「騒いでいたのアイツらじゃないのよ。“まだ”鬼道め、なんで私らばっかり」
ドツかれた頭を摩りながら、タマモはブツブツと呟いた。
「んなことばっか言って、からかってるからだろうが。ほら、さっさと位置につけ」
煙草を灰皿で消すと、横島はスカイラインR33GTRオーテックバージョンから降りた。助手席にいたタマモは舌をだすと、後部座席に置いてあった薔薇の花束を手にしてドアを開けた。
超ミニのスパンコールのワンピースに網タイツ、そしてその上からファーコートを羽織ったその姿はとてもではないが女子高生には見えなかった。
「ちょっとバランス悪いかな。私の方がかなりグレード高かったわね」
鼻で笑うと、左腕に花束を抱え右手を横島の腕に絡めた。
「つーかさ、お前そんなコート持ってたか?」
「義母さんの拝借してきた」
「死にたいのか?」
「アニキにどうしても♪ って頼まれたっていえば、納得してくれるわ」
横島は思った。死んでも守るぞ―――――― コートを、と。
看板を出していない事務所であった。だがその前に路駐してある車で、そこが堅気の仕事でないことは容易く想像できた。
たまに人は歩いているのだが、それでも事務所側を通る人は皆無である。つまりは、そういう事務所という事であった。
白いメルセデスが事務所の前に停まった。そう広くない道路に600シリーズが停まってしまうと、ほとんど他の車両は通行できない。尤もこの事務所を認識して車で通ろうという者は、勇気と無謀を勘違いした者か自殺志願者である。
事務所の中から数人が飛び出してくると、一人がドアを開けた。いかにもその道の男がメルセデスからゆっくりと降りてきた。
数人が頭を下げ挨拶を繰り返す中、男は辺りを見渡した。立ち止まり道を回避する者、客から解放された夜の女、そしてホテルを待ちきれないといわんばかりにいちゃついているカップルの姿が見えた。
舌打ちをして煙草を咥えると、車を開けた男がすぐにライターの火を差し出した。
「呑気なもんだな……おい、GSの先生は?」
「いえ、まだお見えになっていませんが」
「催促の電話入れとけ。いつバケモノがカチこんで来るか分からんのだぞ」
苛立つようにフィルターを揺すると、紫煙が震えた。
「おい」
「へい」
「隣、ビル建っていたよな」
何を当たり前のことを聞くのだろうか。だがこの世界、親が白といえば鴉も白いのである。
「へい。ウチがここに入る前から建っておりやすが」
「なら、ありゃなんだ」
男が指差すと、5階建ての雑居ビルの外壁が闇よりも濃くなり、溶けるように姿を変えながら事務所の周りを取り囲んだ。
夜であるはずなのに、アスファルトに影が色濃く映し出されると次第に浮き上がっていく。
「な、なんじゃこりゃ!?」
事務所に駆け込み声を上げると、若い衆が銃やドスを手に表に駆け出した。
形づいてきた影に向かい発砲するが、僅かに動いただけで動ずることなく何か別のモノへと変わっていった。
「ハ、ハジキが効かねぇ!?」
ドスを持った男が体ごと影にぶつかっていくが、金属音とともに白刃が舞った。
「刺さりもしねぇ!?」
腰を抜かしたまま後退りしていくと、影は生き物へと姿を変えた。いや生き物といって支障があるほどの姿であった。
耳は尖り、口は耳元まで裂け涎のようなものを二股に割れた舌から垂らしていた。獣のような者、腕が四本ある者、四つんばいの者もいる。まさに異形の者であった。
銃弾を受け、ドスを弾き返した異形の者が口を開け、叫び声を上げた。この世のモノとは思えない叫び声に、魂が凍りついたかのように動けなくなった。
異形の者は、右手を座り込んでいる男にゆっくりと突き出した。ゴリラのような巨大な手についた鷹のように鋭く尖った爪が、男の顔に近づいた。
銃声が響いた。誰が撃った? 無駄だ。バケモノに効くワケがない。動けない組員たちは、誰もがそう思った。
