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うっかりヒャクメの大冒険 第十話「けっきょく南極大決戦」


「……で、
 めでたく人類は一致団結!
 南極まで送ってくれるってよ」

 ヘリから降り立った美神が説明する。
 核ミサイル搭載の原子力潜水艦をアシュタロスが奪取し、人類を脅迫し始めたのだ。
 彼の要求は、美神令子をアシュタロスのもとへ無事に送り届けること。それを受け入れた人類は、エスコートのための大艦隊まで用意したのだった。

「……私を置いて行こうなんて、甘い甘い!」
「令子ちゃん、笑ってる場合じゃないだろ!」

 西条がツッコミを入れる横で、

「よかったよーな、
 よくないよーな……。
 少なくとも、今までよりは
 文珠の数も心配しないですみそうだね」

 唐巣は、美神の隣に立つ人物に視線を向けていた。
 ヘリが運んで来たのは、美神だけではない。美神と共に東京に残っていた二人――横島とおキヌ――も、一行に合流したのである。
 唐巣が言っているのは、もちろん、横島のことだ。それを理解した上で、おキヌは、その場の面々を見渡していた。

(みんな……すごい人たちばかり……)

 すでに二十年くらい第一線で活躍している、唐巣神父。
 彼のもとで聖なる力も使えるようになった、バンパイア・ハーフのピート。
 オカルトGメンの若きエース、西条輝彦。
 中世でほとんど滅んだはずの古代ヨーロッパ魔法を次々と再発見している天才魔女、魔鈴めぐみ。
 美神のライバルであり親友でもある、小笠原エミ。
 影は薄いがその存在感以上の実力を持つ、タイガー。 
 ボケてはいるが時々かつての天才ぶりを発揮する、ドクター・カオス。
 その最高傑作とも言われる万能アンドロイド、マリア。
 妙神山最難関修業を初めてクリアした二人の人間の一人でもある、魔装術の使い手、伊達雪之丞。
 のんびりお嬢様でありつつも、美神やエミすら持て余すほどの式神をしもべとする、六道冥子。
 そして、ドジで役立たずなイメージがあるが、本当は凄い神さまである、二人のヒャクメ。

(でも……私は……)

 自分はたいした戦力にならないと知りながらも、おキヌは、ここまで来てしまったのだ。美神を囲んでワイワイ騒ぐGSたちを見ながら、おキヌは、深く考え込んでいた。

(私に……何ができるんだろ?)




    第十話 けっきょく南極大決戦




「おまえら……いつも
 こんな豪華なメシ食ってんのか?」

 ここは、砕氷船『しばれる』の食堂である。だが、テーブルの上に並んでいるのは、まるで一流レストランかと見まごうばかりの料理の数々なのだ。横島が呻いてしまうのも、無理はなかった。

「ワシらのスポンサーは
 道楽公務員の西条だからな。
 食材もタップリ積み込んどるわい!
 ……ん、こらうまい、こらうまい」
「いつも魔鈴さんが料理してくれますケン。
 おかげでタンパク質もばっちりですノー」
「まだまだたくさんありますから。
 どんどん召し上がってください」

 シチューか何かが入っているのだろう。美味しそうな匂いがする鍋を運びながら、魔鈴が微笑んでいる。

「みなさんと違って、私は
 強力な魔族と戦うのは慣れてませんからね。
 その分こういうところで、お役に立たないと」
「『その分こういうところで』だなんて……!
 そんなことないでしょう、
 ……魔鈴さんは
 凄い魔法をいっぱい使えるんですから。
 むしろ私の方が……。
 あ、私、給仕手伝います!」
「あら、いいんですよ。
 おキヌちゃんは、
 どうぞ食事を楽しんでください」
「でも……」
「私にまかせてくださいな。
 出す順番とかタイミングとか……
 そういったことも含めて料理ですから」

 他の女性陣は、この会話には加わらなかった。魔鈴が準備から給仕まで一切をこなすのは、すでに暗黙の了解になっていたらしい。
 そして今日来たばかりの美神も、平然とテーブルに座り、食べ始めていた。ソース混じりの肉汁を滴らせるステーキにナイフを入れながら、彼女は、雪之丞に声をかける。
 
「それはそうと……。
 あんた、さっき空飛んで戦ってたけど、
 あれがピートとあんたの同期合体なのね?」
「そうさ!
 パワーもスゲーが……やっぱ
 空が飛べるっていうのは、いいモンだ。
 まさに……大空はばたく漆黒の翼だぜ!」
「……僕は飛行ブースター扱いですか」

 苦笑するピートの隣から、エミも会話に加わった。

「熱血ヒーローならぬ熱血マザコン野郎の
 たわごとは無視するとしても……。
 たしかに同期合体は凄まじかったワケ。
 私なんて最初は
 合体が成功するかどうかすら
 ……疑ってたんだけど」
「おや……
 僕の計画を信用してなかったのかい?」
「今は信じてるわよ、西条さん。
 でも、最初は……ね」

 その西条の態度を見て、唐巣も口を挟む。

「エミくんが半信半疑だったのも
 ……無理はないかもしれないね」

 いったん言葉を区切り、テーブルの右端へと視線を向ける唐巣。
 そこでは、カオスやタイガーと騒ぎながら、横島が幸せそうに料理を頬張っていた。

「横島くんは器用な少年だ。
 ……その性格は
 霊能者としても活かされているし、
 彼が文珠を作れる理由の
 一端にもなっていると思う」

 唐巣の視線に気付いたらしい。横島が不思議そうな表情でこちらを見ている。
 それに軽く手を振ってから、唐巣は、西条やエミたちの方に向き直った。

「……そんな横島くんの文珠を
 彼ほど器用ではない者が使うとなれば、
 しかも複数の文字を使うとなれば、
 その分コントロールに
 超人的な霊力が必要になるはずだ」

 唐巣の言葉を聞いて、エミが頷く。我が意を得たりという表情をしている。

「……そういうワケ。
 言っちゃ悪いけど、
 ピートはともかくとして、
 雪之丞のレベルでは、まだまだ……」
「なんだと、コラ!?
 ケンカ売る気なら、買ってやるぜ!」

 顔色が変わる雪之丞。
 すかさず、唐巣が仲裁に入った。

「まあまあ。
 食事中に争いは止めたまえ。
 ……今の話は、あくまでも一般論だ。
 エミくんは誤解しているようだが……
 私は、雪之丞くんとピートくんなら
 うまくいくと思っていたよ」

 唐巣が解説を始める。
 バンパイア・ハーフであるピートは、かつては邪悪な吸血鬼の息子であることを恥じており、その力を使うのを嫌がっていた。その代わりに、唐巣の弟子として、精霊の力を借りて戦っていたのだ。
 しかしGS資格試験において、雪之丞に追いつめられ、また、美神――変装のために当時は美神だと気付かなかったが――の言葉をきっかけとして、ついに覚醒。神聖なエネルギーと吸血鬼の能力とを同時に使える、希有な戦士となったのだった。

