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ベターハーフ! 九話中編






「澪をロストした?!」



その状況が僕に伝えられたのは、ヘリで現場へと向かう途上でのことだった。
経過はこうだ。
警備兵に連れられ、半ば飛び乗ったヘリ内のブリーフィングに参加したのは
僕と朧さん、ナオミちゃんと谷崎主任、ザ・ハウンド、そしてダブルフェイス。
焦燥感を煽るローター音の中、壁掛けのモニターを指し示しながら朧さんから説明を受けた。
現場となるのは、湾岸地帯にある石油化学プラント。当初は単なる『火災事故』の防止出動だった。
だが予知された事故はただのフェイクに過ぎず、現実に起きたのはまたもや『普通の人々』による襲撃。



「普通の人々はどこにでもいる……奴らは黒い害虫か何かか?」

「一匹見つけたら三十匹…………自分で言っといてなんですが、笑えないスね」

「そこ、私語を慎んでください。説明を続けます」



プラントの爆破、プラント警備用ECMの作動、無線の封鎖。
現在火災は工場の3割にまで広がり、延焼の食い止めも進んでいない状況。
学園祭事件以降エスパー警護のため展開する様になったAチームは、局長と共に『普通の人々』と交戦中。
淡々と説明される状況に気がはやっていき、澪を見失ったという点に達した時、僕は反射的に叫びながら立ち上がってしまったのだった。



「皆本君、落ち着きなさい。
 これは作戦行動の為のブリーフィングよ。是非を討論する場ではないわ」

「……」



朧さんの落ち着いた立ち居振る舞いと視線とに、僕はなんとか冷静さを取り戻す。
言いようの無い罰の悪さを覚えながら、椅子に座りなおした。
心配そうな視線が集まるのを感じるが、朧さんの言っていることは全く正しい。
僕がここで激昂したところで、何の役にも立たないどころか明らかにマイナスだ。
今は現状把握に努めるのが最善。朧さんとて心配でないはずがないのだから。
続く説明に耳を傾けようと努めるが



「救援のため、バベル指揮下のほぼ全ての実働部隊を現場に急行させていますが、そのため本部は閉鎖状態としました。 
 また石油化学プラント爆破という大規模なテロ行為であるため、政府に治安出動を要請しました」

(……あの馬鹿、また一人で考え無しに突っ込んで行ったんじゃないだろうな。
 局長やAチームがわざわざ一緒に居るのに、単独行動を取らせるとは思えない。
 僕とのいざこざで一々局長達が構ってくるのに嫌気が差して、さっさと終わらせようと勝手に現場へ飛び込んだんだろう。
 そこでECMが起動した結果、分断されて……)



だが、気は何処かそぞろで話に集中することができない。
論理思考だけで冷静さを保ち続けるのは難しい。むしろ考えるほどに不安は募る。
ただ説明の邪魔だけはするまいと、表には出さないよう自制した。
たとえ出来なくてもしなければならない。だって僕は澪の―――



「我々は現場到着後、澪ちゃんと局長達、プラント従業員の救出作戦に入ります。
 先にバベル実働部隊が普通の人々の掃討作戦を開始しているはずですが
 なにしろ状況に不明な点が多すぎます。実質的に、治安出動した自衛隊が展開してからになるでしょう」



遅過ぎる。僕の胸の内で苦い感情が広がった。
しかし澪や局長の状況が不明な以上、ヘタに動くことは状況を混乱させる可能性が高い。
救出のためには初動は早ければ早い方が良い。
もちろん、朧さんはこれ以上ない程、素早く体勢を整えつつある。
だがECMが展開している以上、まずはそちらを沈黙させないことには僕らエスパーチームは身動きがとれない。
致命的な後れをとらないよう少しでも早いECCM稼働と実働部隊のECM破壊に期待するしか、ない。
出口の見えない五里霧中の懊悩に沈み込む。底が無いかのように深く、深くへと。
そんな僕の悪循環を断ち切ったのは、何処までも落ち着きを見せている朧さんではなく。
気遣わしげな顔を見せていた、窓際に居るダブルフェイスではなく。
何かを言おうとして、声を掛けずにいられたザ・ハウンドやナオミちゃんでもなく。



