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第4のチルドレン【12】

 鍋の中では鳥の胸肉と根菜類がやわらかく煮えていた。
 作り置きしておいたホワイトソースで味付けを済ませた後、仕上げに入れるのはコクを増すための生クリーム。
 ジャガイモを崩さないよう慎重にかき混ぜてから、味見用の小皿にとったそれを火傷に気をつけながら口に運ぶ。
 納得のいく出来栄えに皆本は満足げな笑みを浮かべていた。
 野菜嫌いの紫穂になんとか野菜を食べさせようと、彼の作るメニューにはスープ類が多い。
 その中でも今作っているクリームシチューは割と評判が良かった。

 「お、今日はクリームシチューか!」

 「そう、もう出来たから、葵と紫穂にも伝えてくれないか? そろそろ夕食だって」

 匂いに誘われキッチンに顔をだした薫に、皆本は作業の手を休めず声をかける。
 あとはパンを切りバスケットに盛るだけ。
 野菜サラダは既に冷蔵庫で夕食の開始を待っている状態だった。

 「了解! 葵、紫穂、メシだってよ!!」

 小気味よい薫の返事が聞こえ、程なくみんなが集まり夕食が始まる。
 取り止めもない会話をしながらみんなで囲む食卓。
 素朴だが温かい家庭的な団欒。
 おかわりしそうな勢いで食べる薫に微笑みながら、皆本は夕食の話題に昼間行った訓練の感想を求めた。

 「そう言えば、今日からドリー君との訓練が始まったけど、どうだった? 彼女と一緒に活動してみて・・・・・・」

 「ん? お兄ちゃんとしては気になるってことか!?」

 「当たり前やん。可愛い妹のことなんやから」

 「ぶっ! いや、だから、あれはその・・・・・・」

 未だ根を引いているらしき問題に、しどろもどろになる皆本。
 そんな彼の反応にニンマリ笑いかけると、薫と葵は口々に昼間の訓練についての感想を口にする。 

 「冗談だってば! アタシ的には全く問題なし! ドリーちゃんと初めて模擬戦やったけど、こりゃ、うかうかしてらんねえって感じだったぜ!!」

 「せやな、テレポート覚えたてらしいけどなかなかスジがいいし、もう少ししたら自分以外も運べるんちゃう!?」

 「そうか・・・・・・それじゃ、実際の任務にも参加できそうだな。紫穂はどう思う?」

 薫と葵の感想に安堵の表情を浮かべた皆本は、会話に乗ってこない紫穂に水を向ける。
 話題を振られた紫穂は、どこか沈んだ様子でシチューの盛られた器に視線を落としていた。

 「・・・・・・・・・・・・紫穂?」

 「あ、ごめんなさい・・・・・・ちょっと考え事していて」

 「また、ニンジン残す気やな。勿体ないお化けがでるで」

 「あはは・・・そ、そんなことないわよ。葵ちゃん。大好物じゃないけど、ちゃんとニンジンも食べられる様になったんだから!」

 誤魔化すように笑った紫穂は、スプーンの先でシチューの人参を一かけすくい取りそそくさと口に入れる。
 そして鼻から極力息をしないように嚥下すると、何事も無かったかのように微笑みを浮かべるのだった。

 「ね? 食べられるでしょ。前は野菜って何考えてるか分からないから全般的に嫌いだったけど・・・・・・」

 「うわ。なんか色々な意味で嫌な理由な気がしてきた」

 「ウチも・・・・・・」

 「し、紫穂、もうそれ以上は・・・・・・」

 紫穂が肉好きな訳を想像し、皆本は表情を引きつらせながら自重を求める。
 彼の目の前では紫穂が口直しとばかりに鶏肉を口に運んでいた。

 「あら。折角皆本さんが、私のことを考えて作ってくれるから・・・・・・って言おうとしたのに」

 「え? あ、ああ・・・・・・そうだな」

 「細かく刻んでハンバーグに混ぜたり、なんとか野菜嫌いの私に食べさせようと、あれこれ苦労した精神的苦痛が、最良のスパイスなのよね♪」   

 「・・・・・・なんで素直に愛情と言えん?」

 本来サイコメトラーの紫穂に小細工は通用しない。
 それでも尚、手間暇をかけ日々の食事に多くの食材を使おうとするのは、偏食傾向のある紫穂への気遣いだった。

 「うぐぐぐぐ・・・・・・」

 皆本の作る料理が全て紫穂のためでないことは分かっているが、何となく面白くない薫と葵はスプーンをくわえながら低い唸りを発している。
 それが不平へと発展しなかったのは続いて語られた紫穂の言葉故だった。

 「愛情か・・・・・・そっちのほうがいいかもね。さっき、ドリーちゃんにも食べさせたいと思っちゃったし・・・・・・」 

 「そうだよ皆本! ドリーちゃん、アタシたちと一緒に暮らすんじゃないのか!?」

 「あ、それウチも思っとった!」

 「ドリー君はレナルド氏と共に宿舎を与えられているからね。研修中はそこで暮らすことになっているんだ」

 テーブルに身を乗り出すようにして質問した薫に、皆本はなだめるようにして答えを返す。
 彼自身、ドリーの生活面の面倒をレナルドが見ているとは思えないが、食事に関してはバベルの栄養士が世話をしているのでさほど心配はしていない。
 意外なことに、その説明に真っ先に反応したのは紫穂だった。

 「皆本さん。ドリーちゃんがここで私たちと暮らすって出来ないの?」

 「うーん。難しいな。彼女はエゲレスにとっての国家機密だから・・・・・・それにレナルド氏が手元から離さないよ」

 「そんな面倒見いいタイプにはみえへんけどな・・・・・・今日も訓練に顔をださんかったし」

 「最近、宿舎に籠もりっきりみたいだからね。まあ、桐壺局長が【ザ・チルドレン】への編入を伝えた時は、すごく喜んでいたらしいから興味がない訳じゃないだろうけど・・・・・・本国への報告書作成とかかな?」

