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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第十六章

   
 一日目に旅館に着いて。
 二日目に殺人事件が起こり。
 三日目にミイラを見つけて。
 四日目に第二の殺人。
 そして、五日目の朝。

(減っちゃったわね……)

 朝食のために大食堂に足を踏み入れた私は、心の中で、そうつぶやいていた。
 最初、食事は十人で行われていたのだ。
 四人の小森家の人々と、六人の宿泊客。
 でも、それぞれ一人ずつ殺されて。
 今、ここには……七人しかいなかった。

(計算が合わない……?
 あ、茂クンも来てないんだ)

 昨日の昼食や夕食には、きちんと来てたんだけど。
 思い返してみれば、あまり料理に口をつけていなかった気がする。
 食欲が湧かないのだろう。
 
(まあ……仕方ないか)

 食べられないのに無理して来るよりは、休んでいたほうがいいのかもしれない。
 いつもの席に座り、ふと、テーブルに視線を落とす。

(……量も多いもんね)

 そういう問題じゃないとは分かっているが。
 ついボリュームのことを考えてしまった私。
 夜と違って、朝は典型的な和食。でも、少し多過ぎるのだ。
 例えば、今日のメニュー。
 御飯と味噌汁の他に、テーブルに並べられているのは……。

(メインは、焼き魚ね)

 だが、鮭の塩焼き、ブリの照焼、アジの干物と、なぜか三つも皿に盛られているのだ。

(小鉢も……一つじゃないし)

 まず、里芋とニンジンの煮物。甘辛の餡で絡められている。
 煮物の左隣は、ほうれん草のおひたし。粉のように小さく刻んだ鰹節が、上に振りかけられていた。
 一方、右側にあるのは、油揚げと山菜を混ぜたもの。胡麻あえのようだ。
 さらに、炒り卵。緑色のアクセントが入っているのは、ネギかニラだろうか。
 そして、お漬け物は、キュウリとカブと刻み菜の三種類。
 四角い皿には、味付け海苔も置かれていた。

(こんなにおかずがあったら、
 御飯食べ過ぎちゃう……!)

 と思いながら。
 私は、箸を手に取った。






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第十六章 幕間
            ―― Intermission ――






 朝食は、夕食より静かだ。
 そして、今日の朝食は、いつもの朝食より静かな感じがした。
 もちろん、お通夜やお葬式の雰囲気ではない。
 私の正面では、横島さんが、いつもどおり明るく元気な様子を見せている。
 またノロケっぽいことを言っているのだろうが、私は、ちゃんと聞いていなかった。

(こう見えても……この人、
 重い過去を背負っているのよね)

 箸を動かしながらも、意識は、食べ物に向かうのではなくて。
 私は、昨晩お風呂でおキヌちゃんから聞いた話を、思い出していた……。


___________
 
___________


 アシュタロスの核ジャック事件。
 ニュースで一般人に知らされたのは、かなり後半の内容だけらしい。
 緒戦では、サッサと地上の神様が全滅させられたり、神様の世界から援軍も来られなくなったり、とにかく凄い状態だったそうだ。
 そんな中。
 たまたま捕虜になった横島さんは、一度は自力で脱出したものの。
 密命を帯びて敵陣に舞い戻り。
 スパイ活動に従事する。

(そして……敵の女幹部と
 仲良くなっちゃうのよね)

 まあ、確かに。 
 スパイ小説とか映画とかでは、主人公が敵側の女性を誘惑してベッドで情報聞き出すシーンも出てくるけれど。
 横島さんのケースは、そんなエッチなものではなかったらしい。
 むしろ、若い男女の純愛劇。
 
(……と、おキヌちゃんが言うんだから
 信じておいたほうがいいよね。
 それに、横島さんって、
 奥さんに嘘つくような人だと思えないし)

 そして。
 横島さんのカノジョとなった女魔族は、結局、こちら側に寝返って。
 クライマックスバトルでも、横島さんと肩を並べて戦ったそうな。

(でも……問題は、
 そのクライマックスバトル!)

