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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第三章

  
「さあ、着きましたよ」

 門をくぐって、さらに少し進んで。
 車は、建物――『蝙蝠屋敷』こと小森旅館――の前に横づけされた。
 小森氏の言葉に促され、私と福原クンが車から降りる。
 樹理ちゃんと茂クンも、私たちに続く。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ。
 ……あら?」

 私たちを出迎えるのは、二人の女性。
 二人とも同じような着物だが、手前の女性――三十歳くらい――は、気品に満ちていた。おそらく、この旅館の女将さんなのだろう。

「浩介(こうすけ)さん、お客様のご予約は
 二人の予定だったのでは……?」
「そうだね、涼子(りょうこ)
 でも、もう一組増えたんだ。
 こちらは……」

 やっぱり女将さんらしい。
 小森氏と親しげに言葉を交わしている。
 そして、二人が話をしている間に。
 後ろの女の人――たぶん女中さん――が、旅館の中へ駆け込んでいた。
 でも、

(……ん?)

 と私が思う間もなく、彼女は戻ってくる。
 見た目は五十歳か六十歳くらいのに、女中さんの動きは若々しい。まるで忍者かと言うくらい、機敏な行動。

(ああ、そうか……)

 女中さんは、鍵を二つ手にしていた。
 突然増えた客、つまり私と福原クンの部屋用なのだろう。

「では……」
「どうぞ、こちらへ」

 女将さんと女中さんの言葉に誘導されて。
 私たちは、蝙蝠屋敷に足を踏み入れる……。






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第三章 出会いの宵
            ―― Some Encountered Evening ――






「先生、ここって……
 なんだか旅館っぽくないですね」
「そうね。
 むしろ……金持ちのお屋敷みたいな感じ」

 福原クンの言葉に同意する私。
 私たちは、入ってすぐの大広間を進んでいた。
 シャンデリアが燦々と煌めく天井。
 ステンドグラスの高窓。
 西洋風にペイントされた壁には、一族のものらしい肖像画がかけられている。
 良く言えば戦前の貴族の豪邸というイメージだけれど、全体的に、成金趣味な感じ。
 落ち着いた柄のカーペットが、逆に浮いた感じがするくらいだった。

「おや、あれは何でしょう?」

 福原クンの言葉を聞きとめて、視線の向きを彼と同じにする私。
 彼が見ていたのは、壁の肖像画。
 
「……あら。
 一人だけ雰囲気違うわね」

 その一角に飾られているのは、古いものらしい。
 和装の人々ばかりの中で、一枚だけ、赤いチャイナドレスの女性が描かれていた。
 顔立ちは日本人だけれど、日本人離れしたナイスボディ。
 そして髪も、日本には珍しい、燃えるような赤毛。後ろ髪が長いだけでなく、前髪も目にかぶさるくらい。
 
(これは……何か、
 いわくありげだわ!)

 妄想を始めそうになった私だけれど、

「先生。
 まずは部屋へ行って、一休みしましょう」

 と、福原クンに言われたから。
 足を止めることはしなかった。


___________


「福原様と安奈様は、こちらへ」

 大広間の奥にあった大階段を三階まで上ったところで。
 私たちは、二つのグループに分けられた。
 翼を広げた蝙蝠をイメージしたように(第一章参照)、この建物は、横に長く延びている。
 私と福原クンの部屋は、その左翼にあたる部分にあり、樹理ちゃんと茂クンの部屋は右翼らしい。
 
「それじゃ、また後で!」

 軽く手を振って、樹理ちゃんたちが歩き去る。
 彼らを案内するのは、ワゴン車を運転していた男。ここの使用人で、薮韮(やぶにら)(みのる)という名前だそうだ。
 一方、私たちを先導するのは、身軽な動きの女中さん。名前は甲賀(こうが)シノ(しの)。今は、私たちにあわせたスピードで歩いている。

「大食堂は一階にございます。
 また、大浴場も一階です。
 皆様の御部屋にも浴室はありますので、
 そちらを利用して下さっても結構です。
 なお、御部屋の鍵を紛失した場合には、
 合鍵を管理している小部屋がありますので、
 そちらまでお越し下さい。
 ……それも一階にあります、
 大食堂の東隣です」

 廊下を進みながら、説明をする彼女。
 私も福原クンも、余計な口を挟まずに、黙ってついていく。

(ちゃんと覚えておかないと……
 この屋敷の中でも迷子になっちゃいそう!)

 長い長い廊下。
 その両側には、同じような扉が、ズラリと並んでいるのだ。
 突き当たりも見えているが、そこに至るまでは、右側へ曲がる通路が一つあるだけ。
 
(とりあえず、まずは直進ね……)

 シノさんは、横道など存在すらしないかのように、まっすぐ歩いていく。

「福原様の御部屋は306号室、
 安奈様は305号室です。
 この突き当たりを左に曲がり、
 道なりに進んだところにあります。
 もし分からなくなったら、
 扉に書かれた部屋番号を頼ってください」

 彼女の言葉どおり、番号の刻み込まれた金属プレートが、全ての扉についているようだ。
 現在地は、左を向くと334号室、右が349号室。
 それが331号室と346号室になったところで、廊下はT字路となる。
 さきほどの説明のように、そこで左に曲がる私たち。

(あれ……?)

