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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第十四章

   
 あの時、私は。
 茂クンに対して、

   「それじゃ……私が
    樹理ちゃんを探して来てあげる!」

 と返したのだ(第十二章参照)。
 ただし、本気で樹理ちゃん捜索をするつもりではなくて。
 ウロウロしているうちにバッタリ出会うかもしれない……と考えた程度だった。
 実際、おキヌちゃんと一緒になってからは、樹理ちゃんのこと、ケロッと忘れていた。
 それなのに。
 まさか、こんな形で対面するなんて。

「他に誰も……いないようですね」 

 物思いに沈んでいた私は、福原クンの言葉でハッとする。
 そう、ここは倉の中。
 それも、たいして大きな倉ではない。
 私も福原クンもおキヌちゃんも、三人とも入り口近辺に立っているけれど、中を一望できる状態だった。

「……また密室殺人ですか」

 ああ、もう。
 男の人って、よく言えば冷静だけど、悪く言えば無神経だ。
 でも、せっかくだから。
 死体からは目を背けて、もう一度、状況を整理してみる。

(樹理ちゃんの悲鳴が聞こえた時。
 この倉の近くにいたのは、
 私と福原クンとおキヌちゃん。
 ……三人だけだし、三人一緒だった)

 茂みや岩など、人が隠れられる物は隣接していない場所。
 何もない荒野の真ん中の倉。
 犯人が逃げ出せば、当然、私たちの目に触れるはず。でも、それらしき人物は、誰にも目撃されていない。
 しかも、倉には鍵がかかっていて。
 結界のせいで、幽霊だって出入りできなくて。

(『再び』どころじゃないわ。
 ……利江さんの事件以上の
 不可能犯罪じゃないの!?)






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第十四章 彼女なしでも
            ―― Without Her ――






「もう……ヤだな」

 広いベッドの上で、体育座りする。
 背中を丸めて、自分自身を抱きかかえながら。
 ポツリとつぶやく私。
 私は今、305号室で一人きり。

「帰りたくなってきた……」

 あの後。
 今度は福原クンを現場に残し、私とおキヌちゃんとで、警察に連絡。
 若田警部以下の一行は、今日も屋敷に捜査に来ていたので、すぐに問題の倉までやって来た。
 私たち三人は追い出されて、それぞれ自室に戻ったわけだ。

「このまま蝙蝠屋敷にいたら……
 もっと悪いことが起こりそう」

 取材旅行という意味では。
 本物の殺人事件――しかも不可能犯罪――に巻き込まれたのは、悪くない。
 だけど、不謹慎云々を通り越して。
 私自身の心が、これを拒否しているのだ。
 こんなの……とても小説のネタには出来ない!

「樹理ちゃんが死んじゃうなんて
 ……思ってもみなかった」

 緋山ゆう子の呪い。
 ここに着いた日に、しずか御前は、そう言っていた。

   「……気をつけなされ。
    この屋敷に足を踏み入れた以上、
    おぬしらも呪われておる。
    今回の標的は、おぬしらかもしれんぞ?」

 と言っていた。
 でも、誰も本気にしていなかったと思う。
 百歩譲って『呪い』が存在するとしても、その対象は、小森家の人々だと考えていた。
 実際、最初に殺されたのは、小森家の『大奥様』である利江さんだった。
 まさか宿泊客に魔の手がのびるなんて、誰も予想していなかったと思う。

