8月中旬、某市農村にて奇怪な生物による被害が報告された。
襲われた村人曰く、自分の畑が身の丈二メートルほどの毛むくじゃらの動物に荒らされる、というものだった。
訴えられた市は、山狩りを行うが依然として捕獲できずにいる。
「いやぁ、すばしっこくてなぁ。気付かれねぇように後ろまわって、オラが網をかけようとするといつの間にか消えちまうんだよぉ。」
「そうそう。一度皆で周りを囲んだんだけどな、いつの間にか持ってた光る石みてえなのを突然投げてきてよ、それがぴカーって光るもんだからオラたちびっくりしちまってよ、そしたらもう化けもんはいねぇと来たもんだ。」
それに対して役所の人間は言う。
「未確認生物に対しては市も捕獲に全力を注いでおります。それに成果もあげております。先ごろの捜索で未確認生物の霊能使用が確認されました。それにより私どもはオカルトGメンの協力を求めております。もはや捕獲は時間の問題でしょうな。」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「除霊依頼っすか?」
7月のある日、美神所霊事務所はいつもの面々でなく今日は従業員の横島と所長の美神しかいない。
その日早めに学校を終えた横島はただ飯にありつこうと自宅で着替えてから事務所に直行したのだが、あいにくとおキヌちゃんは学校から帰っておらず仕方なしにと美神と依頼についての話をしていた、ちなみにシロタマは連れ立って散歩である。
「ええ、正確には捕獲依頼なんだけどね。ただ依頼主が問題でね。南武グループからなよ。」
「南武グループって、あの会社まだ潰れてなかったんすか!?」
依頼主の名前を聞いて横島はあからさまに嫌そうな顔を見せた。
南武グループとは以前、美神たちを実験に心霊兵器のサンプルを取ろうとした企業で、裏でメドーサたち魔族と手を結んでいた須狩と茂流田という科学者たちを雇っていた企業でもある。
「あのあと須狩の証言でぶっ潰せると思ったんだけどね、ギリギリのところでトカゲの尻尾切りよ。」
美神の言うとおり、一時は須狩の証言や現場の物的証拠によって南武グループを追い詰めることが出来たのだが、土壇場になって魔族の関与は研究者たち一存であり会社とは無関係である言ってきたのだった。
もちろん美神はそれを良しとしなかったのだが、証拠不十分で南武にお咎めはなかった。
「まあの件でかなりの賠償金ももらったしこっちとしては痛み分けってところかしらね。」
「痛み分けって・・・あの研究員のねーちゃんからもかなりせしめたでしょーが。それで倍賞金って・・・どんだけもらってんっすか・・・」
「当たり前でしょ?あのくそ女からもらったのはガルータから守るっていう個人的な契約で、南部の賠償金はもともとの依頼に対する損害賠償。本当だったらやられたら倍返しが信条の私としてはそれでもやっすいもんよ。」
「相変わらず鬼やな〜」
「何か言ったかしら?」
「イエ、ナニモ・・・」
横島は苦笑いしながら答えるが、若干顔が引きつっている。美神のほうは優しげに微笑んでいるように見えるが目が笑っていない。
ここでの不用意な発言は死につながるだろう。横島は今までの経験と本能からそう判断した。
それはともかく、今回の依頼だ。過去の一件から横島の中では南部グループに対してあまりいい印象は持てていない。その南部から除霊の依頼が来たとあれば何かイレギュラーがあるのではないかと思うのも当然だろう。
「南部からの依頼って、またなんか厄介なことになるんじゃないでしょーね。」
「んー、そうね。あの会社裏では結構あくどいことやってるって噂が絶えないのよねー。でも、依頼料が半端ないのよ。」
「あんたなー」
「でもね、南部グループって結構大きな会社じゃない。あちこちいろんな産業に手を出してるからその下請けの会社からくる依頼も結構うちで受けてんのよ。」
「あれ?そうなんすか?」
「そうよ。ほら、よくCMでも南部グループの名前を聞くじゃない。それにオカルト産業の中では南部グループが大手なのは確かなのよ。GSの取引先としてもあそこはトップじゃないかしら。」
「し、知らんかった・・・」