「……皆本君」



一通りの説明が終了したと判断されたか、谷崎主任に声を掛けられる。
思いもよらない呼びかけに驚きを隠せず顔を向けると
今までに見たことも無いほど真剣な目で、谷崎主任はこちらを見返してきた。



「誤解を恐れず、あえて言おう。
 この中で私だけが、今の君の気持ちを理解できると
 何も皆が心配している気持ちを否定するつもりはない。
 だが、君が抱いているだろう焦燥感は、ノーマルとしての無力感は
 担当のエスパーを持ち、危険な現場へと向かわせた者にしか解るまい」



言葉を切り、そして繋ぐ。



「我々に出来るのは信じることだけだ。
 歯痒いだろう。口惜しくもあるだろう。
 どんな厳しい訓練を行おうと、どんな適切な助言を加えようと
 最後の最後では、何もしてはやれないのだから。
 それでも―――いや、だからこそ。
 私達、主任が不安な様子を見せることは許されん」



信じること。盲目的にではなく、人事を尽くした上で。
今まで行ってきた訓練を。助言の一つ一つを。
そしてその全ての対象である澪を信じること。
それはとても単純で、そしてとても難しい。



「皆本君、澪君にとって君は何だと思う?
 澪君は、君にとって何かね?」



突然の問いかけに、一瞬だけ言葉が詰まる。
でも、それは本当に刹那の話。答えなんて決まりきっていた。
谷崎主任を見据えた目を反らさずに、一息に言い切る。





「澪は、僕が担当するエスパーで
 僕は――――――僕が、澪の主任です!」






叫ぶような返答の後、ヘリ内には少しばかりの沈黙が訪れる。
僕の答えを聞いた谷崎主任は、満足そうに頷いた。



「ふむ、及第点というところだな。
 そこはこう、『イッツマイスウィートハニィィィィ!』と
 臆面もなく言えるようになって一人前というものだ。
 そうだろう、ナオミ!」

「ははは自重しろこの髭」

「あはは同意求めるな中年」



言わんでもいいことを喋ってジト目に晒される谷崎主任。
さっきまで在った谷崎主任を尊敬する雰囲気は
何処か遠い世界へと消え失せたようだった。
苦笑を浮かべながら、一人一人に視線を移す。
ナオミちゃんも、ザ・ハウンドも、ダブルフェイスも、何も言わずに頷いてくれた。
そんな皆を見渡して、朧さんが改めて口を開いた。



「みんな、聞いてちょうだい」



皆の視線が一つに集まる。
朧さんは臆することなく、宣言するように告げた。
それは今ここには居ない何か、『普通の人々』か
あるいは、運命か未来かに対する宣戦布告のようでもあった。



「今回のこの救出作戦は、バベルの……いいえ。
 私たちが、普通の人々に決して屈しないという強い意志を示すためのものです。
 必ず澪ちゃん、局長、プラントの人たちを救出します。
 必ず、です。全力を尽くしましょう」



朧さんの言葉に、全員が大きくうなずく。
誰の眼にも嘘はなかった。
それがとても心強い。
中空を息せき切ってヘリが駆け、先ほどにもましてローター音が室内に響き
窓に張り付いていたダブルフェイスの二人が声を上げた。



「「見えてきた……!」」



皆が窓縁に顔を寄せる。
まるで夕日が落ちてしまったかのように、闇をこうこうと照らす赤黒い光がそこにあった。
だけど、この光は決して暖かく包んでくれるものではない。
芯から人為的で、どこまでも悪辣な炎だ。
濛々と立ちこめる煙が空高く登り、あたりに火の粉をまき散らしている。
頬に感じた熱は果たして気のせいだったろうか。
時折聞こえる爆破音は、戦闘の証拠かプラントの誘爆か。
一つ音が聞こえる度、プラントの明るさは増していき、辺り一帯が熱気で歪んでいく。
あの中のどこかに、澪はいるのだ。



(―――無事でいてくれ)



