて色々されたい放題されてるくせにあのムッツリからは不快な感情が流れ込んでこなかったから、ではない。
違うんだってば。
十分後。あたしは露天で売っていたりんご飴も食べ終わり、そこらを歩いていた。しかし参ってる人は二十人もいないだろーに露天があるなんて。これもまた、子供の頃のあいつが何か言ったせいだろうか。『こういうとこには露天がねーとダメだろ!』とか何とか。実際ありえそーだ。
……あいつの顔を思い出したらなんかムカついてきた。
「やあお嬢ちゃん。御神籤一回どうだい?」
「おみくじ? あたしそういうことするのに回すお金は一銭もないんだけど」
買ったからって別にそのお陰で幸せになったりするわけじゃなし、だいたいそんなお金があるんだったら好きなもん買ってるわよ。お菓子とかお菓子とかお菓子とか。今日の賽銭だってあいつか局長に出させるつもりだってのに。
けど、そのおみくじ屋(っていうべきなのか)のおっちゃんは軽く首を振る。
「いーさいーさ。大体ここはBABELの神社だからね。特務エスパーの人ならこのくらいタダにしても」
「そう? なら」
タダってんなら話は別。あたしはおっちゃんから渡されたでっかい箱(聞いたら御神籤箱とか言うらしい)をかしゃかしゃ振って一本取り出す。そしてあたしから棒を渡されたおっちゃんは棒に書いてあった番号の箱から一枚取り出し、あたしに渡した。
……ええと、なになに?
「小吉かあ。まあそんなに大したことはないけど、凶とかやられるよりはマシね」
まずは一安心。けど以前ナオミから聞いた話曰く『こういうのは吉とか凶とかより、寧ろその後に書かれてあることの方が重要』とのことだ。
私の場合は、と。
「――『待ち人はすぐ近くにあり』か。中々洒落ているね」
「っ!?」
突然の声に、驚いてあたしはそれがした方向を見る。その方向自体は問題ない。何故ならさっきから居たのだから。
けれど、その口調、声色は――。
「あんた……まさかっ!?」
あたしは右手をその対象に向かって掲げる。そう、さっきまであたしと話をしていたおっちゃんへと。
けれど違う。こいつはさっきまでのおっちゃんじゃない。見た目は一緒だけれど、声から雰囲気から何もかもが変わっている。
「慌てないで欲しいな。僕は君を傷つけるつもりなんて毛頭無いって言うのに」
「うるさいっ!!」
あたしは問答無用でフルパワーのサイコキネシスを叩き込む。一発で店は崩れ、そいつがいたところは瓦礫の山と化した。
けれど。
「――ふう、新年早々ご挨拶だね。
災禍の魔女」
「兵部……京介っ!!」
後ろから聞こえてきた声に、あたしは振り向く。そこにいたのは紛れもない、あの男――学園祭の時も、プラント事件の時にも会った、若白髪の男だった。最早姿すらも隠そうとせず、あたしの背後に浮いている。あの時と同じように、余裕ぶった笑みで。
「ほう。僕の名前を憶えていてくれたのかい。それは光栄だね」
「忘れるわけないでしょうが! っていうか前も言ったけど人をそういう不吉な名前で呼ぶなっ!!」
大体光栄って、そう思わせるようにしちゃ碌な会い方しかしてないっての。あんなので思ってくれると考えてる方がバカでしょ。バカ。
エスパーによる犯罪組織・パンドラ。そのトップに立つ男、兵部京介。サイコキネシスを始めとする多数の能力を持つ複合能力者。その能力は強力且つ多彩で、全容はBABELでも未だ未知数。出力ならともかくその種類と応用範囲で言えば、ザ・チャイルドをも超えるという化け物だという。
そして……あたし達にとっても因縁浅からぬ相手。
「そうだね。実際に戦うとすればともかく、あの時に見せてくれた力と真っ向からやりあったら僕でも敵わないよ。あれは本当に素晴らしかった」
「勝手に人の心を読むなっ!」
「おっと失礼。けれど君も酷いな。命の恩人に向かって」
「よくもまあ、ぬけぬけと」
確かにこいつは学園祭事件の時、あたし達を助けた。けどあいつは―あのバカ眼鏡は言ったのだ。「全てを誘導した、な」と。
あいつが言ったとおり、確かにあの日、いくら学園祭で警備が薄めになっていたといえど、だからこそ警戒されていた状況であんなことを早々行えるはずなどなかったのだ。あんな強力なECMを二機も運んだにもかかわらず、事前にバレなかったという事実。後日、警備の連中、そして捕まえた『普通の人々』から得られた証言。それらがあいつの推測を裏付けていた。
即ち――彼ら『パンドラ』があたし達へ上手く接触するために『普通の人々』に手を貸していたことを。それも、恐らくは奴ら自身知らないところで。
