『二人のヒャクメ君が消えて、
一人のヒャクメ君が現れて、
さらに二人のヒャクメ君が登場……。
まるでヒャクメ君のバーゲンセールだな!』
アシュタロスの口元に、不敵な笑いが浮かぶ。
正気に返った道真に捕縛された形のアシュタロスだったが、その呪縛も、数秒で外せそうだった。
そして、ヒャクメなどアシュタロスにとっては下っぱ神族にすぎない。何人来ようが問題ではなかったのだ。
仲間から見ても、あまり頼りになるとは思われていないのだろう。メフィスト・西郷・二人の美神・二人の横島――ただし二人のうちの一人は高島の意識で活動している――の顔に、希望の色は浮かんでいなかった。
特に横島などは、
「あいつ……
俺のセリフをパクりやがった!」
と、わけのわからないことを言っている。アシュタロスから見れば、錯乱状態のようだった。
さらに地上のヒャクメも、混乱した表情をしている。
こうした状況の中、
『私たちが来たからには……』
『もう心配しなくていいのね!』
新たに舞い降りた二人のヒャクメだけが、自信満々な顔をしていた。
二人のうちの一方が、胸を張って宣言し始める。
『光あるところ闇あり、
魔族あるところ神族あり……』
『あーあ。
最初が微妙に間違ってる……。
それじゃ私たち悪役なのね』
もう一人からツッコミを食らったが、彼女は、かまわず続けていた。
『……うっかりあるところ、しっかりあり!
未来からの使者、しっかりヒャクメ参上なのねーっ!!』
第十二話 うっかり三人組!
『……ということは、あなたは!?』
『そうなのね!
未来であなたと合体した、
「しっかりヒャクメ」なのね!』
『うっかりヒャクメ』の問いかけに、さきほどのヒャクメが応える。
だが、そこまでだった。
『それじゃ……もう一人は!?』
『説明は後回し!』
口頭で詳しく説明する時間も、心を覗き合う時間もない。
ちょうど、
『フンッ!!』
『む!?
私はいったい……!?』
アシュタロスが道真の束縛から力づくで脱出し、その道真も悪鬼に戻ったところだったのだ。
『美神さん! 横島さん!
……文珠をちょうだい!!』
『しっかりヒャクメ』が、美神たちに向き直る。
先に平安時代に来ていた美神――つまりこの物語の主人公ではない美神――が、現代で神道真からもらってきた文珠を一つ差し出す。
後から平安時代に来た横島――つまりこの物語の主人公に含まれる横島――が、その場で文珠を一つ作り出す。
そして、二つの文珠を受け取ったヒャクメが、その手を、他の二人のヒャクメと重ね合わせた。
『いいわね?』
『いくわよ!』
『ファイナルうっかり合体!!』
ヒャクメたちが今、神々しい光に包まれる……。
___________
輝きが収まった中に立っていたのは、一人のヒャクメ。
その一つの口から、三つの言葉がつむぎ出される。
『三人の私が一人になれば……』
『一人の私は百万倍のパワー
……いや、一千万倍以上なのね!』
『これで、ちょうど……
七ケタを越える差も埋まったわ!』
姿も形も普通のヒャクメだが、その霊力は圧倒的だ。
もともと文官のヒャクメだから、凄まじいパワーを抑えることなど、慣れていないのだろう。彼女の体から自然に発せられる霊圧によって、美神や横島たちが吹き飛ばされそうになるくらいだった。
『アシュを許すな……なのね!
サイコメトリック・パンチ!!』
『アシュを倒すぞ……なのね!
サイコメトリック・ドリル!!』
『アシュを滅ぼせ……なのね!
サイコメトリック・ビーム!!』
合体したヒャクメの拳が、頭突きが、霊波砲が。
アシュタロスに襲いかかった!
