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うっかりヒャクメの大冒険 第八話「西条のプラン」


「お忙しい西条さんが
 私のオフィスまで来るだなんて……。
 いったいどういう御用件かしら?」

 エミの口調には、若干の皮肉がこめられていた。
 背後に立つタイガーも、追い打ちをかける。

「そうですジャー。
 これまでエミさんを蚊帳の外にしておいて
 今さら……」

 最近、有名人が次々と魔族に襲われ、大きなニュースになっていた。魔族と戦うオカルトGメンの一員として、西条の姿は何度もテレビに映し出されている。
 もちろん『マスコミが大々的に扱うニュースであっても、専門家から見ればたいした事件ではない』というのも、よくある話だ。しかし、今回の一件に関しては、本当に大変なことが起こっているのだとエミは悟っていた。
 ニュース番組の中で、魔族側の幹部として、横島の顔が大映しになっていたからだ。正体は報道規制されていたが、それは、明らかに横島であった。
 そもそも、最近横島が学校を休んでいるという情報は、タイガーを通じて既に知っていた。いや横島だけでなく、おキヌも高校を欠席しているらしい。
 だから、美神除霊事務所全体で何か厄介な事件に関わっているのは、もはや明白だったのだ。
 しかも、これまでも美神は大物魔族との戦いに巻き込まれてきていた。GS試験や元始風水盤の一件では、エミも助っ人として駆り出されている。
 ただし、そのメドーサと決着をつけることになった月での事件には、エミは呼ばれていなかった。事件の存在そのものだって、横島が記憶喪失で高校に復帰した後で、ようやく耳にしたくらいである。

「……ちょっと大変な事態になっているんだ。
 これから話すことを、心して聞いて欲しい」

 美神のライバルを自称するエミにしてみれば、のけ者にされたようでプライドが傷ついているのだろう。
 そう思いながら、西条は、ここまでの経緯を語り始めた。




    第八話 西条のプラン




 メドーサのボスでもあったアシュタロスが、美神の魂の中に眠るエネルギー結晶を求めて、本格的に地上侵攻を開始。世界中の霊的拠点は既に壊滅し、人間に味方できる神魔族も、もはやヒャクメ二人を残すのみとなった。
 一方、人類は、対策チームを設置。過去から駆けつけた美智恵をトップに据えて、また、横島をスパイとして利用することで、ついに移動妖塞『逆天号』を撃破。一矢報いたのだった。

「……という状況なんだ」

 そこまで説明したところで、西条は、いったん話を区切った。
 テーブルの上に用意されていたグラスに口をつける。

 ゴクリ、ゴクゴク……。

 グラスの中身が、みるみる減っていく。西条の好みからすれば甘過ぎるきらいもあるジュースだが、それでも構わなかった。しゃべり疲れたので、喉を潤すものが欲しかったのだ。

「横島サンは……
 やはり人類の味方だったんジャノー。
 クラスでは裏切り者呼ばわりされてましたケン」

 タイガーが、小声ではあるが、感慨深げにつぶやいた。
 一方、エミは、すらりと伸びた脚を組んだまま、表情も変えずに質問する。

「……で、私たちに何をさせたいワケ?
 今の話を聞くかぎりでは……
 状況は好転し始めたみたいだけど?」
「いや、まだ話は終わりではないんだ。
 たしかに逆天号も撃墜したし、
 横島クンも助け出したのだが……」

 西条は、説明を再開した。
 今度は、少し詳しく述べることにする。
 場面としては、美智恵に呼び出されて、会議室に集合したところからである……。


___________
 _ _ _ _ _


「霊力の……完全同期連係!?」
「ええ!
 早い話が『合体技』!!」

 その時、会議室にいたのは、美智恵・ヒャクメ二人・西条の四人だけだった。
 美智恵としては関係者全員を集めたかったようだが、美神と横島は訓練のダメージのために休養中。おキヌも二人に付き添っている。そこで、少人数の会合になってしまったのだ。
 ヒャクメは既に同期合体について知っているので、結局、西条一人に説明する形である。