 「ちぇっ! 同じチームなんだから固いこと言わなきゃいいのに」

 「そうね・・・・・・皆本さん、なんとかならない?」

 「はは、紫穂はずいぶん熱心に・・・・・・なにイっ!?」

 3人の中で一番他人と距離を置きたがる紫穂が、積極的にドリーとの同居を求めている。
 だが、皆本の胸に生じた微かな違和感は、リビングでつけっぱなしにされていた液晶TVが映し出す光景によって忘却の彼方へと運び去られる。
 心底驚いたように口をパクパクさせながら彼が指し示す先には、脱走した犯罪者エスパー ―――兵部京介の姿が映し出されていた。

 『21世紀―――エスパーは増え続けている・・・・・・』

 その呟きと共に大写しになった兵部の表情。
 画面の中ではエスパーの独立を訴える兵部に同調するように、様々なエスパーが現状への不満を口にしている。
 その中には彼が見知った顔―――九具津や黒巻。澪とコレミツの姿もあった。

 『そんなキミは今すぐ【パンドラ】へ―――秘密厳守!! 入会料無料!!』

 大勢のエスパーに囲まれた兵部がにこやかな笑顔を浮かべると、再び画面は彼のアップへと変化する。
 そして、別れの挨拶をするように右手を軽く振った兵部は、決めの台詞を口にするのだった。












 ―――――― 第4のチルドレン【12】――――――











 「何が、『君たちの参加を待っているよ!』よ!!」

 翌日
 壷見不二子の寝室。
 寝室に訪問を受け、昨夜流れた映像を視聴した不二子は兵部の決め台詞に悪態をつく。
 彼女の側らには泥水で口を濯がんばかりに凹んでいる賢木と、彼を盾にした罪悪感にすまなそうな顔をした皆本の姿があった。 
 桐壺から睡眠中の不二子を起こし状況を説明するよう命じられた皆本は、親友賢木の多大な犠牲の上にその任務を完了させている。
 不二子の実年齢を知らず勝手に付いてきた賢木は、自ら進んで彼女の朝ご飯となってしまっていた。
 
 「これが昨夜、全てのチャンネルで強制的に流されたというわけね? 実害は?」
 
 「っと・・・・・・TV局に抗議の電話が数百件。インターネットの掲示板でもちょっとした騒ぎになっています」

 ベッドから抜け出した不二子の姿に、慌てて後ろを向く皆本。
 大きめの声で行った彼の報告は、半裸に近い不二子への動揺を誤魔化すためのものだった。
 普段なら余裕の笑みを浮かべ、からかいの一つもする彼女だが、今はそんな気分になれず大人しくベッドサイドに脱ぎ捨ててあった上着を羽織る。
 幼少時から知っている兵部ではあったが、今回の行動は正直彼女にもその意図が読めなかった。  

 「大半は【普通の人々】でしょうね。各方面に協力を要請して、悪質な書き込み元の特定をしてもらいましょう・・・・・・その後の犯行声明は?」
 
 「いえ、それが何も。現在電波の発信源を全力で特定してますが、昨夜15秒ほどの映像を割り込ませた後、奴らは完全に行方をくらませています」

 「アイツが仲間になるエスパーを集めてたのは気づいてたけど、【パンドラ】ねえ・・・・・・京介が考えた名前かしら?」

 「さぁ・・・・・・しかし、脱走した九具津や黒巻。この前報告した澪という少女。それ以外にも多数のエスパーが【パンドラ】の構成員となっているようです」

 「その上、こんなCMを流してまで仲間を募ろうとしているなんてねぇ。京介の奴、何を焦っているのかしら・・・・・・」

 不二子が発したCMという言葉に、皆本は最初にこの映像を見たときから感じていた疑問について口にする。

 「CM・・・・・・構成員募集のCMだとしても、一切の連絡先が明らかにされていないようですが?」

 「連中は、連絡先が無くても仲間に引き込めるってことなんだろうな」

 ようやく気持ちの整理がついたのか、復活した賢木が皆本の疑問に答えた。

 「あらん♪ すごい回復力、若いって素敵ねぇ」

 先程のダメージを感じさせないその姿に、不二子はくねくねとした仕草で賢木に感嘆の言葉をかける。
 疲労回復の手段として、彼女はいつもより多めに賢木から生気を吸い取っていたのだった。

 「はは・・・・・・管理官殿はすいぶんと長く生きておられるようで」

 「いやぁねぇ♪ 唇から女の年を読むなんて・・・・・・言っとくけど、不二子年齢のこと言われるの嫌いよ」

 軽いノリから一変したドスのきいた後半の台詞に、賢木は皆本を盾にするように彼の背中へと隠れる。
 降って湧いた危機に、皆本は大慌てで賢木の言葉に乗り不二子の気を逸らそうとした。

 「ちょ・・・・・・さ、賢木。もうちょっと分かりやすく説明してくれ! どうやって仲間に引き込むって言うんだ!?」

 「あ、そ、そうね。【パンドラ】のメンバーにテレパスがいれば、加入希望者を見つけるのはそう難しくは無いと思うんだ! それに、もし難しかったとしても仲間を募る意志がある・・・・・・・・・・ってことを知らせるのはでかいと思うぜ」

 「・・・・・・敷居を下げるってことね」

 「そう! 参加を躊躇っていたエスパーの背を押す意味では、実に有効だと思いませんか?」

 不二子の表情から不機嫌さが消えたことに、賢木は安堵の表情を浮かべていた。
 考え事する際のクセなのか、彼女はブツブツと独り言を呟きながら部屋の中央を歩き回っている。

