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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第十七章(解決編その1)

   
 その日の昼食の席で。
 
「食事の後、一時間くらいしてから
 もう一度食堂に集まってください。
 若田警部からのお願いです」

 と、御主人さんが告げる。
 横島さんとおキヌちゃんは、少しの好奇心を顔に浮かべたものの、特に何もコメントしなかった。
 一方、福原クンは、食事の手を止めて。
 体をこちらに傾けて、私の耳元で囁いた。

「昨日の事件に関して
 ……また話し合うのでしょうか?」
「さあね」

 私は適当に返したんだけど。
 でも、福原クンには分かっちゃったみたい。

「先生……何か御存知なんですね?」
「うふふ。
 でも教えてあげないわよ。
 それは一時間後の……お・た・の・し・み!」






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第十七章 その男の独白
            ―― What Have He Done? ――






 そして、今。
 再び大食堂に集められた関係者一同。
 いつものように、二つのテーブルに、自然に別れて。
 片方には、しずか御前・女将の涼子さん・御主人の浩介さん・女中のシノさん・弥平老人・使用人の薮韮さん・料理人の山尾さん。
 もう片方は、私・福原クン・おキヌちゃん・横島さん、そして茂クン。

「では……始めましょうか」

 皆の前に立つのは、警察の面々。 
 もちろん、中心は、若田警部。
 でも、今回は。

「まず最初に……安奈みらさん。
 こちらに出てきてもらえますかな」
「はい!」

 呼ばれて、立ち上がって。
 スタスタと歩いていく私。 
 そう、この集まりの主役は私なのだ!

(うわっ、みんな私に注目してる……)

 小説の受賞パーティーでも緊張するのに、それとも違う雰囲気だ。
 私は、皆を見渡しながら。
 サッサと終わらせるために、サクッと要点を口にした。

「殺人事件の謎、解けました!」


___________


 一瞬、その場が静かになる。
 でも。
 そこに流れる空気を、私は読み取ってしまった。

「ああ、またか」
「どうせ、すぐに間違いだと分かる推理だろ?」

 そんな言葉が、空耳として聞こえてくる。
 特に利江さん殺しに関しては、さんざん議論が繰り返されたからなあ(第八章及び第九章参照)。
 しかも、これから私が語るのは、その利江さんの事件なのだ。

(こーなったらもー
 ……単刀直入でいこう!)

 そう考えて。
 私は、一人の人物にバシッと指を突きつけた。

「この事件の犯人は……
 薮韮さん、あなたです!」


___________


 薮韮さん犯人説。
 それは、樹理ちゃんも提唱していたし、私も追従していた。
 実は207号室は鍵がかかっていなかった……そんな可能性から、導き出された推理である(第九章参照)。
 ただし、最初に私が確認した時点ではロックされていたのだから、私が合鍵を取りに行っている間に開けられたに違いない。
 その点に関して色々考えて、出てきたのが『薮韮さん犯人説』やら『薮韮さん共犯説』やら『薮韮さん犯人説パート2:合鍵交換説』やら(第九章参照)。
 どの説も、全て否定されたのだが……。

「私たちの議論って……
 最初から前提が間違っていたの。
 それは……207号室が開けられたタイミング!」

 207号室は、いつ解錠されたのか。
 普通に考えれば、私が合鍵を手にして戻って、それで薮韮さんが開けたのだ。
 でも、そうすると不可能犯罪になってしまうから、『その時すでに開いていた』という薮韮さん犯人説が出てきたわけだ。
 だけど、それらは否定された(第九章参照)。
 だって、『鍵が開けられたのは、私が合鍵を取りに行っている間』と考えてしまったから。
 実は、これが間違いだった。
 『私が合鍵を取りに行っている間』ではなく……207号室は、最初から鍵がかかっていなかったのだ!

