8307

ベターハーフ! 第六話後編




「お前さあ。このところ生傷が絶えないけど、なんかあったのか?
 何でもない、とは言ってたけどさ」



佐藤がしげしげと僕の顔をのぞき込んでくる。
4ヶ月くらい前までは平々凡々としていた僕が
怪我を負ったり、部活にも入っていないのに早く帰ったり、明らかに以前とは違ってきているのだから、心配するのも無理はない。
だからといって事情を説明するわけにもいかず、いつもお茶を濁してばかりで、申し訳ない気持ちばかりが募っていく。
時々だが、全てを告白できたら楽になれるのかなとも思いもする。
やぁ、ちょっとテレ屋さんな担当エスパーが暴走した余波を食らったんだよハハハ。言えるか。



「ホントに何でもないんだ。
 ちょっとした体調管理にと思ってボクササイズジムに通ってるんだけど、つい怪我しちゃってね」

「そこまともなところなのか? 受験前なんだし、体調管理も良いけど怪我しないようにしろよ」

「ありがとな」



うんうん、と机を囲んだクラスメイト達も頷いていた。
普段、友達甲斐の無い奴らだな、とか思っていたのが失礼に感じる。
持つべきものは友人だとは、よく言ったもんだ。



「お前がいないと、学園祭話題の喫茶店にいきづらいしな!!」

「うん」

「全く」

「……はい?」



友人連中の手元に、チケットらしき紙がひらめく。
自慢げに掲げられたそれは、佐藤曰く、学内でプラチナチケット化しているらしい。
窓際の日に照らされて、少しラメの入った部分が文字通りプラチナの様に輝いていた。



「中等部3年B組のメイド喫茶店、美人揃いだってえらい評判でなー」

「3年B組……」



思い当たる節がある。思い当たる節しかない。
この寒い季節だというのに、いくら日が当たっているとはいえ、背中に冷や汗をかき始めてしまった。



「ほら、こないだ転校してきた梅枝ナオミちゃんだとか、犬神初音ちゃんだとか、後なんだっけ」

「ツインテールの花宴澪ちゃ……」

「ぶっ?!」



澪の名前が出て、つい咳き込んだ。
こいつらまで名前知ってるって、セキュリティの問題無いのか。
いや、無いのか。別にエスパーがどうこう、という情報ではないんだから。
というか、何故僕の関係者ばかりなんだ神様。



「ほほう? 心当たりがあるようだね、皆本君」

「え、いや? 一体何のことかなー。あはは」

「ええいしらばっくれるのも大概にせい!
 お前が花宴澪ちゃんと中等部でいちゃいちゃしていた事実は、既に白日の下にさらされている。
 神妙にしろい、皆本の」



いよー、とかけ声がかからんばかりに型を決める佐藤を見て思う。
前言撤回やっぱ馬鹿だ、こいつら。拍手してる周りの奴ら含め。



「大方、そのボクササイズジムとやらで知り合ったんだろうが」

「いつだったか、手紙を届けにも来てたしな」

「ま、知り合いということならば、クラスの女子に遠慮することなく大手を振って列に並べるわけだ」



お前らの辞書に遠慮なんて言葉あったのか。
そんな言葉をぐっと飲み込んで、気づかれないよう僕はこの事態を考察していた。
つまるところ僕と澪の関係が学内で認知されてしまった、という一点では不味いことに違いはない。
あれだけ派手に騒いでおいて、噂が伝わらないと考える方がどうかしていたのだが
だけれども、まだバベルがどうの、という所までは進んでいない。
何かの縁があって、普通の生徒同士よりは多少仲が良いのだろうくらいに思われているだけだ。
これを上手い具合に利用できれば、今後は学内でもバベル業務の伝達なんかも行えるので
澪の担当官としての立場だけを考えるならば、その分負担が減る事にもなる。
だけども、高校生活残り4ヶ月と少し。
頻繁に接触して余計な−それこそ付き合っているとでも言うような−噂が立てば
澪に迷惑がかかるのももちろんだが、僕に実害が及ぶ。
主にロリコンだと言われるとか、生傷などが更に増える点で。
認めてしまうか、あくまで隠し通すかでいかようにも出来そうで、判断に困る。
果てさてどうしたものか逡巡していると、どういう風に話が転んだのか。
佐藤が僕の肩を叩き、恐ろしく真面目な顔で呟いた。



