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お前を愛してはならない 3

「あんの馬鹿は!毎回毎回トラブルを起こさずにはいられないわけ!?」

「み、美神さん!そんな事よりも横島さんの行方を探さなきゃ!」

「分かってるわよ!」

合流したタマモから横島がさらわれたことを聞いた美神たちは、現在村の民宿にいた。
南部研究所のほうで部屋を用意されてはいたが、対霊対策の施された場所ではいざという時に困るということもあってこちらのほうにしたのだ。
横島がいないため一部屋しか借りなかったその居間で一同は今後の方針について話し合っていた。

「どどどどどどどど、どどうするでござるるか!?美神殿!!?先生は今頃サトリに食われてしまうのでござるか!!??」

「ちょっと落ち着きなさい!ったく、そうやって落ち着きのないところは師匠譲りなわけ?」

「え?へへへ、いやぁ照れるでござるなぁ。」

「褒めてないわよ!ったく、似なくていいところばっか似るんだから。」

美神は呆れながら、今はいないあほ面の少年のことを思い浮かべた。

「とりあえずタマモ。そいつは確かにサトリだったのよね?」

「ええ、自分でもそう言っていたし。それにこっちの考えてることを先読みして肩透かしを食らう感じはサトリに間違いないわ。」

「ふうん。おそらくは南部の研究所から逃げ出したのと同じやつね。ったく、嫌な予感が当たったってわけか。」

「そ、それで横島さんは大丈夫なんでしょうか、美神さん・・・」

横島のことが心配なのだろう。おキヌの表情は動揺が見て取れる。
シロやタマモもおキヌではないにしろ横島を心配してかどこかすわりが悪そうにしている。
だが美神は横島のことを特に案じてはいなかった。なんといってもこの中では一番付き合いが長いし、何より横島の実力を一番理解しているのは自分であると言う自負もあったからだ。
認めているのが逃げ脚と生存能力だけ、というのが横島としては悲しいところなのだが。

「大丈夫よ、横島君だし。それにすぐに身の危険が及ぶような妖怪でもないのよ。サトリってのはね。」

「・・・美神殿。その、サトリという妖怪はいったいどのようなものなのでござるか?」

「あっきれた。あんた自分が妖怪のくせにサトリも知らないわけ?ほんと馬鹿犬ね。」

シロの問いにタマモが馬鹿にした風に言った。だがそう言われて黙っているシロではない。

「む。確かに知らんでござるが、名前からしてあれでござろう?サトラレの仲間でござろう?」

「シ・・・シロちゃん。それは違うんじゃ・・・」

「・・・逆よ逆。それは考えが駄々漏れになるって話でしょ。サトリは人の考えを読むことができるのよ。受信のみに特化したテレパスってとこね。」

「馬鹿犬。」

シロの頓珍漢な答えに三人から総ツッコミが飛んでくる。

「うう・・・拙者外との交流を絶った里で育ったでござるから、あまりメジャーでない妖怪には詳しくないでござるよ。」

「まあ、江戸時代以前から山奥に引っ込んでたんじゃ仕方ないわね。人狼からしてみればそんなに恐れるような妖怪でもないしね。」

「えっと、私もサトリについては知らないんですけど、人に危害を加えたりしない妖怪なんですか?」

「違うわ、おキヌちゃん。サトリってのはねさっきも言ったけど人の考えていることを読んだりする妖怪なの。古くは飛騨、美濃の山奥に住んで山に入った人間の心を暴き、食べてしまう妖怪なのよ。誰しも人に知られたくないことや自分でも気づいてない本心を突きつけられたらまともじゃいられないからね。まあ頭でっかちなタイプには相性最悪ね。例えば身近な例だと西条さんとかがそれに当たるかしら。でもその能力に比べて身体能力はそれほどでもないわ。そこらの獣と大して変わらないし、予期せぬ事態やアクシデントに対しても対処できない。だから人狼みたいに裏表のない馬鹿正直な連中には痛くもかゆくもないってわけ。」

