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安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」第十一章

    
「さあ……いよいよね!」

 四階の一室、かつての緋山ゆう子の部屋。
 今では、彼女の亡霊が出ると言われている部屋。
 そこで隠し通路を発見した私たちは、その中へと入っていく。
 樹理ちゃん・茂クン・私・福原クン・おキヌちゃん・横島さんの順番だ。ちなみに、おキヌちゃんは幽体離脱を止めて、普通の人間の女の子に戻っている。

「先生。
 足もと、気をつけてくださいね」
「大丈夫よ、福原クン」

 穴の中は、真っ暗だったけれど。
 先頭の樹理ちゃん、真ん中の私、後ろのおキヌちゃん――つまり女のコ三人――は、懐中電灯を手にしている。全員分は用意できなかったので、女性優先となったのだ。

「下へ向かうみたい!」

 先をゆく樹理ちゃんが、状況報告。
 人ひとり通るのがギリギリくらいの狭い石段が、遥か下まで続いていた。
 慎重に進んでいく私たち。
 行けども行けども、様子は変わらない。

「……ずいぶん深いですね、先生」
「そうね。
 もう地下まで来てるんじゃないかしら?」
 
 さすがに、屋敷の中では――部屋と部屋との間では――広いスペースも作れなかったのだろう。
 この秘密の抜け穴のメインは、屋敷の地下にあるのだ。
 蝙蝠屋敷と呼ばれ、亡霊が棲むと噂される建物。
 その真下に、何があるのか?
 
「……階段終了!」

 再び、樹理ちゃんが声を上げる。
 先頭を進む彼女は、探検隊の隊長気分のようだ。

「ここなら並んで歩けそうですね」

 道は、平らになると同時に、広くなった。
 福原クンが、私の隣に来る。
 二人で一つのライトと考えれば、確かに、この方が安全だと思う。

(だけど……)

 ちょっと前後をチェックしてみる私。
 前を歩く樹理ちゃんと茂クンは、恋人同士。今も仲良く手をつないでいる。
 後ろのおキヌちゃんと横島さんは、夫婦GS。仕事柄、暗がりだってヘッチャラだと思いきや、六人の中で一番怖がってるのは、おキヌちゃんみたい。まるでお化け屋敷を進むカップルのように、横島さんに抱きつく感じで寄り添っている。

(……私たちだけ違うんだわ)

 私と福原クンは、そんな甘い関係じゃないから。
 自分自身の思考を否定するかのように、私は、ブンブンと頭を振って。
 意識を、周囲の状況に集中させることにした。

(かなり広い空間みたい……)

 懐中電灯に照らされた範囲しか見えないけれど。
 それでも大ざっぱなことは分かる。
 いかにも秘密の洞窟って感じ。
 でも岩穴ではない。下は土で、ただし、しっかりと踏みしめられている。
 壁も天井も、同じく土がむき出しになっているみたい。

「先生、気付いてますか?
 空気が動いているようですよ」

 私の耳元に顔を近付けて、囁く福原クン。
 空気の流れじゃなくて、彼の息づかいを感じる私。
 でも、

「うん、そうね」

 私も、彼と同じ結論に至っていた。
 だって、この洞窟の匂い。
 もし、ここが閉ざされた空間であり、空気がこもっているなら、もっと異臭がするはずなのに。
 実際には、適度な土の香りがするだけなのだ。

(この洞窟は……
 行き止まりじゃなくて
 どこかにつながっていて、
 出口があるんだわ!)

 はたして二階の殺人現場へ通じているのか否か。
 それが、一番重要なポイント。
 そう思ったんだけど。

(あれ?
 もしかして……)

 私の考えを嘲笑うかのように。
 私の推察を否定するかのように。
 なんともいえぬ嫌な匂いがし始めた。

「うっ……」

 思わず鼻を押さえた私。
 
「先生、大丈夫ですか?」
「うん、平気。
 そんなに心配しないで」

 鼻と口を手で覆ったまま、私が応じた時。

「きゃあっ!」

 樹理ちゃん隊長の叫び声。
 ガタンと音がして、彼女たちの前が真っ暗になった。
 どうやら、何かに驚いて懐中電灯を取り落としたらしい。

(えっ!?
 いったい何が……)

 私が、その方向に光を向けてみると……。

(……!!)

