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ベターハーフ! 第五話前編





「旅行、行けないのか……はぁ」



バベル局舎を出てから、ため息が止まらない。
指揮官引き受けたの、間違ってたかな。
任務だからって言われれば、こっちは断れないのをわかってるくせに。
口をつく愚痴が、嫌でも先ほどのやりとりを思い起こさせる。





−ベターハーフ! 5話−





局長の執務室に入ったのは、何年ぶりだったろうか。
手招きに従って、僕はいかにも高価そうな革張りのソファーに腰を下ろす。
ふんわり沈み込む感触に座りの悪さを覚え、居住まいを正し部屋を見渡した。
昔と同じで素っ気なく、飾り気も色気もないこの部屋は「エスパーを征する物が世界を征す」この時代
超能力支援研究所・バベルという国の重要機関のトップたる局長が使用するにはむしろ手狭で
それが余計、重々しい調度類(整然と並ぶファイル、学術書など)を強調し少ならぬ緊張感を来客に与える。
もしかすると、一定の演出効果を狙っているのかもしれなかった。



「はい、どうぞ。皆本君」

「ありがとうございます。朧さん」



そんな無骨な部屋に咲く一輪の花、朧さん。
振る舞われたお茶の良い香りが鼻に抜けて、肩の堅さをほぐしてくれる。
局長はなにかの書類を机にしまうと、向かいに座り、同じようにお茶をすすった。



「君が小さい頃は、そこに座ったことは無かったネ」

「……そうでしたか?」



僕はそらとぼけてみせる。
改めて言われるまでもなく
確かに昔、この部屋は僕の遊び場だったのだから。
仕事で忙しい局長をからかいに訪れ、やりかけた書類をわやくちゃにし
こめかみに青筋を浮かべた局長に怒鳴られ追い回されるのが、妙に楽しかった。



「そうだったよ。全く、君はやんちゃだった」

「ははは」



背中に落ちる冷や汗を感じながら
局長の七年越しの反撃に僕は落ち着かなくもあるのだけど、心のどこかで安心もしていた。
執務机に目をやれば、当時の僕が変わらぬ笑顔を浮かべていた。
少し前なら居心地の悪さを感じ、すぐに目を反らしていたのだろうけれど
不思議と今では、旧知の友人にでも会ったような気持ちが芽生えていた。
――――久しぶりだね、ザ・チャイルド。



「学校生活は順調かね?」

「ええ。この前の中間テストも、なんとか乗り切りましたし。
 受験に備えて、学力アップに努めてます」

「君は今でも東都大進学に十二分な学力を備えているが、準備をするのにこしたことはないからネ。
 まあその気ならバベルが圧力をかけてダネ」

「全力でお断りします」





☆☆☆





「それで、今日はなんのご用件ですか?」

「あ、ああ。うん、その、キミにお願いがあってだね」



部屋に落ちた沈黙を払う様に
局長が気まずそうに視線をそらしながら話す。
普通なら、僕と再会したときのように堂々と目を見て話す局長なのに、この上なく怪しい。
朧さんに視線を投げてみれば、朧さんも困った様な顔をする。



「実はだね、コメリカから協力要請があってだね……」



局長の説明はごく単純だった。
要するに多国間の共同任務だ。
浮かない顔をした局長に、内心気にくわないまでも、一兵卒に断れるはずもなく。



「うちの学校の名物行事『受験合宿旅行』をキャンセルしろと?」



他校ではあまり見ないが、うちの学校では気晴らしもかねて、受験対策の『合宿旅行』を三年秋に行う。
缶詰で机にかじりつきっぱなしでは受かる物も受からない、と初代校長が言ったとか言わないとか。
さすがバベルの影響下にある学校、真面目な様でいてお気楽だ。
だけどこれが効果を上げているのか、進学率はむしろ高いというのだから侮れない。
今年は北海道だったかな。



