「そう……準備は整ったわ。
明日いよいよ死津喪比女を倒しに行くわよ!」
横島と幽霊おキヌに向かって、美神が堂々と宣言した。
死津喪比女を倒せば、その次に来るのは、おキヌの復活。つまりおキヌとの別れである。
その意味をかみしめる横島だが、口にしたのは別の言葉だった。
「……今回も細菌弾っスか?」
後のことではなく、まずは戦闘そのものに意識を集中させたのだ。
ただし、『もとの時代』での経験を活かせば、死津喪比女を滅ぼすことは難しくないと考えていた。
彼の言葉に対して、美神は、あいまいな答を返す。
「イエスでもあり……ノーでもあるわ」
「はあ?」
「たしかに『呪いの細菌』を利用するけど……」
美神が顔をしかめる。
エミとの交渉が面白くなかったのだろう。
それくらい、横島にも想像できた。
なにしろ、『この時代』では、まだ横島は六道冥子や小笠原エミとは面識がない。そんな初期の段階では、美神とエミは表立って敵対していたはずなのだ。
(美神さん、プライド高いもんな。
エミさんに頭下げるのは辛かったんだろう……)
と横島が内心で苦笑している間に、美神の表情は、いたずらっぽい笑顔に変わっている。
「今回はライフルは使わないわ。
……ちゃんと専門家と相談してきたから大丈夫よ」
そんな二人の会話の横で、おキヌは、キョトンとした表情を浮かべ続けていた。
第七話 おキヌの選択(その二)
都会では暑い季節になったが、高原地帯まで来れば涼しい場所もある。
ましてや、日も陰ってくれば、少し肌寒いくらいであった。
そんな山中に、
「なんで俺がこんな目に……」
横島がゴロンと転がされていた。
身動きも出来ないくらい、ロープで厳重に縛られている。
『横島さん、なんだかかわいそう。
何も悪いことしてないのに……』
少し離れた森の中で、おキヌがつぶやいた。
隣には美神も立っており、双眼鏡を手にしている。横島のことだけでなく、周囲全般の様子を伺っていた。
「いいのよ、おキヌちゃん。
あいつ、あれくらい慣れてるから」
おキヌが口にしたように、横島は悪さを働いたわけではない。ついつい美神は、いつものセクハラの罰と似たような扱いをしてしまったが、今回、意味は全く違うのだ。
「それに……
これくらいしかコンタクトの方法がないからね」
横島は、ワンダーホーゲル――現在この山の神をしている元幽霊――を誘い出すためのエサなのであった。
美神の計画では、死津喪比女を討伐するにはワンダーホーゲルの協力が不可欠である。しかし、大声で呼んでも出てこなかったので、彼が気にいっていたらしい横島を利用しているのだった。
そして……。
『あっ、来ましたよ!』
おキヌが声を上げる。
美神の想定したとおり、ワンダーホーゲルが姿を現したのだ。
___________
「これこそ『天の岩戸』ね。
やっぱり神さまを呼び出すには、これが一番なんだわ」
『畏れ多いこと言わんでください。
天照大神さまと自分とでは格が違うっス。
それに、自分は隠れてたわけじゃないっスよ?』
神さまになると、色々と忙しいのだ。
神族がヒョイヒョイ俗界へ遊びに行くなど不可能。自分のように担当する山に滞在している場合ですら、知り合いが来たからといってホイホイ顔を出す余裕などない。今回も、美神たちが来たことに気付かなかったのだと、彼は言い訳する。
(そのわりに……
横島クン転がしておいたら出てきたじゃない?)
