N市の中央へと移動する。
日本でも屈指の車の多い都市である。東京で車の多さには慣れているつもりであったが、道路の幅といい、まるで違う国に来たようであった。かろうじてヨーダ製の自動車ばかりということで、異国ではないと確認はできていた。
「しかし……この車の多さ。しかもヨーダマーク付きばっかりとは、ただただ呆れるばかりでござるな」
「世界企業の本社が隣接する都市だ。それ一色になるのも無理はないだろう。依田市はヨーダ本社といっても過言じゃねぇからな、関連とか下請けは全部N市の方になる。交通量が増えるのも仕方ないぜ」
雪之丞が詰まらずに答えると、シロは首を傾げた。
「伊達殿……なにかおかしなもの食ったのでござるか?」
「失敬な! ……来る前にかおりに聞いたんだよ」
ハンドルから両手を離すと、肩を竦めた。
「両手離すなよ」
「人工幽霊殿が制御してくれるでござるよ」
溜息をつき、体を逸らせた。
「お前、これ狼牙じぇねぇな」
刀を目の前にして、鞘と柄を眺めた。
「花が咲いた時点で気づいていると思ったでござるよ」
「こいつは……見たこと無ぇ刀だな」
「会長殿が『今回は後で必要になるからこれ使え』って狼牙没収されたでござるよ。まさか花が咲くとは……」
腕を組むと露骨に顔を歪めた。
「こいつの名前は?」
「確か……かすみまるとかいっていたような」
「霞丸だと!?」
「知ってるでござるか?」
「いや知らん!」
カタナが大きく蛇行した。
「知らないなら、勿体つけるでないでござるよ」
「う〜ん、なんか聞いた事あるような気がするんだが……気のせいだろ」
「まぁ伊達殿の頭ではいたしかたないでござるな」
「お前も似たようなもんだろ」
舌打ちをして煙草を咥えると、カタナは加速した。タンデムシートの雪之丞が振り落とされそうになるが、シロはアクセルを緩めなかった。
男がM字開脚したままバイクに乗るという誰も見たがらない姿を曝しながら、カタナはN市の就職斡旋所で停まった。
「なにやっているでござるか、さっさと降りるでござるよ」
ゴーグルを下げスタンドを立てると、シロは素知らぬ顔で斡旋所へと歩いた。
「俺は横島じゃねぇんだぞ! あんなムチャやって死んだらどうする!」
「死んでないでござるよ」
「結果だけで判断すんな!!」
自動ドアが開き中に入ると、職を求める人で溢れかえっていた。
老若男女かなりの数がいるのだが、働き盛りの男の姿がやけに目立った。その中で目立つ男がいた。求人票をじっくり見ると、自分でなく別の人間に勧めていた。かなりラフな服装で、職員とは思えなかった。
「すいません、ちょっとよろしいですか?」
顔面凶器の雪之丞に声を掛けさせるワケにはいかない。シロが率先して声を掛けた。
建物の外にある喫煙所に案内されると、缶コーヒーを渡された。
事情を聞こうとしたのはこちらであるにも関わらず、男がそうしたのである。
「東京のGSさんでしたね、私はこういうものです」
パソコンで印刷された名刺を手渡された。NPO法人派遣保護会 川口俊樹 と記してあった。
「派遣保護会?」
テレビなどをほとんど見ない雪之丞は、首を傾げた。
「解雇された派遣社員を、次の会社に就職させるために協力をする組織でござるよ」
珍しく知っていたのは、裕福層が多い六道女学院に通っていたおかげである。六道には令嬢というのが多く、ボランティア活動も盛んなのだ。
「その世の為人の為にお仕事をなさっているお方が、俺らに偉く親切じゃねぇか」
すぐさまシロの鉄拳が脳天に直撃した。
「失礼しました。で早速ですが、ヨーダ自動車のことを」
「その前に、少し説明をよろしいですか」
おそらくその事を伝えたいために、こちらに応じたのであろう。シロは頷いた。
「今、アメリカの経済危機が飛び火して、世界的危機になっているのはご存知ですね」
「まぁ一応は」
「国内の各企業は、軒並み売り上げを落とし、それを理由に派遣社員を解雇もしくは契約更新をしていないのは?」