「もう……帰りたいな」

 そんな言葉が再び、口からこぼれた時。

 トン、トン。

 ドアをノックする音が聞こえてきた。


___________


「あ。
 福原クン……」

 ドアを開けると。
 そこに、彼が一人で立っていた。

「……先生らしくないですね。
 どうしちゃったんですか」

 私の態度に、彼が戸惑いを見せるのは。
 その胸に倒れ込むようにして、私が彼に抱きついたからだ。
 彼の背中に腕を回して。
 ギュッと抱きしめながら、私は囁く。

「ゴメン。
 ちょっと……このままでいさせて」

 その言葉に、彼は、何を思ったのだろうか。
 体の温もりは感じられるけれど、彼の心は、伝わってこなかった。

「少しくらいならいいですけど。
 でも、部屋の入り口で、こんな状態。
 誰かに見られたら、誤解されちゃいますよ」

 誤解……か。

「それに……少しだけですよ?
 階下へ行かないといけないですから。
 警察の人々に呼ばれているんです」


___________


 昨日の昼食後、利江さんの事件のことで招集されたように。
 これから、樹理ちゃんの一件で、全員集合なのだそうだ。
 
「僕のところには、
 薮韮さんが呼びに来たのですが……」

 普通なら、そのまま薮韮さんが、隣の私にも連絡に来るはず。
 でも、福原クンが、それを制したらしい。

「先生には、
 僕から伝えたほうがいいと思いまして。
 ……どうせ一緒に行くわけですから」

 ああ、そうか。
 心配してくれたんだ。
 仲良くしていた樹理ちゃんが殺されたから。
 私が落ち込んでると思って。
 そんな私の姿を、他人に見せたくないと思って。
 だから……今、私が『先生らしくないですね』という状態でも。
 それを受け入れて、甘えさせてくれているのだ。

「ありがとう」
「じゃ、あと五分くらい、このままで……。
 それから行きましょうか?」

 こういう場面で『五分』なんて具体的に決めちゃうのは、まだ満点ではないな。
 そう思ったけれど、私は、努めて明るく返事した。

「……うん!」


___________


「福原秀介さん、安奈みらさん。
 また、あなた方が最後ですな」

 大食堂に入った私たちは、若田警部から一言、投げかけられた。
 ああ、そうだ。
 昨日の集まり――夕食後の方ではなくて昼食後の方――でも、確かに私たちが最後だった。

(同じね……)

 その場をグルリと見回してみる。
 全体を仕切っているのは、若田警部。
 相変わらず、自分の口ひげを弄びながら。
 部下の刑事さんたちを引き連れて、関係者一同の前に立っていた。

(こっちが小森家の席で……)

 いつも食事に使うテーブルには、小森家の人々と屋敷の使用人。
 女将の涼子さん・御主人の浩介さん・しずか御前、そして、シノさん・弥平老人さん・薮韮さん・山尾さん。七人が勢揃いしている。

(……こっちが宿泊客。
 あっ、でも……)

 そう。
 隣のテーブルは、昨日とは違う状況。
 樹理ちゃんが、もう、いないのだ。
 茂クンは来ていたけれど、彼は、少し離れた奥の方に座っていた。
 薄暗い場所なので表情も見えにくい。それでも、泣きはらしたかのように目が真っ赤なのは、分かってしまった。

「さ、先生。
 僕たちも座りましょう」
「……うん」

 福原クンにエスコートされて。
 私は、昨日と全く同じ席に座る。やはり、おキヌちゃんと横島さんの隣だ。
 おキヌちゃんも、悲しそうな顔をしている。
 彼女を力づけるかのように、その手を、横島さんがシッカリ握りしめていた。


___________


「……では、始めましょうか。
 福原秀介さん、安奈みらさん、横島キヌさん。
 まず最初に、死体を発見した状況を
 もう一度説明してもらえますかな。
 ……それも、詳細にお願いします」

 若田警部が指名したのは、私たち三人。
 だけど、私やおキヌちゃんに話をさせるのは酷だと思ったみたいで。
 福原クンが、代表して述べていく。

「外に行くなと言われていたので。
 ここの敷地内での暇つぶしと思って、
 あの倉を見に行ったんです。
 ……なにしろ、
 亡霊伝説に出てくる場所ですからね」

 なぜ、あそこへ行ったのか。
 そこから説明し始める福原クンだったけれど。

「ほう。
 亡霊伝説の倉……ですか。
 しかし、それは既に
 解決したのではないですかな?」

 いきなり、若田警部に遮られた。

「緋山ゆう子が残したノートに
 ハッキリ書かれていたでしょう。
 隠れ穴から出て自室で外を眺めたり、
 食料貯蔵庫まで出かけたりしていた、と。
 ……私が読んで聞かせたのに、
 ちゃんと聞いていなかったのですかな?」

 うん、彼女の手記に書かれていたことは、私たちも理解している。
 だけど。

「ちょっと待って!
 緋山ゆう子って、
 ずっとずっと昔に死んだんでしょ。
 でも……」 

 福原クンを弁護する意味で。
 私が口を挟んだ。

「彼女の亡霊と言われる存在は、
 彼女の部屋とか、あの倉とかで、
 その後もずっと目撃されてる……。
 それが亡霊伝説でしょう?」

 いつまでも、そして最近までも若い女性の姿で出てくるからこそ。
 緋山ゆう子の亡霊が蝙蝠屋敷に取り憑いていると言われているのだ。
 私は、そう聞いていたのだが。

「……違いますな」

 若田警部は、私の言葉を却下する。

「緋山ゆう子らしき姿が目撃されたとはいえ、
 頻繁だったのは、最初の頃だけ。
 ……手記が発見された今となっては、
 それは本人だったと理解できました。
 なぜか本人が死んだ後でも、
 それらしき姿は見られているようですが、
 場所は四階の部屋に限定されている。
 ……そうでしたな、小森浩介さん?」
「はい。
 裏庭の倉に幽霊が出たのなんて、
 私が生まれるよりも前の話です」

 同意を求められて、頷く御主人さん。

(え……!?)

