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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第一章

「ふう……アイデアが出ない……!」

 頬杖をつきながら、溜め息をつく私。

「『聖美女神宮寺シリーズ』は、
 一番のヒット作になったわ。
 でも、もう四年も続いてるから
 そろそろ新しいシリーズも書きたい……」

 いつもと同じような、私の独り言。
 だけど、今日は少し違う。
 だって……。
 
「先生……。
 今は、それどころじゃないでしょう?
 それに、溜め息つきたいのは僕の方ですよ」

 私の隣には、彼が座っているから。
 それに場所だって、いつものお気に入りの別荘ではない。

「ちゃんとした取材旅行だと思ったのに、
 まさか先生と二人で遭難するはめになるとは……」

 そう、彼の言うとおり。
 私たち二人は、今。
 山奥の森で、迷子になっているの……。






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第一章 雷光の彼方に
            ―― Over the Lightning ――






 大自然の緑の香りに囲まれて。
 ベンチ代わりの岩に腰掛けて。
 見上げれば、抜けるような青空で。
 ああ、心地良い森林浴!
 ……と、ポジティブシンキングをしてみる私。
 でも、私の隣では、彼が暗い表情で俯いている。
 
「はあ……」
「大丈夫よ。
 きっと、なんとかなるわ!
 そのうち誰かが通りかかるかもしれないし……」
「こんなところに誰が来るんですか、
 先生の小説じゃあるまいし。
 伊集院隼人が突然現れたりはしませんよ?」

 せっかく私が励ましの言葉をかけてあげたのに、彼ったら、それをバッサリ切り捨てた。
 今の彼は、みすぼらしいサラリーマンのような感じ。いつもは素敵に見えるスーツ姿も、ここでは、場違いな雰囲気だけが目立っている。
 私みたいに、山歩きに適したスポーティーな恰好で来ればよかったのに。

(もう……)

 私たちが座っている岩は、人工的に並べられたものではない。しょせん自然の産物なので、岩と岩との距離は、けっこう離れている。
 だから、ポンと優しく肩を叩くには、グーッと腕をのばす必要があるんだけど。
 でも、そこまでする気はなく、むしろ……。

「……って、
 なんで私があなたを慰めないといけないわけ?
 普通、逆でしょ!?」
「ああ、先生っ!
 逆ギレは勘弁してください!!」

 立ち上がって歩み寄る私に向かって、彼がバタバタと手を振る。
 それから、パタッとその動きを止めて。
 慌ててような表情も捨て去って。
 彼は、ニッコリ笑ったの。

「……でも先生。
 怒る元気があるくらいなら、
 もう休憩も十分ですね。
 さあ、歩きましょう!」
「えっ?
 だけど、どっちへ……」
「えーっと……さっき
 山頂らしきマークがありましたよね?
 ここが頂上近辺ということは……。
 とにかく低い方へ低い方へと進めば、
 そのうち麓へ着くんじゃないですか?」
「そ、そうね……」

 彼の言ってることは、かなりの暴論に思えた。 
 でも、私は時々、彼の笑顔に逆らえなくなってしまう。
 うまくコントロールされてるなあって考えると少し複雑だけど、これでいいのかもしれないとも思う。
 彼にノセられて良い小説が書けるなら、それはどっちにとっても幸せなこと。
 私は小説家で、彼は私を担当する編集者なのだから。

(なんだか……不思議な人だわ)

 彼と並んで、再び山道を進みながら。
 私は、ふと、彼との出会いを回想してみる……。


___________
 
___________


「新しく安奈先生の担当を
 させていただくことになりました、
 福原(ふくはら)秀介(しゅうすけ)です。
 よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」

 初対面は、いつもの別荘。
 新作の構想を練っていたところに、彼が挨拶に訪れたのだった。

(ふーん。
 今度は若い人なのね……)