掌が彷徨うと、異形の者はゆっくりと振り向いた。道路の向かい側にいたカップルの男の腋から煙が昇っていた。
「あ〜、その図体だと銀の弾丸一発じゃ無理か。あと頼むわ」
異形の者が雄叫びをあげ、こちらに向かって走り出した。
「りょ〜かぁ〜い」
薔薇の花束が向けられた。異形の者が大きく弾け飛ぶと、硝煙と赤い花弁が舞った。
「そんな近くで撃つな。うるせーし、なによりコートが汚れる」
「だから義母さんに怒られるのはアニキだって」
口元を緩めると、薔薇の花に混じりショットシェルが舞った。
「古典だよな、薔薇の花束にショットガンなんてよ」
右手に持っていたブローニングHPの弾装を精霊石弾へと換えると、スライドを引いた。薬室内の弾丸が排出されると、左手で受け止め9ミリの銀の弾丸をポケットに入れた。
タマモの撃ち出す銀製のダブルオーバックは、次々と異形の者を倒していった。数は多いが、タマモのスピードに追いつくものはいなかった。獣の人外もいるのだが、大妖金毛九尾と対等に戦える剛の者はこの中にはいなかったようである。
とはいうものの、この数ほどのショットシェルはモスバーグの中に入ってはいない。6匹倒すと、弾丸はつきた。
「あいや。弾丸切れた」
苦笑すると、モスバーグを肩に担いだ。
一斉に襲い掛かる異形の者たち。左手に念を込めると、口元が裂けるように笑った。
「ちょい待てーー!!」
横島がタマモにブローニングを放った。それを受け取りトリガーを引くと、異形の者たちは内部が爆発するかのように弾けていった。
「なによ〜、精霊石弾なんて必要ないのに」
いらないとばかりにブローニングを振って見せるが、顔は思い切り綻んでいた。
「お前、狐火つかうつもりだっただろうが。そのコート、フェイクじゃねぇんだぞ!」
「そっちかよ」
抗議するかのように、タマモは頬を膨らせた。
「あ……」
武器を手放した横島に、真上から異形の者が襲い掛かった。
「あんま使いたくねぇんだよ! 令子に怒られるから!!」
右腕を上げると、蒼白い光りが横島を包んだ。
横島に触れることなく、異形のモノは宙に浮いていた。右腕を振るうと、力を無くした異形の者がアスファルトに叩き付けられた。
「なによ。タダなんでしょ、それ。弾丸代の方が高くつくじゃない」
横島の右手の霊波刀を指差して見せると、横島は霊波刀を消した。
「背広の袖がボロボロになるんだよ」
「あ、なるほど。それでシロの革ジャンの袖、ボロボロなんだ」
関心したかのように、手で判をついた。
「あんたら、なにやってんだ!! バケモノたちが逃げちまうぞ!」
事務所の中で震えていたはずの組長が、飛び出してきた。
「さんきゅー」
タマモは存在を無視したかのように、横島にブローニングを手渡した。
「あんたらには高い金払っているんだ。さっさと始末してくれ」
横島も聞いてないかのように、ブローニングの弾装を取り出すと弾装を取替え先ほどと同じようにスライドを引いた。
「心配すんな。あっちはギロチン台さ」
ショルダーホルスタにブローニングを入れ踵を返すと、タマモが腕を絡めてきた。
路地を異形の者たちが駆けている。
擬態をする余裕もなく、そして異界に逃げる術もなかった。とにかくあの場から離れないと……残された異形の者たちは全て獣系であり、野性の勘があの場所からの撤退を告げていた。
足が止まった。この先に行くことを体が拒絶した。
両側にビルがそびえ、その先から街の灯りが路地を照らしている。灯りの中に人影が見えた。こちらに向かい、ゆっくりと歩いてきている。
靴音が聞こえる。周囲の雑踏の音が消え、靴音だけがはっきりと聞こえた。
「罠……」
異形の一人がそう呟いた。
あの事務所前の派手な戦いは、この道へと誘い込み確実に仕留める罠であった。
一人が錠剤を口にすると、次々と異形の者たちは錠剤を口の中に入れた。
体が震えだし、血管が浮かび上がる。心が折れたかのような者たちの目が、狂気にも似た光を帯びた。