 そこに一人の女性が横たわっていた。
 ただし、眠っているわけではない。
 死体だった。
 それも、何十年も前に死んだもののようで、もう完全にミイラと化している。
 それでも女性だと判断できたのは、髪の長さと衣服のおかげ。
 年月のせいで傷んでいたけれど、でもハッキリしていた。それは和服でも洋服でもなく、赤いチャイナドレス。

「あっ!」
「おい、これって……」

 私の後ろから、おキヌちゃんと横島さんの声が聞こえてきた。
 彼らも死体に気付いたらしい。
 二人の言葉に答えるかのように。

「緋山ゆう子ね。
 彼女は逃亡したんじゃなくて
 ……ここで死んでたんだわ」

 私は、小さくつぶやいた。






     安奈みら取材紀行「蝙蝠屋敷の怪事件」
    
          第十一章 君の住む抜け穴で
            ―― In the Hole Where You Live ――






「抜け穴探検も……一時中断ね」

 ミイラは無視して先へ進もう……なんて提案をする者は、誰もいなかった。
 一応、別の出入り口から誰かが来る可能性も想定し、男たちを見張りとして残して。
 女性三人で警察を呼びに行くことになったのだ。
 
(大丈夫かしら?)

 福原クンのことを少しだけ心配する私。
 もしも、この洞窟が、犯人の使っている隠し通路であるならば。
 『別の出入り口から来るかもしれない誰か』とは、殺人犯人に他ならないのだ。

(うーん……)

 凶悪な殺人犯に襲われて、それを返り討ちにする福原クン。
 そんな姿、ちょっと想像できない。
 だけど。

(万一の場合でも、
 横島さんがいるから……)

 妖怪や魔物とだって戦える横島さん。
 私の記憶に、彼の活躍シーンはないけれど。
 樹理ちゃんや茂クンの話では、凄い人らしいし(第五話参照)。
 なんてったって、おキヌちゃんの旦那さまなんだし。
 昔より弱くなったけど、GS特有の武器――霊波刀という名前だったと思う――が出せるようなことも言ってたし(第十話参照)。

(……ま、なんとかなるわよね、きっと)

 と自分を納得させた私に、樹理ちゃんが声をかける。

「さあ、みら先生。
 モタモタしないで、サッサと行きましょうよ!」
「……うん」

 樹理ちゃんだけではなく、

「大丈夫ですよ、みら先生。
 早く行けば、早く戻って来れますから」

 おキヌちゃんにも促されて。
 私は歩き始めた。


___________


「なんだ、君たちは?
 ここは関係者以外立入禁止だぞ」

 207号室の前に立っていたのは、若い刑事さん。
 さきほどの大食堂での集まり(第八章及び第九章参照)には来なかった人みたい。
 たぶん、ずっとここで見張りをさせられてたんだろうな。

「私たち、若田警部に話があって……」
「警部は忙しいんだ。
 君たちと遊んでいる暇なんかない。
 ……さあ、帰った、帰った!」

 ちょっとハンサムなんだけど、態度はサイアク。
 私たちを邪険にして、追い返そうとする。
 でも、入り口での押し問答が室内まで聞こえたようで。

「おやおや、これはこれは。
 安奈みらさん、田奈樹里さん、横島キヌさん。
 三人揃って……今度は何ですかな?」

 若田警部が、出てきてくれた。
 
「また何か新しい推理ですかな?」

 口ひげを右手で弄りながら。
 子供をあやす大人のような表情で、私たちに問いかける若田警部。
 ちょっと感じ悪い。
 だけど、彼の態度も、樹理ちゃんの言葉で一変する。

