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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第九章

「……それはあなたです、みら先生!」

 迷探偵の樹理ちゃん、今度は、私を犯人扱い。
 『スペアキー説』をサクッと却下されたばかりなのに、それでも彼女は、めげていないみたい。

「さっきの『別の鍵』って話、あれは忘れてね」

 と前置きしてから。
 彼女は、新しい推理を語り始める。

「207号室をロックしたのは、
 一階にあった合鍵ではない。
 ……ということは、
 犯人が使ったのは利江さんの鍵、
 つまり207号室の机に入ってた鍵よ!」

 ん?
 室内にあった鍵を犯人が使った?
 ……どういう意味だろう?
 もしかして、犯人が鍵をかけたのは『外から』ではなく『中から』だと言いたいのだろうか。
 犯人がドアの陰に隠れていて、私たちが入室したドサクサに紛れてコッソリ出て行ったという考えだろうか。
 しかし漫画や小説じゃあるまいし、いくらなんでも、それは私たちが気付くだろう。
 私も薮韮さんも、ゆっくりと207号室へ入っていったのだ(第七章参照)。そっちを見てなかったとしても、気配でわかるはず。

「……だから、
 その考えも成り立たないわ」
「違うの、みら先生。
 私が考えているのは、
 そんなトリックじゃないのよ。
 ……そもそも
 私が『犯人』だと思ってるのは
 みら先生、あなたですから!」

 樹理ちゃん曰く。
 犯人が『外から』鍵をかけたのに、その鍵が『室内で』発見されたということは。
 それは、犯行の後で犯人が鍵を室内へ持ち込んだことを意味しているのだ。
 そして、そんなことが出来る人物は、ただ一人。

「……あ!」

 私は、樹理ちゃんの言わんとする内容が、ようやく理解できた。
 鍵のかかっていた密室も、死体発見の際には開けられたのだから。
 その時ならば、犯人が使った鍵を机にしまうことも可能なのだ。 
 ただし、それが出来るのは、部屋が開けられてから鍵が確認されるまでの、限られた時間。
 その間、部屋に入った人物は四人。
 最初に薮韮さんと私、続いて福原クンと御主人さん。
 ただし、薮韮さんがいた時には、私がいて。
 福原クンの時は、私と御主人さん。
 御主人さんの時は、私と福原クン。
 だから、彼ら三人は除外だ。彼ら三人は、引き出しにコッソリ鍵を入れておくなんて無理。
 部屋で一人きりだった時間があるのは、私だけ。つまり、そんな小細工をすることが出来たのは私だけなのだ!

「よーし、わかった!」

 ポンと手を叩く若田警部。
 若田警部も、樹理ちゃんの考えを飲み込めたらしい。

「安奈みらさん。
 犯人は、あなたですな?
 小説のアイデアに困ったあなたは、
 ネタ作りのために、自ら殺人事件を……」

 彼は、まるで自分が解き明かしたかのように語り出す。
 色々ツッコミたいところはあったけれど。
 私より先に、福原クンが立ち上がってくれたの。
 
「失礼なことを言うな!
 先生はそんなことしません!」

 でも。

「ネタ作りなんて……。
 実際に手を下さずとも、
 先生ならば、妄想するだけで十分なのです。
 なにしろ、先生の妄想力は世界一……」

 福原クンの反論は、微妙にポイントがずれていて。

「おいおい。
 世界一の妄想力って……。
 そいつは聞き捨てならねーな。
 ……どの程度か知らんが
 どうせ日本じゃ二番目だぜ」
「なんだと!?
 それじゃ日本一は誰だ!?」

 横島さんが、変なポーズで茶々を入れ始めて。
 福原クンが、そのノリに応じてしまって。

「横島さん!
 まぜかえっすのはやめてください。
 場を和まそうとしてるんでしょうけど、
 そんな場合じゃないですから……」
「福原クン!
 そんな世界一とか日本一とか、
 私は争うつもりないから!
 ……それに、
 『妄想力って言うな』って言ったでしょ!?」

