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うっかりヒャクメの大冒険 第一話「もうひとりのヒャクメ!」

 
『これは……!』
『時空震のポイントを制御して……
 あいつだけを未来へ吹っとばす!!
 できるだけ遠く……!』

 少年漫画の主人公のような目付きで、女神ヒャクメが、魔神アシュタロスを睨みつける。
 
『おのれ……!
 下っぱ神族がこざかしいマネを……!!』

 大事なエネルギー結晶をメフィストに奪われたアシュタロスは、みずからメフィストたちの前に現れて、彼女を追いつめたところだった。
 メフィストなんて、人間の魂を集めるために作り出されただけであり、魔族としては小物である。メフィストの来世である人間や低級神族など、彼女の仲間らしきものたちもいたが、しょせん、アシュタロスにとっては有象無象のはずだった。
 ところが、いざ対峙してみたら、その人間の機転で、部下の悪鬼道真が正気に返ってしまったのだ。彼に呪縛されたアシュタロスは、今、未来へ時間移動させられそうになっている。

『奴のエネルギーが大きすぎて
 四、五百年飛ばすのがせいいっぱいか……!』

 必死になってコンピューターのキーを叩くヒャクメは、もはやアシュタロスを見ていない。その口調も、いつもの柔らかい馴れ馴れしい言葉遣いではなくなっていた。

『いや……いける!』

 コンピューターの画面を見ていたヒャクメの表情が、少し明るくなった。
 理由はわからないが、手応えが変わったのだ。どうやら、四、五百年どころか千年以上未来へ……自分たちが来た時代より少し先へ送り込むことが出来そうだ。

(さすが私なのねー! これなら……
 もとの時代に戻っても、まだアシュタロスはいない!
 戻った後で、ゆっくり対策を練ることができるのね!)

 ヒャクメは、心の中で自画自賛する。
 もちろん、それを口に出している暇はなかった。今しているのは一分一秒を争う作業であり、ヒャクメの指は、文字どおり神速でキーボードの上を走っている。
 美神が何やら騒いでいるが、ヒャクメの耳には届いていなかった。

『これで……十分!!』

 カシャッ!!

 ヒャクメが決定的なキーを押し、空間が歪み始める。
 ひと仕事終わらせたつもりでホッとすると、ヒャクメにも、美神とアシュタロスが叫んでいるのが聞こえてきた。 

「何やってるのよ、ヒャクメ!!」
『フ……
 アイデアはよかったが滑稽だな。
 そうか、きみがヒャクメ君か……。
 魔界でも有名だよ、きみの「うっかり」は!』

 顔を上げたヒャクメは、彼らの言葉を理解する。

『……あれ!?』

 さっきまでアシュタロスの周囲を取り巻いていた時空震動は、いつのまにか、ヒャクメ自身をターゲットにしていたのだ。

『もしかして……私、
 とんでもない「うっかり」をやっちゃった!?』

 額に大粒の冷や汗を浮かべながら……。
 ヒャクメは、時の彼方へと消えていった。




    第一話 もうひとりのヒャクメ!




『む!?
 私はいったい……!?』

 さきほど道真が美神たちの味方をしていたのは、文珠で流し込まれた神の波動のためである。その効果が切れたようで、ヒャクメが消えた直後、彼は再び悪鬼に戻った。

『もとに戻ったのだな……。
 ならば、そこの三人を始末しろ!』

 悪鬼道真に命令を下して、アシュタロス自身は、メフィストの前へと移動する。
 そして、メフィストが抵抗の構えをとるよりも早く、メフィストの首を握りしめていた。

『さあ今度こそ
 結晶を吐き出してもらおう!!』


___________


「メフィスト!!」

 彼女を助けに向かおうとして最初に動き出したのは、横島である。今の横島の体をコントロールしているのは前世の記憶『高島』であり、『高島』にとってメフィストは大切な女性だったのだ。
 しかし、彼の前に、悪鬼道真が立ちふさがった。

『おとなしくしていろ!
 おまえたちのことは……
 私にまかされたのだからな!」

 口元に悪鬼らしい笑いを浮かべ、道真が雷をはなつ。
 広範囲に襲いかかる雷撃から、横島・美神・西郷の三人は逃げることができない。

「存思の念、災いを禁ず!!
 雷よ、しりぞけ!!」

 何とか抵抗できたのは、西郷だけだった。攻撃を禁じきれないものの、威力は弱まったので、致命傷を免れたのだ。
 一方、横島の中の『高島』の意識も、

「避雷!!
 ……うわっ!?」

 同じように呪を唱えようとしたが、横島の体では、思うようにいかなかったらしい。
 美神と二人一緒に、致命的な一撃を食らってしまった。

(……横島クン!!)