祈ったこともない神様に、心から僕はそう願った。





☆☆☆





炎と煤煙の中、僕らは石油化学プラントに降り立った。
『加熱』されたプラントでは、バベル指揮下の兵員が慌ただしく走り回っている。
この辺り一帯をカバーしているのだろう簡易ECCMも目に入る。
こういう技術はいたちごっこなのだと、局長に聞いた言葉が思い起こされる。



「エスパーチームの皆さんはこちらへ! 追って指示あるまで待機願います」



僕らはヘリから、急造の司令テントへと走り込む。
火災現場からある程度離れているテントも
付近から巻き上げられた大気の影響か、熱風でばさばさと揺れていた。
入ったと同時に、兵員からナオミちゃんやハウンド、僕やダブルフェイスそれぞれに
プラントの見取り、味方の配置、敵の予想位置などが記された地図が手渡された。
早速各部門と連絡を取っている朧さんに変わり
地図に目を走らせ谷崎主任が、僕らに細かい注意を出し
一通り伝え終えると、改めて呟いた。



「この前の学園祭襲撃とは違って
 今回は多少なりともマトモな連中を寄越したらしいな。
 澪君をロストした位置は既にきっかり、火災と敵兵で塞がれている」

「これだけで、敵のことまで分かりますか」

「ああ。この前は人質を詰めた体育館のカーテンすら仕切らなかった素人集団だったからな。
 であればこそ、モールス信号も送れた訳だが」

「!」



主任は腕時計をちらちら振った。
外の炎に照らされ、盤面が赤黒く光る。
そうだ、あの時。
体育館には、夕日が差し込んでいた。



「私は見切り発車でナオミにECCMを与えたりせんよ。
 外部との連携が取れてから発動させるつもりだったが……。
 いいか皆本君、前回のようにはいかんと肝に銘じたまえ。
 下手な行動は澪君の命取りになる」

「……はい」

「しかし、かと言って、このまま時間だけが過ぎるのも上手くない……」



プラントの火災が収まる様子は全くなく、吹き込む熱風も勢いを増すばかり。
上空に溜まり増え続ける煤煙。
純粋な悪意と害意の塊がどす黒い群雲を作り出し
しかし辺りは石油が燃える明かりで煌々と照らされている。
まだか、まだか、まだか。
1秒が1分にも感じられる。
手元の地図を見ては頭にたたき込み、また視線を外の喧噪に移す。
飛び回るヘリの群れは消化剤を満載し、土手っ腹からはき出しては次々帰還していく。
またすぐに戻ってくるのだろうが、それはとりもなおさず消化剤が火災の規模に対して有効に機能していない証明でもあった。
今この瞬間、澪は炎に焼かれているのかもしれない。
それを思うと、僕はいてもたってもいられなかった。



「連絡!」



テントに新たな兵員が駆け込み、朧さんに敬礼を送る。
消し炭に所々黒ずんだ制服は、彼が炎の中を走り抜けた事を物語っていた。
胸に記された部隊証は、Aチームのもの。
手を下ろし、直立した彼の報告は僕らが待ち望んだ物だった。



