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うっかりヒャクメの大冒険 第二話「うっかりヒャクメ襲名!」

 
『もしかして……私、
 とんでもない「うっかり」をやっちゃった!?』

 時空震の制御に失敗し、アシュタロスではなく自分を時間移動させてしまったヒャクメ。
 平安時代から消え去った彼女が辿り着いた先は、山の中だった。

『ここは……どこ?』

 緑の木々に囲まれた山中であるが、自然の景色を楽しんでいる余裕はない。
 彼女は、少し離れたところへ目を向ける。見覚えのある霊力が戦っているのを察知したのだ。

『あれは……小竜姫にワルキューレ?』

 ただし、そちらにばかり意識を向けるわけにもいかなかった。霊視のピントを合わせ始めた彼女は、上空に浮かぶ巨大な存在に気が付いたからだ。

『あれは……!!』

 空を見上げたが、少し遅かったようだ。『巨大な存在』のせいで隠れていたのだが、実は、彼女の真上に落ちてくるものがあった。
 
『あ〜れ〜』

 なんだか情けない声を上げながら落下する存在。それは……。

『え?
 これは……私!?』

 ゴツンッ!!

 立ち上がったヒャクメは、上から強烈なヘッドバットをくらった形になり。
 落ちてきたヒャクメは、ヘッドバットで下から突き上げられる形になり。
 
『この構図は……どっちも痛いのね……』
『壁画の見方は、どっちも正しかったのね……』

 わけのわからぬことを口にしながら、二人は意識を失った。




    第二話 うっかりヒャクメ襲名!




『はっ!!
 これは……夢?』

 目を覚ましたヒャクメは、ガバッと上体を起こした。
 どうやら病室のベッドに寝かされていたようだ。美神の記憶を覗いたことがあるので、GSたちが利用する病院はヒャクメも知っている。だが、ここは、その病院ではないらしい。
 霊的エネルギー濃度も高く、霊力がグングンみなぎってくる場所であった。

『私ったら……神族のくせに
 あんな馬鹿みたいな夢を見るなんて……』

 ヒャクメは、さきほどの夢を回想する。
 アシュタロスを未来へ送り込むつもりが、間違って自分を飛ばしてしまうとか。
 もう一人の自分が空から降ってくるとか。
 その後、二人まとめてヘリで救助されるとか。

『……ありえないのねー!』

 彼女は、クスッと笑う。
 そんなヒャクメに、隣のベッドから声がかかった。
 ここは、個室ではなく相部屋だったのだ。

『夢じゃないのねー!』
『えっ……!?』

 ヒャクメは、声のした方向に首を向ける。
 わざわざ目で確認するまでもなく、声と口調から明らかだったように……。
 隣のベッドにいたのもヒャクメだった。


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『えーっと……鏡?』

 この物語の主人公、つまり過去から来たヒャクメが、ポツリとつぶやく。
 しかし、隣のベッドのヒャクメ、つまりこの時代のヒャクメは、首を横に振った。

『だから……
 夢じゃないって言ったでしょ?』

 と言いながら、この時代のヒャクメは、過去から来たヒャクメをジッと凝視する。
 その目付きを見ているうちに、過去ヒャクメは気付いた。

(あっ!!
 もしかして……私、心を覗かれてる!?)

 ヒャクメにとって、これは珍しい経験である。
 くすぐったいような感覚にとらわれながら、過去ヒャクメも、慌てて隣のヒャクメを覗き始めた。


___________


(モニターばかり見ていたあなたは……
 時空震のポイント制御をミスしたのね)

 この時代のヒャクメが、心の中で過去ヒャクメに呼びかける。

(私もモニターしか見てなかったけど、
 時空震のポイントは意識し続けていたわ。
 でも、あなたは……
 できるだけ遠くへ飛ばすことばかり気にしてたのね。
 そして……)

 既に過去ヒャクメの記憶は覗いたので、どこが分岐点だったのか、ちゃんと理解していた。

(四、五百年どころか
 千年以上未来へ飛ばせそうになった。
 なんで急に『手応えが変わった』のか、
 その理由を考えるべきだったのね。
 あの瞬間こそ、時空震のポイントが
 狂ったタイミングだったんだわ)

 そこで確認を怠ったからこそ、未来へくるハメになったのだ。それが、この時代のヒャクメによる推理だった。
 過去ヒャクメとしても、これは納得できる解釈なのだが……。
 彼女は、心の中で大きく叫んだ。

(偽物だわッ!!
 そんな冷静な推理をする私なんて
 ……私じゃないのねー!)