 消えゆく意識の中、美神は、最後の力を振り絞って、横島へと手を伸ばす……。


___________


『あのヒャクメほどではないが……
 おまえも「うっかり」だな』

 アシュタロスが、道真へと視線を向けた。
 なお、アシュタロスはメフィストの首をつかんだままであり、すでにメフィストは口から泡を吹いて意識を失っている。

『……!?
 ああ、そういえば……』

 道真は、アシュタロスの言わんとすることに気が付いた。
 メフィストの生まれ変わりには、時間移動能力があったのだ。雷をエネルギー源とする能力であり、前に戦った際には、道真の雷撃を利用されて逃げられたのだった。

『しかし……今回は
 時間移動能力も発揮されませんでしたな』

 不敵に笑いながら、道真は、目の前の焼死体を見下ろした。
 そう、西郷はかろうじて息があるが、美神と横島は、すでに真っ黒な炭と化している。二人が死んでしまったことは、明白だった。

『道真……おまえは……
 しょせんその程度にすぎんのか?』

 アシュタロスが、小さくつぶやく。
 道真には分からなかったようだが、アシュタロスは、時空震動を感知したのだった。
 それは、ほんの一瞬であったが、ちゃんと機能したらしい。何かが時空を超えて飛んでいったことにも、アシュタロスは気付いていた。

(しかし……)

 メフィストは手の中で失神している。
 下っぱ神族は、道真の攻撃以前に消えている。
 生き残った一人の人間も、倒れ込んだままピクリとも動かない。
 そして、残りの二人は焼け死んだ。

(では……なにが時間移動したというのだ!?)


___________


 ヴュン!!

「!」

 美神が気付いた時には、彼女を取り巻く環境はガラリと変わっていた。
 夜の森の中で戦っていたはずなのに、ここは、昼間の山道だ。ただし、山道と言っても、車が通れるくらいの広さがある。舗装はされていないが、それなりに整備されているので、車道なのだろう。片側は山肌、反対側は崖という配置になっており、見晴らしの良い、開けた場所だった。
 そして、アシュタロスもメフィストもおらず、

「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」

 近くにいるのは、背後で荒い息を吐く横島一人。
 両手にトランクを持ち、背中には大きなリュックをかつぎ、さらにリュックの上に荷物をくくり付けられた状態だ。山地で酸素が少ないこともあり、今にも倒れそうだが、

「横島クン……!!」

 そんな横島に、美神が飛びつき、ギュッと抱きしめた。

(よかった……!!
 生きててくれたんだ……!!)

 道真の雷の威力は、正しく理解していた。自分も横島も、もう命はないと思っていたのだ。
 美神は、自分が生きていたことよりも、まず、横島が生きていたことを喜んでいた。だから、彼女らしくもなく、素直に抱きついてしまったのだ。

「あの……美神さん!?」

 事情が分からぬ横島は、両手のトランクをボトッと落とし、美神のなすがままにされている。

「いったい……どうなってるんスか!?」

 美神の感触を楽しんでいる余裕はなかった。横島は、それくらい大きく混乱していたのだ。
 なにしろ、彼の記憶にある最後の場面は、首を切られて血が噴き出したところだ。出血多量で意識を失い、気が付いたら、山道で酸素不足で大荷物。
 だが『一難去ってまた一難』かと思いきや、今度は美神の抱擁なのだ。

「ごめん……順を追って説明するわ」

 ゆっくりと顔を上げた美神は、横島の体から離れた。体を密着させたのに横島がセクハラっぽい行為をしなかったことに思いあたり、美神のほうでも少し戸惑う。だが、今は、それを気にしている場合ではない。現状を把握することが先決である。