「……なら、
 僕を使ってください、先生!
 成長しても、横島クンは半人前以下だ!!
 僕の方が……」

 一通りの話を聞いたところで、西条が声を上げた。
 拳を握りしめて力説するのだが、美智恵には却下されてしまう。

「……そういう問題ではないのよ、西条クン」

 波長を完全に同期させることこそ、このプランのミソなのだ。そのためには、横島の文珠が必須であった。

「しかし、先生!
 たしかに文珠は横島クンにしか作れませんが……
 他の霊能力者でも、使用は可能です!」

 西条は、かつて美神が『雷』文珠を使って時間移動したと聞いていた。また、おキヌが横島の文珠を使ったこともあるらしい。西条から見れば、おキヌは、霊能力者としては美神よりもむしろ一般人に近いくらいのレベルだ。
 だが、これに対しても、美智恵は首を横に振る。

「もちろん西条クンにも文珠は『使える』でしょう。
 でも、一番うまく『使いこなせる』のは横島クンのはず。
 ……少しでも確実性を高めるためには、
 やはり彼が必要なのですよ」

 さらに、美智恵は、もう一つのポイントを指摘した。

「それに……西条クンだって聞いているでしょう?
 あの二人には、魂と魂との結びつきがあるのよ」

 魂と霊体が密接に関連している以上、霊波を同調させる上で、魂同士の絆は有利に働くはず。
 美智恵は、そう考えていた。
 美神と横島の魂に前世からの縁があることを、美智恵はレポートで知っていたし、また、西条はヒャクメから聞かされていたのだ。

「……くっ!」

 これを持ち出されると、西条としては反論できなかった。
 心の中では、

(いや……僕はそうは思わない。
 しかし『思う』『思わない』では
 議論は平行線をたどるばかりだ……。
 何か根拠となるものがなければ!)

 とも考えるのだが……。
 その時。

『アシュタロスが攻めて来たのね!』

 二人のヒャクメのうちの一人が、突然、叫びながら立ち上がった。


_ _ _ _ _ _


 それは、過去から来たヒャクメ――通称『うっかりヒャクメ』――のほうだった。
 もう一人のヒャクメ――通称『しっかりヒャクメ』――は、慌てず騒がず、ジトッとした目付きを『うっかりヒャクメ』に向けるだけだ。

『やっぱりあなたはウッカリさんなのね。
 アシュタロスなんて来てないわよ?
 そもそも……』

 しかし『うっかりヒャクメ』は勝ち誇っていた。腰に手をあてて笑いながら、『しっかりヒャクメ』を見下ろす。

『ハハハ……。
 ついに私の時代が来たのね。
 ようやく汚名返上だわ!
 なにしろ、あなたには見えないものが
 私には見えているのだから……!』
『どういうこと……!?』

 『しっかりヒャクメ』が眉をひそめる。

『あなたは霊波にピントを合わせている。
 それでは……
 霊波を消されたら
 見えなくなってしまうのね!』

 いつか『しっかりヒャクメ』を出し抜いてやろう。
 そう考えていた『うっかりヒャクメ』は、『しっかりヒャクメ』を反面教師として眺めているうちに、彼女の『目』の問題点に気付いたのだった。それ以来『うっかりヒャクメ』は、霊波ではなく物質にピントを合わせて、広範囲に遠視していたのである。

『……だから私だけはわかったのね!
 今、アシュタロスは地下まで到達して、
 暗殺部隊を殺してまわっているわ!』

 ここまで会話が進んだところで、今度は美智恵が立ち上がった。

「ヒャクメ様!
 それが本当なら……
 こんなところで
 言い争っている場合ではありません!」
『はっ!
 私ったら、うっかり……。
 そ、そうなのね!
 早く行かないと……』

 四人は、会議室から駆け出した。


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「暗殺部隊……。
 ヒャクメ様は、そんな言葉を口にしてましたね?
 どういうことですか?
 僕には、何がなんだか、さっぱり……」

 走りながら、西条が質問する。
 すでに四十近い美智恵は、同じスピードで走りながら話をするのは辛いのだが、それでも、簡単な説明を始めた。

「それはね、西条クン……」

 美神を殺してしまえば問題は解決するという上層部の思惑、そして、それを防ぐためにこそ自分の娘にハードなトレーニングを課してきたという真相。
 それらを、ようやく西条にも告げたのである。

「令子ちゃんの命を犠牲にするだなんて……。
 そんな非人道的なやり方、
 認めるわけにはいきませんよ!!」
『でもね、西条さん。
 死ねば美神さんの魂は転生します。
 つまり、魂はしばらく行方不明……』
「理屈はわかっています。
 しかし、納得できません!」