「いわば霊力の二刀流ってことだな。
 美神の大将と俺のおかげで、
 ピートは両刀使いに目覚めたわけだ。
 ……あれ?」

 カッコ良く例えたつもりの雪之丞だが、いざ口にしてみると、どうも問題のある表現だった。
 なんともいえない空気がその場に漂うが、皆、雪之丞の言葉など聞かなかったことにして、唐巣の話の続きに耳を傾ける。

「ピートくんだけじゃない。
 実は雪之丞くんにも、
 同じような二面性があると思うんだ」

 雪之丞が得意とする魔装術は、メドーサから伝授されたものだ。しかし、その時点で学んだのは基本のみであり、自分では使いこなしているつもりでも、術の全てを引き出せていたわけではない。
 彼の魔装術が完成したのは、妙神山で修業して、斉天大聖老師から極意を教わった時である。霊気のヨロイが収束して外観まで変わったのが、その証であった。
 つまり雪之丞は、単なる『悪魔の力を身につけた男』ではない。彼の魔装術は、悪魔によって伝えられ、神によって極められた術なのだ。名前こそ『魔』装術であるが、実際には、神魔の両属性を兼ね備えているのである。

「……そんな二人だからこそ、
 霊的な相性が良かったのだろう。
 それで、本来は難しいはずの
 同期合体も上手くいったんだよ、きっと」

 と、しめくくる唐巣。
 彼の話が終わったところで、

「え〜〜。
 それじゃ〜〜私たちは?
 特別なものなんてないけど
 でも〜〜お友だちだから〜〜
 うまくいくかしら〜〜?」

 冥子が、エミを見ながら首を傾げた。
 それを見て、美神も口を挟む。
 
「そうね。 
 むしろエミと冥子の合体の方が、
 うまくいくかどうか心配だわ」
「なに言ってるワケ!?
 おたくのとこなんて
 横島頼りのくせに……!
 令子は横島が入って来るのを
 ボーッと待ってるだけでしょ。
 まるで……
 市場に転がってる冷凍マグロなワケ!」
「ちょっと……エミ!
 ヘンなこと言わないで!!
 それに……合体後に
 体をコントロールしてるのは、
 横島クンじゃなくて私なのよ!?」
「あら……?
 令子はそのつもりでも、
 実際には、横島が頑張って
 おたくにあわせてくれてるだけかも……?」
「なんですって……!?」

 軽口を叩き合う二人。
 テーブルから少し離れたところでは、

「ケンカする方が・仲が良い。
 ……人間って・不思議」

 食事の必要のないマリアが、小さくつぶやいていた。


___________


 翌日。

「さあ、今日は私たちの番なワケ!」
「は〜〜い。
 エミちゃんと〜〜合体ね〜〜!」

 エミと冥子が、船内の一番大きなトレーニングルームへと向かう。
 訓練指揮官の西条や、なんとなく全体のリーダー役におさまっている美神も、二人についていく。他の場所で他の者たちも個々にトレーニングをするのだが、やはり、立ち合うべきは同期合体訓練なのだ。

「おう、横島!
 それじゃおまえは俺と……」

 今の横島と戦ってみたい雪之丞が彼を誘うが、

「ダメよ、横島クンもこっち……!」
「いてて……」

 美神が横島の耳をつかんで連行していく。

「文珠が必要なんだから、
 あんたがいなきゃ!」
「……文珠なら、あらかじめ
 西条に渡してあるじゃないっスか?」
「あれは実戦で使うために
 とっておこう……って決まったでしょ?
 朝の会議の話、もう忘れたの!?」
「いやあ……朝は眠いから
 ちゃんと聞いてなかったっス」

 遅刻癖のある横島が、朝に弱いはずの美神と、そんな会話を交わす。
 その近くを飛び回るホタルを見ながら、冥子が、ふとつぶやいた。

「このホタルって〜〜
 令子ちゃんじゃなくて
 横島クンのまわりを〜〜
 飛んでるんじゃないかしら〜〜?」
「……たしかに、そうね。
 見ようによっては、そうも見えるワケ」

 エミは冥子の指摘を冗談としてとらえていた。エミの発言にも表情にも、それが表れている。
 一方、当の横島は、本気で受け止めていた。

「……えっ、俺?」
「ほら〜〜横島クンは
 魔物に〜〜好かれるから〜〜」
「えっ……いや、その……」

 動揺する横島。
 冥子の『魔物に好かれる』という言葉が、『モノノケとも仲良くなっちゃう』とおキヌから言われた時のこと(第六話参照)を思い出させたのだ。あれは、おキヌに対する横島の意識が微妙に変わり始めた一幕でもあった。
 そうした彼の心情など知らずに、西条やエミが、横島をからかう。

「何を慌てているんだい、横島クン?
 君が魔物に好かれやすいのは、
 今に始まったことじゃないだろう?
 君は……魔物と幸せになりたまえ!」
「……もしかして、逆天号にいる間に
 敵の女幹部とデキてたりするワケ?」

 こうして、はからずも横島が冗談のネタとなって、その場の雰囲気が和む。
 そんな中、美神だけが、

(違うわ。
 敵の魔物なんかじゃなくて、
 おそらく横島クンは……)

 表情も緩めずに、複雑な視線を彼に向けていた。


___________


(ここまで来ちゃったけど
 ……よかったのかな?)

 一人デッキに上がっていたおキヌは、沈む夕陽をボーッと眺めていた。
 他のGSたちは、訓練やら会議やらで忙しい。そんな中、たいした戦闘力も持たぬおキヌは、その忙しさから離れていたのだ。
 もちろん、おキヌとて霊能力者の端くれである。ネクロマンサーとしては、日本一かもしれない。それでも、アシュタロスたちに対して『ネクロマンサー』に出来ることなどないと感じていた。

(私なんかじゃ……)

 アシュタロス対策本部では、美智恵の号令のもと、ICPOに組み込まれてオカルトGメンの一員として頑張ってきた。
 周囲のオカルトGメンたちは霊能力者としては実力も経験も足りず、そのため、西条が忙しい時には代わりにおキヌが訓練指揮官まで――自分でも分不相応と思う役割まで――こなしたくらいだった(第七話参照)。
 だが、こうして歴戦のつわものが勢揃いした以上、話は別だ。これまでの反動もあって、つい、身を引いてしまうのであった。

(私も……みなさんの
 お役に立ちたいです。
 でも……)

 思考の海に沈んでしまうが、ここで、誰かが近付く気配に気付き、ふと振り返る。

「あっ、横島さん……。
 今日の訓練は終了ですか?
 ……おつかれさまです!」
「ありがとう、おキヌちゃん。
 ……まあ今日は俺じゃなくて、
 エミさんたちの合体訓練に
 つきあっただけなんだけど」
「文珠生成役ですか?
 ……ご苦労様です!
 それこそ、横島さんにしか
 出来ないことですからね」
「だけど……俺だって無限に
 作れるわけじゃないんだけどなあ」

 苦笑してみせる横島にあわせて、おキヌも笑顔を見せた。

(横島さんの霊力の源は煩悩ですから
 ……無限に近いんじゃないですか?)