「仕方ないのだヨ。コメリカからの助力要請がだネ」

「局長の顔でなんとかなりませんか」



形だけでも反論してみるが、局長の情けない表情で全てを悟る。
政府を通じた正式な要請なのだろう。
もう少しは新米指揮官に優しくてもいいんじゃないかと思うけれど
大体この人に腹芸なんて似合わないし、僕には想像も出来ない。
見えないところでは政治的な駆け引きをこなしているんだろうが
少なくとも僕にとっては、無理矢理ヒゲをすりつけられた愛情過多なウザいおっちゃんに変わりない。



「どうしましょうかね……」



わざとらしく溜息をついて
もう一度局長を見やると、苦り切って朧さんに助けを求めている。
いくら澪の件で無理を通して復帰させた僕に対する気遣いがあるとはいえ
そもそも最上級権限者に一指揮官が異議申し立てている時点で、組織としては問題なのだ。
涙目で僕にあれこれ弁解してる局長を見ていると、怒る気も失せたことだし。
大体、局長を泣かすヒラってのもどうかとは思う。組織人として。



「……冗談ですよ。さっきの説明で事情はわかりました。
 予知で判明した超能力犯罪を、食い止めてほしいと」

「引き受けてくれるかネ!
 そうなのだよ、各国の世界遺産に落書きをしてまわる超能力犯罪者の逮捕に協力してほしいということでネ。
 コメリカの名前を貶めるので、早急に捕獲したいのだそうだ。
 国の面子がかかっている、とも言っていたネ」

「でも僕は役に立ちませんよ?」

「予知でも京都への出現確率は低いのだヨ。
 数パーセントしかないから、行ってもらっても遭遇しない可能性の方が高い」

「はあ」



だったら行かなくてもいいんじゃないですか、という言葉を寸前で飲み込む。
局長直々の『要請』の意味合いともっとも重要な同盟国コメリカという二つの要素だけで
任務の重大性は推し量れる。



「だが非常に危険でやっかいな犯罪者には変わりない。
 絵の具で落書きをするだけならまだ良いのだろうが、それを目鼻口に巻き付けられたらどうなると思う?」

「……流体念動力ですか」

「さすが皆本君だネ。
 念動力の中でももっとも難度の高い流体操作、その達人が予知された犯罪者。
 クライド・バロウだ」



ニューヨーク出身のコメリカ人。
ポニーと呼ばれるパートナーを連れているらしいく、自分をアーティストだと言ってるらしい。
粘着質のペイント材を自由に操り警備陣を巻き取り自由を奪った後で、見せつけるようにペイントするのが手口とのこと。
超能力でそこら中を、最近は特に世界遺産を狙ってペイントを行う愉快犯だが、その気になれば簡単に人を殺せる危険性をも秘めている。



「コメリカ政府は予知確率のもっとも高い地点にNo1の流体念動力使いを配置するそうだが
 予知された地点に日本政府も高レベルエスパーを配置してほしいとの依頼でね」

「……ということは……なるほど、澪達中等部三年生は京都に修学旅行。僕を含めて出動しろ、ということですね」

「その通りだ」



僕に声がかかった時点で予想してしかるべきだったろう。
中等部三年生の旅行先が京都。
僕という指揮官への出張要請。
想像に必要なピースとしては、これで充分だった。



「まあ、行く場所は一緒だがネ。
 常に澪君と一緒に行動する必要まではないのだヨ」 

「まぁ……考えるまでも無く、場違いですしね。
 中学生に紛れて、修学旅行なんて無理がありますから。
 でも、そうすると澪との連絡はどうすれば?」

「携帯を持たせるが、なんだったら電柱の陰や壁の隙間などから
 こっそりと澪君の動向を観察しながらでもかまわんヨ?」 

「いくらにこやかでも、局長が言うと冗談に聞こえません」



そんな行動を取っている自分の姿を思い浮かべる。
修学旅行中の女子中学生を追いかけ回して物陰から覗き見る眼鏡の男。
何処に出しても捕まるであろう、立派な変態が其処にいた。
万が一、当局のお世話になったら澪は助けちゃくれないだろうし
助けるどころかモザイク抜きで素顔晒して堂々と『あのバカは何時かはやると思ってました。わー変態。ロリコン。メガネ猿』とか宣言しかねない。



