中年の男に案内され屋敷へと入った。
かなり広い部屋であった。一つだけ置かれたマホガニーの机は、少女が見慣れたものと同じ物であった。
「来たか、嬢ちゃん」
「嬢ちゃんはやめてもらえますか。犬塚シロという名前があります」
「名前呼んで欲しけりゃ、いっぱしの漢になるんだな」
困った親父である。嬢ちゃんといっておいて、漢になれなんて矛盾にもほどがある。
「私は女ですけど」
「見れば分かる」
分かってないようだからいったのだが―――と思わず口の端が歪んでしまう。
「モノの例えってやつだ。空気で察しろ」
できるワケがない。そこまで大人ではないし、そういう大人になりたいとも思わなかった。
髭親父……もとい日本GS協会会長の東方剣蔵は、机の上に置いてある木製のケースを開け、葉巻を取り出した。シガーカッターで吸い口を切り取ると、卓上のライターで火をつけた。
「吸うか?」
「結構です」
「煙が嫌いってワケじゃないだろ」
シガーの甘い香りを燻らせると口元を緩めた。
「その喋り方、どうにかならんか。小僧といたときと違うじゃねぇか」
「礼儀というものは持ち合わせていますので」
「つまらなねぇな……小僧の弟子なら、小僧を見習え」
「私は、会長殿とレースをするほどの仲ではございませんので」
東方が苦笑した。
「まったく誰に似たんだ、お前さんは」
机の引き出しを開けると、書類を取り出し机の上に放った。
「お前、しばらくN市で遊んでこい」
シロは放られた書類を手にすると、それに目を通した。
「遊んでこいとは……拙者に鉄砲玉になれと?」
口調が変わり、口元が綻んだ。
「ヤクザじゃないんだ。そんなワケあるか」
東方の口元も緩んだ。
「この現場に行って好きに遊んで来いってことだ」
「言っている意味がよく分からんでござるが、“好き勝手やっていい”と解釈するでござるよ」
「あぁ、ケツは“全て”俺がもつ」
書類で顔を隠したまま、目線だけを向けた。
「拙者に猥褻行為を行っていいのは、先生だけでござる」
紫煙が二人の間を遮るように漂った。
「ケツを持つってのは、触るってことじゃねぇよ」
「弄(まさぐ)るってことでござるか?」
葉巻の煙をゆっくりと吐き出した。妙な間をとると、東方はゆっくりと口を開いた。
「前言撤回だ。あまり小僧を見習うな」
ケツを持つという正しい意味を教えると、駐車場へと移動した。
以前見たことのあるコルベット、会合などの時に見かけるメルセデス、傷だらけのマセラティなどの車が停まっており、その奥にはバイクが十台ほど置かれていた。
「好きなのを持っていけ、嬢ちゃんとこの人工幽霊を憑依させれば使用許可はとっておく」
「使用許可とは?」
「お前、自動二輪の普通しか持ってないだろ」
苦笑して頭を掻いた。
「人狼がWOLFってのはでき過ぎだ。もう少しシャレを利かせろ」
「好きで乗ってるんです」
表に停めている愛車のスズキウルフ250に目を向けた。エンジンはRGV−ガンマの最終型に載せ変え、スガヤのレーシングチャンバーに変えてあるのが自慢だ。もちろんフロントは倒立にしてブレーキもダブルにしてある。
車には目もくれず、バイクの方に向かった。変わったデザインのバイクを見つけた。
「スズキ……刃?」
「カタナだ」
「ヤイバではござらぬか」
「その点はタダのデザインだ」
「どうみてもこの字は、刃にしか見えぬでござるよ」
そういいながら、赤と銀に彩られたマシンを見つめた。
「スズキGSX1100SEカタナ。ハンス・ムートのデザインだけは未来的だが、デビューは1981年。かなり古いマシンだ。エンジンは空冷4発、ガソリン積んだら250キロは超えちまうクセに111馬力しか無ぇ。フロントは19インチ、お前のウルフと比べると、重いし曲がらねぇ。カッコだけのマシンだ」
シロはカタナに跨ると、タンクに伏せてスクリーン越しに前方を見つめた。