 角を曲がった途端に、廊下の雰囲気が変わった。
 今度の右側の壁には、ところどころに窓がある。屋敷の端なのだろう
 でも、左の壁には何もない。部屋があるはずだけれど、この向きに扉はなく、従って、目印となるような部屋番号も一切記されていなかった。
 しかし、
 
(……ああ、これなら大丈夫そうね)
 
 一部屋か二部屋分進んだだけで、廊下は一方的に左へと曲がっていたのだ。
 道なりに進むということで、その角も左折する。
 すると再び、長い長い一直線の廊下。

(三階へ上がったばかりの部分と
 良く似ているけれど……)

 やはり両側にドアが並んで、部屋番号もある。
 しかし、廊下の長さが違うのだ。
 左翼から右翼まで一気につながっているようで、反対端も見えないくらい。

「……こちらです」

 いつのまにか、シノさんは、部屋の前に立っていた。
 曲がり角から五番目と六番目の部屋。
 それが、私と福原クンにあてがわれた客室だった。


___________


「ふう」

 柔らかなソファーに埋もれる私。

「ここって……元々は
 旅館じゃなかったんだろうな」

 部屋は、無駄に広かった。
 樹理ちゃんの語った『伝説』から想像すると、小森家は、この地方の名士のはず。
 この小森旅館は、昔は、彼らの豪邸で。
 でも空いてる部屋を遊ばせておくのも勿体ないからって、誰かの代で旅館経営なんて始めちゃって。
 そう想像すると、何となく納得できる。
 この部屋も、私室として使われていたうちの一つなんだろう。
 ソファーも、テーブルも、ベッドも。
 特別豪華なわけじゃく、ごくごくフツーなんだけど。
 でも、一階の大広間より、遥かに趣味が良い気がした。

「いいひとの部屋だったのね」

 そんなことを考えていたら。

 ゾクッ。

 突然、寒気がし始めた。

「まあ、無理もないかな」

 身軽な服装だったとはいえ、あれだけ山中を歩き回ったのだ。女のコだって、汗をかく。
 その上、最後に雨に打たれたのだから……。

「このままじゃ、風邪ひいちゃうわ!」

 ガバッと立ち上がる私。
 シャワーでも浴びようと思って。
 備え付けの浴室の扉に手をかけたところで、ふと気が変わる。

「そうだ、お風呂へ行こう!」

 一階に大浴場があるという話を思い出したのだ。
 まだまだ夕飯には早いから、ゆっくり浸かれそう。
 もしかしたら旅館の人々も使うのかもしれないけれど、でも今は夕方の忙しい時間帯。大浴場は、混んでないはず。

「昔のアニメのセリフじゃないけど
 ……風呂は命の洗濯だもんね」

 と言いながら、荷物からお風呂セットを取り出して。
 私は、部屋を出た。


___________


「……先客がいるのね」

 女湯と書かれた暖簾をくぐると、そこは脱衣場。
 右手側に、明らかに宿泊客よりも多い数の籠と棚が用意されている。その一つは、使用中だった。
 一方、左側にあるのは、大きなガラス戸。浴室との区切りだ。
 湯気で曇っていて、その向こうは見えないけれど。

 ザバーン。

 聞こえてきたのは、誰かが湯を使う音。

「樹理ちゃんかしら。
 それとも……もう一組の宿泊客?」

 福原クンの言葉を思い出す。
 きちんと聞いてなかったけれど、若い夫婦が泊まっているという話は、かろうじて意識に残っていた。

「ま、いいか。
 どっちにせよ……
 女同士の裸の付き合いね!」

 そう思いながら、私も服を脱ぎ始める。
 そして。
 下着姿――眼鏡とブラとショーツとソックスという恰好――になったところで。

 ガラッ!

 浴室のガラス戸が開けられた。


___________


 従業員が利用する時間帯ではないから。
 今まで泊まっていたのは自分たちだけだったから。
 誰かいるなんて、思ってもみなかったのだろう。
 彼女は、タオルで前を隠したりはしてなくて。

「あ……」

 私は、彼女の全てを見てしまった。
 スラリとして、それでいて出るところは適度に出ている裸体。
 女の私でも惚れ惚れするような、ヌード姿。
 お風呂の湯気を背景にして、幻想的な雰囲気すら漂わせている。

「あなたは……」

 でも、私が驚いたのは、その美しさ故ではない。
 彼女の肉体ではなく、顔に見覚えがあったのだ。
 そして、彼女も私のことを忘れていなかった。
 私の言葉を待たずに、彼女が口を開く。

「お久しぶりですね。
 ……安奈みら先生!」
「えーっと……」

 なまじ小説のモデルにしてしまったせいか、彼女の本当の名前が思い出せない。
 それを察したようで、苦笑しながら彼女が名乗る。

「おキヌです!
 氷室キヌ……というのは旧姓で。
 結婚したから、今では、
 横島キヌになりました」



(第四章に続く)
   
  
 途中から読み始めた方々もおられるでしょうが、もしも最初から読んで頂ければ、幸いです。
 第一章は、こちらです;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10319


 第一章投稿時点で、第七章まで原稿は用意してあったのですが、その後、執筆は一章分しか進んでいません。
 一日か二日か三日くらい空けてから、第四章を投稿したいと考えています。
 続きも、よろしくお願いします。
  


(12/14追記)
 第四章を投稿しました;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10324

 第四章以降も、よろしくお願いします。
  

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