「増強剤? いや麻薬でござるな」
歩いていたシロは、立ち止まると右手に念を込めた。白刃の輝きに似た銀色の霊波刀が、暗闇を照らした。
「狂気で恐怖を消す……単純だが有効な手段でござるが」
一歩、足を進めた。叫び声と鋭い爪がシロに迫る。白刃が一閃すると、爪が腕ごと壁に突き刺さった。巨体が振り返ると、そのまま上半身と下半身が二つに別れた。
シロが歪んだように笑うと、犬歯から涎が滴り落ちた。唸り声を上げると、空気が震えた。その刹那、狂気が薄れた。麻薬により作られた狂気を、野性の狂気が飲み込んでいく。異形の者の四散した臓物が、ビルの壁を赤く汚した。
「蜥蜴に熊、豹にイタチか……ちょっと喰い足りないでござるな」
霊波刀を消し、口元についた返り血を舌で拭った。ふと何かを思い出し、イタチの元へと戻った。
「お主は、この前の……」
髪を掴み顔を上げると、池袋で見かけた人外であった。
まだかろうじて息があったらしく、シロの腕を掴んだ。あくまでかろうじてである。その手には力は残っていなかった。
「妹……妹ハ…………」
掴んでいた手から完全に力が抜けた。
「妹? 兄妹で密入国したでござるか?」
狂気の抜けた顔を歪めると、携帯電話を取り出した。
「で、お前はその妹とやらを探すのか?」
シロが事務所に戻り報告すると、横島は机の上に足を投げ出した。
「スーツの件があるでござるからな。その分の料金でござるよ」
「なんだよスーツの件って?」
「乙女の秘密でござる」
どうせロクなことじゃないと言わんばかりに、横島は溜息をついた。
「ねぇねぇアニキ。さっきの仕事の金は貰ったの?」
ソファーに寝そべっていたタマモが顔を上げた。
「当たり前だろ、あんなの前金に決まっとるわい。後払いだと難癖つけて払わねぇか、パクられて踏み倒されるんだぞ」
「そ。なら安心」
「つーかお前ら、風呂入ってこい。血と硝煙のコロンを振り撒いてんじゃねぇよ」
そう言われると、二人とも自分の匂いを嗅ぎだした。嗅覚に優れた犬神であるが、戦闘の後の嗅ぎ慣れた匂いは妙に落ち着くらしい。
タマモが拳をシロに向けた。シロもそれに従う。二度ほど突合せると、シロがパー、タマモがチョキを出した。
「くっ……裏の裏をかいたつもりが」
「あんたのココに合わせたのよ」
チョキにしたままの指を自分の頭に向けると、クルクルと回してみせた。
「くるくる?」
部屋を出て行く寸前に、指を全部開いた。
「パー」
意味に気づいたシロはタマモを追いかけようとするが、電話の音に足を止めた。
「はい、美神除霊事務所……なんだ、お前かよ」
受話器から漏れてくる声で、相手が西条であることは分かった。
「西条からだ」
横島が顔を曇らせるようにして受話器をシロに差し出した。
「なんでわざわざ事務所の電話でござるか? 携帯でいいのに」
『横島君にも伝えることがあってね。無駄話はともかく用件だけ伝える』
「用件?」
『忘れたのかい? 君が探せといったんだぞ』
「えらく早かったでござるな」
『なぜ襲ったかを辿ればすぐに分かるさ』
「それで居場所は?」
『港区○○7−6 金沢って屋敷だ、四日程前にそこに売られている。気をつけたまえ、相手は“一応”は政治家だ。子飼いがいるぞ』
「喰いちぎるのみでござるよ」
電話を横島に放り、事務所を飛び出した。
ガレージに停めてあるシルバーのRG500ガンマに跨ると、キーを回しキックペダルを蹴り込んだ。ガレージに乾いた音と白い排気が立ち込めると、ギアを一速に蹴り上げアクセルを開けた。
リアタイヤがスライドしているにも関わらずアクセルを開け、ブラックマークとカストロールの匂いを残しながら2ストローク独特の音を深夜の街に響かせた。
「売り先は政治屋か」
肩で電話を挟むと、横島は煙草を咥えた。
『違法ではないからな、堂々と帳簿を残していたよ』