「馬鹿正直なのではなく、誠実なのでござるよう・・・」

シロは反論するも、自分の一族が愚直であることは否定できないためしりすぼみになってしまう。

「まあ、それだけじゃないんだけどね。達人と呼ばれる剣術家は考えることなく体が勝手に動くって話聞いたことあるでしょ?いくら心が読めても全てを先読みはできないのよ。横島君やシロみたいに考えながら体を動かすんじゃない人間はサトリにとってやりにくい相手ってわけよ。」

こんな話がある。とある男が山奥へ木を切りに出かけたところ突如として猿の妖怪があらわれた。猿は言葉巧みに男を翻弄して取って食おうとしたが、男が恐怖のあまり出たらめに斧を振ったところ、偶然斧が手から離れ近くの木を断ち切った。そしてその拍子にはじけた木端が猿の眉間に当たり、それに驚いた猿は男のことも忘れて逃げた。猿はその去り際に「人間とは考えても居ないことをやらかす恐ろしい生き物だ」と言い捨てていったという。

「それにしても厄介な相手ねぇ。どうしよう、違約金払ってもいいから依頼断っちゃおうかしら。」

「そんな!ダメですよ、美神さん!横島さんがどうなってもいいんですか!?」

「そうでござる!先生は今も助けを求めて拙者たちを待っているのやもしれないのでござるよ!?」

「っていうか、ミカミがお金払っても避けたいってどんだけ嫌なのよ。言っても相手はただの口達者な猿じゃない。」

タマモの言及に美神は気まずそうに眼を泳がす。
その態度におキヌとシロも怪訝そうに美神を見つめている。
いつもならどんなに強い相手だろうとそんなの関係ねーとばかりに強気なはずの美神が、今回はなぜか及び腰なのだ。
横島に次いで付き合いの長いおキヌもこんな美神は初めて見る。

「や、やーねー、冗談よ冗談。一度受けた依頼は最後まで責任持つわよ。プロなんだし。」

そう言う美神にはいつものような覇気が感じられなかった。



「とりあえず、タマモの言う動物たちの死体ってのが気になるわね。サトリが関係するかはわからないけれど一回自分の目で確かめる必要があるわ。それと村の方でも情報収集しないと。」

「美神さん・・・横島さんも早く助けださないと。」

「大丈夫。横島君なら一人でもどうにかして逃げ出してくるでしょ。いざとなったら文珠だってあるんだし。サトリは物理的な危害を加える妖怪じゃないし、それよりもこっちの方が優先よ。あのマッドサイエンティストども、絶対なんか隠してるわ。下手すると横島君を助けてる間に命取りになるとも限らないような気がするのよ。」

「気がするって、横島先生だって危ないでござるよ。いくら物理的に危害を加えないとはいえ心を食う妖怪なんでござろう。」

「シロ、GSにとって勘ってのは決して無視してはいけないものよ。確かに横島君が心配なのもわかるけど、目の前の危険ばかりに目が行って足元をすくわれたら元も子もないのよ。それにあいつもいっぱしのGSなんだからこれくらいの危険は一人で乗り越えなきゃいけないの。とにかく明日は二手に分かれて行動するわよ。私はタマモと一緒に山に入るからそのあいだシロとおキヌちゃんは村で聞き込みをして。」

「でも・・・」

「でもじゃない!あんたの自慢の師匠はこんなことでくたばったりしないわよ!それとも私の言うことが聞けないっての!?」

「きゃいん!」

美神の殺気のこもった視線を浴びせられてシロは意気消沈する。

「で、でも美神さん。聞き込みって何についてしらべれば?」

「あの中島って研究者はサトリがここの土地神だって言ってたわ。ってことは文献とか村人の話を聞くことでアドバンテージを取ることは可能なはずよ。南部の奴らに聞けば資料をくれるかもしれないけれど、こういうは遠回りでも現地の情報を集めたほうがヒントが見つかることもあるし。第一あの中島っていう奴の言うことが信用できないのよね。」

