平安時代の重要な局面で、アシュタロスを時間移動させる代わりに、自分自身を未来へ送り込んでしまったヒャクメ。
彼女は、アシュタロス配下の三姉妹が動き出した時代へ到着してしまい、その時代の本来のヒャクメと区別する意味で『うっかりヒャクメ』と呼ばれるようになった。しかし、ヒャクメが一人であろうと二人になろうと、体勢に大きな影響はないまま時間は流れていく。
三姉妹たちが操艦する逆天号により妙神山は壊滅し、美神は『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』を託され、横島は逆天号の中で下働きをし……。
そして、今。
美神やヒャクメたちは、テレビ局に集まっていた。そこに、
『ジャジャーン!!』
「な、なぜ私を同伴するのですかーっ!?」
パピリオ――魔族三姉妹の末妹――が横島を連れて現れて、さらに、潜伏させていたモンスターの活動をスタートさせた。
だが、その場の出演者やスタッフは全て偽物。スタジオは、オカルトGメンや公安関係者で埋め尽くされていたのだ。歌手の奈室安美江が襲われるという連絡を事前に受けていたため、人気歌番組を利用して罠を張っていたのだった。
第四話 指揮官就任
『結界出力は3千マイト!!
これでもう逃げられませんねーっ!!』
『二人で計算したから間違いないのねーっ!!』
二人のヒャクメが勝ち誇る。
この時代のヒャクメ――通称『しっかりヒャクメ』――の情報に基づき、テレビ局ごと結界を展開。これで、ノコノコ現れたパピリオを閉じこめることに成功したのだ!
……と、美神たちは思ったのだが。
『「逃げられない」……?
「間違いない」……?
たかが3千マイトで
何を大騒ぎしてるでちゅか?』
不思議そうな顔をしながら、パピリオはサッと手を振った。
バチバチ!
軽く魔力をぶつけると、それだけで結界に大穴が空いてしまう。
「そんなバカなー!?」
「ちょっとヒャクメ!
どういうことよ、これは!?」
驚愕する西条の横で、美神は振り返ってヒャクメ二人を睨みつけた。
しかし、ヒャクメたちはオロオロするばかりだ。
『これだけの結界じゃ足りないっていうの……!?』
『わ、私のせいじゃないのね……。
「敵は千マイト」って言ったのは
「しっかりヒャクメ」のほうなのねーっ!』
そんな一同を尻目に、パピリオがチッチッチッと指を振る。
『千マイトや3千マイトじゃ
一番どころか二番にもなれないでちゅよ!』
そして、おどけた態度をやめて、真面目な顔で要求した。
『あとで遊んであげまちゅから……
まずは本物の奈室安美江を出すでちゅ!』
「ここには来ないわよ。
……あきらめなさい!!」
強気の姿勢を崩さない美神だが、彼女にも既に分かっていた。
その言動から判断するに、パピリオは、こちらの想定を遥かに上回るパワーの持ち主なのだ。
美神だって、金に糸目をつけないオカルトGメンの装備に加え、『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』という神魔の武器まで用意してきたのだ。千マイト程度の敵とは十分渡り合えるはずだったが、どうやら、ヒャクメの見積もりが甘かったようだ。
それでも、美神は、ここで弱腰を見せることは出来なかった。こういうときこそ、ハッタリが必要なのである。
そんな美神に対して、
『むむ。
生意気でちゅね。
力づくでも……』
と、パピリオが物騒な言葉を口にした時。
バンッ!
「お、おはようございますっ!!
道が混んでて遅刻しちゃっ……」
その場の空気をガラリと変えるような、軽やかで明るい存在が飛び込んできた。本物の奈室安美江である。
彼女が来てしまったのは連絡ミスのせいだったようだが、
『なーんだ!
そこにいるじゃんっ!!』
「キャッ!?」
当然のように、彼女は探査装置の餌食になってしまう。パピリオの目的は、エネルギー結晶を探すことなのだ。
しかし、これを食らえば、霊能力者とてタダでは済まない。一般人の奈室安美江など、あっというまに気絶してしまう。
そして……。
『ハズレでちゅか!?
んじゃもー用はないでちゅ!
帰るでちゅ!!』
「私だけでも置いてってくれませんかーっ!?」
『アンギャアーッ』
パピリオは、横島とモンスターを連れて去っていった。
___________
(横島さん……)
パピリオたちが飛んでいった方向を、おキヌは、いつまでもジッと見つめていた。
奈室安美江の役を演じていたため、今のおキヌは、日頃の彼女とは異なるセクシーな格好をしている。しかし、その顔には、服装とは似つかわしくないような重い色が浮かんでいた。
その表情のまま振り返り、おキヌは、美神に声をかける。
「横島さん……
また連れてかれちゃいましたね」
「仕方ないでしょ。
私たちの手には負えない相手だったんだから」
悲しそうなおキヌの言葉に対して、美神は肩をすくめてみせた。それから、ヒャクメたちのほうへ歩み寄り、
「マイト数も正しく計れないの?
