3837

【夏企画】危険な夏 〜後編〜


「はぁ? シロと連絡が取れなくなった?」

 事務所で待機していたタマモは電話を手にすると、正面にあるオカルトGメン事務所の窓を睨みつけた。

「場所分かってるんでしょ、いいなさいよ」
『いえ、タマモさんはそのまま待機してくれとのことです』
「舐めたこと言ってんじゃないわよ」

 電話を切ると事務所を飛び出し、隣のビルへと駆け込んだ。電話応対していた事務官を見つけると、カウンターを飛び越え襟首を掴み上げた。

「あんた……燃やすわよ」

 呟くような声だが、女の心臓が凍えそうに縮み上がった。

「何物騒なこと言ってるの、穏やかじゃないわね」

 西条のオフィスのドアが開くと、美神美智恵が顔を覗かせた。

「義母さん……」
「こっちいらっしゃい」

 事務官の襟首から手を放すと、美智恵の言葉に従いオフィスへと入った。ソファーに座ると、機嫌がよろしくないとばかりにオーバーに足を上げてから組んだ。
 
「まったくこの娘は、夜遊びはするは、家に寄り付きはしないは、似なくていい所ばっかり令子に似ちゃって」

 苦笑しながらアイスコーヒーをグラスに注ぐと、テーブルの上に置いた。タマモは美智恵に視線を合わせず、グラスの中のコーヒーを睨んだ。

「電話が通じないのはおそらくアンテナを破壊されたせいね。電話会社は対応に追われているみたいけど、現場には立ち入りができない状態だわ」
「それが分かっていて、なんでいかせてくれないの?」

 目線が上がり、美智恵を睨みつけた。

「あの辺一帯が封鎖されているのよ。不発弾が見つかりましたといってね」
「ひょっとして大物って、政府筋?」

 タマモの言葉に美智恵は、口元を緩めた。

「誰がそんなこといったの?……聞くだけヤボか、忠夫君ね」

 誤魔化すようにアイスコーヒーに口をつけた。

「政府筋ということには間違いないわ。実際には微妙に違うけどね」
「どういう意味?」

 美智恵は自分用に注いだアイスコーヒーを口にした。

「一部の親米派がゴマ擦ってるのよ」

 タマモは首を傾げた。

「戦時中、日本は心霊兵器の開発を秘密裏に行っていたわ。開発とは名ばかりの、表にだせないような人体実験がほとんどよ。そのデータの量と質は、中世ヨーロッパにも匹敵するらしいわ」

 再び首を傾げた。

「ちゃんと勉強しなさい、学校で習ったはずよ」

 音を立ててコーヒーを啜った。

「そのデータをアメリカが狙っていて、一部の政治家がお膳立てをしているのよ」
「セコいわね」
「ほんとセコいわ……まぁそのセコさのせいで、封鎖されちゃってるんだけどね」

 いいながら笑った。

「いや笑ってる場合じゃないし」
「笑っちゃうわよ。誰がやったかバレバレになるんだから、売国奴扱いで政治生命どころの騒ぎじゃなくなるわよ」
「失敗すること前提?」
「シロちゃんが負けると思う?」
「条件によると思うわ……」
「見なさい」

 美智恵はテーブルの上に地図を広げた。

「ここがシロちゃんと西条君がいる旧家。そしてこれが封鎖している地区。そしてこことこことここが携帯電話のアンテナよ」
「四方がビルね……これ囲まれちゃってるわよ。アサルトライフルで狙えば、ここから出られないわ」
「そうね、ここに閉じ込められちゃうでしょうね。でも奪えはしないわ。連中はデータを奪わないと仕事が成功したことにはならないのよ」
「当然そうよね」
「封鎖しているとはいえ日本国内よ。特殊部隊の小隊はつぎ込めるけど、一個師団はつぎ込めない……近接戦闘でシロちゃんが負けると思う?」

 タマモは眉を歪めた。素手の戦闘ではシロよりも強い奴はいる。近場では伊達雪之丞がそうである。だが銃器を使い出して、シロの戦闘力は急激な伸びをみせた。飛び道具を手にすることにより、戦いに幅がでたのだ。実際3ヶ月の遠征の間、シロが手傷を負った姿をタマモは見ることはなかった。

「粘ると?」
「向こうが痺れをきらせたら、完全に勝てるでしょうね。でもシロちゃんも私もそこまで気は長くはないわ」

 美智恵はセピア色の古い写真を取り出した。

「誰これ?」
「大日本帝國陸軍、特殊心霊部隊隊長岩井佐吉中佐、もちろん故人よ」
「灰になってる奴なんか興味ないわよ」
「肉体は灰になっても、まだ現世に未練があったのよ」
「亡霊にでもなったの?」
「人をあれだけ殺しても、自分が殺されたことには納得がいかなかったみたいね」
「めんどくさ……」

 煙草を咥えると、狐火で切先に火をつけた。

「化けてでたところを、GSに封印されたのよ。あっさりと」
「バカもそこまでいくと極めているわね、霊体分解して標本にしたら?」
「まぁ似たようなことをするんだけどね。データの全容を引きずり出させてもらうわ」
「お義母さま、こわ〜〜〜〜〜い」