「これがいい、名前が気にいったでござる」
顔を上げると、東方は部屋に戻ろうとしていた。
「明日、事務所に届ける。美神の嬢ちゃんには俺から話を通しておく」
東方は、振り返らなかった。
二日後、シロは高速道路をカタナに乗りN市へと向かっていた。
「まったく遊んで来いといいつつ、やっかいなことを頼むでござるなぁ〜。まさに“何様?”“俺様!”でござるよ」
N市が近づいてくると、思わず呟いてしまった。
「別の刀に変えられてしまうは、相棒の名前は知らないは……だいたい顔見れば分かるって、そんな無責任なことでよく会長職が務まるでござるよ」
『シロさん、あまりお怒りにならないようにお願いします』
人工幽霊が話かけた。メーター付近から声を出しているように思えた。
「愚痴の一つもいいたくなるでござるよ。これで単位落としたら、あの髭親父のせいでござるよ」
『その心配は無用です。理事長に掛け合うそうですから』
「ほんとでござるか?」
『出席日数だけだそうです。成績の方は御自分でとのことです』
心配なのはそっちの方であった。思わず眉が歪んでしまう。
『シロさん、もう少しスピードを緩めてください』
「大丈夫でござる、これくらいのスピードで事故るような腕では」
『後方200メートル、警察車両です』
慌ててアクセルを緩めるが、急接近してきたパトカーは赤灯を回すとサイレンを鳴らした。
「前のオートバイ、ノーヘルのお前! 左に寄せてすぐに停まれ!!」
警告というより恫喝するかのようにスピーカーが唸った。シロのコメカミに青い筋が浮かんだ。
『シロさん、落ち着いてください』
「落ち着いているでござるよ……人工幽霊殿、ちょっと耳を」
バイクに耳はついていないのだが、シロの言葉を聞き取った。
左にウィンカーを出し路肩に寄せると、パトカーもその後ろに停まり二名の高速交通機動隊員がドア越しにこちらを睨みつけた。
「あー、あー、背中の日本刀をバイクの上に置きなさい」
そうスピーカーで言われると、シロは刀を指差した。
「そうそれだ。無駄な抵抗はやめて置きなさい」
刀をおろすふりをすると、いきなり柄に手を置き、次の瞬間にはパトカーの真横に立っていた。
運転席側の警官は腰を抜かし、真横に立たれた助手席側の警官は身動き一つ取れないでいる。
刀が振りぬかれ、『ぽんっ』という間抜けな音がすると、柄の先には花が咲いていた。
「ふ、ふざけるなーーーー!!!」
「別にふざけてなどないけど?」
刀を元に戻し、ゴーグルを下ろすと何食わぬ顔をした。
「貴様、本部まで連行する。車に乗れ!」
「なぜ?」
「なぜだとぉ〜」
刀に腰が引けていた時とは、人が違ったように威嚇している。
「私が何か法に触れることをやった?」
「銃刀法違反、高速道路でのノーヘル、公務執行妨害だ!」
シロの首根っこを押さえるようにしてパトカーの中に押し込もうとするが、首を往なすと警官をパトカーの中に押し込んだ。もう一人の警官は無線でがなりたて、仲間を呼んでいた。
「まったく婦女子に対して暴力を振るうとは、駐在さんと同じ官憲とは思えんな」
左手を上げると指を鳴らした。
誰も乗っていないカタナのエンジンが掛かると、スタンドを軸に180度向きを変え、こちらに向かい進んできた。二人の警官は、幻をみるかのように呆然としている。
シロの側にカタナが停まると、シートが自動で開いた。小物入れから書類を取り出し、警官の目の前に差し出した。
「心霊特殊車両許可証に霊刀許可証、それに私の心霊作業免許。なにか質問は?」
許可証には東方の署名と捺印がなされていた。
「ぎ、偽造じゃないのか?」
「確かめてみれば? このカタナを見ても信じられないのなら仕方ない……そのかわり、本物だったときどうなるかは私は知らないからね」