美神はツッコミを入れたくなったが、敢えて口にしない。
それよりも、話を前へ進めたかったのだ。
だから、
「……まあ、いいわ。
ともかく、あんたに頼みたいことがあるのよ。
そのかわり横島クンを一晩自由にしていいからさ」
と提案する。
『美神さん、
神さまを「あんた」呼ばわりしていいんでしょうか?』
「おキヌちゃん……。
それより俺の貞操を心配してくれ……」
エサ役も終わりということで、横島は、おキヌにロープを解いてもらっている。二人の言葉は、その作業をしながら発せられたものだったが、会話の流れの中に埋もれてしまっていた。
ワンダーホーゲルが即答したからである。
『もう自分は神さまっスから……。
山と一体化した以上、たとえ一晩でも
人間のオトコとは一緒になれないっス。
横島サン、すいません!』
横島、ホモにフラれる。
もちろん、この場合はフラれるほうが横島の意に添うのであるが。
『……でも、協力は惜しまないっスよ。
何をしたらいいんスか?』
ワンダーホーゲルは、横島に対して頭を下げた後、美神の方へ向き直った。
美神としては続きを促された形だが、彼女は、やや話題を遠回りさせる。
「えーっと……。
最近、体の調子が悪いことないかしら?」
「体の具合って……。
神さまなんだから、それは
『この山の調子が悪い』ってことになっちゃいますよ?」
苦笑しながら言葉を挟む横島だったが、突然、表情がハッと変わった。
「……って。
ああ、そうか!」
自分自身の言葉のフィードバック。
横島は、美神の発言を言い直したことで、彼女の真意に気付いたのである。
「……そういうことよ!」
美神が、ニマッと笑った。
___________
『そう言えば……最近少し
むず痒いような気持ちがするっスね』
「その『痒い』ところって特定できる?
一番痒いのは……どこかしら?」
『……まあ、だいたいの場所なら』
山と一体化したワンダーホーゲルが体の不調を訴えるのであれば、それは、山のどこかに異変があるということだ。
一同は、彼の案内に従って、その『異変』の地へと向かう。
『……どういうことなんですか?』
「ああ。
ワンダーホーゲルの感じる異常こそ……。
おキヌちゃんとも因縁が深い妖怪、死津喪比女なんだ」
最後尾を歩くおキヌが質問し、これに応じて、すぐ近くの横島が語り始めた。
死津喪比女は、この山の地脈からエネルギーを吸い取る妖怪である。ただし、おキヌが山にいる間は封じられており、衰退の一途をたどっていた。
だが、今では死津喪比女も解放され、かつての力を少しずつ取り戻しているはずだった。それは御呂地岳近辺の地脈異常につながるわけで、これが酷くなると、ここの神であるワンダーホーゲルなどは身動きとれない状態になるのだ。
「……ということさ」
『はあ……。
でも、まだよくわからないんですが……』
ここで、美神が後ろを振り返った。
「ダメよ、横島クン。
それじゃ肝心の部分が説明できてないわ」
美神は、横島の話をフォローする。
彼女のプランのポイントは、ワンダーホーゲルを探知機代わりにすることだった。重度の地脈異常で動けなくなるくらいならば、軽症の段階でも何らかの違和感として認識できるだろうという発想である。
「だけど……。
もしワンダーホーゲルが出てこなかったら、
どうするつもりだったんスか?」
「ま、その場合は……
近代的な霊体検知器に頼るつもりだったわ」
説明の途中で割り込んだ横島に、美神はアッサリと返答した。まるで『近代的な霊体検知器』も用意してきたかのような口ぶりだが、実は、そこまで準備万端ではなかった。
ただし、すでに手遅れなほど地脈異常が進んでいる可能性については、一応検討していた。
『この時代』での様々な事件も『もとの時代』と同じ順番で発生しているが、まだ、ようやく幽霊潜水艦と戦ったくらいである。死津喪比女が復活するのは、かなり先のはず。だから『手遅れ』となる確率は非常に低い。
それが美神の導き出した結論だったのだ。
そして、もし間違えていたとしても――すでに死津喪比女が蘇っていたとしても――、おキヌを連れてくれば死津喪比女は姿を現すだろうから、探す手間が省ける。末端でもいいから細菌感染させてしまおうと考えていた。