 手を口元にあてると、体をくねらせた。

「とにかく封印されたコイツを証人にすれば、大手を振ってICPO権限が行使できる。さすがのアンクルサムもバチカンには逆らわないわ。国民のほとんどを敵に回しては、得意の物量作戦も使えないしね」
「ならここで待機しているっていうのは……」
「封印された札を取りにいってるのよ。もちろん別件でのガサ(ガサイレ・家宅捜査)だけど」
「向こうで待ってた方がよくない?」
「あんたが目立つところにいれば、何をしようとしているかすぐにバレるわよ。だから待機してろっていってるの」

 納得いったようないかないような、複雑な顔を浮かべながら紫煙を吐き出した。

「とにかく、証人と証拠を押さえようとしているワケね」
「ひらたく言えばね」
「めんどくさいわねぇ……全部殺しちゃえばいいじゃない」

 口の端を歪めるように笑った。歪んだ娘の顔を見ると、美智恵は窓の外を見た。満月ではないが、かなり丸くなっていた。

「満月が近いとはいえ、凶暴過ぎるわよ。少し控えなさい」
「シロよりはマシよ。暴走したアイツにはさすがの私も近付きたくないもの……まぁそれでも、アニキの暴走よりはマシだけど」
「まぁね……あれさえなければ、最高の息子なんだけど」

 何かを諦めているのか、美智恵はアイスコーヒーを飲み干した。どのような意味での暴走であるのかは、語らずともお互いに理解できていた。
 オフィスの電話が鳴った。

『美神臨時顧問、回収班よりお電話です』
「噂をすれば……と」

 美智恵が受話器を上げた。

「美神です。上手くいった?……え?? ない? 無いってどういうことよ!」

 美智恵が声を荒げると、タマモは立ち上がり電話の近くにいった。

『向こうもガサで気づいたようです。盗まれたんですよ、一般人に』
「一般人に? 一般人があれの意味分かるワケないでしょ。外見はただの札よ?」
『防犯カメラに映ってましてね、使用済みの吸引符を数枚盗んでいます。これが誰のだとは気づいていないようでした』
「使用済みを? 素人じゃないんじゃないの? 協会の照会はやった?」
『ええ、登録はされていません。犯人は女性、派手な格好をしていますが年齢は16〜18歳くらい、学生のようです』

 派手な格好と聞くと、美智恵はタマモの方をみた。今のタマモは確かに派手ではあるが、色気の方の派手ではない。黒の革パンツにバイク用のブーツ、YELLOW CORNのロゴが大きく入った黄色のショートレザージャケットを胸だけを隠したチューブトップの上に羽織っていた。
 タマモは首を振るが、何かに気づいたように美智恵から電話を奪った。

「ちょっと待って、映像送れる?」
『動画にして送れますが、ヤラ(盗聴)れますよ』
「いいから!」
『分かりました』

 デスクのパソコンの前に駆け寄ると、すぐにデータが送信されてきた。

「どうしたの?」
「嫌な予感がするのよ……やっぱり昨夜シメておくべきだったかな」

 データを開け、動画を再生させた。
 見覚えのある顔にタマモは犬歯を鳴らすと、携帯電話を取り出しメールを打ち出した。

「まさか六女の知り合い?」
「当たり。夏に浮かれたガキがのぼせ上がってんのよ」

 美智恵が電話を取り、緊急配備を引こうとした。

「このガキと吸引符は私がどうにかするわ。義母さんは、封鎖の件お願い。こっちが遅れれば、シロはともかく西条さんが危ないわ」

 言いながら窓を開けるとそのまま飛び降り、美神除霊事務所のガレージに駆け込んだ。イエローのVMAXに飛び乗ると、ミラーに掛けていたパイロットヘルメットを被りセルモーターを回した。
 カーボンサイレンサーから蒼白い炎が吐き出されると、バイクにあるまじきタービン音を立て、リアタイヤが空転し白煙が立ち上った。
 進行方向に対し斜めになりながら加速すると、VMAXは車庫を飛び出した。




 
 
「ちょっと千紗、なんか怪しそうなオヤジがあんたを探してたわよ」

 繁華街から外れた路地で屯していた千紗に、遅れてきたみのりがそういった。

「なんだ、ポリか?」
「ポリとは違うみたい。顔は日本人だったけど、なんとなく違うような気がしたわ」
「なんだそりゃ? おい千紗、誰だか分かるか?」

 だいたいの察しはついていた。違法な札の処理をしていた業者である。その手の人間が人を雇ったであろうことは簡単に推測できた。

「これじゃないの?」

 ポケットの中の符を1枚取り出すと、目の前で振ってみせた。

「それかぁ。スゴい威力だったな、チンピラが一瞬で吹っ飛んだもんな」
「おう、GSってスゴいのな。バカみたいな料金取るのが分かるわ。六女ってそういうのの集まりなのかよ」