「あら、皆本君ったら案外おしゃまさんなのねえ」

「ですからやりません!
 話聞いていたんですか朧さん!!」

「仕方ない。それが不都合なら、澪君の班に入れてくれるように頼もうか?
 ウン、自分で言っておいてなんだが中々良い方法だネ」

「いいわけないでしょうがっ!!!
 無理があるとさっき言ったばかりでしょうに!
 中学生に混じって修学旅行って、どんな羞恥プレイですか!?」

「何、安心したまえ!
 君なら大丈夫とダブルフェイスも太鼓判を押していたサ!」

「潰せその太鼓判!!!」



見える。たとえ超能力が無かろうとも、人目もはばからず受付でからっから大笑いしてる二人の姿が見える。
局長の部屋は対盗聴用ESP電磁壁が展開されて覗き見も盗み聞きも出来ないはずだけど
たとえそれでも何があっても、絶対あの二人は笑っているに違いない。



「おお、考えてみればダブルフェイスが居たネ。
 もし君達が別行動を取るのであれば、二人に同行して貰うというのはどうかナ?」

「断固としてお断りします」





☆☆☆





「土産は買ってきてやるからなー」

「しっかりお前の分まで楽しんできてやるよー」

「はははありがとうキツネにかまれて鹿に跳ねられ熊に襲われるよう祈ってるよ」



空港の搭乗口に吸い込まれていくクラスメイトに憎まれ口を叩いた後、僕はただ一人東京駅に向かった。
コメリカ中央情報局所属のエスパーと合流し、新幹線で京都に向かう予定となっていたからだ。



「ま、いつまでも愚痴愚痴してても仕方ない。気を取り直して任務遂行、と……」



手のひらで遊ばせていたコンパスを眺め呟く。
別に道に迷う訳じゃない。
このコンパスはくれた人の言葉通り、僕にとってのお守りだ。
もう、その人を覚えてもいないが
何か新しいことに向かう時、少しでも不安な時、迷いが残る時
これを手に取り握りしめると、不思議と落ち着いて
良い方向へと導いてくれた、そんな『お守り』だ。
今度もきっと、助けてくれる。
そぞろに考え
京都での任務の段取りを組みつつ歩いていると



「わっ?!」



不意に行き交う人にぶつかってしまい、大きく尻餅をつく。
まともに転んでしまい受け身もとれず
痛みで起き上がれずいると、ぶつかった人から手が差し出された。



「君、すまないな。私の不注意だ。立てるか?」

「あ、ありがとうございます」



手を返し見上げて、思わず僕は息を飲んだ。
顔に走った一文字の傷、白髪のオールバック、スーツの上からでもわかる鍛えられた体と
落ち着いた雰囲気を醸しながらも、持った厳しさを隠しきれない引き締まったオーラ。
思わず座り込んだまま見入ってしまい
仕立ての良いスーツを着込んだ初老の欧米人は、困った様な顔をしている。