 声を荒げた西条に対し、並走しているヒャクメが説明を補足したが、それは西条の感情を逆撫でするだけだった。
 そして、もう一人のヒャクメが他のメンツに注意を促す。

『それより、気をつけて……!
 そこの角を曲がったところに、
 アシュタロスが……』

 だが、少し遅かったようだ。

『今さら身構える必要はないさ、ヒャクメ君!
 君たちの声は、さきほどからよく聞こえているよ』

 四人が廊下の角に到達する前に、アシュタロスのほうから、彼らの前に姿を現したのだった。


_ _ _ _ _ _


(これが……アシュタロス!
 僕たちが戦ってきた敵のボスなのか!?)

 西条は不思議に思った。
 もっと威圧感タップリな、いかにもラスボスといった相手を予想していたのだが、実際に目の当たりにするアシュタロスからは、想像していたほどの迫力は感じられなかったのだ。
 頭には角が生えているし、頬には魔族独特の模様もある。紫色の肌や、血にまみれた尻尾など、人外の特徴も多い。だが、コンバットジャケットを着て銃を握っているというのが、平凡な印象を与えているのかもしれない。
 そんな考えを持ってしまった西条の耳元で、美智恵がささやく。

「何があっても動いちゃダメよ!
 今、対策を考えています」
「先生……!」

 美智恵の言葉を聞いて、西条は反省する。
 アシュタロスがどんな雰囲気であろうと、それで油断してはいけないのだ。
 西条は、あらためて気を引き締めたのだが……。

『……違うのね。
 これはアシュタロスじゃないのね!』
『動揺してたら気付かなかっただろうけど、
 よく見たら……一目瞭然なのね!』

 二人のヒャクメが、叫び声を上げた。


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『ふむ。
 ヒャクメ君に見抜かれるとは……。
 下級役人とはいえ、さすがは調査官だな』

 アシュタロスのつぶやきは、ヒャクメ二人の指摘を肯定していた。

「どういうことですか、ヒャクメ様?」
『あれはアシュタロスの分身にすぎません』
『それも首のパーツのみです。
 ボディは借り物……!
 シッポ状のコードを人間の死体に
 突き刺して操ってるだけなのね!』

 美智恵の質問にヒャクメたちが答える。
 
(そうか……。
 やはり本物は、こんなものではないのか)

 と思いながら、西条はアシュタロスを観察していた。
 アシュタロスは、美智恵とヒャクメたちの会話を聞いて、笑っているようだ。

『フフフ……。
 そんなに得意そうに語るのは
 やめてくれないかな、ヒャクメ君。
 今日は話し合いに来ただけだから、
 これで十分なのだよ』
「話し合いですって?
 これだけ殺しておきながら……」

 美智恵のセリフも、もっともである。
 見える範囲に死体はないが、おそらく、角を曲がった先にはゴロゴロ転がっているのだろう。西条たちのところまで、濃厚な血の匂いが漂って来ていた。

『ふむ。
 面白いことをいうものだな?
 むしろ感謝して欲しいくらいなのに……』

 もったいぶって、一度言葉を区切ってから、

『私が来なければ
 美神令子は死んでいたぞ!』

 と宣言するアシュタロス。 
 暗殺部隊に関する説明を聞いたばかりの西条は、振り返って、問いたげな視線を美智恵へと向けてしまう。
 しかし、美智恵はゆっくりと首を横に振っていた。

「上層部が定めた期限までは
 まだ猶予があります。
 暗殺部隊が潜んでいたのも
 万一の場合に備えてのものでしょう」
『……そうかな?
 待ちきれなくなったのではないかね?』
「だまされませんよ。
 あなたが彼らを殺してまわったのも、
 今まさに令子がピンチだったからじゃなくて
 『念のために殺しておこう』なのでしょう?
 あなたにとっては、
 人間の命なんてその程度なのでしょうが……」

 嘘を美智恵に看破されても、アシュタロスは、嘲りの笑みを口元に浮かべたままである。

(仕方がないな……)

 アシュタロスの態度は、西条にも何となく理解できるような気がした。ICPOが美神を殺すことを考えており、美智恵もそれを承知していたというのであれば、美智恵が人命の尊厳を説いたところで、説得力は薄い。
 だが、アシュタロスは、それ以上美智恵をからかいはしなかった。