「色々あったから
 ……よく聞いてちょうだい」

 横島に向かって口に出して説明することで、美神自身、頭の中を整理することができるだろう。
 そう思って、美神は、話を始めた。


___________


「とんでもない大物が出てきたことも、
 ヒャクメがドジを踏んだこともわかりました。
 でも……その後がわからないっスよ!?」

 美神は、横島が意識不明だった時期の出来事をすべて説明したのだ。
 それでも、横島は、まだ首をひねっている。

「時間移動でもしたんスかね!?」
「そうみたいね。
 でも……」

 すでに二人とも悟っていた。
 今いる場所には見覚えがある。ここは、人骨温泉へと向かう山道なのだ。そして、二人の格好は、かつて除霊仕事でそこへ向かった時と全く同じ。
 おそらく、おキヌと出会った時点へ……美神たちの物語がスタートしたとも言える時点へ、タイムスリップしてしまったのだろう。

「厳密には『時間移動』ではないわね」

 美神は、横島の考えを少しだけ否定する。
 これが時間移動だというのであれば、自分たちの服装が変化しているのはおかしい。平安時代で着ていた服装のまま、ここへ来るはずなのだ。

「じゃあ……どういうことなんスか!?」
「むしろ、私たちが『この時代の私たち』に
 生まれかわっちゃったみたいよね!?
 こういう現象は……『時間逆行』って言うのよ!」

 雷を受けた瞬間、二人の魂だけが『この時代』へ飛ばされてきて、『この時代の二人』に憑依したのだ。
 美神は、そう理解していた。
 通常の時間移動だけでなく、美神は、かつてプロフェッサー・ヌルの雷撃で時間逆行も経験している。だから、こうして色々考えていくうちに、現状を正しく認識できたのだった。

「時間逆行……!?」
「そうよ!」
「横島クンも……時空消滅内服液で
 時間を逆行したことがあるでしょう?
 ……あれと同じような話ね」

 時間移動と時間逆行。
 その差を特に気にする必要もないのかもしれないが、妙にこだわってしまう。

(ああ、そうか……)

 美神は気付いた。
 小竜姫からは『時間移動はもともとそんな大した力ではないんです。過去も未来も変えられることしか変えられない』と教わっているが、美神は、中世で時間逆行した際に、本来死ぬはずの横島を救っている。
 それに関して小竜姫は『そのままでも蘇生可能だったんでしょう』と言っていたが、今にして思えば、『あれは時間移動ではなく時間逆行だったから』とも考えられるのだ。つまり、時間移動よりも時間逆行のほうが歴史を変える力は大きいという可能性もあるのだ。
 だからこそ、これが時間逆行であることは重要なのであった。

「もしかすると……私たちは
 歴史を大きく変えてしまうのかもしれないわ」

 内心の不安を少し顔に出しながら、美神は、自分の考えを述べる。
 話を聞いた横島は、

「あの……俺たち平安時代から来たんスから、
 これは『逆行』ではなく『順行』なのでは?」
「……そこはポイントじゃないでしょう!?」

 それこそどうでもいい点にツッコミを入れてしまった。

「『もともとの時代』から見れば過去なんだから、
 『逆行』でいいのよ……!!」
「そんなもんスかねえ……?」

 そして、こうして二人が会話している間にも、すでに歴史は変化し始めていた。


___________


『せっかく死んでいただけそうな人をみつけたのに……』

 巫女姿の幽霊が、少し離れた岩陰で、困ったような顔をしている。
 いつまでも美神と横島が話し込み、横島が一人にならないため、おキヌは、出るに出られないのであった。


___________


 そんなおキヌの存在には気が付かず、美神と横島は、まだ議論を続けていた。
 最初は道の真ん中に突っ立っていた二人だが、いくら車がめったに来ないとはいえ、それでは危険だ。今の二人は、人骨温泉に向かって歩きながら話をしている。

