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ベターハーフ! 九話前編


☆☆☆





前回までのあらすじ


とある縁からチームを組むことになった元エスパー・皆本光一と三種の能力を持つ合成能力エスパー・花宴澪。二人は当初反目しつつも様々な事件を経て、その絆を深めていく。
そんな折、彼らが通う学園祭で反エスパー団体「普通の人々」によるテロが発生。彼らは苦戦しつつも仲間エスパー達と協力し、事態を打開しようとする。
しかし彼らもどうにもならなかった時、ひとりの男が現れた。兵部京介。エスパーによる犯罪組織・「パンドラ」の首領であり、自身優れたエスパーである彼は、皆本を嘗ての名「ザ・チャイルド」、澪を「災禍の魔女」と呼び、パンドラへ勧誘する。
しかし兵部が事件に関与している気付いた皆本はその提案を拒否。彼への怒りをあらわにする。その時、嘗て失ったはずの力が皆本の体を駆け巡る。
澪との絆か。その力は嘗ての彼自身をも超え、兵部を撃退し事件も解決したかに見えたその最後、「普通の人々」に銃で狙われる澪を皆本はかばった。
重傷ながら命を取り留めた彼が澪と再び会ったその時
彼女が起こした反応は、歓喜の涙でもなく、命を顧みない行動への怒りでもなく、ただ―――拒絶であった。





☆☆☆





−ベターハーフ! 九話−





乾いた音が辺りに響いた。



手の甲に感じた熱さが痛みへと変わり
ようやく自分自身が叩かれた事実を知る。

視線の先に在るのは、解り易い結末だった。
ただ見つめ返しただけで、瞳に浮かべられた感情の色が深まる。
恐怖と隔意と拒絶。否定で凝り固まったそれは表情ばかりじゃない。
すぐに距離を取ろうとした様子からも、此方へと向ける想いは推して知るべきで。

此処に一つの関係が終わっていた。
かつて在っただろう絆は死に絶えていた。
眼前の相手と自分とが、例えどんな関係だったのだとしても
今この場では、何の意味も持たない過去の残照に過ぎない。



それでも、僕の唇は言葉を紡ごうとする。
目の前の相手に相手に呼びかけようとする。
初めは希望へと手を伸ばす、そんな行為だった。
けれど幾度も夢に見るうちに、意思は惰性へと変じて
今となっては、この時に得た失望を忘れない為に。

何度も繰り返した愚かな過ちを、僕は今もまた繰り返す。





――――――――おかあさん





薄目を開けて、天井を見上げた。
もう何日、ここに籠もっているだろう。
カーテンを閉め切った薄暗い病室で、まんじりともせず過ごす時間。
長いのか短いのか、そんな感覚さえも朧に溶けて交じり合う。
だからなのか、こうして懐かしい記憶を夢に見たのは。



「初めて手を払われたのは、あの時だったかな・・・・・・」



エスパー時代、手を払われた経験はいくらでもあった。
覚えているだけでも、それこそ数え切れないくらいに。
そのうち空しくなった僕は、いつしか手を差し出すのを止めた。
以来、超能力を振るう目的と手段が入れ替わってしまったのかもしれない。
他人に認めてもらおうとしゃにむになるのではなく、ただただ力そのものを奮う事で他人に認めさせる・・・・・・。
そうして、ますます他人との距離を作ってしまっていたことに
どこに出しても可愛くない傲慢な子供は、超能力を失うまで気づけなかった。
普通の人々にやられた傷の残る、澪に振り払われた手のひらをじっと見つめる。
記憶の底から浮かんできたのは原初の衝撃。
そう、一番最初に、恐怖と共に。
僕の手を振り払ったのは――――――母親だった。





『――――――――――近寄らないでっ!!』





あれは幼稚園にあがる前の小さな頃
本来自分一人では持ち上げられるはずもない
たくさん砂の入った、重いバケツを
なぜだか指先一つで軽々と持ち上げられたのが嬉しくて
大好きな母親に見てもらおうとしたのだけれど





―――あら、すごいのねえ





期待した優しい言葉と、柔らかく撫でてくれる暖かい手のひらは返ってはこなかった。
戸惑った僕が一歩近づくごとに、母親は一歩遠ざかる。
ねえどうしたの、ほらこんなことできたよ……。
母親に向かって差し出した手に熱い痛みが走り
その驚きで、支えを外したようにバケツがどさりと地面に落ちた。
瞬間つぶった目をゆっくり開くと、恐怖に怯えた母親の顏が映る。



「ふぇ、ふぇ……」

「お前、何をしてるんだ?!
 光一、そんなにびっくりしなくていいんだぞ」



泣き出しそうになった僕を
離れたところでタバコを吸っていた父親が、慌てて駆けより抱き留める。
きっと落ち着かせようとしたのだろう。
だけど頭に流れ込んできた父親の感情は、より一層、僕を戸惑わせた。
ごく自然に読み取れた感情(その時は聞こえたのだと勘違いしていたが)を幼い僕は感じたまま口に出した。
出してしまった。