「Aチーム並びに各実働部隊は3カ所のECM及び集中管理室へ取り付きつつあります!」

「ご苦労様です。局長はAチームと?」

「は、有線通信がつながっております。お話を?」

「ええ!」



敵による無線封鎖下で急ぎ敷設したのか、それともこちらに向かう途中で車から線を延ばしたのか。
朧さんは差し出されたマイクをもぎ取るように手にした。



「局長! ご無事ですか、お怪我は?!」

『こちらは大丈夫だ、心配をかけてすまない。
 問題は澪君だ。一刻も早い救助が必要となるが、救援部隊の展開はどうか?』

「はい、自衛隊の治安部隊が程なく到着する見込みです。
 バベル指揮下の兵員含め、規模は五百を上回るかと」

『十分だ、展開を急がせてくれ。
 どこか一つでもECMの破壊が成功すれば、開いた穴から澪君の捜索を開始したまえ』

「……了解しました! みんな、聞いたわね」

「「「はい!」」」



朧さんが振り返る。
もちろん、待ちかねた僕らが一言一句聞き逃しているはずもない。



『皆本君はそこにいるか』

「……はい!」



無線機からの局長の声に、大きく返事をした。
苦い、だが太く強い声がスピーカーの向こうから届く。



『なんとも弁解のしようもない。
 だが、君に続いて澪君までを失う事だけは絶対にしない』

「ええ、分かってます。局長もどうか無事で」

『銃弾の一発や二発、なんともないがねネ。
 皆はくれぐれも気をつけてくれたまえ。朧君、後は頼む』

「はいっ!!」



それだけ答えると、朧さんはひとりひとりの目を見据え、次々指示を飛ばす。



「ECM破壊後、ダブルフェイス・奈津子さんは遠隔透視能力《クレヤボヤンス》で澪ちゃんを捜索開始。
 所在が判明次第、ほたるさんは情報共有を開始。
 ナオミちゃんはサイコキネシスで火災を起こしている建物を倒壊させて。
 初音ちゃんは上空から侵入経路の捜索。明君は……」

「ヘリに意識を乗り移らせればOKですよね?」



背後に控えた輸送ヘリを指し示す。
幼さの残る顔に浮かぶ不敵な笑みが、チーム名たる『猟犬』を思い起こさせる。



「君の能力は相手の知能によるんじゃないのか?」



模擬訓練の際に操っていたのは蛇や鷹であって、ヘリのようなマシンではなかったはずだ。
そうであればこそ、僕らもあれほど苦戦したのだから。



「俺の能力は決して生物だけって訳じゃないんです。
 多少なりとも、コンピューターみたいな演算装置がついてさえいれば大丈夫です。
 ECMが解除されれば、爆音響かせて飛んで見せますよ」

「すごいな……」



無機物の乗っ取りを行える能力はロボットが災害現場で活躍するように
今回のような現場にはまさにうってつけだろう。
明君がこの能力を持っていた幸運に感謝するしかないが、しかしそれにしてもだ。



「早くECMが解除されないと動きようが無い。
 限定規模のECCMじゃあどうしようも……」

「なに、ECMがエスパーにとって絶対の天敵という訳でも無い」



思いがけず、入り口から声が響く。
振り返れば、そこにいたのは知り合って程無い、しかし印象深い異国のエスパー達だった。



「グリシャム大佐! メアリーにケンも!」

「遅くなりましたネー!」

「あのちびっ子が大変な事になってると聞きましたネ。
 エスパー狙ったノーマルのテロなんて、全く胸くそ悪いデース!」

「大佐?! どうしてこちらに……」



朧さんの確認ともつかない謝辞を大佐は手を掲げて遮り
落ち着いた所作でその手を下ろすと、眼光鋭く見渡し告げた。



「ミス・朧。先日と同じく、我々コメリカエスパーチームは貴方の指揮下に入る。よろしいか」

「それはもちろん、願ってもないことですが……」

「了解した。押しかけで申し訳ないが、微力を尽くさせてもらおう。
 さて、早速だが一つ提案がある」

「なんでしょう、グリシャム大佐」

「なに、大したことではない。やれることはやろうというだけだ」



大佐はそれだけ言うと、近くにいた警備兵から銃をもらい受け、構えた。
重量感ある兵器が、これほど様になる人もそうはいないだろう。
赤茶けた熱気を背にして、大佐は静かな威厳を湛えてすらいた。



「今も言ったがECMはエスパーにとって絶対の天敵という訳でもない。
 皆見落としがちな事だが、我々とて人間だ。
 『普通の人々』と同じく、銃も撃てれば爆弾を仕掛けることも出来る。
 もちろん、その逆もだがね」

「つまり、ECMの影響下においても通常の作戦行動は取れると?」



谷崎主任が問いかけ、大佐はうなずく。
ケンは眼鏡のブリッジを、メアリーはカウボーイハットのつばを人差し指でせり上げた。
なるほど、確かにエスパーが超能力を『必ず使わなければならない』という制約は無い。
代用の効かないエスパーとしては贅沢な使い方かもしれないが
この状況下での選択肢としては間違ってもいないのだろう。