「ああいうのは『命の恩人』じゃなくて『出来レース』っていうのよ。……まさかこのおみくじ。これもあんたの差し金じゃないでしょうね?」
あたしは左手に持っていたおみくじを兵部の前に突き出す。けどこいつは意外なことに首を横に振った。
「いや? 確かに君に渡す前に軽く内容は読ませてもらったけれど、それ以外には何も介入してないよ。君があの番号を引き当てたのも、僕があの紙を君に渡したのも、全部偶然さ。まあ、未来がそう定められていた可能性はあるけれどね」
「は? 未来が決まってる? んなわけないでしょうが。あんたこないだもそんなこと言ってたけど、超度七の予知能力者プレコダだって確実に未来を見通せるわけじゃないってのに」
肩を竦める兵部に言う。実際、予知能力なんて天気予報と一緒だ。100%云々って言っても起こらないこともあるし、逆だってある。起こっても違う場所や違う人間に、また違う理由で起こりえる。だからBABELじゃ多数の能力者を使って精度を上げようとしているのだ。
それに大体、『確実な予知』があるってことは、未来が何しても変えられないってことになる。そんなのは正直ごめんだ。
「――そうだね。僕もそう思うよ」
「は?」
意外なことに、こいつはあたしの発言を肯定した。そして心は読めなくともその目が語っている。今の言葉が嘘じゃない、と。
「そう意外に思わないでくれよ。僕も君と同じように、未来は確定されない、変えられると信じたいだけさ。そして君や彼―ザ・チャイルドに、僕が描く未来、その手伝いをして欲しいと思っている。これも本当だ。まあ、今すぐ同意してくれるかどうかはともかくね」
「……それは、あんたの望む『未来』でしょ?」
あたしの問いかけに兵部は頷くことも首を振ることもないまま、静かにこちらを見つめ続ける。
こいつが言う『未来』っていうのは多分、『ノーマルがいない世界』なんだろう。こいつの過去に何があったかは知らないがあの学園祭の時の言い草から、ノーマルに対して深い恨みがあるのは容易に検討がつく。そしてそれはあたし達に―特にあいつにとっては、許容できるものではないだろう。兵部にとってあいつは今もエスパーで、そして力を、あの時出したような力を完全に取り戻すことを望んでいるようだけれど、今の、少なくともあたしにとってあいつはノーマルで、そしてあいつ自身はその両方が揃ってあいつなんだろうから。
それがわかっているから。わかったから。あたしは、そんなこともわかっていないこいつに言った。
「あたしもあいつとおんなじ意見よ。少なくともあたしにとって、あんたが今言ってる歯の浮いた言葉なんかより、あいつやみんなと過ごしたこの半年の方がよっぽど真実だわ。
災禍の魔女? ザ・チャイルド? 違う! あたしは花宴澪! あいつは皆本光一! 人の名前くらいちゃんと憶えときなさい!」
声と一緒にフルパワーのサイコキネシスで兵部の奴をぶっ飛ばす。けれど食らった当の本人は涼しい顔をして吹き飛ばされたかと思うと、その勢いのまま高く浮かび上がった。あの時のパワーでも簡単に回避してたこの男だ。あたし一人の力じゃこんなことじゃないかとは思ってたけど、やっぱ悔しい。
対して兵部の奴は、満足そうな顔でこっちを見ていた。
「以前よりもパワー・精度ともに上がっている、か……流石だよ。この調子だと次に会う時同じことをされたら違う展開になっているかもしれないな」
「うっさいこの野郎! 今度なんていわず今ぶっ飛ばす!」
余裕ぶったその態度にムカついたあたしは叫んでそのまま兵部を追撃しようとしたが、超能力が上手く使えなかった。そういえば今まで失念していたが、こんなに騒いでいた上、さっきにはあたしが店をぶっ壊したっていうのにこちらに来ようとする姿が誰一人としていない。普通なら誰か、例えば奈津子さん辺りなら確実に気付くはずだ。なのに全くそういった様子は無い。つまりこいつが何か干渉をしているんだろう。
あたしの表情から大体考えを読んだんだろう、兵部がくすりと笑う。
「さっきも言っただろう? 君達に危害を加えるつもりは毛頭無いって。さすがに攻撃されると面倒だからちょっと小細工させてもらったけどね。
そもそも今日は他に用があってね。君達の顔を見に来たのはそのついでさ」
「な…本命の用ですって!?」
「ああ、そんな顔をしなくてもいいよ。君達は言わずもがな、今回ばかりはBABELに何かするつもりもない。来ているのだって僕一人だろう?」
確かに学園祭のとき隣にいた黒髪モジャモジャ野郎も今はいない。プラント事件の時は一人だったけど。どこまで信じられるかはわからないが、丸っきり嘘でもなさそうだった。