「おう。そういえば、俺も何件か年契約断られたな」
少しだけ自分の分かる話になり、雪之丞も会話に参加した。
「よく生活できるでござるなぁ〜」
「定期健診みたいなもんだよ。個人でしかもフリーの俺にはあんまり堪えないが、人数集めて会社でやってるところは定期収入なくなるからキツいと思うぜ」
そういえば所長である令子が電話を叩きつけていたなぁ……と半年ほど前のことを思い出した。
「全国から集められた契約社員たちが、翌月には仕事も住むところも無い……それがこの現状です。特にヨーダは規模が大きなせいもあり、その人数は半端な数ではありません」
「なるほど、いきなり職と住む場所を無くし、ホームレス生活を余儀なくされるか……となると、自殺された方となると」
「自殺者ですか……えぇ確実に増えていますよ。生きてさえいれば、別の生活もできるかもしれないのですが」
川口は缶コーヒーのプルトップを開けた。
「つかぬことを伺いますが、自殺をされた方は工場でですか?」
「いえ派遣を切られた後ですから、工場になんて入れませんよ」
シロと雪之丞は顔を見合わせた。川口の溜息は、中の喧騒で聞こえなかった。
カタナまで移動すると、シロはゴーグルを掛けた。
「派遣の自殺と、依頼の件は別件でござろうかな?」
「まぁ自殺した場所がバラバラで、しかも工場外だからな」
雪之丞は顔を歪めると、煙草を咥えた。
「乗らないでござるか?」
「俺はこれから別件を当たってみる。お前はお前でやってみろ」
「適材適所でござるな」
「あぁ、なるべく早く終らせよう。この街は居心地悪い」
煙草に火を灯すと、雪之丞は街に向かい歩き出した。カタナは街とは反対の方角へと走り出した。振り返りはしなかった。
依田市のヨーダ本社に戻ってきた。
終業時間なのであろうか、社員が次々と吐き出されるように白い建物から出て行くのが見えた。 すでに古井澄たちの車は無かった。カタナを停め、昼間貰った案内図を拡大してきたものを出した。鼻をひくつかせ、建物の外側を嗅いでまわった。
途中、鼻休めとばかりに鼻を押さえた。
「オカルトGメンの助っ人やるよりキツいでござるな……広過ぎでござるよ」
今までやってきた距離と、残りの距離を見渡すと首を項垂れた。よしとばかりに立ち上がると、案内図を手に、再び臭いを嗅ぎだした。
事務系の部屋であろうか、まだ人が残っていた。聞き覚えのある声であった。思わず口の端が歪む。何か別の臭いを感じた。大きな範囲を嗅ぎ取る方法から、狭く深く嗅ぐ方法に切り替えた。僅かに残った臭いは、工場の油とは違う臭いがした。
東方が予約しておいたホテルで休み、大量の食事を取るとシロはヨーダ本社に顔を出した。
昨夜の駐車場に停めようとすると、大型トラックが道を塞いでいた。中からは除霊用の機材が次々と搬入されていた。
ボードを片手に指示を出す恭吾を見つけた。
「すごい機材ですね。オカルトGメンでもこういう装備はまだ持っていない」
話掛けるとボードから目を離した。
「ええ、うちで新開発の除霊機材です。霊力の強さも関係ありませんし、危険を伴うこともありません」
「すばらしい装置で」
「魔法と科学の結晶ですよ」
恭吾は晴れやかな顔でいったが、シロはすでに背中を向けていた。
建物の中に入り、昨夜の話声のした部屋に行った。ドアの札に第4ライン管理部と記されてあった。ノックをすると、「どうぞ」という女性の声がした。
「失礼します」
ドアを開け一礼すると部屋の中に入った。思わず顔が歪んだ。
清潔な部屋、整理された机、事務服とスーツを着た社員、どれも一流会社に相応しいものだ。普通に見えるものはそうかもしれない。だが見えないものがこの部屋には充満していた。
背中に冷たいものを感じながらも、シロは応対した女性の前にいった。
「東京から来ましたGSで犬塚といいますが、ここはどういう仕事をなさっているんですか?」