「ということで、彼女らの出番時間を事前調査してくれたまえ」

「俺初音ちゃんの」

「俺はナオミちゃんのな」

「あ、私は明君で」

「うっさい真面目に勉強しとけ色ボケどもっ!」



クラスメートは男女の区別無く馬鹿だったようだ。
というか、こっそりと混じるな女子。




☆☆☆





「私たちの出番、ですか?」



すっかり合同訓練が定番となった僕らは、また負荷訓練室にいた。
この所サイコキネシスが訓練の中心となっている。
澪は本来ならば全ての能力をバランス良く伸ばしていかねばならないのだが
澪とナオミちゃんの気があったのもあり、またナオミちゃんとの能力差に、対抗心を燃やしているからだ。
周囲に無関心、マイペースで我が侭なだけだった澪が理由はともかく訓練に精を出している。
主任としては実に歓迎すべきところではあったのだが、そうでもないのが澪が澪たる所以だった。



「そ。クラスの連中が五月蠅くてね、澪が戻らないうちに教えてくれないかな?」

「いいですけど……。なんで澪ちゃん、私が皆本さんと喋ってると怒るんでしょうね」

「ようやく出来たエスパーの女友達で気兼ね無くて話しやすいんだろうし、僕と澪とは元々こんな感じだしね」



そう。
ナオミちゃんと僕とが二人きりで話をしていると、澪が機嫌を悪くすることがとても多いのだ。
機嫌を悪くされると困るから良いにこしたことはないのだけど、それにしても扱いに戸惑う。
空間は2次元から3次元に変わると飛躍的に情報量が増えるというが
僕らの関係にナオミちゃんという軸線が入っただけで、3次元を飛び越して4次元にでも突入したのだろうか。
何かあればすぐ喚く、僕を叩き伏せた後はナオミちゃんの手を引っ張ってどこぞに行ってしまう。
正直お手上げだった僕は朧さんやダブルフェイスの助けが欲しかったが、なぜだかみんな、軽く笑って「がんばれ」と言うだけで。
電磁壁の補修費用も馬鹿にならないだろうに、いつまでもこんな調子で良いんだろうか。



「何となく、澪が不機嫌になる理由は解ってるんだけどね。
 かといって、すぐに解決するような問題じゃないからなぁ」



よく解らない、とばかりに首を傾げるナオミちゃんに苦笑を返す。
諸所の仕草からも素直さが表れている。そんな彼女だからこそ、僕は確信を深めた。
僕が思うに、きっと澪は友達を取られたようで気に食わないのだろう。
ナオミちゃんをすぐ連れていってしまうのがその証拠。
それに普段、エロだの変態だのと僕を罵倒して止まない澪のことだ。
あるいは、ナオミちゃんの身を心配しているのかもしれない。
言うまでも無く、冤罪もいい所だが。



「学園祭が、仲直りのきっかけになると良いですね」

「うん、そうなるといいんだけど」



澪の出演時間には絶対近寄らないけど。
にこやかに微笑むナオミちゃんを見ていると、それも不可能でないと思えるのが全く不思議だ。



「そういや初音ちゃんは?」

「澪ちゃんとは時間をずらして出ますよ。
 二人が一緒だとまたにらみ合いになっちゃいますから……」

「……学校でもお菓子の取り合いしてるのか、あいつら」

「……ええ。宿木君がいつも初音ちゃん止めてますけど」



困ったよう顔でこめかみを軽く押さえる。
ナオミちゃんもきっと、毎回澪を止めてくれてるんだろう。
保護者クラブ、3人目の会員がそこいた。
メンバーは僕、宿木君、ナオミちゃん。
特典は自由人。いらないと言っても付いてきます。
僕とナオミちゃんとは視線を交し合って、どちらからともなく溜息をついた。