「今度は推理じゃないわ。
 私たち、死体を見つけちゃったの。
 ……緋山ゆう子のミイラよ!」
「何っ!?」


___________


 そして。
 若田警部以下、警察の面々は四階へと移動して。
 準備を整えた上で、真っ暗な隠し通路に突入。
 大掛かりな捜査が始まった。
 私たちは、当然のように追い出されてしまったが……。
 夕食の後、再び大食堂に集められた。


___________


「……違いますな」

 私たちを前にして。
 それが、若田警部の第一声だった。
 
「何が……?」

 そう聞き返してしまったのは、御主人さん。
 ああ、もう。
 この人、思いっきり釣られちゃってる。
 たぶん若田警部は、注意を引きたくてワザとあんな言い方しただろうに。

「あの通路は、行き止まりでした。
 ですから……。
 犯人が秘密の抜け穴を通って
 207号室へ侵入したという説。
 ……それは否定されたわけですな」

 若田警部は、視線をこちらのテーブルに向けた。
 昼間の会合同様、私と福原クンの隣には、おキヌちゃんと横島さん。向かい側に、樹理ちゃんと茂クンが座っている。
 小森家の人々は別のテーブル。御主人さん・女将さん・しずか御前は来ているけれど、使用人は全員集合ではない。
 夕食の後の片付けやら明日の仕込みやらがあると見えて、女中のシノさんや料理人の山尾さんは、ここにいなかった。薮韮さんと弥平老人だけが座っている。

(あれ?
 ここに弥平老人が来てる時って
 誰が合鍵の番をしてるんだろう?)

 一瞬そんな疑問も頭に浮かんだが、

(ああ、そうか。
 たぶん合鍵部屋自体に鍵をかけて、
 その鍵を弥平老人が持ってるんだ)

 と、すぐに解答を思いつく。
 そして、私がそんなことを考えている間に。

「行き止まり……?
 それは変ですよ。
 あそこの空気は流れていましたから……」
「ああ、それはですな。
 空気穴が用意されていたのです」

 福原クンが疑問をぶつけたが、アッサリと否定されていた。
 若田警部は、さらに解説する。

「どうやら、あれは抜け道ではなく
 人が隠れ住むための洞窟だったようですな。
 呼吸や換気のための小穴だけでなくて、
 天然の水洗便所までありました」

 洞窟の終点は、死体があった場所から少し進んだところ。
 隅っこに、さらに下方へと続く深い穴もあったが、人が通れるほど広くはない。
 しかも、懐中電灯で照らしてみると、穴の下には水が流れていた。
 近くの川へと流れ込む地下水脈の一つだったらしい。
 これを若田警部は『天然の水洗便所』と称したのだ。

(そういえば、この屋敷のある場所って……)

 山の中から見た光景(第一章参照)を、ふと思い出す私。
 川のきわの崖、その上に蝙蝠屋敷は建っているのだ。
 だから『地下水脈』とは言っても、それは『洞窟の地下』にあるという意味。
 川の水面よりは高い位置なのだと思う。
 断崖途中で外に通じていて、チョロチョロと崖を伝わって、そこから川へ注がれるのだろう。
 私がそんな想像をしている間に。
 
「……そして我々は、
 あの死体の近くで
 こんなものを発見しました」

 若田警部は、話題を次へと進めていた。
 彼が取り出してみせたのは、一冊のノート。
 かなり古い物のようだ。
 緋山ゆう子のミイラの近くにあったということは。

「何ですか、それは?」
「洞窟に隠れ住んでいた緋山ゆう子。
 ……彼女の手記のようですな」

 御主人さんの質問に答えてから。
 若田警部は、そのノートを朗読し始めた…………。


___________
 
___________


 ああ、なんということでしょう。
 入り口が開かなくなってしまいました。
 開閉スイッチが壊れてしまったのでしょうか。
 それとも、扉となっている絵の前に何か置かれてしまったのでしょうか。
 原因は定かではありませんが、わたくしがここから出られなくなったことだけは確実です。
 