「ヒャクメの作戦も失敗したということは……
 俺たちが消えた後、どうなったんスかね?」

 横島に聞かれるまでもなく、これは、さきほどから美神自身も考えている問題であった。

「そうねえ……。
 おそらく、あの後……」

 西郷とメフィストの二人では、アシュタロスと悪鬼道真に勝てるとは、とても思えない。逃げのびることすら、難しそうだった。

「それじゃ……
 メフィストはやられちゃって、
 アシュタロスは結晶を取り戻す
 ……ってことっスか!?」
「その可能性が高いわね」

 美神が首を縦に振る。
 なんだか納得できない気持ちもあるのだが、それでも、その先を考えてみた。
 アシュタロスがエネルギー結晶を手に入れたならば、彼は自分の計画を続行させるのであろう。美神は、アシュタロスのプランの詳細まではメフィストから聞いていないが、彼は魔神アシュタロスである。それが『世のため人のため』でないことだけは確かなはずだ。

「……!!
 俺たちがこうして平和に暮らしている間にも、
 どこかで奴の計画が進んでるわけっスね!?
 ……千年もの時間をかけて!?」

 そう、そういう結論に行き着いてしまうのだ。
 しかし……。

「いいえ。
 ……やっぱり、おかしいわ!」

 美神は思い出した。
 『メフィストがやられる』という前提からして矛盾するのだ。メフィストは無事に逃げたはずなのだ。
 一時的に現代に戻った際、神道真は、20年後のメフィストに頼まれたと言っていたではないか!
 
「美神さん……。
 話を聞けば聞くほど混乱してきました。
 結局……どういうことっスか?」

 漫画であれば、頭からプシューッと湯気を吹き出していることだろう。
 横島は、そんな表情をしていた。
 それを見て、美神の気持ちが少し和む。
 美神だって同じくらい困惑しているのだが、横島が『トンマな人形』役をやってくれているからこそ、『教育番組のお姉さん』役に留まっていられるのだ。さらに、横島と対話することで自分の考えがハッキリと固まるという効果もあった。

「もしかすると……
 つながってないのかもしれない」
「……は!?」

 美神のつぶやきを聞きとめて、横島の頭に浮かぶハテナマークが増え始めた。美神は、ゆっくりと噛み砕きながら説明する。

「それぞれ独立した時空なのかもしれないのよ。
 つまり……」

 あの『平安時代』と『もとの時代』と『この時代』は連続していないという可能性である。時間移動のような形で歴史に横槍が入るたびに、新しいパラレルワールドが作られるのであれば、一度確定した歴史は不変ということになる。

「時間枝……だったかしら?
 そんな概念がSFにあったはずだわ」
「SFの概念っスか……。
 なんだか話が胡散臭くなりましたね」

 横島は苦笑しているが、理解した上での発言というより、むしろ考えるのを放棄したようにも見える。現実ではなく『SFの概念』ということが、考察をやめるきっかけになったようだ。
 そんな印象を受けながら、美神は、別の可能性も提示してみた。

「でも……
 すべての時空が連続しているのだとしたら……
 きっと誰かがメフィストたちを助けたのよ。
 ……そうとしか考えられないわね」
「『誰か』って……!?」

 横島は聞き返すのだが、彼の表情を見るかぎり、すでに美神と同じ解答を思い浮かべているようだった。
 平安時代に、アシュタロスたちと戦うほどの人材がいるとは考えられない。
 そして、他の時代から助っ人が向かうとしたら、それは時間移動能力者ということになる。しかも、あの状況を察知している者だからこそ、救いの手を差し伸べるのだ。
 つまり……。

「私たちが助けに戻る……ということね」

 美神は、ハアッと溜め息をつく。
 これまでも色々と大変な仕事をこなしてきたし、様々な強敵と戦ってきたが、これは、今までの比ではないようだ。

「現世利益最優先……という信条に従うなら
 あの『平安時代』に関しては知らん顔して、
 このまま『この時代』でノンビリ暮らすべきなんだけど……」
「美神さん……
 いくらなんでも、それは無責任なのでは……!?」

 横島の口調には、半ば呆れたような響きが含まれているが、大丈夫。
 今の美神の発言は、自分自身と横島をリラックスさせるための冗談なのだ。
 効果あったと感じた美神は、笑顔を浮かべて、軽く横島の肩を叩いた。

「わかってるわよ。
 私だって、このままじゃ気持ち悪いしね」

 そもそも、もともと平安時代へ行ったのは、美神が魔族に狙われる理由を探るためだった。
 美神の前世がアシュタロスの作った魔族だということはわかったが、それだけでは、完全な解答にはなっていない。
 エネルギー結晶がキーになっているようにも思えるが、その行方だって、あの戦いの結末がわからない以上、不明である。
 やはり、もう一度、平安時代へ戻る必要があるのだ!