☆☆☆





学園祭当日。



「ったくあいつらは吹っ飛んでいきやがって」


クラスメイト達はメイド喫茶に突撃していった。
僕が直接仕入れた情報で誰がどの時間の出番かは分かっているので
それぞれ目当ての娘達が出るタイミングで並んでいる。
必然的に別行動となってしまったが、気ままに見るには寧ろ1人か2人の方が小回りが効いて良かった。
まだ午前中だし、時間はたっぷりとある。
人出も多くて、学内がいつになく華やいで浮き立っている。
修学旅行を楽しめなかった分、僕はとことん楽しむつもりだった。



「あ、皆本さーん!」

「ナオミちゃん?」



渡り廊下の向こうからナオミちゃんが駈けてきた。
秋晴れの下、吹き抜ける風に長い髪がなびいて、不覚にも僕は見とれた。
なるほど、谷崎主任がご執心な訳だ。
僕の好みは朧さんみたいな大人の女性だけど、なんて自分に言い訳しながら、ナオミちゃんに手を振った。
念のために付け加えておくと、蛍さんや奈津子さんは例外である。



「良かったー、やっと会えました」

「どうしたの」



これを渡そうと思っていたんです、と差し出されたのは件のチケットだった。



「終了間際の時間ですけど、私また出ますから。
 是非来てください。この所、色々お疲れだったでしょう」

「……いいの?」



突然の贈り物に思考がついて来れず、ついつい呆けた感じで受け取ってしまう。
ちゃんとしたお礼を言おうとしたが、それじゃあ、とナオミちゃんはすぐまた中等部に駆け戻っていく。
休憩時間なんだろうからクラスメイト達と出店を見て回るのかもしれないし
大繁盛している喫茶店に戻って手伝いをするのかもしれない。



「ホント、いい娘だよな」



バベルではいつもいつも振り回されオモチャにされてばかりで
ここ最近人から素直な、正面を向いた厚意を受け取った事があっただろうか。
澪から悪意の塊を受け取った記憶はいくらもあるんだが。



「そういやこないだも、田舎から送ってきたって苺をみんなに振る舞ってくれたっけ」



きっとナオミちゃんは両親か、周囲の人たちからそんな厚意を受け取ってきたんだろう。
だからこそ、人にも分けてあげられる。
能力が発現してからバベルに預けられはしても、家族の関係は変わらなかったに違いない。
良い意味でも悪い意味でも、一度固まってしまった関係を変えるのは難しいのだから。



「後で行ってみるか」



澄んだ空からは、変わらず陽射しが降り注ぐ。
何だかチケットのラメが、とりわけ光って見えた。
そうしてチケットに視線を落としていると、不意にかけられる声。



「あ、そこの君。物を尋ねたいんだが、いいかな?」



随分古風な物言いに、つと振り返る。
混雑する廊下の脇に、パンフを持った男子が二人いた。
学生服には違いないけど、前にボタンが出ていないタイプ。
どうやら、ウチの生徒じゃないらしい。



「……どうしました?」

「いや、場所がわからなくてね。
 この催しには、どこを通っていけばいいのかな?」

「ああ、それなら一旦下に戻ってからじゃないといけませんよ」



パンフに地図を書き込んで、場所を指し示す。
渡り廊下が3階までしかないから、4階とか5階への行き来は面倒くさい。



「こうなるのか。ありがとう、わかったよ。じゃ行こうか真木」

「はい、兵部少……先輩」



立ち去る二人に視線だけを送り、僕も元々行くつもりだった会場へと足を進める。
しかし、今時おかっぱ頭とロン毛の美形二人組だなんて珍しい組み合わせだったな。
しかも、二人とも全く髪を染めもしてない。
言葉遣いと同じに、古風というか古くさいというか。
学園祭だから学外の人も大勢来ているんだろうけれど、きっとどこの生徒か女子が後で噂するだろうな。