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(うっかり者あつかいされるのは嬉しくないけど……
 でも、いわゆるドジっコなのが私の魅力なのね!
 それなのに、あなたは……。
 あなたなんて『ヒャクメ』じゃない、
 あなたは『しっかりヒャクメ』だわ!)
(クスクス……。
 それでもいいわよ?
 私が『しっかりヒャクメ』だというなら
 ……あなたは『うっかりヒャクメ』かしら?)
(キーッ!!)

 この時代の『しっかりヒャクメ』だって、ちゃんと、うっかり属性は持っていた。
 例えば、平安時代へ行く際には横島を巻き込んでしまったし、また、アシュタロスを逮捕しに行った南米では逃げ損なって敵に捕まっている。
 ただ、アシュタロスを未来へ送りそびれるというのが大チョンボなだけに、それをしでかした『うっかりヒャクメ』と比べたら、マシに思えてしまうのだった。


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(ともかく……
 あなたの状況は整理できたから、
 今度は、私が経験してきたこと……
 つまり、あなたが大チョンボを
 しなかった場合の歴史を説明するのね。
 よく聞いてね、うっかりヒャクメさん)

 『しっかりヒャクメ』は、少し真面目な雰囲気で、説明する。
 平安時代にてアシュタロスを未来へ飛ばした後。
 エネルギー結晶を守りきったことで、美神がアシュタロス一派から狙われる理由も判明した。
 そして、もとの時代への帰還後に繰り広げられた、月での戦い。
 人間たちの協力もあって、着々とアシュタロスの計画を潰してきたのだが……。

(ついに本格的な地上侵攻が始まったのねー!)

 アシュタロスは冥界と霊的拠点とを結ぶチャンネルを遮断した。その上で、アシュタロスの部下たちが強大な兵鬼を駆使して、世界中の霊的拠点を破壊しているのだ。
 最後に残った妙神山の運命は……?

(……という状況なのね)


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(ええーっ!?)

 『うっかりヒャクメ』は驚いた。
 アシュタロスとの対決という大ピンチから飛ばされた未来が、そんな世界規模の大ピンチになっているとは……。

(神さまのいじわる〜〜!)
(……私たちも神さまなのね)

 と、『しっかりヒャクメ』が、しょーもないツッコミを入れた時。

 バタン!

 病室のドアが開いて、美神が駆け込んできた。

「あんたたち!
 ちゃんと口に出して会話しなさい!
 そうしないと……
 モニター見ててもわからないでしょ!?」
「あ、あの……美神さん?」

 後ろから追いかけて来たおキヌが、なんだかオロオロしている。美神が神さまをどう扱うか、頭では理解しているものの、やはり畏れ多いと思ってしまうのだ。

『……監視カメラですね?』
『ひとの様子を勝手に覗くのは、よくないのねー!』

 美神とおキヌの心を読んだヒャクメたちは、天井に設置された隠しカメラに気付き、顔をしかめる。
 しかし、

「あんたたちに言われたくないわ!」
「あの……これも安全のためですから。
 仕方なかったんです、ごめんなさい」

 と言われてしまうのであった。


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___________


 そして……。
 ヒャクメが辿り着いた時代とは、全く別の時代。
 おキヌとの出会いの場面に『逆行』してしまった美神と横島は、その『出会い』を再び経験しようとしていた。
 
「おキヌちゃん!
 この近くに隠れてるんでしょう!?
 ……出てらっしゃい!!」

 シーン……。

 美神の叫び声に対して、何の返事もない。ただの屍のようだ……と言われそうなくらいの静寂であった。

「幽霊っスからねえ、今のおキヌちゃんは」
「なによっ!?
 これじゃ、私が馬鹿みたいじゃないの!」
「美神さん……怒っちゃダメですよ。
 それじゃあ、ますます出てこれなくなるじゃないっスか」

