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おまえを愛してはならない 2

「さて、今回の依頼にある妖怪のことなのですが、彼は私どもの協力者なのですよ。」

「協力者?」

「えぇ。調べてもらえればそのうちわかることでしょうが、彼はこの土地の土地神なのです。と言っても村人の信仰を失った荒ぶる神、荒神ではありますが。」

「荒神・・・ですか。」

「えぇ。しかし信仰を失ったとはいえ力ある存在には変わりありません。そしてこの土地を治めるという役割もまた同様に彼にはあった。」

「でしょうね。土地神の力の源である信仰を失ったとしてもそもそも土地神に選ばれるほどの力を持った妖怪であるわけだし、その土地から流れ込んでくる霊的エネルギーは信仰とは別のバイパスとして残るもの。」

「えぇ。私達が彼と出会った時には既に土地神としては非力ではありましたが、それでも普通の妖怪と比べれば大きな力を持っていました。ですから私達は彼とある契約をすることにしたのです。」

「落ちぶれたとはいえ神と取引をしたと?また怖れ多いことをしたものですわ。」

美神の言葉に中島は苦笑しながら言った。

「ええ。私もそう思いますよ。しかし彼の存在はそれほどに魅力的だったのです。土地神は信仰やその土地の霊的エネルギーをその身に取り込むことができる。そしてその力を凝縮することができたなら・・・」

「え?それって・・・まさか!?」

「本来なら土地神はその力を使い自身の妖力に変換させたり土地の回復のために使ったりします。しかし純粋な霊力の塊として形にすることができれば大いなる力の結晶を生むことができるのではないか。私どもの研究とはその力の結晶を作り出すことを目的としているのですよ。」

「あんたたち、自分の手で精霊石を作ろうとしてるってわけ!?」

美神の顔が驚愕に彩られる。
驚きのあまり依頼主の前にもかかわらず口調が元に戻っている。
横で聞いていたおキヌちゃんも驚いたように目を見開いている。
シロは・・・おそらく内容を理解できていないのだろう。ぽかんとした表情で二人を見ている。
中島から聞かされた研究内容は自然の奇跡を人の手で起こすというまさに神の所業なのだから。

「なんて馬鹿げたことを・・・ザンスの人間がこれを聞いたらあんた殺されてもおかしくないわよ。」

「はっはっ。確かにそうでしょうね。ですからこの話はここだけということに。」

精霊石は自然界で特に霊力が芳醇に湧きだすスポットでのみ発見される希少な宝石である。
それはダイヤモンドやルビーなどの宝石と同じように長い年月をかけて出来る。
精霊石の産出国であるザンスはその天然の奇跡を精霊の御技として神聖なものとして崇め奉られているのだ。
その信仰はある種狂信的でもあり、ザンスさんの精霊石を他国に輸出するというだけでもテロが起こるほどなのだ。
もし中島のいう研究が実現に至ったとしたら、その時のザンスの反応は想像するのも恐ろしいこととなるだろう。

「しかしこの研究が実現した時のメリットを考えれば、その程度のリスクは受けてしかるべきでしょう。それほどにこの研究は利益が大きい。」

「確かに、夢物語のようにも聞こえるけど、リターンを考えればかけるには値しそうな話ではあるわよね。」

「ちょっと、美神さん!」

先ほどとは打って変わって賛成意見を唱える美神におキヌちゃんが責めるように言う。
ザンスに知人がいる彼女からしてみれば、美神のそれは裏切り行為のように思えたからだ。
しかし美神は落ち着いた様子でおキヌに話す。

「いいおキヌちゃん。確かにザンスの人にとってはあまりいい話じゃないのは確かよ。でも、人工的に精霊石が生成できたとしたらその恩恵を得るのは誰だと思う?」

「え?えっと・・・南部の方、ですか?」

「ええ、確かに私達南部グループも莫大な収益を得ることになるでしょう。しかし美神さんのおっしゃっているのはもっと大きな意味でのことですよ。」

「大きな意味ですか?」

「ザンスの精霊石は総じて純度が高い。そして価格もそれに比例して一般のGSには手が出ないくらいに高いものばかり。でも南部が精霊石の生成に成功すれば、純度の低い精霊石が市場に回ることになる。」