「狩られるという事を考えたことがねぇんだろ。ヤクザ(893)、つまりはカス以下だからな」
『そのカス以下から仕事を請け負う君はどうなるんだ?』
「カス以下が払おうと、金は金さ。タダであいつらを暴れさせるワケにはいかねぇだろ。弾丸だってロハじゃねぇんだ。テメェらみたいに、税金で弾丸代出ねぇからな」
『弾丸代は回収できたのか?』
「令子の教えが効いていてね、あぁいう輩からは前金でしか仕事は受けねぇよ」
『しっかりしているというか、なんというか……』
「そうでもしねぇと生き馬の目を抜くこの世界、渡ってはいけねぇよ。テメェや義母さんみてぇなのがゴロゴロいやがるからな」
『いってくれるねぇ』
「で、あの百鬼夜行もどきの連中はどうなるんだ?」
『君が頭を潰したじゃないか』
「潰したのはタマモだ」
『君の弾丸もしっかりと入ってるじゃないか……とにかく頭潰されたんで、知能のある連中は潜ってしまってる。復讐考える余裕はないだろうね、生きるだけで精一杯さ』
「他は?」
『これまでと同じさ』
「ゴミ漁りか……」
フィルターを歯で軽く噛むと、紫煙を吐き出した。
「ネズミやカラスよりはマシだな。病気を撒き散らすことはないしな」
『喰い残しもないしね。ゴミ箱は綺麗なものさ』
タマモが頭を拭きながら、部屋に入ってきた。
「煙草ちょうだい」
いいながら横島のポケットから煙草を奪うと、横島の吸っていた煙草の切先から火を貰った。
「で、義母さんから……おまっ!! なんつー格好でおるんじゃ!!」
本人曰く、シブく決めていたはずの横島が急に叫び声をあげた。
それもそのはず、タマモはシロ曰くフンドシ一枚の姿であった。
「なにいってんのよ、お風呂上がりだから当たり前でしょ」
容易く想像がついた電話口の西条は、令子に密告することを決断した。
『お二人とも、おキヌさんから伝言です』
「なに?」
『“死なす”だそうです』
「なんでぢゃああああああああああああああああああああああ!!!」
叫び声を上げると、壁を突き抜けシメサバ丸が飛んできた。
シロの操るガンマは、深夜の街を白煙を撒き散らしながら疾走していた。
酔っ払いを乗せているタクシーをパイロンと変え、右に左に四本のチャンバーから吐き出す白煙が揺れていた。
港区に入ると、現実でありそして現実でないものの群れが見えた。
「百鬼夜行?……いや餓鬼の群れでござるか」
通り過ぎミラーで確認すると、アクセルを開けた。全開にしてしばらくすると、アクセルを緩めブレーキを掛けた。
大きな門があり、表札には金沢と記してあった。
忍び込むのは、さほど難しくはなかった。センサーなどを配置しているものの、軍事基地などに比べれば散歩に行くようなものである。見張りが三人ほどいたが、当身を入れ昏倒された。木製の大きなドアがある玄関から堂々と家の中に入った。鼻を動かすと、頬が引きつった。
「血の臭い……かなり濃いでござるな」
血の臭いだけではなかった。雄特有の臭いも混ざっている。昔、横島の部屋にこびりついていたものと違い鼻が曲がりそうであった。真っ直ぐに臭いのする方に向かうと、もう二人飛び出してきた。二人とも頭を床に叩きつけて、意識を飛ばせた。
地下に続く階段から臭いがあふれ出していた。胸がムカつき、吐き気が込み上げてきた。右手で鼻を擦ると、階段を降りていく。外の造りとは違うセメントを剥きだしにした階段の先に、鉄製の扉があった。手を伸ばそうとするが、その手を止めると右足で扉を蹴りつけた。
覚悟はしていた。覚悟はしていたが、あまりのヒドさに顔が歪んだ。
「タマモにドアノッカー(スラッグ弾入りショットガン)借りてくるんだった……」
中にいた二人の人間の目がシロに向いた。それを完全に無視すると、部屋の中を見渡した。
地下室だということを意識しているのか、薄暗い照明であった。そしてそれがこの部屋の陰湿さを倍増させていた。