「……どうした? 立てないのか」

「い、いえ。すみませんでした。僕がうっかりしていたんです」



その紳士に引っ張り上げて貰うと、今度はあちらの表情が変わる。
驚いたように目をむいて、すぐ先ほどのような優しいまなざしと
口元に微笑すら称えて僕を見据えた。



「あの?」

「……や、失礼した。手間をとらせてしまった申し訳なかったな。ではこれで」

「……ええ」



その人の後ろ姿にどこか見覚えがあった気がしたが、どうしても思い出せず



『……10番線ホームより、東京駅への……』

「わ、いけない。遅刻しちゃ格好つかないぞ」



アナウンスに急かされた僕は、その時の出来事をすぐ頭の隅に追いやってしまった。





☆☆☆





高架を慣れた足取りでひた走るモノレールに揺られ、僕は任務について想像を巡らしていた。
確率は低いとはいえ、犯人が出現した際どうするか。
支部の応援態勢はどうか、澪に危険が及んだ場合どう解決するか。
ECMを含めた現地警察の展開はどのような計画なのか。
防衛計画自体は朧さんが手配済みとはいえ、考える種は尽きない。



「まあ、澪一人で向かわせたあげくに京都の歴史物をぼこぼこにする訳にも行かないし
 世界遺産が局長の胃酸にでも変わりかねない事態は避けなきゃいけないし」



最近はだいぶマシになってきたとはいえ
超能力の使い方が荒い澪に任せていたら、クラウドの逮捕はできても遺産の修復が不可能になっている事も大いにあり得る。
これこそ本末転倒というのだろうが、こんな事を想定してるなんて万が一にでも澪に話そうものなら



「あははははは。どういう意味かゆうっっっくり話そうかクソ眼鏡っ……!!」



などとものすごい勢いでボコられるのは確定だ。
しかし、もしそうなったらアイツ、どんな言い訳するかな。
わざと遅れてアイツ一人にやらしてみようか、案外楽しくなりそうだ。
そう笑いでごまかして、眼下に広がる運河を見つめた。
秋の陽光が波間に反射してきらめき
河の先を進む釣り船が接岸用のタイヤを前方に備え
ポンポン軽い音を立てながら、穏やかな水面を切り分けていた。
ゆったり進む船をモノレールが駆け足で追い越していき
あっという間にその姿は見えなくなる。
高架が大きくカーブすると、ビル街を避けるようにして伸びていた。
浜松町に着けば、東京駅まではもうすぐ。



「……初めての共同任務。コメリカのエスパー。どんな人だろうな」



ザ・チャイルド時代、共同任務の話は浮かんでは消え、結局最後まで単独任務だけで
まして海外のエスパーとやるはずもなく。
初めて接する異国のエスパーの存在に、僕は少しだけ緊張を覚えていた。





☆☆☆





「初めまして、ケン・マクガイアと申します!
 ケンと呼んでくださイね、コウイチ! 親しき者には礼儀なしネー」

「いや、礼儀ありですから!」



コメリカ中央情報局所属エージェント、ケン・マクガイア中尉。在日コメリカ軍エスパーチームの一員。
会うなり大仰なハグと握手で挨拶するケンに僕は気圧され
周囲からは何事だと視線が集中し恥ずかしくて
手を引いて早々に待合ホームに逃げ、この陽気なコメリカ人の口をふさぐべく、駅弁を買い与えた。
日本人とは慎ましさを美徳とする人種なのだ。



「モグ、ん、ほふっ。このおーベンとは美味しいですねっ!!」



だけどいっこうに静かには、いや余計騒がしくなったのは気のせいじゃない。
とても美味しそうに駅弁をほおばるこの人は、一応映画にも名前が出てくるような有名な組織に属する高超度エスパーのはずなんだけど、まったくそうには思えない。



「もうちょっと静かに……ああほら、こぼさないで」



事前に緊張していたのが、すっかりバカらしく思えてきた。
コメリカ人にしてはやや小さいと思える体格から、想像できない大きさで笑い声を響かせる。
陽気なだけならまだ良いのだが
新幹線ホームで高速弾丸列車だとハイテンションだったり、列車に乗る際靴脱ごうとしたり
ワビサビだと言って山葵そのまま口にして咳き込んだり、渡したお茶が美味だと騒いだり。
在日コメリカ軍所属のはずなのに、本当に日本で暮らしているのか全く疑わしい。