 「エスパーには親しみやすさを、そしてノーマルには集結したエスパーの脅威を連想させる。か・・・・・・」

 やがていつもの様に女のカンが閃いたのか、彼女は【パンドラ】が流したCMについて今後の対策を口にする。
 
 「それじゃ、やっぱり放って置くしかないわね♪」

 「え! 何もしないって事ですか!!」

 「皆本クン、あなたねー・・・・・・南の島でも言ったけど、カタいのもいい加減にしなさいよ! あんなCMにまともに対応して議論が炎上しちゃったら、それこそ相手の思うツボじゃない!!」

 腰に手を当てた不二子は、出来の悪い生徒を叱るように、前屈みの姿勢で皆本を見上げると放置する狙いを説明する。
 こぼれそうな彼女のバストは言葉以上の説得力を持ち合わせていた。

 「荒れそうな話題は極力スルーして、管理体制を整え速やかに削除・・・・・・何もしないんじゃなくさせない・・・・つまり、網を張って相手の動きを食い止めるしかないのよね。わかった?」

 「わ、分かりました・・・・・・」

 視線を逸らしたままの返事に力なく笑うと、不二子は姿勢を元に戻す。
 ホッとした表情を浮かべた皆本の隣では、賢木が同様の表情を浮かべまいと必死に無表情を繕っていた。

 「よろしい。桐壺君には、警戒水準を1段階上げて相手の出方を待つように伝えておくとして・・・・・・ドリーちゃんの様子はどうかしら?」

 「え!? あ、ドリーですか。薫たちと仲良くやっていますよ。彼女曰く、全く問題なしだそうです」

 「そう。良かった・・・・・・」

 皆本の言葉に不二子は安堵の笑みを浮かべる。
 彼の横で同様の笑みを浮かべる賢木の存在に、不二子は益々その笑みを深めていく。

 「悪い子じゃないのよね・・・・・・優しくしてあげなさい。南の島で練習したみたいに、デキちゃうのは薫ちゃんたちの誰かにしてほしいけど」

 「そんなことにはなりませんっ! 賢木も信じるなッ! 何だその生暖かい視線はっ!!」

 「はいはい、お約束はそれくらいにして、そろそろ出ていってくれないかしら? 朝ご飯も食べたことだし不二子色々と忙しいのよね・・・・・・」

 「さっきまで寝てたじゃないですか! 少しは否定してからにして下さいよ! コイツに悪質なデマを流されたらどうするつもりですかっ!!」

 軽口を流せない相変わらずの頑なさ。
 破滅の未来を回避する最大の障害は、ひょっとしたら兵部ではなくこの男本人にあるのかも知れなかった。
 一朝一夕には変わらない男の性格にヤレヤレと首を振ると、不二子はわざと大きな舌なめずりをしてから最後通牒にも似た台詞を呟く。

 「まあ、いてくれても私はいいけど・・・・・・デザートは別腹だから」

 「え? し、失礼しましたっ!!」

 「・・・・・・なによ! 失礼しちゃう」

 言葉の意味を理解した2人は、退室の挨拶もそこそこに脱兎の如く不二子の寝室から走り出していた。
 そんな皆本と賢木の態度に憮然とした表情を浮かべつつ、不二子はベッドサイドに設置させた端末へと歩み寄る。

 「こんなに頑張ってる不二子にエネルギーくらい分けてくれたっていいじゃない!!」

 そこには先程不二子が口にした忙しいという台詞を裏付けるように、戦時中のものと覚しき資料が多数散乱している。
 南の島から戻ってすぐ、彼女は当時の極秘資料から、今回の様々な出来事をつなぐパズルのピースを探し当てようとしているのだった。

 「でもいいか。皆本クン以外にも、いい男がいるって事が分かったのは収穫だし・・・・・・賢木修二クンね。覚えておくわ」

 不二子は満足げにそう呟くと、携帯を取り出し朧へとコールを送る。
 桐壺には悪いが、CMの件はとりあえず後回しだった。

 「あ、不二子だけど例の件は? ・・・・・・そう。特に動きは無いのね。それと、Bチームは無事に見つけたかしら・・・・・・ええ、そこにある資料を何でもいいから全部持って来させて。あ、思念が移らないように、直接触れないという注意は徹底させてね・・・・・・それじゃ、頼んだわよ」

 その後、不二子は桐壺をはじめ関係各省に次々と電話を入れていく。
 その中にはコメリカ政府関係者も含まれていた。











 「あら、紫穂ちゃん。珍しいわねこんな所に」

 不二子からの電話を終わらせてから数分後、予知課を訪れた紫穂に朧は柔らかな微笑みを向けた。
 桐壺の無茶を政府関係者に認めさせる微笑みは紫穂にも有効らしく、やや緊張の面持ちで室内に入ってきた彼女もつられるように安堵の微笑みを浮かべている。

 「朧さんもこんな所で・・・・・・透視プロテクターを使っている人がいるから誰かと思った」

 「ごめんなさいね。壷見管理官から極秘の指令を受けているから・・・・・・ひょっとしてここに来たのは紫穂ちゃん1人だけ?」

 「そうだけど、どうして?」

 「管理官から言われていてね・・・・・・紫穂ちゃんが1人で現れて、そして私の任務と紫穂ちゃんの調べたいことが関係するなら協力してあげなさいって」

 「不二子おばあさんが・・・・・・」

 突如出た不二子の名に紫穂は考え込む。
 自分が知り得た情報を不二子が知っているという保証はない。
 彼女はその情報を生涯誰にも話さないという誓いを立てていた。

 「どうしてそんなことを?」

 「さあ? 私もここで出た予知の結果を知らせるように言われただけだから」

 困ったように笑う朧の顔からは、嘘をついている気配は感じられなかった。
 紫穂はほんの少し逡巡を見せつつ、朧の近くへと歩み寄る。
 そして、この部屋で彼女が予知させようとした人物の名を耳打ちするのだった。