「あんたねー、現場の仕事ばっかじゃなくて業界の情報についても勉強しときなさいよ。うちで使ってる除霊器具だって南部で下ろされてるのは多いのよ?」
もともと南部はオカルト産業を基にして発展した企業である。特に精霊石の貿易は一時期南部グループがほとんどを引き受けていた。
今でこそ精霊石の輸入先はザンス王国が主流となりつつあるが、以前はザンスが自国の精霊石を商品化するのを否としていたのだから。
南部は海外の精霊石鉱脈を開発し精霊石の流通ルートを開拓した。日本のGSのほとんどは南部から精霊石を買っていたのだ。
ただし、美神のようにトップレベルのGS達はより純度の高い精霊石を求めて現地を渡り歩いたり、年に数回開かれるオークションで直接精霊石の買い取りを行っている。
普通のGSがそうしないのは精霊石の鑑定の難しさに理由がある。精霊石は自然界の霊力がある特定の場所で結晶化したものを加工して作られるのだが、その加工の難しさから質の悪い精霊石もよく出回る。南部はそうした精霊石を安価で買い集め独自の技術によって再加工することで精霊石を安く売り出している。だがそうすると精霊石のグレードはいくらか下がってしまう。
美神のようにハイリスクハイリターンを狙うGSはいざというときの切り札ともなる精霊石は自身の目で確かめる必要があるのだ。
「まあでも、精霊石に関しては今じゃザンスが一番よ。南部もそれがわかってるのか、今じゃオカルト技術の軍事利用と医療利用のほうに専念してるみたいね。案外そういう裏があったからこそ前みたいに魔族と手を組んで軍事研究を推し進めたってのもあるのかもね。」
「はー、なんか難しい話でちっとも分んないっす。」
「・・・あんたねー」
これまで結構オカルト事件と関わってきた横島ではあるが、そういった業界の話というのはさっぱりである。そんな横島に美神はため息をつく。
さっきとは別の意味で横島は苦笑いを浮かべた。
「まあいいじゃないっすか。で、今回の依頼ってどんなのなんすか?」
「まあいいわ。依頼内容は・・・」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
電車に揺られて数時間。美神除霊事務所御一行様は下りた駅を出てすぐの道端に荷物を降ろして一息ついていた。
「おぉ!ついたでござるよ!!」
「はしゃいでんじゃないわよ馬鹿犬。」
「なんだと女狐!?」
「ちょっと二人とも、喧嘩しちゃだめよ」
依頼場所である農村について早々、いつものように喧嘩を始める獣っ娘たち。それを事務所の良心であるおキヌちゃんがいさめている。
シロは目の前に広がる風景が故郷を思い出させるのか普段よりもテンションが上がっているようだ。
「あんたらねぇ、今仕事中だってことわかってんの?」
「まあまあ、美神さん。でもここ自然が広がってていい場所ですよね」
「そんだけど田舎ってことじゃない。温泉があるわけじゃなしさっさと依頼済ませて帰るわよ。」
「相変わらずのわがままっぷりっすねー。確かにあんま見るとこもなさそうな場所ですけどね。」
そう言って横島はあたりを見回す。都会からかなり離れ穏やかな田園風景が広がっている。
あちこちに建物も建っているが畑や田んぼのほうが多く、都会と違ってかなり遠くまで見渡せる。
開発の手が入っていないのだろう。古くから残る自然がそのまま今に引き継がれていることがよくわかる。
「依頼は南部からのものなんですよね?にしてはそれらしい建物があんまり見られないっすけど?っていうかこれからどこに向かうんですか?」
「あっちに大きな建物が見えるじゃない。あそこがこれから行く南部の研究所らしいのよ。向こうの話じゃ迎えの車がもうすぐ来るってことになってるわ。」
美神の指さす方向を見ると、それらしい建物が見える。
田舎町にはそぐわない近代的な外観で白塗りの壁とドームのように円形の屋根が特徴的だ。
「詳しい話は知らないけど、あの研究所から逃げ出した妖怪を捕獲してほしいってのが大まかな依頼の内容よ。」
「・・・」
逃げ出した妖怪、と聞いてタマモが表情が表情をしかめた。おそらく以前人間たちに追われた時のことを思い出したのだろう。
その様子に気づいた美神は自分が口を滑らせたことに気付いてしまったという顔をする。