「ECMが解除されるまで超能力による援護を受けることは出来ない。
 が、私と共にザ・チャイルドを澪君がロストした地点付近まで接近させたい」

「……その行動の根拠は?」



再び、谷崎主任がグリシャム大佐に疑問を投げかける。



「二人がキーパーソンだからだ」

「キーパーソン?」

「程なく治安部隊も駆けつける現状で、新たに兵員は必要あるまい。
 しかも貴重な高レベルエスパーだ。
 しかし、ザ・チャイルドは今でこそノーマルと変わりないが
 この前の能力を発動させるにしても、ザ・チャイルドと澪君の両方が必要なのだろう?」

「……かもしれません」



学園祭事件の際、救援に駆けつけてくれたコメリカチームが僕の能力を知っていても不思議はない。
しかし本格的な検査を未だ受けておらず、能力の詳細は分かっていない。
発動条件もどのような物かすら不明だが、事実として僕と澪が手を重ね合わせたときにあの能力は顕現した。



「皆本君……行くの?」

「……もうすぐ体勢は整うわ。
 今無理して炎の中に飛びこむよりも、待つことも選択のひとつよ」



不安を隠そうともしない奈津子さんとほたるさんが、僕に問いかける。
二人の言うことも理にかなっている、決して大佐の言うことが全てじゃない。
それは僕にも分かっている。
だけど。
だけれど。
今この瞬間、澪が炎に巻かれているかもしれない。
援護もなく、たったひとりで猛火の中を彷徨っているかもしれない。
いや、それすらも出来ず。
もしかすると―――
最悪の想像が頭をよぎり、首を振ってそんな考えを追い出す。
今、自分に出来ること。
ヘリの中で谷崎主任に教わったことを思い出す。
胸に手を当て、すぅと大きく息をついた。
はき出した息すらも炎に当てられて、熱い。



「奈津子さん、ほたるさん。僕は、局長やAチームを信じます。
 ECMが解除されたとき、僕が一歩でも澪の側にいられれば
 それだけ救助できる可能性が大きくなるんです」



皆を見て、最後に無線機の側にたたずむ朧さんを瞬きすることもなく見据えた。
熱風に揺られた朧さんの黒髪が、爆炎に照らされ煌めいている。



「分かりました」



朧さんは、居住まいを正し大佐に頭を下げる。



「……大佐、皆本君をよろしくお願いいたします。
 ですが、ECM解除の時点で突入するとはいえ、未だ火災は鎮火しておらず
 それどころかますます勢いを増してきています。
 澪ちゃんを取り囲んだ炎の壁、これをどうやって突破するおつもりですか?」



朧さんの言うように、これはただの火災じゃない。
『石油化学プラント』が燃えているのだ。
立ち上る炎と煙は遙か上空まで支配し、消化ヘリの行く先を妨げる。
ただその為だけに精製されたケミカルは、天をつく勢いで燃えさかっている。



「確かに、いかな超能力でも熱量その物を防ぐことは難しい。
 テレポートするにも、こうゴミが大量に飛散する状況では不可能だ。
 火災は激しく、プラント全体がフラッシュバック現象をすら起こしているよう思える程だが……」



一気に千八百度という超高温となるフラッシュ・バック。
度重なる爆発は誘爆を呼び、まさにプラント全体をひとつの火の塊へと変えていた。
だが大佐の視線は淀みなく、ただ一点を捉えていた。



「このような時であればこその、メアリー・フォード中尉だ。
 ちがうかね?」

「その通りですネー、大佐。」



彼女が誇らしげに豊かな胸を反らす。
自慢のカウボーイハットをゆっくりと脱ぎ、右手で掲げると僕に一礼した。
彼女自慢の流体念動力を使ったかのように、たおやかにゆったりと、優雅に。



「命がけの任務デスが、今の貴方と組むのは悪くないと思えマース」

「いえ、僕は。僕は、澪の指揮官ですから……
 大佐の言うように、今やれることをやる。それだけです」

「そうか……ミス・朧。
 この場に居残るケン含め、エスパーの指揮は彼に任せて良いかね?」



大佐は朧さんに、そして口ひげをさする谷崎主任に視線を送る。



「おまかせを。私も私の勤めを果たすといたしましょう。
 新米に負けていられないのでね」



普段のおちゃらけぶりは微塵も感じさせず、主任が笑顔で答える。
ナオミちゃんやザ・ハウンドは改めて目を見張っているが、先ほどの学園祭事件での話からも分かるように
彼もまた、朧さんと同じくバベルという準軍事組織の一員で、エスパーの命を預かる指揮官なのだということを痛感する。
いくらかのやり取りの後、作戦の詳細が決定され、即座に行動に移った。