 男たちは、数日前に千紗が目の前で符を破り悪霊を解き放ったことを思い出した。

「霊能科の一部わね。私くらいの腕をもっているのは滅多にいないわ」
「昨日のアレは?」

 その言葉に千紗の頬が引きつった。

「あのクソ女の話はしないでくれる? 気分悪いわ」

 符を顔の前に突きつけると、睨みつけた。
 車の音が聞こえた。路地の入口を車が塞ぐような形で停まった。

「おい……あれ、さっきの話の奴じゃねぇのか?」

 車の方を向くと、運転席以外のドアが開き三人の大柄な男が降りてきた。
 男たちが盾になり千紗の姿を隠すと、千紗とみのりは路地の奥へと急いだ。

「なにおっさんたち。なんか用事? この道は使われて」

 奥を見せないように立ちふさがるが、壁に頭から叩きつけられ、コンクリートに赤い染みを残しながらズルズルと崩れ落ちた。

「おい、なにすんだよ!」

 もう一人が蹴りを放つが、そのままの体勢で糸が切れた操り人形のようにアスファルトに倒れこんだ。

「処理班ヲ呼べ。急ゲ、コノ奥ダ」

 右手にサイレンサー付きのM9を構えたまま、極小のマイクに呟いた。



 ネズミとゴキブリが蠢く下水道のような路地を、二人は走った。仲間の大声が一瞬聞こえたが、それから何も聞こえない。状況が悪化していることは理解できた。とにかく逃げるしかなかった。

「千紗、それ使わないの?」
「使える状況じゃないわ。限りがあるんだから、使える状況に誘いこまないと」

 角を曲がり、ビルの隙間に駆け込んだ。千紗の足が止まった。

「この位置、使える」

 十メートル程進み、曲がり角に符を向けた。

「大丈夫なの?」
「バケツの水ぶっ掛けるとのと同じよ。十分に引きつけて」

 大きな手が符を掴んだ。気配などまったく感じなかった。黒人の大男が千紗の手と口を塞ぎ、壁に押さえつけた。みのりは口を押さえられ身体を抱えられている。

「確保シマシタ」
「処理班ヲ回ス。目標ダケデイイ」
「イエッサー」

 英語で話しているために、意味はよく分からなかった。だが、これから自分たちに起こるであろう非現実な出来事だけは予想できた。
 自分の身体の倍はあろうかという黒人に背後から押さえつけられ、みのりは泣き叫ぼうにもまったく身動きが取れなかった。ただ上と下から水気を垂れ流すことだけが、今の彼女に許された唯一のことであった。
 首筋に逆手に持たれた注射器が打ち込まれた。射すなどという生易しいものではない。注射液がみのりの身体の中へと押し込まれていく。押さえ込んでいた黒人の身体が激しく揺れた。
 人というのは、いざというときに信じられない力がでるんだ……妙に客観的に見ている自分がいた。みのりの身体が小刻みに震え白目を向くと、力が抜けるように動かなくなった。
 死体も死んだ後の霊というのも、何度か見たことがある。だが知っている人間が、目の前で死人になるという瞬間を見るのは初めてであった。
 口元から手が離される。だらしなく開いた口から涎を垂らし、涙というより水が流れ出ていた目にはすでに光はなかった。
 客観的に見えていた死が、急に現実になる。歯の根が合わず足元もおぼつかないほどに、震えが走り出した。押さえつけられていなければ、立つ事さえできなかったであろう。
 口を押さえられたまま、引きずられるようにして歩かされる。自分だけは特別なのか? 一瞬だけ楽観的な思いが過ぎったが、手に込められた力はそんな発想を消し去るほどの冷たさがあった。

「はいはいごめんよ」

 音も無く約280キロの鉄とアルミの塊が、黒人を跳ね飛ばした。同時にオフにしておいたキルスイッチをオンに入れると、イエローのVMAXが爆音を奏でた。
 そのまま加速させ、フロントブレーキをロックさせると後輪を浮かせた。フロントを軸にリアタイヤを浮かせたまま、千紗を抱えた男の顔にぶつけた。そのまま腰を抜かし座り込みそうになった千紗の腕をとると、タンデムシートに乗せた。

「あらよっと」

 もう一度リアタイヤを浮かせ、ジャックナイフの体制になると倒れている男の胸の上にタイヤを落とした。リアショックを通して骨の折れる感触が伝わる。そのままアクセルを開け、男の身体の上でタイヤが空転した。顔を踏みつけながら発進すると、立ちあがりかけていた男を跳ね飛ばした。
 目の前の出来事を、ようやく現実と認識した千紗が大声を出した。

「黙ってなさい! 舌噛むわよ」

 路地を爆音を立て疾走するVMAXだが、路地の入り口には車で塞がれていた。立ち去ろうとしていたのか、すでに日系人と白人は車に乗り込んでいた。窓を開けM9をこちらに向け、発砲してきた。
 リアブレーキをロックさせ腹を見せながら車に突っ込んでいく。二体の死体の横を滑り抜けると、千紗が悲鳴を上げた。

「うっさい!! キャーキャー喚くな!」

 車の手前でバイクを起こし、窓ガラスに蹴りを入れた。割れた隙間から狐火をねじ込むと、一瞬で車の中が炎で包まれる。アクセルを開けリアタイヤを滑らせて向きを変えると、再び路地の奥へと戻っていく。