『まあ、いい。
 こんな話を続けていてもラチがあかないから
 ……ズバリ用件を言おう。
 本物の私の居場所を教えるから
 美神令子をそこへ寄越してくれないか?』


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「な……!?」

 絶句した一同の中で、

「何を言うかと思えば……」

 最初に口を開いたのは美智恵だった。それも、フッという音が聞こえそうな口調である。

『そんなバカを見るような顔はよせよ、
 そちらにとっても私を倒すチャンスなのだよ?』
「……なぜ
 わざわざおまえの相手をしなきゃならないの?
 あと数ヶ月で、おまえは
 冥界とのチャンネルを閉じていられなくなるわ。
 その後、世界中の神さまと悪魔が
 おまえを八つ裂きにするのよ。
 今、私たちが危険を冒す必要など……」
『必要はあるさ』

 ここで、アシュタロスの目がカッと見開かれた。

『母親の命を救うには、
 それしかないのだからね』
「なに!?」

 チクッ!

「し……しまった……!!」
「先生っ!!」
『隊長さん!』

 首筋を押さえながら倒れ込む美智恵のところに、西条とヒャクメたちが駆け寄る。
 この隙に、美智恵を刺した妖蜂は、換気口の隙間へと逃げ込んでいた。

『個人差はあるが……
 死亡するまで8週間から12週間。
 血清は私しか持ってない』
「ムダよ!
 私ひとりのために
 世界中を危険にさらしたりはしない!
 ゴーストスイーパーに
 悪魔の誘惑はきかないのよ!!」
『君はそう思っても……
 美神令子君や周りの者はどう思うかな?』

 アシュタロスは、西条やヒャクメたちにチラッと視線を向ける。
 
『一応、道案内をおいておくよ。
 気が向いたら、いつでも来てくれたまえ』

 アシュタロスの言葉と同時に、ホタル型の使い魔が飛来する。

「……言いたいことはそれだけ!?」
『ああ。
 ここへ来た目的は済んだからね。
 君を探すのに手間取るかとも思ったが
 ヒャクメ君のおかげで助かったよ……!』
『えっ、私のせい……?』

 アシュタロスの言葉を真に受けて、『うっかりヒャクメ』がオロオロし始める。
 それを一喝するかのように、

「おだまり!!」

 アシュタロスの分身に向けて、美智恵が破魔札を投げつけた。


 _ _ _ _ _
___________


「……というわけで、
 先生は今、寝込んでいるんだ」

 西条が話し終わったところで、エミが、ポツリとつぶやく。

「そのヒャクメとかいう神さま……
 あんまり頼りにならなそうね?」
「横島サンも言ってましたケン。
 『ヒャクメはドジっコだ』って」

 タイガーも同意を示すが、彼の顔は、少しにやけている。どうやら、横島の『ドジっコ』という言葉から、実物とは違うイメージを持ってしまっているらしい。

「いや、たしかにアシュタロスの襲撃の際は
 ヒャクメ様の行動が裏目に出た形になったし、
 それに、日頃から『うっかり』の多い神族ではある。
 だが……やはり人間とは元々の力が違う」

 西条は、霊動実験室でのヒャクメの訓練の様子(第六話参照)を話して聞かせた。

「へえ……。
 さすがに霊波が全く同じなら
 ……合体の効果は絶大なワケね?」
「そうだ。
 令子ちゃんと横島クンの同期合体も
 すさまじいパワーになっていた。
 ……先生の理論は完璧だよ」

 西条の話を聞きながら、エミは、香港でのメドーサとの戦いを思い出していた。
 あの時だって、エミ・冥子・横島・ピート・雪之丞の霊波を美神に流しこむことで、メドーサをも驚かせるほどの高出力の攻撃を可能にしたのだ。
 もちろん、当時は波長を同期させる術などなかったが、それでも十分な成果を上げたのだった。

(そのパワーアップ版なワケ……)

 SFのようにも聞こえてしまう『同期合体』という言葉も、かつての経験と照らし合わせれば、理解しやすい。

「……で?
 最初の質問に戻るけど……
 私たちに何をさせたいワケ?」
「僕たちと一緒に南極まで……
 アシュタロスの本拠地まで行って欲しい!」

 西条は、ここで頭を下げた。


___________


 美智恵を助けるためには、アシュタロスの招待に応じるしかない。
 しかし、美神を連れて行くのは、さすがに危険である。
 だから、美神抜きで南極へ向かおう。
 それが、もともとの西条の考えだった。