 おキヌちゃんと私とで、男二人に文句を言う。
 そんなてんやわんやの間に。

(あれ?
 さっきの『よーしわかった』では
 おキヌちゃんは手錠をかけられたのに……)

 私は、それに気が付いた。
 いつのまにかおキヌちゃんの手錠は外されていて。
 でも、その手錠が私に向けられる気配はなかったのだ。
 ふと見ると、刑事さんの一人が、若田警部に耳打ちしている。
 そして。

「……コホン。
 どうやら問題の鍵は、
 犯人には使われていないようですな」

 わざとらしく咳払いしながら。
 若田警部が、そう宣言した。






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第九章 彼女の言い分
            ―― Her Reasons ――






「引き出しにあった鍵には、
 一人の指紋しか付着していない。
 しかも、それは被害者のものと
 ちゃんと一致しましたからな」

 証拠について語り出す若田警部。
 おそらく、たった今、部下に教えられた情報なのだろう。
 それを私たち――宿泊客及び屋敷の人々――に告げてしまうなんて。
 
(この若田警部って人……。
 凄腕の名警部か、間抜けなダメ警部か、
 ……どっちかの両極端だわ!)

 探偵小説では、名探偵が容疑者に色々と話をさせて、その時の態度から、謎を解く場合がある。容疑者のキャラクターを深く理解することで、物的証拠とは別の意味での手がかりを得るのだ。
 しかし、一方。探偵小説には、名探偵に情報提供するだけという、無能な警察官も出てくる。その場合、謎を解くのは名探偵で、警察は、その推理に従って犯人を逮捕するだけの役割だ。
 はたして、若田警部はどちらのタイプなのか。
 そんな想像を私が楽しんでいる間に、

「……そりゃあ、そうでしょ。
 犯人が素手で鍵に触るわけないじゃない。
 手袋をしていたか、あるいは、
 ハンカチか何かで包んで……」
「違いますな。
 残された指紋は、とても鮮明でした。
 もしもあなたの言うとおりなら、
 指紋は少しぼやけるはずですからな。
 それなりの痕跡が残るはずです」

 樹理ちゃんと若田警部が、鍵に関しての議論を続けていた。
 どうやら、これで『私犯人説』も消えたようだ。
 樹理ちゃんをあしらった後、若田警部は、おキヌちゃんの方へ向き直った。

「……というわけで、あらためて」
 
 まるで時間を少し巻き戻したかのように、宣言する。

「横島キヌさん。
 犯人は、あなたですな?
 その笛で……」
「……ちょっと待って!」

 警部の部下が再び彼女へ歩み寄るのを、私は慌てて制止。

「おキヌちゃんは犯人じゃないわ!
 だって……」

 おキヌちゃん犯人説、それを否定する根拠(第八章参照)を。
 私は、語り始めた。


___________


「……なるほど。
 では、横島キヌさんには
 一応のアリバイがあるわけですな」

 ここで若田警部は、新たな情報を提示する。 
 それは、死亡推定時刻。
 正確なタイミングを断言することは出来ないとしても、発見された時点で、殺されてから三十分以上一時間以内くらいだそうだ。

(『一応のアリバイ』……か)

 私とおキヌちゃんがお風呂で一緒だった時間は、計ったわけじゃないけど、一時間以上だと思う。
 おキヌちゃんと別れて私が207号室に着くまでの時間は、せいぜい数分。
 だから、私たちが別れた頃に、既に利江さんは死んでいたことになる。
 つまり、利江さんが殺されたと思われる時間帯には、おキヌちゃんは、私と一緒だったのだ。

(やっぱり……おキヌちゃんには無理ね)