 前に外に出た際に取ってきた食料、それも昨日で食べ尽くしてしまいました。
 さいわい、水は壁から、しみ出してきます。でも水だけは、やがて餓死してしまうことでしょう。
 もはや残された時間も、多くはないのでしょうね。
 ならば、せめて真実を書き残しておこうと思います。


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 小森家に嫁いで以来、わたくしは、いわれのない迫害を受けてきました。
 新しく家族となった人々も、使用人も、村の人々も、皆、わたくしに冷たく当たったのです。
 小森家の財産を狙って結婚したんだと思われたのでしょうね。
 でも、違うのです。わたくしは、本当に心の底から、あのひとを愛していたのです。

 あのひとと出会った頃、わたくしは、どうしようもない女でした。
 毎日毎日、ただ生きていくだけで精一杯。
 なんの取り柄もない女が一人で世渡りするためには、きれいごとも言っていられません。
 汚い世界に、どっぷり首まで浸かっていました。
 お腹の中に、父親もわからぬ子を身ごもっているほどでした。
 そんなわたくしに対して、あのひとは、

「結婚しよう」

 と言ってくれました。
 そして、そのとき初めて、あのひとの身分を知ったのです。
 わたくしとは住む世界の違う人だと思っていましたが、そこまで大きく違うとは、それまで思ってもいませんでした。

「……ただし、
 お腹の子供は諦めてくれ。
 父無し児を連れた女性を
 嫁にするというのでは、
 屋敷の者たちが納得するまい。
 さすがに……私も
 説得する自信はない」
「それでは……
 堕胎せよというのですか?」
「何を言うんだ!?
 そんな非道なこと、考えてはいない!
 私の提案は……」

 きちんと説明されてしまえば、わたくしに、首を横に振る選択肢はありません。
 子供が生まれ落ちるのを待ってから、その子供を里子に出してから、結婚することになりました。

 お腹の赤ちゃんは、父親は特定できないものの、それでも大切な子供。別れるのは辛いですが、仕方ありませんでした。
 子供が幸せに暮らしていけるよう、あのひとは秘かに、良い里親を探し出してくれましたし、また、十分な養育費も与えてくれました。
 これで子供は立派に育つと信じて、心の中で踏ん切りをつけて、そして。
 わたくしは、小森家に嫁いできたのです。


___________


 小森家での暮らし。
 それは、幸せな暮らしでした。
 さきほど記したように、周囲からは冷遇されましたが、それでも、あのひとの側にいられるだけで、幸せだったのです。
 愛する人の妻になることこそ、女の歓び。それを、わたくしは初めて理解したのでした。
 同時に、

「わたくしのような女が、
 こんなに幸せになってよいのでしょうか。
 この幸せは、本当に長続きするのでしょうか」

 という不安も生まれましたが……。
 不幸にも、わたくしの心配は的中してしまったのです。


___________


 わたくしの幸せを壊したのは、あのひとの長男、和男(かずお)さんでした。
 飽食で肥え太った体と、いつも下卑た笑いを浮かべた顔。一目会ったその時から好きになれない人物でしたが、あのひとの子供ということは、わたくしにとっては義理の息子。
 和男さんの方が、わたくしよりも年上ですが、それでも『息子』として接してきました。

 ところがです。
 和男さんは、わたくしを『義母』ではなく『おんな』として見ていました。
 そして、好色な視線を向けるだけでは飽きたらず、実際にわたくしに襲いかかってきたのです!

 必死に抵抗しました。
 あのひとのおかげで、真人間に生まれかわった、わたくしです。
 あのひとと出会ってからは、あのひと以外に体を許したことなどない、わたくしです。
 それを、和男さんなんかに……!
 