(もし奈津子さんにでも相手させたら、余計間違った日本知識を吹き込まれるんだろうなあ……)



ケンをおもちゃにして笑い転がる奈津子さんとほたるさんが想像出来て嫌だが
困りましたネーと気にしなさそうなケンとダブルフェイスは、案外いいトリオになるかもしれない。



「へえ、元警官なんですか」

「そうデスネ。カンザス州で、捜査官をやっていましタ。
 クレヤポンス(遠隔透視)の能力が認められて、ザ・リバティーベルズ所属になった訳デスが
 大佐に引っ張られて気づいたら日本にいたというのが正しいですネー」

「大佐?」

「J.D.グリシャム大佐。
 大佐は先の大戦にも参加したエスパーで、日本にも造詣が深い方です。
 ミオさんとも、お引き合わせ願いますネー」

「ええ。京都について二日目、明日ですね。一度合流する予定ですから」

「分かりましたネー」



ケンは鼻歌でも歌うように軽やかに返事をしたが、あんまり澪の実体を知られたくないのはなぜだろう。
いつもの喧噪を他人様の前で演じるのは、あまり気の進む話でも無い。



「ミオさんとコウイチは、チームを組んだパートナー同士なのでしたね。我々もそういう関係に近いでしょうか」

「ぱ、ぱあとなあ?」



在日コメリカ軍エスパーチームのリバティーベルズが仲良しなのはケンを見て想像出来るけれど
僕と澪がパートナー?
あり得ない。世の中の因果律を覆すくらいにあり得ない。
それが可能なら時を駆けてみせるさ。



「いえ、単に2〜3月前に面倒を見ることになっただけですよ」



僕の答えに疑問でもあったのか、今度は逆にケンがキョトンと僕を見つめた。
口に運びかけていたウズラ卵を重箱に戻し、問いかける。



「でも、コウイチと澪さんはチームなのでしょう? だったら……」

「いえ、そう言われましても……」



ケンが言いたいのは、チーム員同士気心を通じていて当たり前、そんなところだろう。
だが僕たちの関係は決して良好とは言いがたいし、今現在もそうであるとはあまり思えない。
家族の様に仲が良い僕たち。
いっそ恋人なくらい仲が良いってのはどんなだろう。



『ほおら、捕まえてごらんなさーい』

『こらまて澪ー』



うふふふ、きゃははは。
夕日のかかる海辺を、じゃれる様に駆ける僕ら二人。



「……未来永劫ありえないな」



あり得たにしても、澪が僕の行き道にまきびし蒔いてそうだ。
『捕まえられるものなら捕まえてごらんなさーい、絶対捕まってやらないけど』というのが正しいと思われる。



「澪と僕との関係……知り合い以上チーム未満ってとこかな?」



と答えたが、ケンは要領を得ていない。
それはそうだ、僕だってはっきり分かってないんだから。
もしかすると僕と澪は、形の合わないパズルのピースみたいな物かもしれない。
何度も回転させたり移動させたり、時には枠自体を取り外したりしてようやくどこか一片が組み合うに過ぎない。



『何も出来ないノーマルは、そこでおとなしく見とけっ!!』

『どれだけ力があろうとも、僕は絶対に君を認めない!!』



まるで相手にもされなかった状態から変化があったとすれば、あの崩落事故からだろう。
いくらブリーフィングをしても一方通行かつ無反応、僕の名前を呼ぶことすらしない。
しかしそれでも澪に遠慮がちだった僕が、怯むことなく感情を叩きつけたのはあれが最初だ。
そこから僕らは感情むき出しでやり合う事が多くなった。
どっちかが根負けするまで絶対に引かないと、意固地になっているのかもしれない。
だけども、一つ一つの言葉や仕草が直接に体に響くようになってもいた。
ひたすらに高かった無関心の扉。
その扉を開いたのは互いを罵倒する激しい言葉だったとは、一体どんな皮肉だろうか。
でも黙っているよりは、言った方がきっとわかり合える。