「……お父さん、僕をどこに連れて行くの?
 びょういん……どこか悪いと思ってるの?」

「なっ?!」



目覚めた能力は、サイコキネシスだけではなかった。
テレパスにテレポートを加えた3種の複合能力が解放されていたのだ。
父親もまた、青ざめる。
怯え、顔を向けようともしなくなった母と同じように。
離してしまいたい。いや、抱き締めていたい。
そんな恐怖と愛情とのせめぎ合いが直接伝わってきて
ひどく悲しくて、訳が分からなくて、わんわんと泣いていたように思う。





それから僕は、どこか大人がたくさんいるところに連れて行かれた。
今思えばBABELの出先機関だったのかもしれないし
研究機関が付属している大学病院かどこかだったかもしれない。
連れて行かれた先はとにかく薬臭く、不自然に白い蛍光灯の明かりだけが眩しくて
恐くて、怖くて、一人でずっと震えていたけれど
ぎゅっと抱きしめて守ってくれる柔らかい暖かさは
もうとっくに僕の側から失われてしまっていた。
よくわからない人達によくわからない検査をされ
よくわからないまま僕は、『入院』することになった。
程なく判明したのは、僕の力の巨大さだった。
『特別病棟』に移されてから、しばらくは父親が付き添ってくれていたが母親は決して姿を見せなかった。
そして父親ですら面会の日が1日空き、2日空き、やがて全く来なくなって。
いくら泣いても
どれだけ泣きはらしても両親が迎えに来ることはなく
幼心に捨てられたのだと自覚した頃
当時の桐壺次官(この頃はまだ局長ではなかった)が病室を訪れたのだった。
桐壺次官は僕を見るなり抱きかかえて、にっこりとこう言った。



「君が光一君だね?
 ご両親は仕事の都合で急に海外に行かれることになったが、なに、心配することはない。
 光一君が頑張っていれば、またすぐ戻ってきてくれるヨ」

「……ホント? ホントに?」

「ああ、本当だとも!」



本当であったはずがない。
それが理解できなかったはずもない。
ただ、僕はその局長の言葉に飛びつくほか無かった。
飛びついてしまいたかった。
頑張ればきっと。
そう思い込みたかった。
自分の持っている力がどういうモノかを理解し、訓練し、ちゃんと使えるようになり。
初めて出動した現場で任務を成功させたときの喜びは、今でもはっきり思い出せる。
局長の過剰な抱擁も、じょりじょりしたひげの痛みも





―――そしてノーマルに拒絶され、手を振り払われた記憶も共に。





ああ、やっぱりかと少なからず落胆した。
それでも頑張っていればいつか、と自分を奮い立たせたけれど
いつまでも騙しきれるモノでは無かった。
『圧倒的な他者』の存在を目の当たりにして、平静でいられる人間は多くない。
そう理解するまでに、わずか4歳程度の僕でもさほどの時間はかからなかった。
そして、そんな人たちを慮る余裕など在るはずもなかった。



「だけど、今は違う。違う……はずだ」



澪に振り払われた右手。
命がけで救出した人に振り払われた右手。
母親に振り払われた右手。
差し出す度に振り払われた、右手。
あてどなく握りしめ、開き、また堅く握りしめる。



「気まぐれなアイツの事だ、大したことじゃ……」



言いかけて、見つめていた右手をベッドに放り出す。
……やっぱり、駄目だ。
澪が。
アイツが。
アイツですら。
かつて手を差し出した人達が僕に向けていた『あの』目をしたという事実を消化したくとも、出来ない。
考える度に暖かい毛布にくるまっているはずの僕の頭は重く、苦しくなり
体は芯から冷えていく。



「はぁ……」



深いため息は病室に吸い込まれ消える。
カーテンの隙間から漏れ入る光に、わずかに漂う埃が浮かび上がる。
点滴の音すら聞こえる静寂は、ドアの開く音で突然破られた。



「あの、皆本さん……起きてらっしゃいますか」

「……ナオミちゃん?」



面会謝絶にしていたはずなのに。
僕はあれから誰が来ても相手もせず放っておいてくれと追い返し、不貞寝してしまい
周りの皆は訝しげに思っただろうが、言葉通りに放っておいてくれた。
この数日は賢木先生達以外は誰も来なかったせいか
普段から物静かなナオミちゃんの訪問に、余計僕は驚いてしまっていた。



「どうしたの」

「お伺いしたい事があって」



ナオミちゃんは入り口のドアをゆっくり閉め、距離を測るかのようにたたずむ。
いくらか迷った後、鈍く重い空気を振り払うよう、ナオミちゃんは口を開いた。



「……澪ちゃんのこと、なんですけれど」



澪、という名前が体を堅くする。
今の僕は咀嚼しきれない。
したくとも、出来ない。



「……悪いけど、帰ってくれないか」

「あの……皆本さん、いったい何があったん……」

「帰ってくれ」



わざと遮ろうとしたせいか、自分でも意外なくらいの強い語調だった。
言い終えた後、いくらか後ろめたい思いが巡ったけれど
たとえナオミちゃんの言葉でも、今は聞きたくなかった。
今は、無理だ。
拒否しているのだと全身で表すために、僕はベッドに潜り込んで反対側をむく。