 まだ大学を出て一、二年といった感じかな。
 でも既に、スーツやネクタイがまるで普段着であるかのように馴染んでいた。

「これ、つまらないものですが」
「わざわざどーも」

 普通ならば菓子折りか何かを持ってくるだろうに、彼が持参したのは、全然別の物。
 もっともっと小さな包み。
 私、なんだろうって顔をしていたみたい。私を見て、彼は微笑んでいる。

「どうぞ、この場で開けてみてください」

 促されるままに開封すると……。

「眼鏡……!?」
「そうです。
 形は今までと完全に同じ、
 だから大丈夫です。
 やっぱり『安奈みな』先生と言えば、
 あの眼鏡がチャームポイントですからね」

 会ったばかりの異性から『あの眼鏡がチャームポイント』だなんて言われて、私は不快感を覚えるべきだったのかもしれない。
 でも、そうじゃなかった。
 これは他意のない言葉で、しかも御世辞じゃないんだ。なぜか私は、そう感じてしまったの。

「……あら、軽い!?」
「そうでしょう。
 外観は全く変わらず、でも
 材質が新しいから軽いんです」

 彼は、なんだか満足そうな表情。

「せっかくプレゼントするんだから
 実用的なものがいいし、
 ずっと使えるものがいいでしょう?」

 それが彼の言葉だったのに。
 だけど『ずっと身につけてるものがいいでしょう?』と言われたような気がして。
 私はコクリと頷いた。


___________


 あれから三年。
 私と彼とは、だんだん親しくなっていった。
 それほど年が離れていなかったことも、原因なんだろう。
 単なる仕事の上での付き合いというよりも、むしろ友人のような感覚で、私は接していたの。
 一番、心を許せる相手。
 高校卒業後、私は女子大に進学したけど、大学の友人と遊ぶより、彼と話をしている時の方がリラックスできた。
 あまり彼は自分のことを話さないんだけど、でも、私の話はよく聞いてくれた。
 だから……。

「取材旅行……!?」
「ええ。
 新作のアイデアに困っているというなら、
 一週間くらい旅に出るのはどうでしょう?」

 彼と二人で、取材旅行。
 その提案に、私は一も二もなく頷いた。

「……で、どこへ?」
「うーん。
 アイデアのネタを探す旅ですからね。
 具体的に目的地を決めるより、
 ぶらり旅の方がいいんじゃないでしょうか」

 と言いながら、地図を広げる彼。
 どうやら、大ざっぱな地域だけは決めてあるみたい。
 彼が想定している行き先は……。

「山陽山陰地方!?」
「ええ!
 ミステリー小説のネタなら、
 きっと瀬戸内海の島々や
 その近くの山村に転がってるはず。
 ……昔から、そうと決まっています!」

 誇らしげな彼だけど、私は、ついジトッとした視線を向けてしまう。

「福原クン……
 古い探偵小説の読み過ぎじゃない?
 どんな小説を私に書かせたいのよ……」
「大丈夫!
 先生なら、きっと同じようなネタでも
 全く別の小説にアレンジできます!
 なにしろ、先生の妄想力は世界一ィィ!!」
「こら、妄想って言うな!
 『想像力』とか『空想力』って言ってよ!」

 彼をポカリと叩いてしまう私。
 以前に私は、『聖美女神宮寺シリーズ』発想のキッカケを彼に話したことがある。あのシリーズは、除霊事件に偶然巻きこまれて、そこで知り合ったゴーストスイーパーたちを元に想像を膨らませた産物。
 それこそ事件の最中にもリアルタイムで色々空想したんだけど、それを彼は『想像』や『空想』じゃなく『妄想』だと言って、私をからかうの。