「はいはい!わかったでござる!美神どののようにお金にがめつい人しか手に入れられなかった精霊石が他のGSでも買うことができるのでござるな!?」

「そうよ。唐須先生のような貧乏GSでも今までより簡単に精霊石が・・・って、誰が金にがめついですってぇ!?」

「ひたいひたい!ほっへをひっはるのはやへてくははれ〜!」

依頼主が目の前にいるのも忘れてシロの失言に制裁を加える美神をよそに、中島は微笑みを崩さず話を続ける。

「美神さんの言ったようにわれわれの作り出す精霊石はザンスのそれに比べて数段劣る純度の低いものとなることでしょう。しょせん養殖は天然には勝てないということですね。しかし精霊石はそれ自体の絶対数がすくない。そのために危険に身を投じるGSの方々が皆精霊石を持つことができないのが現状です。しかしもし研究が実現すればその危険を少しでも下げることはできるのですよ。」

「でもそれはその土地神を実験しなければできないこと、なんですよね?」

「ええ、おキヌさんの言う通りです。だから私達は彼と契約をした。彼が土地神の力で精霊石を作り出す研究に協力するのと引き換えに、私達は彼に完成した精霊石を渡す。私達に必要なのは精霊石を作り出すためのプロセスであって、そのノウハウさえ得ることができれば彼を飼殺しにする必要などないのですよ。そして精霊石は人間だけが扱えるわけではない。」

「まあ、もともと自然界にあるものを土地の管理者が使えない道理はないものね。」

現に美神は過去に精霊石の力を借りて唐須の教会にある庭に作物を育てたこともある。
人の手でできることを、霊的存在である妖怪が使えないはずもない。むしろ更に大きな力に変えることも可能だろう。
また信仰を失った土地神なら、その力は喉から手が出るほど欲してもおかしくはない。
とはいえ、おキヌにしてみればあまり気持ちのいい話ではない。
結果的に得られるメリットは大きくても、実際に行っているのは須狩や茂流田達と同じようなことに思えるのだ。
また、おキヌの特殊な生い立ちもその感情を後押ししている。
自分の生まれ育った村を守るためとはいえ、人柱を用いて人に害なす妖怪を封印したおキヌは長い年月地脈と一体となっていた。
土地神に離れなかったが、自然のエネルギーの流れを感じたことのあるおキヌは、人の手でそこに介入することがどれほどむずうかしいかを実体験として知っている。
中島の言う研究はその流れを思い通りにしようとしていることで、それに付随するリスクは中島が思うほど簡単なものではないように感じていた。

「でもそれはなんだか妙な話でござるな。」

先ほど美神に引っ張られたほほがまだ痛むのか、赤くはらしながらシロが疑問を発した。

「南部は妖怪を退治するGSために精霊石を作っているのでござろう?でも、妖怪にも精霊石を与えていて結局どちらも精霊石が手に入っては堂々巡りのように思うのでござるが。」

「シロ・・・あんた頭でも打ったの?珍しくまともなことを言っちゃって。」

「む・・・それはあんまりでござるよ、美神殿。確かに美神殿程頭がいいわけではござらんが、拙者でもその精霊石がここの土地神一人で作り出せるとは思わんでござる。例え作り方がわかったとしても人の手だけで精霊石を作るのがそんな簡単にできるものなのか。科学やら研究やらは拙者にはわかりもうさらんが、いわば一本の刀を作るのと同じでござろう?ならば刀作りに精通した刀鍛冶が何人も必要なのではないかと思うのでござるよ。」

「シロちゃん・・・まるでシロちゃんじゃないみたい。」

「アンタまさかタマモが化けてんじゃないでしょうね。」

「だからなんでそうなるでござるか!?」

あんまりといえばあんまりな態度にシロは憤慨するが、これも普段の行い故というか、確かにシロにしてはさえた見解であった。
中島も思わぬところから出た意見に驚きの表情を見せている。

「いや、確かにシロさんの言うことはもっともですよ。しかしそうは言ってもそれは実験が成功したらの話ですね。現時点では結局先ほど美神さんが言ったように夢物語の域を出ない話ですので。上の方もそれを分っているのかあまりこちらには精力的ではないのですよ。もちろん私達は実現に向けて努力はしていますがね。実際問題現段階では精霊石ともいえない霊力結晶を作り出すので精一杯といったところですよ。」

「霊力結晶?」

「ええ。それも不純物の多いもので、作り出した本人以外には使うことも出来ない欠陥品です。」

「それは・・・」

欠陥品の霊力結晶という言葉に嫌な響きを感じる美神。
それは美神の霊感に危険を訴えており、厄介な事態へと事件が転がっていく予感をひしひしと感じた。
それに、霊力結晶を作り出す技術はどこか横島の文殊の力にも似ている。
この霊力結晶と文殊の符号が何を意味するのかはわからないが、これまでの経験から何らかのトラブルが起こるような気がしてならないのだ。
美神は一刻も早く横島と連絡を取ろうと思い、依頼内容について聞くことにした。