 「ドリーちゃん・・・・・・彼女がこの先も私たちとやっていけるかどうかを知りたくって」

 紫穂は朧の顔を見上げると彼女の反応をじっと待つ。
 これ以上の情報を話すつもりは無い。
 紫穂はドリーに行ったサイコメトリーで、賢木以上に彼女の過去を読み取っていた。

 「流石ね・・・・・・管理官は」

 「え! じゃあ・・・・・・」

 「ご覧なさい。これが管理官に言われ、彼女について予知させた結果よ」

 朧はキーボードを操作し、紫穂の目の前に予知の映像を表示させる。
 だが、そのイメージは紫穂に困惑の表情を浮かばせるだけだった。

 「なに? これ・・・・・・全然分からない」

 「そう、何回予知を行っても、表示されるのはこの不鮮明なイメージのみ。まだ迷ってるか・・・・・・もしかしたら操られているのか」

 「・・・・・・・・・・・・」

 ドリーに感じた不安を解消するために訪れた予知課。
 そこで表示された不鮮明な未来は、紫穂に安堵を与えられるようなものでは無かった。
 
 「朧さん・・・・・・このことは皆本さんに?」
    
 「そこまでの指示は受けていないけど、私の考えではまだ言わない方がいいと思うの・・・・・・」

 「そうね・・・・・・何かが起こる可能性があるなんて、いつでもそう言えてしまえるものだし、それを気にしすぎてかえって状況を悪化させちゃうこともあるから」

 紫穂は軽く息を吐くと、今の予知を敢えて忘れる事にする。


 ―――みんなで力を合わせれば、どんなことでも乗り越えて行ける


 それは皆本と共に過ごした日々の中で、彼女の胸に刻まれた確固たる思いだった。
 己の能力故、常に過剰な防衛反応をとる彼女であったが、その胸の内には仲間を思う強い気持ちが満ちている。
 そして彼女の思うみんなには、ドリーの存在も含まれていた。

 「みんな・・・の所に戻るわ。ありがとう朧さん・・・・・・」

 「どういたしまして。何か確実なことがわかったら、すぐに管理官に知らせることになってるから、あまり深刻にならずみんなと仲良くね!」

 励ますような朧の言葉に紫穂は足を止めた。
 仲間に秘密をもったまま行動する自分の胸の内を、見抜かれたように紫穂は感じている。
 それはサイコメトラーの紫穂にとって、あまり感じたことのない感覚だった。

 「いいじゃない、秘密の一つや二つ! いい女に秘密は付きものよ!!」

 振り返った紫穂に向けられたのはとびっきりの笑顔だった。
 そんな彼女の笑顔に、紫穂の心に淀んでいた感情が薄まっていく。
 人の秘密を見抜く能力を持つ自分。
 そんな自分を信頼し、ドリーは知られたくない過去を明かしてくれていた。
 たとえそれが心配から来るものであったとしても、彼女に隠し事をしながら行動する自分に紫穂は微かな後ろめたさを感じていた。
 そんなことは気にするなと朧は言いたかったのだろう。
 紫穂に向けられた朧の言葉と笑顔は、そんな彼女が感じている後ろめたさを吹き飛ばすのに十分な強さを持ち合わせていたのだった。

 「それって自分のこと?」

 「ヒ・ミ・ツ!」

 朧の答えに笑顔を浮かべながら紫穂は予知課を後にする。
 仲間の元に戻った彼女に出動命令が下されるのは、それから数時間後の事だった。

 




 
 





 

 市街地
 事故を表すランプが点灯し、交通整理の警官たちが野次馬を整理していた。 
 事故車両であるトラックにはB.A.B.E.Lの文字。
 衝突によりへし折られた電柱と、大破した助手席が事故の凄まじさを物語っている。
 僅かに離れた場所に駐車したバベル3の車内で、紫穂は持ち込まれたハンドルにサイコメトリーを行っていた。

 「事故の原因は、運転席で急に暴れた小動物が原因のようね・・・・・・驚いた運転手がハンドルを切り損なったことによる事故。運が良かったわね・・・・・・軽傷で済んで」

 「ああ、しかし、衝突のショックで記憶が曖昧でね・・・・・・そこで紫穂の出番になった訳だ」

 「それだったらこんな回りくどいことをやらずに、直接車体を透視ませてくれればいいのに・・・・・・」

 「管理官からの指示なんだ。例のCMの件もあるし、極力君らを露出させずに事件の解決をはかるようにって・・・・・・それに紫穂が見た小動物は、あまりその存在を知られたくないものらしくてね・・・・・・」

 「ということは、今回の任務はその小動物を捕まえろ! ってことか? 折角ドリーちゃんが入ってからの初任務なのに、ちょっとセコ過ぎるんじゃねえか!?」

 緊急の招集に加えいつもよりも厳しい情報管制。
 ハードなミッションを想像していた薫は、ペット探偵のような任務にやる気を失い座席へと寝っ転がる。
 パンツ丸出しなだらしない姿に、ドリーは皆本以上に目のやり場に困っていた。 

