1874

安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第六章

   
「僕たちも見ましたよ」

 その日の夕食の席にて。
 意地悪な微笑みを浮かべて、茂クンが、そう切り出した。

(なにも……ワザワザ今
 言う必要もないだろうに……)

 ただでさえ雰囲気の良くない食事が、ますます悪くなるんだろうな。
 チラッと隣を見ると、福原クンも私と同じ表情をしている。
 樹理ちゃんは、あえて無視しているかのようで。
 一方、横島さんとおキヌちゃんの顔には、軽い好奇心。
 そして、小森家の人々は。
 しずか御前がギョロリと睨んで。
 利江さんが黙って食事を続けて。

「……何をです?」

 御主人と女将さんが、茂クンに対応する。
 天気の話でもするかのような、穏やかな表情。でも、それも、答えを聞かされるまでだった。

「緋山ゆう子の亡霊です」

 ハッとする小森家の人々。
 心配そうな女将さんの肩に、御主人が優しく手を回し。

 カタンッ!

「失礼……」

 利江さんは、フォークを取り落とし。

「どこで……!?
 どんな姿で……!?」

 しずか御前が、身を乗り出す。
 茂クンが状況を説明すると、彼女は、満足そうに頷いた。

「あの部屋か……
 それは緋山ゆう子の部屋じゃ。
 しかも……その姿、
 緋山ゆう子に間違いないな」

 遠くを見つめる、しずか御前。
 方向としては……大広間の肖像画コーナーだ。
 もちろん、ここからでは見えるわけないのに。
 それでも彼女は、冷たく笑っている。
 
(もしかして……。
 壁の向こう側が見えてる気分なのかな?
 仇敵の絵をワザワザ飾っているのも、
 こうやってイチイチ確認するためかしら?)

 考えてみると、彼女が笑うのを見るのは、これが初めてだった。






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第六章 マイ・フェア・ベイビィ
            ―― My Fair Baby ――






 夕食の後。
 私は大浴場へと向かう。
 今日もたくさん歩いたけれど、食事前は時間がなくて、部屋でシャワーを浴びただけ。
 だから、これからお風呂で、ゆっくり疲れを癒すつもり。
 そう思って、女湯の暖簾をくぐると。

「あら、みら先生!」

 そこにおキヌちゃんがいた。
 でも、昨日とは違って。

「おキヌちゃんも……これから?」
「そうですよ。
 えへへ……」

 今日は入れ違いじゃなくて、一緒に入れるみたい。
 服も、これから脱ぐところだ。
 私は、ニヤッと笑う。

「じゃ……
 背中の流しっことか、
 体の洗いっことか、
 ……色々と出来るわね!」
「えっ?
 みら先生……それは
 ちょっと恥ずかしいですぅ」

 苦笑するおキヌちゃん。
 スカートのホックを外しながら、

「美神さんとも、
 そんなことしてないのに……」

 とつぶやく。
 それを私は聞き逃さなかった。

「美神さんって……
 あの時のゴーストスイーパーよね?」
「そうです。
 でも……
 みら先生の小説じゃないですから、
 あやしい関係だったりしませんよ?」

 私だって、わかっている。
 現実の美神さんは、不死身の魔女なんかじゃなくて。
 現実のおキヌちゃんは、その寵愛を受ける巫女なんかじゃなくて。
 ただのGSと、その助手。
 まあ、昼間の樹理ちゃん茂クンの話によれば、『ただの』どころか『超一流の』GSらしいけど。
 そんなことを私が考えていたら。
 おキヌちゃんが、ふと、脱衣の手を止めていた。

(やっぱり……おキヌちゃんって
 女の私から見てもキレイよね。
 それとも……これが人妻の魅力かしら?)

 まだ、スカートを脱いだだけ。
 でも、柔らかなフトモモからスラリとのびた脚は、あらわになっていて。
 その恰好のまま、何か考え込んでいるようだ。
 私の視線にも気付かず、独り言のようにつぶやく。

「美神さんと同じベッドで
 年を越したのだって一度しかないし……」

 えっ!?
 年越し同衾!?

「横島さんのお別れ会で
 酔いつぶれた後も、同じベッドで
 添い寝してくれましたけど……」

 記憶の糸を辿るおキヌちゃん。
 そんな彼女を、私は、目を丸くして見ていた。

(やっぱり……二人は
 本当に、そーゆー関係だったの!?)

