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うっかりヒャクメの大冒険 第三話「おキヌの選択(その一)」

 
「この地を守るための人柱なんかにならず、
 江戸時代で人生をまっとうすることが可能なら……。
 もし、そんな選択肢があるとしたら……。
 おキヌちゃんは、どうする?」

 過去へ時間移動して死津喪比女を倒してしまえば、おキヌが人身御供にされることもない。そうすれば、おキヌは幽霊になることもなく、江戸時代で本来の人生を送ることが出来るだろう。
 まだ現代生活を味わっておらず、三百年間ずっと山中で幽霊をしていたおキヌにとっては、それが一番良いのではないか。
 そう考えた美神は、おキヌ自身の意志を尋ねたのであるが……。

『イヤです』

 ニコッと笑いながら、おキヌは即答した。
 返事の早さだけでなく、その内容に美神は戸惑う。
 しかし、

「ああ……ごめんね。
 難しくて理解できなかったかもしれないけど……」
『いいえ、違うんです』

 と、おキヌは、あらためて美神の言葉を否定する。

『お二人の話を聞いていて、
 なんとか要点だけはわかりました。
 つまり……。
 私が人柱にされる原因を取り除けば、
 すべては大きく変わる。
 ……そういうことですよね?』

 美神の想定以上に、おキヌは状況を正しく理解していた。
 横島も驚いているようで、

「おキヌちゃんって……こんなキャラでしたっけ?」

 とつぶやいている。

(そういえば……。
 おキヌちゃんって、
 ちょっとボケたところはあったけど、
 でも飲み込みの早いコだったわね)

 事務所に来たばかりのおキヌは、美神が少し教えただけで、銀行のコンピューターに侵入して不正入金まで成功させたのだった。
 それを思い出して、美神は納得する。
 
「おキヌちゃん。
 それじゃ……
 わかった上で言ってるのね?」
『はい。
 だって……』

 おキヌは、フッと目を伏せた。

『私、生きてた時のことなんて
 もう覚えてませんから。
 今さら昔に返ってやり直せと言われても
 ……困ります』

 再び顔を上げるおキヌだったが、そこに浮かぶ笑顔は、わずかな憂いも帯びていた。
 
「あの……おキヌちゃん?」

 過去で死津喪比女を倒したところで、今の『この時代』のおキヌが昔へ戻るわけではないはずだ。全てがなかったことになるだけだ。
 その辺りが正しく認識されていないのだと思い、美神は、説明を足そうとする。しかし、その前におキヌが口を開いた。

『お二人が
 私のために色々考えてくださるのは
 ……とても嬉しいです』

 おキヌにとって、美神と横島の議論(第二話参照)は、とても大きな意味を持っていた。その内容だけでなく、二人のおキヌを想う気持ちが、ヒシヒシと伝わったからだ。

『だから……この出会いが
 なかったことになるのは嫌なんです』
「えっ!?」

 おキヌは、ちゃんと理解していた。

『ここでずっと一人で幽霊やってたのは
 寂しかったですけど……でも
 こうして、お二人と出会えました。
 人生って、辛いこともあるからこそ、
 楽しいこともあるんですよね』

 と語る彼女の微笑みには、もはや、一点の曇りもなかった。

「おキヌちゃん……ええコや〜〜!」
「あっ、馬鹿!」

 おキヌの言葉に心を動かされた横島が、バッと飛びかかってしまう。
 さっきの状況(第二話参照)の再現だと慌てた美神だが、

「今度は大丈夫です、
 心の準備もありましたから。
 それに……」

 おキヌは、素直に横島を受け入れている。
 そして、抱きつかれたまま、笑顔で語るのだった。

「美神さんや横島さんに抱きしめられるなら
 ……むしろ嬉しいです」




    第三話 おキヌの選択(その一)




 ポカッ!

