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小笠原エミを攻略せよ! 新装版 ブラドー島編3 「奇襲」(前編)

これは、諸般の事情で対象こそ変えたものの、それでもなお、無理めの女をモノにせんと戦う少年の、哀と煩悩の物語である。


PM5:44(現地時間) ブラドー島

バキャッ

GSアシスタント・横島忠夫の目覚めは右ストレートで始まる。
起き抜けの打撃は、普段より霊力を込めた増量版だ。
無駄に勢いだけはいい一撃に、不意をつかれた相手は回避することもできず、大地に倒れ伏した。

「フハハハハ、さっきはよくも俺を見捨てやがったな、エンゲージ! いつまでも朝一番の鎌攻撃にやられっぱなしの俺だと……」
「ワシはここだぞ。 相手を確かめんと攻撃するとはつくづくアホめが」

横島は今朝こそは先制攻撃が成功したと浮かれたが、背後からの冷やかな声に熱狂も吹き飛ぶ。

「エ、エンゲージ!? いつの間に後ろに?」
「ワシは最初からここにいたぞ」
「じゃ、じゃあ俺がブッ飛ばしたのは……?」

こみ上がってくる不安と共におそるおそる殴り倒した相手の方を見てみた。

「よ、ヨゴジバァァァ」

鬼がいた。 
赤い髪を逆立てて。
ボディは悩ましげなままだが、怒りのオーラがみなぎっている。

「み、美神さん!? な、なんで?」
「貴様がなかなか目を覚まさんものだから、責任を感じて面倒をみてくれておったのじゃ」

横島の疑問にエンゲージが答える。
さりげなく横島から距離を取りながら。

「あ、あのっ、美神さん! いや、気がつかなかったんすよ。 てっきりエンゲージの野郎だと思って……」
「へぇ? 裏切り者だけど一応は一緒に仕事をするんだからと思って看病してやっていた心優しい私に向かって……
 そこのちんくしゃのボケ神と間違えたっていうんだ」

蒼白になって逃げ出そうとするが、美神の眼光に射られて身動き一つできない。

「え、あの、その」
「ん、何、横島君?」

平板な声がとっても怖い。

「えーと、そのー、しょーがないでしょ、寝起きなんだから!」
「あんた……リンチ♪」

美神は爽やかに微笑みんで神痛棍を手にした。



結局仕置きが終わり、横島が再起動した頃には陽もすっかりと落ちていた。


PM7:56(現地時間) ブラドー島内の民家

「あっ、こら小僧! ソーセージは一人3本じゃと言っとろーが!」
「いちいち細かいぞクソジジイ!」
「ワインは自家製ね! なかなかいけるじゃない!」
「キャンプみたい〜」
「ピート ちっとも食べてないじゃない〜 はい あーん」
「いや、僕は今、食欲が……」

マナーなんて気にしない騒がしさで一行は夕食を取っていた。
敵地ブラドー島にいるにもかかわらず余裕である。

まぁ先程までは、ピートが横島に離陸してからの出来事を説明し、他の面々が茶々を入れつつ、これからの方針を話し合ってはいた。

ちなみに前回横島が美神にしばかれて気を失っている間にチャーター機は離陸し、ブラドー島へと向かっていた。
だが昼間にもかかわらず、ブラドーの使い魔のコウモリの群れに襲われてチャーター機は墜落、一行は通りかかった船を徴発してようやくブラドー島に上陸したのである。
ブラドー島は島中が強力で邪悪な波動に包まれており、カトリックのお膝元にあるにもかかわらず教会がない不思議な島であった。
また島で彼らを待っているはずの唐巣や村人も行方不明という状況に陥ってもいたのである。

並の神経の持ち主では到底のほほんと夕食を楽しむ状況ではない。

なお余談だが、気を失っていた横島をチャーター機から助け出し、船まで運んだのはピートである。
横島もさすがに「……ありがとな」と感謝はしたが、それはそれとして心中穏やかではない。
こう立て続けに失態続きではさすがにエミの目が怖い。
このままでは恋の周回遅れどころか二周差に突入しそうな風向きである。
そろそろエミに自分をアピールして、失点を回復して起きたい所だ。

(その為にはも煩悩を理性でコントロールし、エミが普段から言っているGSとして生きていく覚悟と見識を持った態度や発言を心がけていこう……)

さすがに横島も心の中で誓った。 とりあえずは。


それはさておき横島の右隣では、エミがピートにアタックを開始した。

「神父を心配する気持ちはわかるけど食べなきゃダメ!
 食べておかないと戦えないわ!」
「いえ、あの……」

エミがピートに食事を勧めることにかこつけて、豊満な肉体を押し付けながらにじり寄っている。
その姿はさながら獲物を目前にした猫科肉食獣の如し。

「だから、はい、く・ち・う・つ・し♡」

(ん、な事させてたまるかー エミさんの唇もチチもケツも俺のもんや!)

一瞬で先程の殊勝な心がけも吹き飛び、ついでに命を救われた恩すらも忘却の彼方に捨て去った横島は、光の速さでピートを突き飛ばして場所を入れ替わる。

煩悩でブーストされた横島は、韋駄天をも凌駕するスピードで動くのだ。

「いただきます」

エミとはいえ、神々の領域にまで達していた横島の超加速モドキには対応できなかった。

ぺちょん

そして触れ合う唇と唇、絡み合う舌と舌とジャガイモ。

「あれ、横島? 何で、ピートは!?」
信じきれずにしばし呆然となるエミ、一方突き飛ばされたピートはそれにも関わらずホッとしている。

横島は一瞬の幸せを反芻し恍惚とした表情を浮かべていた。

(あーシ・ア・ワセ。生きてて良かった!)