 私の妄想の中で。
 二人の美女が肢体を絡め合う。
 ……だけど。

「一緒に寝たのって、
 それくらいですから。
 ……あっ、それに『寝た』って言っても
 イヤラシイ意味じゃないですから!
 ヘンな想像……しないで下さいね?」

 という声が、私を現実に引き戻した。
 いつのまにか、おキヌちゃんは、こっちを向いている。
 ちょっと顔が赤いのは、『私の想像』を想像したのだろう。

「……まあ、
 妄想されるのは慣れてますけど」

 そう小さくつぶやいて。
 再び、服を脱ぎ始めるおキヌちゃん。
 彼女は、ブラウスのボタンに指をかけていた。


___________


「ところで……みら先生って
 お風呂の中でも
 眼鏡かけたままなんですね」

 私たちは今、裸のお付き合い。
 湯船の中で、二人で並んで。
 たわいない話をしている。

「うん」

 すぐに湯気で曇っちゃうけど、それは拭けばいいし。
 眼鏡がなくて視界がぼやけるよりは、こっちの方がいい。

「そんなに目が悪いんですか?」
「そうじゃないけど。
 ……いつ頃からかな?」

 眼鏡着用で入浴するようになった時期。
 考えてみると、この眼鏡を使い始めた頃だ。

「あ!
 みら先生、もしかして……」

 私の説明を聞いて、ニヤニヤし始めるおキヌちゃん。
 
「……その眼鏡、
 大切な人からの贈り物なんでしょう?」
「いっ!?」
「うふふ。
 その慌てぶり……
 図星なんですね!?」

 違うのに〜〜。
 これは福原クンから貰った物なのに〜〜。

「ほら、やっぱり!」

 そう言って。
 おキヌちゃんは、満足そうに微笑んだ。


___________


 パシャッ。

「きゃっ!?」

 おキヌちゃんの空想に水を差すかのように。
 私は、お風呂のお湯をすくって、彼女にかけていた。

「もうっ。
 私と福原クンは、
 そーゆー関係じゃないのに……」

 彼と私は、たしかに仲良しだと思う。
 でも、二人の間に甘い空気は全く存在していないの。

「みら先生、それって……。
 まさか福原さんって、
 女の人に興味がなくて、
 男が好きだとか!?」

 おキヌちゃん、それは想像が飛躍しすぎ。
 福原クンは、性的にはノーマルなはず。
 大学時代にはカノジョがいたこともあったそうだし。
 
「……それじゃ、みら先生。
 まだチャンスあるじゃないですか!」

 違うんだなあ、それが。
 むしろ、逆。
 過去に女のコと付き合ったことがあるからこそ、もう女のコと付き合いたくないらしい。
 福原クンは、もう恋愛はコリゴリって言ってた。
 相手云々じゃなくて、恋愛をしている時の、自分自身を嫌いなんだとか。

「……って、おキヌちゃん!
 『まだチャンスある』って、どーゆー意味!?」
「『どーゆー意味』って。
 それは、もちろん……。
 ……きゃっ!?」

 つっこむべきポイントに気付いた私は、再び、おキヌちゃんにお湯をかけた。


___________


 しばらく二人でパシャパシャ遊んだ後。

「だけど……いい雰囲気に見えるんだけどなあ」

 と、おキヌちゃん。
 独り言のような口調だけれど、私に聞こえるのはわかっているはず。

「まるで……昔の私と横島さんみたい」
「え?」

 おキヌちゃんは、私の方を向いて。

「友達以上恋人未満……。
 私と横島さんも、そんな感じでした。
 一晩二人で同じコタツで過ごしても、
 なーんにも起こらなかったくらい」

 昔の思い出を語るおキヌちゃん。
 恋人になるより前のエピソードだけど、それでも幸せそうだ。
 彼女の話を聞きながら。

(やっぱり……違う……)

 私は、福原クンのことを考える……。


___________


 彼は、とっても聞き上手。
 つまらない話でも、楽しそうに聞いてくれる。
 だから、話をしている時は、私も幸せ。
 だけど、その後で。
 心の中に、ビル風が吹く。

(一方通行だな……)

 今の大学のことも、高校時代のことも、小さい頃のことも。
 私は、なんでもしゃべってしまう。
 でも彼は、自分のことを語らない。
 大学時代の恋愛のことも、『だから独り身を貫きたい』と宣言するために、語ってくれただけ。
 子供時代のエピソードとして、フクシューというあだ名だったこと――『ふくはらしゅうすけ』という名前に加えて、小学校の先生から「授業の復習を頑張ってる」と褒められたのがキッカケらしい――も教えてくれたけど。
 そんな小さな話が印象に残ったのは、逆に言えば、話の数が少なかった証。

(……なんだか、壁を感じちゃうのよね)

 男と女は、別々の生き物。
 だから壁があるのも仕方がない。
 そう自分を納得させてきたんだけど。


___________


「……でね。
 そのとき、横島さんは……」

 おキヌちゃんの話は続いている。
 それを聞いていると、よくわかる。
 おキヌちゃんたち二人の間には、私が想定していたような『性別の壁』は全くなかった。

(これが……ホントの『仲良し』なのね)
 
 しかも、しゃべっている彼女自身は気付いてないけれど。
 ところどころに、恋愛に発展しそうなポイントが出てきていた。
 恋愛経験のない私でも気付いちゃうくらい。
 そして、それがわかるからこそ。
 
