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お前を愛してはならない 4

日が暮れる。
山脈をはさんで東側に位置するこの地方は西側よりも一足早く夕焼けを見ることができるのだろうが、ほらあなの奥で拘束されている横島

にそれを見ることはできない。
一体ここにきてからどれくらいの時間が過ぎただろうか。
食事やトイレ以外の時はずっと縛られっぱなしで、いい加減横島のストレスは限界に来ていた。
主に色気的な意味で、だが。

現在サトリの姿はここにはなかった。
たまにふらっと出かけては、いもやら果実やらを抱えて戻ってくる。
拘束、と言っても横島にとってそれはあまり意味はない。
普段から美神によってなされるものに比べたら子供のお遊びにも近い。
問題は相手が自分の思考を読めるということだった。
何度か洞窟から抜けて脱出を試みたが、その度にいつの間にやら現れたサトリの手によって昏倒させられ、気がつけばもとの洞穴に逆戻り

というのがパターンになっている。
問題、といえばもう一つ見過ごすことのできない異常に横島は気付いていた。
霊力の回復があり得ないくらいに遅いのだ。かつての元始風水盤の時ほどではないにしろこのままだと新しく文珠を生成するまでにどれく

らいの時間がかかることか。

「くそう、せめて荷物の中にあったあれさえあれば…」

横島の言うあれとは、美神たちにも知られていない横島のとっておきの切り札のことだ。
いざという時のお守りでもあり、依頼の成功を祈るいわば願掛けでもあった。
それがあれば、横島の霊力も瞬時に回復することもできたはずだったのだが、サトリの手によってどこかへ隠されてしまった。

「結構楽しみにしてたんだけどなー。今回はいつものできる女っぽいイメージに反して、純白のレースをあしらった至高の逸品とも言える

代物だったのに・・・」

毎回厳重にトラップを張り巡らされた中で美神の下着を入手するというミッションは、もしかしたら依頼以上に命の危険を伴うものでもあ

るが、こちらも命がかかっているのだ。手を抜くことなどできない。
本人に知られたら鬼のようにしばかれるだろう回想にふけりながら、横島は少しだけ元気が出てきた。

「・・・ったく。人が人仕事してるって時に何考えてんだか。」

入口の方からひどく疲れたような声でサトリが言う。

「あ、てめぇ!いい加減ここから出せー!コンチクショー!!」

すぐさま横島は飛びかかろうとするが、サトリはひょいとかわし、勢い余った横島は岸壁に顔面をしたたかにぶつける。

「ぐぐ・・・、こんにゃろー・・・」

その様子を見てやれやれというようにかぶりを振り、重たく腰を下ろすサトリ。
そこで横島はサトリがかなり消耗していることに気づく。
最初の頃に比べ生気を失ったように顔色が悪く、息もだいぶ上がっている。
が、目立った外傷があるでもなく、その疲労が戦闘によるものではないことがうかがえた。
思えばサトリはここを出るたびに消耗を重ねているようにも見える。
このままいけば、それが命にかかわる状態にもなりかねないだろう。
当のサトリはそんなのを気にもとめないのか、相変わらずのにやけた顔で横島をあざける。

「俺も長く人間を見てきたが、兄ちゃんほどのんきな奴と会うのは初めてだよ。大抵こういう場合、必死で逃げるか恐慌に陥るもんなんだ

がなぁ。」

「うるへー。自慢じゃないが俺はそこらの妖怪じゃ絶対に太刀打ちできん自信がある。そういったことは全部美神さんに任せることにして

んだよ。」

「本当に自慢できねえなあ、そりゃ。ま、卑屈さもそこまで行くとかえってすがすがしいが。」

軽口をたたき合う横島とサトリだが、実際は横島の戦闘力はかなり高いと言っていいだろう。
攻撃力の高い霊波刀と防御に長けたサイキックソーサー。更には使い方次第では万能とも言え得る文殊の力を持つ横島に敵う相手の方が少

ないかもしれない。
だがここまでの力を持つ横島がこうまで卑屈なのは横島の周囲にいる霊能力者が軒並みトップクラスであることと、横島自身が根拠のない

今プレクスを持つことが原因だ。
本来の実力を出せば、横島はトップクラスとはいわないまでも中堅に位置するレベルを持っているのだが、いまいちそれを自分で認められ

ない。
あるいはそれが美神が横島を半人前扱いする理由でもある。
根拠のない自信やはったりも利用するのがプロのGSであり、時としてそれが勝機につながることもある。
だが事ここに至ってはそれがいいように作用している。
実力に伴わない卑屈さは、口先の嘘が通用しないサトリに横島という人物の危険度を些細なものと認識させていたからだ。
とはいえそうしたアドバンテージがあることに気がつかない横島はそのチャンスを自ら逃しているとも言えるのだが。