「では、これより救出作戦を開始します! 」

「はい!!」



朧さんの号令の元、それぞれが持ち場に散っていく。
僕はグリシャム大佐とメアリー少尉と共に、澪をロストした地点に向かい駆けていった。





☆☆☆





待機場所にほど近いポイントで鉄塔の影に身を隠す。
大佐とメアリー、護衛の兵隊にも守られながら
時折撃ちかけられる銃弾をかいくぐり、どうにかこの地点までたどり着いた。
動きを止めた瞬間、ぶわと汗が噴き出す。



「想像していた以上に、炎の勢いが激しいな」

「こんな遠くでこれだけ熱いなら、炎に取り巻かれた中はどんな……」



司令テントを出発してから、炎が渦巻く中
『普通の人々』とバベルが交戦している様をまざまざと見せつけられた。
そこにあったのは紛れもなく、そして容赦ない命のやり取り。
一瞬の油断が即座に死につながる、映像でない現実の『戦争』。
こんな中にアイツはひとりでいるのだ、と思い知らされ
震える僕の背中を見かねたのか、メアリーが肩に手をかけ、言った。



「大丈夫。
 あの図太いちびっ子が簡単にやられるわけ無いデース」

「ありがとう、メアリー」



それだけしか言えなかった僕に、大佐が言葉をつなげる。



「信じることだ、ザ・チャイルド。どんな現実を目の当たりにしても
 いかな絶望的な情報を耳にしても、自分で確かめるまでは諦めるな。
 投げ出すな。砂一粒ほどでも可能性が残っているのなら、それに賭けろ。
 そうしてこそ、初めて成功をつかめる」

「……そういうものでしょうか」

「そういうものだ。……ふふ」

「どうされました?」



かすかに笑った大佐の横顔に、ふと僕は見入った。



「いや、おかしなものだと思ってな。
 ザ・チャイルド。昔、私にそれを教えてくれたのは君なのだから」

「僕が……?」

「なに、あれは君がとても幼い頃だった。覚えていないのも無理は無い」

「ワッツ? 大佐とミナモトは、昔会ったことがあるのデスか?」



メアリーが問いかけざま



「キャッ?!」



1発、2発と銃弾が付近に流れ飛んだ。
僕らは一斉に頭を伏せ、当たりの様子をうかがう。
普通の人々の部隊が接近してきたのか、それとも戦線が狭まってきたのか。すぐには分からない。



「ったく、話の腰を折るアスホールどもデスネー!
 空気の読めない男は嫌われてホースに蹴られて地獄にフォールデース!」

「ははっ」



ぶつくさ文句を言うメアリーの大仰な嘆きぶりに、僕も笑いを誘われた。
連絡によれば、どうやら管制室付近から押し出されかけている『普通の人々』が
他部隊を増援として移動させている様だ。
撤退するにしろ抵抗するにしろ、まだ『普通の人々』は澪の殺害を諦めてはいない。
あちらもあちらで素早く集結したいのか、すぐに気配は遠くなる。
次弾が続かない事を確認した後、大佐は命令した。



「待機場所まで急ぐとするか。
 増援が整えば、滅多なこともあるまいからな」

「はい!」



兵員に担がれ頭を低くし、火災のプラントを再び走り抜けていく。
ギブスのとれない足が痛むが、今はそんな事も言っていられない。
一歩進むごとに汗がこぼれ落ち、瞬く間に乾いていく。
僕の制服は黒だから目立たないが、大佐のスーツやメアリーのシャツはだいぶすすけている。
それだけ各所で『不完全で強引な』燃焼が起きているのだろう。
煙に巻かれれば、喉をやられて呼吸困難に陥るかもしれない。
敵は『普通の人々』だけでは無い。
巻き起こる大火災は、既にこの場にいる人間全ての敵だった。