「……どういう意味ですか?
 それについては、
 安奈さん自身が確かめたはずでは……」

 理解できない一同を代表するかのように。
 御主人さんが口を開いた。
 私は、ゆっくりと首を横に振ってみせる。

「うん、たしかに私は確かめてる。
 あの部屋のドアは、
 固く閉ざされていたわ。
 でも……あれは
 本当に207号室だったのかしら?」


___________


 今朝、間違えて福原クンの味噌汁を飲んだから。
 お椀を隣と交換したり、元に戻したりしたのを見たから。
 私は、真相に気付いたのだった。

「樹理ちゃんの推理は
 ……惜しかったんです」

 樹理ちゃんは、鍵の交換トリックを考えた(第九章参照)。
 私は、合鍵交換を考えた(第九章参照)。
 でも、本当に交換されていたのは。

「207号室は……隣と入れ替わっていたんです」

 部屋全体の交換。
 言葉にすると、大げさなトリックだ。
 しかし、実際には、たいしたことではなかった。

(だって……どこも同じような部屋だから!)

 ふと、最初に自分の部屋へ案内された時のことを思い出す。
 三階の長い長い廊下。その両側には、同じにしか見えない扉が、ズラリと並んでいた(第三章参照)。
 迷子になるんじゃないかと思って、私も福原クンも、無言でシノさんについていったくらい(第三章参照)。
 それくらい、右も左も同じ光景だった。
 そして。
 うっかり私が間違えたように(第七章参照)、二階も三階と同じ状態だ。
 それぞれの部屋の違いは、金属プレートに刻まれた番号のみ。
 だから……。

「ドアについてるプレートを
 隣と交換してしまえば……。
 206号室あるいは208号室のドアを
 207号室のドアだと思わせることも
 ……簡単なんだわ!」

 そう。 
 私が最初にドアを確認した部屋、それは207号室ではなかったのだ。
 犯行現場ではなかったのだ。
 その隣の部屋――206号室あるいは208号室――だったのだ。
 
(使われていない部屋は……
 四階の一室以外は、施錠されている)

 弥平老人は、そう言っていた(第十章参照)。
 だから、あの部屋――偽の207号室――も、当然ロックされていた。
 そして。 
 あの時点――偽の207号室を私がチェックした時点――で、利江さんの部屋は、施錠されていなかったのだ。

(たぶん、
 利江さんの部屋を開けたのは
 利江さん自身だと思う……)

 薮韮さんが、利江さんの部屋に飲物を運ぶのは、夜の日課(第七章参照)。
 利江さんは、何の疑いもなく、薮韮さんを部屋に入れたに違いない。
 犯行は容易だったのだ。
 薮韮さんは、鍵をかける必要も開ける必要もなく。
 ただ、部屋番号のプレートを交換しておけばいいだけのこと。
 利江さんを殺した後、何食わぬ顔で『偽の207号室』の前に立って。
 誰か来るまで――誰か呼び寄せるために――ドアを叩き続けたら良かったのだ。

(そして……私が、その『誰か』になった)

 もちろん、私でなくてもよかったはずだ。
 だが、それが私になったというのは、彼にとっては幸運だったかもしれない。
 なにしろ私は、目が悪い。あの時だって、ドアに近付いて初めて部屋番号を認識したくらいだ(第七章参照)。
 隣とプレートが入れ替わっているなんて、気付くはずもなかったのだ。
 いや、万一そこで気付かれても。
 薮韮さんは、『気付きませんでした』と誤摩化せるだろう。
 言い逃れが出来ないのは……次のステップだ。

(私が合鍵部屋に行っている間。
 薮韮さんは、番号プレートを元に戻した)

 もしも、この作業を見られたら。
 こればかりは、誤摩化しようがないかもしれない。
 だから、薮韮さんは、もう誰にも来て欲しくなかった。
 『私』のような人物を確保した後は、もう誰にも来て欲しくなかった。
 だから、私が戻った時。
 彼は、扉を叩くのを止めていたのだ(第七章参照)。