口元だけ笑ってみせるが、目は射殺すようであった。許可証を受け取ると、一人が無線に向かい、許可証の照会を本部に依頼していた。もう一人がカタナのエンジンを止めようと近づくと、人工幽霊がエンジンをフかした。その場に尻餅をつくと、悲鳴を上げた。
シロは苦笑して、ベルトに下げているケースからチタン製の長煙管を取り出し、刻み煙草をつめた。百円ライターで火をつけると、ライターを尻餅をついた男に放った。
空に向け紫煙を吐き出した。賑やかな音と赤灯が近付いてくる。かなりの数であった。悠然と煙草を満喫し、燃え尽きた灰を特性の携帯灰皿に叩きつけた。シロとカタナの周りをパトカーが取り囲む中、煙管の中に残った煙を噴出すと、ケースに煙管を仕舞った。
パトカーから警官が降りてくると、遠巻きに銃を構えた。交機ではなく巡回中のパトカーが高速に上がってきたようである。
「照会は終わった?」
高機のパトカーに向かってそういうと、無線を持ったまま固まっていた。
途端に一斉に集まったパトカーの無線が音を立てた。通常の声ではなく、かなりの怒鳴り声が高速で通る車両の音さえかき消しているほどである。
『GS協会の会長どころかICPOから警視庁に苦情がきたそうだぞ、貴様ら何をしでかした!!!』
耳がよいシロでなくても聞こえるほどの声であった。
「シロさん、最初からやり過ぎでは……」
人工幽霊が呟いた。まるでカタナが汗をかいているようであった。
「会長が好きに遊んでこいっていったから、実行しただけでござるよ。ケツもつってこういう意味でござったか」
鼻で笑うと、交機のパトカーの中に入った。
「もう用は終わったんでしょ。これは返してもらうわね」
固まっている男の手から、許可証と免許証を取り上げた。
「まったく、仕事に遅れたら誰が責任とるのでござるか……まぁいいかぁ、ヨーダでも好き勝手やっていいって言われてたから」
石のように固まっていた警官が急にビクリと動いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。ヨーダって、ヨーダ自動車ですか!?」
「そうだけど? 大丈夫、なんとかなるって。警察に文句言われてたっていえば大目にみてくれるでしょ」
周りにいた警官たちの顔が一気に青褪めた。
「本官たちがご案内致します。決して業務には支障をきたしませんです」
一斉に直立不動になり、シロに向かい敬礼をした。
「な、なにこれ?」
『わ、わかりません』
一人と一台が怯える中、警官たちは一斉にパトカーに乗り込んだ。
「この車が先導します。後に続いてください」
パトカーによる大名行列は、高速をN市までいかずに手前の依田ICで下りた。インターを下りると、巨大な塀がずっと続いていた。すでに信号は三回ほど過ぎたがまだ塀は続いていた。
「この塀はいつまで続くの?」
パトカーの隣につけると、運転手に聞いた。
「もうすぐです。その先の信号が本社工場の入口ですよ」
言われるままに前方を見ると、200〜300メートル先に信号があった。
「ひょっとして、これ全部ヨーダ自動車?」
「ええ、これは本社工場のみです。生産ラインは別になりますね」
後ろを振り返り、敷地の広さに溜息をついた。
正門まで案内され、シロではなく交機の警官が警備員と掛け合った。電話で連絡を取ると、車両通行証とゲスト用のIDカードを渡された。
「では、本官たちはこれで失礼します」
敬礼をすると踵を返し、パトカーに乗り込むと四散していった。
「人工幽霊殿、気づいたでござるか」
『はい。すべてヨーダ製のパトカーでしたね』
カタナが敷地に入った。
全身の毛が逆立ち、肌が粟だった。殺気であり、霊気なのはすぐに分かった。だが、この感覚は初めてである。今まで味わったことのない粘質的なものを感じた。
「な、なんだこれ?」
『霊波計には反応しませんが』
霊的なものなのか、それとも別のものなのか、判断をしなければいけないのだが、どうでもいいという気分になった。