「ひ、人殺し!! あんた何やってるか分かってんの!?」

 千紗が怒鳴りつけるが、タマモはミラーさえも見なかった。

「そうよ。だから?」
「だからって……何も殺さなくても」
「死人を喧嘩の道具に使ってたあんたに言われたかぁないわよ」

 路地が終わり、通りが見えた。こちらは車で塞がれてはいない。そのままの速度で、通りに飛び出した。クラクションが鳴り響き、何かがぶつかる音が聞こえた。
 構わずアクセルを開ける。そう遅くない時間帯のため車がまだ多かった。縫うように車の群れを抜いていく。だが一応後ろに気を使っているのか、タービン音がするほどまでは回していなかった。

「降ろして。降ろしてよ!」

 現場をだいぶ離れ安全を確認したのか、千紗が叫びだした。

「あんたなんかに助けてもらいたくないわよ」

 ようやくタマモがミラーで千紗を確認した。

「別にあんたを助けるつもりでやったワケじゃないわよ。あんたがバカやったケツ拭い。それさえなければ、あんたが殺されようが、輪姦されようが私の知ったこっちゃないわ」

 もう一度ミラーに目をやるが、千紗を見たワケではない。渋滞をかき分け、流れを無視して強引に割り込んできているライトが見えた。

「それに今ここで降りたら、あんた確実に死ぬわよ」

 ミラーでナンバーを確認した。外交ナンバーであった。

「形振り構ってられないってか」

 列を成してる車を交わしながらアクセルを開けた。

「うそ! まだ追ってきてるの?」
「追ってくるに決まってるでしょ。兵隊が数人死んだくらいで引き下がる連中じゃないわよ」

 タマモ一人であれば、夜とはいえ都内の道路で車一台を引き離すことは容易であった。だが後ろにお荷物を抱えた状態では、難しいものがある。ターボ化しノーマルの倍に近い馬力を誇るドラッグマシンでは、後ろにいる人間は振り落とされてしまう。ましてやこのような乗り物に慣れていない人間である、ペースなどは上げられるはずはなかった。
 スラロームを切るたびに、約50キロのウェイトが一呼吸遅れて振られる。バランスが良いワケなどない。

「まさにお荷物だわ」

 奥歯を噛み締めると、ギアを落としクラッチを繋いだ。リアタイヤがロックすると同時に、バイクを倒しこみアクセルを開けた。カウンターを当てながら、リアタイヤを滑らせ交差点を曲がっていく。スキール音が響き、黒いセダンが追いかけてきた。交差点で接触したのか、少し凹んでいた。
 アクセルを開けると、タコメーターが跳ね上がり、後付けのブースト計が正圧をさした。腰に回している手の力が緩むのを感じ、アクセルを緩めた。
 バイクの利点をまったく生かせない状態が続いた事もあり、歩行者用の路地に入り込んだ。この幅では車は入ることはできない。だがタマモはアクセルをあまり緩めなかった。

「なに考えてるのよ! 先回りされたらお終いじゃないの!」

 道幅の狭いこの道では、バイクですらUターンはできない。路地の出口に先回りされてしまうと、身動きがとれなくなってしまうのだ。
 出口が見える。千紗にとって出口の灯りが暗闇に差す光りに見えた。その光りが、一台の車によって閉ざされる。路地が暗闇に閉ざされた。
 アクセルに設置してあるスイッチを押し、アクセルから手を放す。右手を後ろに伸ばすと、チョッパーシートのサイドが開き、モスバーグM500ショーティモデルが手の中に吸い込まれた。
 ハンドルから両手を離したままポンプスライドさせると、停めてある車に向かい引き金を引いた。窓ガラスが砕け、中の男が顔を伏せた。もう一度ポンプスライドすると、薬莢が排出され次弾が装填された。即座に引き金を引いた。9個の鉄球がドアを突き破り、隠れていた男たちの体を吹き飛ばした。
 モスバーグを手にしたままハンドルを握り、フロントを浮かせると死体の詰まった車を飛び越えた。浮き上がった千紗をシートに押さえつけると、VMAXはアスファルトの上に着地した。
 ギミックのスイッチを押しモスバーグをシート内に納めると、再びVMAXを走らせた。



 




「静かでござるな……」

 西条が掘った穴の側で身を伏せるようにして、シロは呟いた。
 必死で穴を掘る西条であるが、光は無く、暗闇の中ただ闇雲に掘っているだけである。
 あれ以来、直接攻撃しを仕掛けてくる事はなかった。ただ外から見える位置に移動すると、途端に5.56ミリの雨が降ってきていた。
 満月が近いこともあり、シロの気はいつも以上に短くなっており、我慢も限界に達しようとしていた。

「段々……ウザくなってきたでござるよ」

 頬をヒクつかせると、犬歯を鳴らした。まだ余裕のあるマガジンを交換すると、左手の銃を仕舞った。左手に霊力が溢れ金色の光を放ちだした。
 7.62ミリの軍用弾が盛り上げた土を弾き飛ばし、畳や床板に穴を開けた。金色の光がやがて蒼白く輝きだす。口が耳元まで裂けるように開くと、犬歯からは涎が滴った。