「……ともかく、話を戻すわよ」
美神は、ワンダーホーゲルをセンサーとして利用する意義について、もう少し補足する。
死津喪比女と戦う上で一番厄介なのは、その本体が地中深くに隠れていることだった。場所を特定することも、そこへ攻撃を届かせることも難しいのだ。
「だから、死津喪比女を滅ぼすには、
ちょっとした工夫が必要なのよ。
例えば……」
江戸時代の道士は、まず、死津喪比女を封じる装置を作り出した。若い少女――おキヌ――の意志と霊力を利用し、養分を断って枯れさせる呪的メカニズムを組み上げたのだ。
「直接叩けないなら、
時間をかけてジワジワと……。
そういう戦略ね」
さらに道士は、第一案が失敗した場合の保険も準備していた。おキヌの霊体を装置に強制召還し、ミサイルとして特攻させるという第二案である。
「霊体ならば地の底まで追跡できる。
これで、不可能なはずの直接攻撃が
可能になるわけよ……」
そして『もとの時代』の美神たちは、別のアプローチを試みた。
植物を枯らせる細菌兵器である。
生態系への影響も配慮して、妖怪だけを殺すような呪いをかけた特殊細菌。それをライフル弾にこめて、死津喪比女の末端から撃ち込んだのだ。
「敵が植物妖怪であることを利用したわけ。
感染させちゃえば『呪い』も本体まで届く。
そういう計算だったんだけど……」
このプランには、一つの欠点があった。『呪い』が伝わるより早く、死津喪比女が対処してしまったのだ。末端部を切り離すことで、感染が進むのを妨げたのである。
「まあ……素人考えだったわけね」
自嘲気味につぶやき、美神は話を締めくくった。
呪いの細菌というのは良いアイデアだったはずなのだが、ツメが甘かったのだ。
だから、細部を煮詰めるため、『この時代』に来た美神は東都大学へ向かったのだった(第三話参照)。
そこで農学系の専門家と話をした美神は、死津喪比女の対応が生物学的には当然の生体防御だと聞かされた。妖怪ではなく普通の動物や人間であっても、菌やウイルスに感染すれば、生体内の組織レベルで同様の現象が起こるのである。
「今回はね、それを防ぐために
……直接本体に細菌をぶちまけるのよ!」
と、美神が横島・おキヌに告げた時。
『……ここっスね』
ワンダーホーゲルがつぶやいた。
目的地――死津喪比女が眠る場所――に到達したのである。
___________
「あれ、見覚えがあるような……」
口にしてから、横島は気が付いた。
ここは、『もとの時代』で死津喪比女と最終決戦をした場所なのだ。
しかし、考えてみれば、それも不思議ではなかった。あの時、死津喪比女の本体である球根は、隠れ家から真っすぐ地上へと出てきたのだろう。
ただし因縁の場所ではあっても、美神と横島の記憶だけでは、ここに辿り着くのは無理だったはずだ。山中の景色は似通っているので、やはりワンダーホーゲルの道案内が必要だったのだ。
(あのときは……
おキヌちゃんの助言のおかげで
死津喪比女を倒せたんだよな)
当時のことを思い出しながら、横島は、おキヌを見つめる。
今、おキヌは、美神に対して無邪気な質問を投げかけていた。
『……なんですか、それは?』
「これはトランシーバーよ。
……携帯電話でもよかったんだけど、
まだ、あんまり普及してないからね」
美神は、横島が背負ってきたリュックの中から、無線機を取り出していたのだ。
少し未来から逆行してきた美神たちは、この先、PHSや携帯電話といった便利なシロモノが使われるようになると承知している。しかし、すぐには一般に広まらないことも知っていた。
実際、逆行前の美神たちは、携帯電話なんてほとんど利用していない。GS仲間の中でも、頻繁に使用していたのは、道楽公務員の西条くらいであった。
(そう言えば……『もとの時代』でも
死津喪比女の事件では無線機使ったっけ)
横島は、そんなことを考えながら、美神たちを眺める。
その美神は、
「それじゃ、打ち合わせどおりに……」
山の麓で待機している特殊車輛に連絡を取っていた。
___________
ガーッ、ガガーッ……。
大型ドリルが稼働する音が、山中に響く。
『あの……美神さん?