そういうと美神はこれで作戦会議を終えて、各自明日に備えて休むように言った。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



「くそー、美人のねーちゃんに誘拐されるんならまだしも、なんで俺がこんなむっさい妖怪と一緒にいなきゃならんのじゃー!?」

「兄ちゃんも業が深いなあ。何度も女で痛い目見てるだろうにまったく懲りねえんだからよ。」

そのころ横島は森の中にある洞窟の中でジタバタしていた。
目の前には自分を襲ったであろう妖怪が座しており、こちらの様子をニヤニヤしながら見ていた。

「仕方ないんやー。それもこれも煩悩が悪いんじゃー!だいたい同じ痛い目でも男よか女の方がなんぼかましだってーの!」

「まあまあ、そういきり立つなよ。人生長いんだからもっと気楽に行こうじゃないか。」

「てめえ、そんなこと言って何が目的だ?はっ!まさか俺の体目当て!?嫌だー!初めてが男だなんて悲しすぎる!責任者を出せー!訴えてやるー!」

手足を縛られたままじたんばたんと暴れる横島。洞穴のすみのほうでサトリはそれをじっと見ていたが、やがて興味をなくしたように沈黙した。

「なんかなー調子狂うんだよなー。第一お前なんで俺なんかをさらうんだよ。ここにきてからずっとそんな風に座り込んで。」

「俺にもいろいろあるのさ。兄ちゃんにも使い道はあるが、まだその出番が来てないってことさ。まあのんびり待ってな。そのうちお仲間が助けに来るだろうさ。」

「来るか?本当に来るか?あの美神さんが!?金の為なら俺の命も屁とも思ってないようなクソ女だぞ!?さっさと依頼を片づけて帰らないとも限らん!つーかその可能性の方が大きい!やっぱ俺は見捨てられたんやー!!」

「本当に騒がしい兄ちゃんだな。それでもプロのGSかね。安心しな、必ず来るさ。なんせその依頼対象は俺なんだからよ。」

妖怪はそう言うが、横島の不安は一向に解消されなかった。
上司との付き合いは今の事務所のメンバーで横島が一番長いこともあり、その思考パターンを読むことについてはおそらく自分が一番だという自信がある。
目的のためなら手段を選ばない、むしろ時には目的すらも見失って私怨に走る上司のことだ。依頼遂行のためだと言ってこの山一つを焼き尽くすことくらいやってもおかしくはない。
その場合当然横島もそれに巻き込まれるわけで。

「このままでは俺の命がデンジャーだ・・・」

「・・・ほんと人間ってのは業が深い生き物だねえ。」

妖怪は変わらずニヤニヤ笑っているが、その表情の中にどこか嫌なものを感じない。
いや、男に見られていい気持ちがするわけないのだが、なんというか親しみに近いものがそれには含まれている気がするのだ。