「でも……上層部には却下されてしまったんだ」
「なるほど……わかったワケ」

 エミが頷く。
 美神を殺してしまおうと計画した連中ならば、美智恵を犠牲にしようと考えるのも当然である。

「それじゃ、西条サンは
 おかみの命令に逆らうつもりなのね?」

 今度は、西条が頷いた。
 それを見て、エミが言葉を足す。

「ヒャクメ様を主戦力としてアテにできて、
 しかも令子をおいていくなら……
 横島も残したほうがいいワケ」
「ああ、僕もそう思う。
 僕たちを南極へおびき出しておいて、
 その間に本部に攻め込まれる可能性もあるからね」

 美神と横島が一緒にいれば、ある程度の敵が来ても、同期合体で戦える。
 西条がそれを想定しているのであれば、エミとしても、少し安心できた。
 美智恵が倒れ、そして、上層部の命令を無視して出発する以上、今回の指揮を執るのは西条である。
 西条とは初対面ではないが、それでもエミは、西条の指揮官としての能力を再吟味する必要があると感じていた。かつてない強敵に挑むのだから、もしも無能な指揮官に従ってしまったら、戦う前から負け戦が決定してしまうのだ。

「そして、おキヌちゃんもおいていく。
 彼女のネクロマンサー能力も
 アシュタロス相手では役に立たないからね」

 と語る西条の表情を見て、エミは、小さな疑問を感じ始めた。

(もしかして……
 令子と横島を二人きりにしたくないワケ?
 だから……おキヌちゃんを?)

 美神が横島を異性として意識しているのは、エミにだって分かっていた。
 なぜか横島の周囲には、彼に惹かれる女性が多いし、おキヌもその一人である。
 そして、色男の西条が美神を狙っていることも、エミは知っていた。
 だが、しかし。

(……色恋沙汰を持ち込んでる場合じゃないワケ!)

 西条の公私混同を不安視するエミ。そんな彼女の心中には気付かず、西条は話を続ける。

「……そのかわり、
 令子ちゃんの友人のGSをたくさん連れて行く。
 強力な霊能力者が揃えば……
 それだけ同期合体のバリエーションも多くなる!」
「……えっ!?」
「先生は横島クンだけが
 『同期』できると考えているようだが……。
 僕はそうは思わないからね」

 断言した西条を見て、エミは、小さく失望した。

(ああ……やっぱり!)

 裏社会も渡り歩いてきたエミは、年齢のわりに人生経験も豊富である。
 エリート育ちの西条の考えなど、手に取るように読めてしまうのだ。

(横島への対抗心ね)

 それが西条の判断力を曇らせている。エミは、そう考えていた。
 彼女も、横島が文珠を使う場面を直接見たわけではない。しかし、横島のGSとしての成長ぶりは見てきたし、また、業界に流れる『文珠』のウワサは聞いている。
 だから、西条が言うほど文珠の制御は簡単ではないと思うのだ。
 それでも、この場は、西条に話を合わせることにした。

「横島から文珠を巻き上げて、
 それでバンバン同期合体しようってワケ?
 それじゃ私は……
 ピートあたりと合体させてもらおうかしら」
「いや……」

 西条は、口元に笑いを浮かべながら、エミの言葉を否定する。

「ピート君はバンパイア・ハーフだ。
 普通の人間とは『同期』できないだろう。
 彼には『魔』の性質を介して、
 魔装術の雪之丞クンと合体してもらおうと思っている」

 そして、真剣な表情に戻してから、西条はエミを見据えた。

「誰にも不可能だったタイガー君の制御。
 それに唯一成功したのが君だと聞いている」
「えっ、タイガー?」
「ワッシが関係あるんですカイノー?」

 エミとタイガーが顔を見合わせるが、西条は、構わず話を続ける。

「だから君のコントロール能力に期待したい。
 君ならば……
 本人すら持て余すほどの莫大な霊能力だって
 ……うまく扱えるはずだろう?」
「まさか……」

 エミは気が付いた。
 西条が、誰とエミを合体させようとしているのか。
 それは……。

「おたく……
 私と冥子を同期合体させるつもりなワケ!?」


___________
___________


 こうして、ヒャクメが辿り着いた時代では、最終決戦が始まろうとしていた。
 一方、美神と横島が『逆行』した時代でも、一つの大きな変化が発生していた。
 それは、おキヌの決意である。