「差し出がましいのは分かってます。でもお願いです、教え……」

「聞いたところで、君に何が分かるわけでもないだろ」



短く、強い言葉で会話を打ち切った。
言葉を重ねるたびに募るのは、苛立ちと自己嫌悪。
カッコ悪い。情けない。恥かしい。鬱陶しい。気分が悪い。
僕は、まだ放っておいて欲しい。
一言一言に心がささくれる。
苛立っている。
だから、早く帰って欲しい。
僕がこれ以上自分を嫌いになる前に。
僕が、これ以上君を傷つけてしまう前に。
だけど、ナオミちゃんは



「なんでそんな事言うんですかっ?!」 



彼女には珍しく、声を荒げた。
驚きに身を強張らせた僕に向けて、感情を叩き付けてくる。



「澪ちゃん、一人で泣いてました!
 どうしたのって聞いても、答えてくれなくて
 アイツに絶対やっちゃいけないことやったって、泣きはらすばかりなんです……!」



なにも答えられなかった。
澪が手を振り払ったのはなぜか、それすらもわかっていなかったから。
わずかに理解出来たのは、手を振り払われた事実だけ。
薄暗いままの病室でナオミちゃんに背を向けて、時間だけが静かに過ぎていく。
時計の秒針が何周しただろうか。
ナオミちゃんは、ぽつりぽつり語り始めた。



「あの時……皆本さんが撃たれた後
 澪ちゃん、必死だったんです……。
 弾丸は心臓に近いところに命中してて、本当に出血が酷くて。
 しっかりしなさいよ、タチの悪い冗談止めなさいよ、って叫んでて……」



彼女の声は決して大きくは無かったが、部屋の静けさはそれを遮らない。



「澪ちゃんは皆本さんの怪我で混乱してて
 その後、駆けつけた賢木先生に落ち付けって叩かれて。
 でも先生の判断で、救出と治療に参加出来なくて。
 なおのこと悔しかったんでしょうね、あのときもずっと泣いてました」



ナオミちゃんは、大きく息をついた。
ゆっくり思い出すようにしながら、その時の様子を語り続ける。



「だから澪ちゃんが眠る皆本さんにずっと付き添っていたのも自然なことだって
 目覚めてから、澪ちゃんが病室に来ないのもきっと照れてるからだって
 私にはそんな二人の関係がとても……とても羨ましかったんです」

「……買いかぶりすぎだよ」

「……いいえ。澪ちゃんも、皆本さんもお互いに遠慮なんかしてません。
 してるのかもしれないですけど、少なくとも私にはそう見えてました。
 ノーマルもエスパーも関係なく
 思いの丈をぶつけ合えて、それでも笑ってられる。
 いいなあ、って。本当に、いいなあって」



ノーマルもエスパーもなく、ただ人間同士としての関係を作りたいという想い。
形もなく手に触れることも出来ない
だけど確かに存在しているのだと信じたくて
だからこそ求めてやまないもの。



「だから、だから二人に何があったのか、知りたいんです。
 いえ、教えていただかなくてもかませいません。
 私に出来る事があればなんでもお手伝いします。
 ……お願いです。澪ちゃんと、きっと仲直りしてください」



髪のすれる音が聞こえた。
ナオミちゃんが、頭を下げたんだろう。
その姿勢のまま、動く様子もない。
いや、時折しゃくり上げるような音が小さく僕の耳に届いた。



(……まいったな)



拒絶された時のことを苦々しさと共に思い出す。今にも泣きそうだった澪。
嫌だな、本当に。泣かれるのは、泣かせるのは何とも嫌な気分だ。
僕はどう返して良いか分からず、今度こそ本当に押し黙ってしまっていた。
また訪れた沈黙の後、僕はようやく少しだけ声を絞り出そうとした。
身は横たえたまま、せめて振り返ろうとして


 








「いじめ、カッコ悪い!!!」










その体勢と勢いのまま、ベッドから転がり落ちる僕。
断っておくと今、病室内に響いた台詞は僕のものではない。



「み、皆本さん!?」



そして、慌てて僕に駆け寄るナオミちゃんの声でも勿論無い。
何はさておき、まず心配をしてくれている所からは、彼女の優しさが伺える。
そして、その後ろ。何故か意味も無く仁王立ちに突っ立っているのは



「見損なったぞ皆本君!
 私のナオミがこうまで心を砕いていると言うのに
 身を起こさないばかりか、振り向きもしないとは!」



何処に出しても恥かしい、谷崎潤一郎主任がそこにいた。いやがった。
僕の視線に釣られるようにして
後ろを振り向いたナオミちゃんが硬直した様子を見ると
心細くて付いてきたもらったという可能性は薄い。
いつものように、ストーカーでもしてたんだろうか?
他の誰かなら冗談で済む内容だが
ことナオミちゃんと谷崎主任という組み合わせでは
警備員への通報レベルの重みを持つ予測ではある。