 と、私が頭の中のまとめたタイミングで。

「え!?
 みら先生たちが部屋に入ったのって、
 殺された直後じゃなかったの!?」

 樹理ちゃんが、叫び声を上げていた。


___________


 どうやら、樹理ちゃんの頭の中に。
 また新しい推理が生まれていたらしい。
 それは『207号室は鍵のかかった部屋なんかではない』という可能性。

「みら先生が鍵の確認をしたのは、
 合鍵を取りに行く前だけでしょ。
 だから……」

 207号室がロックされているのを私が確かめたのは、一度だけだ。合鍵をもらって戻った後、あらためてチェックしたわけではなかった(第七章参照)。
 そしてドアの鍵を開ける際、薮韮さんは、鍵を両方向に――解錠とロックの両方に――回している(第七章参照)。動揺しているせいだと思ったのだが……。

(あれは演技だった……って考えね)

 密室だと思わせて、実は鍵がかかっていなかった。
 これも、小説でよく使われる有名なトリックだ。今回は、私が一度チェックしているので、よけいに騙されてしまったのだ。

「みら先生が合鍵部屋へ行っている間。
 実は熟睡しているだけだった利江さんが、
 ようやく目を覚まして中からドアを開ける。
 そこで薮韮さんが部屋に入って、利江さんを殺害。
 何食わぬ顔で廊下に戻って、
 まだ部屋に入れないフリを続ける。
 ……って考えてみたんだけど。
 死亡推定時刻で、この推理も崩れちゃった」

 なるほど。
 トリックとしては面白かったが、さきほど聞いた死亡推定時刻と照らし合わせると。
 鍵がかかっていることを私が確認した時点で、利江さんは既に死んでいたのだから。
 これも、実際には無理な話。
 でも。

「ちょっと待って!?」

 今度の叫び声は、私。

「今の樹理ちゃんの説……。
 完全には否定できないんじゃないかしら?」


___________


 樹理ちゃんの『薮韮さん犯人説』でネックとなるのは、中からドアを開けた人物。
 それを被害者である利江さん自身だと想定したから、崩壊したのであって。

「外からロックするなら鍵が必要だけど、
 中から開けるなら鍵はいらないでしょ。
 だから、利江さんが開けたんじゃなくて……。
 もっとストレートに、
 犯人が潜んでいたと考えればいいじゃない」

 つまり。
 薮韮さんは犯人ではなく、共犯者なのだ。
 実際の犯人は、私がドアをガチャガチャ試した時点では、まだ室内にいて。
 私が合鍵部屋へ向かった後、中からドアを開けて逃げ出す。
 これでドアは解錠されてしまったけれど、私は、戻った後チェックしなかったから。
 薮韮さんが『鍵がかかっている』フリをすれば、密室殺人の出来上がり。

「……というわけよ!」

 やったあ!
 さっきまでは樹理ちゃんが探偵役っぽかったけど。
 私は単なる記録係っぽかったけど。
 私が謎を解いちゃった!!
 でも。

「……違いますな」

 私の興奮に水を差したのは、若田警部。

「安奈みらさん。
 どうやらあなたは、
 現場のドアを
 よく見てなかったようですな」
「……へ?」

 キョトンとしている私に、御主人さんが説明を足す。

「安奈さん、
 うちは古い屋敷なので、
 そんなに便利な造りじゃないんです。
 三階の部屋は、旅館の客室として
 少し改装しましたが……」

 207号室のように、今まで使われていなかった部屋は、建築当時のまま。
 その場合、何が不便かと言うと。
 
「あの部屋のドアは、
 外からだけじゃなくて、
 内側から解錠する際にも
 鍵が必要なのです」

 つまり。
 もしも殺人犯人が中にいたとしても。
 もしも殺人犯人が中から開けたとしても。
 その際に、鍵を使う必要が出てくるのだ。
 そして、これまで散々議論したように。
 207号室の鍵は、室内の引き出しに入っていた。しかも、殺された利江さん以外が使った形跡はなかったのだ。
 
(……ということは)

 これで『薮韮さん共犯説』もダメになってしまった。
 いや、単にまた一つ説が終わったというだけではない。
 重要な情報が、新たに提示されたのだ。
 内側からドアの錠を開け閉めするにも鍵が必要だということで。
 この不可能犯罪の『不可能』度は、ますます上がってしまうのだ。
 
(普通は……部屋の中からなら
 鍵を使わなくていいから、
 だから中から細工をすることも
 考えられるけど……)

 鍵のかかった部屋。
 鍵を必要とする部屋。
 二つしかない鍵の一つは、室内に入っていて、被害者以外は使った形跡がない。
 残りの一つは、ずっと合鍵部屋にあって……。


___________


(……ん?
 合鍵部屋にあった鍵って、
 本当に『207号室の合鍵』だったのかしら!?)