入口とは対照的にかなり広い部屋である。その広い部屋の中に人型、獣型の人外がいた。だが生命を感じるものは、二人の人間とシロだけであった。
「授業で習いはしたが、まさか本当に使う奴がいまだにいるとはね」
血に汚れた中世ヨーロッパの拷問装置。そしてB級のスプラッタ映画を見るかのような、原型を留めていない人外たち。どの顔もこの世を怨むかのように苦渋に満ちていた。
生かさず、だが殺さず。人間よりも生命力のある人外たちにとっては永遠とも思える苦痛な時間であったであろう事は想像に容易かった。
「だ、誰だお前は!!」
小太りの初老の男がこちら指差しながら、怒鳴り声をあげた。
「先生、近づかないでください。噛みつかれますよ」
細身の男が左手に刀を持ったまま、初老の男を制した。
「コイツは、美神事務所の人狼です」
先生と呼ばれた初老の男が金沢であろう。そしてもう一人の男は、人外専門のボディガードといったところであろうか。手にしていた刀が霊刀であることからそれを推測すると、奥へと歩いた。
生肉工場のように吊るされている死骸を避けながら、辺りを見渡す。雌型の人外からは、人の雄の臭いが溢れていた。
足が止まった。つい数時間前、斬った男と同じイタチの人外。人の雄の臭いで覆われている体に触れてみるが、すでに冷たくなっていた。目を閉じさせようとしたが、かなり硬直しており目蓋はなかなか降りなかった。
「どこの依頼だ? 金は倍払うぞ」
「無駄です。人狼は義理堅い、金で転びません」
男はシロとの間に入ると、金沢をドアの方へと導いた。
ゆっくりと立ち上がると、シロは見下ろすように二人を見た。氷のように冷め切った目であった。
金沢が階段を上っていくが、シロは微動打にしなかった。
男が霊刀を抜き、中段に構えた。
「霊能者のクセに、ブタに食わせてもらっているのか?」
「刀は斬らねば錆び付いてしまう。ここにいれば相手に困ることはない」
「動かない、動けなくした相手をか?」
「動く動かないは関係無い。定期的に肉を斬るということが、大切なんだよ。お前もそうだろう?」
「そうかもな……今日、斬ったばかりだ」
右手に念を込め、霊波刀を露にした。
「この仕事、いくらで引き受けた?」
「なぜそんなことを聞く?」
「お前の命の値段だからさ」
男が一気に歩を詰めると、斬りかかってきた。
「スーツ一着」
「安い命だな!!!」
男の刀を右手一本の霊波刀で払いのけた。金属音が響く。刀を弾かれバランスを崩した。
「そうでもない」
地下室に轟音が響いた。硝煙が立ち昇る。
「拙者の命ではない。お主らの命がでござるよ」
右手の霊波刀は消え、左手にワルサーP99が握られていた。
「スーツ一着、お主らの命にしては高過ぎでござるな」
「さ、侍だろ……お前」
男の声を銃声が掻き消した。
「拙者の刀を貴様らの血で汚す気などサラサラ無いでござる」
言葉が終る前に、男は膝をついた。シロはもう一度トリガーを引いた。
銃声を聞くと、金沢は携帯電話を片手に家を飛び出した。
「警察? いやオカルトGメン」
震える指でアドレス帳を開くが、文字がぶれて見えていなかった。
とりあえず、ここから逃げなくては―――広い庭を駆け抜け、門に辿り着いた。
「な、なんだ? なんだこりゃ!!」
門の外には餓鬼の群れが集まっていた。
右手で男の髪を掴み、死骸を引き摺りながら家を出た。餓鬼の群れに囲まれ金沢が悲鳴をあげていた。
金沢目掛け、男の死骸を放った。男の重さに耐えかねた金沢は、そのまま押し潰される。餓鬼の群れが、一斉に死骸に喰らいついていく。人の血を浴びた金沢も、餓鬼に生きたまま齧られ続けた。
金沢の悲鳴が続く中、それにありつけなかった餓鬼たちは、家の中へと入っていった。脇目も振らずに地下室へ向かっている。
携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。