___________


「横島クン……文珠出せるかしら!?」

 相変わらず人骨温泉へ向かって歩き続けているものの、美神の頭の中は、それまでと違ってスッキリしていた。
 方針が決まった以上、あとは具体的に細部を煮詰めるだけだ。
 まず、時間移動をする際に欠かせないのは、雷エネルギー。それも天候まかせにはしたくないから、やはり文珠である。『この時代』へ来たのは魂だけなので、神道真からもらった『雷』文珠も、平安時代へ置いてきた形になっていた。

「……えっ!?
 もう行くんスか!?」
「違うわよ!
 色々準備しなくちゃいけないから、まだ行かないわ。 
 ……でも確認だけしておきたくてね」

 美神に促され、文珠を出そうとする横島。
 しかし、全く出せそうな感覚はなかった。

「あれ……!?
 平安時代では
 もうちょっとって感じだったんスけど……?」
「やっぱり……。
 じゃあ、ちょっと霊波刀を試してみて」
「……は!?」

 理由もわからぬまま、横島は、美神の言葉に従う。
 得意のハンズ・オブ・グローリーを発現させたのだが……。

「うーん……。
 なんか不安定な感じっスねえ。
 最初の頃の……集中しないと出せなかった頃の感覚っス」

 美神の目には特におかしくは見えないが、横島自身は微妙な違和感を意識していた。
 横島の言葉を聞き、美神は、難しい表情で頷く。

「私たち……霊能力が落ちちゃってるみたいね」


___________


 今二人がいる『この時代』は、二人の『もとの時代』よりは昔であるが、それでも、一年も違わない。
 ただし、そのわずかな期間の間に、美神も横島も、霊能力者として大きくレベルアップしていた。特に横島の伸び率は大きかったし、そのために霞んでいるが、美神だって尋常ではない進歩を遂げている。

「どうやら……霊能力って
 魂と肉体の両方に依存するようだわ」

 美神と横島は、『もとの時代』の魂が『この時代』の肉体に宿った状態である。だから、霊能力者としてのレベルも、その中間になっているのだろう。

「……それじゃ!?
 俺……文珠使えないんスか!?」
「そういうことになるわね。
 でもサイキック・ソーサーと
 ハンズ・オブ・グローリーがあれば、
 それなりに戦えるわよ……?」

 美神としては、落胆している横島を慰めたつもりだったが、これはピント外れだった。

「ああ……!!
 こんなことなら、使えるうちに有効活用しとくんだった!!
 うまくすればセクハラし放題だったのに、
 へんに良心働かせるんじゃなかった……!!」
「あんた……そんなこと考えてたの!?」

 口と同時に拳でツッコミを入れる美神。

「あれ……!?
 横島クン……!?」
「美神さん……少しは手加減を……」

 そんなに激しく殴ったつもりはないのだが、横島は、完全に血の海に沈んでいる。
 どうやら『この時代』の横島の体は、まだ、あまり鍛えられていないらしい。
 そんな横島を見下ろしながら、美神は、自分のことを考えていた。

(私の能力も……
 どの程度なのか把握する必要があるわね)

 特に問題となるのは時間移動能力の有無だ。
 あの能力が初めて発現したのは、マリアに感電した際だった。しかも、最初のうちは、時間移動には必須な感覚……時空を見通し座標を直感的に把握する感覚がなかったため、補助が必要だったのだ。
 中世への時間旅行ではマリアが、平安時代への移動ではヒャクメがその役を担ってくれていた。中世では一度ひとりで短い逆行をしたが、あれは、狙ってやったものではない。意図的に実行したものに限れば、補助無し時間移動の初成功は、道真に襲われて一時的に現代へ戻ったケースである。
 つまり、ようやく人並みに時間移動できるようになったばかりだったのだ。

(『時間移動』そのものをする能力があるとしても、
 この体の脳の中には……
 そのための地図やコンパスがないかもしれないわ!)