 「コラ、はしたないぞ薫! それにただの動物捜しが僕らに回ってくる訳がないだろう!? 今回追跡する動物は、エスパーである可能性が強いんだ!!」

 「どういう事や? 皆本はん」

 「・・・・・・伊号おじいさんみたいに、実験で作られたエスパーってこと?」

 「何か透視えたのか? 紫穂」

 「記憶が混乱していてあまり分からなかったけど、運転手さんは不二子おばあさんの命令で動いていた・・・・・・旧日本軍の施設から資料を運びだすという」

 紫穂の言葉に興味が湧いたのか、身を起こした薫が真剣な眼差しを向け始める。
 エスパーに強い仲間意識を持つ彼女としては当然の反応だった。

 「流石だな・・・・・・壷見管理官の命をうけたBチームが、管理官に指示された場所で旧日本軍の超能力研究施設を発見した・・・・・・」

 不二子がなぜ今頃になって、その隠された施設にある資料を必要としたのかは皆本は聞かされていない。
 彼女が戦時中の資料から探し当てた極秘の施設からは、数多くの白骨化した小動物の死体と共に、超能力に関する後ろ暗い研究資料が発見されている。
 それを運搬中に起きた謎の小動物による事故。
 施設内のガラスケースの中で生き延びた個体がいる可能性を、不二子のカンは否定していない。
 皆本は言葉を慎重に選びながら、旧日本軍が極秘で行っていた動物実験の存在を彼女たちに伝えていた。

 「かわいそう・・・・・・戦争の為に実験台にされるなんて」

 伊号の存在を知っている薫たちはともかく、その存在を初めて知るドリーにとってはショッキングな内容だったのだろう。
 彼女は沈痛な表情を浮かべていた。

 「まだ、そうだとは決まった訳じゃない・・・・・・でも、万一エスパー生物で、人に危害を加えるようなら急いで確保しなきゃならない。それに・・・・・・」

 「強い力を持つ小動物か・・・・・・そいつを守るためにもやってみるよ! なあみんな!」

 「ドリーも頑張ります!!」

 次々にやる気を口にする【ザ・チルドレン】たち。
 彼女たちの純粋な思いに触れ、皆本は口にしかかった言葉を呑み込む。
 過去の汚点とも言うべき実験を、例のCMに利用されたくないなどという政治的な判断は彼女たちに相応しく無かった。

 「そう・・・・・・そのほうがいいはずだ。ノーマルにとっても・・・・・・」

 「皆本主任!」

 そう呟いた皆本に運転手が声をかける。
 彼は応援として駆けつけた【ザ・ハウンド】の到着を皆本に伝えていた。





 「おー! 初音、久しぶりだな!!」

 「姐さん元気か? 初音手伝いに来たゾ!!」

 旧交を温め合うという程には時間は経過していないのだが、バベルの採用試験以来の再会に薫と初音は喜びの抱擁を重ねていた。

 「すみません皆本さん。来て早々に騒がしくしちゃって・・・・・・」

 薫とじゃれる初音に苦笑しつつ、宿木明は皆本に深々とお辞儀する。
 以前指揮をとられて以来、明は皆本に尊敬の念を抱いていた。

 「いや、今回の任務には初音君の能力は助けになるからね。頼りにしてるよ」

 「うわ、感激だなぁ・・・・・・皆本さんにそんな風に言って貰えるなんて。コラ、何やってるんだ初音! お礼ぐらい言ったら・・・・・・って、初音?」

 出来の悪い愛犬を叱るような口調で、後ろを振り返る明。
 そこには見慣れぬドリーに、警戒の姿勢をとる初音の姿があった。

 「・・・・・・オマエ。誰だ?」

 「コラ、初音ッ!」

 ドリーに詰め寄った初音に明は咎めるような声を出す。
 しかし、ドリーの存在を訝しがる初音は一向に警戒を解こうとはしなかった。

 「そういえば紹介がまだだったよな。この子はドリー。エゲレスから来た第4のチルドレンなんだぜ!」

 「カオル先輩・・・・・・」

 自分のことを【ザ・チルドレン】の一員と紹介した薫に、ドリーは喜びの表情を浮かべていた。

 「【ザ・チルドレン】? ほんとに・・・・・・!?」

 「ええ、本当よ。この間から加わることになったの」

 「ちょ、ジブン、なにドリーちゃんのニオイかいでるん?」

 「あ、あの・・・・・・ドリー、どうしたら・・・・・・」

 紫穂の言葉を受け、初音はいきなりドリーの周囲を嗅ぎ回る。
 驚いたドリーに、明は申し訳なさそうに初音の行動を説明した。

 「ごめんね。キミの強さを確かめてるんだ」

 「強さ? ドリーのですか?」

 「初音はそういう奴だから、気にしないで嗅がしてやれよ。ドリー」

 くんくんと自分のニオイを嗅ぎ回る初音に、居心地の悪そうな顔をするドリー。
 そんな彼女の様子を薫はニヤニヤしながら眺めていた。

 「ドリー、強い! チルドレン・・・・・・認める!!」

 「ほらな! 良かったな。ドリー」

 「あ、あの、一体?」

 「ん? ドリーも初音の強さ知りたいか? 初音も強いぞ!」

 「強いって・・・・・・うわ!!」

 自分の言葉に首を捻ったドリーに、狼への変化を見せる初音。
 初めて見るタイプのエスパーに、驚いたドリーは言葉を失っていた。 

 「スゲーだろ! こうなった初音は、本物の猟犬以上に獲物を追いつめるぜ! そうだよな皆本!!」

 「ああ、その通りだ・・・・・・それじゃ、初音君、早速捜査に入って貰おうか!」

 薫の言葉に応えるように、皆本は鞄からビニール袋を取り出す。
 そこに入っていたのは運転席から発見された動物の毛がついたタオル。
 そのニオイを嗅いだ初音は、バベル3から飛び出すとすぐに追跡を開始した。





 「すごい・・・・・・です。こんな超能力があるなんて」

 追跡開始から5分
 路上に残った小動物のニオイを捉えた初音に、ドリーは感嘆の声をあげていた。
 彼女の目の前では、道に鼻先を近づけた初音が次々に小動物がとった行動を嗅ぎ取っていく。