「あー情け無や! あー口惜しや!
 私の! 私のナオミが頭まで下げたにも関わらず
 不貞腐れていじけているだけとは何たる醜態!!!
 ちょっと君そこに正座したまえ! 説教してくれる!!」



びしっ、と指差してくる谷崎主任。
言ってる事はいちいちごもっともだが、正直うざいです。ええ。
そんな主任の前でナオミちゃんがふるふると肩を震わせて………あ。



「空気読めぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

「けぇわいっ!!?」



サイコキネシスの一撃を受けて、素晴らしい衝撃音と共に病室からはじき出される中年。
肩で息をするナオミちゃんを眺めながら、何だか懐かしいなぁと思い
その懐かしさが、自分と澪の関係を連想したからだと気付いて物凄く複雑な気分になる。
今見た光景を羨ましいと感じたら、何というか人生的に敗北者では無かろうか?



「あの、皆本さん………………」



首だけで振り返ったナオミちゃんに、凄く気まずそうに声を掛けられた。
上手く回らない頭を無理やりに回転させる。何だっけ? あー、そうそう。



「約束なんて何も出来ない。
 けどしばらく、一人で考えさせてくれないか」

「……は、はい。また、来ます」



皆本さん、ありがとうございました。
最後にナオミちゃんはそれだけ呟いて、足早に部屋から出て行った。
また病室に、一人。
居た堪れない気持ちは良くわかる。出来れば僕も連れて行って欲しい。



「静かだな……」



ナオミちゃんや主任がいなくなり、結局のところ元に戻っただけなのに
音のない病室に一人でいるのが妙に寂しくて
どこか遠く暗い場所に一人取り残されてしまった様な気がしてならなかった。
だからかもしれないが、立ち上がってから窓際へと近づき
カーテンに手を掛け、一息にカーテンを開く。
差し込む陽射の眩しさに、僕は目を細めた。
雲ひとつも無い空。
時刻はもう昼に近い。
陽の暖かさに包まれながら、自分が何をしてても時間は過ぎるという当たり前を実感する。



「あー………天気いいな」



いじけてばかりだった気分は、少しばかり上向いていた。
完全回復とは到底言えないけれど、泥沼のような状態からは復帰出来たのかもしれない。
ほとんどショック療法というに相応しいこの状況。
もし考えてやったなら、僕は谷崎主任を尊敬するべきなんだろう、きっと。
その気持ちに苦笑を乗せて、続きの本音を追加する。
尊敬できたとしても、決してああなりたいとは思わない、と





☆☆☆





「おぅ、萎びたモヤシみてぇなイジケっぷりは止めにしたのか?
 いやぁ、よかったよかった。カビ生えそうだったからな。ほれ、とっとと服脱げ、服」

「……」



それが患者に言う台詞かと思ったが、賢木先生なりの遠まわしな励ましと思って自重する。
隣の末摘さんも笑顔がいつもより柔らかい感じだし
何より、ずっとカーテンを開けもせずに引き篭もっていた事実は否定できない。
代わりに、別のことを口にした。



「この前の事件のあらまし、ナオミちゃんから聞きましたけど……」

「そうか」



打診の指が一瞬だけ動きを止める。
けれど、それは本当に一瞬のこと。
一息おいて、先生は続けた。



「もうちょっとやりようがあったんじゃないか、てか?
 あの場では、あれが最善だった。それだけだよ」



答えは明快だった。
澪を救助から排除したことも
混乱するアイツをはたいたことにも
後ろ暗いことは全く無いらしい。
物わかりが良すぎるかもしれないが
それで確かに助かったんだと思えばもう僕は何も言えず。
体温測定、聴診、血液検査、心電図、手術跡の確認、脈拍の検査。
診療項目が終わりに近づいた頃、もう一度だけ口を開いた。



「……もうちょっと澪の気持ちを慮ってやっても良かったんじゃないですか?」

「なんだお前、死にたかったのか?」



賢木先生はおどけた調子で言った。
軽い口調だったからこそ、かえって僕の中に重く響く。



「怪我人がいたら助ける為に最善を尽くす、それが医者だ。
 それにもしお前がどうにかなったら、あの娘余計落ち込んだんじゃないのか?」

「それは……」



反論のしようもない。
末摘さんも驚いたように目を見開いている。
普段、どれだけちゃらんぽらんでも立派な医者なんだということを実感する。



「なんだ惚れたか? 断っとくが、俺はエスパーだがノーマルだぜ。
 もしそうなら、これから俺の背後に立つなよ?
 あ、立つってのは下半身の方じゃなくてだな」

「解説しないでいいから黙ってください速やかに」



ちょっとでも感心した僕がバカだった。
先の谷崎さんといい、バベルの大人はなんでこんなんばっかなんだ。



「ま。あの娘、澪ちゃんだったか? あれで女の子だからな。
 甘いもの食って愚痴でもわめけば、そのうち元通りになるさ。
 女は過去には生きない……お前が彼女を縛らなければ、だが」