美神はタマモを追いつめる側であったのだ。今でこそ同じ事務所で働く仲間ではあるが、タマモの心境は複雑であろう。
「先生!先生!見てくだされ、あの山は拙者の里の御山にそっくりではござらぬか!?今頃里のみんなは元気にしてるでござろうか。拙者は・・・拙者は・・・元気で先生のもとで修業しているでござるよ〜〜〜!!!」
「わっ!こら、馬鹿犬っ!耳元で叫ぶんじゃねぇっ!!おすわりだ、おすわり!!」
「きゃうん!拙者犬じゃなくて狼でござるよう。」
「ちょ、二人とも。はしゃいだら周りの人に迷惑ですよ。」
自然に囲まれた環境がそうさせるのか、本日のシロはいつもに増してノリノリである。
耳元で叫ばれていまだ耳鳴りの収まらない横島に怒鳴られるも、シロの尻尾はやめられない止まらないとばかりに勢いよく振られている。
この場にいる人間にはおなじみの掛け合いではあるのだが、見慣れぬ人間にとっては珍しいのだろう。地元民から奇異の目が集まり出してきたようだ。
変に注目されてしまいうっとおしさを覚えてか、タマモがうっとおしそうに舌打ちをして美神のほうへと振り向いた。
「悪いけどミカミ、私は別行動させてもうわよ。」
「ちょ、何言ってんのよタマモ。あんたこれから研究所に行くっつってんでしょーか!」
「堅苦しいのは苦手なのよあたし。それに研究所に行っても話を聞く以外にやることもないんだろうし、それなら現場の下見でもしてるわよ。」
「あ、ちょっと待ちなさいって!ったく、なんでうちにはこう自分勝手な奴ばっかなのよ!」
「そら所長の美神さんが自分かっぶべぇ・・・」
「しょーがないわね、横島君あんたもタマモについていきなさい。あんた携帯はちゃんと持ってるわよね。」
「・・・ふぁ、ふぁい。」
ずたぼろの状態でポケットから携帯を出す横島。
「あんたのは衛星携帯だからこんなとこでも圏外にはならないはずよ。何かあったら連絡すること。いいわね!わかったらさっさと行きなさい!」
「い、イェス!マム!」
上司の命令にあわてて立ち上がり、一度敬礼をしてから横島は脱兎のごとく走り出した。
それを苦笑いしながら見送る二人。
「完全に尻に敷かれてるでござるなぁ・・・しかしあの女狐、団体行動ができないにもほどがあるでござるよ。」
「まったく、これだからガキは。でもまあ、ちょうどよかったっちゃあちょうどよかったかもね。」
「どういうことです?美神さん」
「さっきも言ったけど、あそこの研究所から逃げ出したって妖怪の話がね。何で研究所に妖怪がいたかを考えるとあんまりいい予感はしないのよねぇ。」
「もしかしてガルーダの時みたいな・・・」
「そこまであからさまなものはないとは思うけど・・・ま、あくまで想像でしかないんだけどね。」
以前美神たちが巻き込まれた事件で南部グループは、妖怪を素体とした軍事実験を行っていた。妖怪と研究者という記号から連想されるものに良いイメージが出てこようはずもない。
その研究施設に全盛期の力を持たないとはいえ、九尾の狐であるタマモが行けば、どんなイレギュラーが起こるかわからない。
タマモが九尾の狐であるということは伏せているとはいえ、研究者たちが目をつけるかもしれないし、タマモの人間に対する不信感を深めるかもしれない。
「どういうことでござるか?」
「「・・・」」
だが、そういったことにとんとうといシロは自分のわからない話をする二人を怪訝な目で見つめる。
「まあ、なんとかなるでしょ。もう前金ももらっちゃってるしね。」
「美神さん・・・それじゃタマモちゃんの時と同じなんじゃ・・・」
「・・・だ、だいじょうぶよ!そんな立て続けに何か起こすほど南部も馬鹿じゃないわよ。」
「だから何の話でござるかーっ!?」
そんなどこか既視感を覚える展開に不安を覚えるおキヌちゃんだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「ちょ、タマモ、待てって!ペース速い!ペース速いって!」
「・・・」
「せめて山道を!人の歩ける道を行ってくれー!」
「うっさいわねぇ。これくらいの道普段の仕事の時だって歩いてるじゃない。」
「バカ!こっちは除霊道具一式と、美神さんの私物をまとめた荷物も持ってるんだぞ!?なんも持ってないお前とじゃきつさが違うわー!」