 冗談半分でそんなことを彼女が考えている間に、横島は、おキヌの隣に歩み寄った。手すりの上に手を置いて、先ほどまでのおキヌと同じように、夕陽に目を向ける。
 二人並んで、一緒に夕陽に照らされる形となった。

「夕陽って……
 外国でも見られるんだな」

 ポツリとつぶやく横島。
 おキヌは、プッと吹き出してしまった。

「横島さんったら、
 面白いこと言いますね。
 ……当たり前じゃないですか」
「えっ、当たり前なのか?
 ヘンなこと言っちゃったかな。
 ……ははは。
 まあ……俺、頭悪いから」

 右手は手すりにのせたまま、左手で頭をかく。そんな横島を見て、おキヌは、少し真面目な口調で応えていた。

「違いますよ……」
「……えっ?」

 おキヌは、これまでの横島の活躍を回想する。
 彼の戦い方は、けして力任せではない。かといって準備万端というわけでもなく、その場その場でとっさに対応しているのだ。頭の回転が速いからこそ出来る芸当だった。
 それに、美神が一時的に西条のもとへ行ってしまった際、残された事務所を繁盛させた手腕。あれだって、馬鹿には出来ないことであろう。

「横島さんは、
 頭が悪いわけじゃありません。
 ただ、ちゃんと勉強してないだけです」
「……おキヌちゃん。
 フォローしてくれるのは嬉しいけど、
 それ……フォローになってないよ?」
「えっ……いや、
 横島さんが怠け者って意味じゃなくて、
 ほら、事務所の仕事で……
 美神さんの手伝いで忙しいから……」

 パタパタと手を振るおキヌ。
 その姿は、ちょっと可愛らしかった。


___________


(『美神さんの手伝いで忙しい』……か。
 それだって色香に迷ってのことだから
 ……まあ、自業自得なんだよなあ)

 と考える横島だが、内心に浮かんだ『色香』という言葉が、ふと、気になってしまう。
 本来ならば、それは美神と直結するはずのキーワードなのに……。

(美神さんだけじゃなくて
 ……おキヌちゃんも、だな)
 
 目の前のおキヌが夕陽に照らされているせいであろうか。
 横島は、今日の昼間にも思い出した場面――おキヌが部屋にやって来た時のこと――(第六話参照)を、再び思い浮かべてしまった。
 基本的に対策本部は地下にあるのに、横島が与えられた部屋は半地下にあったので、窓から夕陽が射しこんでいた。そして、あの時のおキヌは、妙に色っぽく見えたのだった。
 女性は、好きな男性と二人きりになれば、自然に色気が増すものだ。それを理解している横島ではないが、
 
(頬の赤みって……
 女性をいつもよりも艶やかに見せるんだな)

 ということには、気付いていた。
 ただし、あの場でおキヌが頬を赤らめたのは、それまでの会話があってこそ。単なる夕陽による朱ではないということも、分かっていた。
 だから、今とは事情が違うのだ。今のおキヌを見て『色っぽい』なんて思ってしまっては、意識しすぎである。
 横島は、軽く頭を振って、おキヌから夕陽へと思考を戻した。

「そう言えば……
 逆天号のデッキでも見たもんな。
 場所なんて気にしてなかったけど、
 アレも日本の外だったかもしれない」
「ね?
 どこでも夕陽は同じです。
 ……きれいですよね」
「ああ。
 夕陽がきれいなのは……」

 昼と夜のすきま……短時間しか見られないから、よけい美しい。
 横島は、ルシオラから聞いた言葉を、おキヌに伝える。

「ロマンチックなセリフですね……」

 とつぶやくおキヌ。彼女の両手が、手すりの上の横島の右手に、ソッと重ねられた。
 彼らから少し離れたところでは、様子を窺うかのように、ホタルが飛んでいる。だが、今、それに気付く二人ではなかった。


___________


「……ああ」

 横島は、おキヌの『ロマンチック』という言葉に対して同意を示す。
 だが、それだけではなかった。

(やっぱり、
 美神さんとおキヌちゃんは
 ……全然違うんだな)

 『色香』という言葉でおキヌを思い浮かべた自分への、否定でもあったのだ。
 今、横島の手には、おキヌの手のやわらかい温もりが伝わっている。だが、だからといって、彼は興奮しているわけではなかった。
 それは、愛おしい気持ち。
 ただし、小さな子供や愛玩動物に対する『愛おしい』とも、少し違う。

(不思議な感覚だ……)

 いつのまにか、おキヌの全身が、横島の肩にもたれかかっていた。
 かなりの面積で密着しているのに、美神に抱きついた時のような感覚――いわゆる『セクハラ』のスキンシップ――とは、全く別物だった。
 ドキドキワクワクするのではなく、おだやかな心地良さ。
 スケベな欲求ではなく、別の意味で満たされていく気持ち。

(そうか、これが……女のコなんだ)

 横島がおキヌと密着するのは、これが初めてではない。
 最近では、逆天号から無事に戻った横島におキヌは抱きついてきたし(第六話参照)、それ以前にも似たような場面はあった。
 そして、偽りの幽霊屋敷――後に『サバイバルの館』と呼ばれるようになった廃屋――で二人きりになった時には、横島自身が『ときめくぞ!』と言葉にするほど、いい雰囲気になったのだ。
 サバイバルの館では、おキヌも素直な気持ちをストレートに示していたが、横島がストレート過ぎたために、有耶無耶になっている。だが、最近、対策本部の横島の部屋にて、当時のことを振り返ることになり……。

(ああ、そうか)

 色々な思い出が、グルグルと頭の中で回り、溶け合う。
 そして、ようやく一つの結論が導き出されていた。

(これこそ……
 青少年らしい、青く甘酸っぱい恋愛なのか!)

