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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第二章

「やみませんねえ、雨……」
「大丈夫よ。
 そのうち車が通りかかるかもしれないし……」

 私たち二人は、まだ岩肌のくぼみで雨宿りをしていた。
 私のバッグの中には折りたたみ傘が入っているし、福原クンも傘は持ってきていると思う。
 でも、道が正しいのかどうかすらわからない状況で、雨の中を歩き続ける気はしなかったの。

「先生……
 さっきも似たようなこと言ってましたね。
 まあ確かに、さっきと違って
 ここなら自動車も通るかもしれませんけど……」
「でしょ?
 車が来たら乗せてもらいましょうよ」
「いや、でも山の中ですからね。
 『通るかもしれない』とは言っても……。
 漫画じゃあるまいし、
 そんなにタイミング良くは……」

 と、彼が返したタイミングで。

「あ!」

 私の目に留まったもの。
 それは、こちらに向かって進む車のライトだった。






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第二章 美女と蝙蝠
            ―― Beauty and the Bat ――






「ありがとうございます」

 私たちが乗り込んだのは、三列シートのワゴン車。
 真ん中の列が空いていたので、そこに二人で並んで座る。

「……蝙蝠神社へ向かう途中、
 山道に迷ってしまいまして。
 その上、雨まで降ってきて……」

 と、彼が事情を説明している間に、私は同乗者を観察した。
 まず、前列の二人。
 運転席の男は、どうやら目付きが悪いようだが、それを隠したいのだろうか。
 帽子を深々とかぶっていた。ドラマの私服刑事みたいな、ハンチング帽だ。

(あれじゃ……
 視界が狭くて危ないんじゃない?)

 そう思いながら、その隣に視線を移動。
 こちらは、ふっくら丸みを帯びた顔立ちの男。体型も同様だが、デブというほどではなかった。
 そして、二人とも『小森旅館』と書かれた羽織を着ている。
 そういえば、車の側面にもそんな文字が記されていた。これは旅館の送迎ワゴンなのだろう。

(じゃあ、後ろの二人は
 今晩の宿泊客かしら……?)

 後列のシートを振り返る私。
 私と同じくらいの年頃の男女が、仲良さそうに、手をつないで座っている。
 男は、顎が小さめなので、逆三角形の顔立ちだ。さらに目が大きいために、ちょっと蟷螂のような感じがした。
 女の顔も、男ほど極端じゃないけれど、でも顎は小ぶりだし目は大きめだ。

(似ている二人……。
 兄妹なのかしら?
 だけど……)

 二人の手の握り方が気になった。彼らの指の絡め方は、恋人同士のそれなのだ。

(もしかして……禁断の関係!?
 血がつながった二人なのに、
 お互いの気持ちには逆らえなくて……)

 そんな妄想を始めた私に、二人が声をかけてきた。

「こんにちは。
 私は、田奈(だな)樹理(じゅり)
「僕は、穂楠(ほくす)(しげる)です。
 樹理とは、大学のサークルで……
 『超常現象研究会』で知り合って……」

 なーんだ。
 二人は兄妹ではなく、ただの普通の恋人らしい。
 ちょっと興味をなくしてしまう私。

「僕たちは……」

 二人とも就職が内定したのだとか。
 これは内定祝いの旅行なのだとか。
 ただし就職する会社は別々で勤務地も離れているので、卒業後は遠距離恋愛になるのだとか。
 色々語っているようだけど、私は、聞き流していた。 
 それでも、二人の言葉が途切れたのには気が付いて。
 私も自己紹介しなきゃと思ったんだけど、

「あ、私は……」
「……ストップ!」

 それを樹理ちゃんに止められてしまった。
 二人してニヤッと顔を見合わせてから、彼らは再び私に話しかける。

「言われなくてもわかってます。
 ……安奈みら先生でしょ!?
「一目でわかりましたよ。
 『聖美女神宮寺シリーズ』は、
 僕たちも大好きですから!」

 目を輝かせる二人は、止まらなかった。
 
「『聖美女神宮寺シリーズ』の……
 あの魔女と魔物の戦いって、
 みら先生の経験談に基づいてるんですって?」
「ここに来たのも心霊現象の取材ですか?」
「やっぱり……対象は『蝙蝠屋敷』なの?」
「『蝙蝠屋敷』の幽霊が新作のネタですか?」

 ちょっと面白そうな話になってきたけど。
 二人の勢いが勢いだったので、私は、ちょっと引いてしまっていた。

「……こうもりやしき?」

 小声で聞き返す私を見て、二人が言葉を止める。
 でも、沈黙は長くは続かなかった。

「あれ、知らないんですか。
 僕たちが泊まる旅館の別名ですよ」
「じゃあ私が説明してあげる!
 だけど『蝙蝠屋敷』を知るためには、
 まずは、この地に伝わる
 『白こうもり様』の伝説から……」