 さいわい、手遅れになる前に、あのひとが駆けつけてくれました。
 和男さんが

「俺は悪くないぞ!
 この女が誘惑してきたんだ!」

 と言い張っても、あのひとは、耳を貸そうとはしません。
 わたくしに敵意を示していたはずの小森家の人々すら、和男さんの言葉を信じていなかったようです。
 わたくしは、胸を撫で下ろしましたが……。しかし、これこそが、大いなる災いの火種となったのでした。


___________


 その日。
 わたくしが一人で休んでいた部屋に、あのひとが飛び込んできました。
 大怪我をしています。血だらけです。
 そんな姿を見ただけで、わたくしは震えてしまいました。

「あ……ああ……」

 満足に話せないほど動揺するわたくしを、あのひとは、力強く抱きしめてくれました。
 そして、事情を説明してくれたのです。

「和男だ。
 あいつは……この屋敷の者を全て殺すつもりだ」

 強姦未遂の一件以来、和男さんは、屋敷の中で孤立していました。
 あのひとも激怒しており、和男さんを一族から追放しようとしていたのです。
 そこで、和男さんは先手を打ったのでした。跡継ぎの権利を剥奪される前に、秘かに、あのひとを殺そうとしたのです。
 あのひとは無事に逃げのびましたが、これが、また裏目に出ました。
 今度は殺人未遂です。これほどの大罪、露見すれば身の破滅。だから和男さんは、全てを闇に葬り去ろうとしているのです。
 犯行現場を目撃した者、この事件を聞き知った者、それら全員を殺そうとして、刃物を振るいながら屋敷中を走り回っているのです。
 もちろん、このニュースは今、屋敷中を凄い速さで駆け巡っています。このままでは、和男さんは、屋敷の者を皆殺しにする必要が出てくる……。

「そ……そんな……」
「和男は……もう狂っている。
 頭がおかしくなったか、あるいは
 悪魔にでも魅入られたのか……」

 和男さんは、わたくしのことを憎んでいることでしょう。
 わたくしが来たからこそ、このような事態に陥ったと思っていることでしょう。
 そう考えると、怖くてたまりません。
 
「ゆう子は、ここに隠れていなさい。
 和男は……私が止める!」

 あのひとは、この秘密の通路を開けて、わたくしを中に放り込んで、そして。
 和男さんとの対決へと赴きました。


___________


 あのひとは、必ず、ここへ戻ってくる。
 そう信じて、わたくしは、ずっと待っていました。
 真っ暗な中、ずっとずっと待っていました。

 でも、いくら待っても、あのひとは迎えに来てくれませんでした。
 我慢できなくなって、わたくしは、通路から抜け出しました。
 自分の部屋からも出て、屋敷の中を探し始めました。

「……!!」

 恐ろしい状態になっていました。
 廊下も部屋も、どこも血の海です。
 昨日まで元気にしていた人々が……皆、死体となって転がっていました。
 そして、その中に、あのひとの姿も。


___________


 天は罰を与えて下さったようで、和男さんも死んでいました。
 あのひとが最後の力を振り絞って返り討ちにしたのか、あるいは、全てが終わった後で和男さん自身が罪の意識にさいなまれて自害したのか。
 どちらなのか定かではありませんが、ともかく、胸に刃物を突き立てて、死んでいました。

「わたくし以外……。
 ……みんな死んでしまった」

 動くことも考えることも出来ず、わたくしは、ただ立ちすくんでいました。
 どれほどの時間そうしていたか、それは分かりません。
 ふと気が付くと、屋敷の外からの声が、耳に入ってきました。


___________


 最初は『ざわざわ』としか聞こえませんでしたが、少しずつ、鮮明になってきました。
 どうやら、村人が大勢、屋敷に向かっているようです。

「何かあったんじゃないか?」
「やはり……
 あんな化け物を屋敷に入れたから!」

 異変を察知してくれたことには感謝します。
 でも、わたくしは、かえって怖くなりました。
 なぜなら、彼らが『化け物』呼ばわりしているのは、わたくしのことだからです。
 この地方の伝説に出てくる赤い魔物を、わたくしと重ね合わせているのです。
 それが理解できたからこそ!

