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うっかりヒャクメの大冒険 第九話「妙神山へ! 南極へ!」

『おはよーございまーす』

 朝、事務所のゴミ出しをするおキヌ。
 美神の事務所ではなく横島のアパートに寝泊まりする彼女だが(第五話参照)、それでも事務所の家事はおキヌの担当だった。
 彼女の挨拶に、ゴミ収集車の人々も明るく対応する。

「よお、おキヌちゃん!
 幽霊なのに大変だね」
『これも仕事ですから』

 おキヌは、軽やかに微笑んだ。
 生身の人間として蘇るチャンスもあったのに、幽霊のまま美神や横島のところに残るという道を選んだのは、おキヌ自身なのだ(第七話・第八話参照)。

『ん?』

 ふと目が止まったのは、ゴミ袋の群れに挟まるようにして置かれているツボ。
 独特の形状をしており、人によっては不気味とも形容しそうな雰囲気だが、おキヌのセンスでは、花ビンに最適と思えてしまう。

『これ……
 もらっていってもいいですか?』
「おう、もっていきな」
『わーい、
 今日は朝から掘り出し物だ〜!』

 喜んで事務所に戻ったおキヌだったが……。

「悪いけど……
 おキヌちゃん、これは使えないわ」

 あっさり却下されてしまった。

「美神さん、これって
 もしかして例の精霊のツボじゃ……」
「そうよ、横島クン。
 だから……開けちゃダメ」

 美神と横島は、何か知っているらしい。
 二人は、簡単に説明してくれた。
 それによると、このツボの中には悪さをした精霊が閉じこめられており、しかも全く反省していない。フタを開けた者に益をなすべきなのに、むしろイヤガラセをするとのことだった。

『それじゃ、仕方ないですね』

 おキヌは、ツボを元の場所へと運んでいく。
 こうして、精霊イフリートは、登場の機会すら与えられずに終わってしまうのだった。




    第九話 妙神山へ! 南極へ!




「やっぱり……共同作戦なのね」

 周辺の霊が集まってしまって誰も住めない新築マンション。
 その除霊の依頼を受けて現場に赴いた美神たち。
 今、三人の前には初老の依頼人が立っていたが、彼は、おかっぱ姿の美少女を横に従えている。
 その少女の『いかにも御令嬢』といった感じの服装を見て、

(このおじさんの……お孫さんかしら?)

 と思ってしまうおキヌだが、これは誤解だった。

「なにしろ千体以上も除霊するわけですし、
 早急に作業を進めるためにも、お二人で
 協力していただきたいと思いまして」
「私が令子ちゃんも
 呼んだ方がいいって言ったの〜〜。
 お願い〜〜
 いいでしょ〜〜?」
「はいはい。
 同業者は私だけじゃないけど
 ……ま、仕方ないわね」

 依頼人と少女の言葉を聞いて、美神が、諦めたような口調で応じているのだ。

『同業者……?
 じゃあ美神さんのお友達なんですか?』

 おキヌは、つい口を挟んでしまった。
 目の前の少女は、恰好といい、ノンビリした雰囲気といい、とても悪霊と戦うGSには見えなかったのだ。いや、美神のボディコン姿だっておキヌから見れば戦闘向けではないのだから、この少女の服装にも意味があるのかもしれない。

(この時代のこと、
 だいぶわかってきたつもりだったけど
 ……まだまだ奥が深いんですね)

 そう考えるおキヌに向かって、少女がペコリと頭を下げた。

「はじめまして〜〜。
 六道冥子です〜〜」

 彼女の言葉と同時に、

「ずっと前から愛してました!!」

 横島がサッと近寄り冥子の手を握るが、すかさず美神にパカーンと頭を叩かれている。

「何するんスか、美神さん?」
「それはこっちのセリフよ。
 今さら……
 冥子を口説こうとするなんて」
「いや、でも……。
 『この時代』では初対面なんだから
 御約束としてやっておかないと……」
「なんか面白そうな話〜〜。
 冥子もまぜて〜〜」

 小声で二人が会話する内容に、冥子も興味を示したようだ。だが美神は、

「なんでもないの。
 冥子には関係ないことだから」

 と、アッサリかわしている。
 そんな三人を見ながら、

(なんだか……自然な感じですね。
 『ずっと前から』どころか
 『この先ずっと』続いていきそうな……)

 と感じるおキヌであった。


___________


「最上階のこの部分が、
 霊を呼び込んでしまうアンテナになっちゃってる。
 だから結界を作って霊の侵入を止めてしまい、
 それから、たまった霊を除霊すれば、
 問題の部分を改善して、人が住めるようになる。
 ……ってわけね」
「すご〜〜い!
 さすが令子ちゃん。
 一目見ただけで〜〜
 作戦わかっちゃったのね!」
「……当然でしょ」

 マンションの駐車場で、建物全体の建築図を広げながらの作戦会議。
 冥子の考えていた計画を一発で言い当てた美神に、冥子は素直に感心している。
 だが、

「あの……美神さん?
 それはちょっとズルいのでは……」

 美神の隣では横島が苦笑していた。
 なにしろ、美神は冥子のプランを推理したわけではなく、逆行前の経験から知っていただけなのだ。

「ズルでもなんでもいいの。
 とにかく使える情報は何でも駆使しなきゃ。
 横島クンだって……
 同じ失敗を繰り返すのはイヤでしょ?」
「うっ……そのとおりっスね」