「とといけない、始まっちゃうや」



人混みをかき分けて、僕は『電波兄弟の電撃ライブ』の会場へと急いだ。





☆☆☆





「3年B組、と」


文化祭も終わりに近づいた頃、乾いた喉を潤そうと、ナオミちゃん達の喫茶に向かっていた。
高等部3年からの連絡通路を通って、左に曲がり階段の前を通り過ぎて、2つめのクラスが僕の目的地だ。
もう影が伸び始め、窓から見下ろすグランドでは後夜祭の準備も始まっていた。
一般客以外は後片付けに手を取られているのか、あれほど長かった列は見られない。
この時間をわざわざ選んでくれたのなら、さすがに気遣い上手なナオミちゃんだ。
せっかくだから、くつろがせてもらうとしよう。
早速受付にチケットを渡し、案内を待つ。
程なく出てきたメイドさんに、こちらですと声をかけられて、僕は固まった。



「み、澪?!」

「ちょ、あんた何してるのよっ?!」



艶を消した黒いアルカバのワンピースに、キャベツみたいな帽子とエプロンに革靴。
地味でそれだけの装いなのだが、澪の明るい栗色の髪にとても良く栄えていた。
だが僕の内心はともかく、危機感知センサーは一瞬で振り切れていた。
加速度を付け、その場を逃れようとタコメーターはレッドゾーンを示しているが、肩をこれ以上なく力強く掴まれて動けない。



「あの、澪さん?」

「見られたからにはタダで返しませんわよ、お・きゃ・く・さ・ま」





☆☆☆





まな板の上の鯉、鴨の水かき、My hands are tied、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
僕の今の状態を表すのに適したことわざは一体どれだろう。
ぐるぐるぐるぐる、頭を巡っては消えていく。



「お・客・様? メニューはこちらになりますが、どれにいたしますか」



字面だけなら愛想良いが、言葉の印象は全然違ってとげとげしい。
だけども澪からぶっきらぼうに差し出されたメニューは
特別時代がかった物でも無く案外スマートに合皮冊子に閉じられていた。
メイド喫茶なんて言うから、実のところどんなものかと構えていたが、まとも飲み物なんかが期待できそうだ。
どれ、と開いてメニューに目を通す。




・三倍速くお出しします。
 シャア専用トマトジュース……600円

「とりあえず量産型を見せてみろ」



・麦芽100%天然水仕込みで泡まで旨い。
 サン朴リー萌ノレツ(ノンアルコールビール)……500円

「コピーライト対策、苦しいなオイ」




・比内さんが育てた正真正銘本物の地鶏のカラage……プライスレス

「sageろ」




・さがそうぜ!ドラゴンボール乙
 (1つだけ激辛…!?ロシアン揚げタコ焼き7球)……650円

「もうちびっとだけ乙」





・使っている牛は18才以上です。
 メイドミルク(練乳&ソフトクリーム入り)

「すごく……エ□漫画の匂いが……します……」





・後味すっきり?
 夢見るプリンセスの未完ジュース

「字が違う字が」




うん、前言大撤回。一つたりともまともな飲み物なんか無い。
どれもこれも微妙なメニューでどうにも決めがたかった。
さんざ迷っていると、澪がなにやら指し示した。
それを見て、液体窒素でもかけられたかのようにびしりと固まる僕。



「……これを注文しろと?」

「そう」



底意地悪く澪がにやつく。
もう並んでいるお客はいないとはいえ、店内はほぼ満席。
とは言え、僕に選択権など無いわけで。



「キ、キミの……」

「あんだってー?」



それはそれは楽しそうに、こんな近距離でわざわざ耳に手をかざしてまで聞き返してくる。
心底面白そうに笑いをこらえる澪に、僕は悟った。
そうか、これは勝負だ。主任と部下の面子を賭けた、負けることの出来ない勝負だ。
竜虎相打つ、いやどっちかいうとハムスターだが、とにかく引くことは出来ない。決してひいてはならない。
僕は意を決し、深呼吸し、一息に叫んだ。