「会敵地点からはだいぶ離れました。
 待機ポイントはあのプラントの影となっています」

「了解した」



大佐は僕らにも指し示すと、速度を上げて走り込む。
続いて僕とメアリーも同様に、一段と大きな鉄塔の背後に回りこんだ。
鉄塔の背後には直接に熱風が当たらず、それだけでも随分助かった心持ちだったが
一息つくまもなく、大佐は予定の作戦行動を再確認する。



「あのプラント群が見えるな?」

「はい」」

「ここより直線距離にしておよそ300m。
 直径にして1kmほどの炎上しているプラント群と複数の貯蔵タンクの中心点付近でロスト。
 おそらく孤立していると思われる澪君の救出。
 これが最優先だ。わかっているな」

「ええ」



ロストしたという報告を聞いてから、まだそれほど時間は経っていないはず。
だけれど、ここにたどり着くまでの時間が僕には1日にも思えたほど長い時間に感じられた。
ようやく、アイツを助けることが出来る。
そう思うと、まずいとは想いながらも気が一層はやる。



「よろしい。防護マスクと耐熱服は」

「ここにありマス」



メアリーが言うと、兵員が背負ったバックを目の前に下ろす。
大きめのバックに整然と納められたマスクと耐熱服の1つを、僕は取り出し装着していく。



「突入時と脱出時にはこれが命綱だ。
 わかっているとは思うが、細かな破片が飛散するこの状況下ではテレポートは限りなく難しい。
 くれぐれも手放さないようにな」

「よろしくお願いします、メアリー少尉」

「ま、泥船に乗ったつもりでいてクダサーイ!」

「……泥船はいやなんですけど」



苦笑いをした僕に、メアリーがなにか間違ったこと言ったのかと疑問の視線を向けたとき
激しい銃声が響き



「またデスかーッ?!!」



一斉射が僕らの前面にかかった。
金属に反射する銃弾の音、稀にドズンと重く鈍い音もした。
見れば20人程度の部隊がやはり火災を免れた施設周辺に展開していた。
鉄塔の背後に隠れている僕らは一斉射をやり過ごし、間が開いた瞬間に撃ち返すという作業をひたすら繰り返す。



「ホントに余計なヤツらデスネー!」

「なぜ私たちの所在が分かる……?」



大佐が苦々しく呟く。
『普通の人々』に取ってみれば、ECM管理室やECMそのものの防御がより大切なはず。
先ほどの部隊移動も、その過程でのことだ。
ECM影響下にあれば実質僕らは役に立たないのだから、優先度は低い。
こちらの増援も到着し始めている頃合いに、僕らへの攻撃を行う理由がない。
いやそもそも、なぜ僕らの所在が、そしておそらくは役割が筒抜けになっている―――?



「忌々しいが、我々が想定外の攻撃を受けている現実は変わらん。
 メアリー、予定より少し早いが携帯ECCMを作動させるぞ」

「待ってマシタッ!!」



ECCMを解禁したメアリーを、『気』にも似た揺らめきが包み込む。
青白く視認出来るそれは、普通の人々への怒りと超能力が一体となったものだろうか。
僕の頬をかすった揺らめきは冷たく、しかしこれ以上ないほど熱く。
銃弾を受け止め、払い、振り上げた拳と共に普通の人々が潜む施設をたたき壊していく。



「私は超度六のテレキネシス! 得意なのは水の扱いだけじゃナイデースッ!!」



十分もかからず半壊した施設から、恐れを成した普通の人々が逃げ出していく。
大佐はそのまま、残骸を積み上げるよう指示、鉄塔の周囲に防御壁を構築した。



「これで一息つけるだろうが……ECMの破壊報告はまだか」

「未だ届きません」

「そう、ですか」



はやる気持ちをなんとか抑え込み、僕は救出の手順を繰り返しイメージした。
つい足を踏みならす間にも、炎の爆ぜる音が間断なく響く。
しかし、時間が過ぎるにつれ銃声は徐々に徐々に遠くなっていき
消火剤を次々落としていたヘリのローター音はいつの間にか消えていた。