 納得してしまう横島。
 なにしろ『もとの時代』では、この事件は、冥子の式神暴走で幕を閉じる形だったのだ。

「それじゃ……いくわよ!
 用意はいい!?」

 美神・冥子・横島・幽霊おキヌの四人が、悪霊でいっぱいのマンションへと突入する。


___________


『ぐわ!?』
『ぐわわーっ!!』

 悪霊たちの悲鳴が、通路に響き渡った。
 美神の神通棍が、横島の霊波刀が、立ち塞がる悪霊たちを次々と消滅させていくのだ。

「すごい〜〜!
 令子ちゃんだけじゃなくて
 横島クンも強いのね〜〜」
『えへへ……。
 二人は本当にヒーローなんですよ!』

 冥子とおキヌは、ただ後ろからついていくだけだった。
 もともと冥子は、自分の式神も使うつもりだったのだが、美神に止められてしまったのだ。
 式神は、最上階に着くまで温存するというプランである。

「なんだか……やっぱり
 ズルしてるような、
 くすぐったいような気持ちっスね」
「気にしちゃダメよ、横島クン」

 背後の声援は、横島と美神の耳にも聞こえていた。
 悪霊の数は多いのだ。まだまだ霊力そのものは高くなかった美神や、全く霊能力が発現していなかった横島ならば苦労しただろう。だが、今の二人は、そんなレベルではない。すでに死津喪比女すら倒した彼らにとって、この程度の敵はザコに過ぎなかった。

「さあ、着いたわ。
 ……冥子、あんたの出番よ」
「は〜〜い!」

 最上階に足を踏み入れた美神が、後ろを振り返る。
 冥子は、いつもと同じく、育ちの良い微笑みを浮かべていた。


___________


 結界を構成するためには、おふだを的確な場所に貼らねばならない。その際、それぞれに念を込める必要があるので、これは美神の役割だった。まだまだこうした作業を横島に任せる気にはなれないし、また、冥子は問題外である。

「うまくいきそうね……」

 美神が結界を作る間、悪霊の相手をするのは冥子と横島の二人。
 『もとの時代』では、横島は戦力としては未熟だったし、また肝心の冥子は、途中で使いすぎたツケで式神がバテてしまっていた。それが故に、彼らは失敗するのだ。
 だから今回は、ここまで徹底して式神を温存し、今、その成果が表れているのだった。

「これで……終わり!」

 最後の一枚をセット。
 結界が完成した。
 
「あとは残った連中の大掃除ね」

 美神も戦闘組に加わる。
 三人が悪霊を全て片づけるのに、たいした時間はかからなかった。


___________


「未来の知識があると
 ……やっぱ便利っスね」

 無事に仕事を済ませ、冥子と別れた後で。
 横島が、ホッとしたようにつぶやいた。

「そうよ、横島クン。
 情報を制する者が世界を制するのよ!」

 美神が彼の肩をポンと叩き、歩き始める。
 横島も黙ってついていくが、そんな二人の背中に、おキヌが疑問を投げかけた。

『あれ……美神さん?
 事務所へ帰るんじゃないんですか?』
「あっ、ホントだ。
 どこへ行くつもりなんスか?」

 彼らが進む方向は、事務所とは逆だったのだ。
 だが、どうやら横島は気付いていなかったらしい。
 振り返った美神は、小さくウインクしてみせた。

「今の仕事は、一種の最終テストだったのよ。
 いくら『もとの時代』の情報を利用したとはいえ
 ……冥子の暴走を止められたってことは、
 私たちも十分強くなったってことだわ」

 そして、少し真面目な表情で、横島に質問を返す。

「……横島クン。
 私たちが『この時代』で為すべきことって何?」
「えっ……」

 大仰な表現をされて言葉に詰まってしまう横島。
 『この時代』に来たときに美神と交わした議論を、頭の中に蘇らせてみる。
 
(えーっと。
 まずは死津喪比女を倒して
 おキヌちゃんの復活……)

 それが最初の大きなミッションだった。
 おキヌが人間となることを拒んだために『復活』とまではいかなかったが、おキヌさえその気になれば、いつでも人間に戻れる状態なのだ(第八話参照)。ある意味、ミッションクリアと言えよう。

(そうなると……)

 次にやるべき、中くらいの規模のイベントというのは、ちょっと思いつかない。
 だから……一気に、最終目的に向かって突き進むことになる!
 
(平安時代へ戻って……
 メフィストたちを助け、
 あのゴタゴタの行方を見届ける。
 それのことだよな、美神さんが言い出したのは?
 ……でも具体的には、どうすんだ!?)

 美神の時間移動能力の有無も定かではないし、横島自身も『この時代』の体では文珠が使えないのだ(第一話参照)。

(あれ……?
 でも時間移動に関しては、
 何か手段があったはず。
 たしか、そんなようなことを
 美神さんが言ってたような気が……)

 考え込む横島だったが、それが顔に出ていたのかもしれない。
 ここで、美神が再び口を開くのだった。

「明日の準備として……
 今から唐巣先生のところへ行くわよ!」


___________


「それはまた……
 にわかには信じがたい話だね」

 と言いながら、長い物語を聞き終えた唐巣が、ティーカップを手にとった。
 三人の来客の分もテーブルの上にあるのだが、誰も口をつけようとしない。遠慮しているのかと思って、あるじの唐巣が率先して飲んでみせたのだが、どうやら考えすぎだったようだ。
 『来客』とは言っても、目の前にいるのは、唐巣の弟子の美神と、美神の事務所のメンバーだ。美神の辞書に遠慮なんて単語はないのだろうし、また、唐巣の経済状態を知っているから、だから手を出さなかったのだ。
 カップの中身は薄いコーヒー。唐巣としては精一杯のもてなしなのだが、口にしたとたん唐巣自身が顔をしかめてしまうような味であった。