 突然閃いた新しい考え!
 実は、合鍵部屋に保管されていたのは、全く別の鍵で。
 私が届けたのは、『偽の合鍵』で。
 本当の『207号室の合鍵』は、犯人が使って、まだ持っていた。
 でも、もちろん、私たちが207号室に入る際に使われたのは、本物である。だって207号室を開けることが出来たのだから。
 つまり。
 この推理でいくと、犯人は薮韮さんだ。
 私から『偽の合鍵』を受け取った薮韮さんは、その場で本物の『207号室の合鍵』とすり替えて……。

(いやいや。
 この説も……やっぱりダメだわ)

 私は、自らの推理を自ら否定する。
 だって私は、あの時、ちゃんと見ていたのだ。
 ドアを開けるのに薮韮さんが手間取ったのも、よーく観察していたくらいである(第七章参照)。
 あの状況では、私の目の前で彼が鍵を交換することなど、不可能だった。

「どうやら……先生には
 探偵役は無理なようですね」

 考え込んでいた私は、落胆しているように見えたのだろう。
 福原クンが、慰めの言葉をかけてくれた。
 言葉そのものは優しくなかったけれど。
 私の肩におかれた手には、温もりがこもっていた。


___________


「では、みなさん」

 全員を見回しながら。
 若田警部が、あらためて場を仕切る。

「ここで……
 問題の時間帯に
 皆さんが何をしていたか、
 教えて頂きたいものですな」

 やはり、全員が容疑者らしい。
 しかも、個別の尋問をする気はないらしい。
 
「まずは……」

 若田警部に促されて、皆がアリバイの有無を語っていく。
 最初に、しずか御前。部屋で一人だったと証言。アリバイなし。
 御主人さんと女将さん、それに使用人の四人も、それぞれ各自で働いていたそうだ。
 お互いに何度か顔を合わせることはあっても、問題の時間ずっと一緒だった者はおらず、これもアリバイにはならない。

「あの……大丈夫でしょうか」

 アリバイがないことを一番心配していたのは、料理人の山尾さん。
 犯行に使われた凶器が、厨房から盗まれた料理用ナイフだったことも重なって。
 疑われるんじゃないかと、ビクビクしていたようだ。
 薮韮さん――樹理ちゃんや私から犯人扱いされても平然としていた薮韮さん――とは、何とも対照的。

「……アリバイがないくらいで
 犯人だと決めつけたりはしませんよ。
 それではキリがないですからな」
「よかった……」

 若田警部に保証され、胸を撫で下ろす山尾さん。
 
(だけど……この警部さん、
 『よーしわかった』を連発したからなあ。
 『犯人だと決めつけない』って言われても
 あんまり信用できない気が……)

 と私が考えている間に。
 今度は、宿泊客のターンとなった。
 まず私とおキヌちゃんは、お風呂で出会ったおかげで、一応、アリバイあり。
 樹理ちゃんと茂クンも、ずっと茂クンの部屋で『おはなし』していたと主張。アリバイあり。
 横島さんは、おキヌちゃんと一緒にお風呂へ行ったけれど、男湯と女湯とで別れた後は、一人きり。入浴時間も短く、先に部屋に戻っていたという。
 福原クンは、部屋に閉じこもって、会社への報告書を書いていたそうで。

(そっか……この旅行って、
 福原クンにとっては仕事だもんね)