 その場合、雷エネルギーだけではなく、うまくガイドしてくれる存在が必要ということになる。

「ヒャクメと連絡をとる必要がありそうね……」
「……ヒャクメも時間移動したんスよね?」

 美神としては独り言のつもりだったが、いつのまにか復活していた横島が、彼女の言葉に応じた。
 
「でも……ヒャクメはドジだから
 うっかり過去へ行ってる可能性もあるわね」

 これは冗談である。
 二人は、顔を見合わせて笑った。
 山の中なので、笑い声もこだまするようだ。
 それが完全に消えてから、美神は真面目な視線を横島に向けた。

「まあ、ヒャクメのことはおいとくとして……。
 色々問題は山積みだけど、まず、
 目先のことから一つずつ片づけていきましょう。
 横島クン、『この時代』の今
 何をしなきゃいけないか、覚えてるわね?」
「……あ!」

 横島の表情が変わった。美神の言っている意味を悟ったのだ。
 それを確認してから、美神は、周囲を見渡す。それから、適当な方向に声を張り上げた。
 
「おキヌちゃん!
 この近くに隠れてるんでしょう!?
 ……出てらっしゃい!!」


___________
___________


 そして……。
 美神と横島が辿り着いた時代よりも、もう少し先の時代。
 そこでも、歴史が動こうとしていた。

 ババババババババ……。

「都庁ヘリポート着陸許可願います!
 妙神山はずれで保護した少女たちを輸送中!
 こちらでオカルトGメンにひきわたすように
 指示されましたが……」
「連絡はうけている!
 オカルトGメンは現場に待機中!!」

 ほどなくして、ヘリが都庁屋上に着陸した。

「あわてるな!
 ゆっくり降ろせ!」

 搬送用のストレッチャーがヘリから運び出される。ストレッチャーにくくりつけられているのは『少女』という表現が似つかわしくない存在であったが、今の彼女は、極度に衰弱していた。
 待機していた人々が駆けつける。その中に見知った姿を発見し、彼女は声をかけた。

『み……美神さん……!』
「無事だったのね、ヒャクメ!!」

 美神だけではない。
 その後ろには、おキヌや西条の姿も見える。
 そして、こうした感動の再会と並行して、

「気をゆるめるな!
 まだ終わりじゃないぞ!」

 もう一つのストレッチャーがヘリから搬出された。それは、最初のストレッチャーを囲む人々の輪の中へと運ばれていく。

「……えっ!?」
「どういうことなんです!?」

 そちらに目をやった美神とおキヌの顔に、驚きの色が浮かんだ。
 二つのストレッチャーに寝かされているのは、どちらも全く同じ顔をしている。つまり、両方ともヒャクメだったのだ。

『あの……ここはどこですか?
 そして……今は何年何月なんでしょうか!?』

 トレードマークの馴れ馴れしい口調もかなぐり捨てて、二人目のヒャクメは、気弱そうに尋ねる。
 そう、彼女こそ、平安時代から飛ばされてきたヒャクメだった。
 平安時代でアシュタロスと対決した彼女は、今度は、アシュタロスの地上侵攻が始まった時代へ来てしまったのである。



(第二話に続く)
 
 こんにちは。
 『ここでは、雑談・議論掲示板やチャットを利用させていただいているだけで、メインコンテンツに何も投稿していない(それなのに他のサイトには二次創作作品を投稿している)』というのも何だか気が引けるので、こちらでも一つ長編をスタートさせることにしました。
 今回の物語は「ヒャクメが二人いたら色々と面白そうだなあ」という思いつきを頭の中でこねくり回しているうちに固まってきたストーリーです。
 速過ぎず遅過ぎずの更新頻度で(週一回あるいは月一回くらいのペースで)投稿していきたいと考えています。よろしくお願いします。

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