『はい、西条』
「間に合わなかったでござる。金沢議員は、魑魅魍魎に食い殺されてしまったでござるよ」
しばらく返事がなかった。
『了解した。正規のGメンを向かわせる』
西条の言葉を聞くと、携帯電話を閉じた。
玄関を閉めると、ワルサーを空に向けた。銃声が響くと、二人に集っていた餓鬼たちは蜘蛛の子を散らすように消えていった。
食いかけの二人の側を歩くと、金沢の唇が僅かに動いていた。おそらく「助けてくれ」とでもいっているのであろう。
冷めた目で金沢を見下ろすと門を潜った。
―――同日、午前2時 某署前―――
取調べを受けた男が警察署から出てきた。美神除霊事務所に仕事を持ち込んだ男である。
容疑は麻薬取締り法違反であるが、政治的圧力のせいであろうか、数時間で釈放された。
途中オカルトGメンからも出向いてきたが、法的に罰することはできないと事情を聞かれただけであった。
組長であるはずの男だが、組員が迎えにきていなかった。生憎と携帯電話は、事務所に置いてきていた。憎々しげに唾を吐きつけると、流しのタクシーを捕まえようと大通りを目指した。
街灯の多い道であった。夜も遅いせいか、人の気配がなかった。自分の足音だけが聞こえる。
「逆恨みしやがって、バケモノが。余計な金使わせやがって」
MDMAを人外に投与し、言いなりにしていた。薬というものを投与されたことのない野性の者にはかなり有効であった。そのために、雌は体を投げ出し、雄は命さえも投げ出していた。
密入国者への常套手段ともいえる手を使えたのは、偏にこのためであった。そして扱いもほとんど変わりない。いやそれ以上ともいえた。
金持ちの慰め物やペットになるのは、マシな方である。雄は戦力として暴力団関係で取引きされ、戦闘に向かないものは労働に回され、それさえもできないものは実験用のモルモットとして扱われた。そして雌は特殊な趣味の金持ちや政治家のオモチャにされた。
人も同じように扱ってきた、ましてや人外である。法に触れていない以上合法であり、確実な稼ぎといえた。
通りなれていない道である。不思議な感覚に首を傾げると、男は振り返った。警察署の灯りが見えた。
短い時間とはいえ、歩いたはずであった。大通りが少しは近づいたはず……だが今いるのは丁度中間地点である。ほんの1分もあれば大通りに出られるはずであった。
大通りの灯りが歪んでいった。陽炎のように揺らめくと、皹が入り裂けていく。まるで空間が裂けているようであった。
後ろを振り返ると、警察署の灯りも歪んでいた。
懐に手を入れるが、警察署に連行される前に得物は全て事務所に隠してきていた。不安げに左右を見渡した。
頭に何かが触れた。見上げると空が裂けていた。
裂け目から原形を留めていない人外が溢れ出してくる。腕が無いもの、足が無く腕だけで体を引き摺るもの、頭が半分なく眼球が飛び出しているもの、内蔵を引き摺っているもの。
男を目指しゆっくりと、だが確実に近づいてきた。
「お、俺が誰だか分かってんのか!」
脅しが聞こえている様子はまったくなかった。同じ歩調でじわりじわりと近づいてくる。
最初に近づいた人外が腕を掴んだ。振り払うと人外の腕が外れた。
「く、くるんじゃねぇええええええ!! このバケモノ!!!」
眼球が無いはずの人外が笑ったように見えた。この笑いで男の何かが音を立てて崩れた。
ヤクザの威厳とやらは無かった。未知への恐怖で引きつり、小便を垂らす、ただの獲物であった。
怯え、泣き叫ぶが人外はゆっくりとした動きを止めようとはしなかった。
崩れ、壊されながらも男を押さえつけると、一人が足に噛み付いた。それを合図に、人外たちは男の体に牙を立てていく。
手足をもぎ取られ、内蔵を食い荒らされる。だが意識はまだ残っていた。
そして自分が何をされているか、全て見えていた。
目の前に牙が見えた。頭に牙が食い込み、頭蓋が割れる音を聞いた。