___________
『お……おのれ……』
アシュタロスは、すでにボロボロになっていた。
豪語するだけのことはあって、合体ヒャクメは、驚異的なパワーアップを成し遂げていたのだ。
合体ヒャクメとアシュタロス。両者の力と力とが激突した余波だけで、悪鬼道真など遥か遠くに弾き飛ばされてしまったほどである。
『この程度のやつに、
この私がやられるとはな……』
それでも、純粋なパワー勝負では、まだアシュタロスに分があった。軽くあしらえるほどの差ではないが、アシュタロスとヒャクメとの間には、歴然とした差があったのだ。
それなのにヒャクメが優位に立っているのは、ひとえに、彼女の特殊能力ゆえだった。
アシュタロスの攻撃は全て見透かされてしまい、全くヒットしない。一方、ヒャクメは、アシュタロスの痛いところを的確に攻めていた。これでは、アシュタロスのダメージだけが蓄積していく。
(もはや、これまでか。
ならば……)
現在の肉体を捨てて、究極の魔体へ意識をダウンロードする。
そんな策が頭に浮かんだが、それも一瞬。アシュタロスは、自らその考えを否定した。
(いや……あれは、まだまだ未完成だ。
それに……)
アシュタロスは、『魂の牢獄』に囚われた存在である。
ここで死んでも、どうせ、また復活するのだ。
それならば、いったん滅ぶのも悪くはない。
アシュタロスがいなくとも土偶羅魔具羅がキチンと世話してくれるはずなので、復活する頃には、究極の魔体も、もっと育っているはずだろう。
しかも……。
(……策を立てねばならんな)
下級神族が――しかも単なる調査官が――ここまでの武力を発揮するのだ。
やはり、神魔の力はあなどれない。
人間界で表立って活動する前に、彼らの力を封印する必要がある。
(チャンネルを遮断して、
さらに霊的拠点を破壊してしまおう。
そうすれば援軍も来れなくなるだろう)
具体的なプランを考え始めるアシュタロス。
ヒャクメの活躍が、彼の神魔への警戒心を高めてしまったのだ。
同時に、
(それに、三体合体とは面白いな)
アシュタロスの中に、ちょっとした遊び心も生まれる。
(私も……
力が同じくらいの配下を
三人用意しておくとするか……)
蘇った後の計画を入念に考えた上で。
『フフフ……』
シュウウウ……ッ。
アシュタロスは滅んだ。
かりそめの滅亡なのだが、美神たちは、それを知らない……。
___________
アシュタロス消滅後、残った面々は、彼に殺された高島を埋葬した。
そして高島の意識も消えた直後、先に平安時代に来ていた美神と横島――彼らのことをヒャクメたちは心の中で便宜上『美神2号』『横島2号』と呼んでいた――が、まず二人で現代へと帰っていく。
メフィストも西郷と共に、京の町へと、森から去っていき……。
その場に最後まで残ったのは、後から平安時代に来た美神と横島――この物語の主人公である美神と横島――と、三人のヒャクメだった。
(アシュタロスが死んで、
私たちの『逆行』イベントも消滅した。
でも……私たちは消えていない!
つまり、時空は完全には連続してないんだわ!)
と考えて自分を納得させてから、美神は、三人のヒャクメの方へ振り返る。特に三人の中の一人をジッと見つめながら、質問を投げかけるのだった。
「あんた……
私たちのヒャクメなんでしょ?
……あれから何があったか、
説明してちょうだい!」
『そうなのね!
……この私が、
あなたたちと一緒だったヒャクメなのね!』
美神に声をかけられたヒャクメ――『うっかりヒャクメ』――が、説明を始める。
平安時代から飛ばされた先は、アシュタロスが全面的に地上へ攻め込み始めた時代だったこと。神族も魔族も力を制限されて、人間たちもピンチだったこと。しかし、最後にはアシュタロスを倒せたこと……。
『……つまり私が大活躍したのねー!』
胸を張って締めくくった『うっかりヒャクメ』。
彼女の話を、
『それは私の協力があってこそなのね』
今度は『しっかりヒャクメ』が引き継ぐ。
……おとなしく『もとの時代』へ帰るのではなく、平安時代へと向かってしまった『うっかりヒャクメ』。彼女を心配した『しっかりヒャクメ』は、周囲の制止も振り切って、単身、平安時代へと乗り込んできたのだった。
『でも私一人じゃ戦力不足だから……』
まだ『宇宙のタマゴ』がない以上、その爆発にアシュタロスを巻き込むという策は不可能。南極でのバトルとは違う戦法が必要である。
そう考えた『しっかりヒャクメ』は、平時時代へ辿り着いてすぐに、もうひとりの助っ人を探した。
「もうひとりの助っ人……?」
横島が口にした疑問に応えるかのように、二人のヒャクメ――『うっかりヒャクメ』と『しっかりヒャクメ』――が、三人目のヒャクメに視線を向ける。
『そう、私よ、私!