「あら……。
 信じられないんでしたら
 ……私と戦ってみます?」
「ちょっと、美神さん!?
 そんなバトルマニアのようなセリフ、
 美神さんらしくないっスよ?
 一文の得にもならない戦いなんて、
 美神さんのガラじゃないっスから!」
『そうですよ!
 よくわからないけど……
 でも、いけないと思います!』

 唐巣の表情の変化を、美神は、彼女の話に対する対応だと思ってしまったらしい。好戦的な言葉を口にして、助手たちに止められている。

(これが……現在の美神くんか。
 こんな冗談も言えるようになったとは……)

 唐巣は、何かを推し量るような、それでいて愛情のこもった目で、三人のやりとりを眺めていた。
 美神とは彼女が学生の頃からの付き合いがある。他の二人は今日が初対面だが、バンダナの少年も巫女姿の幽霊少女も、どちらも良い人柄だと思えた。

(良い仲間に恵まれて……
 美神くんは美神くんなりに
 成長しているようだね)

 たった今、美神が唐巣に語って聞かせたのは、まるで漫画のような遠大なストーリーだった。
 なんと美神は、幾多の悪名高い魔族――メドーサやベルゼブルなど――との戦いを経験し、魔族内部の抗争にも巻き込まれ、原因を探るために神族と共に平安時代へ旅した結果、『もとの時代』よりも少し過去の『現代』――つまり『この時代』――へと辿り着いてしまったというのだ。

(性格も……少し丸くなったかな)

 一流のGSではあるが、美神だって、まだ二十歳の女のコである。唐巣も若い頃から名を馳せたGSだったが、自分の昔を振り返ってみれば、まだまだ二十代は精神的には成長期だったと思えてしまう。
 だから、波瀾万丈の冒険をした美神がほんの数ヶ月で一回り大きくなったとしても、不思議ではなかった。

(だが……本当にいいのかね?)

 美神と横島は、これから数ヶ月先までに起こるであろう事件の数々を知っていることになる。
 既に二人の存在により歴史は変化し始めたようだが、それでも、二人が迂闊に口を滑らせれば、そのズレはいっそう広がってしまうだろう。
 だから、時間逆行のことなど、なるべく秘密にしておくべきなのだ。
 それくらい承知しているはずの美神が、わざわざ唐巣に全ての真相を告げる。それは、唐巣には、美神の覚悟の表れであるように思えたのだ。

(妙神山は……
 今の君たちならば大丈夫だろう。
 問題は……その次のステップだ)

 美神が唐巣の教会へと来たのは、妙神山行きの紹介状を書いてもらうためだった。『もとの時代』では美神と小竜姫との親交は深かったが、二人の友情は、まだ『この時代』では築かれていない。だから、紹介状を必要としたのである。
 美神は、妙神山で小竜姫を介して、時間移動の補助をしてくれる神族を呼び出してもらうつもりらしい。そのまま妙神山から、平安時代の決戦へと赴く予定でいるのだ。

(アシュタロス……か)

 経験豊富な唐巣だが、アシュタロスに関しては、書物で名前を見たことがある程度だ。今まで、アシュタロス本人どころか、アシュタロスと対面した者とすら会ったことがなかった。
 そんな超大物魔族と戦う以上、美神が無事に戻って来られる保証はない。

(それに、負けるよりも
 もっと恐ろしいのは……)

 時空がどう連続しているのか分からない以上、平安時代への再度の時間移動そのものが、『もとの時代』や『この時代』に影響する可能性もある。あるいは、かろうじてアシュタロスに勝利したとたん、誰かの存在が危うくなるかもしれないのだ。

(美神くん。
 君のことだから、
 そこまで考えた上で……
 それでも行くのだろう?)

 だから、美神は、誰かに全てを語っておきたかったのだろう。
 たとえ、歴史が改変した瞬間に、その記憶自体も消えてしまうのだとしても。


___________


「……先生?」

 黙り込んでしまった唐巣に、美神が声をかけた。
 美神の師匠でもあり、GSとしても一流の唐巣なのだが、こうしてボーッとしていると、頭の薄いただのオッサンにしか見えない。

(先生ったら……ボケちゃったのかしら?)

 と、美神が失礼なことを思い始めた時、ようやく唐巣が口を開いた。

「いや、すまない。
 ちょっと考え事をしてしまった。
 なにしろ……大変な話だったからね」

 眼鏡の奥で、唐巣の目が鋭く光る。
 それに気付いて、美神は安心した。GS唐巣は健在なのだ。

「そうそう、
 『戦ってみますか』と聞かれてたんだな。
 ……いや、わざわざ試す必要はない。
 君が強くなったのは、見ればわかるよ」

 穏やかな表情で答えた唐巣は、再び、真剣な目付きになった。

「それにしても大胆だな。
 ……歴史を変えるつもりかね?」
「……!」

 美神がハッとする。
 唐巣の言葉には深い意味がこもっていると、感じたのだ。

(先生は……私の考えなんて
 すっかり御見通しなんですね)

 時間移動の影響――最悪の可能性――も考慮した上での、美神の覚悟。
 既に唐巣はそれを理解している。そう思ったからこそ、敢えて美神は、唐巣の質問に否定を返した。

「いいえ。
 私たちが助けに行くことこそ
 ……必然だという気がするんです。
 時空が連続しているのだとしたら、
 誰かが助けなくちゃ今の平和はないはずですから」
「そうか……。
 そこまで言うのであれば、
 私が止めるわけにはいかないね。
 ……無事に戻って来たまえ、美神くん!」

 と言って、唐巣は、手近にあった紙とペンを取る。
 紹介状を書く唐巣を見ながら、

(ありがとうございます、先生……!)

