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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第五章

  
「ここですね、先生」
「……あら、小さいのね」

 一夜明けて。
 昨夕の雷雨が嘘のような快晴の下。
 私たちは、蝙蝠神社に来ていた。
 ただし、福原クンと二人きりではなくて。

「なーんだ、中には入れないんだ」
「そりゃあそうだろ、樹理」

 樹理ちゃんと茂クンも一緒。
 私たち四人は、薮韮さんが運転する車で大鳥居の前まで送ってもらって、そこから歩いて、ここに辿り着いていたの。

「……どうしたんですか、先生?」
「なんでもないわ、福原クン。
 ただ……」

 私たちは、今、本殿の前に立っている。

「……ここが『伝説』の舞台なのよね?」

 この辺りに伝わる、白こうもり様の伝説(第二章参照)。
 それは昨日ワゴン車の中で樹理ちゃんに教えてもらったし、しずか御前のスピーチ録音にも同じ話が含まれていた。
 さらに、この神社の境内にも、同じ伝承を記した案内板があった。

「そうそう!
 神様のフリした悪い緋蝙蝠を……」
「村の若者が討伐して、
 幼なじみを救い出す!」
「そして二人は結ばれる……」
「……愛と冒険の物語!」

 樹理ちゃんと茂クンがキャッキャと騒いでいるが、私は、あまり聞いていなかった。
 二人とは違う視点で、私は私なりの想像をしていたから。

(最後の女のコは助かったとしても……
 他のコたちは、食べられちゃったのよね)

 あの伝説が事実だとすると。
 目の前の、この建物の中で。
 多くの娘たちの純潔と命とが、散らされたことになるのだ。

(……うげっ。
 全然おタンビじゃないわね)

 たぶん苦い表情をしていたんだろうな。
 福原クンが、私の肩をポンと叩く。

「さ、行きましょう、先生。
 小説のネタにならない妄想なんて
 百害あって一利なしですからね」






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第五章 イン・ザ・ルーム
            ―― In the Room ――






「安奈先生は、
 横島さんたちとも知り合いなんですよね?」
「そうそう!
 みら先生から、その話も聞きたかったのよ!」

 神社からの帰り道。
 茂クンと樹理ちゃんが、新しい話題を振ってきた。
 
「……うん」

 行きは車だったけど、帰りは徒歩。
 ちょっと距離はあるけれど、午後のピクニックだと思えば大丈夫。
 話をする時間もタップリある。
 おキヌちゃんと知り合った一件、少し詳しく語ってもいいかなと考えたんだけど。

「先生。
 小説のネタもとですから……
 あまり説明しない方がいいですよ?
 そういう点を曖昧にしておくのも、
 『作家』としては大切ですから」

 二人とは反対側から、福原クンが耳打ちしてくる。
 軽く頷く私。

「おキヌちゃんたち、
 仕事の途中で道に迷ったらしくて。
 私が使ってる貸別荘に
 立ち寄ったことがあったの」

 と、出会いの場面にポイントを絞って、それで終わらせた。
 
「そっか……いいなあ。
 有名人は有名人と
 偶然知り合っちゃうんだなあ」

 羨ましそうな樹理ちゃん。
 でも、そのセリフは、私には不思議だった。

「え?
 ……有名人?」
「あれ、安奈先生、知らなかったんですか?
 横島さんたちって、
 あの有名な『美神除霊事務所』のメンバーですよ!」

 茂クンが、興奮気味に語り出す。
 日本が誇るゴーストスイーパー、美神令子。
 伝説の魔物とも何度も渡り合ってきたと言われる彼女であるが、実際には、彼女一人で戦ってきたわけではない。有能な助手二人と共に、三人組で活躍してきたのだ。

「……後に事務所メンバーも増えて、
 全部で五人で戦うようになりました。
 一説によると、
 最近のテレビの特撮番組でも
 GSの活躍を参考にしているそうで。
 集団ヒーローが三人組から始まって、
 途中から二人増えて五人になるというのも、
 美神除霊事務所をモデルにしているとか……。
 それにリーダーのシンボルカラーが赤なのも、
 美神令子さんの赤毛が由来で……」
「はいはい。
 それは茂クンの勝手な考察でしょ。
 『一説によると』なんて言い方、ずるいわよ」

 茂クンの熱弁に割って入る樹理ちゃん。
 彼は、少しトーンを落として。

「ま、でも。
 彼らが凄い面々だというのは、
 オカルト好きには有名な話ですよ?
 ……あのアシュタロスの事件でも、
 一番大きな貢献をしたって噂ですから」

 と、続けた。
 今度は、樹理ちゃんも否定しない。
 
(知らなかった……)

