ぽつぽつぽつ、買い物袋を持つ手に雨が落ちかかった。
思いの外冷たい雨粒は、私をもっと驚かせようと次々降りかかる。
「ん?」
見上げたお日様は変わりなくさんさんとあたりを照らしている。
雲一つ無い空のどこに雨を湛える隙間があるのだろう。
駆けだした私を、わずかに鈍くなった街の音が追いかけてきた。
−春の雨−
少し雨宿りにと借りた軒先に、少女達の喚声が弾けた。
向かいの校門からあふれ出る紺の制服。
皆々通り雨に手をかざしては思い思いの道を歩き、また走っていく。
その道の途中には、満開の桜並木があった。
「綺麗……」
お天気雨に濡れた桜は、陽射しに輝いて艶めきを増していた。
ひらりひらり、薄桜色の花びらが舞っている。
目に映る桜はとても鮮やかで青い空によく栄える。
ちょっとだけ羨ましく、ほんの少しこの時間を共有できた事が嬉しい。
私の卒業の時は、確か桜はまだ5分咲くらいだったように思う。
「もう3年、かあ」
期待と不安に喚声を上げながら、皆と通り過ぎた校門。
ふぅとため息をついた後、ほのかに桜が香った。
あまり強くもないはずなのに---。
お天気雨が街を潤してくれたお礼なのだろうか?
思いがけないプレゼントと彼女らの笑いさざめく声が私をその場にとどめおく。
「いい香り」
季節の移ろいを気にかけるようになったのは、いつからだったろう。
御山に居たときもそうだった気はするし美神事務所に来てからもそうだった気もするけれど、このところなお一層印象深い。
雨が桜を芽吹かせる度に、風が吹く度に、寒の戻りが身を震わせる度に、雪が溶けていく度に、あたりはわずかに確かに目を覚ましていく。
一つ一つ景色が変わっていく様に心が浮き立たつ。
流れていく時間を噛みしめる幸せが実感できるのは、生き返ったからかもしれないと思う。
でも、いつまでも流れない時間に身を置いたのが長すぎたせいだろうか、時折私は今を怖くも感じる。
変わっていくということは、戻らないということだから。
過ぎた物は、二度と帰らないということだから。
楽しそうに前を向いて駆けていく彼女らもまた同じ。
今あるこのときは、もうない。
きっと。
だけど、それでも、なお。
じっとしては、いられないのだ。
生きている限り。
「私も」
お天気雨の中を、一緒になって駆けだしていく。
冷たく潔い青空の陽射しを体に受けて、花びらの舞う道を通り過ぎていく。
肩に柔らかく舞った桜の花びらがとまる。
満開の桜はけぶったまま、気まぐれな雨とゆったりした風に揺られていた。
もうひとりぼっちの、誰もいない春は巡っては来ない。
「今日は、どんなお食事作ってあげようかな」
事務所でおなかを空かせている人たちを思い浮かべ、足を速めた。
冷たい雨が肌をなでる。
陽射しはますます強さを増していた。
時間は、確かに流れていく。
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