「別に無理してついてくることないわよ。むしろあんたがいると邪魔よ。邪魔。」
「おまっ!美神さんにお前が一人で言ったことを知られたら、おれの命の危険がデンジャーになんだろーが!」
「・・・毎回思うんだけど、あんたよくそれで美神のところで働いてられるわね。よく知らないけど、普通もっと待遇のいい仕事もありそうじゃない?」
それはこの仕事に男のロマンがあるからである。
主に美神の胸や尻とかに。
「しかしなー、いったいどこ目指して歩いてんだ?現場の下見っつっても詳しい場所なんか知らねーんだろ?」
「あんなの建前よ。別に本当にそうしようと思って言ったわけじゃないし。あそこから離れたかっただけよ。」
「おまえなぁ・・・シロと仲が悪いにもほどがあるだろーが。そこまで邪見にせんでも・・・」
確かに普段から二人の仲は険悪だ。顔を突き合わせて喧嘩をしない時がない。
だが、同じ事務所の仲間として認めているようなそぶりを見せるときもあるので、二人の喧嘩はどこかじゃれあっているようにも見え、姉妹喧嘩を見守るような心境の横島達であったが。
「別にシロがどうこうの話じゃないわよ。私が離れたかったのはあの町のほう。」
「町?」
「なんかね、嫌な感じがするのよ。私達を見る人間達の目が。」
「そうだったっけ?いつもの仕事先と変わらんかったような気がするけど。」
「そりゃあんな馬鹿騒ぎ、注目されないほうが不思議よ・・・私が言ってるのはそういうんじゃなくて、私とシロを見る人間たちの目のことよ。」
「?」
「・・・もういいわ。」
不思議そうな顔をする横島に苛立ちを感じて、タマモは話を切り上げた。
タマモは、その生い立ちから生まれてすぐに人間に駆逐される側として生きてきた。ごく短い期間であったとはいえそれは強烈な記憶として残っている。
自分に対する敵意や悪意を浴びながら、生き残ることだけを必死に考えて逃げた。
タマモは人間が生き物として妖怪よりも劣ることを知っている。中には美神や横島のように単独で妖怪に勝る個人もいるが、それは例外であって、普通の人間は妖怪を恐れ対抗する術を持たない。
だが、タマモは種としての人間を恐れる。集団として妖怪に敵対する人間の恐ろしさを知っている。自らを脅かす存在に対して容赦をしないことを知っている。
強大な力を持つ相手に対しても、数の力で、戦略で、過去幾度も勝利してきた人間の歴史を九尾の狐としての経験で知っている。
歴史を紐解いて、人間の力が及ばないほど強大な存在は数多くいた。実際太古の昔では人ならざるものが人を支配していたという伝説が数多く存在する。
だがそれらの存在も今は書物の中にしか見られない。そうした存在はことごとく人間たちの手によって滅されたか、人の手の届かないところに潜んだのだ。
妖怪の中でもトップクラスの力を持っていた九尾の狐だが、力だけで人間を制することができないことを知っていた。だからこそ九尾の狐は時の権力者の庇護を受けて生きてきたのだ。
タマモにはその時の、力ある九尾としての記憶を持ってはいない。だが、身体にしみ込んだ記憶が無意識ではあるがタマモに影響を与えていた。
タマモ自身の経験と混じり合い、自分を害なす存在の気配に対してほかの妖怪よりも鋭敏な感覚を持ち合わせていた。
そしてその感覚が今タマモに語りかけてくる。この土地に人間は自分に対して明確な敵意を持っていると。
だがまだ生まれて間もないタマモは、その敵意から身を守る術を知らない。
精神的にも幼く、九尾の狐としての格も以前のそれに及ぶにはまだ遠い。
本来なら数少ない心許せる仲間の美神たちのもとにいるのが正しかったのかもしれない。
だが、タマモにはそうすることができなかった。
何故なら、町の人間たちから感じた何倍も強い嫌な感覚をタマモは感じ取ったからだ。
この平凡な田舎に不釣り合いな建物。白く大きな研究所。
美神がこれから行くといっていた場所に行くことなど、タマモには考えられなかった。
一時間ほど山の中をかき分けた頃であっただろうか。タマモは急に辺りを取り巻く臭いに気付いた。
「おい、タマモどうした?」
「・・・ん」
いきなり立ち止ったタマモに不思議に思った横島は声をかけてきた。
