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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第十章

「抜け穴探しなら……
 おキヌちゃんが活躍できるな!」
「えへへ……」

 横島さんとおキヌちゃんの、小さな会話。
 それは、若田警部の耳には入らなかったらしい。
 
「……では、ここで
 今日は解散としましょう」

 その場は、お開きとなり。
 警察の面々は、207号室へと向かう。
 秘密の抜け穴を探しに行くようだが、その捜索に、私たち素人は関わらせてもらえなかったのだ。
 
(おとなしく部屋に戻るしかないか……)

 そう思って、立ち上がる私。
 福原クンも、私に従う。
 でも。

「ごめんね〜!
 犯人扱いしちゃって……」

 樹理ちゃんが、私たち二人に声をかけてきた。
 言葉だけでなく、手を合わせて、ポーズでも謝意を示している。
 私は、軽く手を振ってみせた。

「いいわ、あんまり気にしてないから。
 ……それに、どうせ、
 すぐに論破されるだろうと思っていたし」
「あー!
 ひどーい」

 私の軽口に合わせて、樹理ちゃんも冗談口調で応じる。
 そこに、おキヌちゃんも声をかけてきた。

「まーまー。
 色々ありましたけれど、
 警察の方々が秘密の通路を発見したら、
 これで何とかなりそうですね」

 いや、それで密室の謎が解けたとしても。
 事件解決には、ほど遠いでしょ。
 なまじ推理小説に出てくるような複雑なトリックの場合、密室トリック解明が犯人に直接結びつくこともあるのだが――例えば樹理ちゃんの『私犯人説』や『薮韮さん犯人説』や『御主人さん犯人説』(第九章参照)――、しかし秘密の抜け穴となると、そうもいかない。
 誰もが使える通路であるなら、誰もが犯人に成り得てしまう。
 そんなことを私が考えている横で。

「なに言ってんの!
 『警察の方々』じゃないわ。
 ……彼らより先に、
 私たちで抜け穴を見つけだすのよ!」

 樹理ちゃんが、テンションを上げていた。
 
「えっ?
 でも……例の部屋には
 私たちは入れてもらえないでしょうし……」
「だ・か・ら!
 反対側から探せばいいのよ!」

 おキヌちゃんの言葉を、バッサリ斬って捨てる樹理ちゃん。
 今度は、私が問いかける番だった。

「反対側の部屋……?」
「そうよ!
 犯行現場に通じる秘密の抜け穴。
 207号室を出口だとして、
 どこかに入り口があるはずでしょ?
 ……私たちは、
 そっちから探せばいいじゃない!」
「あ!」

 こうして。
 私たち三人が、これからの行動を打ち合わせている傍らで。

「なんだか俺たち……
 すっかり空気じゃねーか?」
「ま、仕方ないでしょう。
 いつも樹理は、あんな感じです」
「女三人よれば何とやら……かな」

 横島さん・茂クン・福原クンの三人が、何やらコソコソと言葉を交わしていた。






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第十章 探すことが好き
            ―― I Love to Search ――






「もしかして……樹理ちゃん、
 その『入り口』に心当りがあるの?」
「うん。
 『入り口』というより……
 むしろ『出口の一つ』かな?」

 人々が去りつつある大食堂。 
 そのテーブルの一つに座ったまま。
 私たちは、作戦会議。

「単純に二つの地点を結ぶ通路じゃなくて、
 屋敷のいくつかの部屋に通じている抜け穴。
 ……そんなのを私は想定してるのよ」

 おキヌちゃんが『抜け穴』を提唱した際には、そこまで大掛かりなものではなかったはず。
 でも樹理ちゃんは、そこから想像を大きく膨らませていた。
 問題の207号室だけでなく。
 その『秘密の通路』は、色々な場所につながっていて。
 犯人は、それを今までも使っていた。
 そして今回。
 たまたま『出口の一つ』である207号室が利江さんの部屋になったので、犯人は、この機会を利用したのだ。