ただ気分が悪い。それだけだった。
案内板に従い、敷地を来客用駐車場へと向かう。途中でパトカーと救急車に擦れ違った。パトロールをしているかのように、ゆっくりとそして淡々とした様子で去っていった。
ようやく駐車場につくと、ヨーダ製の高級車と乗用ワゴン車が数台停まっていた。中から十人程下りてくると、ワゴンから荷物を降ろした。
知った顔を見つけた。半年ほど前に、パーティ会場で横島に殴られた男であった。
「まさか、あれが相棒でござるか?」
『それはないでしょう。あの人物たちのパーソナルデータとシロさんとではポテンシャルの釣り合いが取れません』
人工幽霊は、シロが相手に合わせる事は無理だとやんわりと牽制した。
「ま、そうでござるな。拙者と釣り合いが取れるようなツワモノは、数に限りがあるでござるから」
あまり通じていなかった。
高級車の隣にカタナを停めると、一度大きくフかせてエンジンを止めた。中年の男が露骨に顔を歪めた。
「貴様、美神の……なにをしに来た」
ゴーグルを下ろし、ステップを掛けるとカタナから飛び降りた。
「なにしにって、仕事に決まってる」
「くだらんことをいうな! ヨーダはうちの専属だぞ。たかりにでも来たのか?」
これが挑発というものか、そう受け取ると思わず頷いてしまった。
「会長に頼まれてきたんですけどね。どちらからも知らされていないのなら、あなた方は相当に信用がないらしいですね」
にっこりと微笑んだ。毒気のある言葉を打ち消すような笑顔だった。
中年の男の息子らしい若い男が、携帯でなにやら話すと中年の男に耳打ちをした。目を見開くと、舌打ちをしてシロの方を向いた。
「今、確認した。どうやら本当のようだな、ダブルブッキングとかではないらしい」
男はシロの方に歩むと、手を差し出した。
「聞いたことはあると思うが、私は古井澄(こいずみ)家十七代目党首の古井澄善郎(よしろう)だ」
古井澄という名には覚えがあった。半分寝かけていた、霊能科の歴史授業のときに出てきた名だ。
「どうも、美神除霊事務所所属の犬塚です」
差し出された手を軽く握った。何も感じなかった。
「こいつは息子の恭吾。十八代目になる」
シロとは係わり合いになったことのないタイプであった。
「どうも」
軽く頭を下げると、恭吾も頭を下げた。
「さて確認はしたが、どうするかね。私らと協力してやるかね」
会長の紋所はかなり効き目があったようだ。腹の中はともかく、表面上は大人しくなったようである。
「会長からは“遊んでこい”といわれただけです、適当にやってみます」
「そうかね、会長らしい言い回しだ」
一瞬、古井澄の顔が曇った。
「この一週間で大体の調査は終了した。明後日の九時に仕事を行う」
「えらく大袈裟ですね」
「大きさはともかく、数が尋常ではない。この数が霊団になられては、破魔札が三千枚必要だという調査結果がでた」
大きさでなく数となると、自分ではなくおキヌが適任ではないのか? そう思ったがあえて口に出すのは控えた。
「そちらの都合に関係なく、こちらは予定通りに行う。それは了承してくれ」
「わかりました」
返事をすると、古井澄は建物へと歩き出した。
白い建物がそびえていた。
どうやらシロは、古井澄の助っ人として扱われているようである。
受付に入りゲスト用と取り替えられたIDからそれが分かった。
ある意味面倒ではない。シロはそう考えると、渡された案内図を片手に敷地内を歩いた。通常散歩するくらいの距離を歩いても、敷地内はまだ全部歩き終えない。相当な広さであった。
消えそうな臭いを探るようなマネはしなくてもよかった。まったく同じ臭いではないが、似たような臭いが数歩進むだけで漂ってきた。霊の臭いだけではない。機械臭と混じりはしているものの、誤魔化せるものではなかった。
「印をつけるだけ無駄でござるな」
案内図に印をつけていたが、真っ黒になってしまった案内図を握り潰した。