「シ、シロ君、落ち着きたまえ! まだ見つかってないんだよ」
「五月蠅い……黙れ」

 まだなけなしの理性は残っていたのであろう。言葉を発することはできた。だがそれも辛うじてである。いつキレてもおかしくはないほどに、狂気に満ちた目をしていた。

「バッカじゃないの? 私の臭いに気づかないほどにキレるんじゃないわよ」

 いつの間にか来ていたタマモは、穴の中にいるシロの頭をぐりぐりと踏みつけた。

「タマモ……遅いでござるよ」

 左手の霊波刀を消し足を払いのけ振り返ると、眼光から狂気が薄れた。

「ワケは後で話すわよ、ホントめんどくさかったんだから。で、証拠とやらは出たの?」
「手探りでやっているんだ。そう簡単には」

 いいながらスコップを叩きつけると、土や石とは違う音がした。

「お? 出た?」

 二人が覗き込むと、シロは慌てて穴から飛び出した。
 西条が取り出したもの。それはサビついた不発弾であった。

「よ、よく爆発しなかったでござるな」
「ひ、日頃の行いがいいんだよ」
「いいから! それは埋めときなさいよ!!」
「埋めるってどこへ?」
「元の場所に決まってるでしょ! 弾掠ってどかんって嫌よ、私は!」

 満月とは違う意味でタマモが興奮すると、西条は仕方なしに不発弾を元の場所に置いた。
 カチリという金属同士が当る音が聞こえた。瞬間的に飛び退き、頭を押さえる二人だが何も起こらなかった。

「ふ、不発?」

 匍匐前進で穴までいくと、西条の安否をとりあえず確認する。
 西条は不発弾を足元に置くと、掘り起こした場所を手で探っていた。

「見つけたぞ。後は掘り起こすだけだ」

 目的の資料は不発弾の真下にあったようである。

「さてさて、目標は発見できたし……後はズラかるだけね。この家の裏手は道開けといたから、いつでも逃げ出せるわよ。まぁ五分もしないうちに、回り込んで来るんだろうけどさ」

 タマモは溜息ともとれるような息を吐くと、掌を団扇代わりにして顔に風を送った。

「もとよりそのような気はないでござろう?」

 悪戯っぽくシロが笑うと、タマモは煙草を咥えた。

「まぁね、舐められたまんまじゃこの世界やっていけなくなるしね」

 咥え煙草のまま紫煙を吐き出すと、モスバーグの弾を確認した。

「状況は?」
「とりあえず、敷地内に幻術かけてるわ」
「上等でござる」

 タマモが、背中に回していた専用グレネードを装着したAKS74U−UBNを渡した。

「アメ公に向けるのは、こっちの方がよくない?」
「お主がいるなら、長物は邪魔なだけでござるよ」

 西条の近くに置くと、左手にも銃を握った。

「無駄遣いはしないでくだされ。日本ではコイツのパーツは入りにくいでござるから」
「使わないで済むようにしてもらいたいね。慣れない肉体労働で疲れているからね」

 タマモは口元を緩めると、西条の口に煙草を咥えさせた。

「んじゃいってきます」
「やり過ぎるなよ。言い訳のネタ考えたくないぞ」
「ふわ〜〜〜い」

 気の抜けた返事が返ってきた。





 庭にでると、風に臭いが乗ってきた。

「裏の穴に気づかれたみたいね、陣形変えようとドタバタしてるわ」
「そうでござるな。まぁ中央に穴開ければ陣形立て直そうとするから一緒でござるけど」
「毎度のパターンか……まぁいいけどね。それよりあんた、霊波刀出すんじゃないわよ。暴走止めるの嫌よ」
「お主がいるなら、霊波刀出す必要もないでござるよ」
「そりゃそうか……んじゃ、いくわよ」

 低い体勢で構えると、駆け出した。
 幻術による霧のような空間を駆け抜ける。闇であるはずのものが、淡く光る霧に包まれている。それはすべて幻術。ノクトビジョンをつけていても、霊力によりスクリーン描写されたものを脳髄に映写されているために意味を成さない。
 霧のスクリーンを突破した。空間を突き破り突然現れたものに、ノクトビジョンをつけていない者は発砲し、つけているものは幻術を見続け発砲の意味を理解できないで騒ぎ立てた。
 ビルに辿りつくとシロが壁に背中を向けた。シロの手を踏む台に一気にビルの壁を駆け上る。
 屋上に陣取っていた特殊部隊の面々はノクトビジョンを捨て、SR−25は家屋に向けたまま、M4カービンとSG552を持つものは屋上のドアに狙いをつけた。

『外ダ! 壁ヲ登ッテキテイルゾ!』

 無線から怒鳴り声が響くと、隣のビルからこちらのビルの外壁にフルオート掃射が浴びせられた。
 狙撃手のスコープの中に一瞬だけ影が映った。上を見上げるが、目に映ったのは靴底であった。狙撃手を背中にすると、こちらに向けられたアサルトライフルの銃口が一瞬躊躇した。モスバーグの引き金を引いた。ドア付近にいたSG552を構えていた兵士が、身体に無数の穴を開けながら壁に叩きつけられた。転がりながらポンプスライドさせる。M4が5.56ミリの雨を降らせるが、タマモのスピードに銃口がついてきていない。真後ろにいた狙撃手が、変わりにそれを受け止めた。引き金を引くと、ショットガンの音と同時に拳銃の音が響いた。M4カービンの兵士が倒れると同時に、M16A4を構えた兵士が倒れた。
 身体を伏せたままポンプスライドさせ排莢すると、シロが壁を登ってきた。5.56ミリの横殴りの雨がこちらに向かい降ってくるが、コンクリートの壁を削る程度で壊すには至っていない。