「……それぞれが違う道を歩いて、違う物を見て、違う事を考えて、そしてそれぞれの思いがある」



呟いたのは、いつか読んだ本にあった言葉。
そう。
僕と澪は、違う。全く持って、違うのだ。
違う人間が集まって、同じ目的のためにがんばるからこそのチーム。
僕と澪で共有できる目標はまだ無いけれど
違う人間同士が交わったのは
ここにいるのは、僕自身の選択の結果。
自身の為に、僕には無理だったことを実現したかったから。
澪の能力が澪自信を幸せに出来る様、努力したかったからだ。

だけど僕は最近、そんな想いに浸る間も無かった。
めまぐるしく変わった環境の中
暴れ馬を乗りこなすことに精一杯で
気づけば今は京都に向かう新幹線の中。




「そうですね。僕が澪について知ってるのは、アイツの大好物くらいです」



持ち合わせたポッキーの箱を振ってみせる。
ケンは不思議そうな顔をして、やがて笑った。
それなら手みやげをたくさん用意していかないとね、と。
京都に向かって、窓からのぞく空はいっそう明るさを増していった。





☆☆☆





「初日から合流するなんて、聞いてないわよ?」

「うん、僕らもそのつもりは無かった」



思いもかけず金閣寺で澪に鉢合わせ、『もし』が続いた一直線上にいるんだなと実感した。
僕ら二人に驚いたのかそれとも不機嫌なのか、目の前には眉根をつり上げた澪がデンと構えている。
事件発生予知は明日以降、警備対象は世界遺産の寺院。
ケンが警備がてら見てまわろうと言い出し、僕も僕で京都は初めてだった事もあり
ならばと訪れた先で示し合わせたように澪と出くわしてしまった。
澪達の予定表には書いてなかった気がするが、よく見れば【自由行動】と書いてある。
ケンは袋いっぱいのポッキーをプレゼントし愛想良く振る舞っているが、澪にはお返しするつもりは無いらしい。



「ご機嫌斜めですネ、レディー」

「ったくあんた、旅のしおり読まなかったのね。作った人泣くわよ」

「むしろ僕は作ってた立場なんだが」

「まあいいわ。話なら早くしてよ、班の子達が待ってるんだから」

「お前友達いたのか」

「……京都を火の海にしたい訳ね」

「オウ、コメリカ軍でさえ爆撃を避けた京都が火の海にっ?!」



僕とケン、澪とのやり取りを周りの観光客が苦笑いしながら見ていて恥ずかしい。
いたたまれなくなり、用件を手早くすませようとするが空回る。
軽口でやり取りするのもいいが、僕にしても澪を邪魔するつもりは無いのだから
もう少しうまくいっても良いのだけれど。



「で、誰なのよこの外人」

「外人ではなく、ケンと呼んでクダサーい」



ケンはにこやかに挨拶し、右手を差し出すが
澪はその右手を見やり気づいたように呟いた。



「私には、握手の習慣は無いから」

「どこのゴルゴだお前」

「そうじゃなくて、さ……」



木壁に背もたれた澪の視線には、複雑な感情がこもっていた。
非難以上に戸惑いが色濃く現れたその視線に、僕は改めて気づく。
昔の僕がそうだったように、澪は超度6のサイコメトリーでもある。
近くにいられるだけで他人に避けられる。
どれだけ求めていたとしても、僕らに握手の習慣などあろうはずもなかった。
その避けられた経験が、逆説的に人との接触を臆病にさせ
素直に手を取るのが難しくなる。
だけどケンも察してくれたのか、気を悪くした様子もなく答えた。