そんなあたしの心中を知ってか知らずか、視線の先に立つ若白髪は小さく息をつくと、微かに笑みを浮かべた。
「今はまだ、ここにいればいい。BABELに居た方がいいこともあるだろうからね。
けれど近いうち、君達は知るだろう。自分達がどれだけ無知だったのか。そして君達の知らなかった『真実』を。その時、道を選ぶことになる。
その時君達の選ぶ道が、僕達のものと同じであることを願うよ」
それだけ言うと、今度は本殿の方へと目を向ける。少し遠かったからはっきりとはわからなかったが、それでも私には、兵部の顔が少し、ほんの少し悲しそうな顔をしているような気がした。
「ああ。ノーマルは気に食わない。気に食わないけれど――
こういうことをしてくれたのは、ほんの少しだけ、感謝するよ」
かすかに目を閉じ、そんな風にぽつりと呟いて。
兵部京介は、空へと消えていった。
「……なんだったのよ、まったく」
人を挑発するだけして去っていきやがった。今度会ったら絶対ぶっ飛ばす。憶えてなさい。
いや、ぶっ飛ばすだけじゃ足りないわね。この際だし、あの映像の中でチビだった眼鏡がやってたみたいに
「澪、なにしてるんだ?」
この半年でうんざりするくらい聞きなれた声に、あたしは後ろを振り向く。
そこにいたのは、やっぱりあたしの予想通りで。
「なによ。おねーさま方にモテモテなムッツリスケベくん」
「全く減らず口だな。さっきも言ったが、少しくらいは愛想を見せたらどうなんだ? というかせめて人のことを名前で呼ぶくらいしろ」
「イーヤ。悔しかったら呼んでもらえるようになりなさいな」
手をひらひらふるあたしに溜息一つつく皆本。そこであたしの手にあるものに気がついたのか、尋ねてきた。
「ん? それはひょっとしておみくじか?」
「あ、うん。そこでやったんだけど」
言って店の場所を指そうとして……気がついた。
やば。そういやこの辺り全部滅茶苦茶にしてたんだった。
また鬱陶しい小言を聞くことになるのか、いや、ここは兵部のことを話してあの野郎に責任全部負わせてやろーか、などいうことを考えてたあたしだったが、
「ん? そんなところなんて無いぞ」
そう続けられたこいつの言葉に、あたしはきょとんとなった。
「――は?」
慌ててその場を見る。
果たして、そこには何もなかった。ぶっ壊したはずの建物は当然、だからこそ残っているはずの建物の残骸もだ。いや、そもそもそういったものがあった痕跡自体が見当たらない。綺麗さっぱり、そこにあるのは他と同じく小石を敷き詰めた地面だけ。
「確かにおみくじを引けるところはあるけど、それはあっち。ここからちょっとはなれたところだ。正月早々冗談か?」
「ち、違うわよ!」
何故かと思ったが、すぐに気付いた。兵部の奴が催眠か何か使っていたのだ。超能力が一瞬使えなくなったのもそのせいか。やってくれる。これじゃあたしがただの馬鹿みたいじゃないか。狐に化かされたってのはまさにこういうことだろう。どっちかってーとノリが狸っぽいけど。アレは。
「あんの野郎……」
「野郎?」
「なんでもないわよ」
首を振る。今の様子からして、こいつの方はどうやら兵部に会ったわけではないらしい。つまり今回、あいつはあたしにしか顔見せしなかったってことだろう。もともとあいつはあたしより寧ろこのムッツリの方にご執心のようだったから、そのこいつに姿を見せなかったってことは、「あたしらの顔を見に来たのはついで」っていうのが満更嘘でもなかったってことか。
ならわざわざ言う必要もないだろう。ぶっちゃけ説明するのもめんどくさいし。
「何か腑に落ちないな」
「いーのいーの。で? なんであんたこっちに来たのよ」
兵部に会ってあたしにも干渉があったからって思ったならともかく。
後半は言わず、あたしは聞いてみる。
「え? ああ、お前、まだ参ってないだろ」
「……そりゃまあ」
参拝する前にこっちに来たんだからそりゃ当然だ。
「お前のことだからこっちから言わないとそのまま帰るとか言い出しかねなかったからな。それに局長が宣言してただろ? 『初詣はみんなで一緒に仲良くダヨ!』って。だから迎えに来たんだよ」
「……」
言われてこいつが向いた方向に視線を向けると、本殿へと続く階段に、皆が居るのが見えた。
局長、朧さん、ダブルフェイスの二人、ナオミにあの変態主任。あ、またぶっ飛ばされた。
ハウンドの二人もいつもみたいに騒ぎつつも、そこに立っている。
「みんなお前待ちだ。さっさと行くぞ、じゃじゃ馬娘」
「じゃじゃ馬は余計よ!」