依田市を離れ、隣のN市の中心地へと向かった。
途中には工場地帯があり、ヨーダ関連企業らしくヨーダのマークがやたらと目に付いた。
バイパスを外れ狭い道に入ると、建物の高さもかなり低くなった。中小、いや零細企業が軒を並べる職人街のようであった。
手懸りは見つけていた。少しだけ目立った霊がいた。そいつの胸に『真田工業』という文字を見つけたのだ。N市の電話帳で調べると、法人化していない真田工業は一つだけであった。
20坪くらいの工場であった。中を覗くと所狭しと機械が並んでおり、働いている者が五人ほど見えた。
邪魔にならないように電柱の側にカタナを停めると、工場の中へと入った。
「すいませ〜ん」
声を掛けるが、音のためか誰も振り返りはしなかった。
「すいませーーーーーん!!!」
窓ガラスが震えるような大声を張り上げると、ようやく手前にいた男が振り向いた。近づいてくると、耳元で大声を張り上げた。
「なんの用かね?」
ポケットからGS免許を取り出し、男に見せた。
「ちょっとお話宜しいですかーー?」
「こちらどうぞー!」
大声で叫びながら、事務所へと案内された。
ドア1枚隔てたそれは、防音材が入っているようで普通に話しても声が聞こえてきた。
男は真田と名乗り、この工場の社長だといった。
「私、東京のGSで犬塚と申します。GS協会の会長の依頼でちょっと調査をしてまして……真田工業さんで、そこのヨーダ本社に出向なされた方はいませんか?」
お茶を出す真田の手が止まった。
「ここいらの工場は、ほとんどいや全部がヨーダとなんらかの付き合いがありますよ。無いところは無いんじゃないかな」
「そうですか」
お茶に手を伸ばすと、一口だけ口をつけた。机の上の電話が音を立てた。
「ちょっと失礼」
電話を取ると、真田の顔色が変わった。
「ちょっと待ってください。FAXの指定書では5mmになってますよ? 明日までに6mmなんてできませんよ」
仕事の話であろう。相手の声が漏れるほどであった。
『電話で変更を伝えたはずだよ。できないなら別にいいよ、他に頼むから。おたくとの付き合いは考えさせてもらうよ』
「ちょ、ちょっと待ってください。明日の夕方までならなんとか」
『話にならないなぁ……まぁ僕も鬼じゃないんだ、一時までに頼むよ』
真田が返事をする前に電話は切られた。真田の顔は蒼褪めていた。
「すいません……急ぎの仕事が入りましたんで、この辺でよろしいですか」
「こちらこそ、お忙しいときにすいません」
ぺこりと頭を下げると、シロは事務所を後にした。工場からでると、機械の音が止まり、工員たちの悲鳴ともとれる罵声が聞こえた。
一瞬だけ工場の方を振り返るが、カタナの方に歩いた。
電柱の側に人影が見えた。小さな影だが、かなりの使い手のようである。抑えているはずの霊力がかなり漏れてきていた。
背中の刀の柄に手をかける。
「誰でござるか」
シロの問いかけに、影が人差し指を振りながらチッチッチと舌を鳴らした。
「俺だ、エースの丞だ」
「でやあああああああああああああああ!!!」
影に向かい刀を抜き、振りかざした。
自称エースの丞こと全身黒づくめの伊達雪之丞は、ほとんど勘で白刃取りを敢行したが、目の前には『ぽん♪』という音と共に花が咲いていた。
「なんだ、伊達殿でござったか」
「なんだじゃねぇ!!! 名乗った後に抜きやがったじゃねぇか!!」
「男が細かいことに拘るんじゃないでござるよ。弓先輩に嫌われるでござるよ」
涼しい顔で刀を鞘に戻した。
「全然細かくねぇ!!」
「まったく男がそんな事でどうするでござるか……タマが小さ過ぎでござるよ。それに比べて先生のは」
両手を顔に当て、いやんいやんと身体を振ってみせた。
「見たのか!! お前は見たのか!?」
「何をでござるか?」
「だから、ナニだよ」
「腹掻っ捌かないと肝っ玉なんて見れないでござるが?」