「……え?
 どういう意味です?
 『今までも使っていた』って……」

 樹理ちゃんの空想についていけない、おキヌちゃん。
 でも、私は理解できていた。

「樹理ちゃんは……例の亡霊も
 今回の犯人の変装だと思ってるのね?」
「そのとおり!」

 利江さんを殺した犯人は、最初から、緋山ゆう子亡霊伝説を利用するつもりだったのだ。
 私たちが来る三日前に、彼女の亡霊が出たのも。
 私たちが来た翌日に、彼女の亡霊が出たのも。
 どちらも、犯人の変装。緋山ゆう子の恰好をして、犯人は、四階の部屋に出現したのだ。
 ということは……。

「……抜け穴の出口の一つも
 四階の彼女の部屋にあるわけね?」
「そのとおり!」


___________


「すいませーん」

 男三人を引き連れて。
 私と樹理ちゃんとおキヌちゃんは、合鍵部屋へ。

「なんですか……?」

 私たちを見て、怪訝な顔をする弥平老人。
 たしかに、ここは宿泊客が頻繁に来る場所ではない。
 しかも、私たちは六人勢揃い状態なのだ。
 
「四階の……
 緋山ゆう子の亡霊が出る部屋、
 あそこの鍵を
 貸してもらいたいんですけど……」
「……だめでしょうか?」

 弥平老人は、ゆっくりと首を横に振る。

(チェッ。
 いきなり挫折か……)

 と思いきや。

「……鍵はかかってないです」

 え?
 
「使ってない部屋って……
 どこも鍵かかってないの?」

 私と同じ疑問を抱いたらしい。
 樹理ちゃんが質問するが、弥平老人は、今度も首を振る。

「そんなわけないでしょう。
 ……それでは不用心ですからの」

 弥平老人曰く。
 他の部屋はキチンと施錠しているが、問題の部屋だけは、開けっ放しだそうで。

「なんで?」
「……緋山の部屋ですから」

 答になってないんだけど。
 突然、別の疑問が頭に浮かんでしまった。

「あれ?
 ……そういえば、みんなして
 『緋山ゆう子』って呼んでるけど。
 小森家に嫁いだんだから、
 『小森ゆう子』なんじゃない?」

 私は、素直に口にしただけなのに。
 弥平老人は、真っ青な顔をして。

「なんという畏れ多いことを……!」

 バタンとドアを閉めてしまった。


___________


「……緋山ゆう子さん、
 よっぽど嫌われているみたいですね」
「ま、いいじゃない。
 とりあえず部屋に入れることは
 わかったわけだし。
 さ、行きましょう!」
「うん」

 おキヌちゃんと樹理ちゃんに、私も同意。
 六人でゾロゾロと四階へ向かう。
 樹理ちゃんと茂クンが先頭で、その後ろが私たち。
 大階段は横幅が広いので、四人が横一列に並んでも平気なくらいだった。

「それにしても……」

 階段を上がりながら、おキヌちゃんに声をかける私。

「樹理ちゃんや茂クンはともかくとして。
 おキヌちゃんや横島さんまで
 探偵ごっこに付き合ってくれるなんて、
 思わなかったわ!」
「えへへ……」

 笑って誤摩化すおキヌちゃん。
 彼女は、チラッと横島さんの方に視線を向けていた。
 それを受けて。

「まあ……今じゃ俺、
 これくらいしか出来ないからな」
「え?
 『今じゃ俺』って……」
「うふふ。
 横島さん、今と違って
 昔は凄い能力持ってたんですよ」

 私の問いかけに答えたのは、横島さん自身ではなく、おキヌちゃん。

「横島さんは、
 文珠を出すことが出来て……」
「文珠……?」
「はい。
 文珠というのは……」

 文珠。
 それは、霊力を凝縮して作る玉。
 霊能力者が漢字一文字を念で刻んで、文字にこめたイメージを引き起こすのだ。

「例えば……。
 『炎』や『氷』で燃やしたり凍らせたり。
 『防』で結界をはったり……。
 『模』で他人になりきって、
 頭の中を覗くことまで出来たんですから!」
「ま、そのあたりなら、まだ
 いかにも霊能力って感じだけどな。
 『柔』で地面をクッションにした際には、
 西条のヤローに
 『もー霊能と関係ない世界』
 ……って言われたっけ」
「いいじゃないですか。
 それだけ横島さんの文珠が
 万能だったってことですよ」