「キミの吐息で僕の熱い思いを冷まして。
 そうすれば僕は一息でソレを呑み込んでみせるから。
 ふーふーあーんセット、下さい!!」

「アンタには嫌!!」



店内の雰囲気が一瞬で凍り付く。
人差し指を指を突きつけて、返す刀で即座の否定。
ジ∋ーも真っ青、力石並のクロスカウンター。



「おほほほほっ!! そこでお待ち下さいませ、お客様?」



高らかに勝ちどきを上げた澪が、そそくさと調理場に消えた。
足取りがこれまで見たこと無いほど軽やかなのは、絶対見間違えじゃない。



「あいつ……」



喫茶店の窓には落ち着いた風合いなカーテンが取り付けられ
テーブルなどの調度類は木の暖かさが強調される優しいベージュ系で統一されて
そこにライトブルーの敷物がかけられている。
足下にもラグが敷かれて、硬いだけの床板とは感触が異なる。
隣とも程よく距離を取って、客に無駄な緊張を与えないように出来る範囲で最大限の心遣いがされているのが一目で分かる。
それをあざ笑うかのように最大限に脱力している僕は、端から見ても浮いているに違いない。



「とりあえず泣こう、うん」





☆☆☆





「ほら」



程なく澪がテーブルに並べてくれたのは、シフォンケーキと紅茶のティーポッド。
ボーンチャイナのカップは暖められていて、かなり本格的な点て方をしているのが良く分かる。
お皿に取り分けられたシフォンケーキはしっとりふんわりと卵黄の色が鮮やかなほどで
甘い砂糖の香りがいかにも美味しそうだ。
ラムレーズンも少し入っているのかな。



「ちょっとだけブランデーも入ってるけど、あんた大丈夫よね」

「チョコレートボンボンとかも大丈夫だから、たぶん」

「そ」



頃合いを図っていたのか、澪がティーポッドに手をかける。
茶葉の蒸らし具合は、給仕し終えたタイミングで丁度良くなるよう考えたらしい。
軽くポッドの茶葉をかき混ぜてから、茶漉しを通してカップに注ぎ分けた。
注がれた紅茶からは、爽やかで胸の空く香りが立った。
アッサムティー、だったっけ。



「……本格的なんだな」

「やるからには本格的にって宿木のヤツがうるさくてね」



調理主任が宿木君なら、それも当たり前だろうな。
この間も魚をわざわざ試作に使っていたくらいだ。
メニューを見る限りはそこそこ手軽な、作り置きも効く物がメインみたいだけど、きっと一手間加えてあるに違いない。



「よ、と」



テーブルの椅子を引き、澪が対面に座った。




「何よ、さっさと食べれば」

「……なんでお前座ってるんだ?」

「もう受付は閉めちゃったし、あたし疲れてるのよ。少しくらいいいでしょ」



確かにもう来る人もまばらだし、後夜祭の準備も始まるくらいの時間だ。
後は30分くらい営業して、閉店なんだろう。
まあいいか、とシフォンケーキの皿を差し出す。



「疲れているなら、糖分補給しとけ。ほらフォーク」

「……あんがと」



言うが早いか、澪は遠慮無しにケーキをつまむ。
僕も僕で、残ったケーキを一口にした。



「美味いな」



元々手間のかかるケーキじゃないけれど、さすがに宿木君だ。
甘さの具合と香りが程よくて、紅茶に良く合ってる。



「ホントに美味しい?」

「ん? 美味しいよ。紅茶も、ありがとな」

「……そっか」



一人ニヤニヤし始める澪は、何か悪巧みでもしているのだろうか。
せっつくとまた悪戯を仕掛けられそうなので、とりあえず黙っておくことにした。
まさかラムレーズンに見えるのが刻んだイナゴだって事は無いだろうけれど。甘かったし。