「横島クン、いつまでセクハラしてるつもり?」
「イテテ……。
 セクハラじゃないっスよ!?」
「わかってるわ。
 あんたがそのつもりなら、
 私だって、もっと強く叩いてるわよ!」

 美神は、横島をおキヌから引きはがす。
 そして、おキヌに対しては、

「それじゃ、おキヌちゃん。
 ここから離れて、
 しばらく私たちと一緒に生活してみる?
 かわりに山の神やってくれる幽霊なら
 心あたりもあるから……!」
『本当ですか?
 ……ぜひ、お願いします!』

 と、『もとの時代』同様の展開を提案した。

 チョンチョン。

 横島が美神の肩をたたく。

「あの……美神さん?
 もしかして……また
 ワンダーホーゲルと入れ替えるつもりっスか?」
「もちろん。
 ……なんか問題ある?」
「大アリっスよ!
 そんなことしたら、地脈が……」

 美神と横島の『もとの時代』で死津喪比女が暴れ出すのは、美神がおキヌを地脈から切り離したせいだ。
 横島は、その再現を危惧しているのだが、美神は平然としている。

「大丈夫。
 死津喪比女が力を取り戻すまでには
 結構なタイムラグがあるでしょ?
 ……あいつが問題を起こす前に
 倒す準備を整えるわ!」
「それより……
 『倒す準備を整える』まで
 今の状態をキープしておくほうが安全なのでは?」

 しかし、これに対しても美神は首を横に振った。

「よく考えてみて。
 ここはおキヌちゃんとの出会いの場面なんだから
 『この時代』の私たちは
 ワンダーホーゲルの除霊をしに来てるのよ?」

 おキヌもワンダーホーゲルも現状維持にしてしまっては、仕事は失敗ということになる。
 ワンダーホーゲルを成仏させてしまうのも一つの手かもしれないが、それでは、ここで山の神をする者がいなくなってしまう。たとえ死津喪比女が滅んだ後でも、やはりこの地には神がいたほうがいいだろうと、美神は考えていた。

「それとも……死津喪比女対策が終わるまで、
 私たちが一時的にワンダーホーゲルを預かる?」
「……えっ!?」
「あいつを連れてっちゃえば、
 『今回の仕事』は、それはそれで解決なんだけど」

 美神に言われて、横島は考えてみた。
 おキヌをここに留めて、かわりにワンダーホーゲルを連れて帰る。
 つまり……。
 美神・横島・ワンダーホーゲルの三人で構成される美神除霊事務所だ!

(これはこれで斬新な気もするが……。
 ……ん?
 おキヌちゃんのポジションに
 ワンダーホーゲルが入るということは……)

 横島は、チラッとおキヌの方を見ながら、想像してみた。
 
   横島のアパートに入り浸るワンダーホーゲル。

  『横島サン! 男同士の友情っスね!』

   ごはんを作ってくれるワンダーホーゲル。

  『おいしいっスか、横島サン?』

   部屋を勝手に掃除するワンダーホーゲル。

  『横島サン!
   こんな本を使うくらいなら、俺が……』

   そして二月には……。

  『はいっ。
   今年のバレンタインチョコっス!』

 …………。

「いやじゃあーッ!!」

 横島の絶叫が、山中に響き渡った。


___________


『これで自分は山の神様っスねーっ!!』
「とりあえずはね。
 力をつけるには
 まだまだ永い時間と修業が必要……なんだけど、
 ま、あんたなら大丈夫でしょ」

 ホテルに着いた美神たちは、ワンダーホーゲルを呼び出し、ササッと神様交換を終わらせたのだった。

『展開……早いですね』
「俺たちにとっては
 前と同じ繰り返しだからな。
 そんなのをウダウダやってても、しょーがないし」

 と、後ろでおキヌと横島が会話している間に、ワンダーホーゲルは飛び立って行く。
 
『おおっ、はるか神々の住む巨峰に
 雪崩の音がこだまするっスよー!!』
「がんばってねー!
 あんたには大仕事も待ってるんだから……!」

 彼の背に一声かけてから、美神は、後ろの二人を振り返った。

「それじゃ、帰りま……。
 ……。
 あんたたち何やってんの?」

 途中で言葉を止めてしまった美神。彼女の視線は、一点に――固く握られた二人の手に――向けられている。

『お二人にやさしく抱きしめられて、
 ひとの温もりというものを思い出したら、
 なんだか……』

 こう言われてしまえば、美神としても、無理矢理二人を引きはがすことは出来なかった。

(ま、いいか)