「そちらの研究も興味深いけれど依頼内容のほうに話を戻しましょう。逃げ出した妖怪はあなたたちの協力者ということですが。」

「ええ。協力者、とは言っても彼にしてみれば単なる取引相手でしかないのでしょうが。現にこうしてここから出ていってしまったわけですから。」

「しかしそんなに簡単に逃げ出せるほどここの警備がしっかりしていなかったのですか?見れば対霊装備に関しては充実しているようですが。」

「対霊装備でござるか?」

「あんた気づいてなかったの?ほらここに来た時に妙な感じがするって言ってたじゃない。あれがそうよ。この建物は霊力や妖力を使うのに制限がかかるように作られているのよ。」

「ほう、やはりプロのGSの方は目ざとい。確かにこの研究施設内では妖怪やGSの方がその力を発揮できないように魔術的、科学的技術を盛り込んで作られています。現にシロさんの霊能力も使えないはずですよ?」

「な!?・・・本当でござる。拙者の霊波刀が鉛筆程度の大きさしか出せないでござるよ・・・」

「まあこんなの子供だましみたいなもんよ。プロのGSが本気出せばいろいろとやりようもあるしね。」

「とはいえ本来の力が出せないことには変わりない。特に彼に対しては何重に対策を施してはいたのですが、それも意味を為さなかった。」

「それほど強力な力を持っていたと?」

「ああ、いや、そういうわけではありません。彼自身の力はそう言った実力的な意味ではそこらの妖怪にも劣る程度の力しか有りません。」

「?・・・ではどうやってここから?」

「いやはや、それは何と言いますか死角を突かれたということですね。文字通り警備の穴をすり抜けられたんですよ。妖怪ということにとらわれていて、能力を封じて安心していたら研究員のカードキーをすられてしまったのですよ。」

猛獣だと思って頑丈な檻に閉じ込めたと思ったら、その檻のカギは手の届くところにあったというわけだ。
なんともまぬけな話である。

「それに加え彼自身の能力も少なからず関係していたようです。彼は自分で作り出した霊力結晶を使って誰にも見つからずに逃げおおせたのですよ。そのため私達が彼の脱走に気づいたのは半日たってからでしたから。」

「能力ですか?」

「はい。美神さん。サトリという妖怪のことはご存知ですか?」

その妖怪の名前を聞いて、美神の嫌な予感が増した。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



「タマモ、これはイレギュラーだ。いったん美神さんのところに戻ろう。」

たった今見つけた動物たちの屍の山は、明らかに異常であり横島の手に負えるものではない。
そう感じた横島はいまだ呆然とするタマモを連れて山を降りることを第一と考えたのだ。
だが下山を提案する横島にタマモは反応を示さずただ目の前の景色を見ているだけだった。

「おいタマモ!しっかりしろって!こりゃなんかやばいって!俺の危険センサーがさっきからデンジャーでマッハなんだからよ!!」

常軌を逸した場面に出くわし日本語がおかしくなっている。

「なんで・・・なんでこんなこと・・・」

「そんなん俺がわかるかー!!とにかくここから離れんと、このパターンだと強力な妖怪とか霊団とか怨念とかが出てきてもおかしくねーって!!」

「でも・・・」

煮え切らないことを呟くタマモの様子に横島はこのままでは立ちぼうけになってしまうと思い、強硬手段に出ることにした。

「悪いタマモ!」

「え?ちょっ!?きゃぁ!!」

立っていたタマモの脇を抱え肩に担ぐようにして横島はその場を走り去った。
突然のことにタマモは驚き悲鳴をあげるがそれには一切取り合わずとにかく山を下る道を一直線に走りぬける。
背中には大量の荷物を背負ったままだがその足取りはまったっく重さを感じさせない。

「ちょっと!下ろしなさいってば!!馬鹿横島!馬鹿島!!」

「落ち着けって!いいか?あの場で俺らにできることは何もない。そもそもあの死体の山が何であんなところにあるのかもわからん。今俺たちにできるのはこのことを美神さんに報告して原因を探ることだ。下手に手を出して藪蛇になったら元も子もねぇ!」