 横島は、右手の上のおキヌの両手に、自分の左手をのせた。
 それに気付いたおキヌが顔を上げ、横島の方を向く。
 彼女の目を見つめながら、横島は、口を開いた。

「なあ、おキヌちゃん」
「……なんでしょう?」
「もし、この戦いから
 生きて戻れたら、そのときは……」

 思いっきり死亡フラグな発言を始める横島だったが、ここで邪魔が入る。

『こんなところにいたのね!』
『美神さんが呼んでるのね!』

 二人のヒャクメであった。
 その片方――通称『しっかりヒャクメ』――に引きずられ、横島が消えていく。
 その間、もう一人――通称『うっかりヒャクメ』――はデッキに留まり、いたずらっぽい笑顔を見せていた。

「あの……ヒャクメ様?
 お願いがあるんですが……」
『大丈夫なのね。
 ……今見たことは
 美神さんには黙っててあげるから。
 こう見ても私、口はカタイのね。
 なにしろ私が覗いた内容を全部広言してたら、
 世界中で修羅場が……』

 そこまで言ったところで、ヒャクメの表情が変わる。

『あら……違うのね?』
「はい、お願いします」

 どうやら、ヒャクメはおキヌの心を読んだらしい。それが分かっただけに、おキヌは、敢えて頼み事の詳細を口にしなかった。


___________


 南極大陸の中心地、到達不能極。
 今、そこにGSたちを乗せたヘリが到着し、続いて、異界空間への入り口が出現する。空間内にそびえ立つのは、

「バベルの塔……!!」

 伝説の建造物を連想させる巨大な塔だった。

『この塔はアシュ様の
 精神エネルギーで作られたものよ。
 砂や氷の粒子が波動を帯びただけで
 こんな形に結晶するの』
「ルシオラ!?
 おまえだったのか……!」

 案内役のホタルが先行して異空間に入り、同時に、その姿が変化する。
 彼女の両横に妖蝶と妖蜂も飛んできて、それぞれ、パピリオとベスパに変身した。

「三人とも無事だったのか!?
 逆天号といっしょに
 死んだんじゃないかと心配……」
『黙れ、裏切り者!!
 細工した張本人のくせに
 ひとごとみたいな口をきくな!』

 気遣う横島の言葉は、ベスパをかえって逆上させる。逆天号撃墜に関して、ベスパは、スパイの横島が内部から何らかの破壊工作をした可能性を疑っていたのだった。
 彼女を落ち着かせる意味で、ルシオラが、ベスパの肩にソッと手をおく。

『とりあえずケンカはあと!
 今は、まず……』

 その言葉が合図だったかのように。

 ゴォォ……ォン。

 重厚な響きと共に、巨塔の扉戸が、ずり上がっていく。

『この先も私が案内します。
 ついてきてください、美神さん』

 ルシオラに先導され、美神が歩き出した。
 残りの面々も続こうとするが、ベスパの叫び声が、それを妨げる。

『止まれ!
 この先は美神令子一人だ!』


___________


 GSたちが足を止める。
 その間に、美神は、横島のもとへ駆け寄っていた。彼の右腕に両腕でギュッとしがみつき、宣言する。

「そっちの頼みをきいて
 わざわざ来てやったのよ!
 何もかもあんたたちの
 言いなりにはできないわね。
 せめて……
 横島クンだけでも連れていくわ!」
『フン、やはりポチにこだわるのか。
 ……立場がよくわかってないみたいだね。
 なんなら今この場で……
 ポチを引き裂いてもいいんだよ!』
『ベスパ!
 そんな物騒な……』

 ベスパの表情に深刻さを感じ取り、ルシオラが制止を試みる。だが、ベスパを止めたのはルシオラの言葉ではなかった。

『かまわんよ、ベスパ。
 一人くらい客が増えても私は困らん。
 むしろ、何をするのか興味がある。
 人間の身で私を倒すために
 何か準備をしてきたようだからね。
 ……二人とも連れてきたまえ』

 塔の中から聞こえてきたのは、絶対主であるアシュタロスの声だ。
 ベスパは、二人がルシオラに導かれて塔に入るのを見守る。後ろでは、残りのGSたちとパピリオが言い合っているようだが、それもシッカリ聞こえていた。

「……そりゃねーぜ、おめーら!
 せっかく来たんだ、
 俺たちも通してもらうぜ!」
『ダメでちゅ。
 アシュ様は「二人」って言ったでちゅ!』

 ベスパは、ゆっくりと振り返る。

『ああ、そうさ。
 おまえたちは……ここで、
 私とパピリオが相手してやるさ!』


___________


「おもしれえ!
 そっちのドチビにゃ借りがあったからな!!」
「それじゃハチ女のほうは
 私たちがひきうけるワケ!」

 雪之丞の横にはピートが、エミの後ろには冥子が立っている。そして、四人とも一つずつ文珠を握りしめていた。
 四つの球が同時に光り出す。

『それはポチの……』

 文珠の発動に気付いたパピリオの頭の中に、横島との思い出が蘇る。
 その能力を面白がって、ペットとして連れ帰ったのが最初だった。だが、いつのまにかペットから仲間となり、楽しい日々を過ごしたのだが……。

(……でもポチはスパイだった!
 あれは全部……
 全部嘘だったんでちゅね!?
 私の気持ちをもてあそんで……!)

 逆天号が沈んだことに横島が関与しているかもしれない。その仮説はベスパから聞かされており、むしろパピリオの方が、それを強く信じてしまっていた。

『ポチの仲間……。
 ひとりも無事に帰さないでちゅよーッ!』
『えっ!?』

 ベスパも驚くほどの速さと勢いで、パピリオが、先制攻撃を仕掛ける!


___________


 ゴァアアアッ!

 パピリオの魔力波がGSたちに炸裂。
 爆煙が辺り一面に立ちこめ、視界はゼロになった。

『一撃で全滅……か?』

 敵が消滅したか否か。
 確認のために目をこらすベスパの隣で、パピリオが小さな言葉をもらす。

『人間なんか……
 全部死んじゃえばいいんでちゅ』

 と、その時。

「ダブルGS……」
「……キーック!!」

 二人まとめて、左右から挟撃されてしまった。
 先に立ち上がったベスパが、攻撃の主を確認する。

『おまえたちは……!?』

 そこに立っているのは、二人の戦士。
 一人は、黒い翼を生やした雪之丞。ピートと合体した姿である。
 そしてもう一人は、右半身が白色、左半身が黒色のスーツに包まれた女性。首から上はエミの顔をしているが、胸の中央には半透明のカプセルがあり、その中に冥子の顔も浮かんでいた。

『ポチのトリックで……
 合体したんでちゅね?』

 パピリオも起き上がり、瞬時に同期合体を見抜く。

『一人じゃかなわないから、
 二人で一つになったってわけか。
 それで……おまえたちだけ
 生き残れたんだな!?』
『違うみたいでちゅよ、ベスパちゃん。
 弱っちい人間のくせに、
 生意気でちゅね……』

 ようやく煙が晴れてきた。
 パピリオの示す方向に無傷のGSたちが立っているのが、ベスパにも見てとれた。
 ベスパのためというわけではないが、パピリオがさらに解説する。

『「聖」と「魔」二種の結界による複合バリヤー。
 さらに合体した二人が横から霊波をぶつけて、
 攻撃のポイントをずらせば……。
 直撃じゃなければ、
 多少は耐えられるってわけでちゅね!?』