「お前さ、いったい何の妖怪なんだ?」

「ん?」

ここではじめて妖怪は笑うのをやめて意外そうな顔をする。

「ああ、なるほど。兄ちゃんは俺のことをなんも知らなかったわけだ。」

「うへ、なんで俺が会ったこともない奴のことを知ってんだよ。ナルシストか?」

「いやいや、むしろ納得だ。俺のことを知ってたらそんな余裕かましてられるはずがないわな。」

「しかも自意識過剰か。お前はいったい何さまだっつー。あれか?俺最強とか考えてんのか?」

相変わらず軽口をたたく横島に、妖怪は先ほどとは違って苦笑する。

「兄ちゃん祓い屋なんだろ?そしたらサトリって妖怪のことは知ってるか?」

「サトリ?えっと、確か前美神さんに聞いたような、漫画で読んだような。」

師弟そろって同じ漫画を読んでいたようだ。むしろ横島が持っていた漫画をシロが読んだのかもしれない。

「サトリってのは、人の心を読む妖怪のことさ。」

「・・・!」

横島の顔が驚愕に染まる。
人の心を読める人外なら知り合いの中にもいるが、その力のすごさは横島にもわかる。
なんせあの野次馬根性丸出しの神族ときたら事あるごとに自分の秘蔵のお宝のありかをばらし、その度に美神の折檻を受ける羽目になるのだ。
しかもそれだけにとどまらず、隠れて美神のプライベートルームに侵入したことや厄珍に横流ししたお宝の数々のことごとくを暴く性質の悪さに横島は戦慄を覚えざるを得ない。

「・・・さすがにそういう驚き方をするとは俺も予想外だったがよ。もうちょっと普通におびえたりはしないもんかね。」

「いや、つってもヒャクメだしなあ。」

人の心を食う妖怪相手も横島にかかれば単なるパパラッチ妖怪と変わらないようだ。
ネタを美神にばらされる命の危険は感じても、それ単体に対する危機意識はあまりないのだ。

正直横島は現在の状況をあまり危険とは感じていなかった。
目の前の存在が自分に危害を加えるつもりならばここに連れてきた時点でそうしているはずだ。
だが今の横島は手足を植物の蔦で縛られてはいるものの、傷の一つも負ってはいないし、いざとなれば文珠を使ってこの場を逃げることも可能だ。
問題はここに来る前に文珠を作ったばかりでしばらくの間新しい文珠を出すことはできないことと、荷物と一緒に手持ちの文珠を妖怪に取られたこと。
あとは先ほどからもよおしている生理現象くらいか。

大体自分をさらってきた理由がいまいちはっきりしない。
タマモがいないということはうまく逃げ切ったかこの妖怪にどうかされたのだろうが、あのずるがしこい狐っ娘のことだ。うまくあの場はやり過ごしたのだろうと考える。
相手の心が読めるということなら自分が人質の価値がないことくらいは分かっているだろうし、ますます自分をさらう意味がない。

「お前さ。何が目的なんだよ。」

「いたって単純さ。生きてるからには死なないために努力する。それは人間だろうが妖怪だろうか変わらねえだろう。」

「なんのこっちゃ。」

「まあ、要はまだ時期じゃないってことさ。それまで兄ちゃんに用はないってことでもある。」

「ますますわけ分かんねー」

のらりくらりとしたサトリの様子にますます横島は混乱するのだった。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



翌日、美神とタマモは前日の打ち合わせ通り山の中で見つけた広場に来ていた。
そこは変わらず異様な光景が広がっており、陰鬱とした空気が漂っていた。

「本当にここであってるのね?タマモ。」

「ええ。確かにここよ。」

「ふーん。確かにインパクトのある光景ではあるわね。」

タマモと美神はかつでは生き物だったものたちの間を通りぐるりと回りながら手掛かりを探す。
その結果分かったことは、

「でも、おかしいわね。これだけ動物が死んだってのに怨念の一つも感じられないわ。それに外傷もない。それに一番気になるのはこれらが一度に死んだわけじゃなさそうってことね。」

美神は強烈なにおいからくる不快感を抑えつけて一体一体を確認していく。
遺体にはこれといった外傷はなかった。その全てが自然死したかのように綺麗なままで何かに襲われたり苦しんで暴れたりしたようには到底見えない。
仮に死因が物理的なものでなかったとしても、呪殺や何かの病気、ウィルスが原因であれば痕跡も残っているはずだがそれもない。
また、美神が言うように遺体の腐敗具合がばらばらであるのも不自然だ。