「オゥ、オーケーオケーね。
 日本の人達みんな握手苦手デー…………!?」



不自然に言葉を区切ったケンは、慌てて身を翻した。
僕達の呆気に取られた視線も気にせず、眼鏡に手を当てながら彼は叫ぶ。



「――――――――奴が見えマス!!!
 シット、キョートにいるヨ!
 情報部の予知、間違ってたネ!」



突然といえば余りに突然齎された内容に
置いてけぼりとなっていた僕と澪は、緊張感を高めた。
続けて、ケンは深刻そうな顔をして



「ガッデム! まだ京都見物なにもしてないヨ!」

「「そんな場合じゃないだろがっ!!!」」



馬鹿なことを口にしたので、澪と協力してとりあえず黙らせた。
うん、これがチームって物か。ナイスコンビネーション。
ケンの発言は置いておくとして、とにかく現場に急行しなければ。
しかし、その前に問題が一つ。



「班行動急に抜けたら、いくらなんでも怪しいんだけど……」

「まあ、それは……」



……どうしよう?
教師側にはバベル側からの裁量でなんとかなるにしても
同行している友人達にはどう説明をつければいいのだろうか。
そこに、早々と復活したケンが口を挟んできた。



「それなら大丈夫ですヨー」

「何か妙案が?」



さすがコメリカ軍中尉、僕らには無い引き出しがある。
もしかすると、さきほどのセリフもこちらの緊張を解きほぐす為だったのかも



「ザ・チャイルドと逢い引きして駆け落ちって事にすれば万事OKデース!」

「「逝ってこいっ!!」」



親指立ててかまされた更なる馬鹿発言に、返すのは一言の処刑宣告。
京都の空にアメリカ産ミサイル『ケン』が音も無く飛んでいった。
…………テレポーターに距離は関係ないとはいえ僕ら、たしか急いでるんじゃかなったっけか?





☆☆☆





「ふふん、勝負あっ〜〜〜〜〜へぶしっ?!」

「あんたなんか、目をつむってても勝てるのよっ!! なめてんじゃねーわよ!!」



不可視の力場が、エスパー犯罪者クライド・バロウの勝ち誇った笑い声を遮った。
それきり声も出せないまま、クライドは空高く吹っ飛んで行く。
接着剤で地面に貼り付けられてしまった僕はその場から動くことも出来ず眺めるだけ。
同行していたケンもまた、同様に銃を構えることさえままならいでいたが、半ば呆けた顔でそれを見送った。
危険な犯罪者との言葉通り、早々に両瞼の上から接着剤をぶつけられ視界を封じられていた澪は
ピンチに陥った、かに見えたがアートと称して文化遺産を荒らして回る犯罪者を手早く逮捕してのけた。



「優秀なテレポーテーターには目隠しなんて意味が無い。
 全く訓練通りにやってのけるなんて、たいしたヤツだよ」



いくら修学旅行を邪魔されて不機嫌とはいえ、このところの訓練の成果はきっちり出てる訳だ。
澪の空間認識能力の向上は顕著だし、それにともなってパワーも上がっていた。
流体操作能力があればもっと簡単だったのだろうが、身を削って目隠し訓練をしたかいは在った。
澪にさんざん変態呼ばわりされたけども。
ダブルフェイスにも『マニアックー!!』とさんざんからかわれたんだけれども。
返せ僕の人権。
まあ、視界が効かないまま追撃を仕掛けようとする澪については、もう心配する必要もあるまい。
コメリカに引き渡す段になって再起不能だったりしたら笑えないが
精々、やり過ぎないことを願うばかりだ。





そして、その後は多くを語ることもなく、ハイスピードの解決を得たわけだ。
めでたしめでたし…………いいのだろうか、これで?