……私なのねー!』
この三人目のヒャクメこそ、この平安時代にもともと存在していたヒャクメ――平安時代オリジナルのヒャクメ――だった。
「……は?
もともと存在……?」
「平安時代オリジナル……?」
混乱し始めた美神と横島のために、クスクス笑いながら、彼女が説明する。
『私たちは神族だから、
人間とは寿命も違うわ。
平安時代には……
すでに生まれてたのね!
……とりあえず区別のために
私のことは「平安ヒャクメ」と
呼んでくれたらいいのね』
見た目は三人とも変わらないが、実は『平安ヒャクメ』は、他の二人よりも千年以上若いのだった。
「それじゃ……
俺たちの時代のヒャクメって、
実はかなりの……バ……」
「女性にトシの話はタブーよ!」
暴言を吐きそうになった横島を、美神が叩いて黙らせる。
(まあ、ともかく。
これで事情もわかったし……)
すっきりした気分で、美神は、『うっかりヒャクメ』に声をかけた。
「……それじゃ、
もとの時代に戻りましょうか」
___________
『「うっかり」だけじゃ心配だから
私たちも一緒に行くわ……!』
『そうなのね!』
『しっかりヒャクメ』の提案に、『平安ヒャクメ』が頷く。
『……ひどいのね』
シクシクといった表情を見せる『うっかりヒャクメ』。
同じヒャクメであるはずの二人から、信頼されていないのである。さきほど、もう一組の美神と横島は――美神2号と横島2号は――二人だけで帰っていったが、それとの比較でも、
(『うっかり』一人が
ついて行くくらいなら……)
(『うっかり』抜きの方が
トラブルも起こらないのねー!)
と思われているほどだ。
ただし、今回は『うっかりヒャクメ』も美神たちと同じ時代へ戻る以上、別行動というわけにはいかない。それならば……。
「……なに?
あんたたち二人も
私たちと一緒に来るの?」
『そうなのね!
ちゃんと美神さんたちが
「もとの時代」に到着したのを
見届けてから、私は未来へ帰るのね!』
『……ちゃんと見届けたら
私は平安時代へ戻ってくるのね!』
美神の問いかけに応える『しっかりヒャクメ』と『平安ヒャクメ』。
これでは二人は余計な時間移動をすることになり、時空の混乱を激化させることになるのだが、彼女たちは、そこまで考慮していなかった。
しかも、
『うーん……だけど、
なんか大切なことを
忘れているような気が……』
『大丈夫なのね。
あなたが知っていることは
私も知ってるはずだけど……。
でも思い当たることなんてないわよ?』
アシュタロスに関して肝心なことをド忘れしている『しっかりヒャクメ』に、『うっかりヒャクメ』が大丈夫だと太鼓判を押してしまう。
二人の横では、
『……あ、待って!
魔体へのダウンロードは
してないみたいだけど、でも
滅び方がアッサリし過ぎて心配だから
……これを残していきましょう!』
『平安ヒャクメ』が、イヤリング状の心眼を外して、その場に置いていた。現代に戻ってから回収すれば、千年の記録を『見る』ことが出来るという計算だ。
『……まあ、そうね。
そこまでしておけば
きっと大丈夫なのね!』
何を忘れているのか気付かぬまま。
『しっかりヒャクメ』も、自分の不安を杞憂だと決めつけてしまった。
『それじゃ……出発!』
こうして、ヒャクメ三人をナビゲーターとして、美神と横島は平安時代から帰還する……。
___________
ギュン!!
『ただいまなのねー!
……あれ?』
五人が到着したのは、現代の美神の事務所。
だが、着いて早々、『うっかりヒャクメ』が違和感を覚える。
『……おかえりなさい!』
出迎えたのが、幽霊おキヌだったからだ。
「ただいま、おキヌちゃん!」
「ああ、これって……」
何の違和感も抱かずに挨拶する横島とは対照的に、美神は、問題点に気付いていた。
「……もとの時代じゃないわね」
つぶやく美神を見て、横島とおキヌがキョトンとした表情を見せている。
彼らの感覚としては『この時代』から旅立った以上、帰るべき場所に正しく戻ってきたことになるのだ。
しかし、美神や『うっかりヒャクメ』が考えていた『もとの時代』は、『この時代』ではない。
一番最初に平安時代への移動を始めた『現代』では、おキヌは既に人間となり、氷室神社で暮らしているはずだった。そして、その『現代』こそが、美神・横島・『うっかりヒャクメ』にとっての『もとの時代』なのだ。
『おかしいわ……なんで?