くれぐれも山を破壊することだけは……。
それだけはダメっすよ!?』
オロオロするワンダーホーゲルだが、美神は平然としていた。
「何言ってんの。
こんなの、地質調査や温泉掘りと同じじゃない。
山にダメージなんてないわよ」
美神は、大型の筒状掘削機器、つまりボーリングマシンを用意してきたのだった。これで死津喪比女のいるところまで掘り進むのだ。
ただし、普通のボーリングマシンではない。工学系の専門家と相談した上で、ちょっとした改造が施されていた。
(ずいぶんお金かかったわね……)
目の前の機械を見て、感慨にひたる美神。
お金大好きであるが故に誤解されることも多いが、別に美神は、重度の守銭奴ではない。必要とあればお金も武器として使っていた。美神の除霊術の中には、『買収』も正当な手段として含まれているくらいである。
そして、今回も『必要』と判断したのだった。
エミへの報酬に、ボーリングマシン改造費。また、山を掘る許可を得るにも、大金を費やしていた。こうして現地へ来るまでは場所をピンポイントで特定できないので、かなり広範囲に渡って、それぞれの地主に根回ししておいたのである。
(でも……
おキヌちゃんのためだから仕方ないか)
と、美神は自分を納得させた。
そこに、横島が質問を投げかける。
「『地質調査や温泉掘りと同じ』って……。
じゃあ、あれは何なんスか?」
彼の視線は、もう一台の特殊車輛に向けられていた。
ボーリングマシンの横に停車しているタンクローリーである。そのタンクからはホースが伸びており、ボーリングマシンへとつながっていたのだ。
これこそ、わざわざ改造したポイントである。
「これが呪いの細菌よ」
「……は?」
美神は、専門家から聞いた内容を思い出しながら、横島に対して説明した。
「細菌ってもんは……
空気中や普通の水中にもウヨウヨしてる。
でも研究のために人工的に増やす際には、
『培養液』っていう特殊な
液体の中で培養するんですって」
「培養液という液体の中で培養……?
その言い方では、
『馬から落ちて落馬する』と同じっスよ」
「……いいでしょ、わかりやすくて!」
美神は、横島の頭を軽く叩いた。
横島に日本語をつっこまれるのは少し恥ずかしいが、ともかく、横島は美神の語った内容を理解したらしい。
「それじゃ……
あのタンクの中身は
細菌液なんスね?」
横島は、タンクローリーに視線を戻している。
「そ。
死津喪比女のいる地中深くに流し込むのよ。
……不自然なくらい増えに増えた細菌を
頭から直接かぶったら……どうなると思う?」
___________
こたえ。
あっさり消滅しました。
___________
『おおっ!
なんだか体が軽くなったっスよ』
ワンダーホーゲルが喜んでいる。
その隣では、
「いいんスか、美神さん?
これじゃ盛り上がらないのでは……」
「はあ?
何言ってんのよ。
盛り上げる必要なんてないじゃないの」
「でも……
死津喪比女は一種の中ボスでしょう?
もっと『倒しました』って感じが
欲しいというか何というか……」
「バッカねー横島クン!
それこそ、どうでもいいじゃない」
素直な感想を述べた横島が、美神に諌められていた。
横島だって、頭では理解している。
重要なのは、どう死津喪比女を倒すかということではない。おキヌ復活が可能となったこと、それが一番大事なのだ。
(おキヌちゃん……)
横島が、彼女のほうに視線を向けた時。
『あれ……?
まだ少しおかしいっスね』
『美神さん!
なにか来ます!』
ワンダーホーゲルが違和感を口にし、同時に、おキヌも叫ぶ。
いや、おキヌだけではない。ワンダーホーゲルも美神も横島も、すぐに気が付いた。
地中から巨大な妖気がせり上がって来たのである!