 これは新情報。
 そんな話、私たちは、聞いてない。
 ずるいぞ若田警部、あんた、いつのまに情報入手したんだ?

(だって、しずか御前の話では……)

 彼女の語った内容を、正確に思い出してみる。
 まず。


    人知れず逃亡したはずの緋山ゆう子が、蝙蝠屋敷で目撃されるようになったのである。
    それも、一度や二度ではない。
    ある時は、かつての彼女の自室で、窓からボーッと外を眺める姿が。
    またある時は、屋敷の庭にある倉の近くで、スーッと消えていく姿が。
    何度も報告されたのだ。


 そして。


    緋山ゆう子目撃談が、延々と続いたからだ。
    その頻度こそ減ったものの、何年経っても何十年経っても、彼女は現れるのだ。
    その姿は、いつも、赤いチャイナドレスの若い女性。


(あ……!)

 確かに、彼女は『その後も両方で目撃された』とは言っていない。
 ただし、これでは、聞く側が勘違いしてしまうのも仕方がない。

「すいません。
 屋敷の者は皆、その点、
 理解しているのですが、
 お客様は話を誤解してしまうようで……」
「浩介、謝る必要なぞないわ。
 どうせ些細なことじゃ。
 人智を越えた呪いに、
 出没地点なぞ関係ないからの」

 御主人さんとは対照的に。
 しずか御前は、悠然とした態度を見せていた。


___________


「……まあ、いいでしょう。
 誤解であれ何であれ、皆さんが
 あそこにいた理由は理解できました。
 話を先に進めてもらえますかな」
「はい。
 最初は僕一人だったのですが……」

 若田警部に促されて、福原クンが再開する。
 
「特に何もないし、
 そもそも中にも入れないので、
 もう戻ろうかと思ったところで……」

 そこから先は、私もよく知っている話。
 私とおキヌちゃんが、偶然、合流したのだ。
 でも、とりあえず、この場は福原クンに任せて。
 私とおキヌちゃんは、話を時々補足する程度に留めた。
 
「……なるほど。
 だいたいの状況は把握できました。
 近くに誰もいない、逃げ場も隠れ場もない。
 ……そんな立地条件で、
 しかも施錠された倉だったのですな」

 福原クンが鍵を取りに行っている間に。
 私が、倉の周りを三回もまわって、細かくチェックしたのだ(第十三章参照)。
 中の床も壁と同じ造りだったし、今回は、秘密の抜け穴を考える必要もないだろう。

「今回も合鍵を借りてきて、
 ……それで開けたのですな?」

 私も福原クンも、おキヌちゃんも頷いたが。
 弥平老人が、首を横に振っていた。

「あの鍵は……合鍵ではないですわぃ」

 ここで、弥平老人の説明が入った。
 もう長い間、あの土蔵は使われておらず、南京錠も一応取り付けておいただけ。
 マスターキーのみで、スペアキーなど用意してなかった。
 万一の場合は、南京錠を壊すつもりだったらしい。

(そっか。
 ドアに埋め込まれた鍵じゃなくて
 外付けだから、新しいのに買いかえるのも
 わりと簡単なんだ……)

 と、私が納得していると。

「では……今度は
 他の方々に尋ねましょう。
 問題の時間に
 皆さんが何をしていたか、
 教えて頂きたいものですな」

 さりげなく、若田警部から状況提供。
 発見が早かったので、死亡推定時刻は、かなり絞れるらしい。
 ピンポイントで断言するのは無理としても、十五分くらいの範囲に収めることが出来て。
 それは、ちょうど、あの悲鳴の瞬間と一致するのだった。

「まずは……」

 若田警部の最初の御指名は、しずか御前。
 彼女は、部屋で一人だったと証言した。
 御主人さんと女将さんは、特に用事のない時間帯で、自室で二人で休んでいたそうだ。
 つまり小森家の一族に関しては、それぞれ、アリバイなし、アリバイあり、アリバイありということになる。
 一方、使用人の四人は、皆が働いていた。
 お互いにすれ違うことはあっても、それが、その『十五分間』かどうか定かではない。
 だから、彼らのアリバイは成立しなかった。