 美神は、心の中で深々と頭を下げていた。
 子どもが親より先に死ぬのは親不幸だという言葉があるが、母親を失い実の父親とも疎遠な美神にとって、師匠の唐巣は、父親代わりでもあった。
 美神の母親も若い頃に唐巣の弟子だった時期があるが、親子二代にわたって師匠より先に亡くなるなんて、それこそ不肖の弟子だ。
 美智恵は死んだと思い込んでいる美神は、

(私は……絶対に
 生きて帰って来ます!)

 と、固く決意するのだった。


___________


 翌日。
 美神・横島・幽霊おキヌの三人は、妙神山へと続く山道を進んでいた。美神を先頭として、横島が二番目、その後ろからおキヌがプカプカ浮いた状態で続いている。 
 ここは一応『山道』ではあるが、整備された登山道ではない。切り立った岩肌の横に申しわけ程度の足場があり、それがつながって、かろうじて『道』となっているだけだった。道幅も、人ひとり通るのがギリギリである。
 
『凄いところですね、ここは。
 ……落ちたら死んじゃうんじゃないですか?』
「そうよ!
 だから……こうして慎重に進んでるの」
「死にたくないっスからね」

 幽霊のおキヌでもわかるくらいの、危険な道。
 それでも美神と横島は、その言葉とは裏腹に、苦もなく歩いていく。ここに二人が来るのは、今回で三度目なのだ。

『大丈夫、死んでも生きられます!
 この私だって出来るんですから
 美神さんや横島さんならば、
 絶対間違いないです。
 私が保証します』
「そんな保証されてもなあ……」

 おキヌとしては励ましの言葉だったのだが、横島は苦笑している。

『死んだら一緒に迷いましょうね』

 と加えたおキヌに、美神も反応を返した。

『私は……
 地球が吹っとんでも、
 一人だけ生き残ってみせるわ!』

 それは、『もとの時代』で発したのと同じ言葉。
 しかし、彼女の表情は全く違う。
 今回は笑い飛ばすのではなく、真剣な面持ちで、自分に言い聞かせているのだった。


___________


『かわった飾りがついてますね……』

 険しい道を越えて、ついに三人は修業場の門前まで辿り着いた。
 ここへ来るのが初めてのおキヌは、物珍しそうに門へ近づいていく。
 物騒な警告文も書かれているのだが、それよりも、扉に張り付いた鬼の顔が気になったらしい。巨大な顔の周囲をフワフワと飛び回って、上下左右から観察していた。

「それじゃ、いいわね……?」
「……ういっス」

 後方では、美神と横島が何か打ち合わせをしていたようだ。
 横島の肩を軽くポンと叩いてから、美神だけが、門戸の方へと歩み寄る。

「そうよ、おキヌちゃん。
 この鬼たちが、ここの
 トレードマークみたいなものね」

 適当なことを言う美神。
 鬼門は単なるレリーフではないし、まして妙神山のシンボルなのではない。だが、鬼門たちが無機物のフリをしているのに付き合って、敢えて『知ったかぶりの初心者』を演じてみせたのだった。

「そして、
 入山者はこいつらの顔に
 落書きをするってのが、
 ここの習わしなのよ」
『へえ……』

 美神の言葉を素直に信じるおキヌ。
 『トレードマーク』というのは何のことだか分からなかったが、ともかく、門の部分に何か書けばいいのだということは理解できた。
 美神から渡されたマジックペンを、鬼の顔の部分に近づけたのだが……。

『何をするか無礼者ーッ!!』

 突然、鬼門が口を開いた。
 驚いて後ろに下がったおキヌと、横でニヤニヤしている美神。二人に対して、鬼門が一方的にまくしたてる。

『我らはこの門を守る鬼!
 許可なき者、
 我らをくぐることまかりならん!』
『この右の鬼門!』
『そしてこの左の鬼門あるかぎり、
 お主のような未熟者には……』

 だが、しかし。

『……ぐわっ!?』
『おい、右の、どうした……?
 ……うげっ!!』

 鬼門たちは、決まり文句の途中で悶絶していた。
 口から泡を吹いて、意識を失っている。

『えっ……。
 これは……いったい?』
「よくやったわ、横島クン!」

 状況に戸惑うおキヌだったが、美神の言葉を耳にして、横島の方を振り返る。
 横島は、首なしの石像が倒れているのを見下ろす形で、手には霊波刀を出していた。

『横島さん……何をしたんです?』
「ははは……。
 思いっきりエグイことやれって
 美神さんに言われたから……」

 鬼門の本体は、門の両横でそびえ立っていた石像である。
 だから、美神が鬼門たちの注意を引きつけているうちに、横島が胴体部を攻撃してしまおう。それが美神の提案した作戦であり、計画どおりに横島は、霊波刀で鬼門の股間を強打したのだった。

「でも、これは……。
 攻撃した俺のほうも、
 見てるだけで痛かったっス」
「なに言ってんの。
 自分でやったんだから
 『見てるだけ』じゃないでしょ?」

 と、横島と美神が軽口を交わす間に……。

 ギ〜〜ッ。

『あら、お客様?』

 ドアが開いて、中から小竜姫が現れた。


___________


『ずいぶん騒がしいと思ったら……。
 すでに通行テストまで済ませたんですね?』
「そ。
 だから中に入れてちょうだい」

 鬼門の様子をチラッと見て、状況を理解した小竜姫。
 彼女は、この修業場の管理人であり、神剣の使い手として有名な竜神である。
 それを知りつつも、美神は気さくに対応する。

(ちゃんと『神さま』として接するのは、
 抑えてる霊圧を彼女が解放してからね。
 ……そのほうが自然だわ)