「拙者は一人でござるか。欲求不満でござるよ」
「一人は同士討ちなんだから、大目にみなさいよ」

 倒れている兵士に目を向けると、煙草を咥え狐火で火をつけた。

「こいつらDEVGRUみたいね。どうせ横須賀あたりから来たんだろうけど、水の無いところでご苦労なことよね」
「時間がなかったんでござろうな。沖縄からデルタ(デルタフォース)呼ぶヒマなかったんでござろう」
「そりゃそうだけど、わざわざ極東の友好国内で海賊まがいのことを……いやこの場合、山賊? 街賊??」
「この場合は、発掘したんだから墓荒らしでござるかな?」
「墓じゃないし」

 寝転がったまま、空に向けで紫煙を吐き出した。

「さてさて、隣のビルまで私は飛んでいくんだけど、あんたはどうする?」

 ポケットからショットシェルを取り出すと、モスバーグに二発詰め込んだ。

「拙者も飛んでいくでござるよ」
「どうやってよ。あんた変化できないでしょうが」
「これこれ」

 ポケットから瑠璃色の珠を取り出した。横島の文珠である。

「あ、ズっこい。どうやってせしめたのよ」
「イ・ロ・仕掛け♪」
「はい、ウソね……まぁいいわ、そいつについては後で絶対聞きだすとして、私は右行くわね」
「んじゃ拙者は左でござるな」

 タマモは寝転んだままモスバーグをベルトに差込むと、紫煙をゆっくりと吐き出した。煙草を指に挟み左に向けると、切先に息を吹きかける。向かい側のビルの屋上に、炎の波が押し寄せた。左のビルにも炎を向けると、炎の壁が出来上がった。
 シロはビルの端まで行くと、助走をつけ、向かい側のビル目掛け飛んだ。人狼の力を持ってしても、数百メートルを飛び越すことは不可能である。失速し落ちる前にあらかじめ入力しておいた“速”の文珠を発動させる。失速するどころか、逆に加速して炎の壁を突き破った。

「飛び越してなきゃいいけどね……」

 呟きながら助走をつけると右のビルを目掛けて飛び出した。両手を翼に変えると、駆け出した勢いのままに炎の壁に迫っていく。変化を解き、ベルトに差していたモスバーグを抜いた。
 炎を突き破り、転がりながらモスバーグの引き金を引く。撤退をしようとしていた兵士を構えすら許さぬまま吹き飛ばした。
 突然の事で、兵士は叫びながらアサルトライフルの引き金を引いた。5.56ミリがコンクリートを削るが、高速で移動するタマモに銃口が追いつかない。真横から9発の鉄球を喰らい、血塗れになりながらその身を躍らせた。
 ポンプスライドと、排莢されコンクリートを転がるショットシェルの音は聞こえるが、派手なジャケットを着た女の姿は確認できない。叫びながらフルオートで掃射しながら退路に下がるが、背中から撃たれビルの端まで吹き飛ばされた。
 最後に残された狙撃手はSR−25を放ると、バックアップのM9を抜いた。長物では早さについていけないと判断したのだ。スラングを吐き出しながら、両手で保持して壁に背中をつこうとした。
 背中に衝撃が走る。蹴られた。前方に集中していたため、簡単にバランスを崩した。転倒しながらも銃を向けようとするが蹴りつけられ、M9はコンクリートの上を音を立てて滑っていった。眼前に12番ゲージが突きつけられる。

「ノー……ノォーーー!!」

 背中をつけたまま、ズリズリと後退っていく。ビルの端まで辿り着くと、後ろを振り返った。地面までは数十メートルの高さである、飛び降りても助かる見込みはまるでなかった。

「ジーザス……」

 12番ゲージを突きつけているタマモを見た。凶行に対し興奮している様子もなく、近所に買い物でもいくかのような涼しい顔を見せている。この先の自分の行く末を予想するとあらん限りのスラングを並び立て罵倒した。

「ビッチ!! ゴートゥヘル」

 聞き飽きたのか、最後まで言わせなかった。9発の鉄球が男の頭を原形を留めぬ程に吹き飛ばした。ポンプスライドして排莢されると、モスバーグを肩に担いだ。

「神だったり地獄だったり、忙しい奴ね。どっちか一つに絞りなさいよ」

 聞き慣れた音が聞こえた。P99の音である。

「ちょ、危ないわね! 当ったら痛いじゃないの!!」

 この距離では拳銃弾は届きはしない。数百メートル離れたビルで、シロがこちらに向かいなにやらジェスチャーで正面を見ろと促している。かなり慌てている様子である。

「なに慌ててんのよ、あいつ」

 促せられたままに、元いたビルの後方のビルを見た。筒の切先が僅かに動いた。それが何なのか、タマモはシロが慌てているワケが分かった。

「FGM−148ジャベリン……って、ここは中東じゃないのよ!!」

 FGM−148ジャベリン。歩兵携行式多目的ミサイルである。狙いはこちらには向いていない。西条のいる家屋に向けられていた。
 タマモは狙撃手が放っていたSR−25を手にすると、ジャベリンに向けた。