事務員は胸につけていたIDカードに目をやると、シロの顔を見て応えた。
「ここは、本社工場の第4ラインの管理、運営を行っております。現在第4ラインは、主にラキシスを生産しております」
その車名には覚えがあった。テレビや雑誌の広告でよく見かけた名だ。
シロは次の質問をしようと口を開くが、男の怒鳴り声で消されてしまった。
「俺が悪いっていうの? 納期に間に合わせられなかったのはおたくでしょうが。いいから社長連れて謝りにこいよ。一時までは待ってあげるからよ」
叩きつけるように電話を切ると、応対した女性社員は顔を歪めた。
男の目がシロに向けられた。眉を歪め、喧嘩を売るような目である。瞬間的にコメカミに青筋が浮かぶのが自覚できた。
「あんた誰? 部外者は立ち入り禁止、さっさと出て行け」
追い払うように、手を振った。
「東京からお越しのGSで、犬塚様です」
「東京から? うちは創業から専属で古井澄家が入ってるだろ。関係ない奴はさっさと出て行け、警備を呼ぶぞ」
男に見えないように溜息をつくと、事務員は男の側にいって耳打ちをした。一瞬で顔色が変わり、事務員の顔をみると彼女は頷いてみせた。
「申し訳ございません、気のつかない奴でして」
まるで揉み手をするように腰を低くしながら、男はシロに近づいた。悪いのは自分ではなく、知らせない事務員だといわんばかりの口調であった。
「私、第4ライン管理部部長の氏川と申します。今日は、どのようなご用件で」
正直、近づいて欲しくなかった。この部屋の異常な感覚は、この男から発せられているものであった。
「真田工業はご存知ですか?」
「真田工業?……真田、真田……あぁあの真田か。おい真田工業のファイル」
芝居ではなく、本当にあまり覚えていないらしい。近くにいた事務員に叫ぶと、事務員は棚の中から青いファイルを持ってきた。受け取り、真田工業のページを開いた。
「真田工業……と。ありました、住所はN市○×町6−8−21、最初の契約が昭和××年になっていますから私が入社する以前からの付き合いですな。主にエンジンのバルブ用のビスを納品していますね」
「真田工業から出向は?」
「昭和6×年に二人、平成○年に一人……あぁこっちは半年で辞めてますね」
ファイルを覗くと、死亡という文字はなかった。
「分かりました。ありがとうございます」
一礼すると、踵を返しドアを開けた。
「あのぉ、真田工業がなにか?」
ファイルを両手で持ち、氏川はこちらの様子を伺うようにいった。
「上からの命令でして、私もよく分かりません」
顔を向けずにドアを閉めた。廊下に出て数歩歩くと、息を大きく吐き出した。
ただの仕事ではない。そう思えたが、胸のむかつきは抑えようもなかった。
高速を一台の黒塗りの車が飛ばしていた。
他の車とは見た目にスピードが違う。SAに停まっていた交機のパトカーが回転灯を回すが、すぐにそれは消えた。
「なんで追わないの?」
声に驚き、窓の外を見ると缶コーヒーを手にシロが立っていた。
「あ、昨日の」
「犬塚さん」
警官に促され後部座席に乗り込むと、缶コーヒーを手渡した。
「差し入れ」
「ありがとうございます」
素直に受け取り、プルトップを開けた。
「今の明らかに速度超過でしょ。なんで追わなかったの? 途中まで追おうとしてたのに」
警官は顔を見合わせ、溜息をついた。
「煙草吸ってもいいですか?」
「どうぞ」
助手席の方の警官が煙草を咥え、窓を開けた。
「上からの命令でしてね……捕まえても私らが怒られるだけなんですよ」
「外交ナンバー?」
「ある意味、そうかもしれません。特権階級みたいなもんですよ」
煙草に火をつけると、溜息のように煙を吐き出した。
「警察関連ではなさそうですね」
「日本の産業の中軸……地方の一公務員なんて屁とも思っちゃいない。まぁ慣れましたけどね」
どうやらこの警官は、地元の人間ではないようである。イントネーションが違った。