 と考えていたからだ。
 今の小竜姫は、まるで普通の少女のような、可憐な笑顔を見せている。

『あなた、名は何といいますか?
 紹介状はお持ちでしょうね』 
「……私は美神令子。
 はい、これが唐巣先生からの紹介状よ」
『唐巣……?
 ああ、あの方。
 かなりスジのよい方でしたね。
 人間にしては上出来の部類です』

 小竜姫の表情が、いっそう明るくなった。
 それに惹かれたかのように、横島が歩み寄る。

「俺はヨコシ……うわっ!?」

 だが、邪魔するように出された足につまずき、そこで止まってしまった。

「何するんスか、美神さん!?」
「どうせまた、
 初対面の御約束で
 セクハラする気だったんでしょ?」
「違いますよ、美神さん!
 相手が小竜姫さまなら、
 初対面じゃなくてもスキンシップを……」

 横島の言葉を聞いて、美神の表情が険しくなる。
 『もとの時代』での出来事を思い出したのだ。
 GS資格試験の事件で小竜姫が事務所に訪れた際、確かに横島は、小竜姫に飛びかかろうとしたのだった。

「それじゃ……何?
 小竜姫は他とは違う、
 『特別な女性』だって言いたいわけ……?」
「ああっ、俺……
 もしかして墓穴掘ったーッ!?
 美神さん、お願いですから
 そんな怖い顔で詰めよらんでください」
「『怖い顔』ですって……?
 それこそ失言でしょッ!!」

 横島をシバキ倒す美神。
 おキヌにとっては既に見慣れたシーンだが、それでも、この場に相応しい光景とは思えなかったようだ。

『あの……美神さん、横島さん?
 二人だけで盛り上がってしまって
 ……いいんでしょうか?』
「盛り上がってるわけじゃない……。
 ないんだよ、おキヌちゃん」

 小声で抗議する横島を放置して、美神は、小竜姫に向き直る。

「ヘンなとこ見せちゃったけど……とにかく
 私たち二人、修業の方お願いするわ。
 それも……斉天大聖老師の最難関コースを!」
『……!!』

 小竜姫の表情が変わった。
 人間向けに抑制していた霊力も自然な状態まで戻し、武神の目付きで美神を見つめる。
 その射抜くような視線を、美神は平然と受け止めていた。
 
(私たちの力量……もう見抜いてるかしら?)

 いつのまにか回復していた横島も、小竜姫が発する霊圧に平気で耐えている。

「いやあ、楽しみっスよ。
 小竜姫さまと一緒に、あそこで二ヶ月……。
 なにしろ前回は、
 俺たちの案内役はジークだったからなあ」

 どうやら、彼の煩悩エネルギーも上昇しているようだ。

「横島クン……。
 水を差すようで悪いけど、
 もう案内役なんていらないでしょ?」
「えっ!?」
「だって私たちの修行中に、小竜姫には
 やっておいて欲しいことがあるから……」
「……?」
「ほら、ここへ来た目的は
 修業だけじゃないでしょう?」
「……ああ、そうか!
 ヒャクメを呼んでもらうんスね」

 おキヌは、今後の行動に関しては大まかにしか聞いていないので、二人の会話には口を挟まなかった。
 一方、小竜姫は不審げな表情となり、腰の神剣にも手をのばしている。美神たちは色々知り過ぎていると、ようやく気付いたのだ。

『あなた……何者です?』

 小竜姫が尋ねるが、美神は、いたずらっぽく笑っている。

「それを話すと長くなるわ。
 ……でも立ち話もなんだから、
 まずは中に入れてもらえないかしら?」


___________


「行くわよっ!!」
「のびろーっ!!」

 異空間にある修業場。
 空には何もなく、地上も広々としており、そこに丸い石舞台が設置されている。
 今ここで、美神と横島がタッグを組んで戦っていた。

 ドシュッ! ズドン!

 それぞれの神通棍が、霊波刀が、ゴーレムとカトラスを仕留める。
 美神から事情を聞かされた小竜姫は、一応のテスト――最難関コースに挑むに値するかどうか――のために、美神たちをここへ連れて来たのだ。だが、テストにもならないくらい、ゴーレムもカトラスもアッサリとやられてしまった。

(これは……信じるしかないですね)

 二人の勇姿を見ながら、小竜姫は、美神の語った話に思いを巡らせる。
 それは、神さまである小竜姫すら驚かせるほどの物語だった。
 ただし、小竜姫は時間移動などたいした能力ではないと思っているので、その点には何の感慨もない。それよりも、魔族の中に美神を狙う勢力と守る勢力があること、美神の前世がアシュタロスの使い魔であること、また、アシュタロスが人間界で何やら画策しているらしいということの方が衝撃であった。

(たしかに、上層部に報告すべき事態でしょう。
 きちんと説明すれば……
 美神さんの要望どおり、
 ヒャクメを寄越してもらえるでしょうね)

 そこまで小竜姫が考えた時、額の汗を拭いながら、美神が振り返った。

「どう?
 ……これでいいかしら?」
『ええ、もちろんです。
 ……では、こちらへ』


___________


 バシュッ!!