この……役立たズーっ!!」
と叫びながら、『しっかりヒャクメ』を足蹴にする。
『そ、そんなこと言ったって……』
「美神さん、ヒャクメ様にあたっても……」
『これじゃ、どっちが「しっかり」で
どっちが「うっかり」だか、わからないのねー!』
取りなそうとするおキヌの傍らでは、『うっかりヒャクメ』が『しっかりヒャクメ』を嘲笑っていた。しかし、
『ひとごとじゃないのね。
役立た「ず」じゃなくて「ズ」よ、「ズ」!』
『……え?』
「そうよ、あんたもよ!」
美神のストンピング八つ当たりは、『うっかりヒャクメ』にも向けられる。
そして、おキヌが
「美神さんもヒャクメ様も、
そんな場合じゃ……!!」
その場を取りまとめようとした時。
ドルン、ドルルンッ!
一台のバイクが、スタジオに突入してきた。
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それは、ICPOが使う大型の白バイだった。機上の人も、美神同様のプロテクターで身を固めている。ヘルメットとゴーグルで顔は半分以上隠されており、女性であることしか分からなかったが、
「あら……?
もう戦いは終わったようですね。
私が来るまでもなかったかしら」
彼女の声に聞き覚えのある者たちが、その場には居たのだった。
「あ……あなたは……」
「まさか……!!」
反応したのは、西条と美神である。
二人に対して頷きながら、バイクの女性は、ヘルメットとゴーグルを外した。
「パワーの違いが戦力の決定的差でないということを
教えてあげるつもりだったんですけど……。
あなたたちだけで倒してしまったのですね?」
「美神先生!!
どうやって……」
「ママ……!!
来てくれたのね!」
美神が、バイクから降り立った女性に飛びつく。
彼女こそ、美神の母親である美智恵だった。すでに死んでいるはずの美智恵であったが、過去から時間移動してきたのである。彼女は、アシュタロスに対抗する者たちを鍛えるために、ICPOと日本政府から全権委任された指揮官として、登場したのだった。
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「……え?
倒してないのですか?」
都庁地下にあるアシュタロス対策チーム本部。
そこに戻った一同は、今回の奈室安美江襲撃事件に関する会議を行っていた。美智恵としては、敵魔族との戦闘の詳細を検討して今後に活かすつもりだったのだが、いきなり、その目論みが外れてしまった。
「そ。
逃げられちゃったの」
美智恵の心中を知ってか知らずか、美神は、あっけらかんとした口調で答える。
今までオカルトGメンを率いてきたのは、公式的には西条だが、実質的には美神だった。実力を兼ね備えた指揮官が就任したことで、ようやく美神は、その大役から解放されたのだ。しかも、その指揮官は、美神の母親である美智恵である。久しぶりに母と会えたことも、美神には大きな喜びとなっていた。そして、そうした気持ちが、美神の表情にハッキリと出てしまっていた。
「見逃してもらった……というほうが正しいでしょう」
「それどころか……私たちのことなんて
眼中にないような感じでしたね」
西条とおキヌも、美智恵の言葉に応じた。
二人とも、美神が中学生の頃に母親を亡くしたことは、聞き知っている。母親と再会した今の美神の気がゆるんでいることにも気付いていた。しかし、だからこそ、二人はシッカリした態度を崩さないようにしていたのだ。
「では……せっかく
あれだけの装備を用意しながら
まったく戦わなかったのですか!?」
「だって……。
ヒャクメたちの読みが
全く見当外れだったんだもん」
そう言ってヒャクメ二人に向けられた美神の視線も、先刻ほどキツくはなかった。
「ヒャクメ様のせいにするんじゃありません!」
『そうなのねー!
誰にだって間違いは……』
美智恵の言葉にすがるような『うっかりヒャクメ』とは対照的に、『しっかりヒャクメ』が、顎に手をついたポーズでつぶやく。
『5千マイト……』
「えっ……!?」
『あの女魔族のほうは計れませんでしたが……。
亀のバケモノは、正しく測定できました。
あれで5千マイトでした……』
一瞬の静寂の後、おキヌ・美神・西条が騒ぎ出す。
「で、でも……!
あの魔族の女の子は……
亀さんも軽くあしらってましたよ?」
「ちょ……ちょっと待って!!