___________


「……ここから先は、
 一昨日に議論したとおりです」

 私から鍵を受け取って、ドアを開けるのに苦労していた薮韮さん(第七章参照)。
 それは、動揺していたからではなく、解錠するフリを装っていただけ。
 この点に関しては、私や樹理ちゃんの推理は正解だったのだ(第九章参照)。

「どう……?
 これで悪霊云々じゃなくて、
 ちゃんと普通の犯罪として
 スッキリ説明できるんだけど……?」

 私は、薮韮さんに向かって問いかける。
 彼は、わずかに口元を歪めて、笑っているようだった。
 以前に犯人扱いされた時には、薮韮さんは、特に反論しなかったけれど。

「……面白いですね、安奈様」

 それが、今回の彼の返答。

「さすがに小説家だけあって、
 突飛な空想が得意なのですね。
 でも……それは、
 あくまでも空想でしょう?
 それとも、何か証拠があるのでしょうか?」

 面白い。
 薮韮さんが、そう言うのであれば。

「いいえ。
 空想じゃなくて……これが真相よ。
 証拠だってあるんだから!」


___________


「安奈みらさんから
 この推理を聞かされて……」

 選手交代。
 若田警部が、私の話を引き継ぐ。

「……我々は、
 ドアの金属板を詳しく調べました。
 すると207号室と208号室のプレートに、
 最近取り外された形跡が見つかりましてな」

 もちろん『最近』とは言っても、いつなのか特定なんて出来やしない。
 今日なのか昨日なのか、あるいは、もっと前なのか。
 それすら分からないのだから、問題のタイミング――私が合鍵を取りに行っている間――に細工されたという証拠にはならなかった。

「しかし、これは安奈みらさんの推理を
 否定するものではありませんからな。
 むしろ推理に合致しているので、
 サポートする方向だと言えるでしょう」

 続いて、若田警部は、部下の一人に目配せする。
 部下の刑事さんは、いったん食堂を出て。
 それから、すぐに、また戻って来た。
 手にしたビニール袋には、赤い物体が入っている。
 それを手渡された若田警部は。

「安奈みらさんが、
 長々と推理を披露している間に……。
 勝手ながら、
 薮韮実さんの部屋を調べさせてもらいました」
「何っ!?」

 さすがに、これは聞き捨てならないのか。
 珍しく、即座に反応する薮韮さん。
 でも、若田警部はアッサリ受け流して。

「……その結果、決定的な証拠が
 押し入れから発見されましてな」

 ビニール袋を開けて、その中身をサッと広げてみせる。
 それは、真っ赤なチャイナドレス。

「押し入れだと……?
 そんなはずはない!
 それはベッドに……」

 薮韮さんが、口走る。
 でも、すぐに『しまった!』という表情になった。
 対照的に、若田警部はニヤリと笑う。

「ほう、ベッドに隠したのですな?」

 勝利を確信した口調。
 でも、ここで攻撃の手を緩めてはいけないのだ。
 だから、私が追い打ちをかける。

「若田警部!
 本物のドレスを見つけたら、
 ちゃんと指紋も調べてください。
 発見されるなんて思ってなかったなら、
 指紋もついているかもしれないから!」

 頷く若田警部。
 それが合図だったかのように、刑事さんたちが走り去っていく。
 薮韮さんの部屋を調べに行ったのだろう。
 その様子を見て。

「そうです……。
 指紋もバッチリついています。
 安奈様の推察どおり……犯人は私です」

 うなだれながら、薮韮さんが負けを認めた。


___________


 若田警部が今、提示した赤いドレス。
 それは、薮韮さんが使ったチャイナドレスではなかった。
 午前中の間に用意した偽物だったのだ。
 犯人を引っ掛けるための……言わばハッタリ。
 引っ掛かるかどうか保証はなかったけれど。
 私たちは、見事、賭けに勝ったのだ。

(薮韮さん……雰囲気に負けて、
 冷静さを失ったわね)

