雨の日曜、事務所にて
投稿者名:とおり
投稿日時:(06/ 5/14)
日曜日。
久しぶりにお仕事も休みで、少し朝寝をしてから、誰もいない事務所で時間に追われる事無くゆっくりと過ごしていた。
お掃除に、お洗濯。
それが終わって、棚の奥に閉まっておいたお気に入りの紅茶を一人でこっそり楽しんだ。
図書館から借りてきた安奈みら先生の新作も手にとって、自分の部屋で。
読み終わったページの厚さが親指にちょうどいいくらいになって、気がつけばもう夕方。
いけない、と階下の窓辺に急ぐ。
開け放した窓からは、夕暮れというには薄暗い空に、深みのある灰色がかった雲が低く垂れ込めている様が目に入る。
やけにカラッとした日が差し込んだ昼の陽気は本当だったのかどうか、外に出ていない私には分からない。
「急がなくちゃ」
干していた洗濯物を取り込んでいると、強めの風と共に湿り気のある土の匂いが飛んできて、ほほに冷たい雨粒が落ちた。
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん。
ガラスから音がしたかと思うと、少しずつだんだんと降りが強くなるという事もなく、あっという間にざぁざぁと激しい雨音で埋め尽くされる。
なんとか取り込み終えた洗濯物を床に放り出して、窓を閉めようとした時、玄関に向かってせっせと走っている人の姿が見えた。
「うわ、わっ」
頭にバンダナを巻いて、ジーンズをはいたお決まりの格好は、あの人に違いない。
急な強い雨で、きっと濡れている事だろう。
なら、私は。
さっき取り込んだばかりの、ふかふかというにはちょっとだけ湿っちゃったけれど、気持ちの良いタオルを渡してあげよう。
玄関が開いて少しすると、とんとんとん、と階段を登ってくる音がする。
大振りのタオルを、両手で持って広げておいて。
その扉を開けたなら、すっと差し出してあげよう。
ちゃっ、と聞こえて扉が開いた。
来たのは、やっぱり貴方。
「雨、降ってきましたね」
そう言って頭にぽんとかぶせてあげた。
ありがとう、貴方が言うのを遮って、頭をわしわしって荒く拭く。
「わ。
何、何」
慌てて、タオルを取り上げようとする。
でも、させてあげない。
「駄目です、おとなしくしててください」
せっかく背伸びして、拭いてあげているんですから。
もう少しだけ。
「はい、じゃ後は自分で体を拭いて下さいね」
手を離して、私は床の洗濯物をまた拾い上げる。
貴方は頭にタオルを載せたまま、キョトンとしてる。
「ほら、早くしないと風邪引いちゃいますよ」
「あ、そうだね」
背を向けながら言うと、今頃気付いたみたいに貴方は洗面所にぱたぱたと急ぐ。
ふふ、なんで一番にここにきたんですか。
「仕方ない、紅茶を入れてあげましょう」
私は手早く洗濯物をたたんでかごに入れる。
わやくちゃになった髪と濡れた体を乾かして、彼が戻ってくる頃には、準備は出来ているだろう。
ちょっとの間だけ、二人で一緒にゆっくりと。
ざぁざぁと漏れ聞こえる音に、私は窓から外を眺める。
相変わらず、雨脚は強い。
「さて、じゃお台所に行きますか」
踵を返して、さっき貴方が入ってきた扉を開けて、部屋を出る。
雨の音は、もう聞こえない。
「みんなには、内緒だけどね」
誰にでもなく、つぶやいて。
足を速めるのは、きっと時間が無いせいじゃない。
かるくたたんだ洗濯物が、少ししわになっちゃうかもしれないけれど。
もっと強く雨が降ればいいのにな。
私はそう、思っていた。
今までの
コメント:
- 皆さんに続け!という事で投稿してみました。
雨の日に、こういう事があったかもという展開予測です。
雨の日だって、楽しい事はあるんですよね(^^ (とおり)
- おキヌちゃんへの愛情に満ちたSSをありがとうございます。
読んでると心が暖かくなって人にやさしくしてあげたくなります。
優しく、かわいいおキヌちゃんの第一人者ですね(笑 (虜)
- このおキヌちゃんになりたいー。
横島君の頭をわしわししたいー。
この二人かわいすぎます。
もう毎日雨でもいいよっ。 (ししぃ)
- 出先での激しい雨は泣きたくなるものがありますけど、家の中で打ち付ける音を聞いてると、他には誰もいない世界というものを強く感じさせられます。
そんな中での秘密のたくらみめいた一時。期待に胸踊らせるおキヌちゃんが、かいがいしくも彼女らしいコケティッシュさを感じさせます。
幸せそうでいいなあと、暖かい気持ちにもなりました。 (フル・サークル)
- 実にとおりさんらしいなとw
この日常を切り取って鮮やかに、そして穏やかな気持ちにさせてくれる世界が素敵です。
ほんと、幸せな二人ですねー。ああっ、うらやましいっ(笑) (ちくわぶ)
- おキヌちゃんがかわいい!
偶の休日のちょっとした甘いひと時。
他には秘密の二人だけの時間。
二人の雰囲気がまるで新婚夫婦のようで羨ましくも微笑ましくてたまらんです! (AC04アタッカー)
- 名前が一度も出てきていないのにおキヌと横島の情景が浮かぶのはさすがです。
何処かのヨゴレとはベクトルが異なるおキヌへの深い愛情を感じてしまいますね。 (UG)
- ああ、おキヌちゃん可愛いですねえ…
横島君、まるで雨に濡れた子犬のようですが、仮に横島君じゃなくて
本当に子犬だったとしても、こうして優しく迎え入れるんじゃないか。
そう想わせてくれる作品でした。 (aki)
- 最初読んだときは気がつかず、読み直して初めて『キヌ』『横島』っていう、2人の名前が無い事に気付きました。
それなのに、ちゃんとこの2人だって解って、その雨の日のやりとりの情景までも浮かんでくるようなお話…お見事でした。 (偽バルタン)
- 家で一人外の雨を眺めていると、ゆったりとした気持の中にどこかそわそわしたものを感じる気がしますよね。それは雨が常に変異する現象だからか、知人等は雨に濡れていないか。はたまた俺だけの思い過ごしか。それはさて置き、日記風の文章が穏やかな日常の雰囲気を強調してくれてますね。幸せそうなおキヌの顔が目に浮かびます。 (ゆうすけ)
- 当たり前のことを当たり前にやっているだけ…。それだけなのになんでこんなに暖かな気持ちになるのでしょう?
素敵なお話ですねぇ。こういうものを読みますと、日常こそが幸せと感じてしまいます。
登場人物の名前が一切出ないにも関わらず、彼らのことがすぐにわかるという事は、やはり人物把握がお上手だからでしょうね。
憂鬱な日曜日の雨の日も、こんな光景ならまた楽しいでしょうね (天馬)
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