___________
すでにボーリングマシンもタンクローリーも引きあげており、美神たちの前には、大きな穴がポッカリと空いた状態だった。
問題の妖気は、そこを上がって来るのである。誰がどう考えても、死津喪比女であった。
(『あっさり消滅しました』
……って言い切るのは早すぎたわね)
美神は、穴の周囲に沿って走り出し、半円分を進んだところで立ち止まる。穴を挟んで横島たちとは反対側の位置を押さえたのだ。
「横島クン……!
あんたは動いちゃダメよ!」
「……はい!」
神通棍を構える美神に対して、横島が頷く。
彼も霊波刀を出していた。
(私の意図は伝わってるようね)
横島の目を見て、そう判断する美神。
逆行前の経験を考えれば、横島は、もう貧弱な煩悩少年ではないのである。
『もとの時代』では、すでに妙神山最難関修業もクリアしているのだ。そこで得た霊力は失っていても、戦士としての心構えはなくしていないはず。
そして、あの修業に臨んだ際の『美神を守るため』という気持ちも。
(だから……今の横島クンとならば!
前もって打ち合わせなんてしなくても
ちゃんとパートナーとして戦えるんだわ!)
___________
(よくも……
よくもわしから全てをうばいおったな!)
地上へと向かう死津喪比女は、復讐に燃えていた。
熱い。
焼けるように熱い。
いや、実際に、その体は焼けただれていたのだ。
(せっかく地脈の門が開放されたというのに……!)
永き封印の時代も終わり、最近になって、再び地脈の養分が流れ込み始めたところだった。これならば力を取り戻すことも可能だと思っていたら、突然、有毒な液体を浴びせられたのだ。
すぐに『枝』はボロボロになり、末端組織である『花』や『虫』は次々と枯れていった。
本体である球根も無事ではない。表皮がポロポロと崩れていき、大きさだって半分以下になってしまった。
(許さん……。
殺してやる、おまえたちも道連れだ!)
と思いながら、地表に到達した死津喪比女。
目の前の人影は三つ。
だが、普通の人間ではない者も混じっているようだ。
特に、真ん中にいる幽霊の匂いは……。
『そなたは……
300年間わしを封じた小娘!
やはり……おまえがーっ!!』
そう、あの巫女だ。
どういうわけか死津喪比女を一度は自由にしておきながら、今、トドメをさしに現れたのだ。
死津喪比女は、そう思ってしまった。
だから、元凶を攻撃しようとする。
力は衰えたものの、妖力を目に集めて放射することは、まだ可能であった。
『おまえら……皆まとめて……』
しかし、そこまでだった。
『……ウギャッ!?』
背中に激痛が走ったのである。
___________
死津喪比女の悲鳴を聞きながら、横島は、心の中でニヤリと笑っていた。
万一のため、まだおキヌの盾になるような位置に立っているが、もう大丈夫だろう。
(やったな、美神さん……!)
二人で穴の両側に立っていたのは、このためだった。
死津喪比女は正面の目からはビームを放つが、背面側に主な攻撃手段はない。後ろにあるのは弱点のみである。
だから、この布陣ならば。
美神に『目』を向けたら、横島の霊波刀で。
横島たちに『目』を向けたら、美神の神通棍で。
どちらの場合でも、素早く弱点を突くことが出来るのだった。
『おのれ……』
今、背中をやられた死津喪比女が、ゆっくりと向きを変えた。
弱点のはずの新芽を攻撃されながらも、まだ息があるのは、執念深さ故だろうか。しかし、もはや冷静な判断力を失っていることは確かだった。
美神を睨みつけた死津喪比女は、今度は、横島に対して弱点をさらす形になったのである。
「おーじょーせいやあっ!!」
『もとの時代』と比べれば、横島の霊力は少ない。
それでも、現時点の最大出力でハンズ・オブ・グローリーを形成して。
横島は、死津喪比女へと突撃した!