 この土地の人間じゃないはずなのに。
 樹理ちゃんが、我が物顔に語り始める……。


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 昔々。
 この辺り一帯に、多くの蝙蝠が飛び回っていた頃。
 普通の黒っぽい蝙蝠のほかに、時々、真っ白な蝙蝠が見られることがあった。
 人々は、それを神様の化身だと信じ、『白こうもり様』と呼んで、崇め奉っていた。

 ある年の夏。
 激しい台風に見舞われ、川が氾濫。田畑は大きな被害を受けた。
 その傷も癒えぬうちに、今度は、突然の大地震。山の一部が崩壊して、麓の民家が土に埋もれた。
 それ以降、小さな地震も頻繁に起こり始める。

「これは……大地の怒りか!?」
「白こうもり様が、お怒りだべ!」

 神様の機嫌を損ねてしまった。そう考えた村人達は、貢ぎ物をすることで許しを得ようとする。

「でも……何を献上したらいいさ?」
「おお、そうだ!
 白こうもり様のお気に入りは……」

 村人たちが目撃する白い蝙蝠は、しばしば、若い女性の周囲を飛んでいた。
 だから、この神様は実はスケベだという暗黙の了解があった。
 そこで、村一番の器量の娘が『貢ぎ物』に決定。ある夜、彼女は神社へ向かったのだが……。

「やってらんないわ、もう!」

 三日三晩待っても、神様なんて現れない。それを理由に、娘は勝手に戻ってきてしまったのだ!
 だが、これが神の怒りに火を注いだらしい。翌日、村は再び地震に襲われた。

「お許し下さい、白こうもり様!」

 その夜、村人たちは、新しい娘を差し出した。
 今度の娘は、最初の娘よりも穏やかな性格だ。それでも逃走を恐れて、村人たちは神社の本殿の外で一晩見張りをするのだった。
 そして翌朝。水と食料を差し入れがてら、村人が中を覗いたところ……。

「いないぞ!」
「うわっ! また逃げられたんか!?」
「いやいや、早まるな。
 これは……」

 娘の姿は忽然と消え、そこには、娘の着物だけが残されていた。
 脱ぎ散らかしたかのように乱れた着物には、ポツリと一滴、赤い血のシミがついていたという。

「……おそらく、白こうもり様が!!」

 娘が本当に食べられてしまったのか、あるいは別の意味で食べられてしまったのか。
 それは定かではないが、以後、地震はピタリと止んだ。
 村人たちは、娘を献上という策が成功したと信じた。
 だから、一年後に再び地震が発生した時。
 新たなイケニエが選出されたのだった。


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 それから数年後。

「嫌です!
 だって……私……」

 神への『貢ぎ物』は、毎年の恒例行事となっていた。
 今年選び出されたのは、幼なじみと祝言をあげることが決まり、幸せの絶頂にあった少女である。

「だども……」
「条件にあう娘も
 減ってしまってな……」

 神に捧げられる条件、それは生娘であること。
 最初の年に最初の娘が三日間無視されたことから、村人たちは、そう判断していた。
 だが、これが村の風紀を悪くしていたのだ。
 生娘のままでは貢ぎ物にされるという理由で、若くして純潔を捨てる者が増えていたのである。

「……わかりました」

 どのような強引な説得が行われたのか。
 それは伝承には残っていないが、ともかくも、娘は泣く泣く神社へ向かった。
 しかし……。


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「あいつは……
 あいつは絶対にオラが守る!」

 娘の幼なじみは、諦めていなかった。
 彼は、『貢ぎ物』一行のあとをコッソリつけていく。
 本殿の扉の前で番をする村人からも隠れて、裏側に回った彼は、壁の木板の隙間から中を覗き込んだ。

(……居た!)

 彼の愛しいひとは、純白の着物に包まれて、無言で正座していた。
 下を向いているために、その表情は見えない。
 そのまま、時間だけが過ぎていく。
 そして、半時ほど経った頃。

『おまえが今年の娘か……』

 娘の前に現れたのは、一人の青年。
 黒地に赤い霞模様の入った着物を召しており、立ち振る舞いにも気品があった。
 だが、

『我は神なり。
 この地を治める神なり。
 ……おまえの身と引き換えに
 また一年、村を災いから守ってやろう』

 『青年』のセリフは、胡散臭さ満点。
 逃げ出したくなる娘だったが、なぜか、体の自由が利かなくなっていた。
 見えない何かに押さえつけられて、その場に寝かされてしまう。
 手足を大きく『大』の字に広げた恰好だ。
 その無抵抗な娘に、『青年』が迫った時。

「待て!」

 娘の幼なじみが、壁板を割って、中に飛び込んだ!