「……頃合い、か」



大佐の囁きと、僕のうなずき。
そして、兵員の報告が重なった。



「第一制御室、奪還!
 この付近をカバーしていたECMの動作停止成功です!!」

「やった!」



ECMの影響から逃れた僕らは、即座に救出活動へと移行していく。



『皆本君、聞こえる?! これより精神共有、開始します!』

『皆本君、少々手荒だけど無事を祈ります。
 澪ちゃんの事、頼んだわよ!』



朧さんの号令一過、所定の -というにはあまりに焦れたが- 作戦行動が開始される。



「ヘリの到着はまだデスかっ?!」



メアリーがそう言い終えた少し後、消えたヘリは戻ってきた。
しかし、今度はローター音は1つや2つでは済まなかった。



『皆本さん、お待たせしました!』



明君の憑依するヘリに率いられたオートパイロットのヘリ群が次々飛来し、上空を埋め尽くす。
腹に響く重低音が、僕にはこれ以上なく頼もしく思えた。



『いた! 澪、あそこにいる!』



ヘリ群を護衛するかのように
さらに上空に一羽の鷹が、初音ちゃんがいた。
獣化能力の変形発動で鷹と化した目で、澪を素早く捉えたのだ。



「無事なのか?! それとも……」



ロストした地点からだいぶ離れた場所に、澪は倒れ込んでいた。
ぴくりとも、動かない。



「ミナモト。そんなに焦っても良いことありまセン。
 どーんと私に任せなサイ!!
 明、こっちはいつでもOKデス!!」

『分かりました、メアリーさん!
 受け取ってくださいっ!!』



飛来するヘリの土手っ腹が僕らの上空で次々開き、大量の消化剤をぶちまける。
空から降り注ぐ濁流を、しかしメアリーは一滴残さずその超能力で受けきっていく。
リズムよく投下される消化剤は、メアリーの手によって回転し、やがて一つの大きな球形を形どっていき
大きく大きくふくれあがった。
高速に回転する球が液体だと言って、事情を知らない人間はどれだけ信じただろうか?
流体制御の天才、メアリー・フォードの実力をいかんなく見せつける様は、僕を圧倒した。



「風向きなども問題なしだ。メアリー!」

「さ、ミナモト!」



超度七テレパスである大佐が、周囲から読み取れる限りの情報を引き出し、そして最善の『投球』ポイントを導き出す。



「お待たせしました、皆本さんっ!」

「おっそいデース!」



危険を考慮し分散していたナオミちゃんもまた合流する。
メアリーと同じく超度六サイコキネシスであるナオミちゃんは、『投球』の制御補助にまわる。
そしてメアリーは球を保持したまま、僕を中心へと誘った。



「オーケィ、MAJORリーグボール1号『ミナモト』完成!
 この炎の壁は必ず突破させてみせマス! 後は頼みましたネ、ミナモト!」

「日本のプロ野球も負けてはいません! 私TVで見るだけですけど!」 



この作戦を考えた僕達はベースボールに謝るべきか。
球形に流動を続ける消化剤をボールに見立てて、目標地点までサイコキノの力でぶん投げる。
後で事件を振り返ったとき、世の人は僕らを笑うだろうか。
僕らが考えた作戦はあまりに単純で強引で、その代わり例えようもないほど力強いもの。
大佐にメアリー、ダブルフェイスとケン、ハウンド、そしてナオミちゃん。
この場に駆けつけてくれた全てのエスパーの力を借りて、揺らめく炎の壁を打ち破る。
谷崎主任が言ったように、普段僕が澪に言っているように。
この先はたった一人だけれど
僕は、僕を信じて送り出してくれる人たちに応える為に
絶対に澪を助け出す!



「行きます!」




こんにちは、普通でない人々でございます。
さてちょっとだけ間をおきましたが、9話の中編をお届けいたします。

そして困ったことに、未だに澪さんが出てきません(−−  あっはっは。
一応ヒロインは澪さんのはずなんですが。
後編ではちゃんと登場しますので、お楽しみにー。


http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9866 第一話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9899 第二話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9931 第三話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=9994 第四話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10047 第五話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10048 第五話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10079 第六話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10080 第六話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10119 第七話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10243 第八話はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10374 第九話前編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10375 第九話中編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10380 第九話後編はこちら

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10383 ショートストーリーズ1はこちら




※2010年7月 改訂実施

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