それじゃ少なくともあの女幹部たちは
5千マイト以上のパワーってこと!?」
「僕たちの考えは……そんなに甘かったのか!」
一方、美智恵は、慌てず騒がず、二人のヒャクメをジッと見つめていた。
一人のヒャクメは、人間たちに冷静な目を向けている。そして、もう一人のヒャクメは、人間たちと一緒になってオロオロしている。
しかし、どちらもヒャクメなのだ。基本的には、性格も能力も全く同じはずだった。
(本来一人しかいないはずのヒャクメ様が、
この時代には、なぜか二人もいる……。
これに一体どんな意味があるのかしら?)
一人は過去から飛ばされてきたのだという話は、既に美智恵も聞いていた。
自分自身も時間移動してきた身であるから、美智恵は、そうした現象に伴う時空の混乱には敏感である。
(令子は酷い扱いをしてるようだけど、
ヒャクメ様だって、本当は立派な神様。
同一の神様が二人いるということよね。
霊波の質も波長も全く同じ存在が……!)
美智恵の頭の中で、何かが閃き始める。
しかし、それが形を成すまでには、まだまだ時間が必要なのであった。
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___________
そして……。
ヒャクメが奮闘している時代よりも、少し過去の時代。
幽霊おキヌと出会う時期に『逆行』した美神と横島。
美神は死津喪比女対策のために奔走し、横島は、おキヌに現代社会を見せていた。
『ここが……私の新しいおうちですか?』
「そうだよ。
美神さんはいないみたいだけど、
おキヌちゃんなら扉をすりぬけて入れるだろ?」
横島は、一日のデートを終わらせて、おキヌを美神の事務所へと送り届けた。
そう、『おキヌが復活後にちゃんと現代に適応できるように』という目的はあったものの、今日の二人の行動は、はたから見ればデートである。
『ここで一人で夜を過ごすんですね……』
「えっ!?」
今まで、おキヌは山で一人で幽霊をやっていたのだ。それを思えば、孤独なんて感じないはずだが、美神や横島と出会ったことが、おキヌの心に影響を及ぼしたのだろう。
あるいは、慣れ親しんだ山中と都会の真ん中とでは事情が違うからかもしれない。おキヌは、つい、横島の袖口をキュッとつかんでしまった。
『あの……一緒に寝てくれませんか?』
少し恥ずかしそうに微笑みながら、おキヌが横島を見上げる。
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(ぶーっ!?)
横島は、心の中で、鼻血やら他の何やらを盛大に吹き出していた。
(わかってる、わかってるって!
おキヌちゃんの『一緒に寝る』は
そういう意味じゃないんだ……)
必死になって、自分に言い聞かせる。
そうしないと、昼間見た半裸おキヌの姿が、ついつい頭に浮かびそうになるのだ。
おキヌのような清純派美少女が、緋袴ひとつで『一緒に寝てくれませんか?』と囁きかける。もし、そんな光景を想像したら、横島でなくても暴走したくなってしまう。
しかし……。
そういうわけにはいかない。
相手は、おキヌなのだ。
「えーっと……。
現代では「一緒に寝る」って言葉に、
ちょっと良くない意味もあるんだ。
だから……そういうことは、
もう言っちゃダメだよ?」
自分の頭の中の妄想を振り払うためにも、横島は、なるべく理知的に説いて聞かせた。
『ぶうっ。
私……また
恥ずかしいことしちゃいました?』
おキヌが眉を曇らせて、頬もふくらます。これはこれで可愛らしいのだが、今は見とれている場合ではなかった。
「まあ……最初は仕方ないさ。
ひとつずつ学んでいこう、な?」
『……はい』
「それじゃ、おやすみ!
明日の朝、俺も
なるべく早く来るようにするから」
『はい!
おやすみなさ〜い』
おキヌの挨拶を背に受けて、横島は、逃げるように足早に立ち去るのだった。
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(うう……眠れん)
その夜。
いつも通りの時間に布団に入った横島だったが、全く眠気は訪れなかった。
(今日も色々あったのに……)
美神のもとでバイトするようになってから、波瀾万丈の人生を送ることになった横島である。それでも、今日は特に大変な一日だったはずだ。なにしろ、平安時代で強敵に殺されそうになり、それから過去の自分に『逆行』し、幽霊おキヌと再び出会い……。
(……おキヌちゃん、か)
『もとの時代』では、横島たちは、すでにおキヌとは離ればなれだった。それが、こうしておキヌとの出会いの場面に戻ったのだから、ある意味、僥倖とも言えよう。
今、目をつぶっていても、おキヌの姿は鮮明に浮かんでくる。
しかし。
(いかん、いかんぞ!)