「へ?!」

「やだもう! 何を言ってるんですか賢木先生!」



健全な男の子と女の子に、と末摘さんが女性として抗議の声を上げた。
悪い悪いと右手を振ると、賢木先生は続けた。



「あの娘、お前が起きてから見舞いに来てないらしいな。
 寝てる間付きっきりだったから照れてるだけかもしれねーし
 他に考えてる事があるのかもしれねーけどな。
 お前に一つだけ言っておいてやる。
 抱えちまった悩みや思いってのは、結局自分で解決するしかねーんだよ」



あの娘が来たときのために、好きなポッキーでも用意しててやれと言い
診察は終わりだと背中をたたいて先生は病室を出て行く。
末摘さんも苦笑いして何度か僕に振り返りながら、一緒に部屋を出て行った。
たく、あの人はホントに……。
だけど先生の軽口に気持ちもまたすこしだけ軽くなって、ベッドに体を預けて目を閉じた。
こんな時、澪がいつもの調子で足を運んでくれれば、話も出来るかもしれないのに。



「自分で解決するしかない、か……」



僕が抱えている思い。
そして、澪が抱えた思い。
澪が僕を拒絶し、かつて僕を取り巻いていた視線を向けた事実。
意識が無い時に涙を流してくれたという事実。



「あいつは今、何を考えて、何をしてるんだろう」



今、改めて。
人の気持ちを読めたら、と思う。
この前みたいな強い力でなくともかまわない。
知ってさえいれば、澪の気持ちを捉えることだって出来るかもしれないのだから。



「また超能力が使えたなんて、な」



とうの昔に失ったはずの力。
取り戻したかに思えた力。
皆を助けるために澪と共に全力を振り絞り
兵部というエスパーを撃退し
そして、また消えた力。
超度七という呼称が本当に意味するところ――――――――計測不能。
昔局長に聞いた言葉が、改めて体を震えさせる。
あの力は、超度七だった頃の僕をすら上回っていた。
僕の怒りが一時的に能力を呼び起こしたのかもしれないし
もしかすると澪の力と共鳴しあっていたのかもしれない。
怪我をして行き所を失って
僕の中に貯まっていた七年分の力が、解放されたのかもしれない。
だけど、そんな細かな推測が馬鹿らしくなるほどに、あれは。
思い出す度体が震えるほどに、強大な力だった。



「……そうか! もしかして、澪のヤツ」



事件が終わり、高ぶっていた感情も冷め
冷静になった澪に突きつけられたのは
今までの自分を遙かに飛び越える
経験した事もない巨大な力の存在。
思えば、澪がいつか僕に投げかけた言葉があった。



『アンタは、さ……人間になれたの?』



超能力を失った僕への問いかけに、どれほどの思いが込められていたのかしれない。
澪と他者との境を規定し、否応なく自分自身の一端を形成し、この社会の中で居場所を定める力。
他者を圧倒し従える程の力はしかし、忌み嫌われ化け物と呼ばれる原因その物であり
だけどそんな能力と、どうしたってつきあって行かざるを得ない苦悩。
周囲から孤立させ、普通の人々から標的にされ、友人をテロに巻き込み
そして僕の救助で発揮出来なかった――――――――超能力。



「……ああ、そうか。
 そうだったのか」



きっと、澪の内からわき上がるのは自分自身への戸惑い。
他者から化け物呼ばわりされる力。
身を守るために頼らざるを得ない力。
どこまでも自分自身であって、なのに大事な時に役に立たなかった力。
だからこそ。
能力が肥大していき際限なく強力に、それこそ並ぶ物は無いくらいに強く
途方もなく強くなっていく事に澪は混乱したのかもしれない。
澪の心を支配していたのは
ますます『人間でなくなっていく』自分への忌避感。
より強力な超能力を呼び覚ました僕への困惑。
そして、おそらくは超能力を持ってから
一番強く、どんな時よりも強く
超能力を使いたいと願った時に使えなかった事への傷心。
そんな当たり前と言えば当たり前すぎる物だったに違いない。
周りがどう言おうと、どう見ていようと
アイツはたった十五歳の女の子にすぎないんだから。



「ったく」



似合わない、と囁きそうになる。
僕の中の澪は、いつだって傲慢なほど明るく、過剰なまでにわがままだ。
跳ねた元気と過激な暴力と、少々の素直さとわずかばかりの可愛らしさを併せ持って
時折見せる寂しさを、ポッキーをエネルギーに持ち前の意地で塗りつぶし押し進んでいく
パワフルでかしましい女の子だ。



「そういや、局長は結論出せって言ってたな」



『元』超度七エスパーの能力が復活したかもしれないとなれば
国から昔のような検査を受けろと指示が出るのは至極当然だ。



「当然だ、けど」



分からなかった。
きっと澪がそうであるように、自分もまた、どうしたいのか。
超能力を取り戻したいのか、やはり失ったままでもいいのか――――――――澪と顔を合わせたいのかすらも。
澪の気持ちは知りたい。そのための力は欲しい。でもそれだけだ。
僕は迷っていたし、もしかすると、ただずっと迷い続けていたいのかもしれなかった。
ふと寝返りをうつと、ぼんやり光る白い天井が目に映る。