 横島は、時空消滅内服液を飲んだときのことを思い出したのだ。最後にどうやって戻ったかは覚えていないが、最初に逆行した先くらいは、ちゃんと記憶がある。
 あの時も、おキヌと出会うところだったのだ。
 うっかり『おキヌちゃん』と呼びかけたら、おキヌは、

『わっ……私の本名を知っている
 あなたはいったいどなたっ!?』

 と驚いて、

『きゃーっ!!
 ごめんなさいごめんなさいっ!!
 別にあなたを殺すつもりじゃ
 なかったんですう……!!』

 と叫びながら逃げ出してしまったものだった。
 それを思えば、今、おキヌが出て来られないのも納得できる。

「おーい、おキヌちゃん!
 俺たちは、おキヌちゃんを助けに来たんだよ。
 地縛を解いてあげるから……
 心配せずに出ておいで!」
「そんな言葉で出て来られちゃ、
 私の立場が……」

 しかし、美神の発言を遮るかのように、おキヌがスーッと姿を現した。

『……本当ですか?』

 恐る恐る尋ねるおキヌ。
 彼女は、横島の言葉に誠意を感じて出てきたのだが……。


___________


『いやーっ!!』

 おキヌは、突然、横島に抱きつかれてしまった。それも、男の腕力でヒシッと抱きしめられたのだ。

「……やめなさいっ!」

 美神が横島を引きはがし、鉄拳制裁を施す。
 血とともに涙をドクドク流す横島であったが、泣きたいのは、おキヌのほうである。

『くすん』

 目に涙を浮かべ、その下に、軽く握った手をあてるおキヌ。
 そんなおキヌを見て、倒れたままの横島が、

「おキヌちゃんや……
 おキヌちゃんなんや……。
 やっぱり……かわいいっ!!」
「横島クン……まだ懲りてないわけ!?
 ……もういっちょいく?」
「もう十分っス。
 でも今のおキヌちゃんって……
 なんだか髪型まで童顔な感じがして、
 生きてる時より、かわいいじゃないですか!
 ああっ、もう……ほんとにかわいいっ!!」

 不自然なくらいに『かわいい』を連発している。
 おキヌには分からないが、美神には分かっていた。これは、ほめ殺しでも口説き文句でも御世辞でも何でもない。なんと言っていいか分からなくて、とりあえず口に浮かぶ言葉が、それだったのだろう。

(横島クン……嬉しいのよね。
 私もおんなじ気持ちよ)

 さきほど飛びかかったのも、いつものセクハラではない。親愛の情からくるもの、いわゆる『ハグ』であった。
 それを理解しているからこそ、美神だって、やや弱めに殴ったのだ。
 まだ横島が地面に転がって泣いているのも、回復してないからではないはずだ。再会の嬉し涙を取り繕っているだけだ。

(だって……本当に久しぶりだもんね)

 美神と横島の『もとの時代』では、おキヌは、すでに幽霊ではない。死津喪比女が滅亡した後、おキヌは無事に復活している。
 しかし、幽霊時代の記憶は失われたため、美神たちは、おキヌと別れたのだった。遠くから見守った際に『おキヌちゃん、すぐに戻ってくるわ』と予言した美神だったが、その言葉は、いまだ実現していなかった。
 もう二度と、おキヌとは生活が交わらないかもしれない。そんな状況の中から、平安時代を経て、美神と横島は『この時代』へ飛ばされて来たのだ。

(だから……
 横島クンの気持ちもよくわかるわ)

 そして、そんな時代から二人が来たという点が、幽霊おキヌの運命にも大きな影響を与えることになる……。


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「ごめんね、おキヌちゃん。
 あのバカがひどいことしちゃって。
 でも……
 『あなたを助けに来た』っていうのは本当だから」

 美神は、おキヌの背中に手を回し、やさしく抱きよせた。
 おキヌの目は、まだ潤んでいる。

『大丈夫です……。
 突然だから、びっくりしただけです。
 それに……私ずっと一人でしたから
 抱きしめられたことなんかなくて……』

 おキヌはニコッと笑おうとしたのだが、それは、無理だった。
 ここから解放してもらえるというのが嬉しいのか。
 それとも、やさしく抱きしめられたのが心に染みたのか。
 あるいは、三百年間ひとりぼっちという境遇を回顧したのか。
 彼女自身、理由は分からないのだが……。