「あの……大丈夫でしょうか」
「……アリバイがないくらいで
 犯人だと決めつけたりはしませんよ。
 それではキリがないですからな」
「よかった……」

 樹理ちゃんの胸に突き刺さっていたのは、果物ナイフ。今度も、厨房から盗まれたものだった。
 山尾さんと若田警部の間で、なんだかデジャヴな会話が交わされる。

「さて、次は……」

 続いて、宿泊客。
 私と福原クンとおキヌちゃんは、三人一緒だから良しとして。
 横島さんと茂クンは、それぞれ部屋で一人だったので、アリバイなしとなった。


___________


「では……最後に……」

 全員のアリバイの有無を確認した後。
 若田警部は『最後に』と言った。
 どうやら、今日は、サッサと切り上げてしまうらしい。

(ああ……そっか。
 樹理ちゃんの存在、大きかったんだ)

 あらためて思う。
 利江さんの事件に関して、あれだけ活発な議論が行われたのは。
 探偵役の樹理ちゃんが、いくつもの密室トリックを出してきたからだ。
 もちろん彼女だけではなかったが、彼女が中心だったことは確かである。
 私が色々と思いついたのも、彼女に刺激されたからなのだ。
 でも、その樹理ちゃんがいなくなった以上。
 昨日のような密室談義は、もう行われないのだ……。


___________


「……これについても
 教えてもらえますかな?」

 若田警部に意識を戻すと。
 彼は、部下から手渡された何かを、皆に見えるように掲げていた。
 いかにも証拠物件という感じで、ビニール袋に入れられた物。
 それは、あの倉の中の壁に貼ってあった紙だった(第十三章参照)。
 しかし、それを見た瞬間。

「あーっ!
 持ってきちゃったんですか!?
 剥がしちゃダメですよぅ……!!」

 おキヌちゃんが叫んだ。


___________


「おふだです、これ。
 あそこに強力な結界が張ってあったのは、
 これのおかげです、きっと」

 GSは、こういうものを使って、幽霊が出入り出来ないような結界を作るのだそうだ。

「でも、簡単じゃないんです。
 一枚一枚、しっかり念を込めて
 貼っていかないといけないから……。
 美神さんだって、
 ちゃんと集中しないと
 無理なくらいでした」
「ああ、そんなこともあったな。
 冥子ちゃんと初めて会った時だな」

 真面目に解説するおキヌちゃんの隣で、ノンキに昔を懐かしむ横島さん。
 好意的に解釈するならば。
 おキヌちゃんの話を肉付けするために、ワザワザ体験談を加えている……といったところだろうか。

「なるほど。
 では、私たちが
 結界を壊してしまったわけですな」
「そうです!!」
「まあ、
 それはどうでもいいとして……」

 おキヌちゃんの力強い言葉を、サラッと流して。
 若田警部は、しずか御前の方を向いた。

「……そんなものが、
 なぜ、あの倉にあったのですかな?」


___________


「昔の除霊師の……
 その仕事の名残りじゃろうな」

 ああ、そうだ。
 緋山ゆう子亡霊伝説には、GSが雇われたという話も含まれていた。
 だけど何もいないと報告されたはず(第四章参照)。

「念のため結界を用意しておく。
 ……そう言った除霊師もおったな」
「なるほど。
 では、これは、
 かなり古いものなのですな」

 自分が手にしている物に、チラッと視線を向ける若田警部。
 おキヌちゃんの説明では、これには念が込められていたのだ。
 長々と結界の効果があったということは、それだけ、そのGSの念が強力だったということだろうか。

「……しかし、
 なぜ倉にだけ用意したのですかな。
 昔であれば、
 緋山ゆう子が出るのは二カ所。
 ……しかも四階の部屋こそ、
 緋山ゆう子の部屋なのでしょう?」
「ああ。
 たぶん、そちらにもあったはずじゃ。
 だが……あの部屋は
 誰もが出入り出来るからの。
 とっくの昔に、誰かが
 剥がしてしまったのじゃろう」