私も補助をしたのに……』
『……もうっ!!
私一人にまかせればいいのに、
横から余計な手出しをするから……』
『そんなわけないのね!
私が助けなかったら、
きっと、もっと狂ってたのね!』
『……違う、違う!
あなたのせいなのね!』
『しっかりヒャクメ』と『うっかりヒャクメ』が、責任のなすり合いを始めた。
もうひとりのヒャクメ――『平安ヒャクメ』――は、
『私は……心眼を探してくるのね!』
と言って、その場から逃げ出していく。
そんなヒャクメたちを見ながら、溜め息をつく美神。
「まあ、いいわ。
ここに来ちゃったのなら
……それでもいいから。
それじゃ、
おキヌちゃん、ちょっと
聞きたいことがあるんだけど……」
彼女は、おキヌに対して幾つかの質問をしていく。
それは、おキヌが美神や横島と出会ってからの出来事の数々。
おさらいをしているかのように、一つ一つ、確かめていくのだった。
おキヌは素直に答えているが、
「……なんで、わざわざ?」
傍らで二人の会話を聞いていた横島は、不思議そうな顔をしている。
その表情を視界の隅に捉えた美神が、おキヌとの問答を終えてから説明し始めた。
「歴史が変わったかどうか。
……それを確認したのよ」
美神たちが『逆行』してきたことで、『この時代』は色々と変わってしまった。だから、過去へ行ってアシュタロスを倒したことで、さらに変化する可能性だってあったのだ。
だが、どうやら、何も変わっていないらしい。
(以前に考えたように……
時間移動には時間逆行ほど
歴史を変える力はないのかしら?)
その是非はともかくとして。
やはり美神たちが平安時代でアシュタロスを倒す事は、『この時代』では、確定していたことなのだろう。『この時代』は、平安時代でアシュタロスが滅んだという前提で成り立っているのだろう。
(あそこで……
歴史は大きく分岐したんだわ!)
ヒャクメ抜きで平安時代から現代へ戻った美神と横島――美神2号と横島2号――、彼らが元通りの時代へ戻ったのだとしたら、彼らが紡いでいく歴史は、『この時代』のような歴史とは全く異なるだろう。
『この時代』は、逆行してきた美神と横島が、逆行前の知識を活かして築いていく歴史になってしまったのだから。
(それに……実は、もうひとつ!)
平安時代のバトルにおいて、美神と横島の『逆行』イベントが生じた直後。
(私たちは、魂だけが
この時代へ逆行して来た……。
おそらく……私たちの肉体は……)
もともとの自分たちの肉体は、雷にやられて、すでに消滅したのではないか。
美神は、そんな可能性を考えていた。
この美神の推測は正解であり、それはそれで、一つの歴史の中では事実だった(第一話参照)。しかし、それを確かめる術は、今の美神にはない。たとえもう一度平安時代へ向かったとしても、どの『歴史』の中の平安時代へ行くか、分からないからだ。
(だから……。
「平安時代から私たちが現代へ戻れない」
……という『歴史』も作られたことになるわね)
そう思いながら、美神は横島と幽霊おキヌに目を向け、微笑みを浮かべた。
(そんな『歴史』のこと考えても意味ないわね。
ともかく……今の私たちにとっては、
もはや『この時代』が、私たちの時代なんだから!)
つまり『もとの時代』の世界では、美神たちは平安時代で死んでしまったということになる。その『歴史』の中で残された者たちがどう暮らしていくのか、関心がないわけではないが、今の美神たちにとっては、もう気にしても仕方がないことなのだ。
そして、このように決意してしまえば、心もスッキリしてくるのだった。
(それじゃ……まずは、
アシュタロスが確かに
滅んでいることを確認しないとね)
『この時代』で平和に生きていくためには、それが大切な第一歩である。
ちょうど美神がそう考えたタイミングで、『平安ヒャクメ』が戻ってきた。
しかし、彼女の様子は……。
___________
『た、大変なのねーっ!』
と叫びながら、『平安ヒャクメ』は、心眼を一同の前に差し出す。
『アシュタロスは、いったん
平安時代で滅んだんだけど……。
でも復活してるのね!
……あれから数百年後に!!』
(第十三話に続く)
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