 おキヌちゃんと横島さんの話から想像するに。
 漫画に出てくる猫型ロボットの秘密道具並みに、なんでも叶う能力だったのだろう。
 そんなものがあれば、密室殺人の捜査だって、あっというまに終わりそうだ。

(でも、昔の話なのね……)

 私は、お風呂でのおキヌちゃんの言葉を思い出していた。
 幸せな二人の、悲しい過去(第七章参照)。それを聞かせてくれた時、おキヌちゃんは『その証拠に、横島さんは、もう……』と言ったのだ。
 あれは、この失われた能力のことだったのだ。
 だけど、今、私の目の前で。

「おキヌちゃんと一緒になって、
 真面目になっちゃったからなあ、俺」
「うふふ。 
 横島さんの霊力の源は
 スケベな煩悩ですからね。
 ……落ち着いちゃって
 霊力が落ちちゃうのも、
 少しくらい仕方ないですよ」
「……そうだよな。
 ゼロになったわけじゃないもんな。
 まだ霊波刀くらいは使えるし」
「それも昔にくらべて
 小さくなっちゃいましたけどね」

 二人は、陽気に振る舞っている。
 彼らの言葉を額面どおりに受け取るならば、横島さんの霊能力低下は、おキヌちゃんへの一途な愛の証。
 そう思えば、これもノロケの一種だけれど。

(そんな単純なもんじゃないのよね、きっと……)


___________


 そして。

「さあ、ここね!」

 樹理ちゃんと茂クンを先頭に、私たちは、問題の部屋へと入っていく。
 四階の一室。
 緋山ゆう子の亡霊が出ると言われている部屋。
 いや、『言われている』どころじゃない。私たち自身も、それを目撃しているのだ(第五章参照)。

「……どこから調べようか?」

 部屋の中を見回す樹理ちゃん。
 私も、それらしいものを探してみる。
 まずは、床のカーペット。緋山ゆう子のチャイナドレスと同じ、深紅のカーペット。

(カーペットをめくると、
 隠し通路に通じるスイッチが……?)

 あるいは。
 左側の壁に目を向けると、分厚い本が詰まった本棚。
 もちろんスチール製の安物なんかじゃなくて。
 立派な木材で作られて、前面にもガラス戸。
 だから、ホコリが積もることもなく、中身はキレイに保存されている。

(この本の中の一冊がスイッチになっていて、
 本棚自体がスライドして抜け穴が出現……?)

 そして、右側の壁。
 そちらにあるのは、緋山ゆう子の肖像画。
 表面がデコボコしているのは、油絵だからだろう。
 これも赤いチャイナドレスだが、一階のとは違って、全身像が描かれている。
 しかも等身大に近いサイズなので、かなり大きな絵だ。

(この絵が扉になっていて、
 この奥に秘密の道が……?)

 私だけでなく、他の面々も、色々考えているのだろう。
 無言で視線を動かしている。
 そんな中。

「さ、おキヌちゃんの出番だ」
「はい」

 背後で、横島さんとおキヌちゃんが言葉を交わしている。
 私が振り向くと……。

「え!?
 おキヌちゃんが……二人になった!?」


___________


「何……これ!?」

 二人のおキヌちゃん。
 一人は、だらんとした恰好で、横島さんに抱きかかえられて。
 そして、もう一人は……。

「立体映像……ですか?」

 福原クンがそう思ったのも無理はない。
 『もう一人』のおキヌちゃんはフワフワした感じで、体の向こうも透けて見えるのだ。

「幽体離脱ですね!?」
「すごーい。
 初めて見た〜っ!」

 茂クンと樹理ちゃんが、おキヌちゃんのもとへ――透けてる彼女の方へ――駆け寄る。
 さすがオカルトマニア。
 二人は、一目で理解したらしい。
 横島さんが、誇らしげに頷いている。

「ああ。
 おキヌちゃんの得意技さ」
『えへへ……。
 これなら壁もすり抜けられますから。
 隠し通路だって
 簡単に見つけちゃいますよ!』

 サラッと凄いことを言うおキヌちゃん。
 
(『すり抜けられます』って……。
 それじゃ鍵のかかった部屋だって
 自由自在に出入りできるじゃない!?)