散策中ずっと、やれ荷物が重いだの道が悪いだのぐちぐちと不満を言っていた横島だが、それでもその歩みが乱れることもなく結構ハイペースで歩くタマモに遅れずについてきていた。
「ちょっと寄り道するわよ。」
「寄り道って・・・そもそも目的地なんてなかっただろ・・・」
「うっさいわねぇ。文句言うならおいてくわよっ」
そう言ってタマモは自分の鼻が指し示す方向へと歩を進めた。
いったい何の臭いかわからない。だが、この先に何かあるような気がするのだ。
ねめつけるようにまとわりつく街の空気を避けて山に入ったはいいものの、それでもなお嫌な感じが収まらずいい加減いらいらしてきたところに感じた気配。
普段なら気にしないところだったが、一度気になってしまうとその正体を突き止めたくなった。
「なんだろ」
「なんだよ?」
考えがつぶやきとして漏れた言葉に反応があって、タマモは思わず驚いた。
後ろにいたと思っていた横島がいつの間にか追いついていたのだ。
「ちょっ、別にあんたに言ったわけじゃないわよ。」
「な、なんだよ。べ、別に俺は何もしとらんぞ?」
先ほどと同じセリフだが、挙動不審げにいうそれはどこか滑稽に見えた。
「っていうか何よ。さっきまであんた後ろにいたじゃない。」
「い、いやぁ、まぁその、なんだ。さっきよりも急な斜面だから、というか。」
「はぁ?何よ、要領を得ないわね。」
「イヤネ?別に何がどうというわけではないのですが・・・そもそも俺は美人のお姉さんが好みだから、問題なんてあるわけもないわけだが・・・」
「なによ、あんた。ケンカ売ってるわけ?いいわよ、いつだって買ってあげるわよ?」
「いやいやいや!別にタマモを怒らせようとしているわけではなくてだな!」
「なによ!はっきり言いなさいよ!」
「・・・言っても怒るなよ?」
「言わなきゃ燃やすわよ」
指先に炎をちらつかせて、すごみをきかせるタマモ。
燃やされては勘弁と顔を真っ青にさせる横島。
「その、なんだ。スカートで山登りは不便だなぁ、とだな・・・」
「え?・・・わ!ちょ、ば!」
その言葉の意味するところに思い当たり、顔を赤面させるタマモ。
今更スカートを押さえるがそんなのは手遅れである。
肝心の横島穂目の前で冷や汗を浮かべている。
「アンタ・・・見たわね・・・」
何をとは言わない。それは言ってはいけない乙女の秘密。
そしてその乙女の秘密を知った者には死よりも恐ろしい処罰を与えんと容疑者をにらむ。
「・・・ミテマセン」
「見てないわけないでしょーが!あんたみたいな色情馬鹿が、可憐な美少女の下着を見ないとかあり得ないから!!」
「ちょ、決めつけてんじゃねーぞ!?美神さんみたいに色気ムンムンの下着ならともかく、お前みたいなガキのプリントパンツなんか見るわけないだろーが!!」
「・・・ナゼワタシガプリントパンツヲハイテイルトシッテイル」
「え!?あ、しまった!違うぞタマモ!これは不可抗力であってだなぁ!別に見ようと思ったわけでは・・・あの、その両手に構えた狐火は何でせうか、タマモサン・・・」
「・・・死ねーーーーーー!!!」
横島の死に際の言葉は、油揚げのプリントパンツはく奴に美少女とか言われとうないわー!、だったそうな。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
横島達が別行動をして間もなく美神たちは依頼主の迎えと合流し研究施設へと向かった。
近くで見た建物は遠くで見るよりも大きいように思えた。
一見しただけでは何の研究をしているのかはよく分からない。だが、建物に近づくにつれて大きく低く響いてくるモーターの回転音のような音がどこか建物全体に不気味な印象を与えていた。
「美神殿、なんだか拙者この建物の中にいると変な感じがするでござるよ。」
「あら奇遇ね。私もよ。今だけでかい研究所、いったいいくら投資してるのか考えただけで頭が痛くなるわ。だいたい研究の大半って日の芽が出ずに頓挫するもんなんだから、無駄金つぎ込んでんのと変わんないでしょうに。」
「美神さん、当事者の人が目の前にいるんですよ。」
案内をしている男の引きつる顔を横目に見ながらおキヌは冷や汗を感じながら美神に突っ込んだ。