(隠れないと……!!)

 屋敷の生きとし生けるもの全てが死に絶えた中、わたくし一人が突っ立っていたら、それこそ、わたくしが犯人だと思われてしまうでしょうね。
 わたくしが何を言っても、信じてもらえないでしょうね。
 だから、わたくしは、この隠し通路へと舞い戻ったのです……。


___________


 こうして、わたくしは、暗い穴の中の住人となりました。
 正直、後悔しています。
 咄嗟の判断で隠れることを選んでしまいましたが、もしかしたら、もっと村人たちを信用するべきだったかもしれません。
 わたくしの言い分を信じてもらえる可能性に、賭けてみるべきだったかもしれません。
 でも、今さら手遅れでしょうね。
 だから、わたくしは、ここに棲み続けました。

 もちろん、ずっと閉じこもっているのは大変です。物理的にではなく精神的な意味で、息が詰まります。
 だから、時々、適当な時間を見計らって、ここから出ました。
 人々が寝静まる深夜、生活用品や食料の調達のため、裏庭にある倉まで足を延ばすこともありました。
 ただし、そこまで遠出をするには勇気がいります。たいていは、気分転換のため、部屋の窓から外の様子を眺めるだけでした。


___________


 でも……。
 それも、もう不可能となりました。
 最初に記した通り、もう外へ出ることは出来ません。
 あとは、ここで死を待つのみです。
 いいんです、どうせ、あのひともいないのですから。
 もはや生きていても仕方ありません。

 マッチは、とうの昔に使い切っています。
 今、灯りとして使っているのはロウソクです。
 消えてしまえば二度と点火できないので、大切に炎を継いできましたが、もはや、最後の一本。
 それも、残り僅かとなりました。
 この手記を書き終わるまでは、なんとか保ってくれそうです。

 ああ。
 書いておきたいことは、これで全て記したはず。
 この手記も、もう終わりです。
 いつの日か、これを誰かが見つけてくれますように……。



(第十二章に続く)
   
   
 季節外れで、すいません。

 昨日第十章を投稿した時点では、今日がクリスマスイブだと気付いていませんでした。
 しかし第十章のあとがきで本日の投稿を予告してしまった以上、なるべく守りたいですから、予定どおり第十一章を投稿します。


 この章から読み始めた方々もおられるかもしれませんが、最初から続けて読んでいただければ幸いです。
 前章までは、こちらです;

 第一章 雷光の彼方に  ―― Over the Lightning ――
 第二章 美女と蝙蝠  ―― Beauty and the Bat ――
 第三章 出会いの宵  ―― Some Encountered Evening ――
 第四章 小森旅館の怪人  ―― The Phantom of the Inn ――
 第五章 イン・ザ・ルーム  ―― In the Room ――
 第六章 マイ・フェア・ベイビィ  ―― My Fair Baby ――
 第七章 クロス・ザ・ドア  ―― Cross the Door ――
 第八章 シティ・オブ・サスペクツ  ―― City of Suspects ――
 第九章 彼女の言い分  ―― Her Reasons ――
 第十章 探すことが好き  ―― I Love to Search ――


 さて、せっかく見つけた隠し通路ですが、犯行現場へは通じていませんでした。つまり、まだまだ解決編ではなく、もう少し物語は続きます。
 第十二章は、近日中に投稿する予定です。今後も、よろしくお願いします。

 第十一章以降も、よろしくお願いします。



(12/27追記)
 第十二章を投稿しました;
   第十二章 退屈な朝  ―― Oh What a Borin' Mornin' ――

 第十二章以降も、よろしくお願いします。
   

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