 そんな美神の胸中を知ってか知らずか、

『あの、もし御迷惑じゃなかったら、
 もう少しだけ……いいですか?』

 おキヌは、空いている方の手を美神に伸ばす。
 結局、三人は、

『えへへ……』

 嬉しそうなおキヌを真ん中にして――二人それぞれがおキヌと手をつないだ状態で――山の麓まで歩き続けたのだった。


___________


 山麓の駐車場に停めてあったコブラで、美神たち三人は東京へと戻る。

「それじゃ……
 おキヌちゃんのこと頼んだわよ!」

 美神は、横島のアパートの前で二人を降ろした。

「あれ……!?
 みんなで事務所へ行くんじゃないんスか?」
「……違うわ。
 死津喪比女を倒すためには、
 色々と準備しないといけないからね」

 最終的には、やはり、植物妖怪を殺す細菌兵器が鍵になるだろう。そのためには、呪い屋のエミに頭をさげて頼み込む必要がある。
 だが、その前に、美神は東都大学を訪れるつもりでいた。
 東都大学では、父親の公彦が教授をしている。彼あるいは彼の秘書を通じて他の研究室を紹介してもらい、農学系の専門家や工学系の専門家と相談したいと思っていたのだ。

「……私は忙しいのよ!」

 横島とおキヌを連れていくメリットはない。
 それよりも、自分が走り回っている間、おキヌの世話を横島にまかせようと考えたのだ。
 いくら横島がスケベとはいえ、幽霊おキヌに手を出すわけはない。美神は、その程度には横島を信頼していた。
 また、おキヌを見ていても、美神は安心できるのだった。目の前の幽霊おキヌも横島を慕っているようだが、その感情は、『もとの時代』のおキヌとは明らかに違う。
 これならば、二人の間に間違いが起こることは有り得ない。

(それに……
 横島クンは、ちゃんとわかってるはずだから!)

 江戸時代へ行って死津喪比女を倒してしまおう。そんな提案をした理由の一つは、『この時代』のおキヌが『もとの時代』のおキヌほど現代に順応していないことを恐れたからだ。
 その点はキチンと議論したので、横島にも伝わっている。
 これから、『もとの時代』よりも早い時点で死津喪比女を滅ぼすのであれば、当然、おキヌ復活も早まることになる。だから、それまでに、幽霊おキヌには現代生活を知ってもらわねばならない。いくらおキヌの適応力が高いとしても、ある程度の経験は必要なのだ。

「それじゃ、頼んだわよ!」

 と、もう一度繰り返してから。
 美神は、愛車をスタートさせた。


___________


『おじゃましまーす!』
「うわっ、きったねえなあ」

 横島の部屋に足を踏み入れた二人。
 自分の部屋のはずなのに、横島は、強烈な違和感をおぼえてしまう。

(なにやってるんだ、『この時代』の俺は……)

 そして、横で浮かんでいるおキヌを見て、ふと気付いてしまった。

(ああ、そうか。
 おキヌちゃんのおかげだったんだ……)

 かつては、横島の部屋に足繁く通う女のコなどおらず、だから散らかし放題だった。
 しかし、おキヌと出会ってから、横島の生活は一変する。
 おキヌも部屋を掃除してくれるが、それだけではない。
 幽霊とはいえ、おキヌは女のコである。だから、横島自身に『部屋をきれいにしよう』という意識が生まれるのであった。

(おかげさまで……
 おキヌちゃんが去った後でも
 俺の部屋はきれいなままだよ。
 ありがとう、おキヌちゃん)

 『もとの時代』では、もはや、おキヌとは離ればなれである。
 横島は、少し複雑な気持ちになるのだった。


___________


「……ともかく。
 おキヌちゃんは、
 そこに座っててくれないかな?
 ちょっと片づけるから」
『……お手伝いしましょうか?』
「いーってば!
 俺ひとりでできないと困るからさ」

 これから、死津喪比女を倒すのだ。『この時代』でも、おキヌは人間となって、自分たちの前から去ってしまうのだ。
 そんなことを考えつつ、横島は、部屋を片づけ始めた。


___________


『……わかりました』

 テキパキと動きまわる横島を見ながら、おキヌは、指示された場所に座る。
 そこは、座布団代わりの万年床。
 少しの間、ジッと正座していたのだが、
 
(あっ! ……これは?)

 なんの気なしに視線を動かしたおキヌは、近くに落ちていた本の表紙が気になってしまう。
 スーッと手を伸ばし、パラパラとページをめくると……。

(やっぱり、そうだったんだ。
 それじゃあ……)

 彼女に背を向けていた横島は、そんなおキヌの様子には、全く気がつかなかった。


___________


 バサッ。

(えっ!?)

 衣擦れの音が聞こえてきたので、横島は、慌てて振り返る。
 すると……。

(ぶーっ!?)