『久しぶりね、小竜姫!
 そして……こちらの幽霊さんは、
 はじめましてなのねー!』

 美神と横島を老師のフィールドに送り込んだ後、小竜姫は、おキヌと二人で別室へ移動していた。そこに、連絡を受けたヒャクメが転移してきたのである。

『さっそくだけど、
 小竜姫の口から、もう一度
 全部説明して欲しいのね』
『……えっ』
『上役から一通り聞かされたけど、
 話が速すぎてチンプンカンプンだったから!』
『ヒャクメ……あなたという人は……』

 ケラケラと笑うヒャクメに、呆れ顔の小竜姫。
 それでも、言われたとおり、美神からの話を語る。

『ふーん、なるほど……』

 膝を組んで、その上に両手を置いた姿勢。リラックスして聞いているヒャクメだが、要所要所で、確認するかのように合いの手を入れていた。
 そして、最後まで終わったところで、

『ありがとう、小竜姫。
 こりゃ思ったより、面白そうねー』

 と、彼女らしくまとめる。
 ちょうどその時、彼女たちの部屋の戸がガラリと開けられた。
 斉天大聖との修業を無事に済ませて、美神と横島が戻って来たのである。

『あ、おかえりなさい!』

 真っ先に反応するおキヌ。
 今までは空気のように静かだったが、それは、神さま二人と同席という環境に気後れしていたのだろう。仲間の二人がやってきて、気がラクになったようだ。

『あら、いいタイミングで来たのね。
 ちょうどいいから……
 今度は、この二人に
 最初から話してもらおうかしら?』
『……また聞くんですか?』

 美神と横島に声をかけるヒャクメを見て、おキヌが小さく驚く。

『当然なのね。
 こう見えても私は神族の調査官よ?
 当事者から直接話を聞くのは、調査の基本!
 その「直接」を極めた結果、私は
 人の心をダイレクトに覗けるようになったのねー』

 と言って、ヒャクメは笑う。

「えっ、そんな秘密が?」
「……冗談に決まってるわ」

 真に受ける横島と、アッサリ聞き流す美神。
 彼ら二人に対し、ヒャクメの表情は変わらなかった。
 
『くすくす……。
 さあ、どうかしら。
 ともかく、話してくださらない?』


___________


『長いお話、ご苦労様。
 これで完全に理解できたのね』

 美神と横島からあらためて話を聞いて、ヒャクメは、まず二人の労をねぎらった。続いて、

『それじゃ、私からも
 言っておくべきことがあるわ。
 私は……
 あなたたちのヒャクメじゃないのね!』

 と宣言する。
 『あなたたちのヒャクメ』というのは紛らわしい言葉ではあったが、それでも、すぐに美神は理解した。
 つまり、目の前にいるヒャクメは、美神や横島の『もとの時代』のヒャクメではないのだ。平安時代から飛ばされたヒャクメではないのである。

(……あの『私たちのヒャクメ』は
 『この時代』へは来てないのかしら?)

 ここにいるヒャクメは違うとしても、あのヒャクメが『この時代』のどこかで彷徨っている可能性は、まだ無くなったわけではない。
 そんな美神の思考を読んだかのように、ヒャクメの心眼の一つがギョロッと動いた。

『大丈夫よ!
 あなたたちのヒャクメが
 この時代にいるかどうか、
 すぐに調べてあげるのねー』

 世界中のあちらこちらを遠視しているのだろう。ヒャクメは黙ってしまい、その目の幾つかだけが活動していた。
 少しの間、その場を静寂が支配する。
 そして……。

『うーん、来てないようなのね』

 残念そうな表情でつぶやくヒャクメ。
 それを見て、美神が疑問を口にした。

「じゃあ……あいつ、
 どこの時代に行っちゃったのかしら?」


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 それより少し未来。
 その『美神たちのヒャクメ』――つまり『うっかりヒャクメ』――は、今、南極へと向かう船の上にいた。
 『うっかりヒャクメ』の隣には、当然のように『しっかりヒャクメ』――この『未来』の本来のヒャクメ――が立っているが、ここにいるのは、二人だけではない。
 小笠原エミ、タイガー、六道冥子、唐巣神父、ピート、伊達雪之丞、ドクター・カオス、マリア、魔鈴めぐみ、そして西条輝彦。
 そうそうたるメンバーが、砕氷船『しばれる』のコントロールルームに集まっていた。

「……こんなことに
 巻き込んでしまってすまない。
 これで我々は立派な犯罪者だ!」

 一同を前にして、西条があらためて詫びを入れる。
 この船は合法的に借り受けたものではなく、霊力と武力を駆使して奪い取ったものだからである。

「この先、GS本部の妨害もあるだろうし、
 アシュタロスの危険は言うまでもない。
 だが……ほかに頼れる人材がいないんだ」
「何言ってやがる……!
 そのアシュタロスとか言う奴を
 仕留めるのに俺を置いて行ったら
 ブッ殺すとこだぜ!!」
「同感だね。
 美神親子を犠牲にする前に、
 我々はやれる事は全て
 やっておく義務があるよ」
「お友だちじゃない〜〜」
「ほかならぬ西条さんの頼みですから。
 お役に立てるだけで嬉しいです……」
「危険や法律違反は
 今日に始まったこっちゃないわ!
 世界の存亡にかかわる戦いなぞ、
 めったに参加できんぞ!」
『私たち神さまには
 人間のルールは適用されないのねー』

 雪之丞が拳を握りしめながら、唐巣が眼鏡の位置を正しながら、冥子がのほほんとした笑顔を見せながら、魔鈴が少し照れながら、カオスがハナをほじりながら、ヒャクメがケラケラと笑いながら。
 それぞれ、西条の言葉に応じていた。

(みんなの士気を上手くまとめたワケ。
 ……さすが公務員のエリートさんね)

 雰囲気を察したエミは、わざと軽い口調で、パソコンの通信映像に語りかける。

「そーそー!
 てなわけで
 おたくはそこで待ってるワケ!
 そのうち主人公は私に変わってるから!」
『アホかーっ!?
 私も行くに決まってるでしょ!?
 ちょっとおお!?』