 二人の前に立ちはだかったのは、カノジョの妹。
 『妹』という単語から、私は、ポワポワとした可愛らしい存在を連想しちゃったけど、実際には、そんなんじゃなくて。
 アシュタロスを愛し、かつ、アシュタロスから特別なパワーを与えられた強敵。
 そこで……。
 カノジョは、死んでしまった。
 横島さんを救うために。
 
(しかも……それは
 文字どおりの自己犠牲!)

 ここから、話が、ますますオカルトっぽくなる。
 カノジョは、瀕死の横島さんを復活させるため、自分自身の霊基構造――よく分からなかったけど魂のような物だと理解した――を分け与えたのだ。
 文字どおり、横島さんと一つになったのである。
 そして、その力も活かして。
 横島さんは、アシュタロスをやっつける。

(アシュタロス討伐の主人公は、
 美神さんじゃなくて……横島さんだった!)

 アシュタロスを倒す際にも、一悶着あったそうだ。
 悪魔は、横島さんに、カノジョを復活させてあげようと提案したのだ。
 もちろん、タダではない。
 それは、アシュタロスの軍門に下るということ。
 横島さんとカノジョ以外の人類は抹殺され、アシュタロスの世界が築かれるということ。
 でも、横島さんは、悪魔の誘惑をはねのけて。
 この世界を救ったのだった。

(……凄い話よね。
 おキヌちゃん視点だから、
 少しくらい誇張されてるかもしれないけど
 ……でも横島さんが
 ヒーローだったことは事実なんだわ)

 しかも、この話は、まだ前置きに過ぎないのだ。
 肝心のポイントは、終戦直後に判明したことだった。
 それは……。
 死んでしまったカノジョが、横島さんの子供として復活する可能性!
 カノジョが魔族だったからこそ。
 カノジョが魂みたいな物を横島さんに与えて死んだからこそ。
 そういう解決策も出てきたのである。

(だから……
 おキヌちゃんのお腹にいたのは……)

 そう。
 生まれてくるはずだった娘。
 それは、横島さんの、死んでしまったカノジョの生まれ変わり。
 
(重い話だ……)

 横島さんも凄いけれど、おキヌちゃんも凄いと思う。
 アシュタロスの事件当時、おキヌちゃんもオカルトGメンの一員として、戦いの渦中にいたから。
 知っているどころか、全てを目の当たりにしている。
 カノジョを連れてきた横島さんの幸せも。
 カノジョを失った横島さんの不幸も。
 その上で、おキヌちゃんは。
 横島さんと一緒になったのだ。

(……私には無理ね)

 もしも自分だったら。
 もしも自分の好きな人が、そんな経験をしたら。

(好きな人と一緒にはなりたいけれど、
 でも、それは、元カノの生まれ変わりを
 自分が産み落とすということ……。
 私だったら……ヤキモチやいちゃう。
 ……不可能だわ!)

 もちろん、私には。
 『好きな人』なんていない。
 だから、恋する乙女の気持ちは分からない。
 だから、愛する女性の気持ちも分からない。

(実際には、
 そーゆー感情の対象じゃないけど……)

 とりあえず、色々と想像するために、仮に彼をカレとして設定する。

(もしも福原クンに、
 そーゆービックリな過去があったとしたら……)


___________
 
___________


「先生……。
 みら先生、しっかりしてください」

 私を現実に引き戻したのは。
 その福原クンの言葉だった。

「え?」
「『え』じゃないですよ。
 また……妄想に没頭してましたね?」

 口調とは裏腹に、ニコッと微笑む福原クン。
 ああ、この笑顔だ。
 この『なんでも御見通しです』という笑顔に、私は弱いんだ。

「考え事しながら食べてるから……。
 ほら、お椀、間違っちゃってますよ。
 それ、先生のじゃなくて、
 僕の味噌汁です」

 あ。
 福原クンに言われて、気が付いた。
 うっかり彼のお椀に口をつけていたみたい。
 これというのも、お皿の数が多過ぎて、テーブルの上がゴチャゴチャしてるからだ〜!