 彼は、鼻血を吹き出しそうになった。
 おキヌが半裸になっていたからだ。

『えへへ……。
 がんばったら脱げちゃいました』

 彼女は、白い肌を少し桜色に上気させて、恥ずかしそうに笑う。
 下は緋袴を履いたままだが、上はスッポンポン。
 膝の上に手をおき、両腕で胸を少し隠すようにしているが、それでも、見える部分は見えてしまう。
 それが、今のおキヌの状態だった。こんな姿で布団の上にチョコンと正座しているのだから、インパクトは大きい。
 美神のヌードは何度も見ているが、おキヌは別なのだ。男だって、甘いものは別腹なのだ。

(これは……初めての衝撃だーッ!?
 見てちゃダメだ、見てちゃダメだ、見てちゃダメだ……)

 そう思いつつも、横島は、視線をそらすことができなかった。

「おキヌちゃん!?
 いったい……なんで……」
『これが今の時代の
 ……女の人の格好なんですよね?』

 眉をハの字にして、おキヌは小首を傾げる。

『私、ずっと山の中にいたから
 わからなかったんですけど……。
 それでも、美神さんの着物が
 途中までしかなかったんで、
 なんか変だなあとは思ってました。
 だけど、あれを見て納得したんです』

 部屋にあったエロ本を指さすおキヌ。腕を動かしたから、せっかく隠れていた部分まで露出してしまった。
 
(うわっ!?
 おキヌちゃん、とんでもないカン違いしてる!?)

 おキヌを部屋に上げたのは、どうやら間違いだったらしい。
 美神のボディコン姿と、横島の特殊な蔵書。その二つから、おキヌは誤った現代知識を学習したのであった。


___________


「……な!?
 女のコだって、みんな、ちゃんと服を着てるだろ?」
『ぶうっ。
 ……あんなことしちゃって、
 とっても恥ずかしいです』

 頬をふくらますおキヌ。
 横島は、彼女を散歩に連れ出していた。
 アパートを出て、美神の事務所の方角へ進む。ただし、事務所そのものがゴールではない。
 現代の都会というものを見せるのが目的だ。今の事務所は、池袋という繁華街の近くにあるので、その周辺を歩けば何かのタシになるだろうと考えたのだ。

『だけど……
 少し違うような気もします』

 池袋駅に近づいたところで、おキヌがつぶやく。
 彼女は、駅前を歩く人々と自分とを見比べていた。
 もちろん、今のおキヌは、もう『半裸』ではない。しかし、彼女の白赤の巫女服は、周囲の人々の服装とは明らかに異なっていた。

「まあな……。
 でも、大丈夫さ。
 ほら、誰もおキヌちゃんのこと、
 変な目で見ちゃあいないだろ?」

 苦笑する横島。
 確かに、おキヌの巫女装束は、この場に馴染んではいない。
 奇異な目を向けられないのは、単に、ここを歩く人々が他人に無関心なだけだ。
 それは横島にもわかっており、

(いくら『現代』を見せるためと言っても
 ……ちょっと極端だったかもしれんな)

 と反省してしまう。
 だから彼は、

「おキヌちゃん。
 もう少し違うところへ行こうか?」

 そう言いながら、手を差し出すのだった。


___________


『うわっ!
 ……ここのほうが落ち着きます』

 横島がおキヌを連れてきたのは、南池袋公園。
 池袋駅から歩いて五分か十分くらいの場所にあるのだが、都会の真ん中にしては大きな公園だ。近くにはお寺や墓地もあり、緑にあふれた一帯であった。

『あれっ!?
 水が噴き出してますよ!』

 横島を引っ張って、おキヌは、公園中央の噴水へと向かう。
 彼女は、横島の手をはなして、しばらく水辺を飛び回っていた。それから、不思議そうに尋ねる。

『横島さん……。
 この井戸、壊れてるんですか?』
「ははは。
 おキヌちゃん、これは井戸じゃなくてね……」

 噴水の説明をしながら、横島は考えてしまう。

(この公園でも、
 今のおキヌちゃんには人工的すぎたんだな。
 ……お寺や神社に行くべきだったかな?)

 そして、ふと、公園の隅に設置されたミミズクのオブジェに目が止まった。

(……そうだ!)