 画面の中では、手錠で拘束された美神が叫んでいた。
 まるで恒例のコントのような、エミと美神とのやりとり。
 その場の空気は、さらに和やかになるのだった。


___________


「……さて、
 わしらの目的地はどこじゃ?
 もう教えてもよかろう!」
「ん……?
 ジーさん、ボケてんじゃねーぞ!
 行き先は南極に決まってるだろ」

 場が落ち着いたところで質問を持ち出したカオス。
 雪之丞が真っ先に答えたが、この解答は、カオスを満足させるものではなかった。

「自分の無知を棚に上げて
 ワシをボケ老人扱いするでないわ。
 ……『南極』といっても
 いろいろあるんじゃよ、小僧!」
「うむ!
 アシュタロスの使い魔……
 ホタルが示した地点は、ここです!」

 カオスの言葉に頷き、西条が南極大陸の地図を広げる。
 『South Pole』と書かれた中心点の横に、マジックで印がつけられていた。
 
「ほほう!!
 この位置は……」

 地図を覗き込む一同の中で、最初にその意味を悟ったのは、カオスである。

「南緯82度、東経75度!
 『到達不能極』じゃな!」
「なんだいそりゃあ?」

 何も知らない雪之丞に、カオスが易しく解説する。
 ひとくちに『南極』といっても、南極点・南磁極・地磁気南極など、色々な種類がある。その中でも到達不能極とよばれる地点は、南極大陸の全海岸から最も遠い内陸にあり、霊的にも特殊な地点なのだ。

「地球中の地脈が
 最後にたどりつくポイント……
 いわば地球の霊力中枢!
 アシュタロスがアジトにしたのもうなずける」

 と、唐巣も補足する。
 ここで、もう南極に関する講義も終わったと判断し、エミが話題を変えた。

「それより……気になるワケ。
 アシュタロスのホタルは、
 案内役のはずなのに来てないのね?」
「ああ。
 なぜか……
 令子ちゃんの近くを飛び回っている」
「それって……!?」

 西条の意味するところを悟り、エミの表情も変わった。


___________


 アシュタロスの使い魔、案内役のホタル。
 西条たちは知らないが、それは、もちろんルシオラである。
 ルシオラは、逆天号が撃沈された際、横島の『やさしさ』に触れていた。そこで横島に惹かれ始めた直後、ルシオラの前から彼の姿は消えてしまう(第六話参照)。
 世の中には、『吊り橋効果』という言葉がある。『会わねばなお増す恋心』という言葉もある。そもそも、メフィストの例を見るまでもなく、図体と知能の割に経験が少ないために、下っぱ魔族はホレっぽいのだ。ルシオラが横島に片想いしてしまうのも、不思議ではなかった。
 そんなルシオラだから、彼女は今、横島から離れられないのだった。
 しかし、ルシオラの乙女心は誰も知らない上、横島の近くには美神とおキヌもいる。そのため、ルシオラの行動は完全に誤解されていた。『横島から』ではなく『美神から離れない』と思われていたのである。

「……そのホタル、
 令子を狙っているワケ?」
「ええっ〜〜でも〜〜
 ただのホタルなんでしょ?」
「いや、わからない。
 先生が妖蜂にやられたように、
 ホタルだからといって油断はできない」

 西条が首を横に振った。
 その肩を、唐巣がポンと叩く。

「まあ……
 過度に心配する必要はないだろう?
 もしものために、
 横島くんも残して来たわけだからね」
「……はい」

 と、西条が同意を示した時。

「おい、西条!
 GS本部の妨害があるとか
 言っとったが……」

 今度は、カオスが西条に声をかけた。いつのまにか、カオスはガラス越しに外の景色を眺めていたようで、今も視線はそちらに向けられたままだ。

「ああ……それは、あくまでも
 その可能性があるというだけです。
 ……なんと言っても、
 こっちには令子ちゃんがいませんからね。
 本当に妨害されるとしても、
 たいした戦力は向けられないでしょう」
『……違うのね』
『向こうは
 そうは思ってないみたいなのね』

 西条の言葉を否定するヒャクメたち。二人とも、カオス同様、海の様子を見ていた。
 この会話につられて、全員の注意が外へと向けられる。

「ひっ、ひええええっ!?」
「う……海が三分に船が七分!?」
「……こりゃ死ぬな」

 少し前までは何もなかった海面に、空母や巡洋艦で構成された大艦隊が広がっていた。


___________


「アシュタロスと戦いたけりゃ、
 ここを突破しろってことか……。
 おもしれえ!!」

 戦闘狂の血が騒ぐ雪之丞。

「それじゃ……俺たちの
 同期合体の御披露目といくか!」

 彼は、ピートの背中をパンと叩いてから、西条に目を向けた。
 合体に必要な文珠の要求である。横島から託された文珠は多くはないので、全て西条が保管しているのだった。

「ダメだ!
 ……こんなところで
 文珠の無駄遣いはできない!」
「なに言ってるワケ!?
 今こそ練習には絶好の機会じゃないの!」

 要請を却下した西条に真っ先に反応したのは、雪之丞ではなくエミであった。

(やっぱり……西条さんは甘いワケ!)

 最初に話を持ちかけられた時から、エミは、これを心配していたのだった(第八話参照)。
 西条は『文珠』を軽く考えすぎているのだ。
 エミだって、横島以外の者が横島の文珠を使った例を、耳にしたことがある。だが『たまたま使えた』と『確実に使える』は全く違う。今回の計画では文珠こそポイントであり、失敗は許されないのだ。
 特に、『同』『期』と複数組み合わせて使うのだから、その分、制御は難しいはずだ。それなりのレベルの霊能力者でないと使えないだろうし、例えば自分の弟子のタイガーでは無理かもしれないとまで、エミは考えていた。

(それを……ろくな練習も重ねずに
 実戦で使うつもりだったワケ!?)