___________


「……そうだ。
 人間は本来『群』で行動する種族だからね。
 ひとりひとりの力は小さくとも……
 それを合わせたら全く話が違う!」

 西条が、パピリオの言葉を肯定する。
 作戦の要となるのは、日頃脚光を浴びる機会の少ないタイガーだった。彼の精神感応力を応用して、全員がテレパシーでつながっているのである。
 その上で、攻撃、防御、指令といったように、役割分担を行っていた。
 まず攻撃役は、二組の同期合体。エミと冥子、雪之丞とピートが主力となって、ベスパとパピリオのそれぞれを相手する。さらに、マリアが補佐に回っていた。マリアの攻撃力は低いが、それでも牽制には十分なのだ。
 そして、防御役は唐巣と魔鈴。彼の聖なる呪文と彼女の古代魔法を重ね合わせることで、二重の防御壁を作り上げたのだ。
 さらに、当初のプランにはなかったレーダー役も、この『群』には含まれていた。
 おキヌである。
 彼女は、みずからヒャクメに頼み込んで、『心眼』を借り受けたのだ。それは神のアイテムであり、人間が使うことは容易ではないはずだが、わずかな日数で彼女は精一杯訓練し、使用可能になったのだった。

「今の我々は人間の集まりではなく、
 一体の『人間以上』なのさ!!」

 こうした面々を束ねて、手足のように動かしているのは西条である。彼一人が指示を出しているからこそ、全員が『一体』となっていても、特に混乱はないのだった。
 敵が弱るまで出番のないカオスも、西条司令の邪魔にならぬよう、でしゃばらずに静かに待機していた。

(……おい西条!
 たいしてきいてねーぜ!?)
(もともとパワーのケタがちがうんです。
 こんなもんでしょう)

 今、雪之丞とピートの意志が、テレパシーを介して西条に伝わる。

(早く次の指示を……!
 攻撃の回転を上げないといけないワケ。
 合体が長引くと……)
(……とろけちゃいそう〜〜。
 暴走しそうなくらい〜〜気持ちいいの〜〜)
(……色んな意味で危険なワケ!)

 エミの焦りも伝わる。

(……急げ!
 チクチク繰り返せば
 ダメージを重ねられる!
 やつらが音を上げるまで
 しつこく攻撃するんだ!)
(こちらが死角です。
 この向きから攻撃すれば……)
(よし。
 同時に攻撃だ……!)

 おキヌからの情報で、西条が新たな指示を飛ばした。
 それを受けて、雪之丞が、エミが、マリアが、ベスパとパピリオに襲いかかる!


___________


 その頃。
 美神と横島は、ルシオラに案内されるまま、塔の中を進んでいた。
 屋内とは思えぬほど天井は高く、通路の幅も、大型モンスターが並んで歩けるほど広い。
 そして壁面には、楕円形で半透明のウインドウが無数に張り付いていた。

「これは……いったい!?」
「ちょっとブキミっスね」

 よく見ると、ウインドウの中には、それぞれ一つずつ何かが飾られているようだ。

『それは「宇宙のタマゴ」。
 ……新しい宇宙のヒナ形よ。
 近づくと中に吸いこまれるから
 気をつけてください……』

 壁に向けられた美神の好奇な視線に気付き、ルシオラが説明する。

『この「タマゴ」ひとつひとつに、
 それぞれ宇宙の可能性が詰まってるの。
 中でヘンなことしたら腐らせることになるし、
 外からヘタに攻撃したら爆発しちゃうわ』
「『爆発しちゃう』……?
 それって……爆発タマゴ!?」
「ちがうでしょ。
 それだけエネルギーが凝縮されてるってこと。
 ……そうでしょ?」

 横島とは異なり、美神は手早く本質を理解した。
 ルシオラも笑いながら頷いている。

(でも……
 こんなに作ってどーする気!?
 貴重なエネルギーを
 こんなことにつぎこむなんて……)

 新たな疑問が生じる美神だったが、今度は口に出さなかった。
 美神たちは、今まで『アシュタロスは悪役のボスらしく世界支配をたくらんでいる』と思ってきた。だが、今、ズラリと並んだ『宇宙のタマゴ』を前にして、その点を疑い始めたのだ。

(奴の目的は
 ひょっとして何か別に……!?)

 こればかりは、尋ねたところで教えてもらえるわけがない。
 むしろ、隠された真相があるというなら、何も気付いていないフリを続けたほうが有利になるかもしれない。
 美神は、そう考えたのだった。
 そして、

『……ふむ。
 そこでトラブルが起きては困るな。
 ……私の専用通路を使うといい』 

 突然、アシュタロスの声が響き渡る。彼らの会話を聞いていたのだろう。

「……いよいよね」

 美神は、あらためて気を引き締めて、そして用意されたゲートをくぐるのだった。


___________


 円形の大広間。
 その奥へと通じる階段の上に、アシュタロスが立っている。
 美神たちに背を向ける形だったが、

『アシュ様……!
 メフィスト……いや、美神令子が参りました』

 足下の土偶羅魔具羅の報告を受けて、彼は、ゆっくりと振り向いた。

『……神は自分の創ったものすべてを愛するというが
 低級魔族として最初に君の魂を作ったのは私だ。
 よく戻ってきてくれた、我が娘よ……!!
 信じないかもしれないが、愛しているよ』

 アシュタロスが語ると同時に、美神の体が震え始めた。
 それに気付きつつ、彼は言葉を続ける。

『おまえは私の作品だ。
 私は「道具」を作ってきたつもりだったが……
 おまえは「作品」なのだよ』

 かつてのアシュタロスにとって、配下の魔物など『道具』に過ぎなかった。彼の命令を遂行するのに必要な機能を備えているが、それ以上でもそれ以下でもない。そう思っていたのだ。
 しかし、美神の前世であるメフィストは、『それ以上』だった。
 人間に恋をして、アシュタロスに反旗をひるがえしたメフィスト。その姿に、アシュタロスは、造物主に立ち向かう自分自身を重ね合わせていた。

『独り戦い続ける私の孤独を……
 おまえという存在がやわらげてくれる』

 自分の価値観を延々と語りかけながら、アシュタロスは、階段を降りていく。
 美神の目の前まで来たところで、彼は、手をのばしながら命令した。

『戻って来い、メフィスト!!
 私の愛が理解できるな!?』

 美神の表情が変わる。
 彼女の中で前世の記憶が蘇ったのだと悟り、アシュタロスは内心でニヤリと笑っていた。だが、その笑みもすぐに消える。彼は、他のことにも気付いてしまったのだ。

『……おや?
 私が招いたのは人間二人だったはずだが……』

 アシュタロスの言葉と同時に、美神と横島の体の中から何かが飛び出した。

『あら、バレちゃったのねー!』
『それじゃ……もう
 隠れてても意味ないのねー!』

 それは二人のヒャクメである。彼女たちは、美神と横島に憑依して、ここまでついてきたのだった。


___________


『どんな芸当を見せてくれるかと思ったら、
 神族を二人ここまで運んできただけか……。
 「苦しいときの神頼み」という言葉が
 人間界にはあるそうだが……失望したよ』

 アシュタロスは勘違いしている。
 美神たちが横島を連れてくることにこだわったのは、単にヒャクメを運ぶためだけではない。

(でも、カン違いしてるなら……)
(……今がチャンスなのねー!)