『今すぐ生き返らなくても……
 このままでいられないでしょうか?
 私……幽霊のままがいいんです』

 美神も横島も、『もとの時代』で似たような発言を耳にしていただけに、すぐには、おキヌの真意に気付かなかった。
 おキヌは、ゆっくりと説明する。

『人間として復活したら、
 私は美神さんや横島さんのことを忘れてしまう。
 だから離れ離れになってしまう。
 ……そう言ってましたよね?』

 おキヌが現れた直後に、美神は、状況整理の意味で、『もとの時代』での経緯を横島に色々と説明し直していた(第二話参照)。
 その場で二人の話をすぐに理解できたわけではないが、おキヌは、美神だって認めるくらいに『飲み込みの早いコ』である(第三話参照)。後々になって初対面の際の会話を思い出せば、『もとの時代』の自分がどうなったのか、容易に推測できたのだ。

『……そんなの、私はイヤです』


___________


「で、でもね、おキヌちゃん。
 たとえ記憶はなくしても……。
 生き返ったあと、再び知り合って、
 あらためてまた本当に友達に……」
『……なれるんですか?
 いや……「なれた」んですか?』

 真剣な目付きで、おキヌが問いただす。

『美神さんも……横島さんも……
 未来を知ってるんですよね。
 人間として生き返った私は
 ……どうなったんですか?』

 美神としては、言葉に詰まるしかなかった。
 二人が知る『もとの時代』では、「おキヌは戻ってくるだろう」という予感はあったものの、それは、まだ実現していなかったのだ。

「……私たちのことは忘れて
 新しい御両親のもとで
 幸せに暮らしているわ」

 美神は、正直に答えた。仕事ではハッタリも多用する美神であるが、おキヌに対して嘘をつきたくなかったからだ。

『……ね?
 それでしたら……』
「な……何言ってんだよ!?
 生き返れるんだぞ!?
 死んでも生きられるとか
 そーゆーバカな話はヌキにして……」

 今度は、横島が説得を試みる。
 本心では、横島だって、おキヌが去ってしまうのは悲しい。だが、それでも、蘇るように説くべきだと思ったのだ。
 しかし。

『……私にとっては
 今の状態こそ「生きてる」ってことですから』

 おキヌの発言で、横島は、続きの言葉を飲み込んでしまう。

『もう生前のことは覚えていないから
 くらべることはできませんが……。
 でも、お二人との暮らしは、
 とっても充実してますから!
 これこそ……
 「生きてる」って感覚だと思うんです!』


___________


「ちょっと様子を見てきて欲しいんだけど……」
『了解っス、美神さん』

 美神に耳打ちされたワンダーホーゲルが、どこかへ飛んでいく。
 それを見届けてから、美神は、再びおキヌ説得に加わった。

「おキヌちゃん……
 本当に今の状態に満足してるの?」
『はいっ!』
「でも幽霊のままじゃ
 自分の足で歩くこともできないでしょう?」

 美神は、『もとの時代』では、幽霊おキヌからちょっとしたエピソードを聞いたことがあった。
 それは、知り合いの幽霊のひ孫に憑依したという経験だ。
 自分の足で――生身の足で歩くという感覚。
 体があるというだけで良い気分になったそうだ。
 それを指摘したつもりだったのだが……。

『なんのことですか?』

 おキヌはキョトンとしている。

(しまった……!
 死津喪比女を倒すのが早すぎたんだわ!)