目的地について早速所長の部屋に通された美神たちは、軽い歓待を受けて依頼内容についての話を始めた。
「さて、大まかなことは書類に書いてあるようにとある妖怪の捕獲なわけですが・・・」
ここの所長である中島と名乗った男が言った。所長というからにはこの男も研究者なのだろうが、スーツ姿にフレームの太い眼鏡をかけ髪をオールバックに決めている姿は、研究者というよりも営業マンと言ったほうがふさわしいように思える。
「おそらくあなた方も不審に思われているのではないですか?なぜこの研究施設の中に妖怪がいるのか。もしかしてここでは妖怪を使った実験をしているのではないか。」
「ええ、確かに。不審とは言わなくとも疑問ではありますわね。」
「な!?妖怪で実験でござると!?そんな悪辣非道な所業がここで行われていると申すでござるか!お主!」
「はいはい、あんたはちょーっと黙ってなさいね?」
突然の話に反応したシロだが、美神に営業用の笑顔を崩さずにすごまれてひっこむ。
「で、そちらからそう言うということは、こちらで行われていることは世間に隠すようなことではないということでしょうか?」
「えぇ、その通りです。まあ、実験というとあまりいい印象は持たれないでしょう。法的に問題はないとはいえ動物実験というだけでも世間では愛護団体にたたかれてしまいますからね。」
実際とある化粧品会社では、使用者の肌に対して及ぼす悪影響を試験するためにウサギを用いているのだが、それに反対する運動などが一部でにぎわっている。
まあ、美神としては自分の美容を保つためであるならば、ウサギであろうが人であろうがどんどん踏み台にしてやるわよ〜、と思っている。
それは別にしても、薬品開発が多くの動物たちの礎の上に成り立っているのは少し調べればわかることであるし、それを知っていようが知らなかろうが、販売された商品に需要がある限りそんな動物たちがいなくなることもないわけで、そうした問題に個人がどうこうできるものでもないし、美神自身どうこうしようとも思わない。
「こうした研究の過程でそうした試験が必要ということは理解していますわ。ただ、問題は一部の心ない研究者による実験が行き過ぎたものであるということですわ。」
「ええ、残念なことに南部ほどの大企業であっても、いや、だからこそそうした心ない研究者がいるのは否定しようのない事実です。」
(分かってはいたけど・・・こういうってことは、やっぱりこいつ、須狩や茂流田の事を知ってて私に依頼してきたってことね)
「しかし、私どももプロですわ。一度依頼を請け負ったのですから、それを果たすまでです。」
「「・・・」」
プロとしての美神の言葉に、シロとおキヌちゃんは仕事を受けるということの重みを感じ取る。
金に対してあこぎな面もあるが、裏を返せばそれだけ仕事に対する姿勢が真剣であるともいえる。
まあ、お金が好きというのも事実だが。
「いやぁ、そう言っていただけるとことらも安心できますよ。しかし実際に会ってみないとわからないものですね。噂はあてにならないものです。」
「あら?どんな噂ですの?」
「なに、大したものではありませんよ。本人と比べたら根も葉もないものですから。」
「できたらお聞かせ願えないですか?今後の仕事の参考になるかもしれませんし。」
「あまり参考になるとは思えませんけれど。たとえば“美神令子は金さえ払えば死神立って退治する”とか“美神除霊事務所にたてついたらペンペン草も生えないほどの報復を与えられる”とか儲けの出ない仕事をさせたら衰弱してしまうほど金が好き”とか。まあ他愛もない噂ばかりですよ。」
「・・・あ、あら。ほんとですわね。どこからそんな噂が立ってしまうのかしら?」
「まったくです。まあ、これも一つの有名税ということなんでしょうね。」
心当たりがありすぎて思わず顔をこわばらせて笑う美神。
というか九割以上が事実であるため横の二人も苦笑いしかできない。
「話がそれてしまいましたね。まあ、この研究所で行われている研究に妖怪の協力を得ているということは事実です。ただその内容を知ってもらえれば、人道的に問題のあるようなものではないということを分かってもらえると思います。そちらの人狼シロさんもご納得いただけるでしょう。」