 ヒャクメたちは、二人揃って、美神の方を向いた。
 美神は、アシュタロスに向かって歩いている。だが、足どりはヨロヨロとしているし、その表情も戦士のそれではなかった。

「ア……アシュ様……!!」
「美神さんっ!?
 気を確かにっ!!
 戦いにきたんでしょっ!?
 地球はっ!?
 お母さんはどーすんですっ!?」

 横島の制止も振り切り、アシュタロスに接近する美神。

「アシュ様……」
『メフィスト……!』

 彼女は、彼の頬に手をのばし、

「ざけんなクソ親父ーッ!!」

 その眉間にヘッドバットを炸裂させた。さらに反動でパッと飛び退いて、仲間に指示を出す。

「横島クン!!
 ヒャクメ!!
 用意はいいッ!?」


___________


『ほう!!
 霊力を共鳴させたわけか。
 神魔ならばたやすいことだが、
 同期させることで、人間まで出来るようになったのか。
 ……考えたな』

 うっかり合体と同期合体。
 今、アシュタロスの前には、ヒャクメ二人が合体した姿と、横島を取り込んだ美神の姿とがあった。

『……これが人間たちの奇策か。
 ルシオラ、おまえは知っていたはずだな?』

 案内役だったルシオラは、戦闘の邪魔にならないよう、少し離れた場所に立っている。彼女は、アシュタロスの問いに対して、無言で頷いていた。

『……まあ、いい。
 詳細を聞くよりは……
 自分で試してみたいからな。
 もしあれが私を倒すほどのものなら……
 私は……。
 ……いや、そんなことはあるまいがな』

 一瞬浮かぶ疑念の表情。だが、すぐにそれを振り払い、アシュタロスは、毅然とした態度で宣言した。

『やってみろ、メフィスト!!
 どのみち私を倒す以外に
 おまえに未来はないのさ!』


___________


「どーせ長くはもたない!
 速攻でいくわよ!」
『わかってるのねー!』
『もちろんなのねー!』

 美神の号令に対してヒャクメは返事をするが、横島は無反応だ。

「横島クン!!
 きいてるの!?」
「……え?
 なんです?」

 再度の問いかけにも、彼の反応は悪い。

「ああ……とろける……!!
 美神さんの中に……
 なんかもう
 どーでもよくなってます……
 消えそう……!」

 美神との一体感に浸って、夢見心地な横島。

(シンクロが進みすぎてる……!?)

 彼の目を覚まさせるために、美神は、ひとつの爆弾を投げかけてみた。

「しっかりしなさい……!!
 私の中にとろけてどーすんの!?
 あんたの相手は……私じゃないでしょ!
 ……おキヌちゃんに言いつけるわよ!!」
「えっ、お、おキヌちゃん!? 
 ……あ、はいッ!!」

 横島の意識がビクンと反応する。彼が美神の体内にいる以上、彼の動揺は、彼女にもダイレクトに伝わっていた。

(……やっぱり!)

 美神は、少し前から、横島とおキヌの様子が以前とは違うのに気付いていた。三人で対策本部に残ったのだから、ある意味、事務所と同じ人間関係のはずだったのに、どこか妙な空気が流れていたのだ。
 だから、横島が『魔物に好かれる』云々でからかわれていたときも、その冗談の輪の中には参加しなかった。
 今までは半信半疑だったが、今の横島の反応でハッキリした。

(横島クンは、おキヌちゃんと……)

 フッと寂しくなる美神。
 しかし、その『寂しさ』を自分の感情だとは認めたくなかった。
 アシュタロスに呼び覚まされた前世の記憶――メフィストの恋心――の影響だと決めつける。

(このモヤモヤも……アシュタロスのせいだわ!)

 ヤキモチも、アシュタロスへの怒りに転化させて。

「極楽へ……行かせてやるわッ!!」
『速い……!?』

 美神は、アシュタロスに突撃した。


___________


『おまえは……!!
 しょせんその程度にすぎんのか!?
 メフィスト!!』

 合体美神の一撃は、アシュタロスの左胸に大穴をあけた。
 だが、そこまでだった。
 アシュタロスが軽く腕を振るうだけで弾き飛ばされてしまい、その衝撃で合体まで解けてしまった。
 実体化して飛び出した横島は、目を回して倒れている。

『それじゃ、今度は私が……』

 続いて立ち向かった合体ヒャクメ『うっかり王』も、

『あ〜れ〜』
『しょせん私は戦士じゃないのねー』

 軽く振り払われて、吹き飛ばされていた。だが美神たちとは違って合体は保ったままなので、かろうじて神族の面目も保たれているかもしれない。

『メフィスト……。
 おまえを過大評価しすぎたようだ。
 ……この辺にしよう』

 アシュタロスも興ざめしたらしい。
 彼は、倒れた四人に向けて、強烈な魔力波を撃ち出した。


___________


 しかし。

『……なんのマネだ?
 ルシオラ……!』

 美神たちを襲ったはずの光は、彼女たちには直撃しなかった。土偶羅魔具羅が身を挺してかばった形となったのだ。
 ただし、これは土偶羅魔具羅の意志ではない。ルシオラが、横島を助けたくて投げつけたものだった。

『独りでなんか死なせないわ!!
 ポチ!!
 私も一緒に……!!
 私……おまえが……好きなの!』

 逆天号で別れて以来の恋情を、ついにルシオラが告白する。
 横島は気を失っているので彼の耳には届かないのだが、これが最期と思えば、もう今告げるしかなかったのだ。
 横島のもとへ飛んでいくルシオラだが、その足首を美神がつかむ。

「独りじゃないでしょ!?
 ……今さら乱入しないでくれる!?」
『「今さら」じゃないわ!
 最期の瞬間だからこそ、せめて……』
「『最期の瞬間』……!?
 せっかく生まれかわったのに、
 こんなところで……」

 と言いかけた美神の表情が変わる。
 たった今まで、横島の前世が殺されるシーンが頭に浮かんでいたのに、それが急に消えてしまったのだ。
 同時に、ルシオラもハッとしていた。

『私……反抗したのに消えてないわ?』

 三姉妹の霊体ゲノムには監視ウイルスが組み込まれていて、コードに触れる行動をとれば、その場で消滅することになっている。アシュタロスへの直接の反逆行為など、もちろん、その筆頭となる大罪のはずだった。