___________
死津喪比女が爆発した。
その名残が、山中にくすぶる煙となる。
「今度こそ倒したわね」
つぶやいた美神が、おキヌの方を振り返る。
美神の表情には、勝利の喜びとは違う、少し冷めた色も浮かんでいた。
「それじゃ……行きましょう」
『行くって……どこへ?』
「決まってるでしょ。
あなたを生き返らせるのよ!」
そう言って美神は、おキヌに背を向けて歩き出す。
すぐ横では、横島とワンダーホーゲルが、たわいない会話をしていた。
「本来なら、おまえのセリフなんだよな……」
『なんのことっスか、横島サン?』
「いや、なんでもないさ」
それを聞いた美神が、
(そういえば……『もとの時代』では、
ワンダーホーゲルが色々と知っていたわ。
でも『この時代』では知らないようね。
まだ神さまとして力が足りないのかしら、
それとも死津喪比女が動きだす前だから……?)
と、どうでもいいようなことを考えてしまった時。
『あの……美神さん?』
おキヌが、いつになく落ち着いた口調で、呼びかけてきた。
___________
「なーに?」
美神が、立ち止まって振り返る。
(美神さんにも横島さんにも
……はっきり言わなくちゃ!)
おキヌは、これまで心の中で温めてきた言葉を口にした。
『今すぐ生き返らなくても……
このままでいられないでしょうか?
私……幽霊のままがいいんです』
___________
それは、美神にとっては、既視感を覚える言葉だった。
(ああ……おキヌちゃんだわ。
このコ、『もとの時代』でも
同じようなこと言ってたわね)
そう思って、横島と顔を見合わせる美神。
横島の表情からも、
「ああ、またか」
といった気持ちが読み取れた。
しかし……。
『もとの時代』と『この時代』とでは、おキヌを取り巻く環境は大きく異なっていたのである。
それが彼女の心境にどんな影響を及ぼしているのか。美神も横島も、まだ気付いていなかった。
___________
___________
そして……。
美神と横島が『逆行』した時代よりも、少し未来。
ヒャクメが増えたことで、少しずつ歴史が変化してきた世界。
そこでは、二人のヒャクメが、今日も霊動実験室でトレーニングしていた。
『サイコメトリックぅう……スーパー大切断!』
合体したヒャクメは強い。
今回のシミュレーションではメドーサ・ベルゼブル・デミアンが敵として出てきていたのだが、手刀一発で三人まとめて倒してしまった。
『アシュタロス一派に……
南米でやられた借りを返すのね!
南米がアジトだった敵を倒すには
ふさわしい技なのねーっ!』
余裕の発言をするヒャクメに、コントロールルームから、おキヌがツッコミを入れる。
「ヒャクメ様……。
いつから人間界のテレビを覗いてらしたんですか?」
オペレーターとしてヒャクメの訓練に付き合うおキヌだが、今日は、訓練指揮官も兼ねていた。
いつもどおりオカルトGメンの制服を着ているが、今のおキヌは、眼鏡をかけているという珍しい姿だ。理由も分からぬまま、西条を見習っているらしい。
(ちょっと……甘かったかな)
反省するおキヌ。
さっさとヒャクメを合体させては訓練にならないのだが、逃げ回る姿を見ていると、可哀想に思うのだ。だから、ついつい早めに『うっかり合体』を解禁してしまう。
(横島さん……美神さん……。
……私には無理ですよぅ)
訓練指揮官など、おキヌの器ではなかった。
しかし、横島と美神は、訓練と休息を繰り返すという状況で、とてもヒャクメのトレーニングにまで立ち合っていられない。
また、美智恵は、妖毒を受けてベッドに伏せっている。美智恵自身は現場に出たいようだが、周囲が止める状態だった。
そして、西条は、美智恵の代理として上層部との交渉に駆けずり回っていたのだ。
ちょうど今、その西条が
「やっぱりダメだったよ」
と言いながら、コントロールルームに入ってくる。
主語も何もなくても、彼の言葉の意味は、おキヌには明白だった。
「それじゃあ……」
「ああ。
非合法で行くしかないな」
(第八話に続く)
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