 私は、ちょっとビックリ。
 そりゃあ、私も、彼らを小説のモデルにしたけれど。
 でも、そこまで超一流だとは思わなかったのだ。
 なにしろ、彼らの除霊って少年ギャグ漫画みたいなやり方だったし。

「……へえ」

 隣で、福原クンも驚いている。
 きっと『アシュタロスの事件』という言葉が、インパクトあったのだろう。
 悪魔が核原潜をジャックして、世界中に脅しをかけたという事件。
 一人の人間を連れて来いという要求だったそうだけど、情報規制だかプライバシー保護だかで、ニュースでは名前のところが『ピーッ』になっていたっけ。

「せっかくの機会だから、
 色々お話したいんですが……」
「食事の席では、
 それも無理っぽいし。
 今日は今日で、
 二人で出かけちゃったし」

 二人揃って、溜め息をつく茂クンと樹理ちゃん。
 
(そうね……。
 私もおキヌちゃんには
 いっぱい聞きたいことがあるな)

 と、私が考えていると。

「特に、ここには
 緋山ゆう子の亡霊の噂もあるから。
 ぜひぜひ専門家の意見を聞いてみたい!」
「……そうか。
 まだ樹理は諦めていないのか」
「当然!
 だって、茂クンも
 昨日の話は聞いたでしょ?
 GSが『霊はいない』って保証してるって。
 ……これこそ、冤罪の一例なんだわ!」
「いやいや、樹理。
 それは……」

 二人が、何やら口論を始めた。
 蝙蝠屋敷に亡霊が出るという話(第四章参照)、それに関して意見が一致していないらしい。
 ちょっと心惹かれて、私は仲裁に入る。

「……樹理ちゃんは、
 緋山ゆう子の一件、信じてないの?
 樹理ちゃんと茂クンはオカルト好きだから、
 こういうの信じるタイプだと思ってたんだけど……」

 樹理ちゃんが、ブルンブルンと首を振る。

「……たしかに二人とも
 超常現象は好きだわ。
 でも……好きだからこそ、
 茂クンは信じていて、
 私は信じていないの」


___________


「この世の中には、
 幽霊や妖怪が存在する。
 ……それを疑う人は
 現代にはいないだろうし、
 私も、そこに疑問は感じてないわ」

 今度は、樹理ちゃんが熱く語る番だった。

「そして幽霊や妖怪が
 人間に悪さをすることも知ってる。
 だからGSなんて人々がいることも理解している。
 でも……」

 彼女の表情が、少し厳しくなる。

「いわゆる『霊障』と呼ばれる事件の中に、
 本当は『霊障』じゃないものも、
 含まれてるんじゃないか。
 ……私は、そう思うの!」

 なるほど。
 それで樹理ちゃんは『冤罪』という言葉を使ったわけか。

(トリックね……)

 私も作家だから、昔の探偵小説とか外国の推理小説とかも、けっこう読んでる。
 悪霊や魔物が犯人だと思える状況――普通の人間には不可能な犯罪――だが『実は犯人は普通の人間でした』というのは、よくあるパターンだ。
 そういう小説では、犯人が、ややこしいトリックを駆使している。
 『なんでワザワザそんなトリックを使うんだ』とか、『悪霊や魔物がやったと考える方が素直だ』とか、そういうツッコミを入れてはいけない御約束で成り立つ小説だ。

(……それが実際にも起こってる。
 樹理ちゃんは、そう思ってるのね)

 一応、推理小説では、現実でも遂行可能なトリックが描かれている。
 だから、現実の『霊障』の中に、そうしたトリックで作られた『偽の霊障』があるというのは、可能性としては否定できないのだ。

「ちょっと説明つかないからって
 何でも『霊障』扱いしちゃうのって……。
 私は許せないわ、そんなの濡れ衣よ!
 幽霊や妖怪は
 悪いひとばかりじゃなくて、
 悪魔にだって友情はあると思うの」

 はいはい。
 樹理ちゃんの主張は、よーくわかりました。
 でも、何かスイッチが入ってしまったようで。
 彼女は、彼女なりの『オカルトへの愛』を延々語っている。
 その隣で。

「こうなったら樹理は、
 しばらく止まりませんから」

 肩をすくめた茂クンが、ポツリとつぶやいていた。


___________


「……だからね。
 私は、この謎を解いてみせようと思うの!」

 小森旅館が見えてきた辺りで。
 樹理ちゃんの無限ループは、ようやく終わりとなった。

「『謎』……か」

 ああっ、福原クン!
 せっかく彼女が話をまとめたのだから、刺激するようなことを言ってはダメ!
 そう思ったけれど、少し遅かったみたい。

「そうよ!
 だって……蝙蝠屋敷には
 悪霊なんていないとGSは報告してる。
 でも、それらしき存在が目撃されてる。
 ……これは大きな謎でしょう!?」

 しゃべり疲れた素振りも見せず。
 樹理ちゃんの独壇場が再開した。

「私が思うに……。
 実は緋山ゆう子は、
 逃げてなんていなかったのよ」


___________


 緋山ゆう子は逃亡したのではなく、蝙蝠屋敷に隠れ住んでいるのかもしれない。
 その考え方は、昨日の『緋山ゆう子亡霊伝説』の中でも既出。
 特に目新しいわけではない。
 しかも、大掛かりな捜索でも痕跡なしということで、否定もされているのだ。