「うわあ!
 おキヌちゃんの話、
 聞いてるだけで幸せになってきちゃう」
「えへへ……」
「でも『ごちそうさま』なんて言わないわよ。
 だって女のコだもん、
 甘いものなら、いくらでもいけちゃうから!」

 私は、自分自身のことを頭から追い出して。
 おキヌちゃんの話題へと、完全にシフトさせた。


___________


「……で。
 美神さんもシロちゃんもタマモちゃんも、
 私たちが付き合い始めたのを
 知ってて知らないフリしてくれて……」

 おキヌちゃんの話には、『美神さん』の他にも、私の知らない名前が出てきた。
 シロ。犬みたいな名前だと思ったら、まさにそのとおり。人狼の少女なんだって。
 タマモ。伝説の玉藻前と関係あるのかと思ったら、まさにそのとおり。九尾の狐なんだって。

「……そのまま
 続くかと思ったんですけど。
 二年くらい前に……
 私の結婚が決まった頃から、
 少しずつ空気も変わっちゃいました」

 おキヌちゃんが語るエピソードは、断片的だったけれど。
 つなぎ合わせれば、一つの事実が明らかとなった。
 それは、横島さん――おキヌちゃんの旦那さま――が結構モテていたということ。
 どうやら美神さんまで、横島さんに気があったようだ。
 ただし、横島さん本人は知らなかったのだとか。

(それじゃ……やっぱり
 三人の関係も……悪化!?)

 と、私が心配したとおり。

「美神さんの事務所からも
 独立することになって……」

 一家のあるじが、いつまでも丁稚奉公じゃダメ。
 これを機に、自分たちの事務所を構えたらどうか。
 美神さんの方から、そう提案してきたのだそうだ。
 しかも、結婚の祝儀ということで、独立の事務手続きだけでなく経済的にも助けてくれたらしい。
 
「でも、本当に単なる『お祝い』だったのどうか。
 美神さんの本心は、誰にもわかりません。
 ……素直じゃないとこ、ありますから。
 美神さん自身も、
 自分の気持ち、わからなかったかも……」

 おキヌちゃんの言葉が、尻すぼみになっていく。

「それじゃおキヌちゃんたち、
 もう美神さんのところにいないの?」
「ええ。
 横島さんと二人で、
 小さな除霊事務所を構えています」

 好きな人と結婚して。
 二人で新しい除霊事務所を作って。
 順風満帆な人生のように聞こえるけれど。
 おキヌちゃんの笑顔は、どこか悲しげだった。


___________


 結婚というのは、人生の一大転機だ。
 結婚がキッカケで周囲の友人関係が変わることだって有り得る。
 ましてや、おキヌちゃんのような環境ならば、なおさらだろう。
 それくらい、彼女にだってわかっていたはず。
 
「ねえ……おキヌちゃん」

 少しの沈黙の後。
 私は、ワザと無邪気な口調で質問する。

「プロポーズの言葉って、
 どんな感じだった?
 ……ごめん、さすがに
 これを聞いちゃうのは
 プライベート過ぎるかな?」

 おキヌちゃんは、首をゆっくりと横に振った。

「プロポーズの言葉なんてありません。
 私たち……できちゃった結婚なんです」

 ああ、そうか。
 納得してしまう私。
 若くして結婚したのには、それ相応の理由があったわけだ。

「……真剣なお付き合いでしたから、
 そんなことがなくても、いずれは
 結婚していたと思います。
 でも、もしも私が妊娠したりしなければ、
 今頃まだ、普通の恋人関係だったでしょうね」
「うわー、そーなんだあ。
 おキヌちゃんの子供なら、
 きっと可愛いんだろうな!
 ……女のコ?
 それとも男のコ?」

 私は、明るい作り笑顔で尋ねたんだけど。
 おキヌちゃんは、再び首を横に振ったの。

「女のコ……が、生まれるはずでした」

 それは、全く予想していなかった言葉。
 
「私たち、子供ができたから
 結婚したんですけど……。
 でも、その子供は生まれてこなかったんです」



(第七章に続く)
   
   
 昨日の第五章に続いて、今日は第六章の投稿です。
 途中から読み始めた方々や途中を省略した方々もおられるでしょうが、最初から続けて読んで頂けたら嬉しいです。
 前章までは、こちらです;

 第一章 雷光の彼方に  ―― Over the Lightning ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10319

 第二章 美女と蝙蝠  ―― Beauty and the Bat ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10320

 第三章 出会いの宵  ―― Some Encountered Evening ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10322

 第四章 小森旅館の怪人  ―― The Phantom of the Inn ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10324

 第五章 イン・ザ・ルーム  ―― In the Room ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10325


 既に原稿は第十章まで一応用意してあるのですが、第四章投稿前に小休止したのと同様、ここで、少し間を置こうと思っています。
 一日か二日くらい空けてから投稿再開しますので、第七章以降も、よろしくお願いします。  




(12/18追記)
 第七章を投稿しました;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10327

 第七章以降も、よろしくお願いします。
   

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]