 「見つけたみたいです・・・・・・大きさは20センチくらいの齧歯類」

 変身し、会話不能となった初音の代弁を行う明。
 彼はフンフンと鼻を鳴らす初音とアイコンタクトするだけで、ほぼ完全に彼女の言いたいことを言い表している。

 「齧歯類?」

 「ネズミとかの仲間のことだよ」

 聞き慣れない言葉に首を傾げたドリーに、明が言葉をかみ砕く。
 かなり頭が良く用心深い相手らしく、追跡を誤魔化すためのフェイクに引っかからないよう初音は苦労しているらしい。
 続いて彼は、その逃亡者が抱えている感情―――恐れ、怒り、空腹などを口にした。

 「かわいそう・・・・・・早く助けてあげないと」

 恐怖と空腹を感じながら独り街を彷徨うネズミの様な生物を思い、ドリーは沈痛な表情を浮かべている。
 彼女はそのネズミに、洪水で身寄りを失い被災地を彷徨った自分を重ねていた。


 ―――もしも、そのネズミが悪い人に拾われたら・・・・・・


 その後、自分が体験した運命を思いだしたドリーは、その記憶から逃れようと慌てたように頭を振る。
 未だドリーの心に重くのしかかる過去。
 その過去から逃れる為にも、ドリーは何としても小動物を助けたいと思っている。
 そんな彼女の思いをあざ笑うように、皆本の携帯が緊急のコールサインを着信した。

 「何ですって! CMに関する予知がっ!! 10分後・・・・・・薫たちの姿がTVにですって!」

 緊急のコールは不二子からだった。
 彼女が皆本に伝えたのは、10分後、薫たちの姿がTV放送されてしまうという予知。
 その内容に皆本は苦悩の表情を浮かべる。
 おそらくCMの内容は、危険なエスパー生物と戦う【ザ・チルドレン】の姿となるのだろう。
 一見すると単純なヒーローものの様な映像。
 しかし演出次第では、危険なエスパー生物を作り出した旧日本軍と、その存在を隠蔽しようとする、過去の体質を引き継いだバベルの暗躍として描かれかねない状況だった。

 「はい・・・・・・分かりました管理官。一旦、捜索を中断し・・・・・・」

 「そんなのダメです!!」

 皆本と不二子の会話から捜査の中止を想像したドリーは、彼女らしからぬ大声をだしていた。

 「逃げている子は、とても怖がっている・・・・・・はやく助けてあげないと! お兄さん、探すのをやめるなんて言わないでください!!」

 「しかし、ドリー・・・・・・、こうしている今でも、電波ジャックの犯人はこの街に入り込んでいる。このまま捜査を続ければ、君たちにも・・・・・・」

 「いいんじゃねえの! 捜査を続けたってさ!!」

 ドリーを説得しようとした皆本の言葉は、薫によって遮られていた。
 彼女はドリーに心配するなとばかりに笑いかけると、それがまるで大したことでないとでも言うようにキッパリと言い切る。

 「その電波野郎に狙われてんのは、アタシたちだろ?」

 「成る程、ウチらが囮になれば、入ったばかりのドリーちゃんはノーマークになるな!」

 「そうね・・・・・・皆本さん、悪いけど不二子おばあさんと話させて・・・・・・もしもし、不二子おばあさん? 」

 紫穂は皆本から携帯を受け取ると、言葉を選びながら不二子にドリーに関する予知を聞き出そうとする。
 
 「ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・・・・ええ、そのこと・・・・・・それならば、今のところ問題は無いと思うの・・・・・・え、何故って?」

 ドリーについての予知は未だ不鮮明なままだった。
 不二子自身、チームを2つに割ることは考えてる様だったが、なかなか踏ん切りがつかないらしい。
 その案を強く推す理由を尋ねてきた不二子に、紫穂は祈るような目で自分を見つめるドリーにウインクを送ってからたった一言だけ呟く。

 「女のカンかな・・・・・・」

 その一言が切っ掛けとなり、不二子は皆本に二手に分かれての行動を指示する。
 紫穂は何度も礼を言うドリーの姿に、何の不安も感じていなかった。









 
 「見つけた! 近くにいるらしい!!」

 捜査を再開してからすぐに、初音は小動物の気配を感じ取っていた。
 ドリーは初音からの情報を伝えた明を緊張の面持ちで見上げる。
 現在、別働隊として捜査を継続しているのは【ザ・ハウンド】の2人とドリーのみ。
 皆本と薫たち3人は、陽動兼、電波ジャックの犯人確保の為、小動物の逃走方向とは反対側にわざと目立つように移動を開始していた。

 「どうすれば・・・・・・いいですか?」

 明の判断を仰ごうとするドリー。
 チームを2つに分ける際、皆本は彼を別働隊のリーダーに指名している。

 「目で確認できる所まで近づいたら、まず僕の力で捕獲してみるよ・・・・・・無傷で捕まえるのにはそれが一番いいから。ドリーちゃんの念動を使うのは、それが失敗してからだな」

 「分かりました・・・・・・アキラ先輩」

 リーダーである明の作戦に、ドリーは笑顔を浮かべていた。
 動物に乗り移る彼の能力を使った捕獲作戦は、恐がり、必死で抵抗する小動物に余計な怪我を負わせないためのものだろう。
 ドリーは小動物を無傷で捕らえようとする明の優しさが嬉しかった。

 「グルルルル・・・・・・」

 それまで一言も発さずニオイを嗅いでいた初音が、威嚇するような低い唸り声を出す。
 彼女は、前方の茂みに小動物の姿を見つけていた。

 「よし、初音、回り込め・・・・・・そう、そして俺の方に追い立てて・・・・・・今だっ!!」

 「キーッ!!」

 明の合図と共に植え込みから飛び出した小さい影。
 自分に突進してくるその影を目視した明の脳裏に、様々な情報が交錯する。


 ―――ネズミじゃない・ムササビ?・いや、モモンガだ・滑空じゃなく飛行?・念動か?・精神感応で捕まえなきゃ・バカメ・バカメ?