 赤いチャイナドレスを部屋で見つけられても、言い逃れは簡単だったはず。
 知らないうちに誰かが部屋に隠したんだ……そう主張されたら、こちらは、否定できなかっただろう。
 でも、薮韮さんは。
 『それはベッドに……』という致命的な失言を口にした。
 さらに。

(ちゃんと頭を働かせれば、
 あのドレスを持っていたこと自体、
 色々と言い訳できたはず)

 緋山ゆう子に化けて、亡霊伝説を演じたこと。
 それを認めたところで、殺人犯人とイコールにはならないのだ。
 いや、亡霊伝説との関与だって認める必要はない。
 女装癖があるけれど恥ずかしいから内緒にしていた……そんな言い訳だって、ちょっと苦しいけれど成り立つんじゃないだろうか。

(でも……彼は
 犯人は自分だと認めてしまった!)

 今。
 薮韮さんの自白が始まる。


___________


「……そうです。
 私が大奥様を殺したトリック、
 それは安奈様が語ったとおりです。
 そうして……密室状況を作り上げることで、
 人間には不可能な犯罪と思っていただき、
 緋山ゆう子の呪いやら亡霊やらが
 犯人だと思わせたかったのです」

 そう、そこが一つのポイントだった。
 このメモでも前に記したように(第五章参照)、小説で密室トリックが出てくると『なんでワザワザそんなトリックを使うんだ』とツッコミを入れたくなる。
 でも、この事件では、ちゃんとした理由があった。
 緋山ゆう子に罪を被せることで、自分への疑いを逸らそうと考えたのだろう。

「だから……私は、
 ドレスとカツラで緋山ゆう子に扮して、
 数日前から時々、四階の部屋で、
 その姿を皆さんに見せつけていたのです」

 ああ、やっぱり。
 私たちが来る三日前に目撃された緋山ゆう子も。
 私たちが二日目に目撃した緋山ゆう子も。
 薮韮さんの変装だったのだ。

「男が女に化ける……。
 難しそうに思われるかもしれませんが、
 そうでもありませんでした。
 遠目から姿を見せるだけでしたから。
 それに……」

 ああ、そうだ。
 特に、緋山ゆう子だ。
 彼女の特徴は、真っ赤なチャイナドレスと真っ赤な長髪。
 しかも、肖像画によれば、前髪も目にかぶさるくらい長かったのだ(第三章参照)。
 一方、薮韮さんの特徴は、目付きの悪さ(第二章参照)。緋山ゆう子用のカツラで、それが隠れてしまうから、ちょうど良かったのだ。
 そんなふうに、私は考えたのだが。

「……私は、彼女の孫ですから。
 似ていて当然でした」

 え?
 薮韮さんの口から、ビックリな言葉が飛び出した。


___________


「ハハハ……。
 さすがの安奈様も、
 そこまでは想像できなかったようですね」

 私に対して、挑むような視線を送りながら。
 薮韮さんは、笑っていた。

(ああ……そういうことか)

 私の頭の中で、これまでの情報が、パズルのピースとなって。
 正しい位置に向かって、駆け巡っていた。

(緋山ゆう子の……子供!)

 そうだ。
 彼女の手記に、確かに書かれていた。
 緋山ゆう子は、小森家に嫁いで来る前に、子供を産み落としているのだ(第十一章参照)。
 里子に出されて、十分な養育費も与えられて。
 でも……その『養育費』って!
 
(……たぶん
 一括で渡すには大き過ぎる金額。
 だけど分割払いだとしたら……
 当時の御前様が死んだ後、
 どうなっちゃったのかしら?)