「でもね。
 それは、家捜ししたのが
 遅かったからだと思うの」

 樹理ちゃんの新説によれば。
 蝙蝠屋敷には隠し部屋があって、事件の後、緋山ゆう子はそこに隠れていた。
 しかし、食料の調達とか気分転換とかで、時々、外に出ることもあったのだろう。
 その姿を、村の人々や屋敷の人々に見られたのだ。
 
「……えーっと。
 それって……どこが新説?」

 ついツッコミを入れてしまう私。
 そんな私に向かって、彼女はチッチッチと指を振る。

「ポイントは、ここからよ。
 ……彼女は最初は屋敷にいたけど、
 家捜しの前に逃げ出したのよ!」

 うーん。
 それは強引な推理だと思う。
 樹理ちゃんの考えならば、『大掛かりな捜索でも痕跡なし』という部分は説明できるけれど、肝心の部分がスルーされてる。
 指摘しようかどうか迷ったけど。
 福原クンも同じ疑問を抱いたようで。

「だけど……。
 その後も彼女の姿は
 目撃されているはず……」

 うんうん、そこなのだ。
 結局、いつまでも目撃されているからこそ――しかも若い姿のままだからこそ――、緋山ゆう子は魔物扱いされているわけで。
 でも樹理ちゃんは、再びチッチッチと指を振る。

「それは単純な『思い込み』よ。
 彼女がいると思うから、
 別のものでも見間違えてしまうの。
 ……『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってね」


___________


「いつも緋山ゆう子の亡霊は、
 赤いチャイナドレス姿なわけでしょ?
 なんか幽霊っぽくない服装だと思ったけど、
 この『赤い』って点が重要だったのよ」

 ニヤッと笑う樹理ちゃん。
 彼女は、前方を指さす。

「……ほら!」

 この時、既に私たちは門をくぐり抜け、小森旅館の敷地内に入っていた。
 だから前を向けば、見えてくるのは旅館の建物。
 蝙蝠屋敷とも呼ばれるそれは、夕陽の赤に彩られていて。

「ああ……なるほど」
「そ。
 そういうこと!」

 私のつぶやきに、樹理ちゃんが嬉しそうに反応する。
 一方、わからないといった表情を見せる男たち二人。

「かつての自室に出るという緋山ゆう子。
 それって実際は……
 部屋の中の家具か何かが、
 沈む夕陽に照らされて赤く見えただけ。
 ……樹理ちゃんは、そう言いたいのね?」

 私の補足に、彼女が頷く。
 赤く染まった窓ガラス越しだから、いつもは赤くない物が赤く見えてしまって。
 それを『緋山ゆう子のチャイナドレス』だと思ってしまったのだろう。
 でも。

「いや、先生。
 そんな単純な話じゃなさそうですよ」

 実は、口にした私自身、少しシックリ来ない感じがしていた樹理ちゃん説。
 それを、福原クンが否定する。
 彼は、屋敷の四階を指し示したのだ。

(……えっ!?)

 心の中だけで、大きく叫んでしまう私。
 『ビックリして声も出ない』という言葉があるけど、本当なのね。
 今、私の視線の先にあるのは、四階の一室。
 私や福原クンの部屋の真上じゃなくて、もっと中央寄り。
 円筒形に突出した部分にある部屋。
 他の部屋ほど赤らんでいないガラス窓越しに。
 赤いチャイナドレスの人影があった。

(まさしく……あの肖像画の人!)

 最初は、窓の近くに立っていて。
 それから、クルッと背中を向けて、部屋の奥へと消えていく。
 細かいところまで見える距離ではなかったけれど。
 体つきも身のこなしも、老人のものとは思えなくて。

「あれが……緋山ゆう子なのですね」

 囁くような福原クンの声に、私は、無言で頷くのだった。



(第六章に続く)
   
  
 昨日の第四章に続いて、今日は第五章の投稿です。
 この第五章から読み始めた方々もおられるでしょうが、最初から読んで頂けたら嬉しいです。
 第一章は、こちらです;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10319


 第六章以降も、よろしくお願いします。 




(12/16追記)
 第六章を投稿しました;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10326

 第六章以降も、よろしくお願いします。 
  
 

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