 ここでの経験を活かして、いい小説を書かなくちゃ。
 私は、あらためて、そう決意した。


___________


「やっぱり……鍵なんじゃないかしら」

 全員が昨夜の行動を語り終わったところで。
 樹理ちゃんが、静かにつぶやいた。
 
「……ほう。
 また何か思いついたのですかな」

 若田警部に促されて。
 樹理ちゃんは、まず、御主人さんに問いかける。

「利江さんは頻繁に
 部屋を変えていて、
 207号室は昨日から使い始めた……。
 たしか、そう言ってましたよね。
 それじゃ、一昨日までは
 どこが利江さんの部屋だったんですか?」
「265号室です」

 簡潔に答えた後。
 御主人さんは、それは樹理ちゃんの部屋のちょうど真下だと補足した。

「……それじゃ、その前は?」
「えーっと……283号室だったかな?
 正確な数字は確かではないですが
 ……ともかく、その辺りです」

 樹理ちゃんとしても、細かい部屋番号は問題にしていないようだ。
 満足げに頷いてから、彼女は新推理を披露し始めた。

「……ということは。
 265号室や283号室の鍵にも、
 利江さんの指紋はついているわけよね。
 犯行現場の部屋の中にあった鍵って、
 実は、そういう鍵の一つなんじゃないかしら?」


___________


 利江さんが鍵を引き出しにしまう習慣があって。
 その引き出しから鍵が発見されて。
 その鍵には利江さんの指紋がついていて。
 だから、その鍵は、その部屋の鍵だと皆が想定した。
 だが、その『想定』が間違っていたのではないか。
 ……それが樹理ちゃんの推理だった。

(なるほどね。
 これは……うまいトリックだわ。
 さっき私は合鍵の交換を考えたけど
 ……樹理ちゃんは、
 もう一つの鍵の『交換』を想定したわけね)

 犯人は、あらかじめ利江さんの以前の部屋の鍵を盗み出しておく。
 それを『鍵』として使うわけではないから、反対端かどこかを注意して持つようにすれば、指紋を乱すこともないだろう。
 その『以前の部屋の鍵』を、『207号室の鍵』があるべき場所に入れておいて。
 『207号室の鍵』だと思わせてしまえば。
 いわゆる密室殺人な状況になるわけだ。
 犯人は『本物の207号室の鍵』を普通に使えるわけだ。

(……これで謎は解けたのね?)

 そう思ったのだが。

「残念ながら……違いますな」

 若田警部が、ゆっくりと首を横に振っていた。
 傍らでは部下の刑事さん、また何かコソコソと耳に入れている。

「あの鍵が207号室の鍵であることは、
 実際に使ってみて確認しています。
 ……この推理もボツですな」


___________


 若田警部の言葉で、樹理ちゃんの表情は、暗くなったけれど。
 すぐに、パッと明るくなった。

「ちょっと待って!
 それって、どの鍵のこと?」
「……ハア?
 『どの鍵』って……もちろん、
 引き出しに入っていた鍵ですよ。
 田奈樹里さん、あなたが議論していたのも
 その鍵のことだったんじゃないですかな?」

 混乱したのは、若田警部だけではない。
 私にも、樹理ちゃんの言いたいことはわからなかった。
 
「そうよね。
 『引き出しに入っていた鍵』のこと。
 でも……警察の皆さんが来た時に
 引き出しに入っていた鍵って、
 本当に、死体発見の際に
 『引き出しに入っていた鍵』と同じかしら?」

 ああ、樹理ちゃんの言い分が、少しわかってきた。
 樹理ちゃんの考えでは。
 私たちが引き出しから見つけた鍵は、実は『207号室の鍵』ではなくて。
 その時点では、それは『以前の部屋の鍵』。
 その時点では、『本物の207号室の鍵』は犯人が所持。
 でも、その後、警察の人々が来るまでの間に、犯人は鍵を交換する。引き出しにあった『以前の部屋の鍵』を取り出し、代わりに、持っていた『207号室の鍵』を引き出しへ。

(でも……そんな鍵の交換なんて、
 出来るのは一人しかいない!)