「ところでおまえ、どうしてそんなに疲れてんだよ。俺をさらう理由もわからんし。っていうか用がないならとっとと逃がしてもらえると

助かるんだが。」

「ぶっちゃけるなあ。まあ待てよ。前にも言ったが兄ちゃんには時が来たらやってもらわなきゃいけないことがあるんだ。それまではおと

なしくしてもらわないと。」

「ちっ。まあ美神さんが来るまでの辛抱だからいーけどさ。」

これ以上は無駄だろうと思い横島はその場で不貞寝することにした。
できるだけ楽な姿勢で寝れる場所に移動して横になり、ふとずっと気になっていたことを聞く。

「そういやさ、時が来たらとか言ってたけど、結局お前の目的って何なんだよ。南部の研究所から抜け出したんだったらどこへとでも行け

ばいいじゃんか。それに時々出て行って何してんだ?」

最初と逃げ出したときを除けば直接的な危害を加えられていない事など、奇妙な点は多々ある。
今まで相手にしてきた妖怪たちの中にはあまりなかったことだ。

「まあ、いろいろあるんだよ。人間にも妖怪にもな。それに俺はここから離れることはできねえよ。」

「ん?なんでだ?」

「まあ理由はいろいろあるが・・・一番はここが俺の生まれた土地だから、だな。」

そういうと、サトリは遠いどこかを懐かしむような眼で深くため息をつく。

「そうだな。こうしてじっとしているのも詰まらんし、一つ昔話でもしようか。」

「なんだよ、突然。」

「まあ聞けって。場合によっちゃ俺は途中でリタイアする羽目になるかもしれないんだからな。」

「あん?」

今一要領を得ないサトリの言葉に横島は胡乱気な眼差しを向ける。
先ほどに比べてサトリは体力が回復したのか、強い光を瞳にたたえながら横島を見つめて静かに語り出す。

「事の始まりは数百年以上も昔のことだ。とある農村である一人の若者がいた・・・」



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



もともとその若者はただの村人で、その日もいつものように山へ狩りに出かけた。
いつものように罠を仕掛け、罠にかかった動物を捕まえ、山菜を収集する。
ただ、その日に限って若者はいつもとは違う道で狩りを行っていた。
何故かは分からない。新しい道を開拓しようとしたのかもしれないし、いつもの道がふさがっていたのかもしれない。
だが、不運なことに、その若者はそこで大きな猪と出会ってしまった。
それはとても大きく、長い時を生きた老猪で、一目見て若者はこれがこの山の主であることに気づいた。
若者は狂喜した。自分がこの猪を仕留めたら村人たちは自分をほめたたえるだろう。
年若く、半人前出会った若者は自分の腕を村人たちに認めさせようという欲にかられた。
それが間違いだったのだろう。
若者が射った弓は、狙いをたがわず猪に命中した。
だがそれは致命には至らず、猪の怒りを買うこととなる。
若者は必死の思いで逃げ出した。だが人の足が猪のそれに敵うはずもない。
若者が九死に一生を得たのは単に運が良かったにすぎない。
でたらめに逃げまくった末、切り立ったがけから足を踏み外して転落したのだ。
下が川だったことも、その川が村とつながっていたのも幸いと言っていいのだろう。
半死半生の状態で半日以上歩き続け、若者は村にたどり着いて気を失う。

目が覚めた時、若者の世界は一変していた。
見えないものが見え、聞こえないものが聞こえた。
それは明らかに人ならざる者の力だった。
どんな大怪我もたちどころに治癒し、村一番の力持ちでも持てないような大岩を軽々と持ち上げ、更には人の心の中を覗き見ることも出来

た。
そして、若者の周りには常に邪悪な霊が集まるようになった。
そんな若者を村人たちは気味悪がるようになった。
「奴は山の神に祟られたのだ。」と。
村の中で若者は孤立した。まるでここには居場所がないのだと言わんばかりに。
村人たちは恐れたのだ。自分たちの力の及ばない世界の住人に。
そしてそれは若者だけではなく、若者の親兄弟も同じような目で見られた。
数年にわたる迫害の中で、若者の家庭は荒れに荒れ、ついには若者に対する呪いの言葉を吐きながら永遠の眠りにつく。
やがて若者も村から居なくなった。
ある日突然、消えるようにしていなくなった若者。
しかし、いなくなってなお村人は若者のことを恐れた。
むしろ若者がいなくなってますます恐怖した。
いつか若者が自分たちに復讐をするのではないかと。
人外の力を持って村を滅ぼすのではないかと。
村人たちの恐怖はいつしか人外全体へと向けられ。化生の住み家である山は村人たちにとって忌むべきものとなっていったのだった。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