「あるいはこの動物たちはここで死んだわけじゃないのかもしれないわ。」

「一つ一つ誰かが運んだってこと?この量を?そりゃとんでもなく気の長い話ね。確かに死臭はあちこちに伸びてるけど…」

「状況から見てそれが一番ありそうね。」

だが簡単に納得できる話ではない。一面に広がる死骸の数はここら一帯にすむ動物の大部分を占めるのは間違いないはずだ。
そんな山が死に絶えたと言っても過言ではない事態がおこる状況が思い浮かばないし、第一この惨状を作り出すには相当な時間も必要なはずだ。
それを村人の誰一人として気づかないなどということがあるだろうか。

「まあ、動物たちが死んだ理由は分からないけれど、死体を運んだあては絞られるわ。」

「あて?」

「まあ、どっちかよね。」

美神の言うあてにタマモは疑問符を浮かべるが、美神はそれにかまわずこれからのことについて考えていた。

「どちらにしろ厄介なことには変わりないんだけどね。」

「で、これからどうするの、ミカミ?」

「とりあえず今ここでこれ以上できることはないわね。おキヌちゃんたちの情報収集もまだ時間がかかるだろうし。ついでだからあんたと横島君がサトリと遭遇したっていう現場でも見に行く?」

もののついでのように言う美神。横島の身を案じているわけではなさそうだ。

「私は別にかまわないけど。でも、本当に横島を探さなくてもいいの?」

「あんたね、昨日も言ったでしょ。横島君がたかだか猿の妖怪に遅れをとるわけがないじゃない。」

「へえ、信頼してるんだ。」

「馬鹿ね。心配するだけ無駄っつってんのよ。どうせあいつのことだからこっちがどんだけ心配してもいつの間にかけろっとした顔で現れるにきまってんだから。」

横島が美神のことをよく知るように、横島のことを一番に知っているのも事務所の中では美神なのだ。
いつだってこちらの思惑の斜め上を行く行動をあの少年はしてきた。
今回もきっと無事であると美神は確信に近い思いを持っていた。

「大体ね、あの馬鹿が私のもとに帰ってこないなんてこと、絶対にあり得ないのよ。」

それにはいったいどんな感情が込められているのだろうか。
まだ生まれて少ししかたっていないタマモにはまだ人の心の機微を読み取るには至らなかった。



でたらめに走ったとはいえ、つい昨日ついたばかりの自分たちの匂いははっきりと嗅ぎ分けられた。
タマモが先導するように山を降りる道を進んでいく。
あの時は横島に抱えられていたが、今度は自分の足で歩いている。
軽口をたたき合いながらの僅かな時間だったが、思えばあの時の横島は今までで一番頼もしいと感じた。かもしれない。

タマモと横島はあまり二人でコンビを組むということはなかった。普段はシロといがみ合ってばかりいたし、事務所でおキヌちゃんに油揚げをねだったり、現場で美神にどやされたりとあまり横島と絡む機会はなかった。
そもそも、タマモ自身があまり他人との交流を求めてはいなかったのだから、今回のようなことがなければ今後も横島のことを考えたりすることはなかっただろう。
人間社会に溶け込むために事務所に住み込むことはタマモも納得していたが、だからと言って人間となれ合うことをよしとしているわけではなかった。
経営や家事ができるわけでもなく、シロのように仲間として認めているわけでもない。
タマモにとって横島から得るものなどなにもないはずだった。
だがなぜか横島は慕われている。それがタマモには不思議でならなかった。
そして今、タマモも横島に対して何かが芽生えようとしていた。

(なんでだろ。真友君とは全然違うタイプなのに。)

それは、先ほどの美神の言葉に感じた物とどこか似ていた。



美神は美神でこの不可解な事件について思いあぐねていた。
思えば最初からこの依頼は奇妙なことだらけだ。
南部が信用できないことは依頼を受けた時点で織り込み済みだった。
あれだけの大企業のことだ。裏できな臭いことの一つや二つあっても何らおかしいことではない。
最悪、須狩と茂流田の時のような場合も想定はしていた。
だが今感じているのはそれとは違うものだった。
むしろ南部とは違うところにその源があるように思う。
いったいそれが何なのか、手元にある情報が足りないために判別することはできない。
いつもだったら研ぎ澄まされている霊勘が告げるものがないということは、危険が迫っているということはないのだろうが、今はそれが事態の進展につながらず逆効果となっていた。