「ほえ!?」
いきなり話題を振られて、間の抜けた声を上げてしまうシロ。
だが驚いたのはシロだけではない。美神も中島の言葉に驚いた。
(シロが人狼だってことはこの場では言ってないわ。こちらのプロフィールは調べられてるってわけね。)
改めて美神はこの男があるいは南部グループという企業が一筋縄ではいかないと認識する。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「で、こっちのほうから気になる臭いがすると。」
「ええ。」
「いったい何の臭いだよ」
「そんなの分かんないわよ。」
「分かんないって、おまえなぁ・・・」
「分かんないものは分かんないのよ!」
「そう言ってもう結構歩いてるんだが・・・」
「しょうがないじゃない!臭いがいろいろ混じっててあっちこっちに分散してるんだから!」
「つったってなぁ・・・」
人里離れた森の中、風に揺られる木の葉のさわめき以外は静寂そのものという自然の中で、その静寂を崩すような大きな声で喧噪をまき散らす一組の男女がいた。
言わずと知れた横タマコンビである。
横島が燃やされてからかなりたっており、結構な時間歩き続けているもののいぜん目的地にはたどり着かずいい加減タマモも横島も疲労が見え始めてきた。
タマモなどはあからさまに不機嫌オーラを漂わせ、無言で歩き続ける。
街に着いたのが昼ごろで日も高かったのが、空が茜色に染まり始めそろそろ美神たちと合流しないとまずい。
横島はそんなことを考えていた。
しかしそれをこの負けん気狐娘に言ったところで、おそらく聞き入れてもらえないだろうことは想像に難くない。
美神からの連絡も一向に来る気配はなく、いまだ依頼主と交渉中かもしれないことを考えるとこちらから連絡をするのもはばかられ、どうしたものかと嘆息をする。
(しかし美神さんも何してんだろうなぁ。いつもならさっさと切り上げて仕事の段取りを話し合ってる頃なんやけどな。)
(どうしよう。全然臭いがたどれない・・・)
一方タマモはタマモで、目的地にたどり着けないことに対する焦燥を重ねていた。
最初はすぐに見つけられるだろうと思っていたものが、かなり進んだ今も手がかり一つ見つからないのだ。
そもそも犬神の嗅覚は人間のそれに比べて何倍も鋭い。場合によっては霊気をたどれる分だけそこらの動物よりも詳細な情報を得ることができる。
だが、現状は手がかりなし。これは明らかに異常事態である。
タマモは知らぬことだが、以前シロも同じようにとある事件で獲物の匂いをたどるのに手間取ったことがある。
だがその際に霊気を嗅ぎわける方法を知り、依頼解決へと導いた。
シロよりも野性としての気性が強いタマモは、もとから霊気をたどる術を体で知っていたが、それをもってしても迷うというのはどういうことかと考えていた。
静寂な森の中に二人の足音だけが響き渡り、それが妙に耳触りだった。
「時間がたって臭いが消えかけてんじゃねーか?」
「そんなはずないわ。こんなにはっきりとしてるってことはつい最近、いいえ、昨日今日のもののはずよ。」
「でもそれなら迷ったりしないんじゃないか?」
「誰が迷ってるって!?」
「だから俺らがだよ。ほら、下のほう見てみ?」
「なによ、ったく。つまらないものだったらまた燃やすからね?」
横島の言葉にカチンときながら、その指さす方向を見てみた。
そこは他と変わらず木々の生い茂った場所だった。
ただ一つ違う点は、とある個所がまるで落雷にでもあったように黒く焦げた跡があった。
「ちょっと・・・あれって・・・」
そこはたまもにも見覚えのある場所だった。
いや、見覚えがなくとも、そこに残った霊気の残滓は身に覚えのあるものだ。
先ほどタマモが横島に対してはなった狐火の跡。
信じられない光景に呆然となったタマモを残して、横島はその場所へと降りて何かを拾う。
「ほら。自身はねーけど、たぶんこれ燃え残った俺のジャンパーの切れ端じゃね?」
言われなくとも横島が拾った時点でそれは思い当たった。
少し煤けているとはいえ、青々とした繊維で編み込まれたそれは横島の来ているものと全く同じものだった。