昨晩と同じように美神たちは民宿の一室に集まっていた。
美神の手元には資料がある。
昼間おキヌちゃんたちが訪れた寺の文献をコピーした物や近隣住民から寄せられた被害報告書がまとめられたものだ。

「その後、若者はサトリと呼ばれるようになったそうです。お寺の住職さんは“里を離れた者”という意味で“里離”という意味を込めた

のではないかと言っていました。」

「あり得る話ね。そうした言霊でくくることで山から出ることを禁じたのかもしれないわ。」

「なるほどね。ここの奴らから感じた嫌な視線はそういうわけか。」

「ん?嫌な視線とは何のことでござるか?」

「・・・馬鹿犬。」

タマモは能天気なシロの言葉に脱力感を覚えた。
天真爛漫で、他人の悪意に対して鈍感なのはこの少女の長所でもあるが、それは時々自分を苛立たせる。

「でも当時の遺恨が今にわたって引きずるってどんだけ根暗なのよ。んなもんは今の人間には何の関係もないじゃない。」

これは美神の言葉だったが、確かに時はどんな感情も風化させる。
いくら当時の人間がサトリに対する引け目や恐れを感じていたとしても、その思いを子々孫々と維持し続けるというのは少しばかり考えら

れない。

「それについてなんですが、この話には後日談みたいなのがあって・・・」

そう言っておキヌちゃんは村人たちから聞いた話を美神に伝える。

「若者が村から消えた後、山で狩りをしていた猟師が若者が仕留めそこなった猪を発見したそうです。調べたところそれはこの辺りを統べ

る土地神で、若者が射た矢によって死んでしまったそうです。土地神のいなくなった土地はだんだんと衰え始め、もともとそんなに豊作で

なかった村は衰退の一途をたどり、一時期は滅ぶ一歩手前までになったんです。」

「待って、それはおかしいわ。確かに土地神を失った土地は衰えるけど、土地が死ぬ前に新たな土地神が生まれるはずよ。自然の防御機構

とでもいうのかしら。そうしたイレギュラーへの対応はなされるはずよ。」

「ええ。でもこの場合はその新しい土地神が問題だったんです。これは後から分かったことなんですが、その若者に人外の力が宿ったのは

どうやら新しい土地神に選ばれたかららしいんです。でもその力は完全なものではなかったらしくて。」

「なるほど。力がなくても土地神の枠は埋まっているから新しい神を輩出することはできない。でも、完全でないから土地は衰えていく。

しかも知らなかったとはいえ村人たちは神を迫害していたことになる。そりゃ怒りを買って仕返しされたと思ってもおかしくないわ。」

「ふん、結局自分の首を自分で絞めてたってわけでしょ?自業自得じゃない。」

美神の言葉にタマモがつまらなそうに言い捨てる。

「でも、実際には村は滅びなかったわけでござるから、サトリは村人たちに仕返ししようと思ったわけではないんでござろう?」

「そうね。一度は滅びに瀕した村だったけれど、土地神として完全に力を受け継いだのか、それとも別の要因か、しだいに村は栄えるよう

になったんです。やがてサトリは土地神として村に祀られ、村人たちのの信仰を集めるようになりました。」

「なら、問題は解決でござるな。」

「この馬鹿犬。それで解決するなら世話ないっての。問題はそのあとでしょうが。」

「さっきから馬鹿犬馬鹿犬と、拙者は犬ではなく狼でござる!」

「あんたなんか馬鹿犬で十分よ!だいたいあんたも村で聞き込みしてきたんじゃないの?なんでおキヌちゃんが知ってる事をあんたが知ら

ないのよ!?」

「ぐ・・・そ、それは・・・」

「どーせ、あんたのことだから話が難しくて居眠りでもしてたんじゃないの?」

「ね、寝ながら聞いてたんでござるよ!」

と、隣で騒がしくしている二人をよそに、美神とおキヌちゃんは話を進めていく。

「信仰つってもその内容は様々よ。敬いもあれば畏怖もある。たぶんこの場合は・・・」

「ええ、信仰と名前は変わりましたが、それは結局前と変わらずサトリへの恐怖だったらしいです。むしろ村の命運をサトリが握っている

ということで、それは以前よりも大きなものになったとか。」

「自分を恐れる思いが自分に力を与える。しかもかつての仲間からってのが皮肉よね。」

美神の言葉を受けて、おキヌちゃんは悲しそうな顔をする。
それはサトリを思う気持ちから来ていた。

「美神さん。私思うんです。サトリは決して村人のことを恨んでいなかったんじゃないかって。だってそうじゃなければずっとこの地にと