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『ここは……お寺ですか?』
「さあ……?」

 次に二人がやってきたのは、鬼子母神という場所だった。もはや池袋とは呼べないくらい南であるが、そのぶん静かな雰囲気である。
 入り口に鳥居はないが、境内には赤い鳥居が並んだ一角がある。だから横島は、ここを神社だと思っていたのだが、おキヌが寺だと言うのならば寺なのかもしれない。

 クックー。
 クルックー。

『あ!
 鳩さんたち!』

 本堂の前には多くの鳩が群がっており、近所の子供たちがエサをやっていた。
 おキヌは、そちらへ駆けていく。
 鳩や子供と一緒になって戯れているおキヌは、とても楽しそうだった。

「……おキヌちゃんらしいな」

 横島は、少しの間ならば自分が離れていても平気だと判断し、売店へ向かう。
 そして、ちょっとした買い物をしてから、おキヌのところへ戻った。

「おキヌちゃん。
 これ、プレゼント」
『……なんですか?』

 横島がおキヌに手渡したもの。
 それは、一種の郷土玩具だった。

「『すすきみみずく』って言うんだ。
 江戸時代からのオモチャなんだけど……
 ちょっと時代が違うのかな?」

 昔はたいした玩具もなかったし、かつてこの辺りにはススキが生え茂っていた。だから、そのススキでミミズクを編むようになったらしい。
 今では、すすきみみずくは、雑司ヶ谷鬼子母神の参詣みやげとなっている。
 
『……ありがとうございます!』

 横島の意図とは異なり、おキヌは、この玩具を知らなかった。
 それでも、横島の気持ちは伝わる。

『とっても……嬉しいです』

 彼を見上げた彼女の瞳は、少しだけ潤んでいた。


___________


『ところで……ここは
 どんな神さまを奉っているんですか?』

 境内を出たところで、おキヌは、思い出したように尋ねる。
 二人は、一瞬足を止めて、一緒に後ろを振り返った。

「えーっと……。
 たしか鬼子母神という神さまで……」

 ここの神さまは、多くの子供をもつ母親だったはず。トラブルもあったのだが、紆余曲折の末、最後には『安産・子育ての神さま』となる。
 そんなおぼろげな知識を、横島は披露した。

『へえ。
 お母さんの神さまなんですか……』
「あ……」

 今のおキヌに、両親の記憶はない。
 いや、たとえ江戸時代の記憶を取り戻したところで、そこに両親の姿はない。おキヌは、みなしごだったのだ。
 それを思い出した横島だが、

『……どうしたんですか?』
「いや……ほら、
 おキヌちゃん、お母さんのことなんて覚えてないだろ?
 だから……」
『もう、なに言ってるんですか。
 そんなこと気にしないでくださいよ!』

 おキヌは、むしろケロッとしていた。そして、

『だって……』

 一瞬そらした視線を戻してから、おキヌは、つぶらな瞳で横島を見つめる。

『今の私には……
 横島さんと美神さんがいますから!』
「……え?」
『お二人が……私のお父さんとお母さんですから!』

 照れたように笑いながら、おキヌは走り出した。
 すすきみみずくを右手に持ち、左の手では、横島の手を引いている。
 これでは、横島としても、

(せめて……
 お兄さんとお姉さんと言ってくれ)

 というツッコミを入れることは出来なかった。

(ま、いいか)

 どこかの誰かと全く同じ言葉が、横島の胸の内に浮かぶ。
 西の空では、二人の背中を照らす太陽が、地平線に近づきつつあった。


___________


 もちろん、『もとの時代』では、横島は父親あつかいなんてされていない。
 歴史は、少しずつ変わっているのである。
 しかし、こうした小さな意識の違いが後々大きな影響を及ぼすことになるとは、まだ誰も気付いていなかった。


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___________


 そして、もう少し先の時代では……。

『あれ? 私たちの出番は?』
『私たちが主役のはずなのに……』
「まーまー。
 たまには、いいじゃないですか」
『……活躍の場面は、後々にあるのね?』
『いわゆる「俺たちの戦いはこれからだ」なのね!』
「ヒャクメ様、それじゃ誤解されちゃいますよ?
 ……まだ続きます!」



(第四話に続く)
 
 こんにちは。
 前話(及び今話冒頭)で珍しい展開(?)を提案したのですが、このように、おキヌにアッサリと却下させてしまいました。もしかすると、読者の方々は、肩すかしをくらったような気分になってしまったかもしれませんが……。
 これが、書き手である私が当初から『予定』していた『展開』でした。すいません。
 なお、今回のタイトルは「おキヌの選択」ではなくて、あくまでも「おキヌの選択(その一)」です。少し先で(たぶん次回ではなくて次々回くらいで)「おキヌの選択(その二)」を予定していますので、まだまだ安心し過ぎないでいただければ幸いです。

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