「……まあ、それはともかく。
 別に私、特にこだわりの場所もないから、
 旅行プランは、福原クンに全部任せるわ」

 と言ってウインクした私に、彼は、ちょっとふざけたような口調で返す。

「はい、おまかせください」

 それが、今から三日前の出来事だった。


___________


 そして、今日。
 八時ちょうどの新幹線で、東京から旅立って。
 途中で、二度、三度、乗りかえて。
 私たち二人は、この山の近くの駅に降り立ったの。
 
「……ずいぶんと
 へんぴなところみたいだわ」
「まあ、ローカル線の終点ですからね」

 グルリと見渡しても、緑ばかり。
 まさに田舎の中の田舎。
 
「……のどかなところね」

 旅行プランは彼に一任だったから、途中の乗り換えも、彼の言うのに従っただけ。
 まるでハッキリした目的地があるかのような感じもしたけど、これは、あくまでも『ぶらり旅』。適当に進んだ結果、終点まで来ちゃっただけだった。
 だから、宿の手配も何もしていないらしい。
 普通なら、今晩の宿泊先を心配するべきなのかもしれないけれど。
 
「これじゃ……
 ネタになりそうなものも、ないかしら?」

 と、新作のアイデアのことしか頭にない私。
 そんな私に、笑顔の彼が声をかけてくる。

「大丈夫ですよ、先生。
 きっと何かありますよ。
 例えば……これなんかどうです?」

 彼が指さしているのは、駅の案内板。
 近辺の名所旧跡として記されている『蝙蝠神社』という言葉だった。


___________


 それから少しの後。

「先生……ホントに
 こっちから行くんですか?」
「そうよ!
 だって、普通に行っても
 つまんないじゃない?」

 私たちは、東側登山道の入り口に立っていた。
 蝙蝠神社(こうもりじんじゃ)というのは、この山の中腹にあるらしい。
 ただし、こちら側ではなく反対側。グルリと山を迂回して西側から上るのが順当だろうけど、それじゃ面白くない。
 だから私は、山越えルートを提案したの。

「まあ、いいでしょう。
 その方がアイデアが湧くというなら……」
「それじゃ決まりね。
 ……さあ、行きましょう!」
「ああっ、先生!
 腕を引っぱらないでくださいよ。
 ちゃんとついていきますから」

 そして二人で山道をグングン進み。
 道が分岐するたびに、

「左の道がメインのようですね」
「じゃ、右へ行きましょう」
「……え?」
「その方が面白そうでしょ!」

 ……なんてことをした結果。
 現在の状況に陥ったわけ。


___________

___________


「先生……先生?
 ボーッとしちゃって……
 お得意の妄想中ですか?
 小説に使えそうなアイデア、
 湧いてきましたか?」

 福原クンに呼びかけられて、ハッと現実に戻る私。
 反射的に、彼を叩いてしまう。

「妄想じゃなくて回想してたの!」
「似たようなもんじゃないですか……」

 つぶやきながら、彼が頭をさする。
 いつもより強く叩いちゃったかなと心配したけれど、それも一瞬。
 私の関心は、周囲の様子へと移っていた。

「……あれ?」
「今頃気付いたんですか。
 先生が考え事に没頭している間に……」

 いつのまにか、環境がガラリと変わっていたのだ。
 さっきまでは、右を見ても左を見ても、高い木々が立ち並ぶばかり。まさに森の中だった。
 でも、今では、そうした木々もなくなって。
 右手側には露出した岩肌、左手側は開けた視界。
 山の下に広がる景色――民家や田畑など――が、よく見えるようになっていた。
 それに道幅も広くなったし、一応、ここは車道みたい。
 でも、

「……状況は変わっているんですよ」

 と言う彼の表情は、決して明るくはない。
 彼は視線を上に向けている。
 つられて私も見上げると、そこにあるのは、雲に覆われた灰色の空。
 しかも。

 ポツッ……ポツッ……。

 ちょうど雨が降ってきた。


___________


 雨は、すぐにザーザー降りに変わったけれど、

「先生!
 あそこで休めそうですよ」

 彼が、すぐに雨宿りの場所を見つけてくれた。
 それは、岩肌の一部が抉られたところ。
 洞窟とか横穴というほど奥行きはないけれど、二人で身を寄せ合えば、雨を凌ぐくらいは出来そう。
 そして、そこに駆け込んでホッと一息ついたところで。