ど持ってなんかいないはずじゃないですか。村を襲うでもなく、遠くへ行くでもなく、ずっと村を見守ってきた。それってサトリが村人た

ちを嫌いになれなくて、でも村に降りたら村人を怖がらせるって解っていたから。なのに村の人たちからは嫌われて、そんなのってかわい

そう過ぎます。」

それは何という運命のいたずらだろうか。
自分を拒絶した生まれ故郷は自分がいなければ滅びてしまう。だから少し離れたところで見守るが、聞こえてくるのは自分を恐れる声と恨

みの声。その声が強まれば強まるほど村を守る力は強まる。
逆宝くじの一等を引き当てたような運のなさ。
若者が猪を射たのがいけなかったのだろうか。
生き延びたことが悪かったのだろうか。
死を選ばなかったのが間違いだったのか。

巫女の少女はその悲しみ連鎖がとても辛かった。
それはもしかしたら生前の自分の姿を重ねていたのかもしれない。
村を救うために人柱として身をささげた自分。
だが、自分の場合は自分のことを思ってくれた親友がいた。
少女の代りに自分が身をささげたい、でも死ぬのが怖いと泣いて謝る友がいた。
だが若者には誰もいなかった。
若者はずっと一人だったのだ。

「本当のそいつの気持ちなんて他人にはわからないわよ。」

「でも・・・」

思わず何か言い返そうと思って美神のほうを見たが、何も言うことはできなかった。
反論すべき言葉が見つからなかったからではない。
美神が、美神自身の言葉に一番苦々しく思っていたからだ。
何を思って言ったのか、その胸中を慮ることはできなかったが、決して言葉通りのことを思っているわけではないのだと、そうおキヌちゃ

んは感じたのだ。

「ほんと、どいつもこいつも・・・やりにくいったらありゃしない。」

それが何を指しているのかはこの場にいる誰も思い至らなかった。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



「これで資料は全部?おキヌちゃん。」

「あ、はい。あとは村の人たちから聞いた話くらいです。」

「そう。ま、いいわ。そっちはあとで聞くとして。」

はさり、と資料の束を机に置く。

「とりあえず、これで標的の素性は明らかになったわ。多分その目的もね。」

少しの沈黙の後、美神はおもむろに言った。
その表情からはなにもうかがえない。
少なくともいつものような意気込みは感じられなかった。

「じゃ、じゃあ横島さんを・・・」

「横島先生を助けに行くのでござるな!?しからば拙者、早速先生を探しに・・・!!」

そう言うが早いが、シロは部屋の窓から身を乗り出して・・・

「あ!こら、まちなさい!シロ!」

「ぎゃひん!!」

後ろから美神に思い切りしっぽをつかまれて盛大にこけた。
思い切り引っ張られたせいか痛みで腰が砕けた状態になってしまったシロ。
それを見て、思わず自分のお尻を抑えるタマモ。
獣っ娘同士で何やら共感するところでもあるのか、シロに対して同情の念を禁じえないようだ。

「み、みかみどの。し、しっぽをひっぱるのは・・なしでござるよ・・・」

「あはは・・・ごめんごめん。」

だってつかみやすそうだったんだもの。とか思いながら謝る美神。

「と、とりあえず、今すぐ探しに出かける必要はないわ。」

「そんなぁ。」

「大丈夫よ。私の予想が合っていれば、明後日、早ければ明日には横島君に会えるはずだもの。サトリも、一緒にね。」

それは同時に、事件の解決も意味している。
美神はこの場にいる誰にも気づかれないように奥歯を噛みしめた。
間をおかずに続きを投稿です。
多分次で終わる予定です。

なんか回を重ねるごとに量が少なくなっているような気がします。
ストーリーを進めようとして内容が薄くなっていないといいんだけれど。
最終話はできるだけ1話よりも多くしたいと思います。

ちなみにこの話はタマモが主役です。そのはずです。
なぜか今回まったく出番がないけれど。
きっと次は大活躍をしてくれる・・・といいな。



以下、バックナンバーです。

1話
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10574

2話
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10575

3話
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10601

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