 もともと、全ては秘密裏に行われたことなのだ。
 蝙蝠屋敷の惨劇――小森和男による皆殺し事件――の後で、金銭の授与は止まってしまったのではないか。

(その後、捨てられた子供は……。
 きっと、悲惨な人生を送ったのね)

 約束の養育費が途絶えたことで、里親は、子供を冷遇。
 だから、その子供は。
 自分を捨てた母親――緋山ゆう子――への恨みと。
 自分が捨てられる原因となった小森家――さらに約束を違えた御前様――への恨みと。
 それらを胸にしまったまま、大人になったのだろう。
 そして、その恨みは、さらに次の代――緋山ゆう子の孫つまり薮韮さん――へと引き継がれて。
 
(小森家の人々への復讐心から、
 蝙蝠屋敷の人々を殺そうとしたんだわ。
 でも、ただ殺すだけでは意味がない。
 緋山ゆう子も恨んでいる以上……
 彼女を『悪者』に仕立て上げることも大切だった!)

 これが……密室トリックの理由だったのだ。
 さっき私は、『緋山ゆう子に罪を被せることで、自分への疑いを逸らそうと考えたのだろう』と思ったけれど。
 『自分への疑いを逸らそう』ではなくて。
 『緋山ゆう子に罪を被せる』自体に意味があったのだ。


___________


「……しかし私の恨みは、
 父から受け継がれたものだけではありません。
 母もまた、小森家を恨んでいました」

 私が色々と考えている間にも、薮韮さんの告白は続いていた。

「私の母も……
 小森家のために捨てられたのです。
 彼女は……羽臼学の隠し子でした。
 彼が御前様と結婚するために捨てたのが
 ……私の母でした」

 え?
 これまた衝撃発言。
 一瞬、『羽臼学? 誰それ?』って思ったけれど。
 すぐに、しずか御前の物語を思い出した。
 羽臼学は、しずか御前の付き添いで旅行に出かけていて、例の惨劇を免れた人物。
 しずか御前の旦那さまになって、小森家を再興した人物(第四章参照)。
 それが……薮韮さんの母親の父親だって?


___________


「いい加減なことを言うでないよ!」

 突然立ち上がるしずか御前。
 利江さん殺しの犯人が薮韮さんだと判明しても黙っていたのに。
 亡き娘よりも亡き夫への想いの方が、大きいのだろうか。

「まあ、まあ」
「そんなに興奮なさらずに……」

 御主人さんや女将さんや使用人たちが駆け寄って。
 しずか御前をなだめようとするけれど。
 彼女は、腕を振り払って、続けるのだった。

「学さんは……
 あのひとは、やさしい人じゃった!
 あのひとは、ただ私だけを……」

 でも。

「いいえ、御前様。
 あなたは騙されていたのです」

 薮韮さんの冷たい言葉で。
 まるで凍りついたかのように、彼女は固まってしまった。

「あなたは知らなかったのでしょう?
 羽臼学という人物は、
 女性にだらしない男だったのです。
 数えられないくらいの女がいて……。
 その大部分を孕ませていました」
「……嘘じゃ」

 しずか御前がポツリとつぶやくが、薮韮さんは止まらない。

「嘘ではありません、御前様。
 実際に私は、私と同じ立場……
 つまり、羽臼学の孫の一人と
 会ったことがあります。
 ええ、彼も私と同じで、 
 小森家を恨んでいました。
 この屋敷は……多くの者から
 恨まれているのですよ!」

 しずか御前は、まだ立ったままだった。
 いつのまにか、顔面蒼白。
 彼女の口から、少しずつ言葉がこぼれ出す。

「そんな……そんな馬鹿な……。
 いや、学さんは、私が小さい頃から、
 ずっと私だけを見守ってくれていたはず……。
 そう信じていたからこそ……私は!」

 裏切られていたという事実が、よほど身にこたえたのだろう。
 体がグラッとふらついて、そして。
 彼女は、その場にバッタリ倒れた。


___________


「御前様!?」
「大丈夫ですか!?」

 小森家の人々が騒ぎ出す。
 その中心で、御主人さんが冷静につぶやいた。

「……死んでる。
 御前様は……亡くなれた」

 続いて、勝ち誇ったかのような笑い声が響き渡る。
 それは、薮韮さんのものだった。

「ワッハッハ……!
 『御前様殺すにゃ刃物はいらぬ』ってわけだ!
 真実こそが最大の武器だったわけだ!」

 薮韮さんは、解説する。
 もともと御前様は、あまり他人を信じないタイプ。
 医者にかかるのも嫌っており。
 高齢も重なって、心臓が弱かったのだ、と。

(ああ、それで……)