「ごめん、ごめん」
「どうせ朝から事件のことを……
 血なまぐさいこと考えてたんでしょう?
 先生、せめて食事中くらいは……」

 あら。
 別に『なんでも御見通し』ではなかったみたい。
 でも。

(事件のことじゃないわ。
 むしろ……あなたのことを考えてたのよ)

 そんなこと、口が裂けても言えない。
 代わりに。

「うん、まあね……」

 と適当に誤摩化しながら。
 私は、二人の味噌汁を交換する。
 自分の分は、まだ口をつけていなかったから。
 これなら文句も言われまいと思ったが。

「先生……。
 わざわざ取り替えなくてもいいですよ。
 子供じゃあるまいし、
 間接キッスとか気にしませんから」

 福原クンが手を延ばして。
 私の手を止めた。
 私が途中まで動かしたお椀を、元の位置に戻す福原クン。
 『途中まで』どころか、ほとんど交換し終わってたんだから、こっちの方が『わざわざ』という気もするんだけど。
 
「それに……そもそも
 先生より前に、僕も一口すすってましたから」

 あら、やだ。
 それじゃ、このお椀の中って。
 微量だけど、福原クンの唾液が入ってて。
 それを私が飲んじゃったのね。

(そして、二人のお椀を
 最初の状態に戻したということは、
 今度は、私の唾液を福原クンが……)

 ……なんて妄想をするのが、本来の私だと思う。
 でも、今。
 福原クンがお椀を戻すのを見ながら。
 私の思考は、全く違うところへ跳んだのだった。

「どうしたんです?
 いつもの妄想……とは少し違うようですね」

 固まった私を見て、怪訝な顔をする福原クン。
 さすが福原クン、今度は大当たりだ。

「うん。
 今、ちょっと……難しいこと考えてる」

 頭の中を乱舞するのは、生前の樹理ちゃんの言葉。
 正解のようで不正解だった、いくつもの名推理。
 どれもピントがずれていたけれど……でも、実は!

「そうか……私」

 口から出たのは、そこまでだった。
 その続きは、心の中でのみ、言葉となった。

(……わかっちゃった。
 あの密室殺人のトリックも、犯人も!)



(第十七章に続く)
   
   
 本格ミステリ風味で書いている以上、やはり『探偵役が真相に気付く』シーンは必須。
 いや、普通のGS逆行もの(初めて書いた二次創作長編)でさえ、主人公が真相に気付くシーンを書いたことがあるのですが(笑)。
 まあ、ともかく。今回はそういう章ですので、少し短めですが、ここで区切りとしました。
 次章からは、解決編です。

 途中から読み始めた方々や、途中を省略した方々もおられるかもしれません。また、全部読んだけれども、もう覚えていないという方々もおられるかもしれません。
 解決編突入前に、最初から通して読んで頂ければ幸いです。
 前章までは、こちらです;

 第一章  雷光の彼方に        ―― Over the Lightning ――
 第二章  美女と蝙蝠         ―― Beauty and the Bat ――
 第三章  出会いの宵         ―― Some Encountered Evening ――
 第四章  小森旅館の怪人       ―― The Phantom of the Inn ――
 第五章  イン・ザ・ルーム      ―― In the Room ――
 第六章  マイ・フェア・ベイビィ   ―― My Fair Baby ――
 第七章  クロス・ザ・ドア      ―― Cross the Door ――
 第八章  シティ・オブ・サスペクツ  ―― City of Suspects ――
 第九章  彼女の言い分        ―― Her Reasons ――
 第十章  探すことが好き       ―― I Love to Search ――
 第十一章 君の住む抜け穴で      ―― In the Hole Where You Live ――
 第十二章 退屈な朝          ―― Oh What a Borin' Mornin' ――
 第十三章 成し得ぬ犯罪        ―― The Impossible Crime ――
 第十四章 彼女なしでも        ―― Without Her ――
 第十五章 入浴、入浴         ―― Nyuu Yoku, Nyuu Yoku ――


 原稿は、今日一日で、解決編前編の途中から解決編中編の途中まで書けました。明日は休日なので、今日よりも書けると期待しています。
 年が明けてから、残り三章を三日間かけて投稿する予定です。最後まで、よろしくお願いします。
 では、皆様、良いお年を。



(1/1追記)
 第十七章(解決編その1)を投稿しました;
   第十七章 その男の独白  ―― What Have He Done? ――

 第十七章以降も、よろしくお願いします。
   

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