「元々力なんてないクセにちょっと立場がよくなれば好き放題、立場が悪くなると泣き叫び許しを請う……ほんっっっっっっっと人間っておもしろいわ」
ビルの屋上から男を見下ろすと、タマモは煙草に火をつけた。
「終ったでござるか?」
「ん? きたの?」
タマモの隣からシロはビルの下を見た。
アスファルトに座り込み、穴という穴から液体を垂れ流しながら男は笑っていた。
「殺さなかったのでござるか?」
「や〜よ、めんどくさい。それに、お風呂入ったから汗かきたくないしね」
タマモは男を見下ろしながら、口元を緩めた。
「で、アイツには何を見せたのでござる?」
「生きたまま喰われるエンドレスバージョン」
「エンドレスの割りには、楽しそうでござるな」
「一周目でアウトみたいね。まぁ所詮はカス以下だし」
携帯電話を取り出しボタンを押した。
『はい西条』
「ア・タ・シ。令子よ」
隣にいたシロがビルから落ちそうになった。
『似てないよ』
「冷たいわね」
『用件はなんだ? 後始末で忙しいんだが』
「どーせ事務所で部下の連絡待ちでしょ」
『冗談をいっているということは終わったという事かな?』
「ええ、某署の人間迎えに行かせて。幸せな人になってるから」
『外見はだろ?』
「まぁね。んじゃ後よろしく」
電話を切ると紫煙を空に吐き出した。ビル風に流され、紫煙は星の見えない空に消えていった。
「さ〜て終った終った。飲みにでも行こうか?」
煙草を携帯灰皿で消すと、タマモは背を伸ばした。
「そんな気分にはなれないでござる。何か後味悪い気分でござるよ」
「なによ、助けられなかった人外に同情でもしてんの?」
「同情なんてするワケないでござるよ。拙者らがあいつらに同情するというのは、インディアンやバッファロー殺しまくって平等や自然保護を叫んでいるエゴの国と同じでござるよ」
「似たようなのヨーロッパで散々見てきたしね……んじゃ良心でも痛んだっていうの?」
「良心は去年ドックフードに混ぜて食ってしまったでござる。今頃は大西洋で魚のエサになっているでござろな」
「汚ったないわね……まぁ私もお揚げ包みアゲの具材にして食っちまったんだけどね」
「お主も下品でござるよ」
「似たようなもんじゃない」
苦笑するとビルの反対側に向かい歩き出した。
「今日は帰って寝るとするでござるよ」
「一人寂しく?」
「そう、一人寂しく」
「冷えるわよ、今夜は。人肌恋しくない?」
「確かに一人寝は寂しいでござるな」
二人は顔を会わせた。同時に体をくねらせた。
「うふ♪」
「あはん♪」
同時にお互いの腕を絡めると、ビルの非常口から下へと向かっていった。
タマモの電話を終えた西条は、オカルトGメン日本支部の事務所で書類を見つめていた。
今回の人外売買の主犯である組長の書類と、その得意先で人外に殺害された金沢代議士のファイルである。
一通り目を通すと、苦笑しながらシュレッダーに放り込んだ。バラバラに刻まれるファイルの音を耳にすると煙草を咥えた。
朝の日差しがカーテンの隙間から差し込む。
まだ閉じようとした目を擦りながら背伸びをした。隣の愛しい男に触れようと手を伸ばす。
その手には何も触れない。ささっと手を動かしてみるが、まったく当らない。慌てて体を起こすと、隣には誰もいなかった。
「え?」
布団を捲り見てみるが、愛しの旦那の姿がなかった。嫌な予感がして思わず頬が引きつった。
慌ててベッドと壁の隙間を覗き込んだ。
パンツ一丁の金髪と銀髪の二人の少女に挟まれ、身動きがとれずうなされている旦那の姿があった。
「あんたら……なにかましとるんぢゃああああああああああああああ!!!」
雲ひとつない空に令子の叫び声が響いた。
日本は今日も平和である。
――― 終 ―――
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