瞼の裏に映るのは、トレードマークの巫女姿ではなかった。
下はいつもの袴だが、上は何も着けていない。つまり、昼間見た『あの』姿である。しかも昼間のおキヌは、『その』姿で、『この』布団――横島が現在寝ている布団――の上に座っていたのだ。
(あかん、あかんのや!
おキヌちゃんは……そういう対象やないんや!)
おキヌのことを頭から振り払い、横島は、ともかく眠ろうと努力する。
こういう場合の定番は、ヒツジを思い浮かべて勘定することだ。
(ヒツジが一匹、ヒツジが二匹……)
柵をピョンと飛び越えるヒツジたち。
だが、
(おキヌちゃんが三人、おキヌちゃんが四人……)
いつのまにか、ヒツジの映像は巫女姿のおキヌに変わっていた。
おキヌが、横島に笑いかけながら、柵の上をジャンプしているのだ。幽霊だから飛ぶのは得意なはずなのに、おキヌの仕草は今にも脚を引っかけそうで、見ていて少し危なっかしい。
さらに、
(おキヌちゃんが五人、おキヌちゃんが六人……。
……あれ!?)
巫女姿からトップレスにチェンジ。
跳躍と同時に胸も少し揺れていた。
……もうダメである。
「うわーっ、おキヌちゃん!」
思わず叫びながら、ガバッと上体を起こす横島。
そんな彼の耳元で声がする。
『……呼びましたか?』
ビクッとしながら横を向くと、枕元に幽霊が浮かんでいた。
『えへへ……。
眠れないので、来ちゃいました』
はにかむように笑う、おキヌであった。
___________
(ああ……おキヌちゃん)
不思議だった。
あれほどギンギンに昂っていた横島の気勢が、いざ実際のおキヌを目にしたら、フッと消えたのだ。
「ありがとう……」
『えっ?』
「いや、なんでもないんだ」
心が穏やかになり、スーッと安らぐ。
だから、横島にも、おキヌがここへ来てしまった気持ちが理解できた。
「ははは……」
『ふふふ……』
横島の口から笑い声が漏れ始め、おキヌも一緒になって笑う。
それが収まってから、おキヌがつぶやいた。
『忘れてましたけど……
人間って、横になって寝るんですね』
「そういえば……
おキヌちゃんはプカプカ浮いたまま眠るんだっけ?」
『はい。
でも今日からは……私も!』
おキヌは、横島の布団の隣に体を横たえる。
『あの……眠ってる間……
手をつないでても……いいですか?』
「え?
ああ、うん。
でも、それよりも……」
幽霊だからおキヌは寒くはないのだろう。それでも横島としては、女の子を外にして自分だけ布団にくるまっているのは、なんだか罪悪感がある。
だから彼は、彼女を布団に入れてあげた。そして、彼女の要望通り、ソッと手をつなぐ。
『えへへ……』
嬉しそうなおキヌを見ていると、横島の幸せもグングン大きくなる。
横になって向き合う二人の顔も、自然に近づいていき……。
唇と唇の距離は、最後には、ゼロになった。
___________
……というところで目が覚めた。
(なんだ、夢か……)
布団をはねのけることもなく、横島は、ただ目だけをパチッと開ける。
少し残念な気もするが、夢だったことにホッとしてしまう気持ちもあった。
(おキヌちゃんのこと考えながら眠ったせいだな?)
苦笑する横島。
だが、夢の中とはいえ、それほどイヤラシイことをしなかった自分を、少し誇らしくも思う。
(やっぱり……同じ布団に入れちゃまずいよな)
もちろん、今、この布団の中には、横島一人しかいない。
そもそも、おキヌは、この部屋になんて……。
(あ。
……来てた)
首だけを曲げて周囲を見渡した横島は、部屋の片隅におキヌが浮いているのを発見した。
どうやら現実でも、おキヌは寂しくなって、横島のところへ来てしまったらしい。だが、同じ部屋にいるというだけで安心して、ちゃんと一人で幽霊らしく眠っているようだ。
(おやすみ、おキヌちゃん)
せっかく熟睡しているおキヌを起さないよう、横島は、心の中だけで呼びかける。そして、再び目をつぶった。
今度は、早々と眠りに落ちる。特におかしな夢を見ることもなく、途中で目覚めることもなく、そのまま朝まで快適に眠るのだった。
だから横島は、おキヌの寝言にも気付かなかった。
おキヌはおキヌで、幸せな夢を見ていたのだろう。寝顔には、満面の笑みが浮かんでいる。そんな彼女の唇から、一つの言葉が滑り出ていたのだ。
『お父さん……大好き!』
(第五話に続く)
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