 しずか御前が、平然と答える。
 この人、あまりGSなんて信用してないから、その結界も気にしてなかったんだろうな。
 実際、今。

「……ククク。
 どうせ、そんなもの、
 無駄だったと証明されたわけじゃ。
 緋山ゆう子の呪いは、
 倉の中へ入れたのだからのう!」

 不気味に笑いながら、そう宣言する彼女。
 うーん。
 なんだか、聞いているうちに、少し腹が立ってきたので。

「そんなことないわ。
 結界は、ちゃんと有効だった!
 おキヌちゃんの幽体を弾いたんだもの!!」

 名も知らぬ昔のGSを弁護してみた。
 でも。

「クックック。
 この屋敷の呪いの力を
 除霊師の小娘なぞと一緒にするとは。
 ……それこそ笑止よのう」

 しずか御前は、私の発言を逆手に取って。
 結界すら乗り越えるほど強力な呪いだと主張し始める。
 ああ、茂クンと同じような理論だ。
 おキヌちゃんたちにも感知できないような――彼女たちの力を超えた――すっごい魔物。
 茂クンは、そんな存在を想定していた(第十二章参照)。
 ただし、それは、樹理ちゃん事件の前に聞いた話。

「ふざけるな!!」
 
 今、立ち上がった茂クンは……。


___________


「馬鹿を言うのは、もう、やめてくれ!」

 胸に溜まっていたものを吐き出すかのように。
 茂クンの言葉が溢れ出した。

「僕も、昔は、そう思っていた。
 わけわからんことが起きれば、
 なんでも幽霊や妖怪のせいにしていた。
 でも……でも!!」

 ここで、茂クンは再び座ってしまう。
 しかし、彼の話は止まらなかった。

「そんなの間違ってたんだ。
 真面目に考えるのを放棄して、
 逃げ込んでただけだったんだ。
 ……だけど樹理は、
 それじゃダメだって知ってたから。
 『何事も逃げちゃダメだ』って、
 僕に諭すつもりで……。
 それで……樹理は、オカルトも
 合理的に考えようとしてたんだ」

 そうだっけ?
 ちょっと違うような気もするけど。
 まあ、茂クンが、そう納得してるなら。
 
「だから……だから樹理は!
 一人で証拠を探しに行ったんだ。
 あいつは頭いいから、
 たぶんサッサと真相に気付いて、
 でも僕を説得するには
 証拠も必要だと思って……。
 それで……犯人と対決しに行ったんだ!」

 ああ。
 首を傾げたくなる部分もあったが、これには納得できる。
 屋敷の者でもない樹理ちゃんが殺された理由……それは、彼女が真相に気付いたから! 真犯人と直談判したから!

「……そして、犯人に殺されてしまった」

 最初の勢いも衰えて。
 茂クンの言葉は、弱々しくなっていく。
 彼の瞳は、だんだん潤みを帯びて。
 やがて、そこから涙がこぼれて、頬に筋を引いた。

「最初から……僕が
 樹理の言うことを信じて、
 そばで守っていたら……
 こんなことには、ならなかったんだ!」

 最後に、そう言ってから。
 彼は顔を伏せて、号泣し始めた。



(第十五章に続く)
   
   
 この章から読み始めた方々や、途中を少し省略した方々もおられるでしょうが、作品の性質上、最初から通して読まないと分からない点が多いと思います。
 前章までは、こちらです;

 第一章  雷光の彼方に        ―― Over the Lightning ――
 第二章  美女と蝙蝠         ―― Beauty and the Bat ――
 第三章  出会いの宵         ―― Some Encountered Evening ――
 第四章  小森旅館の怪人       ―― The Phantom of the Inn ――
 第五章  イン・ザ・ルーム      ―― In the Room ――
 第六章  マイ・フェア・ベイビィ   ―― My Fair Baby ――
 第七章  クロス・ザ・ドア      ―― Cross the Door ――
 第八章  シティ・オブ・サスペクツ  ―― City of Suspects ――
 第九章  彼女の言い分        ―― Her Reasons ――
 第十章  探すことが好き       ―― I Love to Search ――
 第十一章 君の住む抜け穴で      ―― In the Hole Where You Live ――
 第十二章 退屈な朝          ―― Oh What a Borin' Mornin' ――
 第十三章 成し得ぬ犯罪        ―― The Impossible Crime ――


 今日は久しぶりの休日でしたが、思ったほど執筆は進みませんでした。それでも、先月の休日よりはマシでしたし、なんとか今晩中に第十六章までは書き上がりそうです。
 そこが作品全体で一番大きな区切りとなりますので、第十五章を明日、第十六章を明後日投稿することで、今年一年を終わらせる予定です。今後もよろしくお願いします。



(12/30追記)
 第十五章を投稿しました;
   第十五章 入浴、入浴  ―― Nyuu Yoku, Nyuu Yoku ――

 第十五章以降も、よろしくお願いします。
   

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