急かす眼鏡にムっときて、あたしは先に駆け出す。
「じゃあみんなのいるところまで競争ね。あ、ちなみに後についた方が負けで全員分のお賽銭おごりってことで」
「待てなんだその地味にムカつく罰ゲームは!? というか勝負になるかそんなもの!」
「ふん、勝負の世界は常に非情なのよ! あ、ついでに正月の間のお菓子代も追加」
「何だと!? ますます負けててたまるかー! ふんっ!」
「あーこら! 袖にしがみつくな! このセクハラ眼鏡!」
「離したら即テレポートするだろうが! 逃してたまるか!」
「あらあら、新年早々仲がいいのね二人とも」
「駄目ダヨ皆本クン。そういう関係は認めないでもないが、せめて澪クンが高校に上がってからダネ」
「皆本君ってば随分と大胆になっちゃって。おねーさん何だかちょっぴりメランコリー」
「いやいや奈津子、ここは悲しむことなく皆本君の門出を祝ってあげないと。あとついでに記録もしっかりね♪」
「むう、あの二人に負けてなるものか! ナオミ、我々もエスパーと主任との間の親交をより深め」
「うっさいぶっ飛べこのクソ親父!!」
「面白そう! 初音、一緒に遊ぶー!」
「ちょ、ちょっと待て初音! お前が加わると話がややっこしくなるからやめろー!」
どたばたどたばたわいわいがやがや。
ドタバタの大騒ぎ。
「……結局こういう展開か」
「ま、いいんじゃない? あたしららしくて。あと袖から手を離せこのセクハラー」
「セクハラーってどこのポケモンだよ全く。まあでも確かにそうかもしれないけどな。僕ららしい、っていうのは。
悪くないさ。こういうのも」
「かも、ね」
あたしにとってこうやってお参りするのは初めてだったし、正月を家族以外の誰かと過ごすのも初めてだった。あたしほどじゃないにしろ、こいつも似たようなもんだったはずだ。エスパーだった頃のしこりのせいで今でも両親とは別居状態で、能力を失いBABELを辞めた後も色んな手続きを含め、親としての実質的な役割は局長がやってると聞いている。なまじ一応いる分、色々と面倒くさいことも多いんだろう。
「希望を言わせて貰うなら、今年こそはもうちょっと迷惑かけないでいて欲しいけれどね」
「そりゃこっちの台詞だっての。せいぜい足を引っ張らないでよ?」
「君がね」
「言ってくれるじゃない」
最初は人の顔色をイチイチ伺ってたくせに、まあ半年で随分と変わったわね。
まあ、それはあたしの方もにたようなもんだけどね。高校生の主任なんてふざけんなって絶縁状叩きつけた時のあたしが今って未来を知ってたらどう思ったことやら。
取り敢えず。
「ま、一応今年もよろしくって言っとくわ」
「なんか言ったか?」
「なんでもない! さ、さっさとお参り終わらせるわよっ!」
この先一体何が起こるかわからないけれど。あたしらが一体どうなるかはわからないけれど。それでもきっと、切り抜けられるって思う。
――そう、きっと。あたし達なら。
〜参拝後のちょっと後〜
「そういえば澪、お前おみくじもってたみたいだけど」
「ああ」(兵部のことやら後のゴタゴタやらですっかり忘れてたわ)
「結んどかないでいいのか? 木に」
「?」
「おみくじはその神社の木に結んでおくってならわしがあってな。神様と縁を結ぶ為にそうするんだけど」
「ふーん。神様云々は信じてないけど、一応結んどいた方がいっか。えーと、木は、と。あったあった」
「っておい、何で飛ぶんだ?」
「神様に見てもらうんだから空に近い方がいいでしょ? それとも飛んじゃだめとか言わないわよね。ここにいるのはBABEL関係者だけなんだから、別に超能力使っても何の問題も――」
「ああ、それ自体はいいんだけどな」
「へ?」
「その……見えるぞ? 着物の中」
「――――!!」
「あ、こら、折角忠告してやったってのに!
いや待ってくれ、一応言っておくが僕は見てな」
「うっさい黙れそして死ね――!!!」
どっかーん!! 「……で、新年早々めでたくもご入院となったわけだ」
「えーそーですねー」
「しかしまあおかげで暫くは任務に駆り出されることもなく勉強に集中できるぞ? 良かったな、受験生」
「この状況がいいと、そういうわけですか賢木先生?」
「いいんだよ俺に比べたら! お前俺なんて局長に『特務エスパーはこれで勢揃いだね』なんて思われたんだぞ!? 俺いなかったのに! つまり俺は特務エスパーとして、ってか存在自体認識されてなかったんだぞコラ!!」
「やつ当たりかドアホ――!!」
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