『うわーん……!!』
 
 おキヌは、泣き出してしまったのだ。

「いいのよ、おキヌちゃん。
 もう大丈夫だから……ね?」

 そう言って抱きしめる美神の目にも、涙が浮かんでいた。


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 清々しい景色には似つかわしくない愁嘆場も終わり、三人は、道路脇の木陰に移動していた。
 ここならば、多少の長話も出来そうだ。

『もう御存知のようですが、
 私はキヌといって……』

 美神も横島も、おキヌの事情など、今のおキヌ以上によく理解している。
 それでも、二人が色々なことを言ったら彼女が混乱するだろうと思い、敢えて、おキヌに喋らせるのだった。
 たいした長話ではないため、おキヌの話は、早くも終わろうとしている。

『……喜んで替わってくれると思って、
 横島さんを殺そうと考えてたんです。
 ……ごめんなさい』
「それは気にしないで。
 しょせん横島クンの命だから」
「美神さん……なんてこと言うんですか!」

 いつもの調子に戻った二人だが、美神は、頭の中では真剣に考え事をしていた。
 『この時代』の幽霊おキヌが語ったストーリーは、『もとの時代』で聞いた話と全く同じ。つまり、今のおキヌは、死津喪比女のことなど覚えていなかったのだ。

(でも……元凶は死津喪比女のはずだわ)

 それならば、やはり死津喪比女を倒した後で、保存されている肉体を使っておキヌを復活させることが出来るはず。
 しかし、美神は考えてしまう。

(今この時代でおキヌちゃんを復活させる。
 ……それで、おキヌちゃんは幸せになれるのかしら?)

 だから、美神は、慎重に質問するのであった。

「おキヌちゃん、ちょっといいかしら?」
『……はい、なんでしょうか』
「この地を守るための人柱なんかにならず、
 江戸時代で人生をまっとうすることが可能なら……。
 もし、そんな選択肢があるとしたら……。
 おキヌちゃんは、どうする?」


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 美神の言葉の意味を理解できなかったようで、おキヌはポカンとしている。
 代わりに口を開いたのは、横島だった。

「美神さん、何を言ってるんスか?
 わけわからんこと言って
 おキヌちゃん混乱させたらダメですよ。
 そんなことより……早く死津喪比女を倒しましょう!」

 美神は、ゆっくりと首を横に振る。

「横島クンは……おキヌちゃんを復活させたいのね?」
「当然っス!!」

 横島には、美神の意図は全く伝わっていなかった。横島が理解できないようでは、おキヌに通じるわけもない。
 そう思った美神は、まずは横島に説明することにした。

「横島クン、よく聞いてちょうだい。
 『この時代』のおキヌちゃんは
 ……私たちのおキヌちゃんとは違うのよ」
「美神さん、それは差別です!
 おキヌちゃんは、おキヌちゃんっスよ!!」

 横島の語気が強くなるが、美神が言っているのは、そういう意味ではない。

「……横島クン。
 『この時代』のおキヌちゃんは、
 ずっとここで幽霊をやっていたのよ。
 この意味がわかるかしら?」


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 美神と横島がいた『もとの時代』では、おキヌは二人とともに下山し、幽霊のまま、色々な体験をしたのだ。
 楽しいことも辛いこともあって、それから、人間として蘇るのである。
 もちろん、生きかえった後、幽霊だった頃の記憶は消えてしまった。かつて生きていた時のことすら、どこまで覚えているか微妙だったはずだ。
 それでも……。
 おキヌは、普通の女子高生として暮らしていた。
 美神と横島がチラッと様子を見に行った際、おキヌは、普通の女子高生として現代に順応していたのだ。
 一種の記憶喪失なのだろう。だから意識の奥底には、江戸時代ではなく現代で生きていけるだけの知識や経験が、眠っていたに違いない。そして、そうした知識や経験が作られたのは、山から下りた後のはず……。
 