 引き出しを開けた際、そこには複数の人間がいた。
 ただし、警察が来るまでの間、ずっと複数の人間がいたわけではない。
 私と福原クンは、『警察が来るまで私が番をしますから』と言われて部屋を出たから(第八章参照)。
 あの時は、それが自然な成り行きだとも思ったけれど、そこに重要な意味があったのだとしたら……!
 
(それじゃ、犯人は……)

 私が、その人物の方を向いた時。

「……犯人は、あなたです」

 ちょうど樹理ちゃんも。
 御主人さんに、ピシッと指を突きつけていた。


___________


「いい加減なことを言うでないよ!」

 告発された御主人さんではなく。
 立ち上がったのは、しずか御前だった。

「利江は亡霊に殺されたのじゃ。
 これも緋山ゆう子の呪いなのじゃ!
 ……あの子は臆病だったからの。
 呪いを撥ね除けることも出来なくて……」

 そういえば。
 この人、前にも『緋山ゆう子の呪い』云々って言ってたっけ(第四章参照)。

「……なるほど。
 あくまでも悪魔のせいに……
 悪霊のせいにしたいのですな?
 それではオカルトGメンの管轄になりますが、
 しかし無理にオカルトがらみにせずとも、
 こうして合理的な解釈が出されたわけですからな。
 それに専門家の方々も
 『幽霊はいない』と言っているわけですし……」

 若田警部が視線を向けると、おキヌちゃんと横島さんが頷いている。
 しかし。

「除霊師なぞ、あてにならん。
 いもしない霊を祓ったことにして
 法外な金額を要求したり。
 強力な霊を祓えなくても、
 最初からいなかったことにして
 法外な金額を要求したり。
 ……詐欺師のようなものじゃ!」
「なんだと?
 それは聞き捨てならねーぞ!」
「まーまー。
 横島さん、ここは落ち着いて……」

 しずか御前が、GS全体にケンカを売るようなことを言い出しちゃって。
 騒然となり始めた時。

「恐れながら申し上げます!」

 弥平老人が口を開いた。


___________


「大奥様は御部屋を変えるたびに、
 それまでの御部屋の鍵をお返し下さりました。
 それらは私がきちんと管理しています。
 盗まれることもないと保証できます!」

 そういうことは、もっと早く言ってよ。
 そんなツッコミを入れたかったのは、私だけではないだろう。
 利江さんの以前の部屋の鍵を、犯人が使えないというのであれば。
 樹理ちゃんが提案したトリックなんて、まさに机上の空論に過ぎないのだ。

(あれ?
 でも樹理ちゃんの二番目の説、
 御主人さん犯人説ならば……。
 『以前の部屋の鍵』に
 こだわる必要はないんだわ)

 『本物の207号室の鍵』の代わりに入れておくものは、それっぽく見えれば、それでいい。
 別に利江さんの指紋はなくてもよいのだ。
 どこの部屋の鍵でもよいのである。

「他の部屋の鍵だって盗まれておりません。
 ここ数年、鍵が紛失したこともありません!」
 
 あ。
 わざわざ弥平老人が、つけ加えた。
 それなりに頭の回転は早くて、きっと、私と同じようなことを考えたのだろう。
 さらに。

「……では
 鍵交換説は成り立ちませんな。
 もしも引き出しに入っていたのが
 ここの屋敷の鍵ではなくて
 全く別の鍵なら、一目瞭然でしょうからな」

 と、若田警部がまとめる。

(え?
 『全く別の鍵なら一目瞭然』って
 ……それって、どういう意味?)