「民間企業ですよ。警察と何の関連が」
「法律が違うんですよ。日本の法律以前にここいらはヨーダの法律の方が重視される。私たち警察は、そいつを天秤にかけて公務を執行しなくちゃいけない」
「治安は人口の割りに悪くないですよ。悪くない……そう悪くないんです」
何かに言い聞かせるように呟いた。
「ありがとう。お仕事の邪魔してすいません」
重い空気をかき消すように笑ってみせた。助手席の警官が降り、外からドアを開けた。
「いえ、こちらこそ。差し入れありがとうございます」
重苦しい空気は消えていた。軽く手を上げると、売店の前に停めてあるカタナに向かった。
「思ったより根が深いでござるな……」
煙管を取り出し口に咥えるが、それで頭を掻くとケースに仕舞った。
N市の名物が美味いと噂の居酒屋に雪之丞が現れたのは、約束の時間を三十分ほど過ぎてからであった。
「遅いでござるよ」
山のように積まれた骨付きの鶏肉に齧りついた。雪之丞が来る前にすでに一山平らげているのだが、その食欲に陰りはみえてこなかった。
「それで、お前の方の調査結果は?」
負けじと雪之丞も鶏肉を貪りつきだした。
「ほうへほはふはぁ、ひはひほふへふはほふうほほへほはふはは」
「俺は横島じゃねぇんだ、分かるようにしゃべれよ」
そういいながら鶏肉を頬ばった。どうやら報告をしている間に、喰らいつくという暗黙の了解ができてしまったようだ。シロは口の中の鶏肉を飲み込むと、一息に喋りだした。
「治外法権でござるよ、この街は。別に犯罪とかそういうのではなく、ヨーダ社員いやヨーダの取締役となると、警察もほとんどのことはお目こぼしでござる。それとこの街のほとんどがヨーダの下請けで、下請けの連中は相当いじめられているでござるな。上に諂(へつら)う中間管理職なんて、ヨーダの看板利用して好き放題でござるよ。それにこれ、本社の敷地内での霊症でござる。機械では見つけられない軽微なもので、記せないくらいに大量でござる」
拡大した案内図を放ると、鶏肉の山に手を伸ばそうとした。だがすでに、一山は消えていた。
「すいませーーーーん。もう10人前追加!」
もう一山頼むと、目の前の山に齧りついた。
「なんだこれ、真っ黒じゃねぇか」
小さな点で記した霊症の跡で、案内図は真っ黒になっていた。
「とりあえずこっちは会長に紹介されたモータージャーナリストに会ってきた。すごいってもんじゃなかったぜ」
「ふほひっへ(すごいって)?」
「国内じゃ知られてないが、工場のある海外ではバッシングが起こっているそうだ。提起された条件と違うってな。日本でやってたことをそのまんま海外でやったらしい」
「ほふは?(どんな)」
「一応聞いたんだが、意味が分からんかった」
シロの口から骨付きの鶏肉がぽろりと落ちた。
「それと、今世界的に流行りというか、推進しているエコ。日本の車でいうとエコカーだな。ヨーダだとハイブリッド」
自然重視ではあるが爆音主義のシロは、無視するかのように再び鶏肉に齧りついた。
「これもあまり知られてはいないが、車好きの間では常識であって、詳しくない奴にとってはまるで知らない事実があってな」
横島が乗る車以外は興味が無いとばかりに、両手に鶏肉を持って貪り続けた。
「低速ではモーター、スピードがでるとエンジンに変わる。当然燃料は減らないということを看板に上げて、二酸化炭素の排出量と燃料代の軽減を売りにしているが、ディラーやメーカーは黙っていることがある」
「はうへほはふ(なんでござる)?」
「低速をモーターで走るんだぞ。既存のバッテリーで走れるワケないだろ」
「ひふへふひ(蓄電池)?」
「そう、モーター用のバッテリー、蓄電池が必要だ。もちろん通常の電池ではダメだ、リチュウム電池じゃねぇとな」
「ひひゅふへぇ(リチュウムねぇ)」
「充電可能とはいえ、永久に使えるワケじゃない。交換時期というものがある。この交換というのがクセものでな、買うときに知らせることはないし、雑誌でもそういうことを書いているのを俺は見たことがない」