 なんだか、さっきまでの議論がバカらしくなってきた。
 あーだこーだと密室トリックを考えていたのに、あの場に、壁抜け出来る人がいたなんて!
 まあ、おキヌちゃんにアリバイがあったことを祝福しよう。
 そうじゃなかったら、一も二もなく犯人扱いされていたに違いない。


___________


『ここでーす!』

 壁も床も天井も。
 彼女はスイスイ潜り抜ける。
 だから、その裏にある秘密の空間も、あっというまに発見できたのだった。

「やっぱり……これが扉?」
『そーみたいです』

 私たちは、壁の肖像画の前に集合している。
 おキヌちゃんの幽体は、まだ下半身が向こう側。
 上半身だけを、こちらに覗かせている。
 肖像画の胸の部分から体がニョキッと生えたような感じで、ちょっとシュールな光景だ。
 その状態で、おキヌちゃんが報告する。

『隠し通路の方にもスイッチがあるんですけど、
 そっちは壊れちゃって動かないみたいです』

 普通に考えるならば。
 こっち側にも向こう側にも開閉スイッチがあるはずだ。

『部屋側のスイッチ、
 たぶん近くにあると思うんですけど……』

 おキヌちゃんの言葉に頷いて。
 私たちは、絵の近辺を探してみる。
 でも。

「……ないわね」
「ロコツに怪しい突起とか、
 どっかにあったらいいんだけど」

 探し疲れて、愚痴をこぼす樹理ちゃんと私。
 それを聞いて。
 
「そうか。
 ……突起か!」

 横島さんが何か閃いたらしい。
 
(え?
 私の『突起』って言葉がヒントになった?
 ……でも、そんなもの見当たらないから
 困ってるんだけど……)

 私たちが、不思議に思いながらも見守る中。
 横島さんは、左腕でおキヌちゃんの肉体を抱きかかえたまま、肖像画の前に立つ。
 
『あの……横島さん?』
「まあ、見てなって」

 ちなみに、おキヌちゃんの幽体は、肖像画の胸部に半身を埋めたままだ。
 だから、ちょうど夫婦で向き合うような形。

(ちょっとだけ……ロマンチック?)

 と、思った時。
 横島さんの右手が動いた。

 ツンツン。

『きゃっ!
 何するんですか、横島さん!?』
「いや違うんだ、おキヌちゃん。
 別におキヌちゃんを突っついたわけじゃないんだ。
 ただ、この油絵のチチがあまりに豊かで、
 しかも先っぽがリアルに尖ってたから……」
『もうっ!
 そんな場合じゃないのに……』

 そんな場合だった。 
 横島さんが押したのが、スイッチだったようで。
 絵全体がパカッとスライドして、そこに入り口が出来上がったのだ!

「まあ……上手い隠し場所ですよね。
 そんなとこ押してみる人、
 普通、いないでしょうし……」

 男としてフォローする義理を感じたのか。
 私の隣で、福原クンが、そんな意見を述べていた。



(第十一章に続く)
   
   
 第九章のあとがきで予告したように、二日空けたので、第十章を投稿します。
 この章から読み始めた方々もおられるかもしれませんが、最初から続けて読んでいただければ、もっと楽しめるはずだと思います。
 前章までは、こちらです;

 第一章 雷光の彼方に  ―― Over the Lightning ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10319

 第二章 美女と蝙蝠  ―― Beauty and the Bat ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10320

 第三章 出会いの宵  ―― Some Encountered Evening ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10322

 第四章 小森旅館の怪人  ―― The Phantom of the Inn ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10324

 第五章 イン・ザ・ルーム  ―― In the Room ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10325

 第六章 マイ・フェア・ベイビィ  ―― My Fair Baby ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10326

 第七章 クロス・ザ・ドア  ―― Cross the Door ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10327

 第八章 シティ・オブ・サスペクツ  ―― City of Suspects ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10328

 第九章 彼女の言い分  ―― Her Reasons ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10329


 発見された隠し通路。その中に何があるのか。本当に犯行現場に通じているのか……。
 それは第十一章で記すことになりますが、第十一章は明日投稿する予定です。続きもよろしくお願いします。   




(12/24追記)
 第十一章を投稿しました;
 第十一章 君の住む抜け穴で  ―― In the Hole Where You Live ――

 第十一章以降も、よろしくお願いします。
   

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