「・・・そうね。あんたの着てるのが全然燃えた様子もないくらい綺麗なのはこの際突っ込まないけれど。確かにここは一度私達が通った所みたいね。」
「いや・・・それはギャグキャラ補正というか・・・。あと気づいてないようだけど、実はここ何回か通り過ぎてんだぜ?」
「うそ・・・!?」
それはタマモにとって聞き捨てならないことだった。
自分が頼りにしていた鼻が全く役に立っていなかったという事実。それに気づかずそのことを横島に指摘されてしまったこと。
自分の野性としての自信が突き崩されたような錯覚をタマモは覚えていた。
と、同時にタマモは言い表しがたい感情が自分の中で渦を巻いていることに戸惑った。
森の中といういわば自分のホームで仲間とはいえ能力的には自分より劣るはずに人間に失態を見せてしまった。
いったい横島はいつから自分が道に迷っていることに気づいていたのか。
ここにきてからずっとまとわりつくように感じる嫌な空気。
思うように働かない自分の感覚。
それら全てがタマモを苛立たせる。
そんな形にならない怒りにいてもたってもいられなくなり、タマモは横島を置いて駆け出した。
「おい!タマモ!?」
突然の相方の行動に驚いて横島はあわてて追いかけた。
横島はタマモがだいぶ前から様子がおかしいことには気づいていた。
不機嫌そうなのはいつものことだが、今回は特にひどい。
それに加えて今のタマモは感覚に不調をきたしているようだ。
それとは別に横島は、この山に対して何か違和感を感じていた。
まるで間違い探しのように他とは異なる何か。
あるはずのないものがそこに存在する不快感。
おそらくタマモの不調もそれに関係しているのではないだろうか。
(なんだかよくわからんが、今タマモを一人にするのはやばい気がする!)
強力な妖しがいるというような情報はなかった。だが、横島の霊勘が一筋縄ではいかない何かがあることを囁きかける。
横島はタマモの後を追いながら違和感の正体を探る。
(なんだ?何がおかしいんだ?)
木々の間を見え隠れするタマモの姿を足元に注意しながら追いかける横島。
結構離れているとはいえ、見失う程距離は離れていない。
すぐには無理だが、追いつくのも難しくはないはずだ。
「タマモ!待てってこら!」
声をかけるも、タマモは走る速度を緩める様子がない。
こと逃げる場所が森の中なら元来野生動物であるタマモの方が有利だ。
だが、相手は横島だ。森の中でのサバイバルは勿論、トラップやハンティングの技術を巧みに操る横島であればいかなタマモといえど逃げ切ることはできない。
問題は逃げるタマモではなく、野生動物との遭遇だ。
キツネやタヌキとかならともかく、クマやイノシシに襲われてはたまったものではない。
今のところあたりにそういった動物の気配はないが、こうも派手に動き回っていたら遭遇する確率が上がってくる。
そこまで考えて、横島はあることに気づく。
(ちょっと待てよ・・・いくらなんでも、いなさすぎだろ!)
前を走るタマモと自分の足音と木の葉のさわめきだけが森の中に大きく響く。
ほかには野鳥の鳴き声や獣の存在を知らせる物音ひとつ聞いた覚えがない。
生き物の気配が全くしないのだ。
(違和感の正体はこれか!)
頭の中で警鐘が鳴り響く。
一刻も早く美神と連絡を取らないとまずい。
それにはまずはタマモを捕まえなくてはいけない。
(くそっ、もったいねーけど文珠を・・・!?)
横島が文珠による加速で一気に追いつこうとしたところで、突然タマモの歩みが止まった。
なにがあったのか疑問を覚えつつ、文珠を使わずに済みそうなことに安堵し、好機とばかりに横島は一気にタマモとの距離を縮めた。
そこは開けた場所にあった。
沈みかけた夕陽を遮る木々もなく、辺りを赤く染め上げていた。
生き物の気配はない。
ただ風の吹きすさぶ音だけが響く。
異様なまでの静寂とむせかえるような甘い匂い。
熟れ過ぎて形をなくした果実のような匂い。
だがその甘い香りに誘われる虫たちさえ見当たらない。
目の前には、無残にも打ち捨てられた死骸の山が広がっていた。
「気持ち悪い」
タマモがこぼした言葉は、不覚にも横島が思ったことと同じものだった。
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