「・・・それって、自分じゃ何もできないってことじゃない。」

「そのとおり!自慢じゃないが、俺は美神さんがおらんとなんも出来んのだ!!」

わっはっはと豪快に笑う横島だが、言ってることはかなり情けない。
しかしそれが最善であることもまた確かである。
むしろ現場を維持した状態で正確な判断を下すことが解決への最短距離なのだ。
他力本願と言いたくば言えとばかりに言いきる横島をあきれながら、しかしもっともだと納得するタマモ。
少なくとも、あの雰囲気にのまれてしまった自分よりはまともな判断を横島は下したのだ。

「それに時間もやばい。もうすぐ日も落ちるし夜の山を地図もなしに動くのは危険すぎる。まあいざとなったら俺の携帯のGPSがあるが。」

「そうよ!その携帯でミカミに連絡を取ればいいじゃない!」

「・・・いや、それがそういうわけにもいかんのだ。」

「は?どういうことよ。」

「いやな?前に携帯を支給された時に、ナンパしたねーちゃんたちに電話しまくったことがあったんだが、それが美神さんにばれて俺から他の携帯に電話することが出来んように改造されちまったんだ。だから俺から美神さんの携帯にかけることは出来ん。」

「ちょ!?馬鹿じゃないの、あんた!!ほんと使えない男よね!!」

「仕方ないんじゃー!!思春期の溢れる情熱はおさえることが出来んのじゃー!!」

ちなみにメールはできるしようとなっている。全く連絡できないのも仕事に支障があるので、普段は横島から美神にメールを送ってから美神が横島に電話するというしちめんどくさい方法を取っているのだ。
そしてメールはとうの昔に送っている。

「自分で自分の首絞めてりゃ世話ないわよ!」

「しゃーないやんか!きれーなねーちゃんと長電話は男の夢なんやー!!」

「むしろあんたに電話番号を教える相手がいる方が私としては不思議なんだけど・・・」

「いや、俺も喜びのあまり電話かけまくったんだが、その全部が全部まったく関係ない番号かいかがわしい店の番号だった。ひどい時はゲイクラブの番号であんときゃさすがに泣いた。」

「あんたほんとに学習能力のない馬鹿よね・・・」

一時間当たりのメールマガジン及び迷惑メールは100件を超すという。
そうこうしているうちに二人は獣道から人の通る登山道へと出た。
空は赤から濃紺へと変わりつつあり足元はもうほとんど見えなくなっていた。

「ちょっと、もう下ろしなさいよ。さすがにずっと担がれたまんまじゃいらんないわ。」

「お、おお。そうか?」

よっこいしょっとばかりにタマモを下ろす横島に、荷物扱いをされたように感じなんとなく横島をけるタマモ。

「ってーな。なんだよ?」

「なんでもないわよ!」

イレギュラーに遭遇はしたものの、あとは道なりに行けば村のほうに出られる。
二人の足なら30分とかからずに山を出られるだろう。
ここまで来れば一安心とばかりに横島は一息つくことにした。
もちろんその足取りは緩めずに。

「なあタマモ。いったいあれ何だったんだろうな。」

「・・・そんなの、私に分かるわけないじゃない。」

「だよなぁ・・・」

これまで除霊作業で凄惨な現場に何度も出くわしたことのある二人ではあったが、それでもあれほどすさまじいものは見たことがなかった。
まるでこの地一帯の生物があそこで殺されたかのようなおびただしい量の死骸の山。
それは二人の理解の範疇を超えたものだった。

「自然に・・・ってわけはないよな。」

「違うわ。あれはたぶん誰かに殺されたのよ。ああ、私としたことが、なんで気付かなかったんだろう。私が追ってた匂い、あれ死臭だわ。」

「まじか!?でもそれならなんですぐに気付かなかったんだ?」

「多分だけど、臭いが強すぎて気付かなかったんだと思うわ。それなら私達が迷ってたのも説明がつく。新しいのも古いのも入り混じってたからどこかで混戦して臭いがループしてたのね。」

「でもそれっておかしくねーか?犬神の嗅覚って人の何倍も鋭いんだろ?シロも前下水道の中で臭いをたどったのを見たことあるぜ?」

「ええ。本来ならそんなことありえないんだけど、この辺一帯に感覚を麻痺させるような何かがあるんだと思う。じゃなきゃここに来てすぐに死臭だとわかる筈だもの。横島が言わなきゃ私たちずっとあそこでぐるぐる回ってたわよ。」

なまじ嗅覚が鋭すぎるために、ほかの情報を見逃してしまったのだ。
その点横島は特徴的な木々や道を視覚的に覚えていたために気づけたのだ。
鋭すぎる嗅覚を持つが故の弊害といったところだろうか。