サラリといいのけたシロに、雪之丞は何も返せなかった。
「で、お前はなんでN市にきたんだ?」
煙草を咥え、ポケットを漁りライターを探した。シロは煙管に刻み煙草を詰め込むと、煙草ケースの隣に下げているタマモンと書かれた筒の中に煙管の先を入れた。タマモンが赤く光ると、口から紫煙を吐き出した。
「会長殿に遊んでこいといわれたでござるよ」
「やっぱりあの親父かよ、てっきり横島あたりを寄こすと思ってたのによ……火ぃ貸してくれ」
右手を軽く上げると、タマモンの中に咥えたままの煙草の先を入れた。
「つかねぇぞ?」
「タマモの狐火でござるよ、霊力を加えれば火が」
全てを言う前に、雪之丞は霊力を込めた。何も考えずに……
火炎放射機と化したタマモンは、雪之丞の顔面を焦がした。
「話は最後まで聞くでござるよ」
「今度から気をつける……」
燃え尽きた煙草を放り新しい煙草を取り出すと、まだ燻っている頭髪から火をつけた。
「伊達殿も会長殿からの仕事でござるか?」
「まぁな、あの親父も相当なタヌキだぜ」
「確かに顔はタヌキに似てるでござるな」
「お前、ほんとに学校通ってるのか?」
「一応現役でござるよ。まぁこんなエロカッコ可愛いい女子校生なんて珍しいから、そう思うのはいたしかたないでござるな」
「今どきの女子高生は、煙管で煙草なんて吸わないぞ」
おそらく高ではなく校と言ったのだろうと推測しつつ、それはあの師匠のせいであろうと思ったが、あえてそこには突っ込みはいれなかった。
「ところで伊達殿」
「なんだよ?」
「顔と服が元に戻ったのに、頭だけド○フのコントみたいにアフロというのはおかしいでござるよ」
ギャグ漫画の禁句ともいえる言葉であった。
「ギャグ補正というんだ、横島なんてもっとヒドいじゃねぇか」
頭を一撫ですると、元の髪型に戻り黒い帽子も復活した。
「全部がギャグで済めば苦労はないでござるな」
「いうな……それだと今度は話が進まん」
お互いに顔を合わせると、深く頷いた。
「それはともかく……あの工場の取引き相手は、かなり横暴でござるな」
「あぁ、あれくらいここいらでは当たり前だぜ」
「当たり前?」
「いい加減な取引き、自分のミスを平気で相手に押し付ける、こなせなきゃ仕事は打ち切り、てめぇの無能さを露呈しているクセに“立場”を利用して全てを片付ける。この辺り一帯の町工場は、皆同じ目にあってる」
雪之丞の言葉に露骨に顔を歪めると、煙管を揺さぶった。
「他の仕事はやらないのでござるか?」
「他の仕事なんて無ぇよ。別の仕事が欲しければ、他県に営業にいくしかねぇ。仮に取れてきたとしても、今度は材料の仕入れが出来ない……生かさず殺さず、生殺しさ」
「ふざけた話でござるな」
「他人事じゃねぇよ、俺らだって味わったことあるだろう? どこにでもある話さ、無能な奴が人の上に立つとロクなことが起きねぇってことさ」
シロの頭に、半年前のパーティのことが頭に浮かんだ。
「確かに……伊達殿が会長殿のことをタヌキといった意味が分かったでござるよ」
溜息をつき、携帯灰皿に煙管を叩きつけ燃え尽きた灰を取り出した。煙管の中に残った煙を噴出すと、煙管をケースに仕舞った。
「さてと……伊達殿、前乗りしているのでござろう? 派遣の人間が集まるところは知っているでござるか?」
カタナのエンジンに火を入れた。
「あぁ、N市の中央に派遣会社が集まっている場所があるぜ」
ゴーグルを上げカタナに跨ると、タンデムシートに雪之丞も跨った。かなり必死で足を上げたのは内緒である。
「変な所に触ったりしたら、タダじゃ済ませませんわよ♪」
「かおりのマネしてんじゃねぇよ!!」
頭を叩かれながらも、シロは笑うのをやめなかった。
―――続く―――
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