 緋山ゆう子の手記を聞かされた時。
 怒った御前様のところに、屋敷の人々が――脚の悪い弥平老人までもが――急いで駆け寄ったのだが(第十二章参照)、それは。
 彼女の健康を心配してのことだったのだ。
 激怒が体にさわると心配したからだったのだ。

(……私たちは知らないけど、
 小森家のみんなは、知っていたのね)

 納得する私。
 でも、実は私は、薮韮さんの話を真剣に聞いていたわけではなかった。
 いや、私だけではない。
 その場の誰もが、彼に意識を向けていなかったに違いない。
 今、皆が注目しているのは……御前様の死体!


___________


 倒れた彼女の背中から。
 オーラのようなものが、浮かび上がっていく。
 最初は、揺らめく陽炎だったけれど。
 少しずつ、ハッキリとした形を成して。

「ご、御前様……!?」

 そう誰かが口にしたとおり。
 それは、生前のしずか御前の姿となった。
 もちろん、彼女が生き返ったわけではない。
 死後、体から抜け出した物……つまり、それは魂。
 しずか御前の幽霊なのだ!
 そして。

『学さんのことを悪く言う奴は許さん。
 そんな奴……生かしておけぬわ!』

 悪霊となった彼女が、薮韮さんに襲いかかった。



(第十八章に続く)
   
   
 あけましておめでとうございます。
 作品中の時間軸は年末やら新年とは無関係ですが、現実世界で年が明けたところで、本作品は解決編に突入です。

 途中から読み始めた方々もおられるかもしれませんが、おそらく解決編だけ読んでも面白さは半減。最初から通して読んで頂ければ幸いです。
 前章までは、こちらです;

 第一章  雷光の彼方に        ―― Over the Lightning ――
 第二章  美女と蝙蝠         ―― Beauty and the Bat ――
 第三章  出会いの宵         ―― Some Encountered Evening ――
 第四章  小森旅館の怪人       ―― The Phantom of the Inn ――
 第五章  イン・ザ・ルーム      ―― In the Room ――
 第六章  マイ・フェア・ベイビィ   ―― My Fair Baby ――
 第七章  クロス・ザ・ドア      ―― Cross the Door ――
 第八章  シティ・オブ・サスペクツ  ―― City of Suspects ――
 第九章  彼女の言い分        ―― Her Reasons ――
 第十章  探すことが好き       ―― I Love to Search ――
 第十一章 君の住む抜け穴で      ―― In the Hole Where You Live ――
 第十二章 退屈な朝          ―― Oh What a Borin' Mornin' ――
 第十三章 成し得ぬ犯罪        ―― The Impossible Crime ――
 第十四章 彼女なしでも        ―― Without Her ――
 第十五章 入浴、入浴         ―― Nyuu Yoku, Nyuu Yoku ――
 第十六章 幕間            ―― Intermission ――


 悪霊出現シーンまでは一気に書きたかったので、今回は、ここで区切りとしました。
 第一の密室殺人のトリック解説、これで十分伝わったでしょうか、あるいはクド過ぎたでしょうか。この手の小説の一番の鬼門ですから、少し心配しています。
 まだ第二の殺人の解説が残っていますので、最後まで、よろしくお願いします。



(1/2追記)
 全員集合シーンで一人の名前を書き落としていました。
 修正しました。申しわけありません。

(1/2追記 その2)
 第十八章(解決編その2)を投稿しました;
   第十八章 幽霊と私  ―― The ghost and I ――

 ラスト二章も、よろしくお願いします。 
   

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