「明るい、な……久しぶりに庭にでも行ってみるか」



気のいい日差しに誘われたのかもしれない。
珍しく外出する気になった僕はカーディガンを引っかけて松葉杖を取り、ベッドから降りた。





☆☆☆





「随分寒くなってきてたんだな」



肩口にカーディガンを引き寄せる。
学園祭が終わってから一ヶ月も経ち、十二月も近いのだから、考えてみれば当たり前だ。
木々の葉もほとんど散ってしまっていて
枝の端にはわずかに黄色くかさかさな葉っぱが、申し訳なさそうにひっついている。
寂しいものだと、腰を下ろした長いすから局舎の中庭を見渡す。
普段から職員だけしか利用しない中庭は
皆忙しいのかそれとも昼休み前のせいか、人影はまばらだった。
見上げた空は随分高くて、鰯雲が気持ちよさそうに漂っている。
手をかざして二度三度握っては開いて、意識を集中させてみるが反応は全くない。



「だめ、か」



全く神様の嫌みも堂に入っている。
超能力を持っていたのは昔の事だと、今は違うと割り切れていたはずなのに。
逡巡させる時間と機会を与えて、こうなのだから。
ちょっとでも、あの空に手が届くかもしれないと期待を抱く自分が嫌だった。



「外に出ても大丈夫かネ?」

「え?」



突然の問いかけだった。
ゆっくり手を戻しながら振り返ると、見慣れた人物がそこに立っていた。



「局長」

「近頃急に寒くなってきた。
 病室から出るのも良いが、風邪を引かないよう気をつけないとナ」



大丈夫です、と改めてカーディガンの裾を引っ張り見せる。
そうか、と局長は微笑し僕の隣に腰掛けた。



「怪我の具合はどうだね」

「もうだいぶ良くなりましたよ。朧さんからお聞きになってませんか?」

「なに、自分の体は自分が一番よく分かっているものだ。
 私は朧君にはいつも心配されてしまっているがネ」

「僕はどこかの誰かに昔さんざん鍛えられたおかげで、体は人一倍丈夫ですから」



ぐっ、と。
大げさに振り上げた左手の力こぶを見せつける。



「その割には、訓練から逃げ回っていたと思うんだがネ」

「意地悪いですね」

「昔の君に鍛えられたからな」

「……お互い様ですか」



一瞬の間をおいて局長と僕は、大きく大きく笑った。
ひとしきり笑い、ようやく収まった頃、局長が呟いた。



「体をしっかり治しなさい。
 学校にも、現場にも出たいだろうしネ」

「それは……」



つい、言いよどんでしまう。
すぐにはっきり返事が出来なかったことが、とても後ろめたかった。



「学校に戻るのが怖いのかネ?」

「いえ、そうじゃないんですが……」



正直に言えば学校のことは、この所全く考えていなかった。
クラスメイト達に約束したとはいえ、そもそもきちんと戻れるのかどうかすら未だ不透明だし
体育館での一件も尾を引いていると聞いた。
自分にやれることがあるにせよないにせよ、戻りたいとは思うけれど
だがそれ以前に、僕には今やるべき事がある。



「……そう。そうじゃないんです」



それしか言えず、かといって上手く話を逸らすことも出来ず、つい押し黙る。
両手を合わせただ戸惑う僕を、局長はじっと待ってくれていた。
気恥ずかしさに下を向いて、風が足下に落ち葉を運んできていたことに気づいた。



「何を悩んでいるのかネ」



そりゃあ、わかるよな。
自重した笑みにも、局長は合いの手一つ入れないで待っている。



「……澪との事、どうしたらいいのかわからないんです。
 だから、ちょっとでもサイコメトリーが使えたら、なんて。
 そう思って」



朧さんにも、ダブルフェイスにも、賢木先生にも、他の誰にも言えなかった。
身近な知り合いに言いづらかったのかもしれないし
もしかすると僕にも意地があったのかもしれない。
ナオミちゃんの言葉が胸に痛かったせいもあろう。
賢木先生や谷崎主任の態度に思うところもあった。
だけど、いつまでも抱えていることに疲れていたのか
意外なほど素直に、胸の内を明かしてしまっていて
局長は何も言わず、じっと耳を傾けてくれた。
中庭を通り抜ける風に、冬の匂いがした。



「そうか」



全てを言い終えた後、局長が深く頷いた。
しばらく沈黙の時が流れ
もう一度、中庭に風がふいた時
改めて局長が口を開いた。



「君があの落盤事故で超能力を失った時の事、覚えているかネ」

「はい」



当時の僕から文字通り全てを奪ったあの事件を、忘れようとしても忘れることは出来ない。
局長の警告を無視し、軽口と一緒に突入した僕を待っていたのは超能力者としての終焉だった。



「地響きが起き、通信が途絶え、それでもなんとか救出できた時
 君は言ったネ。ごめんなさい、と」



視線をどこに定めるでもなく、局長は淡々と語る。
そんなこともあった、と僕は思い出していた。
体中が裂けるようで、力が抜け
身動き一つとれない僕を、力強く抱きかかえてくれたあの両腕を。