「……だからね。
 復活後のことを考えたら……
 たとえ離れ離れになるとしても、
 私たちと暮らした時間は、
 おキヌちゃんにとっては有意義だったと思うの」


___________


「ようやくわかりましたよ、美神さん」

 美神の考えを理解したつもりになって、横島はつぶやいた。

「ずっと山で幽霊やってたおキヌちゃんを
 このまま復活させたら、
 現代生活にとまどうかもしれない。
 ……美神さんは、それが心配なんスね?」
「そうよ!」
「だから『もとの時代』と同じように
 事務所に連れ帰って、しばらく都会で生活を……」
「……違うわ」

 横島は、実は、美神の発言の主旨を分かっていなかったようだ。

「それもひとつの選択肢だろうけど
 ……でも他にも選択肢があるでしょう?」

 そう言いながら、美神は、横島を直視する。
 
「横島クン……私たちの最終ミッションは何?」
「……は?」

 話題が変わったので混乱する横島。しかし、美神としては、これも必要な話だった。

「平安時代へ時間移動して、
 メフィストたちを救いたい。
 それができるのは私たちだけだ……。
 ……そんな話をしたわよね?」
「だけど……それが
 おキヌちゃんと関係あるんスか?」

 いまだに分からぬ横島を見て、美神はクスリと笑う。そこには、わずかな自嘲も込められていた。

「かつて死津喪比女と戦った頃。
 私の時間移動能力は封印されていたし、
 そもそも私自身、
 『危なっかしくてあつかいきれそうもない』
 と思っていたわ。
 ……でも今の私は、
 その力を積極的に使おうとしている」
「……あっ!」

 横島の表情が変わった。
 どうやら、ようやく美神の計画を理解したらしい。

「ようやくわかったようね。
 そう、もしも本当に
 平安時代へ行けるくらいなら
 ……江戸時代へも行けるはずだわ」

 おキヌが生きている時代へ行き、彼女が人身御供にされる前に死津喪比女を倒してしまう。
 それが、美神の考えだった。
 もちろん、時空が連続しているかどうか分からないので、江戸時代で死津喪比女を滅ぼしたからといって、それが『この時代』に影響するかどうかは不明である。それでも、試す価値はあると思ったのだ。

「うまくいけば、おキヌちゃんは……。
 知り合いも誰もいない『現代』じゃなくて、
 仲良しの女華姫もいた江戸時代で、
 普通の人生を送ることができるのよ。
 ……これが一番の幸せなんじゃないかしら?」

 もしも美神と横島の『もとの時代』が、三人で楽しく暮らしている時代であったならば、こんな発想も出て来なかったかもしれない。
 しかし、おキヌとは離れてしまった時代から来たからこそ、おキヌにとっての幸せというものを、全く別の視点から考えることが出来たのだった。


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「だけど……美神さん……俺は……」

 横島は、なんだか悲しそうだ。
 美神だって、今、心が晴れ渡っているわけではなかった。

「……私だって、おキヌちゃんが
 『この時代』から消えてしまうのはイヤよ。
 でも……私たちの都合を押し付けちゃダメでしょ?
 『この時代』のおキヌちゃんには……
 まだ、下山後の色々な思い出もないんだから!」

 横島は、何か言いたそうな顔をしている。
 美神には、横島が考えていることくらい、お見通しだった。

「わかってるわ。
 私が言った『一番の幸せ』……。
 それを押し付けることも私たちのエゴよね。
 だから……これは、
 おキヌちゃん自身が決めなくちゃいけないの」

 ここで美神は、おキヌのほうへと向き直った。

「おキヌちゃん、もう一度同じ質問をするわ」

 そして、さきほどの自分の言葉を思い出しながら、完全に同一の発言を繰り返すのだった。

「この地を守るための人柱なんかにならず、
 江戸時代で人生をまっとうすることが可能なら……。
 もし、そんな選択肢があるとしたら……。
 おキヌちゃんは、どうする?」



(第三話に続く)
 
 こんにちは。
 『週一回あるいは月一回くらいのペースで』という言葉からするとフライング気味なのですが、少し思うところあって、第二話を投稿します。
 二つの時代の物語が並行して進んでいくというのは、やや複雑かもしれないので、まだまだ導入部のつもりで、話をゆっくり進めることにしました。
 これでも分かりにくいのではないか、あるいは逆に、導入部が長過ぎて退屈なのではないか。そんな心配もありますが、さて、いかがだったでしょうか。今後もよろしくお願いします。

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