「とにかく美神さんたちと合流しなきゃなんもわからんな。今回の依頼となんか関係あるかもわからんし。」

「そういえば今回の依頼対象って何なのかわかってないのよね。」

「あぁ、南部の研究所から逃げ出したってことしか書いてなかったらしい。まあ美神さんのことだから依頼料に目がくらんで気にしなかったんだろうな・・・」

「ほんと人間って欲望に忠実よね・・・」

「ちょっと待て、それは俺も入ってんのか!?」

「なによ、違うっての?」

「・・・」

タマモに睨まれて思わず顔をそむける横島。

「そう考えるとうちの事務所の連中って欲の皮が突っ張ったのばっかよね。シロは食欲の塊みたいなもんだし。」

「タマモはグータラ狐で寝てばっかだからな!三大欲求全部そろってんじゃねーか?」

「うっさい!」

自覚はあるのだろう。言い返さずに実力行使で不満を表すタマモ。

「いてっ!でもそう考えるとやっぱりおキヌちゃんはつくづく事務所の良心だよなぁ。」

「そうでもないと思うけど・・・」

黒絹を知るタマモは横島に聞こえないようそっとつぶやいた。
げに恐ろしきは乙女の嫉妬。愛とは最も厄介で人間特有の欲望ともいえるだろう。

ふと横島は前方に人影が見えることに気づいた。
人が歩くために舗装された登山道とはいえ電気が通ってるわけでもない山の中、こんな時間に山に入っては危ないと思いながらその人影に近づいた。
全身を覆うようなコートを着込んだその人影は何をするでもなくそこに立っていて、まるでそこで人を待っているかのようにも思える。

「あぁ、あんたらこの辺の人じゃないなぁ。町から来たのか?」

その人物は目深にかぶったフードの内からそう問うた。
やはり村の人なのかと思いながら横島はその言葉に返事を返そうとしたが、フードの人物はそれを遮るように先を続ける。

「都会の人か。いや、嬢ちゃんの方は人じゃぁないな。犬神かい。するとお兄さんの方は祓い屋さんか。ほう、他にも連れがいるんだね。はぐれちまったのかい?」

一瞬何を言われているのかわかりかねた。まるでその人物が自分たちではなく別の誰かと話しているような気がしたからだ。
しかしここには自分たちしかおらず、何よりその言葉が横島とタマモそしてここにはいない美神たちのことを指していると気づき目の前にいる人物に対する警戒を高めた。

「あぁ、俺のことをいぶかしんでいるね。いやいや、そう剣呑な顔をしなさんな。別に俺ぁあんたらに何かしたわけでもないだろう?特に嬢ちゃんはせっかちだねえ。そいつぁ狐火かい?そんなもんを向けられちゃ恐ろしくて仕方ないよ。」

「っち・・・」

指摘されたタマモはいつの間にか構えていた狐火を舌打ちとともに消した。

「あんた、何もんだ?」

横島は警戒を緩めずにひょうひょうとした態度を崩さぬ人物に尋ねた。

「察しが悪い兄ちゃんだね。祓い屋さんならもう気づいてるんじゃないのかい?俺ぁあんたらの飯の種だよ。」

妖怪。それを認める言葉と共に横島とタマモは反射的に距離を取った。

「横島、相手をしちゃだめよ。今はミカミたちに合流するのが優先なんだからね。」

「わーってるって。」

「なんだいつれねぇ兄ちゃんたちだな。別にそんなに怖がんなくてもいいだろうが。ここであったのも何かの縁だしちょっと話でもしていきゃいいじゃねぇか。」

「あんたが美人のねーちゃんだったらそうしたいところだけどな。残念ながら俺のセンサーに反応しないところを見るとそうじゃないらしい。悪いけど俺たちは先を急ぐんだよ。」

「そうかい。そりゃ残念だ。祓い屋さんも仕事があるんだろうし、俺がいちゃ用も果たせねぇわな。」

そういうと妖怪はその身をひるがえして二人に背を向けた。
一本道の登山道から外れて木々を分け入ろうとする姿を見ながら横島達の気が緩んだその時。

「ああ、でもな・・・」

妖怪の姿が突如消え、何が起こったのか気づく暇もなく、

「俺の方には兄ちゃんのほうに、文珠使いの横島忠夫に用があるんだったっけな。」

背後に現れた影によって横島は昏倒させられた。
二週間ぶりほどでしょうか。
おま愛の二作目を投稿させていただきました。
次の更新はもう少し間が開くかもしれないです。

説明回につき、ちょっと少なめです。

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