 エミとしては、呆れるしかない。
 数に限りがあるのは分かるが、それだって、文珠を生成できる横島がいないからだ。横島抜きで文珠や同期合体に頼るというのは、やはり、無理があるプランだったのだ。

「いや、しかし……」

 西条は、エミの考えなど知らない。反論しようとしたが、それを止めたのは唐巣の言葉だった。

「エミくんの言うとおりだ。
 訓練で何度も合体したヒャクメ様は別として、
 他の者は、慣れておく必要があるよ。
 ちゃんと実戦で使えるかどうか、
 試すには良い機会だと思うね」

 年長者でありGSとしても大先輩の唐巣の言葉には、重みがあった。美智恵の弟子である西条から見れば、唐巣は『師の師』なのである。

「……そうですね」

 渋々といった表情は見せず、西条は、唐巣に賛成の意を示した。
 同時に、気配を感じて、ふと横を見る。
 いつのまにか、西条の隣には魔鈴が立っていた。

「……これですね?
 持ってきました!」

 彼女は、西条の荷物の中から、一つの箱を出してきたのだった。
 その姿は、何も言われずとも主人の気持ちを汲み取れる、有能な秘書かメイドのようでもある。

「ああ、ありがとう」

 素直に感謝して、西条は、箱から二つの文珠を取り出した。


___________


「いくぞ、ピート!」
「はいッ!!」

 船室から飛び出しながら、二人の男が叫ぶ。

「合、」
「体ッ!!」

 光の霧と化したピートが、雪之丞の中へと飛び込んだ。
 それを受けて、雪之丞の全身が発光する。
 そして……。
 輝きが収まった時、そこには、無事に同期合体した姿があった。
 ベースは雪之丞なのだろう。それも『魔』を介しての合体ということで、魔装術の雪之丞である。
 全体のフォルムとしては、魔装術に吸血鬼の翼を加えたような雰囲気であった。

「スゲーぜ!
 今までにないパワーだ」

 メインである雪之丞が、合体の成果を冷静に自己分析する。
 しかし、あまりのパワーが故に、自己陶酔してしまった。

「ふふふ……強い……。
 なんて強いんだ、俺は……!
 ママーッ!!」

 一方、サブであるピートも、

「ああ……とろける!
 雪之丞くんの中に……。
 なんだか、もう
 どーでもよくなって
 消えてしまいそうだ……!」

 別の意味で問題発言をしているが、これが雪之丞を正気にさせる。

「おい……気持ち悪いこと言うな!
 俺には、そんな趣味はねーぞ!
 まったく……。
 勘九郎といいピートといい、
 なんで俺の仲間になるのは、
 こんな奴ばっかりなんだ……?」
「いや、そういう意味じゃないんですけど」
「ともかく……いくぞ!」
「……はいッ!」

 海を覆いつくした艦隊を迎撃するため、合体した二人が今、飛び立つ。


___________


「すごいですケン……」
「ああ。
 思った以上に、うまくやっている」

 残りの面々は、合体した二人の活躍を船の上から見守っていた。
 いつでも加勢に向かえるよう、彼らも甲板に出ているのだが、どうやら必要は無さそうなのだ。
 合体雪之丞は、空から小さな魔力砲を無数に放っているが、それを全てコントロールして、レーダーと火器だけをピンポイントで破壊していたのである。

「私たちの出番は〜〜なさそうね〜〜」
「そうでもないワケ」

 二人の戦いぶりに見とれる冥子とは対照的に、エミは、しっかり気付いていた。
 反対方向から、ヘリが一機、まっすぐ向かって来ているのだ!

「雪之丞とピートは、
 艦隊の出迎えで手一杯みたい。
 だから……あれは私たちの獲物なワケ!」
「わかったわ〜〜。
 エミちゃんに〜〜したがう〜〜!」

 同期合体をしようとするエミと冥子。
 だが、ヒャクメたちが二人を制止する。

『待って!』
『あのヘリを攻撃しちゃダメなのね!』
「えっ……」
「どういうこと〜〜?」

 ヒャクメたちだって、ヘリの接近は分かっていた。
 だがヒャクメ二人は、さらにその先を覗いていたのである。だから、誰よりも早く真相を悟ったのだった。

『あれは……私たちを
 止めに来たんじゃないのね!』
『あのヘリには、
 美神さんたちがのってるのね!』



(第十話に続く)
 
 皆様、お久しぶりです。
 九月になりましたので、予告していたとおり、毎週月曜日の投稿を再開させていただきます。もう作品の存在すら忘れられているかもしれないと心配なので、一応、前話までのリンクをはっておきます;

 第一話 もうひとりのヒャクメ!
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10166

 第二話 うっかりヒャクメ襲名!
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10176

 第三話 おキヌの選択(その一)
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10182

 第四話 指揮官就任
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10190

 第五話 二人で除霊を
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10193

 第六話 うっかり王、誕生!
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10196

 第七話 おキヌの選択(その二)
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10204

 第八話 西条のプラン
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10205


 さて、休んでいた一ヶ月の間に今後の展開を練り直したところ(特に『どこまでを各話の区切りにするか』を最終決定したところ)、残りは(今回を含めて)五話ということになりました。
 これまでどおり毎週月曜日に投稿させていただく予定ですが、そうなると、今月は月曜が五回あるので、ちょうど今月いっぱいで完結することになります。これはこれでキリが良いと思いますので、残り一ヶ月、よろしくお願いします。


(9/2 AM1:30 追記; 投稿後に誤字があることに気付き、二カ所修正しました。事前のチェックが不十分で、申しわけありません)
 

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