「……君が超能力を振るうことにどれだけプライドを持っていたか
 ご両親を見返すため、意地を貫こうとしていたか、分かっていたつもりだった。
 君がその力を振るう度、周囲からますます孤立していくような寂しさを覚えていたことも
 だからこそ徐々に超能力に飲み込まれていきそうになっていたことも、分かっていたつもりだった。
 ……なのに、私はあれを防ぐことが出来なかった」

「あれは、自分のせいです」

「いや、指揮官たる私の責任だったのだヨ。
 君が謝る事は無かったのだ、謝るべきは私の方だった」

「……」

「私はあの事件で解任されるはずだったし、そうするべきだとも思った。
 だがネ、まるでモルモットのような検査を強制され
 病室で放心する君を見たとき、私は強く心に誓った。
 逃げてはいかん、と。
 どれだけ罵られようとも私はバベルに残り、二度と同じ過ちを繰り返さないようすべきだと。
 エスパーがその能力に振り回され不幸になるのではなく
 幸せになれるよう身を削らねばならないと。
 国のためでもある、社会のためでもある。だが何よりも、超能力を持つその人自身の為に。
 後に続くエスパー達の為に、証明し続けなければならんと。
 それから死にものぐるいで勤め、周囲の助力もあり、幸運にも局長に就任することが出来た」



ただそのおかげで、保護者を買って出ながら君に会いに行くことすらままならなかったがネ。
自嘲する局長はゆっくりと、僕を見た。
目元に浮かんだ優しさは、局長の人生を刻み込んだしわをより深いものにしていた。



「皆本君」



局長は拳で僕の胸をごく軽く叩いた。



「君もまたこの七年間、大いに学ぶところがあったはずだ。私と同じようにネ」

「……かもしれません」



無為に過ごした様にも思える。
実際、当初はつぶれかかった心で何もやるべき事を見いだせないまま、時間だけが過ぎていった。
だけど単調な日々においても、僕の生活はわずかに、そしてゆっくり変わっていき
やがて大きく変化し、気づけばあっという間に七年が経っていた。
もう超度七の最強エスパーなどという肩書きは、どこか遠い世界での出来事としか思えなくなり
地面を歩く僕の周りには確かに友人といえる存在が、心おきなく笑いあえる人たちがいた。
それはもしかすると、僕の七年間の証明みたいなものかもしれない。



「君は、期待以上の成果を出してくれた。
 澪君と臆することなく向かいあい、意思をぶつけ合う姿は
 あの意地っ張りで負けず嫌いなザ・チャイルドを思い出させた。
 私は嬉しかったヨ、君がこのように成長してくれたことがネ」

「……」

「君は先ほど、サイコメトリーがあれば、と言ったネ」

「ええ」



確かにそう言った。
アイツの気持ちを理解出来れば、と切実に感じたから。
だけどそんな僕に、局長は



「人を思いやるのに、超能力などいらんヨ」



深い実感のこもった声で、呟いた。



「そうでないかネ。
 人が人として生きていくのに大切な事を学んだからこそ
 君は澪君ともぶつかり合えたのではないのかネ。
 この前の事件にも、怯むことなく立ち向かえたのではないのかネ。
 本当に君がしたいこと、澪君にしてやりたいこと。
 それが何かは、聡い君ならもう分かっているはずだ」

「……かもしれません」



局長の言葉に、改めて気づかされる。
超能力は、万能じゃない。
大切な事とは、往々にしてシンプルで
それをややこしくするのは、周りの(この場合は僕の)事情に過ぎない。
必要なのは、僕が澪とちゃんと向きあえるかどうか。
それこそが一番大きくてやっかいなモノなのだけど
澪が抱え込んでいるように自分自身もまた抱えこんでしまった
恐ろしさを乗り越えることが出来るかどうか。
結局のところ、それだけのことなのだ。



「……ありがとうございました、局長」



心ばかりの感謝とごくわずかな照れ隠しの謝辞。
局長は今度はうまくやれと、頭に手を置きわさわさ荒々しく撫でた。
昔懐かしいごつごつした手の感触が、とても心地よかった。



「さて。そろそろ私は仕事にいかねばならんのでね。失礼するよ」

「お忙しいですね」

「なに、腹が減ろうが悩みを抱えようが、世の中は待ってはくれんということさ。
 もう少し思いやりがあってもいいとは思うがネ」



大げさに肩をすくめた局長と僕は、改めて笑いあった。
きびすを返す局長を見送りながら、穏やかになった空に漂う鰯雲をぼんやりと眺めていた。





☆☆☆





病室に戻ってから、もう一度考えを巡らした。
覚悟を決める時間が欲しかったのかもしれない。
秒針の音すら気づかないほど考え続け、いつしか睡魔に襲われ、目を覚ますと西日が床に影を作っていた。
僕はベッドから体を起こし、からからと窓を引き開けた。
街のにおいが部屋に充満していく。
落ちかかる太陽は、寒風の通り抜けるビル街をわずかばかり暖めていた。