 「まずい! こいつテレパスだっ!!」

 そう叫んだ瞬間、明は突進してきたモモンガの蹴りを顔面に受け後ろに倒れ込む。
 精神感応の変形発動である彼の能力は、同じ精神感応を持つモモンガにあっけなく拒絶されていた 

 「大丈夫ですか!? アキラ先輩!」

 「う・・・・・・大したことはない。驚いて尻餅をついただけだ・・・・・・それよりも、精神感応を試みた一瞬、アイツの心が流れ込んできた。はやく初音を止めないと・・・・・・」

 「え? でも、あれは空に飛んで・・・・・・ッ!!」

 アキラの言葉の意味を理解しないまま、上空に視線を向けたドリーは驚きに目を丸くする。
 そこには翼を生やし飛行する初音とモモンガが、激しい空中戦を繰り広げようとしていた。

 「大丈夫・・・・・・ドリーが止めます。多分、あの子はドリーと同じだから・・・・・・」

 決意を固めるようにそう呟くと、ドリーは初音とモモンガの争いを止めるべくテレポートを発動する。
 空中では今まさに、初音が鋭い爪をモモンガに振り下ろそうとしている所だった。

 「よくも、明を、いじり殺すッ!!」

 「キキーッ!!」

 目覚めたばかりで本調子でないのか、逃げ回る一方のモモンガに初音の爪が振り下ろされる。
 しかし、その攻撃は突如空中に姿を現したドリーの念動に止められていた。

 「やめてくださいッ!!」

 「止めるな! コイツは明を・・・・・・」

 邪魔をしたドリーを睨み付けようとする初音。
 しかし、彼女が感じていた憤りは、ドリーが浮かべた悲しげな表情に行き場を失っていた。

 「アキラ先輩は無事です・・・・・・この子は怖がってるだけ、悲しくて、怖くて、そんな世界が嫌いになっているだけ・・・・・・」

 初音とモモンガを念動で掴んだままドリーはゆっくりと地に降り立つ。
 彼女に全て任す気になったのか、初音は無言で明の元へと戻っていった。

 「大丈夫。怖がらないで・・・・・・」

 ドリーは念動で捕らえたままのモモンガを、怖がらせないようゆっくりと歩み寄る。
 そんな彼女の脳裏に、モモンガの声が響いた。

 『ハナセ! 僕ヲ ドウスルキダ 人間!!』 

 「どうもしない。ただ助けたいの・・・・・・あなたはドリーと同じだから」

 『オナジ? 僕ト・・・・・・オナジ?』

 「そう・・・・・・ドリーと同じ。でも、ドリーはレナルドに助けられて、カオル先輩と出会って・・・・・・だからあなたも、ドリーを信じて」

 『オマエ・・・・・・オマエハ、イッタイ?』

 自分を捕らえていた念動が徐々に緩みだしていく。
 しかし、彼は逃げ出すことも忘れ、じっと己に近づいてくるドリーの指先を見つめている。
 テレパスである彼には、自分を思うドリーの心が流れ込んで来ていた。

 『ドリー・・・・・・オマエ、本当ニ僕ト』

 「大丈夫・・・・・・心配しないで」

 彼は自分を抱くドリーに抵抗はしなかった。
 温かな彼女の体温に包まれ、彼の心に急速に安堵の感情が広がっていく。

 『ドリー・・・・・・僕、腹ヘッタ』

 トラックの荷台で目覚めて以来の緊張から解放された彼は、ドリーにそう呟いてからそのまま気を失うように眠りにつく。
 優しい微笑みを浮かべながら、ドリーは胸の中で寝息を立てる彼の頭をそっと撫でる。

 「安心しろ。すぐに救助のヘリが迎えに来る・・・・・・か」

 満足そうな彼女がポツリと漏らした一言。
 それはレナルドに救助される際、彼からかけられた一言だった。
 


 ヒュパッ!



 「お! ひょっとしてこっちも問題解決か!?」

 「カオル先輩!」

 テレポートしてきた3人の姿に、ドリーは胸に抱く彼を起こさないよう静かにというサインを送る。
 彼女が抱いたモモンガの姿に顔を輝かした薫、葵、紫穂の3人は、声をひそめながら彼の姿を間近で見ようとドリーを取り囲んだ。