 パサッ。

「えっ」
「先生……。
 その恰好じゃ寒いでしょう?」

 ノースリーブじゃないけど、私の袖は、かなり短かい。
 心配した彼が、自分の上着を脱いで、私にかけてくれたのだ。
 
(もうっ!
 寒さを凌ぐなら、
 いっそ二人で抱き合って……)

 ヘンな妄想をしそうになったけど、ダメダメ、これはダメ。
 おタンビな空想じゃないと、私の小説には使えない。
 それに、彼を妄想のネタにするのは罪悪感がある。
 だって……私たちは、そーゆー関係じゃないんだから。

「先生……あれは何でしょう?」

 声をかけられて、ビクッとする私。
 考えていた内容が内容だっただけに、ちょっと顔を赤くしていたかもしれない。
 でも、きっと彼は気付かなかっただろう。
 彼は山麓の方向に目を向けていたし、それに、雨が降り出してから、辺りは暗くなっていたのだから。

「あら。
 なんだか知らないけど……
 雨がやんだら、行ってみましょうか」
「神社はどうするんです?」
「もちろん、そっちも行くわよ」

 彼と同じものを見ながら、そんな言葉を返す私。
 私たちの視線の先にあるのは、少し離れたところを流れている川。
 川のきわに切り立った崖があって、その崖の上に大きな建築物がある。
 暗いせいで何だかハッキリしないけど、それが、いっそう私たちの関心を煽っていた。

「雨が小降りになって
 見晴らしが回復したら
 ……実は、意外に
 つまらないものかもしれませんね。
 どうせ通り雨だろうから、
 もうすぐ……」

 という彼の言葉を嘲笑うかのように。
 雨は激しさを増し、そして。

 ピカッ!

 稲妻が光った。

「きゃあっ!」
「大丈夫ですか?」

 思わず彼に抱きついてしまう私。
 彼はシッカリ受け止めてくれたけれど、私は、その彼の表情を見逃してしまった。
 だって、私の視線は、あの崖の上の建物に向けられたままだったの。

(まるで……)

 雷で、辺りが明るくなったから。
 一瞬だけだったけれど、ハッキリ見えた。
 それは、大きな屋敷。
 円筒形の部分や尖った屋根など、どこか西洋チックな巨館。
 高さ自体はそれほどでもないけど、とにかく左右が広くて。
 人によっては、城や砦を思い浮かべるかもしれない。
 でも、私は違った。

(……翼を広げた鳥のようだわ。
 だけど可愛い小鳥でもないし、
 勇ましい猛禽でもなくて……)

 雷を背景にしたせいなんだろう。
 とても不気味な感じがして。
 私の頭に浮かんだ単語は……。
 
(……漆黒のコウモリ!)

 雷光が通り過ぎて、また細部が闇に紛れてしまっても。
 しばらく私は、その方向を見続けていた。



(第二章に続く)
   
  
 以前に『あなたの隣に霊は居る』のレス返しで書いたように、前々から、ミステリー色の強いGS二次創作をやってみたいと思っていました。他の方々の投稿作品を読むうちに、「始めるならば今かな」と思い、スタートです。ただしミステリーとしてのトリックなどは、二次創作以外で使ったもののアレンジだったり再利用だったりするので、かなり「なんちゃってミステリー」かも……。
 それでも、フェアプレーの精神で手がかりは十二分に提示していきますので、謎解きを楽しんで頂ければ幸いです。

 なお、第一章だけでは「このどこがGS二次創作?」と思われてしまうかもしれないので、とりあえず第三章までは早く投稿したいです。しかし、たくさん一度に投稿しては御迷惑かもしれないので『第三章までは一日一章のペースで投稿して、第四章以降の投稿時期は、その時点で再検討』と考えています。
 また、みずからネタバレしてしまうことを恐れて、レス返しは最終章でまとめて行う予定です。
 一人でも多くの読者が、最終章まで辿り着いてくださることを祈っています。最後まで、よろしくお願いします。



(12/10追記)
 第二章を投稿しました;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10320

 第二章以降も、よろしくお願いします。
  

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