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「この……バケモノめ!」

 彼の目には、それは『青年』として映ってはいなかった。
 人間ですらない。巨大な蝙蝠だ。
 血のように赤い全身が、黒い陽炎に覆われていた。

「おまえなぞ……神ではない!」

 愛する女を守るため、竹槍を構えて突進する。
 だが、緋蝙蝠を貫くことはできなかった。
 蝙蝠を取り巻く陽炎が、その身を保護していたのだ。
 男は、逆に弾き飛ばされてしまう。

『クックック……。
 人間の分際で我に歯向かうとは、
 身の程知らずも甚だしいわ!』

 壁に叩き付けられて、大きな衝撃を受けた男。
 しかし、痛みを感じている暇はない。
 歯を食いしばって立ち上がり、蝙蝠を睨みつける。
 ……と、その時。

 ボコッ。

 小さな音と共に、小さな赤塊が、蝙蝠の脇腹から剥がれ落ちた。
 蝙蝠の地肌の色は赤ではなかったようで、その部分だけ黒く見えている。

(……そこか!?)

 直感で。
 彼は、その一点目がけて、竹槍を投げつけた。


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『ぎゃあーッ!』

 その槍には、男の強靭な想いがこめられていたのだろうか。
 刺し貫かれた蝙蝠は、断末魔の悲鳴と共に消滅した。
 抱き合って喜ぶ男と女の目の前で、床がボウッと輝き始める。
 そこから、白い蝙蝠が浮かび上がってきた。

『勇敢な若者よ。
 汝が緋蝙蝠を退治してくれたおかげで、
 我は解き放たれた。
 ……感謝する!』

 本物の白こうもり様だ。
 ひれ伏す男女に向かって、白こうもり様が語る。

 かつては緋蝙蝠も白かった。しかし神界で罪を犯し、一族から追放された時から、黒き存在となった。
 そして魔界で邪悪な力を得た緋蝙蝠は、力を増やすために、この地にやって来たのだ。
 緋蝙蝠の力の源は、人間の怨念。
 恨みつらみに満ちた生き血を浴びることで、その邪力も増大する。
 そのための恰好の餌が、人間の乙女だったのだ。

『ついに我を封印するほど、
 あやつは力を増してしまった。
 人の怨念を鎧とするが故、
 無敵かとも思ったのだが……。
 その源泉となる血塊を失えば
 案外もろいものだったようじゃな』

 白こうもり様は、冷静に弱点を見抜いた男を褒め讃える。
 男も「なんとなくだったんですけど」と異を唱えたりはしない。

『我が復活した以上、
 この村は再び平和になるであろう。
 ……約束する!』

 さらに、

『勇敢な若者よ。
 できれば汝を我が一族に
 迎え入れたいところだが……』

 と言われて、ドキッとする男。
 神族に昇仙するのは嬉しい気もするが、蝙蝠になるのは、なんか嫌だ。

『……我が一存では不可能なこと。
 せめて、汝に「蝙蝠」の姓を与えよう。
 これを以て、緋蝙蝠退治の褒美とする……』

 そう言って、白こうもり様は消えていった。


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「……そして二人は幸せに暮らしました。
 めだたしめでたし。
 ……というのが『白こうもり様』伝説なのよ」

 ようやく樹理ちゃんの長話が終わったみたい。
 いや、最初に『まずは』って言っていたから、これは序章のようなもの。
 メインは、まだまだ。
 続きを聞きたいような気もするけど、ちょっと聞き疲れたような気もする。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
 樹理ちゃんは、先を続けようとしていた。

「でも、神様の名前をもらうのは
 畏れ多いと思ったらしいの。
 彼らは『こうもり』と名乗る代わりに、
 『こもり』と名乗ることに決めて……」
「はいはい。
 その『こもり』の子孫……つまり
 私が経営する旅館が、見えてきましたよ。
 続きは、また後にしませんか?」

 樹理ちゃんの話を遮ったのは、助手席の男。
 今まで後ろを向いていた私は、ハッと前方を見る。
 その私の耳元で、福原クンが囁いた。

「……先生。
 先生が二人の相手をしてくれてる間に、
 旅館の御主人と話をつけておきました。
 ……僕たちも『小森旅館』に
 泊まることになりましたよ。
 御主人の話によると、
 空き部屋はたくさんあるし、
 僕たちと後ろの二人以外、
 現在の宿泊客は、若い夫婦が一組だけ。
 しかも、今後一週間の予約もない。
 だから気が向いたら何日でも
 泊まって下さいと言われまして……」

 さらに彼は、

「今泊まっている若夫婦というのは、
 ゴーストスイーパーらしいですよ?
 『聖美女神宮寺シリーズ』のように、
 また小説のネタになるのでは……」

 と続けたが、私は、ちゃんと聞いていなかった。

(ああ、やっぱり……)

 私の意識は、見えてきた建物に向けられていたから。
 蝙蝠屋敷とも呼ばれる、小森旅館。
 それは、山で休んでいる時に目撃した、あの建物……漆黒のコウモリをイメージさせる建物だったの。



(第三章に続く)
  
 第一章は、こちらです;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10319


 明日投稿予定の第三章では、安奈みら以外のGSキャラも登場します。
 続きも、よろしくお願いします。



(12/11追記)
 第三章を投稿しました;
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10322

 第三章以降も、よろしくお願いします。
   
   

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