 「すっげー! ドリーに滅茶苦茶懐いてるじゃんか!」

 「うわ・・・・・・辛抱堪らん、ちょっと写メらせて!」

 「かわいい・・・・・・これドリーちゃんが捕まえたの? 何? ムササビ?」

 「ムササビじゃなくモモンガだよ・・・・・・しかし、頑なだったコイツを安心させるとは、大したもんだよドリーちゃんは!」

 紫穂の疑問に答えながら、明は先程のドリーの働きを説明する。
 ことの一部始終を見ていた彼の言葉には、感動にも似た響きが込められていた。

 「うん。オマエ、姐さんとは違った強さがある! 初音、気に入ったぞ!!」

 「夢中だっただけです・・・・・・この子を助けたくって」

 「謙遜すること無いって! 頭に血が上った初音まで大人しくさせちゃったし・・・・・・ところで皆本さんは?」

 ドリーの活躍を誉めた後、明はこの場に姿を見せない皆本のことを口にする。
 先程聞いた、こっち解決と言った薫の言葉が事実ならば、この場に彼もいるはずだった。

 「あ、皆本なら電磁波義兄弟ってヤツの護送手続きに残ってる。あと、ちょっと変な電波受けちゃったから医者につかまっちゃって・・・・・・」

 「私が大丈夫って言ったのに信じないんだから・・・・・・あれなら賢木先生の方が100倍マシよ!!」

 「ちゅうわけで、ウチらだけ先に様子を見に来たって訳や!」

 「でも、そうしたら、そのモモンガどうしよう? 皆本さん来るまで待つか・・・・・・」

 任務が終了したにも関わらず、責任者の皆本が不在。
 今後の行動をどうしたものかと、思案する明にドリーが遠慮がちに口を開く。 

 「アキラ先輩・・・・・・この子、お腹空いたって言ってました」

 「明! 初音も腹ヘッタ! 何かくれ!!」

 「お、それなら皆本のマンションに行こうぜ! あそこなら食いもんもあるし、皆本にはアタシたちが連絡しておくからさ!!」

 薫の提案に初音とドリーの顔が輝く。
 他ならぬ皆本の家だと言うことと、彼女たちが連絡を入れるという事もあり、明も別段反対はしない。

 「んじゃ、アタシとドリーは、途中でヒマワリの種買って帰るから、葵はみんなを連れて先に帰っててくれ!」

 薫はそう言ってからドリーを伴い大空へと飛び立つ。
 テレポートを用いずとも、皆本のマンションはさほど時間がかからない距離にあった。
  
 「大丈夫か? モモンガの様子は?」

 「大丈夫です・・・・・・安心して眠ってます」

 人目を避けるための高高度、高速での飛行。
 本来なら凄まじい風圧は、念動による障壁で防御している。
 
 「ソイツの名前、桃太郎ってどうかな? モモンガの桃太郎・・・・・・」

 「名前? モモタロ・・・・・・目が覚めたらこの子喜びます! ありがとう、カオル先輩!」

 「いいって事よ! これから飼うのに名前は必要だし・・・・・・」

 「飼う?・・・・・・」

 「ああ、皆本なら絶対賛成してくれるって! そんだけドリーに懐いてるんだからな!!」

 そう言って笑う薫に、ドリーは心からの笑みを見せる。
 それは天使のような微笑みだった。
















 数時間後
 バベル予知課

 「ご苦労様! 何か変わったことは?」

 電磁波義兄弟の拘留と事情聴取を終了させた不二子は、予知室に顔を出していた。
 彼女は朧に対し、ドリーの予知をリアルタイムで行い続けるよう極秘の命令を出している。

 「特にこれと言った変化はありません。電波ジャックの一件が、済んだのに・・・・・・」

 「あれはどちらかというと、あの3人に強く影響する案件だからね・・・・・・ドリーちゃんにはあんまり影響ないのかも」

 「え? 電波ジャックの狙いが分かったんですか?」

 「兵部にプロテクトされて読めなかったわ。奴らが私たち以外と戦う準備を始めたというくらいしか・・・・・・問題はもう一方の方なのよね。皆本クンに入った連絡だと捕まえた実験動物を彼の部屋に連れ込んじゃったみたいだし」

 不二子はそう言うと、予知システムの管理画面に管理者用のパスワードを打ち込む。
 一部の者にしか閲覧することが出来ない、懸案事項666号の管理画面を立ち上げた彼女はそこに前もって作成しておいたデータを流し込んでいった。

 「管理官? 一体何を・・・・・・」

 「ん。普通の予知じゃ埒があかないから、あの子たち用の予知システム使っちゃおうかなって! ここ数日で集めた資料に書きかえちゃった!!」

 「さ、最重要国家機密になんてことを!!」

 最重要国家機密の無断書き換えと私的使用。
 本来なら禁固刑確実の暴挙に朧は目を白黒させる。
 しかし、それを行った当の本人である不二子は、まるでブログの更新を行うような気軽さで実行キーを押すのだった。

 「いーじゃない! バックアップちゃんと取ったし!! ポチっとな」

 「! こ、これは・・・・・・」

 モニターに表示された情報を不二子と朧は固唾を見守っている。
 ドリーは天使か悪魔か。
 せめぎ合う数値の綱引きは1分以上続いていた。

 「良かった・・・・・・」

 せめぎ合う数値の決着に、不二子は深々と溜息をついていた。
 表示された数値は50%を超える天使率。
 それは彼女が良きエスパーへと成長していることを表していた。 

 「あの3人と同じチームにしたのは、いい方に転んだみたいね・・・・・・」

 「おめでとうございます。管理官! これも皆本さんのおかげですね」

 「ええ、彼、いいお兄さんは出来たみたいね。あの子たちにはいつまでもお兄さんじゃダメだけど・・・・・・さてと、のんびりとはしてられないわ」

 書きかえた予知システムをそのままに、不二子は予知課を出ていこうとする。
 後に残された朧は、そんな彼女に若干慌てたように行き先を尋ねた。 

 「あ、管理官どちらへ・・・・・・」

 「ドリーちゃんに良い影響を与えているようだから、実験動物をこのまま飼わせることを上層部に認めさせにね。皆本クンにもあんまり四角四面な対応を・・・・・・!」

 モニターから聞こえた音に不二子は言葉を失っていた。
 背筋を貫く悪寒に慌てて振り返った彼女は見てしまう。
 先程確定したドリーについての未来予測は、再び天使と悪魔の間でせめぎ合いをはじめていた。

 「そ、そんな・・・・・・」

 「一体ナニやったのよ! あの堅物はっ!!」

 悲鳴にも似た不二子の叫びが予知室内に響き渡る。
 目の前のモニターには、悪魔率60%を超えるドリーの未来予測が表示されていた。  



 第4のチルドレン【最終話】につづく



最終話へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10348
11話へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10317
完全な遅刻です(つд`)
忘年会の帰りに転び頭を痛打・・・・・・まさか脳のCTを取られる騒ぎになるとはorz
まあ、周りが揃って脅かすもので念のためという意味合いだったのですが、異常なしで良かったですw
何とか週刊(に近いw)ペースでやってきた第4のチルドレンですが、残り一話となりました。
ラスト一話は長くなりそうなことと、年末の多忙さが重なるため多分一週間では書けないと思います。
なるべく早くに書き上げ年を越えないようにしますが、お待ちいただけたら幸いです。

  

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