「はひへほはふは(詐偽でござるな)」
「詐偽にはならねぇよ。電池交換の目安は5年だ、2回目の車検のときに必要パーツ交換となれば詐欺にはならねぇ」
「へはふひふはふふ(値段いくらする)?」
「一番売れているプリンセスで50万。ハイブリットのラキシスだと80万だそうだ」
「ほほはふへほへはひへほはふは(元なんて取れないでござるな)」
「あぁ、だがそれは車好きで詳しい奴以外は知らないし、公の場で発表されることもない。なんせ新聞もテレビも雑誌もすべてヨーダの広告をうってやがるからな。年間に広告料何千億も貰ってその会社の事は悪く書けねぇよ。車雑誌なんて特にな」
「ひょへふはへへほはふは(所詮金でござるか)」
「まぁな。メディアというものが広告でやっている限り、かなりの大事でもねぇと報道しねぇだろ」
「潰れたらこの国は傾きかねないでござるからな、すべてが慎重にならざろうを得ないでござろう」
両手についた油を舐めた。
「あ!!お前、全部食いやがったな!!」
「話が長いでござるよ」
にっこりと笑った。
「お待たせしました」
店員がテーブルの上に、焼きたての皿を置いた。
「まだ食うなよ、まだ食うなよ!! 話は続きがあるんだからな」
「なら急ぐでござるよ」
微笑ながら焼きたての鶏肉を手にした。
「まぁこのハイブリッドだが、エコといわれるが長い目で見るとエコではないというか、かなり環境に厳しい」
「なぜでござる?」
「さっき言っただろ、リチュウム電池だって。交換して際、再利用するって話だが全てが全て再利用なんてできるワケがないだろ? しかも重さが30キロもあるんだぜ、どうやって廃棄するんだよ。自動車業界も電気屋も処分の仕方は一切発表してないしな。十年後、いや数年後には、リチュウム電池による土壌汚染の問題がでてくるだろうな。どうせその問題は、車屋と電気は関係無しで産廃業者の責任にするんだろう。政府は考えてないのか、気づいてないふりをしているのか、まぁ一般の車関係者の間では、政府のエコカー対策だってヨーダのためだといわれているからな。実害がでるまでは、知らないフリして通すだろうぜ」
「深刻な問題だってことは分かるでござるが……その問題と、この件と何の関係があるでござるか?」
その言葉に、鶏肉に伸ばした雪之丞の手が止まり呆然となった。
「知らん……髭親父に会って話を聞いてこいとだけ言われたから」
「無駄骨でござったな……」
雪之丞が取りかけていた鶏肉を奪うと、口に入れた。
「他にはなにか?」
ようやく現実に戻ってくると、鶏肉を手にした。
「依田市の警察署に行ってきた。自殺者の件でな」
「んで?」
「最初むちゃくちゃシブっててよ、会長に電話したら喜んで開示してくれたぜ」
高速道路の件を思い出し、眉を歪めた。
「スゴいってもんじゃねぇな。工場内で月に平均して2〜3件だそうだ、皆マヒして慣れちまってるそうだ」
最初ヨーダ本社にいったときに擦れ違ったパトカーと救急車のことを思い出した。
「古い企業でござるからな、今までの数を考えるとぞっとするでござるな」
「まぁな、この件も公表はされてねぇ。殺人じゃなく自殺だからな」
「古井澄の専属というのは、これの除霊でござるか」
「だろうな。こんだけ死んでりゃ、バケてでる奴なんてザラだろ」
鶏肉を両手に持つと、雪之丞は齧り付いた。
「でも、でもでござるよ、いくら無能とはいえ古井澄も仕事はしているでござろう? 自殺者の除霊くらいはできるでござるよ」
「だよなぁ……ほとんど付きっきりで、バラで出る霊なんて吸引か封印符使えばそう難しくはないはずなんだよな」
「除霊しているに関わらずこの数、そしてこの資料から結びつく答えは……」
二人は腕を組むと動きが止まった。
「まったく分からん!!!」
「分からんでござる!!」
二人同時に胸を張った。
「っつーかよ、俺らに頭脳労働は無理だと思わんか」