『アシュタロスの霊波……』
『ダメージを受けて弱まってるのね!』

 合体ヒャクメから二つの声が発せられる。武力行為は苦手でも、こうした分析は得意なのだ。

『……気づいたのはほめてやるがね。
 図には乗るなよ。
 傷の再生のため一時的に
 外へ放出するパワーが減少しているだけだ』

 アシュタロスがニヤッと笑う。
 同時に、合体ヒャクメの口元にも不敵な笑いが浮かんだ。

『アシュタロス破れたり……なのね!』
『おまえの野望も、ここまでなのね!』


___________


 ヒャクメは神さまである。
 もともとの霊力は、人間よりも遥かに高い。それが共鳴すれば、美神たちの同期合体をも上回る、凄まじいパワーとなるはずだった。
 しかし、アシュタロスによってチャンネルが遮断されている現状では、合体したところで、たいした力にはならない。パワーそのものは、人間たちの同期合体にすら劣るかもしれなかった。
 それでも彼女たちが参戦しているのは、彼女たちの『見る』力のためだ。通常でも『目』が優れているヒャクメなのに、合体により、その能力もアップしているのだ(第六話参照)。

(今までは見えなかったけど……)
(……ようやく見えてきたのね!)

 今、ヒャクメは、アシュタロスの心を覗くことに成功していた。
 霊力の差が大きい故に難しかったが、アシュタロスが傷の再生にパワーを回したことで、無意識の心の壁も薄くなっていたのだ。

(もちろん全部じゃないけど……)
(……とりあえず十分!)

 美智恵が受けた妖毒へはどう対処したらいいか、また、核ミサイルがどう管理されているのか。
 そして、アシュタロスが計画しているコスモ・プロセッサについて……。
 ヒャクメは、アシュタロスの心から、それらの情報を盗み出すことが出来たのだった。
 残念ながら、アシュタロスがこの戦いを始めた理由――『魂の牢獄』に関する想い――までは見抜けなかったが、その重大性をヒャクメたちは知らない。それが後々に与える影響までは、この時点では誰も予想できなかった。
 だから、ヒャクメたちは、意気揚々と宣言する。

『情報を制する私は……』
『世界を制す……なのね!』


___________


 突然きびすを返した合体ヒャクメ『うっかり王』。
 その姿は、敵前逃亡する臆病な兵士のようでもあった。

「ちょっとヒャクメ!?
 あんた、いったい……」

 慌てて声をかける美神に対して、ヒャクメが手早く説明する。

『私たちは……』
『……計画のもとになる部分を壊してくるのね!』

 アシュタロスの目的は、コスモ・プロセッサによる天地創造。そのエネルギー源として、美神の魂の中の結晶を必要としているのだ。
 だが、エネルギーさえあれば良いわけではない。コスモ・プロセッサが宇宙の構成を部分的に組み換える装置である以上、現実とは異なる無数の『可能性』の宇宙が必須である。そのために作られたのが、『宇宙のタマゴ』なのだった。

『あそこにあったのは試作品だけど、
 でもプロトタイプがなくちゃ……』
『完成品も作れないのねー!
 なにしろアシュタロスは、
 一年以内に全てを仕上げないといけないんだから!』

 美神に対して解説したつもりだったが、

『そうはさせん……!』

 おしゃべりが少し過ぎたらしい。ヒャクメが何をしようとしているのか、アシュタロスにまで伝わってしまった。

『……はっ、しまった!』
『私ったら、うっかり……』

 オロオロする合体ヒャクメに対して、アシュタロスが恫喝する。

『それ以上動くな!
 さもないと……
 人間たちの逃げ場をなくすぞ!?』

 核ミサイルの発射スイッチを手にするアシュタロス。
 だが、ヒャクメは止まらない。戦場から離脱しようとしていた。

『そうか……。
 これは……君の責任だぞ!』

 カキンとスイッチを押し、そして、アシュタロスはヒャクメを追いかける。

「ちょっと……!?
 ミサイルも解毒剤も奴が……」
『大丈夫なのね!』
『それはルシオラにまかせたらいいのね!』

 美神の質問に対して律儀に答えてから。
 ヒャクメはゲートをくぐり、その場から姿を消した。


___________


「……それじゃ、
 こんなところに長居は無用ね。
 ほら横島クン、起きなさい!」
「……あれ?
 美神さん、アシュタロスは!?」

 横島を叩き起こし、美神は、手短に事情を説明した。
 そして、なし崩し的に味方となったルシオラと共に、三人で通路を進む。

「ヒャクメは、ああ言ってたけど
 ……ほんとに大丈夫なのね?」
『ええ。
 妖毒はベスパのものですから
 ベスパの霊基構造から血清が造れます。
 あるいは彼女抜きでも、
 私の霊基構造でもOKです。
 三人は同じ細胞から造られた姉妹ですから』
「で、核ミサイルは?」
『それも大丈夫です。
 潜水艦を乗っとったのは
 パピリオの眷族だから……』

 美神の確認に対して頷きながら、ルシオラは、頭の中で色々と対処法をシュミレートしていた。
 いくらルシオラでも、突然ミサイルの件を言われたら、最善策を選ぶことは無理だったかもしれない。しかし、こうして考える時間があれば、話は別だ。
 三人が出口に到着する頃には、彼女の頭の中には、一つのプランが浮き上がっていた。


___________


『この扉はアシュ様の
 霊波コードがないと開かないんだけど……』
「ああ、それなら心配しないで。
 横島クン……文珠で
 アシュタロスをイメージしなさい!」
「はあっ!?」

 美神が横島に指示を出す。
 その内容は、文珠を使ってアシュタロスに化けるというものだった。
 美智恵と二人で色々検討した際に思いついた戦法の一つであり、直接戦闘ではデメリットもあるために放棄したのだが、こういうケースならば使えるはずだった。

「そんなにうまくいくんスか?」
「……あんたが疑問感じてちゃダメでしょ!」

 美神に叱咤激励されつつ、先ほど戦っていたアシュタロスを思い描く。
 彼の全てを模倣するイメージで文珠を発動させると、横島の姿が変化した。

『わ……我が名はアシュタロス!
 ……封を解け!』

 開かないはずの門戸が、今、ゆっくりと開いていく。


___________


「そうか……令子ちゃん、
 とりあえず事情はわかったよ」
「まあ無事に戻ってこれて何よりだね」

 西条と唐巣が、美神たちに労いの言葉をかけた。
 ベスパとパピリオには勝利したものの、中には入れないので門の前で待っていたGSたち。彼らの多くは、核ミサイル発射の報告を受けてパニックに陥ったのだが、二人が中心になって、なんとか全員を落ち着かせたのだった。