『ちょっと、これって反則じゃな〜〜〜〜い!?
 やり直しを要求するっ!!!』



などとクライドは喚いていたが、聞く耳など持たなかったのは言うまでも無い。



「−−−てなわけよ!」



夜もふけた頃合いに
僕らは宿にあるお風呂横の休憩所に集まり、ささやかな祝勝会を開いていた。
出動して間をおかずクライドを逮捕してしまって澪は得意げで、オレンジジュース片手に
さながら高座に立つ漫才師のごとく自信満々に語っては、ケンが楽しそうに合いの手を打つ。
握手の件はどこへやら、二人はすっかりうち解けて笑い合う。



「…なんか打ち切り漫画並みの高速進行だな」



僕の口を突いて出たのは、ようやくそのくらいでしかない。
皮肉の一つも言えないくらいの、本当に鮮やかな手並みだった。
粘着絵の具をはがすのが大変だったけども。



「大した被害も無かったデスしー」



ケンはケンで、任務が果たされたことに肩の荷を下ろしたのだろう。
すっかりリラックスした様子だ。



「じゃ。あたし、お風呂行ってくるねー。女子の入浴時間だし、みんなもう入ってるだろうから」

「行ってらっしゃイー」

「ゆっくりしてきなよ」



澪は足取りも軽く、楽しそうにお風呂に向かう。
余程に今日のことが嬉しかったのだろう、鼻歌まで歌っている。
久しく、というよりは彼女の初めての笑顔を見送る。
僕は僕で、これで澪が心おきなく修学旅行を楽しめるだろう事を嬉しく思った。
初日で用件が終わって自分はまるっきり手持ちぶさただけど、観光くらいは出来るだろう。



「澪さん、嬉しそうですネ」

「ま、今日くらいはいいでしょう。頑張ってくれました」

「デスが、彼女の出番無かったデスねー。
 念のために連絡しておいたのデスガ」 

「…彼女?」

「言ってたデショ?
 より可能性の有り得そうなところに、有力なエスパーを配置したと」

「あ、おっしゃってましたね。流体操作の達人、でしたか」

「そうデス。メアリー・フォードという十九歳になる女性でメンバーの一人ですネ」

「へえ」



もし空間認識訓練をしていなければどうなったろう。
メアリーの出動を願うことになったか、間に合わず世界遺産に落書きをされて逃走を許すことになったに違いない。
僕らの体面も悪くなったろうが、コメリカの体面はそれ以上につぶれたろう。



「実を言うと、ですネ。
 メアリーもこの宿に来てましてー」

「え?」

「なんでも、素早く事件を解決した澪さんに会いたいとかで……」



ドオォォォォォォォン。
ケンが言葉を続けようとしたとき響いたのは何かが叩きつけられる音。
聞こえてきたのは二人の女性が言い合う声。



「ばかこの、離せ牛オンナー! 狂牛乳!! シリコン胸!!!」

「五月蠅いデスネー、まな板娘! 扁平胸!! 平原バスト!!!」



大浴場の出入り口に、霧が巻き上がった。
水に巻き付かれた澪を、不敵な笑みを浮かべた女性が見据えている。
背の高く色黒の女性は豊かな胸を挑発的なタンクトップなど着て存分にアピールしており
澪とは対照的な姿に、ほたるさんの言葉を思い出した。
いわく『女性の魅力はすなわち魔力。存分に主張しなきゃ』と。
僕にはあまりに刺激的なその姿に、また別の意味でも目をそらしたくなった。
健全な男子高校生としては、寧ろ興味の対象だけども。



「胸の大きさが戦力の絶対的な差では無いと教えてやるっ!!」

「はん、ザクとは違うのですヨ。ザクとはっ!!」



次々壊れいく宿の惨状を目の当たりにして、これも僕が選択した可能性の一つなのかと
出来れば別の可能性はありませんでしたかと誰にでもない誰かに向けて囁いた。

「胸なんか飾りです。澪にはそれがわからんのですよ」

「悲しいけどこれ、現実なのヨネ」

「よく知ってますねケン、しかし黙れ」




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http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10374 第九話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10375 第九話中編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10380 第九話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10383 ショートストーリーズ1はこちら

後編へどうぞっ。長くてごめんなさい。

※2010年7月4日 改訂実施

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