「いかにも。なぜ拙者らがこんな面倒臭い事をしなければいけないでござるか……こういう社会派推理モノは某まにあっく駄作では先生が、原作では美神殿がやるものでござるよ」
かなり痛いことを言ったが、雪之丞はスルーする道を選んだ。
「そもそも俺らは、イケイケの前衛だぜ。前衛二枚用意して何ができるっつーんだよ。あの髭親父」
「基本的に、考える前に動くでござるからなぁ」
考えるだけ無駄だと判断したのか、二人はもくもくと鶏肉を食べだした。食べ終わった後、しっかりと領収書の宛名はGS協会東方にしたのは小さな反抗であった。
分からないことは考えるだけ無駄と判断した二人は、飲むだけ飲んで食えるだけ食った。もちろんシメの名物麺類に至るまで領収書はすべてGS協会東方としたのはいうまでもない。
昼前に目を覚ますと、軽く運動して夜の除霊に備えた。
そして朝飯兼昼飯兼夕飯になるであろう食事をとることにした。除霊は就業時間を終えた頃であるが、夕飯を食ってからだと動きが鈍くなるという判断であった。
特製カツをオカズに御飯はウナ丼大盛り、汁物に名物うどんという、ダイエットを常とする女子高生とは思えないメニューであった。
「これで名物は制覇でござるな」
同じものを注文した雪之丞は、口の周りに米粒をつけたまま頷いた。
嬉しそうに箸を割り食べだすと、食堂のテレビから昼のニュースが流れてきた。
「自動車産業大手のヨーダ自動車は、業績不振のため人員削減に踏み切ったことを発表しました」
アナウンサーの言葉に、二人は食べ物から目を離した。
テレビではヨーダ自動車の社長の依田耕吉と副社長が、記者会見している姿が見えた。
「やるとは予想されていたが、このタイミングとはな」
「どういう意味でござるか?」
「昨日の話の続きなんだが、アメリカのGM(グレート・マダムヤン)が危ねぇだろ。政府通じてアメリカから買収してくれって話がでていたらしい。ヨーダはアメリカにも工場持って、名前も浸透しているからな、わざわざGMを負債ごと買い取るなんてマネはしたくなかったと……まぁさすがにこれはヨーダの財布事情を知ってる人間でないと真相なんて分からねぇ推測の域なんだけどな」
シロの箸が、雪之丞のカツを掠め取った。
「信じるでござるよ……家族ともいえる社員の首を切ると宣言しているにも関わらずあの顔……非情の面を被っているワケではないでござるな」
「シリアスな顔して人のカツ取るなよ」
顔を見合わせると、自分の分をガードして貪りだした。
全てを食べ終わり食後のお茶を飲んでいるときには、すでにニュースは終わりバラエティ番組へと変わっていた。
「痛みは社員、自分たちは何も変わらずか……」
雪之丞は、呟きながら煙草を取り出すと咥えた。シロは煙管に刻み煙草を詰めると、タマモンを差し出した。
「その痛みは別のストレスを加え、下へと向かう。泣くのはいつも庶民ばかり……時代劇と変わらないでござるな」
タマモンで火をつけると、煙を吐き出した。
「時代劇がマネしてるんだよ。せめて虚構の世界では、そういう憂さが晴らせるようにってな」
二人の吐き出した紫煙が絡み合う。ゆっくりと顔を上げた。
「あの親父、そうとうなタヌキだな」
「そうでござるな。なぜ伊達殿と拙者であったか、ようやく分かったでござるよ」
「遊んで来いか……んじゃ遠慮なく遊ばせてもらうか」
「で、ござるな。ケツは持つとご自身でいわれたでござるからな」
煙管を灰皿に叩きつけると、ケースに戻し立ち上がった。
「拙者、調べることがあるゆえこれにて失礼いたす。夜に現場で」
「おう、向こうでな」
立ち上がり、店の外へと足早に出て行った。
一人店に残った雪之丞は紫煙を燻らせると、ふと目線をテーブルに向けた。二人分のレシートが残されていた。
―――続く―――
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