「……で、そっちは?」
「うちあわせどおり生け捕りにしたぞ。
 チョウチョ娘もハチ女も、この中じゃ!
 よーく眠って、もはや身動きもできん!!」

 虫カゴを手にしたカオスが、一歩前に出る。
 そこに駆け寄るルシオラを見ながら、雪之丞がポツリとつぶやいた。

「あの女、信用していいのか!?」
「大丈夫!!
 言うとおりして!
 ……私が保証するわ」

 美神にこう言われてしまえば、誰も反論できない。

「でも……。
 どうするつもりなワケ?
 ミサイルが既に発射されたなら……」
『私の霊波を流しこんでパピリオを起こします。
 あのコならミサイルの呼び戻しができるから!』

 エミの疑問に対して、その作業をしながら、ルシオラが答える。

「呼び戻すって言っても……
 地球のどこで爆発させても
 地上に莫大な被害が出るぞ!?」
「どこに〜〜ミサイル向けるつもり〜〜?」

 次々に飛んでくる、外野からの疑問の声。
 一瞬手を止めて、ルシオラは顔を上げる。

『だから、地球ではなくて……』

 そして、腕をいっぱいに伸ばし、遥か上空を指さした。

『……宇宙へ!!』


___________


 一方、その頃。
 合体ヒャクメは、通路で暴れ回っていた。

『や……やめろーッ!!』

 アシュタロスの制止は意味をなさない。
 場所が場所だけに、彼がヒャクメを攻撃することは出来なかった。ヒャクメがヒョイと避けただけで、『宇宙のタマゴ』に被害が出てしまうからである。

『サイコメトリックぅう……スーパー大切断!』

 グワッガァアァアァッ!!

 合体ヒャクメがその腕を振るうたびに、壁面の『宇宙のタマゴ』が次々と爆発していく。
 連鎖爆発も始まり、辺り一面、もうもうと煙が立ちこめていた。

 グァァアァアアァアッ!!

『もう十分なのね……。
 あとは放っておいても全滅するはず!』
『これ以上ここにいたら……私たちまで危険!
 爆発に巻き込まれる前に、脱出するのねー!』

 自分が引き起こした爆発で死んだりしたら、末代までの恥。それこそ『うっかり』の極致である。
 そう思って急いで逃げ出す合体ヒャクメ。
 そして、ヒャクメとは対照的に、アシュタロスは、その場に立ち尽くしていた。

『私の……天地創造が……
 あんな下っぱ神族の手で……』

 もはや脱出を試みようともしないアシュタロス。

『終わった……!!』

 最後の言葉は、その姿と共に、大爆発にのまれてしまうのであった。


___________
___________


 そして……。
 こうしてヒャクメがアシュタロスとの決戦で大金星を上げた時代よりも、少し過去の時代。
 そこでは、今、もう一組の主人公たちが、アシュタロスとの決戦に向かおうとしていた。

(さようなら、『この時代』……)

 内心でつぶやく美神の隣では、

『では……いってらっしゃい!』
「ああ!
 必ず……ここへ帰ってくるさ!」

 手を振る幽霊おキヌに、横島が笑顔で応えていた。
 そう。
 美神と横島は、ナビゲーター役のヒャクメ――『この時代』のヒャクメ――と共に、これから平安時代へと旅立つのだ。

「……それじゃ事務所の留守番、
 しっかり頼んだわよ?」
『はーい!』

 戻ってくるとは限らないと思いながらも、美神は、おキヌに声をかけた。
 そんな美神を見て、ヒャクメがクスリと笑う。

『美神さん……。
 もっと仲間を信用すべきなのね!』
「……えっ?」
『私もついてるし、
 ……横島さんも文珠使えるんだから!』

 神族であるヒャクメから見ても、文珠使いは希有な存在なのだろう。話題の主の横島もウンウンと頷いている。

「修業してパワーアップした俺って
 使えるよなあ!! 
 ……でも考えてみると
 これって、すごいラッキーっスよね?
 『この時代』でも
 修業の結果、同じ能力になったんだから!」
「なに言ってんの。
 同じになるのは当たり前でしょ」

 軽く頬をゆるめて、美神はツッコミを入れた。
 斉天大聖との修業は、『魂』に眠ってた力を引き出すだけなのだ。二人の『魂』は未来から逆行してきたものなのだから、逆行前と全く同じ能力になるのは当然だと美神は考えていた。

「……そうなんスか?
 偶然や御都合主義じゃないんですね」

 という横島のつぶやきを、美神は無視する。彼女も、少し、昨日の妙神山での出来事について思い返していたのだ。
 だが、美神が思い出していたのは、修業そのものではない。彼女の頭の中にあったのは、妙神山から帰る際に小竜姫から言われた言葉だった。

   『いくらたいした能力ではないと言っても、
    度重なる時間移動は時空の混乱を招きます。
    ……ですから回数も移動人数も、
    最小限に留めておきたいのです』

 同行できない理由として、小竜姫は、そう告げたのだ。

   『しかし、相手はアシュタロスです。
    私も……本来ならば
    武神が付き添うべきだと思いました。
    それでも上層部が寄越したのはヒャクメのみです。
    おそらく……
    これで何とかなるはずだということなのでしょう』

 美神を安心させるための言葉なのだが、小竜姫は、気休めを言えるタイプではない。彼女が本心から『何とかなる』と思っているのは、確実であった。

『……それじゃ美神さん!
 いいわね、行くわよ!?』

 現実に引き戻すかのように、ヒャクメが大きめな声で問いかける。
 いつのまにか、ヒャクメのコンピューターから伸びたコードが、美神の頭につなげられていた。

『出発なのねー!』

 ヒャクメがキーを叩くと同時に。
 三人の姿は、時空震の中に消えていった。



(第十一話に続く)
 
 皆様、こんにちは。
 ヒャクメ様 vs アシュタロスの決戦は、原作のアシュタロスがコスモ・プロセッサの爆発に巻き込まれる形だったのを活かして、このような描写で締めくくりました。
 今回は「書いておくべきこと」が山盛りだったので、文量も相当なものになってしまいました。読んでくださった皆様に大感謝です。
 次回は今回より短いと思いますし、ラスト二回は、それよりさらに短くなる予定です(……とか言いながら、いざ書いてみたら予想以上に長くなる可能性もありますが・笑)。
 では、残り三回、よろしくお願いします。
 
 なお、途中に一ヶ月のブランクがありましたので、一応、前話までのリンクをはっておきます;

 第一話 もうひとりのヒャクメ!
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10166

 第二話 うっかりヒャクメ襲名!
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10176

 第三話 おキヌの選択(その一)
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10182

 第四話 指揮官就任
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10190

 第五話 二人で除霊を
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10193

 第六話 うっかり王、誕生!
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10196

 第七話 おキヌの選択(その二)
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10204

 第八話 西条のプラン
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10205

 第九話 妙神山へ! 南極へ!
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10239
 

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