「撃ち上げ、こっちの方が低い……狙えないわ」

 スコープを覗くが、筒先しか見えない。飛ぶにしても、この距離では時間がかかり間に合うワケもなかった。
 ジャベリンだけでも相当な威力である。しかもあそこには不発弾があるのだ。誘爆はまず間違いなく起こり、家が吹き飛ぶ程度の被害では済まないであろう。

「ごめん、西条さん。成仏してね」

 ほとんど二人同時に両手を合わせた。事務所のメンバーはともかく、西条はどうでもいいようである。








 部隊からの連絡が途絶え、指揮官は最後の手段にでた。
 SOCOMを通じ、東欧でのデルタフォースの失態は聞いていた。だが自国のそれだけではなく、イギリスのコマンドー、イタリアのカラビニエリ、ロシアのスペツナズ、リトアニアのアラス、ウクライナのソーコル、いずれも辛酸を舐めさせられたと聞いた。だが不正規の、しかもオカルト絡みということでバチカンによる情報撹乱であろうと信じていなかった。
 舐めていたことは否めなかった。世界でも有名な平和ボケ大国である。それでも斥候にでた1チームが倒されると、いつものように緊張感を漂わせ作戦に当たった。当初の作戦通り遠距離からのあぶり出しで、予定通り抵抗すらできなかった。それがどうだ……D班から連絡が途絶えたと思ったら、あっという間に壊滅状態である。残された手段は、自国以外の手に渡るくらいならば破壊してしまうというものであった。
 射手は直撃を狙いダイレクトアタックモードにセレクトすると、赤外線モニターに家屋をロックオンさせ準備を確認した。

「ターゲット、ロックオン」
「ファイヤー」

 指揮官の指示に従い、指が動いた。
 ミサイルは発射されなかった。射手の上半身が千切れ飛び、ジャベリンのモニターも同時に破壊された。上半身と下半身が別れた後に、轟音が聞こえた。

「.50BMGロングショット……ジーザス」

 着弾と音から発射された方向を見た。1キロ後方に、破壊した携帯電話の中継アンテナが見えた。この場所より高く、そして身を隠す場所はなかった。
 赤く染まったコンクリートが、スポンジのように千切れ飛ぶと轟音が響いた。
 







 聞き覚えのある対物ライフルの音を耳にすると、タマモは両手を翼に変え音のした方向へ飛んだ。
 壊れたジャベリンと上半身の無い2つの屍があるビルを飛び越し、中継アンテナを目指す。近付くとキツ目の硝煙の臭いに混じり、嗅ぎ慣れた匂いがした。ロシア製のSVN−98を足元に置いたまま、悠然と煙草をふかしている男がいた。

「なに私のライフル勝手に使ってんのよ」
「いいじゃねぇか、助かったんだろ。ちったぁ感謝しろよ」

 横島の側に着地すると、変化を解いた。

「少しは感謝してるわよ」
「少しだけかよ」

 煙草を奪い取ると深く吸い込み、横島の口に戻した。

「はい、お礼」
「セコっ!」
「まぁ助かったのは西条さんなんだから、これくらいのモンよ」
「なに、西条?」

 咥え煙草のまま伏せると、SVN−98を構えスコープを覗き込むと引き金を引いた。
 2キロ近く離れた家屋の柱に命中すると、屋根が傾いた。

「チッ……外れた」
「何かやると思ったんだけど、ほんとにやるとはね」

 タマモが溜息をつくと、横島はボルトを引いて次弾を装填した。

「今度は当てる!」
「やめんかーーーっ!!」

 ヘルメットを脱ぐと、横島の頭に振り下ろした。









 三十分後、四人はオカルトGメン日本支部にいた。
 西条は自分のオフィスでデータの中身を確認すると、トランクを閉じた。

「西条」
「なんだ?」

 横島が声を掛けるが、西条の機嫌はかなりよろしくないようであった。

「俺が来るまで、戦闘はそんなにスゴかったのか?」

 西条の頭のデカいタンコブを指差した。

「これはだね、戦闘では無傷だったんだが、どこかのバカが50口径を柱にぶつけてくれやがったせいで、瓦が落ちてきたんだよ。戦闘は終わっていたようなんだがね!」

 射殺すような視線を横島に向けるが、澄ました顔で煙草を咥えた。タマモとシロは声を殺して笑っている。視線をそちらに向けると、二人はあらぬ方向を見て視線を逸らした。

「まぁいい、作戦はこれで終了だ。ご苦労だったね」
「中身はなんだったんでござるか?」

 興味有り気にシロが訪ねるが、西条は首を横に振った。

「毎度の事ながら、下っ端は知る必要が無いってことでござるな」

 舌を出して反抗を偽ってみた。

「知らぬが仏っていうだろ、知らない方がいい事ってのもあるもんさ。なぁインターポールの公務員」

 横島はシロの頭をポンポンと叩きながら口の端を緩めると、煙草を咥えた。

「そういう事よ。バチカンに貸し作っておけば、何かと便利でしょ」

 ドアを開けると、美智恵が顔を覗かせた。
 お疲れ様と皆が口にする前に、美智恵はシロを呼んだ。横島と西条が顔を見合わせタマモの方に目をやると、携帯電話を取り出しメールをしていた。