(横島君がいないのが地味に痛いわね。)

横島が持っていた荷物には見鬼君などといった探知系の霊具もあった。
何より横島という存在が持つアドバンテージが失われたことが問題だ。
彼が持つ価値は何も文珠などの霊能力だけではない。普段からトラブルを引き寄せる体質や常識にとらわれない物の見方は除霊作業において重要な素質でもあるのだ。
実際の除霊経験や知識においては美神の足元にも及ばない横島ではあったが、それを差し引いて有り余る生来の才能とも言えるものを持っており、そこを美神が評価しないわけがない。
いくらプライドが高く意地っ張りであってもプロなのだ。認めるところは認めている。
まあ、普段の行動がその評価に大きくマイナスしているのもまた事実ではあるのだが。

(ま、いないもんはしょーがないわよね。こんなところで文珠を無駄うちするのももったいないし。それよりも、ここにきてから感じるこの嫌な気配の原因が何か。そっちの方が重要ね。)

美神は横島が感じた違和感に気づいていた。
生き物の気配を感じない。それ自体はまあ不思議というほどのことではない。
除霊現場においては、亡者の気配におびえて生あるものがその場を避けることがままあるからだ。
そういった場所はれいかんのない一般人にも感じ取ることができ、いわゆる死の森状態になる。
それにしては規模が多すぎるような気もするが。

動物たちの死体、土地神、死の森、奇妙な違和感。

ここまでくればあと一歩の気がするのだが。
のどもとまで出かかった答えがどうにも突っかかっていてすっきりしない。

「そういやさ、美神さっきのところで怨念が感じられないって言ってたじゃない。」

「ええ、そうよ。呪殺であれ病死であれ、死に瀕した際の苦悶の念は死後肉体や場に残りやがてたまりにたまった年は霊障を引き起こす。って、それはあたしよりもむしろあんたの方が詳しいんじゃないの?」

「いや、そうなんだけどさ。でもあれだけの量で、少しの怨念も感じられないなんてことがあるのかなって。」

「確かにおかしいっちゃおかしいけど、だからこそ長い時間をかけて自然死した死体をあそこに運んだとしか考えられないのよね。あそこには生後間もないものから老体のものもあったけど、一部を除いてほとんどが衰弱死したものと考えられるから、何かの要因で生命エネルギーを吸い取られたか・・・」

言いながら美神の今までの疑問が氷解して行く。
ここでつながらなかったキーワードが線で結ばれていく。

「しまった!私としたことがなんで気付かなかったのかしら!」

「ちょ!なによ、どうしたの!?」

「このあたり一帯の地脈は機能してないわ。枯渇しているの。生き物の気配がないのはそのせいよ。それなのに木々が枯れてる様子はない。こんな異常に気付かないなんて!」

美神が答えにたどり着いたとき、美神の懐から甲高い電子音が鳴りだす。
すぐさま携帯を取り出して美神は通話ボタンを押した。

「おキヌちゃん!どうしたの!?何かあった!!?」

『え、あの、美神さんこそどうかしましたか?』

携帯の向こうから美神の大声に驚いたのだろう。おキヌちゃんのびっくりした声が聞こえた。

「あ、ごめん、こっちは何でもないわ。何かわかったの?」

「あ、はい。サトリの正体がわかりました。」
半年近くもお待たせして申し訳ありませんでした。

今更だけどタイトルがタイトルして機能しているのだろうか・・・
それらしい気配が全然ない・・・orz

残り2,3話を予定してますので気長にお待ちいただけると助かります。
あとは解決までまっしぐらなのでそんなに間が開くことはないと思いますが。


以下、バックナンバーです。

1話
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2話
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