 心の中で疑問に思う私だったけれど。
 あの部屋で見た鍵や、自分の部屋――305号室――の鍵の形状を思い浮かべて。
 すぐに、その疑問は氷解した。
 今まで特に気にしていなかったが、蝙蝠屋敷の鍵って、鍵の頭の部分が変な形をしているのだ。
 『蝙蝠屋敷だから蝙蝠のような形なのだ』と勝手に納得して、それっきり忘れていたんだけど。
 鍵交換説を考える上では、これはこれで一つのポイントになるわけだ。
 この屋敷の鍵でないと、『偽の鍵』としても使えないのだ。


___________


(あれこれ考えたけど……)

 私は、これまでに出てきた『説』を、頭の中で整理してみた。
 まず、私が『被害者が中から鍵をかけたよ説』を否定(第八章参照)。
 続いて、樹理ちゃんの『スペアキー作製説』(第八章参照)。
 さらに、若田警部の『ネクロマンサーおキヌちゃん犯人説』(第八章参照)。
 『犯人はドアの陰に隠れていたよ説』。
 『私犯人説』。
 『薮韮さん犯人説』。
 『薮韮さん共犯説』。
 『薮韮さん犯人説パート2:合鍵交換説』。
 『室内の鍵交換説』。
 『室内の鍵交換説パート2:御主人さん犯人説』。

(……全部、違うのね)

 そして。
 若田警部も、

「……これで、もう
 推理も打ち止めですかな?」

 総括するかのように、樹理ちゃんに言葉をかけていた。
 なお、警部の後ろでは、手錠を持った刑事さんが手持ち無沙汰な感じだ。

「うーん……」

 困ったような表情をする樹理ちゃん。
 樹理ちゃんに、皆の視線が向けられる中。

「あのぅ……」

 おキヌちゃんが、おずおずと喋り始めた。


___________


「みら先生の小説でも
 殺人事件とか出てきますけど……。
 あんまり複雑なトリックは
 使われてないですよね。
 ……現実の事件も、同じように
 単純なんじゃないでしょうか?」

 私に向かって微笑むおキヌちゃん。

(そう言えば……)

 おキヌちゃんと知り合った事件において。
 悪霊に体を乗っ取られた私は、自分の『小説』の展開を示すことで戦ったんだけど。
 淀川ランプの悪霊には『なんて安直な展開じゃーッ!?』と言われたんだっけ。
 あの時、私が書いてみせたのは……。

「……抜け穴!
 この屋敷には、きっと
 秘密の抜け穴があるんだわ。
 犯人は、そこを通って
 207号室へ忍び込んだのよ!」

 大きく叫ぶ私。
 その私の隣で、横島さんとおキヌちゃんが、言葉を交わしている。

「抜け穴探しなら……
 おキヌちゃんが活躍できるな!」
「えへへ……」

 非常に小さい声だったけれど。
 それを、私は聞き漏らしていなかった。



(第十章に続く)
   
     
 ミステリは一種のパズルであり、パズルである以上、『正解として用意された解答』以外が正解に成り得ては良くないと思っています。
 だから色々な可能性を否定しておきたかったのですが、書けば書くほど『この状況で成立する密室トリック』が頭に浮かんでしまい……。今回は、少し長めになってしまいました。

 さて、この章から読み始めた方々もおられるかもしれませんが、最初から続けて読んでいただければ、もっと楽しめるはずだと思います。
 前章までは、こちらです;

 第一章 雷光の彼方に  ―― Over the Lightning ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10319

 第二章 美女と蝙蝠  ―― Beauty and the Bat ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10320

 第三章 出会いの宵  ―― Some Encountered Evening ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10322

 第四章 小森旅館の怪人  ―― The Phantom of the Inn ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10324

 第五章 イン・ザ・ルーム  ―― In the Room ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10325

 第六章 マイ・フェア・ベイビィ  ―― My Fair Baby ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10326

 第七章 クロス・ザ・ドア  ―― Cross the Door ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10327

 第八章 シティ・オブ・サスペクツ  ―― City of Suspects ――
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10328


 本当に秘密の抜け穴があるのかどうか。そして、今回のラストの横島夫婦の会話の意味は……。それは第十章で記すことになりますが、ここで、また少し(一日か二日くらい)間を置こうと思っています。
 だんだんストックに追い付きつつあり、まだ第十一章を書いている途中ですが、投稿再開の際には第十二章くらいまで書き終えてたらいいなと願っています。

 では、続きもよろしくお願いします。   




(12/23追記)
 第十章を投稿しました;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10333

 第十章以降も、よろしくお願いします。
  

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