 『この時代』のおキヌは、まだ、そんな体験をしていないのだ。
 そこで美神は、別の方向から、幽霊のデメリットを思い知らせようと試みる。具体的なものがないのであれば、漠然としているが、女の本能に訴えかけてみよう。

「でもさ。
 おキヌちゃん……このままじゃ
 好きなオトコと一緒になったり
 子供を作ったりできないわよ?」

 仕事一筋に見える美神だって、家庭を持ちたいという気持ちはゼロではない。
 例えば、小さい頃は西条に憧れており、彼がイギリスへ行く際には『十歳の子供なりのプロポーズ』だって口にしている。
 また、平安時代で見た『前世』の出来事を重視するのであれば、いつか横島がその対象になることだって有り得るかもしれない。
 どちらも現段階では想像しにくい可能性であるが、そうした可能性を皆無にしたいとは思わなかった。
 おキヌだって女性なのだから、心の底には同様の想いが存在しているだろうと美神は考えたのだが、

『なんのことですか?』

 今度も、おキヌはキョトンとしていた。
 美神は、再び後悔してしまう。

(しまった……!
 おキヌちゃんの気持ちも……全然違うんだわ!)

 『この時代』でも『もとの時代』でも、おキヌは横島と仲が良い。一緒に寝泊まりしている分、『この時代』のほうが二人の結びつきは強いと言えるかもしれない。
 しかし、その方向性は全く違うのであった。
 『この時代』の仲の良さは、『一緒に寝泊まり』しても問題が起こらないような、そんな微笑ましい関係である。だからこそ、美神も、それを黙認しているのだ。
 一方、『もとの時代』のおキヌは、横島を異性として意識しているような素振りがあった。物に触れられる幽霊なのだから、そんな彼女とスケベな横島をもしも毎晩同じ部屋に宿泊させたら、いつか男女の関係になっていたかもしれない。

(『もとの時代』のおキヌちゃんなら、
 横島クンの子供を生みたいって気持ちもあったはず。
 でも……『この時代』のおキヌちゃんには、
 そんな気持ちは全くないんだわ!)

 美神は、横島に視線を向けた。
 横島は、悩んでいるような顔をしている。

「仕方ないわね……」

 おキヌの意向を無視して復活させることだって、不可能ではない。
 だが、美神は、そんな横暴な振る舞いをするつもりはなかった。
 そして、このタイミングで、

『確認してきたっス!』

 ワンダーホーゲルが戻ってきた。


___________


「それじゃ……まだまだ保存は大丈夫なのね?」
『間違いないっス!
 300年間あの状態だったのなら、
 この先、少なくとも数十年間は平気っスね!』

 美神は、おキヌの遺体の状況を調べさせたのだった。
 『この時代』では、ミサイルとして使われたわけではないので、おキヌの霊体は全く衰弱していない。肉体のほうも保つというのであれば、今すぐではなく、後々おキヌを復活させることも可能だった。

「それじゃ……しっかり管理するのよ?」
『まかせてください!』

 美神は、おキヌの遺体保管をワンダホーゲルにまかせて、横島と幽霊おキヌを連れて、山を下りる。

『わーい!』

 これまでどおりの生活を続けられることになり、無邪気に喜ぶおキヌ。
 彼女は、最初にこの山を離れた時と同じように、美神と横島の間に挟まって二人と手をつないでいた。

(まあ、いいわ)

 美神は、チラッと横に目を向ける。

(『もとの時代』でも、おキヌちゃんは
 横島クンに一目惚れしたわけじゃないんだから!
 ……だから、もしかすると、
 このおキヌちゃんだって、いずれは……。
 そして、そうなったら……
 人間になりたいって思うかも!)

 満面の笑みのおキヌと、幸せいっぱいとは言えないがそれでも嬉しそうな横島。
 そんな二人の姿が、美神の視野に、同時に入ってくるのであった。



(第九話に続く)
  
 こんにちは。
 第六話で描いたように、合体ヒャクメという巨大戦力(?)が加わり、また、横島とおキヌがちょっとイイ雰囲気になっています。それによって、南極行きのメンツも少し変わりました。原作では深く描かれていなかった西条やエミの心情を、原作とは変化した展開を踏まえた上で描写してみましたが、いかがだったでしょうか。
 そして、美神と横島の時代では、「おキヌが幽霊のまま」という変化が生じました。これまでの「原作とは違って、幽霊おキヌにとって横島は恋愛対象ではなく、お父さんのようなもの」という描写も、このための伏線の一つだったわけです。ようやく話がここまで進んだことで、少しホッとしました。
 もう七月も終わりですが、夏企画で賑わう八月は、この作品の投稿は控えようと思っています(一ヶ月の休載期間を利用して、先々の展開を煮詰め直すつもりです)。九月になったら投稿を再開しますので、また、よろしくお願いします。

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