「実際に助けたのは、お前なのにな」
「別に。どーでもいいし」

 言葉は返したが、視線はずっと携帯電話に向けられていた。

「先生の話だと、君は随分早く彼女を見つけたということだが、いったいどういう手を使ったんだい?」

 タマモは携帯電話から目を離すと、手にしていたものを振った。

「携帯?」
「そ。街のゴロツキどもにメールしたのよ、探せって」
「それにしては随分早かったようだが」
「そりゃそうでしょ。警視庁が総出で都内全域を捜索したって、あの街に配備されるの何人よ? あの街にゴロツキはいったい何人いると思う?」

 ニヤリと笑うと、携帯電話が鳴った。メールだったようで、タマモは再び携帯電話を打ちだした。

「密度の差か……」
「それだけじゃない。現場に近く、似たような奴の方が見つけるの早いだろ。行動が分かるからな。オジさんでは無理ってことだ」
「オジさんは君もだろうが」
「俺、まだ20代だもん。四十路じゃないもん♪」
「僕はまだ30代だ!」

 ドアが乱暴に開けられた。

「何かいった?」

 美智恵が鬼のような表情でこちらを睨みつけた。

「いえ、なーんにもいってませんです。さ、帰ろう帰ろう」

 横島は慌てて首を横に振ると、美智恵と入れ違いに部屋を出て行った。それに倣い、タマモもジャケットを手にすると立ち上がった。
 部屋を出ると、千紗が姉と共に立っていた。タマモに気づくと、千紗の姉の千穂が睨みつけるようにしてこちらを見た。

「美神タマモさんだったわね、とりあえず礼をいっておくわ。ありがと」
 
 礼を言っているような態度ではなかった。タマモは鼻で笑うと、携帯電話を閉じた。

「心にもない科白ありがと♪」
「それから……この件はハッキリとケリをつけてもらいますからね。あなたのような人が令子オネー様の義理とはいえ妹だなんて信じられないわ」

 事務所を出ようとしていた横島が、千穂の方を振り返った。

「どうぞご自由に。できるものならね」

 ジャケットを肩に掛けると、横島のいるドアに向かい歩き出した。

「待ちなさい! どういう意味よ」
「妹さんに聞いてみたら? そろそろ限界みたいだからさ」

 振り返らずにドアを開けた。シロも千紗の側を離れ、二人に続いた。

「令子の知り合いみたいだったな、今の」

 階段を降りながら、事務所の方を振り返った。

「おねーさまなんていってたし、どーせ女子高に多いバカでしょ。あんたが義姉さんの旦那だって知ったら、むちゃくちゃ言われてるわよ」

 タマモが悪戯っぽく笑うと、横島は口の端を歪めた。

「まぁそういうのには慣れてるけどさ、限界ってどういう意味だよ?」
「あぁアレ? そろそろ切れる頃なのよ」
「妙な臭いがしていたでござるが、覚醒剤でござったか」
「イラ○人から買うのを見たって奴が何人もいたわ」

 携帯電話を振って見せると、姉妹の罵り合いが聞こえてきた。
 
「切れたみたいね」

 タマモが煙草を咥えると、横島が火をつけた。

「住居侵入と符の不法使用は司法取引でどうにかしても、麻薬はどうにもならんでござるな」
「彼女はアメリカの不正規な違法行為の生き証人だからな。証言が取れるまでは、バチカンはどんな手でも使うさ」

 情けをかける言葉は口にしなかった。

「ずいぶんと高い夏の火遊び代になったわね。さよなら、もう二度と会うことはないわ」

 千紗の叫び声が聞こえるドアを見上げ、ゆっくりと紫煙を吐き出した。








 蝉が鳴いている。
 タマモとシロは、冷房の効いていない六女の教室にいた。

「眠い、暑い、かったるい……」

 舌をだしながらタマモはスカートの中に風を送った。
 シロはあいかわらず同級生(去年は下級生)に囲まれていた。その中に千紗の姿はないが、誰も気にかけている者はいない。
 煙草を吸いたくなったが、この暑さでしかも学校である。紫煙の代わりに溜息を吐き出した。
 窓の外を見た。校門の近くに若い男が乗った車が停まっていた。

「おねーさま、昨日海で知り合ったイケメンがいるんですけど、これから遊びませんか?」

 シロの取り巻きの一人が言った。タマモは目を凝らし男たちを見た。目と耳を澄まし、車の中の会話を聞いた。思わず舌をだすと、眉を歪めた。

「ひと夏の思い出か……浮かれて火傷しても泣くんじゃないわよ」

 次の補習が始まるまで、後五分ほどあった。
 『まだ』鬼道先生が起こしてくれるだろう―――タマモはとりあえず目を閉じた。


 蝉が鳴いている。
 夏はまだ続いていた。





  ―――終わり―――


危険な夏、後編です。
長いのをぶった切った後編でしたのですでに完成していたのですが、途中に短編を何本か入れよう!という欲がありまして遅くなりました。

肝心の短編は……難しかったです(汗)



前編とは比べものにならないくらいに、登場人物たちは飄々とバイオレンスを演じています。
実はこの作、短編連作の設定をそのまま使っており、夏向きに作り直しました。
まぁ、夏というものはこういう危ない一面もあるということで了承くださいませ。

といいますか……これ書いてる時に芸能人が捕まるとは皮肉でした。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]