「……もう一回。全部、やり直しだ」



僕に出来るのは、会いに行くことだけ。
だけどそのわずかな事で僕らにとってなにか、でも確かに変化が訪れると信じた。
出会ってからずっと、互いに反発し、でも見えなくなるまで離れる事はなく
時には向かい合って、まるで凸凹の坂道でもなんとか進めて来たように
今度もきっと、上手くやれると。



「アイツと僕がチームだって言うのなら……と、柄でもないか」



胸のつかえを残したままではいられない。
ただ願わくば、それが破局で無いことを。



「大丈夫、きっと上手くいくさ」



暗示をかけるように呟き、洗面所で顔を洗い、身支度を調える。
緊張した面持ちが鏡に映る。
久しぶりに袖を通す制服からは、ほのかにクリーニングの匂いが漂っていた。



「……と、これは?」



胸の内ポケットに入っていた茶封筒。
『特務エスパー様』と宛名されたそれがなにか、にわかにわからなかったが、僕はやがて思い出す。
学園祭の少し前朧さんにお願いしておいたものが
それがようやく僕の手元に届いたのだ。
書かれた内容のあらましだけは聞いていたが
嬉しさがこみ上げて、自然と僕は笑顔を形どる。



「さ、行くか!」



もう放課後も遅い時間。
澪が局舎に来ているのなら、所在はすぐに分かるだろう。
確かめたなら、次にすることは決まっている。
僕に必要なのは、それを実行する勇気だけ。
ただ、それだけ。
大きく深呼吸した僕は、松葉杖を片手に局長室へと歩き出す。
その時、だった。



『全局に非常警戒警報発令。繰り返します、非常警戒警報を発令します……』



響き渡る警報に、局舎全体がざわめき出した。
迫り来る闇になんとか抗っていた夕日は無粋なシャッターに遮られ、次々BABEL局内から撤退する。
数瞬暗くなった通路に非常灯の明かりが点りだす。
すぐさま詰め所から飛び出てきた警備兵が各所に分散し、職員を誘導する。



『各エスパーチームは指揮官の指示に従い対応してください。警備部隊は所定の手順に従い……』



護衛エスパーチームも次々集結している様だ。
一気に緊張と喧騒に包まれたバベルは明らかに『外部のもの』を警戒していた。
いったい何があったんだろう?
訝しく思いながらも、僕は局長室に向け進んでいた。
本部の非常警報などついぞ聞いたことがなかったが、せっかくだ。
行けるところまでは行こう、と。
松葉杖をついていてはそう早くも進めなかったが、周りの喧噪を無視して歩いた。
むしろ騒がしかった分だけ怪我人は後回しにされていたのかもしれないが、これ幸いと進んでいき
しばらくそうしていたが、ついには駆け寄った警備兵に呼び止められた。



「皆本君だね?」

「そうですが……」



ここまでは来れたけれど、病室に戻らざるを得ないか。
この状態では、仕方ない。
すみませんと、元来た道に足を向けようとし



「朧秘書官がお呼びだ。済まないが怪我をおしてでも同行してもらいたい」

「え?」



息を整えた警備兵の物言いは、意外なものだった。
この非常警備において、僕に何の用があるというのだろうか。



「もちろん大丈夫です、が」

「よし、じゃあ肩を貸してくれ。時間が無いのでね、ヘリポートに急ぐぞ」



返事を待たず、警備兵は僕の肩を担ぎ足早に駆け出す。
ギブスのとれない僕は半ば抱えられたように引きずられ、されるがままついて行くだけだった。
何が起きたかとか、なぜこんな物々しい警備をするのか、僕にどんな用事があるのか、だとか
いくらでも聞きようがあっただろうけれど、唐突な事態に頭が追いついていなかったのかもしれない。
少し落ち着いて考えれば、わかりそうなものだった。
この前の修学旅行と同じように、いきなり僕が呼ばれる理由は一つ



―――澪に、何かがあった



そしてその考えは、最悪の事態となって僕の前に立ちはだかった。




お久しぶりでございます。
前回から、またさらにさらに約4ヶ月ぶりの投稿となってしまいました。
あんまりにも間隔が開きすぎたので今回から粗筋を冒頭につけてみたのですが、いかがでしょうか。
もしかしていらっしゃるかもしれない、この作品を楽しみにしていただいていた皆様には、お待たせしてしまって申し訳ありません。
そして手前味噌ですが、この9話は前編・中編・後編の3分割となります。
多少間を開けての投稿となります。
1話から連綿と続いていた皆本と澪の関係がどうなるのか、中編と後編をどうぞお楽しみに。
一応書き上がってはおりますので、投稿には問題ないと思いますが(−−
ではでは。


※2010/04/08 一部改訂


http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9866 第一話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9899 第二話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9931 第三話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9994 第四話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10047 第五話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10048 第五話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10079 第六話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10080 第六話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10119 第七話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10243 第八話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10374 第九話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10375 第九話中編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10380 第九話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10383 ショートストーリーズ1はこちら




※2010年7月 改訂実施

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