だが、その一瞬の恍惚と引き換えに、横島は今日二人目の鬼と見える。

「……横島、おたくは上司にセクハラすんなっつーのがまぁだわからないワケ?」
「えーと、その何と言うか、その……」
「ん?なぁに、横島? 何か言い残すことでも?」

 猫なで声がとても怖い。

「やわらかくておいしかったです♡」
「死刑決定。 今日という今日は二度とセクハラができないように体で覚えあげるワケ」

バキャッ ドガグシャッ
美神の仕置きすら生温く感じられるような、そんな阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれようとしていた。。


「横島さんには学習能力というものがないんでしょうか?」

さすがにピートも慣れたのか、呆れ顔ながらも止めようとしない。

「ま、馬鹿横島のやることだからね。 一々気にしてたらこっちの身が持たないわよ。
 で、これからどうするつもり?」

美神も関わる気はないようだ。 横島への怒りはあるが、エミの味方をする気にもならないというところか。

「奴らは今夜必ず攻めて来るはずです。 
下手に動くよりもここで応戦した方がいいと思いますが……」
「夜明けを待って反撃するわけね。 いーんじゃない?」

真剣な表情で意見を述べるピートとあっさりと同意した美神。
この落ち着きの差はくぐった修羅場の密度によるものか?

(長く生きているからといってもそれだけでは駄目なんだな……)

そんな事を思いつつ、ピートは身支度を始める。
唐巣が心配だった。 
それに、美神達の様に襲撃を前にしてくつろげるほど彼の肝は据わってはいない

「それじゃ、みなさんここにいてください」
「どこへ行くの? 夜は吸血鬼の天下よ。 一人では危ないんじゃない」
「ちょっと村の周りを見てくるだけです。 心配しなくても大丈夫ですよ」

美神の懸念をよそにピートは一人民家の外へ出た。
エミもピートが出て行くの気付いたが、今日という今日こそは馬鹿弟子を更生させるべく横島への折檻を続け、他の面々はそれを気にも留めずにくつろいでいた。

だが、思えばこの思慮に欠けた単独行がその後の全ての混乱の元凶となるのである。
ピエトロ・ド・ブラドー、美形だがどこか抜けたところのある男であった。


PM8:42(現地時間) ブラドー島


「――――? どこに行ったのかしら、ピートは」

美神は一人、ピートを追っていた。

どうにも気にかかるのだ。
あのピエトロという男、何かを隠している。
そして、しゃくに障ることにそれをエミは察しているようなのだ。

「教会がない村……そして相手が先生達ですら身を隠さねばならない吸血鬼で、必ず今夜襲ってくる事がわかっているにも拘らず、一人で出かける依頼人……怪しすぎるわね」

気に入らない。
あの裏切り者の馬鹿横島がエミのところに行った途端、横島のくせに霊能力に目覚めたこと。
ピートが唐巣先生の弟子、つまり私の兄弟弟子でありながらエミにだけ事情を明かしているらしい事。
この仕事では、彼女のプライドを傷つけるような事ばかりが起こる。
ああ、本当に気に入らない。

だから、皆にも黙ってピートの後を追ったのだ。
依頼人がエミと示し合わせて何か隠し事をするというのなら、自分で調べるだけのことだ。
エミなんかに遅れをとっていられない。
そう、私は美神令子なのだから。


彼女らしくもない迂闊な行動であった。
なにより取られた横島がエミの所で生き生きとしている事への怒りと不満で冷静さを欠いていた。

「やぁ……」
「ピート!?……ハァ、尾行して気付かれるなんて私も間が抜けて……」
だから、目の前にピートに似た人物が現れた時に別人と気付けなかった。

「……違う! あんた、ピートじゃないわねっ」

気付いた時には牙が届くほどに近づかれていた。

「痛ッ」

ピートに似た吸血鬼を振り払おうと神痛棍に手を伸ばすが、誤って左脇腹――横島の霊力の篭った右ストレートを受けた場所――に触れてしまい、傷の痛みで反応が一瞬遅れた。

「あっ……!?」
首筋に吸血鬼の牙が突きたてられる。

「ひょふはははほはへほほほはひはは(今日からはお前も余の配下だ)」
「あ……あ……」

美神は吸血鬼の宣言を、ちうーっと血を吸われながら聞いていた。
痛みと甘さの入り混じった恍惚の表情を浮かべながら。

GS美神令子、霊能者にあるまじき一生の不覚であった。


ブラドー島の戦いは吸血鬼の奇襲により、本来の主役がいきなり敗れると言う形で始まった。
だが、その事を横島もエミも知らず、いまだ折檻の真っ最中。
果たしてこの戦いの行く末は?
そして失点続きの横島は次回こそエミの心にアピールできるのか?

次回に続く

横島が小笠原事務所に居残った経緯並びにブラドー島に至る経緯は以下の投稿でご確認いただければ幸いです。

「小笠原エミを攻略せよ! 新装版」
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10085

小笠原エミを攻略せよ! 新装版 ブラドー島編1「宿敵邂逅」
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10089

小笠原エミを攻略せよ! 新装版 ブラドー島編2「再会と和解?」(前編)
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10094

小笠原エミを攻略せよ! ブラドー島編2「再会と和解?」(後編)
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10100

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