「それにしてもあんた、来るなら来るで事前に言っておきなさいよね」

「お前、僕にはこんな出し物するって一言も言ってないだろ。パンフ見れば分かるけど」

「来て欲しく無いもの」

「どっちなんだ、ったくお前は」



続けて言いかけて、止めた。
せっかく美味しい紅茶を入れて貰って、ケーキにありつけたんだ。
いつものように口げんかを始めることも無い。
日の当たる窓辺の席で心地よいし、もう少しここでくつろいで行きたいし、な。



「ナオミあたりがチケット渡したの?」

「ああ、今日朝にね。そういや、ナオミちゃんは?
 彼女、この時間に出番だって言ってたんだけど」

「あそこ見てみて」



澪が指し示した店内の端には、まっぷたつに割れたテーブルがあった。
別に修羅同士が腕相撲した記念に置いてあるわけでもなさそうだ。



「……もしかして谷崎さん来た?」

「ご名答。んで私が代役って訳。さっきから立ちっぱなしなのよ」



長い時間、忙しく給仕してれば休む暇も無かったろう。
ふて腐れ顔も、今回ばかりは可愛らしく見えた。



「初音ちゃんは変わってくれなかったのか?」

「初音なら、今頃屋台回ってるわよ。
 宿木が話付けて、余りを格安で食べさせて貰う事になってるから」



ほら、と今度はグラウンドを指し示す。
あちこち飛び回るロングヘアーの女の子と、声を上げながらひっついて回る男の子がいた。
場所を移動する度に店が畳まれるのは、見ていていっそ気持ちよい。



「なるほど。お前は見て回ったのか?」

「休憩時間に、ちさととね。あ、友達ね」



なるほど、それぞれ楽しんでるわけだ。
澪はちょっとだけ可哀想だったけれど、それも良い思い出だ。
ナオミちゃんはこの先一生、ことあるごとにずうっと言われそうだけど。



「学園祭、どうだった」

「……ぼちぼち」

「後夜祭もあるから、キャンプファイアー見てみるといい。お前、見たことないだろ」

「……そうね。去年まではとっとと帰っちゃってたし、それも悪くないかも」



くみ上げられた骨組みを二人して見下ろす。
頬杖を突いた澪は目線だけを動かし、なるべくふて腐れ顔を貼り付けているように努力していた。
可笑しくて笑いそうになるのをこらえ、僕が帰ったらまた楽しめばいいさとばかり、紅茶に口を付けた。
すると不意に、ふぁ、とあくびが聞こえた。



「……悪い?」

「いや、全然」



今度はこちらがニヤニヤと笑ってやる番だった。
はっきり言いなさいよと責め立てる澪を、すかしてやり込める。
このくらいの楽しみは貰っても良いだろう。
さっき大恥かかされたし。



「さて、と。そんじゃそろそろ僕も戻るよ。紅茶とケーキ、ごちそうさま」

「たく、出してやるんじゃなかったわ。ナオミの口車に乗せられ……」

「何か言ったか?」

「え? あ、いや。あははは、何でもないから、さっさとお会計済ませなさいよ」

「分かったよ」



席を立とうと椅子に手をかけた拍子に、ふと思い出す。
少しだけ気恥ずかしい気もするが、この際だから言ってしまおう。



「ああ、そうだ。
 この前、医務室でお前が言ってた事なんだけどさ」



何を言い出すんだろうと、疑問の視線を返す澪。
そんな彼女に向けて、続きを口にしようとして。
そして。



『学内の生徒父兄諸君―――――――』



それを押し留めるかのように、放送が鳴り響いた。
僕らに取って、最悪の後夜祭を告げる放送が。



『我々は反エスパー団体、普通の人々である。
 この学園内に強力な化け物が潜んでい……』




[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]